友部正人より
友部さんからのお便りのご紹介です。

11月11日(土)「セントラルパーク」

紅葉も終わりかけたセントラルパークをユミと走りました。昼間だというのに気温はマイナス1度。
 それでも大勢走っていました。
 マラソンコースに沿った垂れ幕も残っていて、写真を撮りながらのファンランでした。
 ホテルまでの帰り道は真冬のニューヨークを思い出させます。ランニング後アパートまでの
 帰り道の寒かったことがほんとになつかしいとユミは嬉しそう。
 夜はカクの家でワインを飲みました。ドミニクのもってきたエレキギターとカクの三線で
 セッションが始まり、ぼくも少し歌いました。
 
これで今回のニューヨークも終わりです。明日の夕方の飛行機で日本に帰ります。

11月10日(金)「クリスティーズ」「皆殺しの天使」

クリスティーズに初めて行きました。ぼくたちが日曜日に帰ってしまうので、
 もう一度みんなで会いましょうという栄子さんたちの提案でした。
 最近になってレオナルド・ダ・ヴィンチの作品だと認められた「救世主」がおごそかに
 展示されていました。フラッシュを使わなければ写真はOK。どことなくモナリザに似た
 キリストで、いつまでも見ていられそうな絵でした。
 クリスティーズの仕組みはよく知りませんが、大勢の人がいくつもの部屋に展示された絵を
 見に来ていました。美術館と違うのは絵に値段がついていることと、
 モネやゴッホの絵に1センチぐらいまで近づいてみても係員に何も注意されないこと。
 絵を売買する活気のある世界にひたりました。
 
夜はイギリスのトーマス・アデスの新作オペラ「皆殺しの天使」をユミと見に行きました。
 ルイズ・ブニュエルの映画を下敷きにしています。
 ストーリーには動きがなく、刻々と変化していく閉じ込められた人間の心理状態を
 音と演技で表現していました。オペラ歌手にも相当の演技力が要求されます。
 二幕の幻覚のシーンが見せ場です。密室に閉じ込められた人たちも、自由に往来を歩く人たちも、
 結局は何からも自由ではない、というような締めくくりでした。

11月9日(木)「ルイズ・ブルジョワ」 

きりこさんからチケットをもらい、MoMAでルイズ・ブルジョワやマックス・エルンストを
 見ました。ルイズ・ブルジョワは前から大好きでしたが、こんなにいろいろな作品を
 見られるとは思わなかったので、とてもうれしかった。
 ついでに6階のファッションの展覧会も見ました。これが意外におもしろかった。

11月8日(水)「アイ・ウェイウェイ」

ニューヨークの街頭のあちこちにアイ・ウェイウェイの作品が展示されています。
 セントラルパークの60丁目の檻のような作品を見に行ったら、ワシントンスクエアの作品
 のほうがいいよ、と見に来ていた女性に教えられ、夕方にユミと見に行きました。
 凱旋門の中に作られた檻のような作品は、ライトアップされていてとてもきれいでした。
 たくさんの人が写真を撮りに来ていました。

11月7日(火)「マルティン・ラミーレス」

チェルシーの画廊に、マルティン・ラミーレスの絵を見に行きました。
 昔アメリカンフォークアートミュージアムがまだMoMAの隣にあったころに
 ユミと見に行ったことがあります。
 メキシコに妻や子供たちを残してカリフォルニアまで出稼ぎにきたラミーレスでしたが、
 不況で仕事を失い、ホームレスとなって精神病院に入れられました。
 彼が精神病院で描いた絵に注目する人がいて、今では画集も何冊も出版されています。
 木目のような模様の線路や窓の絵は一目見て好きになりました。
 今日は成美さん、栄子さん、きりこさんたちも誘ってみんなで行きました。
 チェルシーのあたりのイタリアンでみんなでランチをした後、栄子さんの働く
 杉本博司さんのスタジオを案内してもらいました。何人もの人が働く大きなスタジオです。
 雨がひどく降ってきたので、夕方早めにホテルに戻りました。

11月5日(日)「ニューヨークシティマラソン」 

降水確率90パーセントでしたが、軽い霧雨程度、かえって気持ちがいいくらいの
 天候でした。今回はあまり無理しないように走ることに決めていて、
 (10月1日のみやぎ復興マラソンのけがの痛みがまだ少し残っていたので)
 そのせいか最後までつらい状態にはならずにゴールすることができました。
 そのことが一番うれしかった。
 今年もユミは一番街とセントラルパークで応援してくれました。
 タイムは3時間30分40秒。途中でおしっこをしなければ30分を切れたのにな。
 夕方からカクとしげみさんの家でワインとエチオピア料理で打ち上げをしました。

11月4日(土)「マラソン前日」

ユミとセントラルパークを軽く走った後、スポーツウエアのパラゴンで買い物。
マラソンの前日なので、店内はランナーたちで混み合っていました。

11月3日(金)「パスタパーティー」

ヨシとマドレンの家で毎年恒例のパスタパーティー。
パスタ以外にも魚やサラダ、五目寿司なんかをごちそうになりました。
全部ヨシとマドレンの手作りです。
マラソンを走る人、走らない人、30人ぐらいが集まりました。

11月2日(木)「マラソンエキスポ」

マラソンのエキスポに行きました。今年のぼくのナンバーは808。
 いい番号だとユミが言ってくれました。
 夜は今年もマラソンに出るカクの家に遊びに行きました。
 アマゾンで買い物をするのに住所を借りたので、その荷物を取りに行きがてら。

11月1日(水)「ニューヨーク」 

1年ぶりのニューヨークです。
今回もアッパーウエストのセントラルパークの近くにホテルを取りました。
今日は銀行に行ってちょっと用事をして、そのあと晩ご飯を食べただけ。
飛行機が午前中の便だったので、まるまる24時間起きている感じ。
夜は早く寝ました。

10月26日(木)「句会」「遠藤賢司」

昨日の朝、遠藤賢司が亡くなりました。新聞の告知記事の写真は生き生きとしていて、
 まるでライブ告知のようでした。3年前の夏の八丈島以来会っていませんでしたが、
 癌だということは聞いていました。
 今日は火星の庭で月例の句会がありました。句会のメンバーの板垣さんは、
 遠藤賢司の仙台でのライブの主催もやっていたので、句会のあと遠藤賢司との思い出を
 話しながら歌をいくつも聞きました。今夜はとりわけ「ハロー・グッドバイ」が心に残ったな。

10月25日(水)「岩崎永人 森の聖人展」

昨日から仙台にやってきています。
 今日は宮城県大衡村のふるさと美術館に、岩崎永人さんの流木を使った人体の
 作品群の展覧会をユミと見に行きました。
 運転免許のないぼくたちは、仙台駅から高速バスで1時間かけて行きました。
 村役場でユミが美術館の場所を聞いたとき、ここまでバスで来たと言ったら、
 道を教えてくれた役場の人が驚いていたそうです。
 
ふるさと美術館は菅野廉という大衡村出身の画家の絵が常設されているところで、
 菅野廉の絵にマッチするように永人さんの人物像が展示されていました。
 岩崎永人さんは東京でムギマルというまんじゅうカフェをやっている早苗さんの
 お兄さんで、彼の流木の作品はぼくもユミも90年代から知っていてすごいな、
 と思っていました。顔だけの小さい作品をひとつ持っています。
 この流木人体像が大衡村で見られるのは11月8日までです。
 めったにない機会なので、行ってみるといいと思います。

10月22日(日)「BankART NYK」

台風が来ています。そして今日は選挙でした。雨が一番激しい時間に、ユミと投票所まで
 行きました。公園の中に建てられた臨時のプレハブの投票所です。
 そのままバスで、BankART NYKに行きました。3階の横浜トリエンナーレ関連の作品を
 もう一度見たかったから。
 カフェでタイカレーを食べながら、BankART主宰の池田さんとおしゃべり。
 この場所でのBankARTは来年の3月までですが、レコーディングをしたりライブをしたり、
 BankART NYKにはぼくにもユミにもたくさん思い出があります。

10月21日(土)「もうろうをいきる」

シネマジャック&ベティに、ユミと「もうろうをいきる」というドキュメンタリー
 映画を見に行きました。聴覚だけではなく視覚にも障害のある人たちをたずねて
 歩く映画です。
 見えないだけではなく聞こえないというのはどんな感じなのだろう。
 いずれ視覚も失うかもしれないという女性の、聞こえたらどんなにいいだろう、
 という言葉が印象的でした。手と手で触れ合って伝え合うことは、目が見えて
 耳が聞こえる人にだってほんとは大事なことなのだと思いました。

10月18日(水)「FM世田谷」

FM世田谷の小室等さんの番組「アフタヌーンパラダイス」のゲストに呼ばれて行ってきました。 
午後1時から5時までの番組ですが、ぼくが出たのは午後3時半から4時半の1時間。 
実際には間にいろいろ入って40分ぐらいでしたが、「ブルックリンからの帰り道」から3曲と
「ミディの時代」から1曲と、たくさんかけてもらいました。
割と長い沈黙も許されるのんびりとした番組でぼくも話しやすく、小室さんとも久しぶりで、
本当に楽しい時間でした。 
インターネットで全世界的に聞けるのですが、生放送のみで後から聞くことはできないそうです。 

10月15日(日)「サムズアップ」 

横浜サムズアップの、バンバンバザールのスペシャルな2日間。
その二日目の今日、おおはた雄一くんとぼくがゲストとして呼ばれました。 
バンバンバザールは福島くん、黒川くん、そしてサポートメンバーの高木克さん。
ぼくはおおはたくんと二人で「水門」「ニューヨークシティマラソンに捧げる」「彼女は 
ストーリーを育てる暖かい木」の3曲を一緒に。 
お客さんで来てくれていた森山直太朗くんと二人で「こわれてしまった一日」を。 
そしてバンバンバザールと「夜よ、明けるな」「待ちあわせ」をやり、全員でおおはたくんの
「ホーボーへ」とバンバンの「ニューオーリンズにて」で終了。
アンコールではおおはたくんの「火のそばに」を。 
今日はユミの提案で外国のカバー曲はやらないと決まっていたのですが、アンコールの拍手が 
鳴りやまないので、最後に「Bring it on home to me」をみんなでやりました。 
こんなにおもしろいライブになるとは思わなかった、とステージでぼくが言ったら、 
「どんなライブを予想していたんですか」とバンバンの福島くんからつっこまれましたが、
とてもいいコンサートになってうれしかったのです。 
バンバンやおおはたくん、それから直太朗くんともこれからもいろんな場所で一緒にライブが 
できたらと思いました。

10月14日(土)「パターソン」「広田稔」「ダニエル・ジョンストン」

雨の土曜日。ユミと銀座まで出かけました。 
ダニエル・ジョンストンはアメリカのシンガー・ソングライターで、 
落書きのような絵を描きます。ぼくたちは以前、ニューヨークの画廊で彼の個展を 
見たことがあります。そのときはわからなかったけど、今回非売品以外の絵には 
値段がついていました。日本で初めての個展だそうです。 
  
同じ銀座で、広田さんの個展の最終日でした。
9月に東京芸術劇場で3日間にわたっておこなわれたライブペインティングの完成形も 
展示されていました。音楽に合わせて踊るダンサーの引き締まった体を、瞬間的に 
とらえる技術の巧みさには驚かされます。 
バッハの音楽をテーマにした抽象画では音楽に導かれた手の動きが絵になっていました。 
外側の世界を描くときの力強さは、こういう柔らかい内面に支えられているんだなあ。 
  
銀座の帰り道、横浜のジャック&ベティでジム・ジャームッシュの「パターソン」を見ました。
アメリカのニュージャージー州パターソンという街のバスドライバー、パターソンという
若者の日常は、彼が書く詩の速度で進んで行きます。 
これから起こることを彼が詩にして、それを映像が追いかけて行くという感じです。 
詩を書く彼の日常がバスの速度。 
映画に出てきたウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩集を持っているかとユミが
聞くので、家に帰ってから、映画の中でパターソンが朗読したその詩を見つけました。

10月9日(月)「大阪 マーサ」

昨夜はライブの後ふちがみとふなとと一緒に京都に向かい、ぼくとユミは京都の 
ホテルに泊まりました。今日はお昼に旧立誠小学校の中古レコード市に行きました。 
会場では夏の京都レコードまつりでお世話になった加地さんや野田さんに会い、 
ユミは古本市を見て歩いていました。
 
ぼくにとって久しぶりのマーサは、昨日に引き続きLDKのライブ。 
前半にふちがみとふなとのソロがあり、その後にLDK、 
後半にぼくのソロがありその後にLDKという構成です。 
そうすると、お互いのソロが聞けるのがうれしいです。 
ソロとLDKでは、ぼくたちの歌い方や演奏の仕方が微妙に違うのがおもしろい。 
やっぱりLDKという形は存在するのだなあ、と思いました。

10月8日(日)「近江八幡 酒游館」

 酒游館は初めてというふちがみとふなとの二人と、久しぶりのLDKライブをしました。
レパートリーが少ないLDKに、最近新曲が2曲生まれました。 
渕上さんが詞を書いてぼくが曲をつけた「世界のかたち」と、ぼくが詞と曲を書いた 
「ブルース」。新曲があると曲順表がにぎやかに感じられます。

10月7日(土)「豊橋 ハウスオブクレージー」

ちょうど秋のお祭りの真っ最中の豊橋でした。ライブ中も外の通りを神輿が 
騒ぎながら通り過ぎるよ、と店長の松崎さんに言われたので、 
楽しみにして耳をすましながら歌いましたが、聞き逃しました。 
遠くから聞きに来た若いお客さんの多いライブでした。

10月3日(月)「東北 みやぎ復興マラソン2017 その2」

今回のマラソンコースになった名取市、岩沼市、亘理町は、東日本大震災の津波で大被害を
 受けた場所です。スターパインズの津山くんから「エントリーしました」と報告があって、
 このマラソンは絶対に走らなくてはと思ったユミは、ぼくとマサにフルマラソンを走るように
 言い、自分はフルは無理なので6キロのファンランを走ることにしたのでした。
 レース嫌いのユミが自分から言い出したので、びっくりしました。
 
行って見て初めてわかりましたが、マラソン会場となったエリアは仙台空港の近くで、
 周りは何もないところです。直射日光を避けるような木もほとんど残っていません。
 でも津波の被害にあう前には、ここにたくさんの集落や畑や松林があったそうです。
 スタートして15キロのところ、亘理町で折り返して閖上の方に向かう海岸線の道で、
 ぼくは突然左足のふくらはぎを痛めてしまいました。
 震災後に植樹した松の木が並んでいるきれいな道です。
 今まで体験したことのないような鋭角的な痛みでしたが、このマラソンは絶対に完走したい
 という気持ちが湧いてきて、最終的には痛みは思い出にとっておくことにしたのです。
 沿道には津波で何もかも失ってしまった元住民の人たちが、来てくれてありがとう、と応援
 してくれました。今回のマラソンは県外からの参加者が6割以上だったそうです。
 あれから2日経ち痛みは大分和らぎましたが、レースの思い出はまだ強烈に残っています。
 
今回のハイライトも終了したので、これから横浜に帰ります。

10月1日(日)「みやぎ復興マラソン2017」

吉祥寺のスターパインズカフェでのぼくのブッキング担当の津山くんから教えてもらって、
 このマラソンに出ることになりました。「ミリキタニ」のマサもフルマラソンを走りました。
 6キロのファンランではユミと、ランニング初心者の仙台の前野さんと板垣さんが走りました。
 ぼくは前半無理して走ったのがいけなかったのか、15キロ地点でふくらはぎを痛めてしまい、
 それ以降はゆっくり走ってなんとかフィニッシュ。3時間40分ぐらいでした。
 ユミは普段レースには全く出ないで一人で好き勝手に走っているのですが、みやぎ復興の趣旨に
 賛同したのか10年ぶりぐらいでレースに参加しました。
 夜は仙台のぼくのアパートにみんなで集まり、完走を祝うパーティをしました。
 

9月30日(土)「桜井薬局セントラルホール」

「ミリキタニの猫」の上映の初日で、ぼくがトークゲストでプロデューサーのマサと上映の後に15分間話をしました。時間を気にしてかマサが早口だったのが気になりましたが、短い時間をできるだけ有意義にするべく、二人で話をしました。

9月29日(金)「句会」 

27日から仙台に来ています。
 今夜は火星の庭俳句会でしたが、映画上映のため今日仙台にやって来たマサも選句で参加。
 主宰の渡辺誠一郎さんから、来月は投句もしてみたらと誘われていました。

9月23日(土)「横浜市民ギャラリー」

横浜市民ギャラリーに美術アーティストの瀬尾夏美さんと小森はるかさんのトークをユミと
 聞きに行きました。横浜トリエンナーレで見た瀬尾さんの二重の街という発想に興味がありました。
 小森さんは以前「息の跡」という映画作品を見てインパクトを受けました。
 会場で待ち合わせしていた「ミリキタニの猫」のプロデューサーのマサと3人でそのあと、
バンカートNYKにトリエンナーレ関係の作品を見に行きました。バンカートの池田さんが
そばでずっと解説してくれたので、見過ごしてしまいそうな作品も見逃しませんでした。


9月20日(水)「やさしくなあに」

伊勢監督の新作「やさしくなあに」の試写会にユミと行きました。
「やさしくなあに」は伊勢監督の奈緒ちゃんシリーズ4作目です。
1作目の「奈緒ちゃん」のときは8歳だった奈緒ちゃんももう40を超えました。
奈緒ちゃんを取り巻く家族にもいろんなことがあって、
そういったことを上手に明るさを失わないように描くのが伊勢監督です。
 毎年のようにドキュメンタリーの新作を作ってきましたが、
奈緒ちゃんシリーズはやはり伊勢さんの本命なのだと思いました。
 ぼくたちも奈緒ちゃんと一緒に年を取って来たのだと思って感動しました。

9月18日(月)「吉祥寺スターパインズカフェ」

スターパインズの20周年お祝い企画としてライブをしました。
ゲストはチェロの四家卯大さん。
前半はソロが6曲、四家さんとの演奏が4曲。後半はソロで8曲やった後に、
四家さんと4曲演奏しました。
 聞きに来ていた知久くんが飛び入りで「6月の雨の夜、チルチルミチルは」にハーモニカとコーラスをつけてくれました。アンコールは四家さんと二人で「夜は言葉」。
 2回のリハーサルと今日のライブで、ぼくはすっかり四家さんのチェロにはまってしまいました。
 また近いうちに一緒にやれたらと思います。

9月16日(土)「横浜トリエンナーレ2017」

ようやく横浜トリエンナーレに行くことができました。
過去のトリエンナーレもすべて行っているのですが、
今年は今までとは印象が変わった感じがしました。
どこか過去と切れているような感じなのです。
 変わったのは作品が作られた時代なのか、作品を作るアーティストの世代なのか。
 赤レンガ倉庫の「Visitors」という映像の作品は全部通して見ると64分なのですが、
もう一度見に行ってそれを全部見てみたいです。

9月14日(木)「リハーサル」

チェロ奏者の四家さんが用意してくれた東京のとある場所で、9月18日のためのリハーサルをしました。相手の音をお互いに聞きながら、必要なことを探していくという練習です。別に決めごとはないので、何回やっても本番のように楽しいです。
 いいライブになる予感がします。

9月12日(火)「郡山 ラストワルツ」

仙台から郡山は新幹線で40分。こんなに近いのなら、仙台にいるときはいつでも来られる、と郡山が身近に感じられました。
 最近の歌を中心にしたライブになりました。それはぼくがまだ慣れていない歌を人前で歌いたかったから。でも新しい歌ばかりだと棒のような気分になり、目先を変えたくなってきます。
 1年に一回は歌いに来たい郡山、来年の少し目先を変えたライブをお楽しみに。

9月9日(土)「小野哲平、早川ユミ」

石巻のKankeimaru Laboで8日から始まった、「小野哲平、早川ユミ二人展」のトークイベントにゲスト出演。30分ほど歌いました。
 トークは1時間ぐらいで、司会の丹治さんが上手に進行してくれました。
 ぼくも端っこでこのトークにも参加しました。
 哲平くんとユミちゃんはもう随分前から高知県に住んでいますが、ぼくとユミ(ぼくの妻)は、彼らがまだ愛知県にいた頃からの友だちで、二人が20代の頃からの付き合いになります。
 今回イベントで一緒になったこと、数年ぶりの再会ということがうれしかった。
 哲平くんのうつわ、ユミちゃんの衣服は時間を経て進化していて、どちらも身につけるものとして、向こうから近づいてくる生き物のようです。

9月8日(金)「手作り市」

仙台の薬師堂で毎月8日に開かれる手作り市に行きました。
 野菜やブルーベリージャムを買う楽しみの他に、このすぐそばでこの日しか店を開かないお惣菜屋で、あなごちらし弁当を買うのがぼくたちの楽しみなこと。
 行きは二人でランニングで、帰りはユミだけ地下鉄で帰りました。

9月4日(月)「寺田一行」「糸川燿史写真展オープニング」

最初に神保町の福果というギャラリーに、寺田一行さんの版画展を見に行きました。
寺田くんはぼくとユミの古い友人でもあり、「クレーン」では彼のリトグラフをジャケットに使わせてもらいました。
 今回の個展では一作だけカラーの作品があって、案内状にも使われていたのですが、実際に見てやっぱり良くて、その版画をぼくは購入しました。
ギャラリーには金沢から寺田くんも来ていて、短い時間でしたがおしゃべりをしました。
 
神保町からタクシーで有楽町のデンキビルにあるFCCJ(海外特派員クラブ)へ。
 そこのラウンジで2日から始まっている大阪の写真家、糸川燿史さんの写真展「FunkyDays」のオープニングパーティに参加しました。
 糸川さんはぼくの「どうして旅に出なかったんだ(1976)」のジャケット写真を撮った人で、その写真も展示されていました。他にも、石田長生、北京一、金子マリ、西岡恭蔵、金森孝介、チャンバラトリオ、などなど、おもに関西のミュージシャンや芸人の写真です。
 パーティでは、普段はなかなか会えない関西の親しい人たち大勢に一度に会えました。
「なんでもない日には」でピアノを弾いていたチャールズ清水や、そのオリジナルアルバムのジャケットを描いた飯田三代さんにも。
 今と昔の時間差に、ぼくはお酒はあまり飲んでいなくても酔っぱらってしまいます。
 糸川さんの最新作はたぶん、大塚まさじの最新作「こころ」のジャケット写真です。
 これもすごくかっこいい。

9月3日(日)「静岡 フリーキーショー」

「クレーン」のときのツアー以来久しぶりにホンクとフリーキーショーに行きました。
 今夜はぼくは全曲ホンクと演奏しました。
こじんまりとした会場なので、フィンガーピッキングの音まで鮮明に聞こえて、演奏に集中することができました。
 椅子は空いているのにずっと立って体をゆすっている人たちもいて、「今日は静かだけど、一体感があるな」と思いました。
 ライブの後、ホンクは次の演奏地の浜松へ、ぼくとユミは新幹線で横浜に戻りました。

9月2日(土)「エミリ・ディキンソン」

岩波ホールに久しぶりに映画を行きました。アメリカの詩人、エミリ・ディキンソンを描いた「静かな情熱」を見たくて。
日本語に翻訳された詩を読むとわかりやすいのに、英語で読もうとするととても難しいのがエミリ・ディキンソンの詩です。でも日本語で読むやさしい印象よりもかなり激しい人物としてエミリ・ディキンソンは描かれていました。
彼女には実体のない神よりも、より確かなものとして詩があったのだと思います。

9月1日(金)「横浜 サムズアップ」

東京ローカルホンクとの久々のライブ。ホンクはもうずっとメンバーの変動もなく、ひたすら木下弦二の作る歌を演奏し続けています。今夜のために30日にみんなでたっぷりとリハーサルを行いました。
 まずホンクが6曲演奏してそれからぼくのソロがあり、その後でぼくとホンクとで9曲、2回のアンコールでさらにぼくの曲を3曲演奏しました。ぼくは今までやってきた歌に加えて、新曲など新しい歌も6曲やりました。
 
ホンクとはいつも念入りにリハーサルをしますが、どんな風にぼくの曲と関わったらいいかを彼らが掴みたいからです。
 ぼくにも彼らのぼくの曲への関わり方がはっきりと伝わってきます。
 行き当たりばったりのセッションにしないのが彼らの方針なのでしょう。
 今夜は客席も大盛り上がりで、ぼくら以上に楽しんでいた感じです。

8月27日(日)「北海道マラソン」

元はと言えば11月のニューヨークシティマラソンの練習のつもりで3年前から参加している北海道マラソンですが、いつのまにか北海道の夏のマラソンに魅せられてしまっています。
 確かに暑いんだけど、街がマラソンで一つになっているのが感じられて、その中をへとへとになって走るのが楽しい。できれば来年も。

8月24日(木)「句会」

火星の庭で句会がありました。主宰の渡辺さんは急用で欠席でしたが、いつもの句会を思い出しながら、自分たちで会を進めて行きました。
 授業が急に自習になったように、ずいぶんのんびりとした会になりました。

8月23日(水)「石巻 Reborn Art Festival」

 チェロの四家さんがぼくとユミに送ってくれたパスポートを持って、仙台から仙石線に乗って石巻に行ってきました。
 Reborn Art Festivalは会場が広範囲で、4時間ぐらいしか時間がなかったぼくたちは、石巻市内の作品だけを見ることにしました。それでもすべては見られなかったけど。
 一度も入ったことのなかったポルノ映画館「パール座」の中が見られたのと、旧港湾病院のバルーンの作品、齋藤陽道さんの写真などがよかったです。
 9月9日から始まる小野哲平くんの個展会場、Kankeimaru Laboでオーナーの須田さん夫妻にも会いました。
 約80分の仙台からの電車の旅には、どこかに運ばれていくような心地よさがありました。

8月22日(火)「池田修三展」

 メディアテークでやっている木版画の池田修三展をユミと見に行きました。
 以前「のんびり」という雑誌でぼくは池田修三の版画に詩を書いたことがあります。
「ワンピース」と題された展覧会でしたが、かわいらしい子供たちの版画以前の、アバンギャルドの時代の版画も展示されていて、とても良かったです。

8月21日(月)「いがらしみきおさん」 

19日から仙台にいます。
昨日は一日、いがらしみきおさんの「アイ」という劇画作品を読んでいました。
というのは今日、火星の庭でいがらしさんを囲んで話を聞く会があったから。
この会は写真家の志賀理江子さんが企画して、志賀さんの親しい人たちが参加しました。ぼくとユミは飛び入りといった感じです。
 はじめて会ったのに、いがらしさんはぼくと会ったことをとても喜んでくれました。
 ぼくのアルバムも持っているそうです。
 主に志賀さんが質問して、それにいがらしさんが答えるという感じです。
 いがらしさんはいろんなものにはまる体質だそうで、その分野がいろいろで広がりがあっておもしろかった。また会いたい人です。

 8月16日(水)「三宅伸治トリビュート」 

12月に発売予定の三宅伸治トリビュートアルバムに参加することになって、吉祥寺のスタジオで武川雅寛さんと「今夜あたり」を録音しました。
 ぼくは歌とギターとハーモニカ、武川くんはマンドリンとバイオリン。
 録音は約3時間で終わりました。三宅くんはスタジオに来て、ずっとにこにこしながらレコーディングに立ち会ってくれました。
 このアルバムにはぼくたちも入れて約30組が参加するそうです。完成が楽しみ。

8月15日(火)「9月18日のためのリハーサル」 

横浜のスタジオで、チェロ奏者の四家卯大さんと二人で練習をしました。
間近で聞くチェロは、オーケストラに手が届くような大きくてしっかりとした音です。
だから最初はギターとチェロのバランスが、子供が音楽のお相撲さんと相撲をとるような感じに思えました。そのうちチェロの音色の素朴さが大好きになりました。
 9月18日のスターパインズが今からとても楽しみです。

8月14日(月)「ミリキタニの猫」

横浜のシネマリンで上映中のドキュメンタリー映画「ミリキタニの猫」のトークゲストとして、上映後に映画のプロデューサーのMASAと対談をしました。20分という短い時間でしたが、MASAが話を進めてくれて、ぼくもミリキタニ氏のこと、ニューヨークのことなど自由に話せました。

8月12日(土)「メリーゴーランド」

京都の子供の本屋「メリーゴーランド」店主、鈴木潤さんの家にユミと遊びに行きました。
 そこへ潤さんの夫で徳正寺のお坊さんでもある井上迅くんもお経から戻って来て、
 4人で白猫と遊びながら話しました。
 その後はメリーゴーランドで本を買ったりしてから、夕方の新幹線で横浜に戻りました。

8月11日(金)「三宅伸治 真夏の夢」 

京都の磔磔で「三宅伸治 真夏の夢」という3日間の連続コンサートの初日に、ぼくと鮎川誠がゲストで出演。
 休憩をいれて約3時間、お客さんも後半は立ちっぱなしの熱いライブになりました。
 シーナ&ロケッツの「You May Dream」「Lemon Tea」、ストーンズやディランのカバー、ぼくの「戦死」「一本道」「夕日は昇る」などを3人で歌い、「大阪へやって来た」と「はじめぼくはひとりだった」を三宅くんと、「From Brooklyn」を鮎川くんと演奏しました。
 鮎川くんと2人でステージで演奏しているとき、三宅くんは客席で楽しそうに見ていました。
 ライブの後何日も、一緒に演奏した「You May Dream」のメロディがぼくの頭から離れませんでした。

8月11日(金)「ミリキタニの猫」

8月12日から横浜の映画館シネマリンで、「ミリキタニの猫」の上映が始まります。
8月14日はぼくがトークゲストとして上映後にプロデューサーのマサと話をします。ぜひお越しください。
上映は14時20分からです。
9月30日からは仙台の桜井薬局セントラルホールでも上映が始まり、30日にトークゲストとしてぼくが出演します。
ぜひ映画を見に来てください。

8月8日(火)「鮎川誠、三宅伸治」

11日の京都「磔磔」のリハーサルを今日3人でしました。
鮎川誠さんとは以前『夕日は昇る』のレコーディングの時に「戦死」という歌で

ギターを弾いてもらったことがあったけど、一緒にライブをするのは初めてです。
 三宅くんのこの企画に感謝。
冷房のきいたスタジオで額に汗をにじませてギターを弾く鮎川さん、本番、リハーサルの区別のないまっすぐな感じでした。
練習しながら曲目も増えて行き、11日の磔磔は実に盛りだくさんな3人でのライブになりそうです。
ぼくはこの3人で別の街にもツアーしたくなりました。

8月7日(月)「詩が生まれた場所へ」 

山口市の湯田温泉にある中原中也記念館で、7月27日から10月1日まで
「詩が生まれた場所へ 中也の見た風景」展が開かれています。
この企画展に合わせて作られた冊子に文章を書きました。
 西日本に旅する人はぜひ寄ってみてください。

8月4日(金)「ジャコメッティ展」 

ユミとジャコメッティ展に行きました。その前に新国立美術館の近くでやわらかいハラミステーキのランチ。普段はあまり食べないのに、急に牛肉が食べたくなったのは暑いからか。
ジャコメッティはおもしろい。人体を言葉に置き換えているようなところがあって。
煮詰めて行くとこうなるのかしら。
過去にも何回か見たジャコメッティですが、今回は紙に濃い鉛筆で描かれた習作に強くひかれました。そして自分でもそんな絵を描きたくなりました。
六本木から横浜に戻り、そのままジャック&ベティで「海辺の生と死」を見ました。
常に背景にある奄美の濃い緑が強烈です。そのせいか戦争のリアリティはありません。
リアリティがあったのは島尾ミホとしての満島ひかりさん。
 原作の「海辺の生と死」をまた読みたくなりました。

7月31日(月) 「丸亀市 志賀理江子写真展」

京都の翌日、香川県丸亀の猪熊弦一郎現代美術館に志賀理江子展「ブラインドデート」を見に行きました。フライパンの上を歩いているみたいな暑い日で、駅前の通りも誰も歩いていません。それでも美術館には平日のわりにはたくさんの人が来ていました。
 作品はモノクロの紙焼きとスライドで、何台ものスライドの映写機がチャカチャカと音をたてていました。その音を聞いていると、自分もスライドと一緒に先送りされて行くみたい。
 展覧会の空間自体が志賀さんの作品になっています。
廊下に書かれていた志賀さんの言葉が強烈でした。「私という個人も社会と同じ意味を持つ」という言葉にどきりとしました。そして確かにその通りだと思ったのでした。
 岡山のホテルに荷物を置いてから、夕方倉敷の蟲文庫に行きました。
前からユミが連絡をしてあったので、田中美穂さんが待っていてくれました。
たまたま写真家の藤井豊さんがいて、偶然の再会にびっくり。
 雷が鳴っていたのに夕立にはならず、きれいな半月が浮かんでいました。
 そこで静かな夜道を、お店を閉めた美穂さんと3人で飲みに行くことにしました。 

7月30日(日)「京都レコード祭り」

京都のタワーレコードの野田さんに誘われて、自分のいらなくなったCDやDVDや音楽関係の本をタワーレコードの横で売らせてもらいました。
いちいち値段はつけられないので、すべて500円ということにして。
歌とは勝手が違い始めのうちはとても緊張したのですが、レコード祭りのホームページにもゲストとして名前を載せてくれていたので、わざわざ買いに来てくれた人もたくさんいました。
ユミが急きょ家から持って行ったLPレコードの「ポカラ」と「6月の雨の夜、チルチル・ミチルは」(各3枚ずつ)はあっという間に完売。中古CDも結局100枚ほど売れたみたい。
4時からは吉田省念バンドが演奏することになっていて、それも楽しみだったのですが、省念くんがアコースティックギターを一台余分に持ってきてくれていて、ぼくも飛び入りで歌うことになりました。
「イタリアの月」と「ぼくは君を探しに来たんだ」をソロで歌った後、省念バンドと一緒に「From Brooklyn」をぶっつけ本番で歌いました。盛り上がったなあ。
省念くんもライブ中に言っていましたが、お祭りのおかげでレコードが好きな人たちがまた増えるんだろうな、と思いました。

7月29日(土)「鎌倉 Moln」

今年で連続3回目のMolnのライブ。自分の好きな本をお客さんに紹介するという独特のコンセプトにも慣れてきて、今年は田中美穂さんの「星とくらす」、比嘉良治さんの 写真集「砂浜にのこり、歌にきざまれた人々の夢・沖縄」と、和田誠&安西水丸の「On The Table」の三冊を紹介することにしました。
 過去2回は洋書だの画集だのととりとめがなくなってしまったので、少なめにしたのです。
一部は「星とくらす」に合わせて、星や月の出てくる歌を歌いました。けっこうたくさんあるのでびっくり。後半は新しい歌を中心にいろいろでした。
途中、激しい雨が屋根をたたく音がして、なんだか懐かしい気持ちになりました。

7月28日(金)「森山直太朗」

森山直太朗の15周年記念NHKホールコンサートにユミと行きました。
ど派手な演出で始まったけど、いつのまにか歌の世界に引き込まれていました。
後半に聞いた「君は五番目の季節」と「十二月」が今夜は特に心に残りました。
正反対の雰囲気の「虫」の歌や「どこもかしこも駐車場」も良かった。
ユミは「嗚呼」や「とは」が好きなので、聞けてうれしかったみたいでした。
今夜は挨拶せずに失礼しようとユミと話していたのですが、コンサートを聞いたらやっぱり会いたくなって、終演後に楽屋に行き直太朗くんと御徒町くんに「よかったよ」と言いました。

7月23日(日)「宇都宮 悠日カフェ」 

大谷石を使った倉庫のホールで歌いました。
リハーサルの前に、カフェのご主人の手打ちだというそばをユミとごちそうになりました。ぼくは宇都宮に歌いに来るのは初めてだと思っていたのですが、ライブ中にお客さんが、二十数年ぶりだよと教えてくれました。
あとで家に帰ってユミが記録を調べてみたら、1985年に宇都宮でライブをやったことがわかりました。
 ステージの背景の大きな三日月型の照明が、客席にもやわらかい光を投げかけています。
主催してくれた埴田さんは、その独特な雰囲気が好きで、ここでぼくのライブをやりたくなったんだそうです。
 ライブの後は、埴田くんのご両親も一緒に駅前の宇都宮名物の餃子を食べに行き、新幹線で日帰りしました。

7月21日(金)「大阪 ムジカジャポニカ」 

ムジカの11周年で歌いに行くことが決まった後に、ムジカが来年の2月に立ち退きになるという話を聞きました。
だから今回がぼくの最後のムジカライブになるかもしれません。
 カウンターの上には11周年のお祝いの日本酒がずらりと並んでいました。
そんなのを見たら、ライブの後に飲みたくなります。
夕方スコールのように降った雨もすぐに止んで、あまり涼しくはならず、ライブ中もかなり汗をかきました。
 アンコールでは「ぼくは君を探しに来たんだ」をお客さんも一緒になって歌ってくれました。大阪らしい、ムジカらしい雰囲気でうれしかった。

7月20日(木)「京都レコード祭」7/28~7/30

以前京都のタワーレコードの野田さんに、
ニューヨークで毎年開かれる中古レコード祭のことを話したら、
今年の京都レコード祭に誘われました。
ちょうど家のCDが増えてしまって、どうにかして少し減らそうと
考えていたところだったので、ぼくも参加させてもらうことに。
初めてのことにドキドキしています。
ぼくは30日に会場にいる予定です。

7月16日(日)「ランニング」

ニューヨークのランニング仲間で、今はもう帰国組の友人たちが、
横浜のぼくの家に集まって、うちのそばの森林公園でロング走しました。
ほんとに暑くて何周かごとに飲む冷えた水がうれしかった。
二時間ほどで家に戻ると、まずビール!それから男4人は順番にシャワー。
それからは終電近くまでワインや冷酒や、ユミが拵えたおいしい食べ物で
盛り上がったのでした。

7月9日(日)「カメラになった男」 

仙台のメディアテークに、映画「カメラになった男」をユミと見に行きました。
 写真家の中平卓馬を撮ったドキュメンタリー映画です。
中平卓馬の名前は知っていたけど、人も作品もぼくはよく知りませんでした。
映画が捉えた人柄にぼくは夢中になりました。まだ若いとき急性アルコール中毒で記憶を無くしたそうですが、人柄までは無くさないんだなあ。もともととても魅力的な人だったんでしょう。
上映の後、カフェで監督の小原さんとも少し話せました。小原さんもぼくと一緒で、今のところまだ一度も就職をしたことがないんだそうです。

7月8日(土)「ROXX」

青森県の八戸市で久しぶりに歌いました。盛岡からいわて銀河鉄道線に
乗りました。空気がきれいなのか、極彩色の自然です。
途中ぼくの母のふるさと、一戸を通りました。ぼくが小さい時は特急も止まった駅です。
八戸から乗り換えて、本八戸まで二駅。そこからタクシーでROXXに。
普段はスタンディングでギュンギュンのお店だそうで、椅子を並べるのは久しぶりだったそうです。

7月7日(金)「クラムボン」 

盛岡の喫茶店クラムボンでライブをしました。コーヒー屋としては
広く知られていますが、ライブをする場所としてはとても狭いです。
だからマイクを使わずに生声で歌います。
店主の高橋さんとは40年以上前からの知り合いです。
なにしろ最初、高橋さんの前の店「セロ弾きの小屋」に歌いに行ったときは、
 今秋41歳になる息子がまだユミのお腹にいるときでしたから。
長いつきあいのせいか、今では一番温かい気持ちになれる店です。

7月6日(木)「矢吹多歌子展」 

横浜のギャラリーアークで今日から、矢吹多歌子さんの個展が始まりました。
今年で4回目のアークでの個展だそうですが、ぼくとユミは初めて。
 
(個展ではないときにギャラリーで買った猫が一つ家にいますが。)
木製の猫の立体作品で、思わずなでたくなるほどリアルです。
作品は矢吹さんのホームページでも見られます。
今日はさっそく激しい感じの猫を一つ買って、夕方から仙台に向かいました。

7月3日(月)「マンチェスター・バイ・ザ・シー」

横浜ジャック&ベティに「マンチェスター・バイ・ザ・シー」という映画を見に行きました。前に予告編で見て、ユミが見ると決めていた映画です。
マンチェスター・バイ・ザ・シーはアメリカのマサチューセッツ州の北部の町の名前です。
この町で生きた人たち、この町で起こったこと、そこで生まれた悲劇とその悲劇を背負って生きていく主人公たち。
映画を見ながらぼくは、人口5000人という小さな町の一員になったように登場人物たちにすっかり感情移入してしまっていました。
人には教えたくないような素晴らしい映画です。

7月2日(日)「比嘉良治展 2」

二日続けて仙川の東京アートミュージアムに。今日は6時半からギャラリーで比嘉さんのトークがありました。
ぼくとユミが会場に着いたらもう始まっていて、一番後ろの階段に腰掛けて聞きました。
比嘉さんの体験から、欠点は長所だという話や、トランプ政権になったことでアメリカの膿が出て、返ってこれから芸術は面白くなるんじゃないかという見方など、やっぱり面白いことがたくさん言える人なんだなあと感心しました。

7月1日(土)「比嘉良治展」

ニューヨークでお世話になった写真家の比嘉良治(ヨシ)さんの写真展が今日から、仙川にある東京アートミュージアムで始まりました。
沖縄の海辺に刻まれた歴史や魂をテーマにした作品で、浜辺に残されたサンゴの表情が、魂のある祖先の顔のようです。
今日は5時から展覧会のオープニングパーティがありました。
ニューヨークからやってきたヨシとマドレイン夫妻を囲んで、ぼくとユミがニューヨークで知り合った友だちにもたくさん会いました。どこにもない場所を故郷に持つ仲間たちの再会でした。


6月25日(日)「南箕輪村 叶屋」

横浜はほとんど揺れなかったのですが、朝7時ごろに長野県南部で強い地震がありました。
 震源地が今日ライブをする南箕輪村に近いので心配したのですが、叶屋の倉田さんから「ライブはやります」という電話をいただきました。
 地震がなによりも苦手なユミはただちに行くのを中止。ぼく一人で信州に向かいました。
 叶屋は酒屋ですが、棚から酒瓶が落ちて割れるような被害はなかったみたいです。
  叶屋は毎年沙羅双樹の花の咲く季節にぼくのライブを実行してくれて、今年はその10回記念。
 しかも叶屋の創業50周年のお祝いの年で、ライブにもお客さんがたくさん来てくれました。
 いくつかの酒蔵の社長さんたちも来ていて、テントの下でお客さんにお酒をふるまっていました。
 ひょんな縁からぼくのライブをすることになった倉田さん夫妻、10年間どうもありがとう。

 6月17日(土)「秩父 ホンキートンク」

 今年もホンキートンクでライブをしました。そして今年もたくさんの人が聞きに来てくれました。うれしいです。
 ホンキートンクとは37年のつきあいになるけれど、あの皆野という小さな町でずっとライブハウスをやってきたことは驚きです。
 店主、鈴木さんの今年のリクエスト曲は「Our Friend Shoko」と「なんでもない日には」でした。

6月12日(月)「Don't Blink,Robert Frank」

横浜のジャック&ベティに、写真家ロバート・フランクの写真、映画、人生を映像化した記録映画をユミと見に行きました。
74年に娘を、94年になって息子を亡くしたロバート。
ぼくとユミがニューヨークでロバート・フランクの家を訪ねた時はこの長男の死から1年もたっていなかったんだなあ、とユミも感慨深げでした。
ロバートさんにさよならを言って帰るとき、彼もビルの入り口まで降りてきて、たまたまブリーカーストリートを通りかかった韓国人から、高麗人参茶をひと箱買ってぼくたちに持たせてくれたのでした。
彼が主流からはみ出した人たちに親しみを覚えるんだとしたら、それは移民である自分自身であり続けるからであり、自分自身であり続けることで、彼も主流を置き去りにしてきたんだと言えると思います。

6月10日(土)「街」

俳人の今井聖さんから「街」という俳句誌を隔月で送っていただいています。
毎号、巻頭を飾るのは今井聖さんの新作。
今日はその中から、今井さんには無断でいくつか紹介します。

 望遠鏡顕微鏡春の窓二つ

 弟の教室に姉花曇

 枕から眼鏡へ春の指の旅

今井さんの俳句は具体的でおかしくて、ありふれた情景がどこにもないのが
ぼくには素敵に思えます。

6月9日(金)「松竹谷清 還暦ライブ」 

渋谷のO-nestで松竹谷清の還暦を祝うライブがありました。
ぼくが彼と出会ったのは彼が二十歳のころで、それから長いような短いような40年が過ぎました。
「去年の今頃はこんなことができるとは思わなかったなあ」とステージでつぶやいていたのは、その頃彼はまだ喉頭がんの治療中だったから。
今日はそれでも2時間以上も、声の限りに歌っていました。
ぼくは松竹谷清バンドと一緒に「夕日は昇る」など7曲も演奏しました。
自分の出番以外の時に客席から見ようとしてドアを開けたら、満員のスタンディングのお客さんの背中に押し出されそうになって、とても入れそうもなかったのでずっと舞台の袖で見ていました。
ぼくの15周年のときのよみうりホールで、松竹谷清がずっと袖で見ていてくれたように。

 6月8日(木)「リハーサル」 

横浜のスタジオで、松竹谷清の60歳を祝うコンサートの2回目のリハーサルをしました。前回は清くんと二人でやりましたが、今回はバンド全員が集まりました。
コンサートは明日です。ぼくは彼のバンドと一緒に7曲歌う予定です。

6月5日(月)

毎週日曜日の朝日新聞の読書欄をぼくは楽しみにしているのですが、仙台駅周辺のファミリーマートには朝日新聞が売っていません。たぶん意図的に置いていないのだと思われます。客の選択肢を奪うような強引なことをする店ではもう何も買いたくないですね。
 ということで、今日は横浜に帰ります。

6月4日(日)「DVDを見る」

火星の庭でホルンの渋谷さんたちと映画を見ました。
渋谷さんが用意したのはイギリスの「ケス」という映画。ケスというのは少年が育てる隼の名前です。
ぼくは「真夜中のカウボーイ」を準備しました。
二本続けてみたらもう真夜中を超えていましたが、二本とも見ごたえのある素晴らしい映画でした。
それからお喋りなんかして、帰る頃にはもう夜が明けかけていて、タクシーは一台も通らず、薄着で徒歩での帰り道の寒かったこと、寒かったこと。12℃ぐらいだった。

6月3日(土)「鯛飯」 

長崎の和食のお店「御飯」の吉村さんが仙台の藤崎デパートに「鯛飯」の出張販売に来ているというのを友人から聞いて、吉村さんに会いにユミと藤崎に行ってみました。
エスカレーターを7階で降りたら目の前に吉村さんが立っていてびっくり。
ぼくたちが上がってくるのが見えたんだそうです。吉村さんは長崎でのぼくのライブを何度も主催してくれた人です。

6月2日(金)「安西水丸展」

 仙台駅からバスに乗って仙台文学館に「安西水丸展」を見に行きました。
古いタイプのバスだったので、別の時代に行くような感じがしました。
安西水丸さんの絵は70年代に「ガロ」で見たのが最初。そのときの変な絵だなあ、という感じは今でも新鮮なままです。
和田誠さんとの二人の作品がおもしろかった。サインがなければどちらが描いたかわからないところも。

5月31日(水)「句会」 

月に一度の「火星の庭俳句会」。持ち寄りの食べ物とお酒に力が入りがちですが、俳句の方もおもしろいです。
今日の参加はぼくとユミを入れて11人。句会に参加できなかった人も投句して、一人3句ずつ全部で42の句が集まりました。
それぞれが選句して、そのあと一句ずつ主宰の渡辺さんを中心に評価していくわけです。

5月28日(日)「バースデイ・ライブ」

26日から仙台に来ています。
いつもは吉祥寺のスターパインズカフェでやっている「リクエスト大会」を、今日は仙台の「Jazz Me Blues nola」でやりました。
一人一曲ずつ入場時に投票してもらって、その中から20曲ぐらいを歌いました。
ぼくが一枚ずつ投票用紙を引いて、そこに書かれた歌を歌って行くスタイルです。
あとで集計したらリクエストが一番多かったのは「水門」で、その次が「どうして旅に出なかったんだ」と「6月の雨の夜、チルチルミチルは」でした。めずらしいリクエストは「長いうで」「ぼくの猫さん」。「ぼくの猫さん」はギターのコードが分からなくてアカペラで歌いました。いろんな歌が歌えて、ぼくにとっても楽しい夜でした。

5月25日(木)「67歳」 

今日はぼくの誕生日で67歳になりました。ユミと二人でお祝いにウナギを食べに行きました。
 それからHARBSでケーキを食べて帰りました。

5月23日(火)「JT ReLoy」 

横浜のジャック&ベティに「作家、本当のJTリロイ」をユミと見に行きました。
最近のぼくの映画鑑賞はほとんどユミからの情報が頼りです。
ドキュメンタリー映画で素材の少ない作品というのがたまにあって、当然そういう映画は動きがなくつまらないのですが、この映画は種明かしされていく過程がスリリングでした。
重みが後半にぐいっと来て、最後のルー・リードの歌と共に忘れられない作品になって行くのです。
JT LeRoyの作品はまだ読んでいないのですが、ペンネームとか仮面の作家とか、そんなにめずらしくもないような気もするのですが。

5月22日(月)「リハーサル」

横浜に戻り、松竹谷清の60歳を祝うコンサートのリハーサルをしました。
ぼくがツアーから帰ってくる日だったので、わざわざ横浜まで来てくれました。
今まで清くんと演奏してきた曲を全部で7曲ぐらいバンドでやる予定で、そのための二人だけの練習でした。
6月9日はただふらっと行って歌うのではなく、何回かのリハーサルを積み重ねた演奏を聞いてもらえそうです。

5月21日(日)「加古川 チャッツワース」 

加古川に向かう前に、ユミと京都のカフェ「ゆすらご」でランチを食べました。
去年名古屋のイベントで一緒になったgofishのチェロの黒田さんのお店です。
京都でもぼくがあまり行ったことのない地域にあって、古くて飾らない街並みにとても好感を覚えました。
「チャッツワース」のライブは年に一度、定期的に続いています。
今回はお客さんもたくさん来てくれて、ライブもよかったと「チャッツワース」の岸本さんも言ってくれました。
確かに久しぶりの「遠来」なんか、思いっきり歌えたような気がします。
アルバム未収録の「バレンタインデー」も好評でした。

5月20日(土)「京都 磔磔」 

リクオプロデュースによるイベント「ローリング・シンガー・京都」。
 出演はリクオと中川敬と友部正人と急きょ出演することになったスチールギターの宮下広輔でした。
 ぼくは岡山でも参加して、出演者と街を考慮して決められた曲順やセッションに感心したのですが、今回もよくできていたと思います。
今回はソロの部分が多かったのも特徴でした。
みんなで歌った「デイ・ドリーム・ビリーバー」や「満月の夕」、それからリクオと久しぶりに歌った「はじめぼくはひとりだった」。
リクオとの共作の曲「カルバドスのりんご」。このイベントは歌が主役です。
歌と歌がつながれば自然に忘れられないような世界が出来上がる。それを実践して見せてくれました。

5月14日(日)「大阪府能勢町 浄るりシアター」

 午後3時からのリハーサルに間に合うように早めに横浜を出発しました。
JRで新大阪からぐるっと一回りして、川西池田で乗り換えて、電車で山の中に。
実際にはそんなに山ではありませんが、都会を後にしてきたような開放感がありました。
その開放感はそのまま影響したみたいで、浄るりシアターのホールでのコンサートはとてもいい感じになりました。
 古くからの知り合いの村尾さんのPAのせいでもあるし、客席の人たちの拍手と声援のせいでもあります。
そして時間をかけて準備してくれた主催者のおかげでした。
はじめてぼくの歌を聞く人も多かったそうですが、そんなことは当たり前のことで、これからもいろいろな人の前で歌っていこうと思いました。

夜は「気遊」で打ち上げ。そして、気遊の井上さんが作っている完成間近のゲストハウスに泊めてもらいました。夜はちょっと冷えるのでユミは暖房をつけてました。

5月7日(日)

大阪から戻って家で一息ついていたら、ピアノ弾きでシンガーソングライターの山本隆太くんが、亡くなったというメールが仙台のテリーさんから届きました。
肺腺癌の治療中でした。
年齢はまだ40台前半だったと思いますが、アメリカ大陸を旅しながらぼくの詩集を持ち歩いて読んでいたと前に語ってくれました。
火星の庭句会のメンバーでもありました。もう少し話がしたかった。

5月4日(木)~5月6日(土)「祝春一番2017」

 今年も春一番に参加。ぼくの出演は5月5日(金)でしたが、三日間会場にいて、ほとんどの出演者のライブを見ることができました。
4日と5日は快晴でとても暑く、特にぼくの出番の5日の3時ごろは一番日差しが強かった。でも気持ちのいい暑さでした。
最終日だけちょっと雨が降りましたが、雨にも負けず、客席はほぼ満席でした。
若い出演者は自分の春一番の出演回数をよく覚えていて、それを話題にしていましたが、ぼくは今年が何年めなのかさっぱりわかりません。
ぼくにはなじみのない出演者も多く、地味な印象もあった今年の春一番でしたが、通して聞いてみると、今年が一番春一番らしかったのかも、と思いました。
30分の持ち時間を全部自由に使うため、ぼくは今年は誰ともセッションせず、生ギターだけで小さな音をせいいっぱい会場に響かせました。

5月1日(月)

火星の庭の前野さんとホルンの夏海さんが宮城県北部に住む写真家の志賀理江子さんを訪ねるというので、ぼくとユミも車に乗せてもらって行ってきました。
志賀さんのスタジオは震災で廃屋となった元パチンコ屋で天井が高く、ニューヨークのチェルシーのギャラリーのように広々しています。
今は6月からの猪熊弦一郎美術館での個展の準備に追われていました。
スタジオを見学した後は志賀さんの自宅にお邪魔して、二歳の椎太くんと遊びながら一緒に晩御飯を食べました。

 4月27日(木)「句会」 

5月4日からの大阪春一番までしばらく暇なので、25日からユミと仙台に来ています。
今夜は久しぶりに句会に参加しました。
いつも通り「火星の庭」に集合して、持ち寄りの食べ物やお酒などを食べたり飲んだりしながら、句会が始まったのはもう9時近かった。
俳句を自分のものにできないまま10年以上が過ぎました。
たぶん向いていないのですが続けています。

4月23日(日)「観音寺市 川鶴酒造鶴鳴館」 

築100年の建物には大きな丸いテーブルが二つ。それを囲むようにしてたくさんのお客さんが長いコンサートを楽しみました。一人の持ち時間が50分で、出演者は6組。
終了後、外はいつのまにか真っ暗で、夜空には満点の星。月は出ていませんでした。
ぼくは「ブルックリンからの帰り道」で曲のアレンジをしてくれた山川のりをくんと、初めてアルバムの中の曲を一緒にできたのがうれしかった。
アンコールは出演者全員で「待ちあわせ」と「アイ・シャル・ビー・リリースト」。
打ち上げで飲んだ川鶴酒造の純米大吟醸はおいしかった。去年は早々になくなってしまい、ぼくは飲めなかったので、今年は飲めてよかった。

4月22日(土)「岡山 モグラ」 

リクオの企画「Rolling Singers Okayama」というイベント。
共演はリクオとウルフルケイスケ、高木まひこ。
それぞれのソロの部分とセッションの部分が絶妙に入れ替わって、その流れのまま全員のセッションで終了。
高木まひこの芸風、ウルフルケイスケの人柄、リクオのサービス精神がごちゃまぜになったおもしろさでした。

 4月21日(金)「徳島市 寅家」 

4月になるとつばめのように、寅家からライブの電話がかかってきます。
電話が来る前にぼくもそろそろかなと思っているわけですが。
今年は三橋くんという20代の人が最初に3曲歌いました。
ぼくは最近の歌と古い歌をいくつか。
終わった後に、寅家秘蔵のギターを見せてもらいました。

4月18日(火)「スペンサー・ウィギンズ」

 ひどい春の嵐の翌日、六本木のビルボード東京に、アメリカのソウルシンガー、スペンサー・ウィギンズを聞きに行きました。三宅伸治くんが誘ってくれました。
 
60年代に南部で活躍した人で、生で聞くのは初めて。来日も初めてだそうです。
今年75歳なのにものすごい声量があって、低音の迫力には床が揺れるような衝撃が。
最後まで銅像のようにきちんと立って歌っていました。
 
60年代後半のゴールドワックス・レーベル時代の歌がたくさん聞けました。
名古屋「得三」の森田くんも見に来てました。ぼくはスペンサー・ウィギンズを森田くんに教えてもらったので、ここで会えてうれしかった。終わった後、みんなで飲みに行きました。

4月16日(日)「スターパインズカフェ」 

日曜日の吉祥寺はすごい人で、ぼくが暮らしていた頃とは大違い。
去年いわきで一緒にライブをしたとき「なんでもない日には」を歌っていますか、と銀杏BOYZの峯田くんに聞かれたこともあって、今日は「なんでもない日には」からライブを始めました。
 
4月5日に加川良が亡くなったので、何か思い出の歌をと思い「トーキング自動車レースブルース」を久しぶりにやりました。語りの一番最後に「小斉くん」と一言出てきます。
 
開演時間が早かったので、だいぶ歌ったと思って時計を見たらまだ8時台。
6月9日の松竹谷清の還暦を祝うライブにゲスト出演することを告知して「夕日は昇る」を歌い終了。
 アンコールに「モスラ」と「風邪ひき男のララバイ」を歌って本日のライブを終えました。

4月15日(土)「ちょき」

横浜のジャック&ベティで今日から始まった「ちょき」の舞台挨拶で、監督や出演者と一緒に音楽のおおはた雄一くんも来るというので見に行きました。
 予備知識としては、おおはたくんが音楽を担当しているということだけ。
 この映画館で以前予告編を見ただけで、内容もよく知りませんでした。
ちょきさんというのは妻を亡くした美容師なのですが、一人でもすごくきちんと暮らしていて、遊ぶようなところが一つもありません。
それだけでも引き付けられる要素がある人なのですが、そこに10年ぶりに盲目の高校生のサキから電話がかかってきます。
 人と人のすきまを上手に掬い取った映画でした。
そんな映画におおはたくんのギターはとても合っていて、映画の第三の主人公です。
エンディングの「風の声を聴いた日に」を聞いたら、この映画をまた最初から見たくなるに違いありません。
ユミは上映後に主題歌の入ったLPレコードを買って、監督やちょきさんやおおはたくんにサインをもらっていました。

4月13日(木)「お墓」

母が死んで1年が過ぎ、愛知県春日井市の施設に入居している父を連れ出して、
 名古屋市の墓地をたずねました。父が外出するのはたぶん母のお葬式以来1年ぶりで、
 帰りに天ぷらそばを食べたりして、父は生き生きとした感じでした。

4月4日(火)「大阪 ジャニス」

 最近よくライブの時にかけているサングラスは老眼鏡です。
 ニューヨークの近代美術館のショップで去年見つけました。
 老眼になってくると暗いところでは字が読みにくいものですが、 
この眼鏡だと暗いところでもよく読めます。それが不思議です。
 1年前ジャニスの楽屋で作った曲が「ニューヨークシティマラソンに捧げる」だったので、
今日はこの歌からライブを始めることにしました。

4月3日(月)「京都 磔磔」

静岡から京都まで、ぼくの乗ったひかりの車両は半分近くが外国からの旅行客でした。
日本まで桜を見に来たのでしょうか。
 ひんやりとした春の京都。
 今日も「もう春だね」のリクエストがお客さんからありました。
 開演前にユミとグリーンズの鏡さんと3人で、磔磔の隣の通りにあるラオス料理屋に軽い食事をしに行きましたが、とてもおいしかった。
 
ライブのあと、磔磔の水島くんから「隣の学校の野球部」はヒットするんじゃないか、と言われました。

4月2日(日)「静岡 フリーキーショー」

静岡は横浜から日帰りできるぐらいの近さなのに、なかなか歌いに来れませんでした。
 最近はお気に入りのライブハウスも週末はスケジュールがとれません。
 今夜のフリーキーショー。久しぶりに聞いたノダフルタくんの歌がよかったです。
 ぼくはユミからリクエストされていた「もう春だね」を歌い、2年前までこの店のブッキング担当だった牧野くんのことを書いた「もぐらのMくん」という詩をギターを弾きながら朗読しました。

3月30日(木)「アルジェの戦い」

 ジャック&ベティに「アルジェの戦い」を見に行きました。
 50年前に上映された映画で、そのときぼくも見ているのですが、
 今見てもものすごく迫ってくる内容の映画です。
 一部の組織による独立運動の火がフランス政府によって消されたその2年後に、自然に始まった大衆による一斉蜂起には感動させられました。

3月29日(水)「変態だ」

「おれは歌手なんかじゃない。おれは変態だ」と叫ぶ前野健太、 素敵でした。
みんな誰かのふりをしているけど、本当はただの 変態なのかも。
SMプレイと雪の中の演技は大変そうでした。前野くん、がんばってたなあ。
レディーズデイで女性は1100円の日なのに 男性客が多かった。
映画を見たジャック&ベティで東京・ローカルホンクの井上くんにばったり会ったので、
井上くんの高校時代の友だちとユミと四人で中華料理を食べに行きました。

 3月26日(日)「息の跡」

横浜のシネマリンに「息の跡」というドキュメンタリー映画を見に 行きました。
小森はるか監督は震災の後岩手県に移住した若い女性です。以前ユミはこの人を仙台のギャラリーのトークイベントで見たことがありました。

陸前高田で種やを営む佐藤貞一さんが主人公です。
佐藤さんは2011年3月の地震と津波のことを 英語や中国語で記録して後世に残そうとしています。 今まで三陸の人たちは過去に何回も大津波の被害にあっているにもかかわらず、 その記録が残されていなかったからです。
残されていたとしても、たぶん次に来た津波で流されてなくなってしまった。
英語や中国語にしておけば、今度津波があっても 海外にはその記録が残るのではないかと思い、自分たちの体験を書き記したそうです。
自分でなんでもやってしまう主人公に見とれているうちに、 1時間32分という上映時間はあっという間に終わっていました。
そういえば映画が始まる前にyumboの歌が流れてびっくりしました。


3月25日(土)「鍋島正一展」

24日に仙台から横浜に戻り、今日は銀座の画廊に鍋島正一さんの個展をユミと見に行きました。
個展の案内状にあった「一本道」という題の雪の中の小道の絵がとても素敵で、どうしても見たいと思っていました。最終日の今日はその絵はもう売れていましたが。
鍋島くんとユミは生年月日が全く同じで、絵が好きだというだけではなく、そんなこともあって昔から仲良しにしています。

 3月22日(水)「宮城県美術館」

ユミの提案で、今日は宮城県美術館に常設の洲之内コレクションを見に行きました。
風が強く寒い午後に見に行ったのに、一番見たかった長谷川りん二郎の「猫」という絵は、よそへ貸し出し中とかで見られなかったのです。
その代りのように、ちょうど開催中だったルノワール展を見ました。
ぼくはルノワールの描いた女性の肌の生き生きとした美しさにドキドキしたのでした。

帰り道は増々寒く、喫茶「ホルン」でコーヒーを飲んだり「ファシュタ」でホットワインを
飲んでおいしいものを食べたりして、寄り道を楽しみながら歩いて帰りました。

 3月20日(月)「三宅伸治」

仙台駅前のBuddy Buddyでの三宅伸治ライブを聞きに行きました。
聞きに行くだけのつもりでしたが、主催のテリーさんに言われて急きょ三宅くんと二人で「雨の降る日には」「たたえる歌」「はじめぼくはひとりだった」を歌いました。
二日前の土曜日にチャック・ベリーが90歳で亡くなったばかりだったので、元々レパートリーにしていたチャック・ベリーの歌を三宅くんは日本語でたくさん歌ってくれました。

3月18日(土)「人形劇、四家卯大&吉田省念」

仙台の喫茶店「ホルン」の夏海さんが、自ら率いる人形劇団の公演を仙台市内の児童館でするというので、朝からユミと見に行きました。
児童館の子供たちと一緒に人形劇を観劇した後は、子供たちと一緒に人形作りのワークショップに参加したのですが、紙コップやトイレットペーパーの筒などを利用した人形作りが楽しくて、子供たちの爆発するような気持ちをぼくも共有することができました。
夜はSendai Koffeeにチェロの四家卯大さんとシンガーソングライターの吉田省念さんのライブを聞きに行きました。
ユミと二人でリハーサルのときに突然会いに行くと、二人ともとてもびっくりしていました。
ライブは招待していただいて、用意された席で最後まで楽しみました。
二人のチェロの合奏なんかもあったりして、とてもいいコンサートでした。
終了後は打ち上げにまで誘ってもらい、みんなで懐かしく夜更かししました。

3月16日(木)「仙台にて」

5月28日にライブをするお店で 主催のテリーさんとユミとお店の方と4人で打ち合わせをしました。 jazz me bluesという初めてのお店です。
5月はぼくの生まれ月なので、バースデイライブにするつもりです。
リクエスト大会プラスぼくの歌いたい歌という内容になるでしょう。 お楽しみに。

3月14日(火)「青森 サブライム」

青森に15年前からあるライブハウス「サブライム」でライブをしました。
主催は古書らせん堂の三浦さんです。
三浦さんはずっと成田本店という大きな本屋の社員でしたが、 去年独立をして念願の古書店を始めました。 なかなかお客さんの数は増えないと言っていましたが、暑い夏はビールを飲んでそのまま店に泊まったりして、 のんびりとした感じがします。
彼が勧めたサブライムもとてもいいお店でした。
ツアー最終日で、久しぶりにおいしい日本酒をのみました。

3月12日(日)「函館」

歴史的建造物と言ってもいいような素敵な建物、函館市公民館でライブをしました。
主催はぼくの古い友人のカフェやまじょうの太田さん。
古い建物ですが楽屋もトイレも暖房がきいていて、 開演までの時間も快適でした。
そういえば大道芸人のギリヤークさんに会ったのは函館でした。
だから「大道芸人」を歌いました。歌いながら、 函館はずっと出会いの街としての役割を果たしてきたのかもしれないと 思いました。

 3月11日(土)「小樽 ぐるぐる」

シアターキノの中島洋さんに勧められて、「ヨーヨーマと旅するシルクロードアンサンブル」というドキュメンタリー映画を見ました。今の閉鎖的な時代の雰囲気に対抗できる内容の映画でした。
いろんな人に見てもらいたいけど、上映の予定は全国的にあまりないようです。見られてよかった。

小樽の「ぐるぐる」で3年ぶりのライブをしました。
「ぐるぐる」の手塚くんとは小樽で出会い、民宿ぽんぽん船 の松岡くんの運転する車で
北海道を一周したことがあります。 そのときに立ち寄った釧路湿原でできた歌が「水門」です。
今日は久しぶりの小樽のライブをこの「水門」で締めくくりました。

 3月10日(金)「札幌 キノカフェ」

映画館シアターキノにあるカフェで松竹谷清くんをゲストにライブをしました。
松竹谷清くんとは彼がまだ10代の頃に札幌で出会い、ぼくの15周年記念の よみうりホール
でのライブにもゲストで一緒に演奏してもらいました。
清くんはぼくの「夕日は昇る」をカヴァーして歌ってくれていて、札幌のラジオでよくその音源が流れていたみたいです。
反響は大きかったみたいで、たくさんのお客さんが聞きに来て くれました。

今年の6月9日には東京で松竹谷清の還暦コンサートがあって、 その時はぼくがゲストとして出演することになっています。

3月5日(日)「肘折国際音楽祭二日目」

今日は出番がないので最初から最後まで客席で聞いていました。
中盤でピアノの弾き語りで歌った寺尾沙穂さんが力強かった。表面は穏やかですが、内面的にはとても激しい、おそらく今日の出演者で一番激しい内面を持つ歌でした。
最後はカナダのRyan DriverとEric Chenaux、玄くんとピアノの次松くんの4人でのセッションで二日間のコンサートが終了。
第二回目となる今年は二日間のコンサートになって出演者も倍になりましたが、内容的にはとても濃いコンサートでした。

3月4日(土)「肘折国際音楽祭一日目」

開演は午後1時。ステージの背景は窓一面の雪景色です。
雪のまばゆさのために、ステージの人の顔は陰になってしまいます。
Kudanzや湯川潮音さんや曽我部くんらが歌い、後半長い温泉タイムをはさみ(お客さんは全員温泉に宿泊している)、最後にぼくが歌いました。
ラストはKudanzの玄くんと「朝は詩人」を。

ステージ転換の時間を利用してお雑煮や温泉卵などをふるまわれて、お客さんは食べたり飲んだりしながら最後まで聞いていました。
ぼくもだいたいは客席にいて聞いていたのですが、全部聞くって大変だと思います。熱心なお客さんばかりでした。

 3月3日(金)「山形 肘折温泉へ」

新幹線で山形へ向かわずにまず仙台に行って、仙台から音楽祭を主催するクールマインの車に同乗させてもらって今日から肘折温泉に行きました。
この企画の言い出しっぺのテリーさんも一緒です。
肘折の旅館について荷物を置いたら町を散歩。
2メートル以上の積雪といわれていますが、道路には雪はありません。
お土産物屋さんで古い音楽ノートを見つけて買おうと思ったら、黄ばんで古くなっているので、とプレゼントしてくれました。

2月26日(日)「金沢 Jo-House」

ユミは長野から横浜に戻り、ぼくだけそのまま新幹線で金沢へ。
毎年この時期にJo-Houseに歌いに行きます。
今日も咳が出て主催の本池くんを心配させましたが、長野と同じように本番はなんとかやり通せました。
鼻声なので、歌にも湿り気があるのかも。自分としてはいい感じに聞こえました。

今回のチラシがとてもいいです。ボブ・ディランの日本版シングル「ライク・ア・ローリング・ストーン」のジャケットのデザインを借りて、ボブ・ディランの顔のところをぼくの顔にしています。
正方形のシングル盤の大きさです。
Jo-Houseの並びに新しくできた本屋さんも、ぼくの詩集などを取り寄せて今日のライブを応援してくれていたそうです。時間がなくてお店には行けませんでしたが。

2月25日(土)「長野 ネオンホール」

風邪の咳が長引いています。
長野駅まで迎えに来てくれたthe endこと櫻井くんから、「病気の猫みたいな目をしてる」と言われました。確かに風邪だと涙目になります。
今日は櫻井くんがこの日のために考えたバンドと4曲一緒に演奏することになっていました。
櫻井くんがベース、小川くんがピアノとギター、中島くんがドラムです。
咳を気にしながらのリハーサル、ユミから「本番になれば大丈夫」と励まされました。
結果、本番ではソロの部分もバンドとの演奏もうまくいきました。

バンドと演奏したのは「愛について」「地獄のレストラン」「6月の雨の夜、チルチルミチルは」「朝は詩人」でした。
アンコールでは櫻井くんの「ロックンロール」と「ぼくは君を探しに来たんだ」を二人で歌いました。

2月17日(金)「横浜 Thumbs Up」

イベントなどではよく演奏してたThumbs Upですが、ソロは久しぶりだったので、ぼくはとても楽しみにしていたのに、沖縄から帰ってきたらやはり風邪をひいていて、39度の熱も出たりして、なかなかよくなりませんでした。
今日は微熱というところまで回復しましたが、咳が出ていて歌うのがちょっと心配でした。

ぶらっとライブを見に来る予定だったギターの佐藤克彦さんに、急きょ「ギターを持ってきて一緒に演奏して」とユミが頼んだり、やはりお客さんで来てくれていたクラリネットの安藤くんにも「夕日は昇る」で飛び入りしてもらったりと、ぼく一人では心配だったのか、ユミはそんなことで乗り切ろうとしていました。
ぼくもその二人がいたおかげで緊張感もとれて、いい演奏ができました。

2月11日(土)「石垣島 すけあくろ」

那覇の国際通りも空港も、観光や修学旅行の学生たちでいっぱいでした。
飛行機も満席です。石垣空港に迎えに来てくれた「すけあくろ」の今村さんと八重山そばを食べてからリハーサル。今回は初めて、ベーシストでもある今村さんに「From Brooklyn」のベースをお願いしました。タカミネのアコースティックベースをロックっぽく弾いてくれました。

2月10日(金)「那覇市 Sound M's」

那覇空港に迎えに来てくれた桜坂劇場の野田さんがまず「今日は一番寒いです。」と言っていました。2年前の12月、ユミと沖縄に来て二人とも風邪をひいたことを思い出しました。冬の沖縄の冷たい風のせいです。今回は大丈夫かな。

沖縄が久しぶりだったこともあって、Sound M'sでのライブは良かったと思います。
場所が国際通りにあるライブハウスだったこともあって、いつもの映画館よりもお客さんの顔が身近でした。

2月7日(火)「ジミー・ミリキタニ絵画展&写真展」

2012年にニューヨークで亡くなった路上の絵描き、ジミー・ミリキタニ氏の絵画展と、佐藤哲郎さんが25年ぐらい前にミリキタニ氏を撮影した写真展が今日から2月18日まで全労済ホールスペース・ゼロのB1で開かれています。

今日はオープニングレセプションがあって、ぼくとユミも参加しました。
佐藤さんの写真からは、ニューヨークの路上でホームレスとして生き、絵を描き続けたミリキタニ氏のたくましさがびんびん伝わってきました。
ミリキタニ氏の絵だけではなく、本人の姿もたっぷりとみられる展覧会です。

1月30日(月)「はなればなれに」

桜井薬局セントラルホールに、ゴダールの1964年の作品「はなればなれに」をユミと見に行きました。ゴダールの映画を見るのは久しぶり。
主役はアンナ・カリーナで、軽いのに存在感があって素敵でした。
ゴダールの映画はちまちましているのが特徴で、そこが永遠に新しい魅力です。
「みんなはなればなれに生きている。どうしてひとつに結ばれないのだろう」という、ストーリーとは関係のないつぶやきで映画は終わります。
映画を発言の道具にしている感じです。

1月28日(土)「Kudanzの玄くん夫妻」

今日は朝から「こみち市」という、毎月28日に開かれる手作り市に行ったり、仙台駅前のビルで開かれている古本と中古レコードの市に行ったり。
夜は今日は二人とも暇だというKudanzの玄くんと妻の舞さんが我が家に遊びに来ました。
ユミが仙台で作り方を教えてもらった大根おろしで煮るナメタガレイの煮つけと春菊のサラダを作り、玄くんたちが持ってきたシャンパンを飲みました。
なんだかんだと喋っているうちにいつのまにか1時になっていました。

1月27日(金)「TALK」

急に思い立ってユミと夕方仙台に来ました。
「TALK」というイベントを見たかったからです。出演者三人のうち二人が知っている人だったし。
「わたしのスターを語る」というイベントで、会場が桜井薬局セントラルホールという映画館なので、勝手に映画スターのことを話すのかと思っていましたが、そうではなくて、それぞれの人の人生の中でのスターを取り上げるという企画でした。
定禅寺通りにある喫茶「ホルン」の渋谷さん、石巻の観慶丸本店の須田さん、そして震災後に仙台に移住したキュレーターの長内綾子さんの三人によるトークは、映像資料もあってとても楽しめました。

家を出る直前に届いた「現代詩手帖」二月号はボブ・ディランの特集で、ぼくも3ページほど原稿を乗せています。他には中川五郎や遠藤ミチロウの対談もあります。

1月25日(水)「いのちのかたち」

伊勢真一監督の新作ドキュメンタリー映画「いのちのかたち」が今横浜のジャック&ベティで上映されていますが、今日はその伊勢監督とぼくのトークが行われました。
今日は映画館のレディズデイだったので、女性のお客さんばかりでした。
上映後のトークは10分ぐらいで、その後映画館の下にあるカフェで交流会としてトークの続きがありました。
「いのちのかたち」は画家のいせひでこさんをモチーフにしています。
彼女が東北の震災後、宮城県亘理町の吉田浜で、津波で倒された一本の黒松を題材にして
絵を描こうとするその姿が描かれています。
その制作過程の言葉では語れないような画家の内面を、映画は映像で静かな言葉に変えて行きます。
そこには伊勢さんがなぜドキュメンタリー映画にこだわるのか、その姿勢も重なってくるように思えました。

 1月24日(火)「鴨鍋」

ぼくたちの部屋の下に住む画家の広田稔さん隆子さん夫婦と一緒に、我が家で新年会(鴨鍋を食べる会)をしました。
ぼくはもう何十年も前から秋田で合鴨農法でお米を作っている小松さんという方から直接お米を買っているのですが、毎年年末になると水田の草取りで働いた鴨肉の肉を送ってくれるのです。
鴨を食べながら音楽を聞き、夜中過ぎまで四人で盛り上がりました。

 

1月22日(日)「高知 シャララ」

高松から高知へは電車移動は不便で、乗り換えのないバスで移動しました。
今日はぼくが歌う前に、Spicaというバンドと、中塚詩音という高校生が演奏しました。
2年前、「マオリの女」を初めてシャララで歌って、主催の町田さん夫妻がこの歌を
とても気に入ってくれたことを思い出しました。
たぶんぼくの歌は初めてというお客さんも普段よりは多かったと思います。
ぼくにとってもやりがいのあるコンサートになりました。

 1月21日(土)「高松 オリーブホール」

1980年にアルバム「なんでもない日には」を自主制作したとき、当時はまだ珍しかった
自主制作レコードの販売をしてくれた福山の音円盤というレコード屋さんがあったのですが、ご主人が去年の夏に亡くなって閉店して、残ったCDやLPレコードを処分しているというので、高松に移動する前に今朝お店に行ってみました。
もう商品は段ボールひと箱分しか残っていませんでしたが、それでも好きなCDがあって何枚か買いました。

高松も久しぶりでした。今回は初めて、ぼくの前に島津田四郎くんが演奏してくれました。
歌のリズムが言葉に沿って作られていて、そんなところがおもしろい人です。
開場の音響が良くて、ボーカルの細部に注意を払えます。
まあ、もともとそんなに歌はうまくないのですが、今夜は音響のせいで気持ちよく歌えました。

1月20日(金)「福山 ポレポレ」

約3年ぶりにポレポレでライブをしました。久しぶりのせいなのか、ほぼ満席になりました。
お客さんが歌を楽しんでいるのが一番奥の方からも伝わってくる夜で、
ぼくも歌を聞いてもらうのがこんなにも楽しいんだと感じました。
ポレポレはいつも打ち上げがないので、終わった後の静けさがぼくは好きです。
外に出たらみぞれでした。

 1月12日(木)「アメリカ大使館」

ユミのパスポート認証が必要になって、アメリカ大使館に二人で行きました。
去年も一度二人で来たのですが、ものものしいセキュリティチェックにもなれました。
大使館のアメリカ人職員が日本語を話していて、ちょっとびっくり。
ビザ申請ではなかったのだけれど、「Speak Japanese,American」で歌にしたアメリカ大使館ではないなあと思いました。

夜は仙台の火星の庭の句会で、ぼくとユミはeメールで参加。
今年で11年目ですが、ぼくは俳句のことがますますわかりません。
仙台は吹雪いているそうで、「ああ、仙台にいたかったな」とユミは言ってました。

 1月10日(火)「オマつり」

パスカルズなどのPAをしている小俣くんの50歳の誕生日を祝う「オマつり」が吉祥寺のマンダラ2でありました。
パスカルズやクリコーダー、原マスミくんなど、客席には出演者ばかりが目立ち、一般のお客さんはほとんど入れなかったようです。
ぼくも90年ごろからライブやレコーディングで小俣くんにはよくお世話になっているし、知久くんから年末に電話をもらったので、参加させてもらいました。
パーティーなので出演者も全員入場料を払って入場。こういうの珍しいけど楽しいです。
持ち時間は一組10分。ぼくは原くんのすぐ後で、「クジャクのジャック」と「50歳になってから歌うラブソング」を歌いました。小俣くんは「クジャク」に出てくる小学生の男の子みたいな人です。
小俣くんはみんなにとってなくてはならない人なのだなあ、と思いました。その証拠にこの日のライブもすべて小俣くんがPAをして、ずっと働いていました。

 

1月9日(月)「温水器」

横浜のアパートの管理会社の人から、ぼくたちの上の階の部屋で水漏れがあったという連絡があり、朝の新幹線で横浜に戻りました。
もともと年末に故障したぼくたちの部屋の温水器の修理もあって、帰る予定でした。
上の階の水漏れの被害は全然なくて、温水器の故障も大したことはなかったので安心しました。
これで明日の朝にはちゃんとお湯が出ます。

 1月8日(日)「薬師堂」

毎月8日に開かれている仙台の薬師堂の市に行きました。野菜やパンや漬物などのほかに、
陶器や工芸品などいろんな手作りのものが売られています。
ぼくはご飯に混ぜて炊く黒米を買い、ユミは味噌やブルーベリージャムや曲がりネギなどを買いました。
ついでに薬師堂の前で売っているとてもおいしいアナゴちらしも。

1月7日(土) 「マサ」

東京からマサとサエカさんが仙台に遊びに来ました。仙台のメディアテークで開催中の畠山直哉さんの写真展「まっぷたつの風景」を見に来たそうです。
マサはニューヨークで知り合った友だちで、映画「ミリキタニの猫」のプロデューサーです。
メディアテークで落ち合った後、その向かいにある喫茶店「ホルン」でカレーを食べました。
その後「火星の庭」に顔を出してから、桜井薬局セントラルホールという映画館に行き、マサは支配人とご挨拶。
駅前にあるぼくたちのアパートで、畠山さんの写真展の感想などを話したりしながらゆっくりして、仙台駅でお寿司を食べて彼らは最終の新幹線で東京に帰って行きました。
突然の来客はこんなにも楽しいこともあります。

 1月5日(木)「杉村淳美術館」

仙石線の小旅行と称して、仙台から電車で30分の距離にある塩釜市の「杉村淳美術館」にユミと出かけてみました。
古い木造の美術館には、塩釜の街に溶け込んだ静けさがあって、それが杉村淳の静物画を背後から支えていました。ふと腰を下ろすような場所もいくつかあって、ただ絵を見るだけじゃなく、そこで時間を過ごしてほしいという感じでした。
偶然そこで、ギャラリー「ビルドスペース」の高田さんに会いました。
ここの運営を手伝っているそうです。高田さんが、美術館の1階でカフェをしている千葉さんという男性を紹介してくれました。松島でも2軒、喫茶店をしているそうです。
ぼくたちの仙石線の旅、次回は松島になりそうです。

 

1月4日(水)「志賀理江子さん」

火星の庭で、写真家の志賀理江子さんに会いました。
声が大きくて、はっきりと相手をとらえる目を持った人でした。
何度か志賀さんに会ったことのあるユミから志賀さんのことは聞いていました。
ぼくの留守の時にぼくの仙台の家に遊びに来たこともあるので。
志賀さんはいなかのほうで元パチンコ店の建物を借りてアトリエにしているそうです。
そんなこともぼくにはすごく刺激になりました。

 1月1日(日)「初詣」

ユミと仙台の大崎八幡宮に初詣をして、帰りに定禅寺通りの喫茶「ホルン」に寄ってカレーとケーキを食べました。初詣は何かをお願いに行きたかったのではなく、ただお正月の神社に行ってみたかったのです。すごく混んでた。