衝撃のレース10選

 

初めに
 新規ネタがなかなか思い付かないので、今回も競馬関連の雑文を書こうかと思う。ここ2回に続く競馬ネタとなるが、歴史関係の雑文だった頃と比較すると遥かに駄文らしくなっており、このコーナーの趣旨には合っているようにも思う。
 今回の内容はというと、私が今までに衝撃を受けた競馬のレース上位10戦についての雑感で、如何にも駄文といった感じとなっているが、やはり競馬を見始めた頃と最近のレースの印象が強いためか、年代的にはやや偏った感じの選となった。軽く読み流して頂ければ幸いである。

 

1位:1985年 天皇賞(秋)
 私にとって最も衝撃的だったのは、やはりシンボリルドルフの負けたこのレースである。如何に休み明けとはいえ、ルドルフが日本馬相手に負けたのには驚いたが、何よりも、その相手がニホンピロウイナーやウインザーノットではなく、明らかに格下のはずのギャロップダイナだったのは本当に衝撃的だった。
 ルドルフがニホンピロウイナーとウインザーノットを振り切った時は、ああやはりルドルフで決まりか、と思ったものだが、外から1頭全く注目していなかったギャロップダイナが差し切った瞬間は本当に興奮してしまい、ルドルフが嫌いだった私は思わず喝采を挙げてしまった。
 当初は、ギャロップダイナのこの勝利はフロックかと思ったが、同馬は翌年に安田記念を勝ち、更には有馬記念でも2着に入り、恵まれた点もあったとはいえ、ルドルフを破るだけの実力の持ち主であったことは証明されたと思う。

 

2位:1993年 天皇賞(春)
 メジロマックイーンのファンである私にとって、ライスシャワーの勝ったレースではなくマックイーンの負けたレースとして強く印象に残っている。ライスは前年の菊花賞でミホノブルボンの三冠を阻止しており、確かに長距離戦における能力の高さは認めていたが、まさかマックイーンが天皇賞(春)で負けるとは考えもせず、直線でライスがマックイーンを交わした時は、本当に呆然としてしまった。
 ライスはこのレースではギリギリに仕上げられていたようで、その反動か以後不振に陥り、7歳時に再度天皇賞(春)を勝ったとはいえ、この時のような状態で出走することはなかった。岡部騎手の「馬は絶好調で出走させる必要はない。普通の状態であればよい」という発言の意味が、ライスの戦績を通じて理解できたように思う。とはいえ、ライスは失ったもの以上の栄誉をこのレースで得たようにも思う。

 

3位:1999年 東京大賞典
 上位3レースはいずれも、負けるわけがないと思っていた圧倒的人気の馬が負けたという意味で、私にとって衝撃的だったのである。このレースも、負けるわけがないと思っていたメイセイオペラが惨敗を喫してしまい、信じられないものを見てしまった感じであった。
 早くも3角でメイセイの鞍上の菅原騎手の手が激しく動いているのを見た時には嫌な予感がしたのだが、直線では全く伸びず馬群に消えてしまった。この日は仕事納めのため午前中に帰宅できる予定で、私はメイセイの単勝を50万円ほど購入する予定だったのだが、予定以上に仕事の整理に時間がかかり、発走1時間ほど前になって漸く仕事が終わって、もはや間に合わなかったので馬券購入は断念した。今にして思うと、会社には感謝しなければならないのかもしれない。

 

4位:1999年 宝塚記念
 スペシャルウィークとグラスワンダーとの二強対決で話題となったが、夏バテを伝えられて2番人気に甘んじたグラスワンダーがスペシャルウィークを3馬身以上引き離して楽勝したのには、グラスの能力の高さを認めてはいたものの、本当に驚いてしまった。スペシャルは3着のステイゴールドを7馬身離しているのだから、天皇賞(春)やジャパンカップほどの能力を発揮できなかったのだとしても、凡走したとは言えないように思う。グラスのベストレースとして、朝日杯3歳ステークスを挙げる人が多いと思うが、私は迷うことなくこの宝塚記念を挙げる。

 

5位:1984年 天皇賞(秋)
 初めて好きになった馬であるミスターシービーが、最後方から豪快に捲りを決めて四冠を達成したレースとして印象深い。前哨戦の毎日王冠でも途中まで後ろからいって焦ったが、あの時は久々で実戦の勘が鈍っていたためなのだろうと思っていたところ、本番でも同様に向こう正面まで後ろから行き、後ろから行くのがこの馬の常だとはいえ、やはり圧倒的な人気馬が向こう正面までほとんど最後方だと、ファンならずとも動揺するものである。シービーはこれが最後の勝利となったが、この時点ではまさかそうなるとは思わず、恐らく三冠を達成するであろうシンボリルドルフとの対決に胸を躍らせていたものである。

 

6位:1989年 ジャパンカップ
 凄まじいハイペースの厳しい戦いとなり、ホーリックスが驚異的な世界レコードで勝ったレースとしても印象深いが、それよりも連闘で臨んだオグリキャップの激走の方が印象に残っているという人は多いだろうし、私もそうである。この時期の東京競馬場は早い時計が出やすかったとはいえ、1着のホーリックスと2着のオグリが共に2400mを2分22秒2で走破したのには本当に驚かされた。最近の中長距離戦は以前と比較してハイペースになりづらく、このレコードも当分は破られないのだろう。

 

7位:1998年金鯱賞
 サイレンススズカが大差で圧勝したレースとして衝撃的だった。なかなかのメンバーが揃っていた中、良馬場で大差勝ちを演じたサイレンススズカの能力には感嘆したものである。今更ながら、天皇賞(秋)で故障し安楽死処分となったのが本当に惜しまれる。

 

8位:1984年 毎日王冠
 ミスターシービーにとって11ヶ月振りのレースで不安視され、この馬の常とはいえ途中までずっと後方に位置していたので、やはり久々で実戦の勘が鈍っており付いて行けないのかと思っていたが、3角過ぎから猛然と追い込みを始め、最後はカツラギエースを捕らえきれず2着に終わったものの、不安を払拭するには充分なレースで、またその凄まじい追い込みには度肝を抜かれたものである。負けたとはいえ、相手は充実期のカツラギエースということもあり、シービーの凄さを改めて知らしめたレースだったと思う。

 

9位:1983年 菊花賞
 ミスターシービーが三冠を達成したレースとして印象深いが、何といってもレース内容が衝撃的だった。ゆっくり上ってゆっくり下るというのが鉄則の京都競馬場の坂で仕掛けて上がって行き、そのまま押し切ったレース内容はまさに破天荒で、それがこの馬の人気の理由だったのだろう。ただ、レースのレベル自体はさほど高いものでもなかつたようにも思う。

 

10位:1993年 皐月賞
 小柄なナリタタイシンが馬群を割って進出してきて、最後にビワハヤヒデを捕えたレース振りには本当に迫力があった。迫力を受けたという点では、私にとって第1位のレースかもしれない。弥生賞でウイニングチケットとの勝負付けはすんだとも思っていただけに、その意味でも衝撃的だった。

 

 

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