第３章 かくて“山のぼらー”はかくあるべし
目次 （１）自然領域の地域社会について （２）自然領域の社会構造について （３）山のぼらーの責務・お約束ゴトについて
海や山を生活の拠点として生活していく人々にとって、自然領域は“博物館”ではなく、地域社会でなければいけません。世界遺産として有名になった青森と秋田の両県にまたがる白神山地では、林道開発論議に端を発して山に生きる人々の生活手段確保や自然保護にどういうスタンスで取り組むかの論争が行われ、環境問題の領域における貴重な運動が展開されたとのことです（結果として入山規制が強化されてしまいましたが……）。筆者は自然領域においては、持続可能な利用を基本としながら貴重な自然を維持していくことが肝要だと思います。そして自然に人が入り込む以上、ルールが必要であり、そのルールを守っていく必要があると考えます。自然領域といえども、そこに生きる人々が共通の認識を持って生活を維持していく必要性から、地域社会の形成が不可欠となってきます。
いわゆる過疎地と呼ばれるような農山村地域でも、主に特産品生産販売や観光業等の収入により経済的指標（豊かさ）の一定水準を確保し地場経済的に自立が可能になると、定住率が高まり、また村を離れて一時都市滞在者であった若年層も村に帰ってくるようです。そして都市滞在者・滞在経験者との情報交換が盛んに行われ、全国的規模での情報取得が容易になりその地域の相対化が進むと、定住民のマンパワーが発現し、地域を見つめる地域志向型の住民運動が生まれてきます。その地域の自然を資源として利用するだけのあり方を改め、当の自然の保護に全力をあげる領域内システムを自らの手で構築していこうと主張されるようになります。
いわゆる「村おこし」は村の住民が企画から主体的に行って事業を完結することではじめて可能になります。外部依存のアイデアや資本を導入するモノマネのような事業展開は結局行き詰まってしまうのがオチで、その地域の特性を内部化した最適な手法のみが生き残っているようです。新潟県黒川村では、観光事業（胎内地区）運営にあたって外部資本を入れない地域資本の直営で可能な範囲の運営規模を維持し、原則自村内生産素材のみで特産品を製品化し生産量を敢えて制限（売れても増産しない）することを基本として、「村」を維持していくことに成功しています。この事例から、自然領域における地域社会確立のための指標がいくつか見えてくることでしょう。
写真 冬景色（乗鞍高原）
これまでの記述を少し整理して、図を使った表現を試みてみたいと思います。
図１
筆者のイメージする地域社会の構造を図にあらわすと図１のとおりになります。地域の場において各個人は原風景を介在としてつながりあい生活しています。自然領域における地域社会に関して、山のぼらー・よそ者が地域に関与し、山間地生活者と接することにより、絶対的であった「地域」のあり方を山のぼらーが相対化させ、地域社会形成へのパワーを発現させることになります。また、図１にある地域社会の場（生活領域）の部分を、その構成要素に着目し生活領域維持のシステムの観点から図示を試みると、次の図２の枠組みが参考になります。
図２
図２の地域社会維持のシステムについての構成図は、アメリカの社会学者、タルコット・パーソンズのモデルの借用です（ソノマンマヤナイケーッ）。ある「体制」を維持（保守）するための条件となっている「機能的要件」という概念を分析用具として、パーソンズ・モデルはかなり広く認知されていると思いますので、ここで取り入れてみました。
地域社会の動きを「政治的活動」「経済活動」「社会統合作用」「文化」の要素からながめ、それぞれの要素が相互に連関しながら正方向に機能しているとき、その地域社会は存続維持されているとみなすことができるとされています。とりわけ「文化」は地域社会の経験的英知のストックであり、そのシステムの各構成員の生活様式そのものを規定しているので、図３・山域地域社会の概念図に示すとおり、その他の各要素の基盤となる位置付けを行うべきであるとされています。それぞれの要素が良好なパフォーマンスをみせているとき、そのシステム（ここでは自然領域の地域社会）は安定的に推移している（維持されている）といえます。そのことはすなわち、自然環境が良好に保護されているということに帰結するわけです。
図３
私たちよそ者・山のぼらー（都市生活者）は、山域の原風景を山間地生活者と共有することにより、自らが志向し自然とつながっていこうとアプローチしています。山のぼらーが自然領域における地域社会形成に貢献するために、「政治」「経済」「社会統合」「文化」の各要素について注目します。
山のぼらーが関与しうる要素では、まず、山間地の「地域文化」に触れ、その文化を否定せず、破壊しないように文化の継承を補助しつつ、時代に沿った変動をアシストしていくことです。また「経済活動」を支援し、つまりその地域社会の人々の取引相手となって、経済的に安定した山間地生活の自立化を確保していくことだと筆者は考えます。
「政治」や｢社会統合｣の要素となると山のぼらーと山間地の人々との接点は希薄だと思われますが、世間一般の自然保護運動の事例をみると、既存のシステムに期待していたのではもはや解決不可能とみなした課題に対して、示威行動の場面において『都市生活者・よそもの』がしばしば前面に登場してきます。最近では２０００年１月２３日実施の徳島市吉野川可動堰建設の是非を問う住民投票に関する一連の市民運動がその例ですが、関与のしかたによっては政治や社会統合の分野においても地域社会にシステムの改変を促すような甚大なインパクトを与えることもあるわけです。
一般的には日常的なレベルでの関与のしかたは、基本的には自然領域でお金を使って地場経済を支えることと、地域文化を理解し、自然を破壊せずに接し、山間地に生活する人々と情報交換をすることなどで交流をもつことが、山のぼらーの関与のあり方と筆者は考えます。また山のぼらーは普段の日常的場面では、その自然領域を保護し、将来の世代に自然資源・財産を残していくために必要な諸活動を山間地の人々に信託しているのです。
ところで自然領域の固有の生活文化は、自然資源を利用し続けることを可能にするために自然環境の保全を最優先としている英知にあふれています。いわゆるマタギの文化は、その純粋モデルのようであり、たとえば山では獲物との関係性や自然を傷つけないという意図から『1年間のうちに同じ道は二度と歩かない』という習慣があるそうです。豊かな自然の中での極めて合理的な原理・原則である自然領域の生活文化は、今日、都市生活者へ新たな価値基準として発信され、エコロジィや環境重視の時代にかなう生活技術として注目されているのです。そこに都市生活者（山のぼらー）と山間地生活者との交流の今日的な意義があり、そこから次の段階の関係性を構築していくことが必要だと思います。これを概念的に捉えると、「自然環境保全の社会化と自然的価値の内部化」の課題というようになるでしょうか。交流の形式としては、実際に山に入る直接コミュニケーションとともに、設備の確保さえあれば時間と分量を全く気にする必要がないインターネットというツールはコミュニケーションの有効な補完手段となることでしょう。
次に模範的な山のぼらーのあり方について列挙してみたいと思います。極めて当然の事柄から本章までの論議の中身も含めて、都市生活者が自然と接するにあたり、とるべきスタンスを整理してみました。
� ．蹇璽ぅ鵐僖�トの接し方で自然とつきあっていくこと
全く自然に衝撃を与えることなく自然と向かい合おうとすること（ノーインパクト）は、文明否定であり現実的ではありません。山のぼらーは、極力自然をいためないように心がけるローインパクトの接し方で自然とつきあっていくべきです。ローインパクトであれば、自然の自浄作用、自然回復力が少なくとも期待できます。そこから持続可能な利用のあり方が導き出されます。原生自然ではなく、人間が暮らす地域社会としての自然を育み、山間地に生きる人々と都市生活者との交流を維持していける人間と自然の共存関係を追究していきたいものです。
�◆．�ーバーユースを回避すること
登山者が山に入ると、たとえ悪意はなくとも、それだけで自然に対してダメージを与えてしまいます。地面の踏みつけによる植生等への被害は一般の登山者の想像を越えるものがあり、人気の山であればあるほど徐々に登山道の面積が拡大してしまい、自然回復力を奪って山の裸地化が進んでしまいます。その防止にはオーバーユースの回避しかありません。山のぼらーは、人出の多そうな人気の山は、週末の入山を避け、また登山道以外の場所には絶対に踏み込まないことを肝に銘じていきましょう。
�� 生態系の維持を意識すること
尾瀬は革靴履きの人まで入り込んでしまう、お手軽ハイキングで人気の山ですが、入山料の徴収が検討されたり、入山者の靴底の泥を落としてから登山道に入ることを励行しているなど、今日の登山スタイルのモデルケースを追究している部分が多くあります。入り込みすぎのオーバーユースで、山小屋周辺の富栄養化がこれ以上進展しないように下田代十字路地区には下水道が敷かれ、汚水処理施設が設置されているほどです。山のぼらーは、よその地域の土壌が混入することで、その地域の生態系が変容することがないように最大限の注意を払い、キャンプ指定地以外では野営は行わない、焚き火などもってのほか、煮炊きの水は地面に捨てずに全部飲み込んでしまう、というように絶えず生態系の維持を意識した行動をとりましょう。
�ぁー�然保全担当者の自立を支援すること
山小屋の経営者の方々は、旅館業者ですから利潤の追求は当然のことですが、旅行者が安全に山小屋へ到着できるように普段から登山道の整備にあたり、観光資源である山の自然が損なわれて商品価値が下落することがないように、山の環境保全に絶えず尽力されております。山小屋の維持と自然保護に使命感を抱いていることも十分感じ取れます。今日では、山の生活文化は山小屋関係者の方々がリードしていると言ってもよいでしょう。前段で山のぼらーは「普段の日常的場面では、その自然領域を保護し、将来の世代に自然資源・財産を残していくために必要な諸活動を山間地の人々に信託している」と述べましたが、自然保全担当者の代表といえば、山小屋関係者であり、行政機関が実施する自然環境保全整備事業において実際に労務を提供している農林業従事者など山間地在住の人々などです。現在の自然保全担当者が経営なり家計に行き詰まり、離山してしまうことがないように、山のぼらーは自然保全担当者の人々と金銭取引等で経済活動をすることで支援し、経営を安定させ経済的な自立を確保していけるようにすることが必要でしょう。筆者の言う「原風景」を通じて山のぼらーと自然領域生活者とが連帯しながら、自然保全活動の実施体制を確立させ、長くそのままの自然が維持されることがなによりです。なにしろ山小屋が、どこかの大資本の手にかかり、山頂までロープウェーを架けられたりしたら、一巻の終わりですから。
�ァー�然愛好者の傲慢ぶりを点検すること
自然を愛することは良いことですが、それだけで自分が良い人だと錯覚してはいけません。よき理解者なのだから自分だけは許されるのではないかと思い込んでしまうこと、つまり自分の行動を正当化してしまうようなことは、あってはならないのです。オーバーユース然り、登山道からの踏み出し然り、自然を理解しない無謀な登山行動など、自然愛好者と自称する人々の傲慢ぶりを点検しなくてはなりません。山のような自然領域においては、世俗内禁欲と呼べるような非常にストイックな理性的な態度を心がけることが必要です。山のぼらーは自然領域の固有の生活文化を理解し、将来に向かって人間と自然が共存する文化の確立を意識した行動をとっていく必要があります。「自然環境保全の社会化と自然的価値の内部化」の課題を受け止め、これを実行していくことなのです。
以上５項目程、列記してみました。さらに検討を重ねて本ホームページの論議を深めていきたいと思いますので、開設者宛てにご意見をお寄せいただきたいと思います。
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