掲示板過去ログ(2)

 

  

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補足 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月11日(金)23時43分12秒

 現代の中国文化と日本文化とはもちろん対等です。ただ、両者が
歴史的に東アジア文明圏に属していることは否定できないと思いま
す。
 ただ、日本の中には、それさえも否定して、日本は東アジア文明
圏にも属さぬ、「独自の文明圏」だという人がいるので、その意味
での「独自性」を否定したのです。


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舌足らずでした 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月11日(金)23時34分11秒

>日本は中国からの思想・文化を敏感に受け取り、それを自分たちの使い
やすいように変遷させていきます。
そこらはもう「独自性」なのでは?

 その意味の独自性は、もちろん否定するつもりはありません。
 なお、私が否定した「独自性」とは、日本文化が中国文化とは別個に
誕生したという「独自性」です。
 最初から日本とか日本文化とかがあったのではない。中国文化を取捨
選択するような日本文化は、歴史の一定の段階において、中国文化の影
響によって、誕生した。
 そう言う意味で、「独自性」を否定したのです。

http://members.tripod.co.jp/sumicom/


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クチの悪い言い方なら 投稿者:かいがら  投稿日: 5月11日(金)23時09分16秒

「黄老思想」っていうのは、不可知ながら実在する「道(タオですね)」を絶対主義的な「道徳」として取るのではなく、「道」=「法」という形で表現しているところに特徴があると考えられます。
西漢代後期からはそれが「儒法体制」に変わっていくんですね、漸次
特に王莽の失敗はそののちの東漢代に「古学の失敗」として、現実主義的政治の一面を強めたと思います。
まぁ、実際董仲舒が「道やしんい説を含んだ新しい政治儒教形態」を作り出すまで、「法治国家」として漢があったのも興味深い事です。


後…
う〜ん、日本の独自性ですか?
僕は良くわかんないですけど、日本は中国からの思想・文化を敏感に受け取り、それを自分たちの使いやすいように変遷させていきます。
そこらはもう「独自性」なのでは?


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MOパニック?! 投稿者:猫那沙更  投稿日: 5月11日(金)23時06分27秒

昨日から急にMOドライブが使用できなくなり
雷のせいかとか、もはや修理に出すしかないかと
かなりパニックを起こしていたのですが、
ふとファミコンのように吹いたら接触がよく
なるかと試してみたところすっかり調子が
よくなりました(-_-;)デジタル時代に、何か
アナログな部分を見た気がしてしまいました。

http://www.kitanet.ne.jp/~happy-crepe/


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「日本」文化の独自性を主張するとしたら 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月11日(金)22時59分02秒

 結局、「日本文化の独自性」なるものを科学的に証明しようとしても、
それは無理で、それを敢えてやろうとすると、神話を基礎にした物語に
よるほかなかった(皇国史観の成立)。
 その神話さえ、中国でなくても、中国周辺諸民族の影響を受けている、
というか、中国周辺民族の神話そのものなのですが。

 現在では、神話に代るものは、「縄文時期の孤立性」(日本列島誕生後
の海による大陸との長期の隔絶)ですが、これも神話にすぎないことは、
近頃では既に明白です。
 まあ、「日本」列島の大陸からの孤絶性を主張するとしたら、ちょうど
太平洋のポリネシアの島々のようなもので、人的要素は中国文明成立以前
の大陸から来たとして、その後の稲作等、中国文明成立前夜以降の要素は
まあ伝わらなかった、それぐらい大陸から遠い位置に列島が存在しなけれ
ばならないでしょう。
 そうなると、「日本」という名称さえ生まれないのですが。名前も、西
洋人に「発見」された時に、勝手に付けられるかもしれません。

http://members.tripod.co.jp/sumicom/


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>黄老思想の特徴 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月11日(金)20時12分12秒

 なるほど、漢初流行の黄老思想の特徴は「古典道教的な社会観に、実効とし
ての法治体制」ですか?
 確かに、これも言われると納得します。「法三章」といいながら、結局、漢
は秦の法制を継承した。儒者が色々始皇帝を批判し、漢を持ち上げましたが、
実質はそうです。さすると、トウチュウジョ(漢字忘れた)の儒学も、法家の
影響が云々されたりしますが、「実効としての法治体制」と言えるのかもしれ
ません。
 王陽明に関しては、実は殆ど知らないので、私も何とも分かりません。
(続いて、劉公嗣さんの本日の独語雑感にもレスします。まずは一息)


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掲示板過去ログを設置しました 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月11日(金)18時38分03秒

不都合な点があれば、遠慮なく仰ってください。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~hampton/board.htm


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うーむ・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月11日(金)07時30分54秒

黄老思想の特徴は「古典道教的な社会観に、実効としての法治体制」
というわけですか。思想史はさっぱりなので、陽明学との関係といい、
分からないことばかりです・・・。


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Sumikomamaさんへ/まだ不勉強ですが 投稿者:かいがら  投稿日: 5月10日(木)23時38分25秒

まだ不勉強で論も確立していませんが、簡単なところで。
黄老思想の特徴は「古典道教的な社会観に、実効としての法治体制」と僕は見ています。

「法がしっかりとしていれば、人間はそれに自然にのっかるだけで正しく、そして有意義に生きられる」って感じですね。

言ってしまえば、古典道教の絶対的原則を法治体制に求めているってカンジ、を僕は理解しています。
当然ここらは専門外なので、まったく確証があるわけではないんですけど…

ここで陽明の「ナンコウキョウヤク」(←ちょっと漢字がややこしいので)を振り返ったり、実際の陽明の施策を振り返ると、厳格な法統治、善悪基準、社会秩序が設けられています。
本来なら例を出すべきですけど、ここはちょっと長くしたくないので…
「悪を排除する姿勢」は宋学からの「自力救済」に特によく見られますが、陽明の場合それが法として現れる時にはあまりに厳格です。

ここから、陽明も社会的な面から見た「天意」を「法」というものに頼っているのではないか、と考えられます。
もちろん、儒学者の多くがそうであったのですが、特に陽明の場合には法への依存度が高いと感じられます。
当然、陽明の治人において、「法」とは二義的なものにすぎません。
だから、こういう前提的なことではなく、僕がこれから半年思索すべきなのは「良知」と「法」との関係、「修己」と「治人」は果たして単純に拡大縮小化して考えうるべきものなのか、とかいう点だと思います。
まだまだまとめられませんねぇ…
勉強しないと(^^;)


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日本漢文 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月10日(木)22時05分47秒

まあ私も、国語の授業では取り上げなくてもよいとは思いますが、
日本史の授業では、漢詩文の占める地位というのをきちんと教えて
おくべきではないかと考えています。

>せいぜい「神代」を「縄文」に変えただけと
>いう歴史観が案外多かったように思います。
そういうところはありますね・・・。一見すると皇国史観とは無縁
または対極にいるような学者も、結構日本孤立論を採っていますか
ら・・・。

>和泉式部日記と史記など
これは好みの問題もあるでしょうが、私も『史記』の方が面白いと
思います。その理由は、文化水準の高低ということではなく、視野
の広さの違いですが。『史記』には多様な階層の様々な人間模様が
描かれています。


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日本漢文のことなど 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月10日(木)21時36分04秒

>律令制
>案外、当事者達よりも後世の人間の方がそうした観念が遥かに強いの
かもしれません。
 そう思います。思いこみの上に、いくら「正確」な推論をうち立てて
も、思いこみが増幅するだけです。
 例えば、左右の史観の違いと言われたものは、結局、同じ歴史観の裏
返しにすぎなかったということが、よくあると思います。結局、反天皇
か親天皇かの違いがあるだけで、日本史実体認識は国学流というか皇国
史観と大して変わらない、せいぜい「神代」を「縄文」に変えただけと
いう歴史観が案外多かったように思います。

>国学の影響
 正直言って、日本人の作った漢詩文に余り名作があるようには思えま
せん。もっとも、どうもこれは偏見のようで、「日本外史」などは中国
人も賛美した名文だし、日本人の漢詩にも、たとえこれが訓読で読まれ
たとしても、当時の人口に膾炙したものがあるかもしれず、一概に否定
出来ないものがあると思います。
 実際、戦後しばらくまでは、戦前からの伝統もあり、日本漢文も結構
教科書に載ったようで、太田道灌の故事や川中島などは、けっこう有名
なようです。ただ、戦前の勤王教育と結びついたものもあったと思いま
す。例えば、児島タカノリ(字を忘れた)とか。
 今では、載せる教科書はごくまれです。また載せても、一首ぐらいで
す。という私は、実は高校国語教師を職としております。
 まあ、私としては、無理に日本漢文を教えるよりも、古文と同等か、そ
れ以上に中国漢文を教えるべきだと思いますが、その辺の国学流は西欧主
義と結びついて、戦後ますます盛んで、漢文の比率はせいぜい古文の半分
か3分の1です。受験などでも、古文の方が圧倒的に多いと思います。た
だ、教科書は古文とほぼ同等の量の漢文を載せています。
 もっとも、古典教育の比重は下がるばかり、これも時代の流れとしては、
仕方がありません。
 今、和泉式部日記を教えていますが、王朝の恋の話もそれはそれで面白い
のですが、やはり「史記」などの方がスケールが大きく面白いでしょう。

>王陽明の黄老的政治形態
 よろしければ、簡単に教えていただけないでしょうか?

http://members.tripod.co.jp/sumicom/


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ううむ・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月10日(木)21時35分27秒

何か言えるだけの知見は持ち合わせていませんなあ・・・。
修士論文ともなると、流石にかなり高度で専門的な内容を
要求されそうですね。頑張ってくだされ。


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修士論文テーマについて、ちょっとだけ 投稿者:かいがら  投稿日: 5月10日(木)19時59分14秒

何故性善説的主張を取る「陽明学」が、結果として王陽明の「黄老的政治形態」を生んでしまったのか。
また、個人の修己として提示された「致良知」は集団にどのような影響を及ぼすのであろうか


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律令国家の成立 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月10日(木)07時09分27秒

以降、仰るように在地首長=郡司勢力が没落していき、荘園制が
確立していきます。従来はこれを中央集権の崩壊と分裂傾向の出
現と解釈する人が多かったのですが、在地首長=郡司勢力の没落
といい都から派遣される国司(受領)の権限拡大といい、寧ろ中
央勢力の浸透と解釈する方が妥当だと思います。
従来の見解では、「崩壊」するような「秩序」が確立していたと
の前提があるわけですが、案外、当事者達よりも後世の人間の方
がそうした観念が遥かに強いのかもしれません。


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やっ、10日になってしまった 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月10日(木)00時03分47秒

>卒論
 私もプレッシャーでした。数年前まで、4年に一遍ぐらい、卒論
の夢を見たものです。夢は同じもので、もう就職しているのに、こ
の1年で論文を書かねばならないと言うものです。

>「律令体制」
 律令体制は、絵に描いた餅、これでここ15年来の疑問が氷解しま
した。だから、くどくど書くのですが、そんな実体が存在せず、
「日本」国の出現によって、在地首長=郡司勢力が没落し、荘園制
が発達していったと考えると、本当に日本古代史はすっきりしてき
ます。

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遂に・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 9日(水)07時36分34秒

会長殿も卒論執筆の時期をむかえることになったわけですか。
これから大変ですよね。頑張ってくだされ。


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ゼミでの発表が済んで 投稿者:彦やん  投稿日: 5月 9日(水)03時37分11秒

少し落ち着きました。
連休中悩んで悩んで文章を書いた甲斐はありました。
大体この発表によって卒論のテーマの大枠が決定しました。
これからは、そのテーマのために学校へ調べものに行くことになるでしょう。
無論、昼食・夕食のためというのもありますが(怠惰)。
ああやれやれ。

http://nununu.nu/paasuke/


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風邪の方は大丈夫でしょうか 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 8日(火)22時25分54秒

私は、今年になって一ヶ月近く咳に悩まされました。

律令体制の崩壊とよく言われますが、実のところ、「崩壊」する
ような実態が存在したのか、大いに疑問のあるところですね。中
央集権的統一国家とはいっても、実態をよく見極めて評価する必
要があるのだと思います。
半世紀以上前の論文ですが、流石に大家は着眼点が鋭いなあ、と
思います。


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勉強になりました 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 8日(火)21時01分40秒

>風邪
 今日は喉が痛んで、声が出しにくいくらいでした。

>統治機構の発達を読んで
 なるほど、蒙を啓かれました。「完成していた律令体制が
崩壊してきた」というのは、当時の為政者たちの主観、もし
くは建前、理想の提示にすぎず、実際は崩壊するような制度
は条文の上だけで、実際には完成しておらず、むしろ原始から
の伝統的首長的支配の崩壊と荘園制の発達こそ、当時の実際
だったのですね。

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風邪は・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 7日(月)20時54分22秒

中途半端にひくと、長引くことがありますね。
私も、今年になって長期に亘って引きずってしまいました。


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私も同じ 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 7日(月)20時21分36秒

 連休中に風邪をひいてしまってまだ治っていません。いっそ
のこと、熱を出して寝込んだ方が回復は早かったでしょう。


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今日からまた仕事か・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 7日(月)06時59分41秒

私はそこまでではありませんが、やはりもう少し休みが欲しいところです・・・。


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ふめ 投稿者:かいがら  投稿日: 5月 6日(日)23時03分32秒

たいして休めませんでした
冗談抜きであと1週くらい休まないと、ノイローゼになりそうです…


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今日は早く寝よう・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 6日(日)22時33分54秒

>高柳光壽氏の見解
戦国時代というよりも、日本における国家組織の発達、日本史像の問題で
取り上げようかと思っています。戦国時代について、「わが国に於ける国
家組織の発達」から一部抜粋しますと、
 この戦国以後の大名といふのは重ねて申上げますが、室町以前の守護
 や地頭のやうに、単に、司法・警察権だけを持つてゐて行政権を持つ
 てゐないとか、或は司法・警察権は持つてゐないが、収税権だけを持
 つてゐるとかいふやうなものとは相違して、軍事の権・司法警察権、
 それに併せて収税の権その他一切の行政権を併せ有するところの、す
 なはち一地方をば殆んど完全に近き状態に於いて領有する独立政権、
 古い言葉でいへば諸職を一職にした独立政権であつたのであります。
 そしてこれが大体応仁・文明以後から起り、戦国時代に於いて完成せ
 られたのでありました。
研究者の間では、日本中世は自力救済の時代であった、とよく指摘されて
いますが、その点からも、実に興味深い指摘だと思います。自力救済とい
うことは、それだけ国家組織の発達が未熟だとも言えるわけで、恐らく、
「古代」も同様というか、もっと国家組織は未熟だったのでしょう。

>初代天皇を意識した人物
恐らく、最初に天皇と称したのは天武で、それは670年代半ば〜後半の
ことなのでしょうが(出土木簡より)、当時の天皇号がどのような意味を
持ち役割を担っていたのか、天武自身と当時の人々に、どこまで「初代天
皇」としての認識があったか、何とも言えないところです。
それはさておき、天皇号の成立以前より、初代王の存在は支配層内部で充
分意識されていたように思われます。『日本書紀』「天武紀上」に神武陵
参拝の記事が見え、神武と天武の類似性(神武の主要モデルの一人は天武
だと思われます)から、この記事が全くの作為である可能性もあるのです
が、7世紀後半には初代王の存在自体は浸透していたように思います。
もっとも、当時は名前と大雑把な系譜・事績が伝えられていた程度で、現
在伝わるような纏った人物像が創出されたのは、8世紀になってからだと
思います。後の天皇家に繋がるような王家の成立は、6世紀後半以降にか
なり進展していったようで、恐らく異母兄妹同士といった強度の近親婚も
王家確立のためなのだと思います。初代王はそうした状況の中で創出され
ていったもので、天皇号が確立した後に、仰るようにその前の大王達に天
皇位を追贈していき、初代王も天皇とされたのだと思います。


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連休も終わってしまう 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 6日(日)20時27分49秒

>完全に近い強力な独立政権の成立は戦国時代のことであった、とは高柳
>光壽氏の見解ですが、これはそのうち雑文で取り上げようかと思います。
 是非是非お聞かせください。

>最初の「天皇」を気にした男
 それは、おそらくは日本国の初代天皇となった男とその政権でしょう。
 初めて生存中に、天皇を称した男が、本来ならば、この国の初代天皇
なのですが、自らの歴史を古く見せるために、その前のオオキミたちに
天皇位を追贈し、その結果、・・・・。


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連休も終わりですね・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 6日(日)17時11分59秒

>猫那沙更さん
テレビの影響力は、凄いものがありますね・・・。
全国放送で視聴率10%とすると、単純計算では1000万人が
見たことになりますからねぇ。

Sumikomamaさん
石母田さんの在地領主制論は、戦後一時期は定説となりましたが、
1960年代後半以降は批判されて、今では影響力は随分と衰え
ました。まあ、石母田さんの見解が全く無効というわけでもない
でしょうし、私も著作集を何冊か購入しました。
南北朝時代に既に大きく崩壊し始めているとはいえ、基本的に平
安から応仁の乱の頃までは、仰るように荘園制というか荘園公領
制としてよいように思います。荘園の発達は中央勢力浸潤の結果
であり、古代日本は単一国家ではなかった。完全に近い強力な独
立政権の成立は戦国時代のことであった、とは高柳光壽氏の見解
ですが、これはそのうち雑文で取り上げようかと思います。


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レ:近年の武士論 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 6日(日)07時40分06秒

 一時は、石母田正でしたか、「新興領主」論というか、古代貴族
奴隷主に対する中世封建領主として、武士を位置づけようとする論
調がありましたが、それならば去年辺りにも述べたかもしれません
が、平安期と鎌倉期、もっと言えば応仁の乱頃まで、社会の基盤は
荘園制であり、当時の武士はそれを変革せず、荘園制に食い込んだ
だけです。
 新興領主というなら、むしろ応仁の乱以降の戦国大名とかその家
臣団の方でしょう。その意味では、戦国以前と以降の武士を、「同
じ武士」として一括できないものがあると思います。
 くしくも、内藤湖南が指摘したごとく、応仁の乱以降、戦国期に
武士でも、従来からの旧勢力のほとんどが没落・滅亡し、島津など
辺境に少数が残るのみとなります。まさに「日本の身代の総入れ替
え」だったのです。

>テレビ紹介の恐ろしさよ
 よく言われることですが、ある食べ物屋さんが評判になっても、
テレビで紹介されることには、それで店の人が奢ってしまって、
味が落ちてるとか、私の昔よく行った焼き肉屋は、安くてうまい
という評判でしたが、テレビに出ても、絶対に店の名前は出さな
かったとか言います。

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テレビ紹介の恐ろしさよ・・・ 投稿者:猫那沙更  投稿日: 5月 6日(日)01時42分52秒

前日テレビで紹介されていたお店に興味を
持っていってみたのですが、やはり紹介翌日
ということもあって、ものすごい人混みに
見回れてしまいました(-o-)しかも、その
人の波に押されて、気がつくと必要のない
ものまで買い込んでしまって・・・テレビの
影響力というものを、妙に実感してしまいました。

http://www.kitanet.ne.jp/~happy-crepe/


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近年の武士論では 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 6日(日)00時03分13秒

武士の「ヤクザ」的性格や陰惨さが強調されるようになりましたね。
一昔前から考えると、随分と論調が変わったように思います。


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鎌倉武士、「家」 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 5日(土)22時52分06秒

>武の本体は京都の公家社会にあり、そこで発達した弓馬の道を吸収
>することによって武門武士の武芸が生まれたこと、またその野蛮さ
>にもかかわらず、都の武士に比して、東国武士は必ずしも強くはな
>かったというのである。
 面白いし、100年前ながら、刮目すべき指摘ですね。武士の問題は、
先入観や願望を廃して考えねばならないですね。
 やはり、武士のそもそもの起源というのは、律令国家体制崩壊に伴う
「私設警察」(ヤクザ)組織なのであり、別に東国だけの現象ではない
のでしょう。

>「家」の成立
 ご指摘、参考になりました。
>「家」は、一定水準以上の「発展」を必要とする、原始的な血縁集団と
は一線を画す概念だと私は考えています。
 確かに、この観点が重要だと思います。


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「家」の成立 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 5日(土)17時30分56秒

氏と姓との混同は、やはり原始的な血縁集団というか氏族制度の崩壊と
伝統的な家族制度の成立を示すもので、その時期は大体戦国時代と言っ
てよいとは思います。ただ、一般に「家」の成立は上流階級より始まり
ますので、殷周代には、まだ原始的血縁集団としての性格も残していた
だろうとはいえ、司馬や史といった職業を示す氏が周代には存在してい
たことから考えると、既に王族や貴族といった「家」は概ね成立しつつ
あったように思います。「家」は、一定水準以上の「発展」を必要とす
る、原始的な血縁集団とは一線を画す概念だと私は考えています。


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「家」のことなど 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 5日(土)11時20分46秒

 おそらく、中国でも、今に続く伝統的な家族制度が出来たのは、
春秋末から戦国以降と思われます。前に私のとこの掲示板に書きま
したが、古代、姓と氏とは別のものだったが、戦国以降、姓氏と
一括されて同様のものなるのは、この辺の事情を反映していると
思います。
 この姓と氏の話題は面白そうなのですが、不勉強で余り責任のあ
ることは言えません。
 商は兄弟相続等もありますが、基本的には世襲制は確立されて
いると考えて、いいと思います。
 ただ、春秋以前は、家との関連で行くと、基本になっているのが、
戦国以降の「家」ではなく、氏族部族などのより原始的な血縁集団
であろうということを念頭に置いておく必要があります。
 ただ、深いことになると私も不勉強で、もっと整理してみます。

<それにしても、連休も今日入れて、後二日になってしまった・・・

http://members.tripod.co.jp/sumicom/


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連休も終わりに近付いたな・・・ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 5日(土)10時53分44秒

>かいがらさん
>ネット環境
やることが中途半端なんですかね・・・。
アメリカや韓国に大きく遅れをとったのですから、一発大逆転を
狙ってもよいとは思うのですが・・・。
>「家」の成立
日本において広範に「家」が成立したのは戦国時代のことです。
中国でそうなったのがいつかと言うと、戦国時代かなあ、とは思
うのですが、あまり自信がないので、今回は触れませんでした。
ただ、日本もそうですが、「王家・王族」というのは、一般にか
なり早い時期に成立するものなので、商の王位が世襲制だった可
能性は高いように思います。
確かに、商の王位は不安定で、必ずしも直系相続ではなく兄弟相
続も行なわれたとの指摘がありますが、大体において世襲制度は
確立されていたように思われます。斉の田氏のような内部乗っ取
りは、後世でも盛んだったように思います。

>会長殿
最も手っ取り早いのはフレッツ・ISDNですが、遅いのが難点
ですね・・・。アナログモデムよりは早くなっていますが。


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ネット環境その2 投稿者:彦やん  投稿日: 5月 5日(土)00時15分00秒

常時化を目論んでいる者ではありますが、
現在は全く動いておりません(笑)。
電話線をいじるのは初めてなので、まだまだ臆病になってしまいます。

何とかします。
常時にすれば、学業方面でも有利になりそうなので。
(参考の参考にする程度ですが)

http://nununu.nu/paasuke/


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ネット環境 投稿者:かいがら  投稿日: 5月 4日(金)23時16分48秒

ADSLを中心に改革しようとしてますね
どこの県か忘れたけど、なんか自治体で光ファイバー引いちゃったんですよね
「IT革命」を標榜するんだったら、むしろそこまで国家や自治体が総力を結集して介入しても良かったと思うんですけど。
何年か後に「競売」って形で譲渡するような、仮の公共団体設立するなり方法はあると思うんですけどね
ADSL引いちゃうと、光ファイバー引けなくなりますよ…

「世襲制」って、ある程度経済圏が整って、「家」としての力が出ないと難しいんですよね
商王朝も本当に世襲だったかどうか、怪しいもんだと思います
だいたい、世襲ってのが本格的に固まるのは「戦国期」では?
ちょうど「国」の中の実力者が確固独立・闘争しあった時期がすんだ頃で。
それまでは、やっぱり内部乗っ取りとか見られますからね…
田氏とか有名では?




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有難う御座います 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 4日(金)23時15分24秒

他の方の御意見を伺ってから、過去ログをアップしようかと思います。

夏についてはまだ何とも言えないといったところでしょうが、世襲制
への転化を反映している可能性を否定しきれないとは思います。

堯・舜・禹の交替を放伐だと推測しているのは、仰る通り、唐代の劉
知幾ですね。「囚堯城」という地名があるのは、『水経注』という書
だそうです。気になって東洋史辞典で調べてみたのですが、北魏のレ
キ道元の著作で、3世紀頃の作と伝えられる『水経』の注だそうです。
彼の地理的体験と、現在亡失している文献から得た地理的知識で肉付
けした独特の地理書とのことです。


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re:掲示板の過去ログ 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 4日(金)19時31分05秒

>掲示板の過去ログ
 私は結構です。ちなみに、私の方は今回は残さないつもりです。
 前のホームページの分は、一応保存してありますが。

>盛者必衰
 まあ、ちょっと信じられないことが起こりますよね。
 昔から西欧の方が進んでいたんだと思いたい歴史観は、多々あります
が、これは事実に反します。

>光ファイバー
 が普及したら、その時は乗り換えましょう。月3500円で使い放題とか
ならないかな。ちなみに、現在ケーブルは税別月6000円です。

>世襲制
 確かに、「天皇」の世襲など比較的後世に属することでしょうね。ちな
みに、今のマレーシアも7人のスルタンが交替で、国王になるそうです。
 夏のことは、まだ伝説の域を出ないかもしれませんが、禹から子への世襲
は、一定原始的な交代制から世襲制への転化を反映しているのかもしれません。
 後、「堯・舜・禹」の交替も禅譲ではなく、放伐であったという話もあります。
もっとも、放伐であれ、世襲制が確立していなかったことを示すものですが。
 どこそこに、舜が堯を監禁した「囚堯城」という地名も残っているそうです。
誰だったか、唐代の有名な学者が書いているそうです。劉チキだったかな。


http://members.tripod.co.jp/sumicom/


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掲示板の過去ログ 投稿者:劉公嗣  投稿日: 5月 4日(金)17時01分57秒

更新停止前は、怠惰な私らしく一切投稿は保存していなかったのですが、
更新再開後は、全て保存しています。取り敢えず、5月3日までの投稿
分を一つに纏めまして、HPにアップしようかと考えているのですが、
この点について皆さんの御意見を伺いたいと思います。不可の場合は、
遠慮なく仰ってください。

Sumikomamaさん
歴史は、結局は盛者必衰なのかもしれませんね。
日本のIT環境というのは、確かに大きく遅れているようです。最先進
国のアメリカをはじめとして、他には韓国にも大きな差をつけられてい
るようです。ここは一つ、後進的であるが故に、次の段階では有利に働
く、となって欲しいものです。アメリカはケーブルテレビ、韓国はADSL
が普及しているそうですが、それらの普及が全く進んでいないだけに、
却って光ファイバーの普及が他国よりも進まないかな、と密かに期待し
ています。


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re:休日だけに 投稿者:Sumikomama  投稿日: 5月 4日(金)00時11分05秒

 「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の
理をあらわす。奢れる者も久しからず。ただ春の夜の夢のごとし」
 歴史って、結局これですよ。まあ、これでは身も蓋もないかもしれませんが。

>国外退去ということで曖昧なままにしておくようですが・・・。
 曖昧なまま・・・。 

 それにしても、今日は休日だけにたくさん投稿したな。
>ま、いいか
>まったく関係のない話をしよう…
 確かに、このノリもいいですね。

 ちなみに、私は一昨年の秋からケーブルテレビインターネットで、つなぎ
放題の環境を作っています。やはり、私ぐらいの年のものは、電話代に対する
抵抗感が強いです。その結果、つながな損という状態ですので、ヤフーに投
稿したり、人様のページに投稿したり、自分でホームページを作るようになり
ました。
 しかし、日本のIT環境というのは、どうもだいぶ悪いようですね。

http://members.tripod.co.jp/sumicom/


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