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◇ 教室をかえたこと
さて、ヤマハを辞めたもう一つの大きな理由に、地元でいい先生に巡り会えたこともありました。
先生は、同じ市にお住まいで、わたしの加盟しているアンサンブルのリーダー、かつ、地方オケのコンサートマスターでもあります。
つまり、アンサンブルのお仲間のひとりとして、すでに足掛け1年半は接していたことになりますから、お願いもしやすく、習いやすいともいえます。
それに、こちらはご自宅でも教室をもたれ、子供たちから主婦層まで、幅広く生徒を指導されているベテラン、かつ、ヴァイオリンがよく似合う美人の中年?女性です。
初老の男性は、ボクがはじめてのようでした。
◇ 初心に返って・・・ファースト・ポジションから (2001年
3月〜)
まず、自分で気になっている欠点をお話しし、それを修整することからはじめました。
新しい曲とか、緊張したり疲れたりすると、ヴァイオリンを持つ手が、左手首がだんだん曲がり、
手のひらの付け根の方で、ネックを支えてしまうのです。いわゆる「おそば屋さんの出前持ち」形なのです。
「先生、やはりネックにセロテープで画鋲をつけないとダメですかァ?」
笑いながらそう聞きましたら、ベテラン先生曰く−−−
「いえいえ、そんな残虐なことをする必要はありませんよ」
そういうと、そそくさと居間の方に行き、マジック・インキを持ってきたのです。
その太い方のキャップを抜き
「煩わしいかもしれませんが、これをここに挟んでしばらく練習しましょう」と、
左手の親指と人差し指の付け根に、そのキャップを差し込んでくれました。
そして、「できるだけ、親指の第1関節がネックの真裏にくるような形で弾きましょうね」というのです。
はさんだキャップに慣れるまでは、股の間に棒を挟んで歩くようなもの。
**マジックが蒸発して書けなくなったら、新品を買ってお返ししなくては**
なんて余計な心配をしたり・・・。
結局、これは顎と肩とでしっかり挟んでいないので、つい、手で・・・という具合でした。
そんなことをして、1月ほど稽古したら、「かなり、きれいな形になりましたね」と先生のお褒めのお言葉、目からウロコでした。
また、若いときにピアノをいじっていましたから、どうしても左の指がビョンビョンとはねてしまう癖がありました。
これだと早いパッセージのとき、指の動きが不合理ですね。
そんな苦手意識が、早いパッセージになるとつっかかっていた、という欠点もありました。
とくに、左の小指が立ってしまうのは、男としてなんとも恥ずかしいかぎりで・・・。
それで、相談した結果、鈴木メッソードのボーイング体操を最初の5分間行い、篠崎の教本No.2の中間にある「カイザー」の特訓となったわけです。
この方も、一月ほどで改善の方向となって、当の本人も大喜び。
その後は、ファースト・ポジションでザイツのコンチェルト2番・第3楽章から・・・。
譜面の一音、一音とても丁寧に、弓の使い方ひとつで、音色の改善までの指導、それに、
楽譜に記されている楽典をどのように演奏することで反映させるか、実に丁寧な指導をいただくようになりました。
◇ カイザーとザイツの難点
レッスンが進むに連れ、演奏の難易度も上がってきます。
カイザーのボーイング・バリエーションもメロディは同じまま、弓のアップダウン、スラーかそうでないか、リズムなど、多様に変化させての演奏。
完全に、そのメロディとバリエーションを脳裏にインプットしてかからなければならず、これにはかなり手こずりました。
ザイツのコンチェルトも、1曲1曲、それぞれ山場(難しいところ)がひかえていて、最初は、それがとても大きな壁のように見えていました。
2番・第3楽章では、最初の方の1音を変化させる重音、
それと2ページ目のアルペジョ風16音符の速いパッセージ、それに、後半の16音符のスタッカート。
先生も、そうした難所のところは、「16音符でも、1音1音、弓を返して正確に弾くように憶えましょう」、
と一緒になって弾いて、真剣に指導してくれます。
生徒として、それはとても勉強になるし、また、大きな励みになります。
それでも、なかなかできないときには、自分の不甲斐なさにがっかりもしますが、
「みんな、ここではひっかかるんですよ」と、慰められることもしばしば・・・。
ここでも、わたしのレッスン訓「バカでも百編」。
ともかく、できるだけさらって、ものにするしかありません。
やや、一月ほどたって1曲上がってみると、それなりに技術、音色とも向上していて、
その壁をクリアーしていることに気がつきます。それがまた、嬉しいのです。
ザイツのコンチェルト5番・第1楽章では、歯切れよい8分音符・3連符のスタッカートと、同2音だけがスラーのもの。
2/4拍子のマーチ風の速いテンポだけに、またまた速いパッセージ。
5番・第3楽章では、変化する重音にはほとほと手こずりました。
D#と開放のA、そのすぐあとがD#とCナチュラル
D線を押さえると、開放のA線にちょっと指が触れてしまうのです。
「あぁ、くやしい、指が太くて触って隣をしまい、きれいな重音にならない」などと嘆くと
「うらやましいくらいの指、わたしは指が細いので、
わたしがその指なら、もっときれいなヴィブラートがかかるんだけど・・・」
ものはいいようで、教え上手の先生、わたしの無骨な太い指を、そのように羨ましがって誉めてくれました。
「そういえば、パールマンだってグローブ級の指だもんね・・・」。
わたしがが自信なげに、おそるおそる弾いたりしていると
「これはヴァイオリン・コンチェルトの終楽章です。それに、ヴァイオリン・ソロですから、
オーケストラをバックにあることをイメージにえがいて、心持ち強めに弾くことが大切ですよ」と注意。
p ならば mf 位に、mf だったら f 、f なら ff
に・・・という風に、一ランク上げていうことです。
個人レッスンで1時間、それだけこちらもさらっていかなければなりません。
ただ技術だけを教え、それをこちらが修得するということでは、単にヴァイオリンが上手くなるだけです。
先生は、一生懸命、音楽のこころ、音符にあらわれている作曲者の意図、そんなものまでわたしに教えようとしてくれている、そんな気がします。
だから、とてもいい先生に巡り会えたと感謝、感謝です。
ようやく、3月からはじめたザイツも6月中旬にはOKとなり、いよいよ、ビヴァルディの「コンチェルトAm」第1楽章に入りました。
つい最近、契約しているケーブルテレビで、CSN-1の洋画専用チャンネルが増え、毎日、映画が楽しめるようになりました。
その中で、アメリカの連続ホームドラマ「サンフランシスコの空の下」というのがあります。
両親を交通事故でなくしてしまった兄弟姉妹5人で、力を合わせて頑張っていく、そんなお話です。
その中のいちばん末娘がヴァイオリンをやっていて、そのビヴァルディのAモールをやっていました。
メルリ・ストリープ主演の映画「ミュージック・オブ・ハート」同様、鈴木メッソードでしょうか、
ともかく、小さな、可愛いお嬢さんが弾くこの曲もいいものです。
おじさんも頑張らなくっちゃ!
それも、ほぼ一月ほどでクリアー、つぎは同・3楽章です。
この曲でも、難関は16分音符のコードのアルペジョ、それに半音階の連なるパッセージです。
それでも、40日ほどで上がりました。
また、練習のたびに一旦上がった1楽章も、2、3回くらいはよく弾きました。
◇ いよいよバッハ (ドッペル)
2001年9月の第2週、いよいよバッハの「2台のためのヴァイオリン協奏曲」(ドッペル)です。
この曲は、映画「ミュージック・オブ・ハート」のラスト、カーネギーホールで、パールマンを交えての感動的なあの名曲でもあります。
しかし、しかしですよ、いざ入ってみると、これがまた練習しにくい曲なのです。
よく聞いているテーマ部分は順調に弾けるのですが、そのあと、インベンションのように、ファーストが重なってくると、もう、間が取れません。
それに、微妙な半音階で推移する旋律は、うっかり音程を間違えでもすると、
それはバッハの念仏か御詠歌のようになってしまうのです。頑張らなければ・・・!
10月21日には、当市の、市制30周年記念行事のコンサート、ジュニア・アンサンブルの応援で何人かの大人も出演。
TVゲーム、ドラゴン・クウェストの「序曲のマーチ」、「小さな世界」、それに童謡「あんたがたどこさ」の3曲。
その練習の音合わせやら、11月11日の音楽祭の練習もかちあって、10月も月末になってドッペリはようやく1ページ。
なかなかの難物だ!(11月1日追記)
今年、1月になって、ようやく先生と二人のデュオができるように・・・。でも、まだDのところでなど、一部で引っかかるところもあり、全曲スムースというわけではありません。
「このつぎには、忘れないうちに第1パートをやりましょうか」と先生のお達し。願ってもないことですから「よろしく、お願いします」と、こちらは二つ返事でOK。
次の第1パートなら、類似しているフレーズが多く、早く進むのでは、といまから楽しみ。
3月には、教室の発表会もあり、全員アンサンブルではパート別にわかれて3曲、それに個人での発表曲、
これには先生と相談して、昨年、上がった「ヴィバルディのA-moll第1楽章」に決定。ピアノのH先生の伴奏でソロ。
今年も、頑張らなくては!(02年 1月24日 追記
◇ ヴィブラート 2
ザイツ2番3楽章に入ってすぐのこと、冒頭の2音目、跳ね上がるスタッカートの8分音符。
「すみやさんはヴィブラートがかけられますから、この音にはかけて下さい」と先生からいわれた。なるほど、スタッカートでも音に変化を付けるためにヴィブラートもかけるんだなぁ、といわれるままに・・・。
「すみやさんは、ヴィブラートがかけられるからかまいませんが、ヤマハの教室では、どのようなヴィブラートの仕方、教わりました」と質問。
前述したような過程を説明し、 「教本に出てきたときには、すでにできるようになっていましたし
先生も、それでいい、ってことで正式なレッスンは受けていません」と、本当のことをいいました。
そして、ついでだからと、あらためてビブラートの正式なレッスンを受けました。
以下は、その要約ですが、読者の皆様の参考になれば幸いです。
☆ ビブラートの練習方法1.
・まず、基本はヴァイオリンをしっかり肩と顎にはさむことで、左手を完全にフリーにすること。(これは、非常に大切です)
つまり、顎にはさんだままで、ペグを回したりアジャスターを調整したり、
調弦ができるくらいに左手がフリーの状態でないと、柔らかな手首の「揺れ」ができないからです。
左手は、親指の先でネックの裏側を軽く支える状態の持ち方です。
(ボクは、緊張したり新しい曲だと、いわゆる「おそば屋さんの出前」、手首でヴァイオリンを支えてしまう欠陥がありました)
・つぎには、1弓で1回、1の人差し指から「ほわーーん」と一度だけ揺らします。
最初は、指を多少、左右に倒すようになってもかまいません。それを1から4の指までやります。
・それができたら2回、3回、4回・・・と、1弓・全弓で6回までやりました。
「そうか、これが指でかけるビブラートなんだ」とボクは再認識。
・同様に、こんどは手首だけを「貧乏ゆすり」のように揺らせて、 同じように繰り返します。
今では、カイザーでも、ザイツでも、ちょっとひっぱる音には、必ずビブラートを入れています。(↑先生のすすめもあって)
☆ビブラートの練習方法 2−A. (こちらは多少すみや流)
車で仕事に出かけるとき、好きなヴァイオリン曲のテープを回します。
ボクの車の、ハンドルの裏側に、ちょうどいいところに、型を成形したときの「穴」のような「くぼみ」があります。
その場所に指を引っかけて、曲の伸ばすところ、音にビブラートがかかっているところで、左手首を揺するのです。
つまり、自分なりの「イメージトレーニング」を年中したわけです。
☆ ビブラートの練習方法2−B. (教室によっては、実践しているようです)
ネコの鳴き声や、パトカーのサイレンのように、弦を指でグリッサンドしながら、音に変化を付る。その小さな揺らしがビブラートになるわけです。
そんな練習の積み重ねで、独学で、できるようになったし、ヤマハの先生も「それでOK」だったのだと思いますよ。
時間をかけて練習すること、そして、習慣づけてやるようにすると、いつでもうまくビブラートがかかるようになると思います。
ぜひ、お試し下さい。
◇ 教室では初めての発表会
☆ヴィバルディ ヴァイオリンコンチェルト A-moll 第一楽章
1月はじめのこと、「すみやさん、3月10日に発表会を行いますが、どうしましょうか?」と先生。
先生から、そういわれて尻尾を巻くようでは不甲斐ない生徒のレッテルを貼られるようなもの、そこで何のてらいもなく「お願いします」と即答。
その場で先生と相談の上、ヴィバルディ『ヴァイオリンコンチェルト A-moll 第一楽章』のソロに決定。
2月の中旬にはプログラムもできあがってきて、見てびっくり!
ふたをあけてみたら、なんと、大人はわたしがひとり。しかも、教室では最高齢者の、60過ぎの「お爺さん」、あとは小・中・高校の生徒だけ。
「先生!ほかの大人の人たちは?」。
「皆さん、いろいろあって都合が悪いんですって」。
プログラムの印刷ができているのに、もう、逃げるわけにはいかない、これにはまいった。
歳だけはとっていても、ヴァイオリンを習い初めてから、まだ、4年半。
そうした意味では、小学生の生徒さんと全然変わらないわけだし、むしろ歳をとっている分、覚えも、動きも悪くなっている「劣等生」といえる。
そんなわたしが、今回、無謀にもソロのコンチェルトに挑むことになってましまった。
でも、発表するという「目的をもつ」ことで、日頃の練習やレッスンにも身が入り、また、そのために、先生の「音楽性豊かな、熱意あふれる指導」も受けることができた。
そうして、レッスンの回を重ねるごとに、自分なりにヴァイオリンらしい音に近づいていくことが、とても嬉しく、楽しいものになっていったことも事実。
ただ、問題は暗譜。
「ソナタなら譜を見てもいいでしょうが、コンチェルトでは、できるだけ暗譜がいいのです」と、本人の困惑をよそに、
大いなるプレッシャーを与えられてしまったが、これがまた、なかなか憶えられないのです。
不幸にして、仕事も忙しくなり、思うように練習もできなくて、結局、本番4日前になっても完全暗譜は無理。
本番、前の週のレッスンで、「保険代わりに、譜面を見てもいいですよ」ということに・・・。
とりわけ、わたしの場合は「自分でつくったヴァイオリンで、自分の発表会に挑む」わけです。
使う楽器の弦もオブリガードに取り替えたし、駒も調整し直して、よく響くようにしました。(弦を取り替えたせい?)
「小学生並」、あるいは「以下」の発表でしたが、このようなチャンスを与えていただいた先生に、ただ、ひたすら感謝、感謝です。 m(_ _)m
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写真の「ピアノ伴奏」が、地元アンサンブルのお仲間で、ファーストVnのHさん、ピアノ教室の先生でもあります。
「譜めくり」のYさんも、近隣のM市でピアノ教室の先生をしていますが、アンサンブルの方では2ndさんのお仲間。
多くの仲間たちに支えられての発表会でした。
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(02年 3月10日追記)
◇ 早いもので、足かけ3年、丸6年 03年 11月 その年はヴィオラでデビュー
歳と共に、ほんとうにときの経つのが早くなります。
気が付いてみれば、先生をかえてから、来年の三月で早、三年。正式にレッスンをはじめて、ここで6年になりました。
今年の特記すべきことは、11月、恒例の市の音楽祭で、ヴィオラを弾いたことです。
地元アンサンブルではずっとセカンド。ヴィオラはつくってもっていても、まだ、舞台での正式なデビューはしていませんでした。
幸いなことに、いままでヴィオラ担当だったTさんは、別の市のアマオケと重なり欠席、Uさんは当日、都合で出られないということでダメ。
それで、今年は自分からお願いして、ヴィオラを担当することになったというわけです。
問題は、楽譜のハ音記号(アルト記号)。上のドが第三線、つまり、シのところが、ドになるわけです。
ト音記号や、ヘ音記号はピアノの経験がありますから、問題なく読めるのですが、ハ音ははじめて。
慣れるまでは、赤ペンで音階のカナをふったり、青で指番号を書いたり、
リーダーの指示の書き込みをしたり、それはそれはにぎやかな譜面になりました。
結局、2ヶ月の練習期間はありましたが、慣れるまでにはいかず、さりとて、読み違えのミスは困りますから、本番もそのままの譜面でやりました。
でも、ヴィオラをやってよかったことは、
とくに、低弦では弓をしっかり弦にあてていないと音がうわずってしまうので、いい意味でボーイングがよくなったと自覚しています。
まぁ、パソコンを一生懸命打ち込んだりしていれば、ワープロでも生かされる・・というものでしょうか。
新しい仲間も増えたり、例年通りの仲間たちとも楽しく、練習も、本番もやることができました。
レッスンの方は、相変わらずマイペース。
鈴木の6巻に入る前に、以前から完奏したかった、ボルムベスクの『望郷のバラード』を、
とくにお願いして見ていただいたりしたもので、ここで、ようやく6巻の最初の曲、『ラ・フォリア』が上がるところ。
◇ この年の音楽祭もヴィオラで出演・予定
鈴木の6巻もいよいよラスト 04年 9月 16日追記
毎年、9月になると11月に行われる恒例の、市主催「音楽祭」の楽譜が配布されます。
時代の流れか、メンバーに主婦が多いこともあり、話題の韓国ドラマ『冬のソナタ』から主題歌「はじめから今まで」が1曲。
歌劇「カヴァレリア・ルスティカーナ」より間奏曲、それに、ビゼーの「アルルの女・第2組曲」より「ファランドール」の3曲。
とくに、ファランドールはテンポが早いだけに、たいへん・・。
レッスンの方も、遅い進歩ではあるが、いよいよ鈴木6巻の最後、ヘンデルの「ソナタ 第4番」
(ニ長調)に突入。
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