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簡単にできる 日本伝来の「コ ク ソ」 (木パテ = ウッド・パテ)

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ここでは、いままでも何ページかに書いてきた木のパテ、「コクソ」について記述します。

当時、中学生?だった頃、近くの建具屋さんには道路沿いに作業所があり、

ときおり寄り込んでは、そのおじさんの仕事を見ていたのです。

ある日のこと、おじさん、ご飯粒とおが屑とこねて混ぜ合わせ、ちょっとしたキズに、木のパテとして使っていました。

そのときに聞いた、その穴埋め作業のことを「コクソをしているんだ」というのです。

ただ、今、自分がこの方法を使ったり、言葉を使うについて調べても、広辞林にも載っていなかったし、

そのときにはネットの検索にも引っかからなかったのです。

これはきっと自分の記憶違いか、この地方独特の方言に近い言葉なのか、

あるいは死語になったものか、はたまた、そうした特殊な職業の業界専門用語なのか?

自信がないまま書いてきましたが、つい最近、今までは使っていなかった検索エンジンで検索した結果、いくつかヒットし、

ごく一部の特殊な分野ではいまだに使われていることを知り、今回は、自信をもって紹介することにしました。

 ◇ コクソ (刻苧) 

コクソは、わたしのどこかのページに、「刻塑」と書くのではと推測して書きましたが、 そうではなく、どうやら「刻苧(こくそ)」、もしくは「木屎(こくそ)」と書くらしい。

いずれも、昔から漆職人家具職人、あるサイトではこの技法が琴などの修復にも利用されていることが分かったのです。

の方では、『刻苧は、生漆ケヤキの粉少量の米糊を混ぜたものであり、それをヘラ等で穴を埋めて平らにし、傷を補修するとか、 下地処理として使う』、と書かれていました。

また、ある仏師の方のサイトでは、『漆の原液(瀬〆)に、増量材(大鋸屑)増粘材(普通の小麦粉と糊)を加えて練り、 粘土状にした「木屎(こくそ)」を盛りながら造形していくという、気の遠くなる時間とそのコストの高さゆえに衰え、 木彫像へと移行していった歴史背景があり、興福寺の修羅像などはこの技法で作られた最も有名な仏像』、と説明されていました。

日本の仏像に関しては本旨との違いから、土偶に近い塑像からコクソを経て、木彫に推移していったことがこの記述から伺えるものであり、詳細なことについてはここでは省きます。

このことは、裏をかえせば1400年以上も昔、飛鳥や白鳳、奈良時代、あるいは天平年間からこのコクソ技法が使われてきたことになるわけです。

それをリペアーの一手法として、あるいは万一のちょっとした手違いによる瑕疵などの救済処置として、現代人であり、それが、たとえヴァイオリンの修復であってても、都合のいいものは使わない手はありません。

ホームセンターには、確かに「ウッド・パテ」というような商品名で、セメダインやコニシ(商品名:ボンド)などのメーカーから、 何種類かのものが売られています。(写真・右)

でも、そこはやはりデリケートなヴァイオリンのこと。

へんな、砥の粉や粘土、石灰をブレンドしたものとか、わけの分からない鉱物質の増量剤(炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムなど)が 入っているものより、その木、そのものを使う昔ながらの方法であり、身近にある素材でできるのですから利用しない手はありません。

 ◇ コクソで埋まる理由 

その理屈は簡単なものです。 木くずノリでよく錬り、 粘土状にして穴を埋めるわけです。
私達はウルシは使いませんから、ノリにはニカワデンプン質ボンド系エポキシ系などを、その都度、目的に合わせて使います。

例えば、耐水性を重んじるなら、エポキシ樹脂系の接着剤を使うべきです。 湿気や温度に関係なく、ただ「固く」したいのならニカワでもいいでしょう。 ニカワの固形物
注釈1.水分が蒸発して残った、ノリの残渣のこと)はきわめて固いですからね。

埋める体積が大きく、違和感ないものにしたいのなら、昔ながらのご飯粒やコーンスターチ・タイプのデンプン糊
(注釈2.は末尾に)やボンドでもいいでしょう。

コンクリートだって、使う目的に合わせ、ブレンドを変える必要があることは賢明な読者諸兄はすでにご存じでしょう。
要は、つなぎとしてノリの役割をしているセメントに、骨材(増量材)である砂利や 砂とを混ぜてつくるコンクリート(モルタル)と同じ考えでいいのです。

もともとの木に、木の粉末(植物の主成分であるセルロースなど)をノリで錬ったもので埋めてやるわけですから、 コクソこそ、固まってしまえば、木そのものの組成にきわめて近い補填剤になり得るのです。それが、筆者がとくにこの方法をお薦めする第一の要因です。
 ◇ ノリの濃度と骨材との関係 

では、ノリと骨材とのブレンドする比率はどれぐらいがいいのでしょう。  ここで、例えば水溶性のニカワやデンプン糊、酢ビ系のボンドなどについて考えて見ましょう。

いずれのノリでも、水で薄め過ぎ、ノリ気が薄すぎれば、当然、食いつきが悪く、接着しにくいことになり、もろけやすくなるでしょう。

反対に、固すぎてノリ気がないほどだと、やはりくっつきにくいものになってしまいます。

また、ノリが多すぎて、増量剤としての骨材が少ないと、乾燥したときのヤセが大きく、何度も、何度も塗らなければ、穴は埋まりません。

それもそうです、当然、パテに含まれる(多くの)水分が蒸発した分、その体積だけは縮小するのは道理です。

その上、固まったものは、それはただのノリの固形物でしかありません。 そのためにも、一定の固形物としての骨材をブレンドするのです。

  ◇ 骨材としてのおが屑? 

ここでいう骨材というものは、上述したように、穴埋めなどを補填する際には所定の体積を補い、かつ、その補填物を 強固なものにするために入れるもののわけです。

それには砂利がいいのか、砂がいいのか、目的に合わせブレンドを変えるのはコンクリートと同じです。 目的に合わせ、ノコギリ屑の「おが屑」にするか、ペーパーがけで出る微粉末にするか、あるいは、適度にブレンドして使うか、 それは使う状況をかんがみ、わたし達実践者の選択になります。



ノコの種類によってもおが屑の粒子の大小が異なる 各種のおが屑

一般に、大きな穴を埋めるのには大きなノコギリ(ベルト・ソーや電動丸ノコなど) の粒子が大きい「おが屑」がいいでしょう。反対に、こまかなキズや穴には、ペーパー掛けした際の微粉末が合います。

例えば、ネック・スクロールのちょっとしたキズを埋めることを想定しましょう。 そこに丸鋸で挽いたおが屑では、 粒子が大きすぎてツブツブが目立ち、きれいに埋まりません。 そうしたとろではペーパーの微粉末が最適となります。

わたしは、ペーパー掛けしたその木の粉末を、いつも小さなビニル袋に保存しておき、いつでも使える状態にしています。 (上の写真は、カエデとコクタン)

ただし、裏板の凹みに使う場合はそのときに使ったカエデ材を使い、表板にはスプルースの粉、指板には黒檀の粉、 しかも、ペーパーにはいいものを使い、粉末の中に砂粒が入らないようなものを愛用しています。

ときには、弓の修復の際などは、カエデ材にほんの少量の黒檀をブレンドし、その弓の木に近い色にして使ったり、 ときには周囲の色に近づけるため、茶色やこげ茶の絵の具で着色してから補填したりします。この着色も水溶性の利点といえます。

また、表板のちょっとした割れ目など隙間がまったくないものは、むしろ骨材(オガ屑)を入れず、少しゆるめのニカワだけで補修した方がきれいに仕上がります。

 ◇ ノリの選択 


私達の場合、ヴァイオリンの修復においてはあとからニス仕上げを行いますから、そのことも考慮しなければなりません。

酢ビ系の木工用のボンドは、手軽さではいちばんですが、ニスをはじいてしまい、色が乗りにくい、という欠点があります。 そんなときほどノリにはご飯粒やデンプン質がいいのです。

ただの工作で、ラワン材のものとか、ベニヤ程度のものなら、遠慮なくボンドをお使い下さい。 丈夫に固め、しっかりさせたいものならニカワやエポキシ樹脂の接着剤がベターです。

そのように、つなぎ役としての糊も、目的に合わせ、その特性を十分考慮して選んで下さい。それに、最初から「本番」ではなく、 事項で説明しているような、端材等でリハーサルしたり、納得いくまでテストをしてからお使い下さい。

テストにしても、後日、同様の結果が得られるように、大まかでも結構ですから、糊や骨材の種類・ブレンド比率など、 丁寧にメモされておくことをお薦めします。

それが経験と実績になり、そのような再現性が高まると、いつでも自信をもって使える技術の裏付けとなります。


 ◇ テスト 

今回はカエデ材を丸ノコで挽いたおが屑に対して、デンプン糊(一般に市販されている 事務用のものでも可[注釈3.は末尾に])、 木工用ボンド、ニカワの三種類のノリを使い、かつ、同じカエデ材に大きめの穴(直径12mm)と 小さめの穴(直径3mm)の、6つのパターンでテスト。
おが屑とデンプン糊 微粉末とデンプン糊
おが屑に三種類のノリ 微粉末に三種類のノリ(こちらは左がニカワ)
ペーパーの微粉末も、同じ条件で試しました。

おが屑・乾燥後 おが屑・ペーパー仕上げ後
ご覧のように、乾燥してもニカワはやはりニカワ色。しかし、接着力が強いためか、適当に錬ったものでしたが粒子が大きいおが屑だったため、
ヤセが少なく、ほとんど一発で埋まっています。
ただ、ニカワという接着剤は固形物が少なく、ヤセやすいので、上の写真で分かるように
最初から少し盛り上げ気味に埋めていることをご確認下さい。
この場合では、デンプンがいちばんやせましたから、ペーパー後の凹みがいちばん深くなっています。
でも、この後、微粉末のものを、もう一度追加すればほぼ真っ平らになります。
微粉末・乾燥後 微粉末・ペーパー仕上げ後
一方、こちらは粒子が細かい分、骨材としての体積が小さく、収縮も大きく、ニカワ以外はかなりやせた上に、
ボンドでは周囲にわずかな隙間、デンプンでは真ん中に割れ目も出ていました。

ここでも、デンプン+微粒子ということでヤセを予想し、上の、いちばん右側、埋めた当初の写真でお分かりのように、
少し盛り上げていますが、それでもこれだけの収縮になっています。

ニカワでも、ヤセが少ないといっても、ほんの少しだけ中央部がくぼんでいます。
(ペーパーがけした際の粉で、少し白くなっていますよね。)

こちらも、もう一度微粉末で埋めれば真っ平らになることは間違いありません。

 ◇ 木材・粉末の採集方法 

さて、私はペーパー掛けした粉を保存していることを書きましたが、簡単な採集法をご紹介します。

丸ノコのおが屑は、不用な材料を少し切れば、小さな穴ぐらいを埋めるぐらいのおが屑はすぐに集まります。

ご承知でしょうが、材料をゆっくり押して切ると、比較的、細かなおが屑になり、手早く切ると荒めになります。
(←そんなことは、説明不用ですよね。)

微粉末の方は、ごく小型の掃除機と、ディスク・グラインダーを使って採集すると、いっぺんにかなり採集できますが、あらかじめ、
ペーパー・パックを取り換えておくなり、下の写真のようなフィルターの場合は、中までよくきれいに掃除してからやって下さい。

そうしないと、ゴミやホコリまみれの微粉末になってしまいますからね。
掃除機とディスク・グラインダーを使い採集しますが、きれいに内部を掃除してから行います。 ディスク・グラインダーには、
100〜120番程度のペーパーを使用。

手っ取り早い方法としては、掃除機のパイプ・ジョイント部に手ぬぐいか靴下のようなものを、
ゆったりと被せて押し込み、それから吸い込み口を軽く差し込んで使います。

それで、スイッチON。

吸い取り口の真ん前で、ガーガーとディスク・グラインダーで木を削るのです。
靴下や紙パックに、微粉末が集まるのは当たり前ですね。

 ◇ 仕上がり状態 

以下は、さらにもう一度、微粉末のコクソをしたものを乾燥後、ペーパー掛けしてあります。
おが屑+微粉末の2回目 微粉末+微粉末の2回目
おが屑+薄いニスを1回 微粉末+薄いニスを1回

ご覧のような結果になりましたが、これはあくまで補助的な救済処置としてのテクであり、
伝統ある技法ですから、ごまかしの裏技なんて考えないで下さい。

このような大きな穴では、やはり、木そのもので埋めた方が、ニスを塗ったときの色ムラが分かりにくくなるでしょうね。
また、こうした場合には、前述したように、あらかじめ白っぽくとか、ニスを塗った時点で同色になるよう、
絵の具で着色しておく方法もありかな、と思います。

下の写真・左側の右上に、白っぽく見えるのは、粉末の中に小さな鉋屑が入っていたためです。
錬って塗ったときには気がつかないまま 埋め込んでいましたが、むしろ、穴全体がこのカンナ屑のようなら、
共木で埋木したようで、ほとんど見分けがつかなくなったことでしょうね。

 注 釈1.: 接着剤の三要素として、粘性、固形物、それにオープンタイムとが言われています。
粘性は、文字通り粘り気のことをいい、ベタベタかサラサラかの違いです。

オープンタイムとは、あらかじめ乾くまでの時間です。
接着剤の最高強度を出すためには、ものによっては一旦、
塗ったものを所定の時間をおいてから貼った方が、より強固に貼れるのです。
例えば、自転車のパンクの修理に使うゴム糊などは、一旦、完全に乾いてから貼りますね。


 注 釈2.
コーンスターチ・タイプのデンプン糊というのは、わたしの本業・インテリア業者たちが
壁紙施工の際に使う デンプン質の、ノン・ホルマリン接着剤です。


 注 釈3.: 事務用の市販されているデンプン糊(白っぽいもの)には、デンプンの分子結合を
うながす触媒の目的でホルマリンが混入されていますが、 コクソ程度ではまったく問題ありません。
また、同じ事務用の糊として、ほとんど透明の、酢酸エチル系の糊も売られていますが、
同様に、 コクソに使ってもしっかりつなぎの役割を果たしてくれます。

余談ですが、お隣・中国では万里の長城をつくった際、日干しレンガにセメント(糊)的な効果を高めるために餅米を炊いて入れたそうです。
たかがお米ですが、さすが中国、何百年も保っているということが分かりますね。

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