親子の姓名判断と易学 日本人の開運の自然体 空海様ご開運の教え
姓名判断の窓ガラス 相談と返答 落着きと開運 社名判断大学
姓名判断の読み下し 日本の景気 易学の法 個人情報保護
家相と地相鑑定 仕事の測定 女性の真実 プロフィール
人相からの運命 ゼロ格運命 易学は国宝第一号 お問い合わせ
貧富の社名判断リンク-1. 貧富の社名判断リンク-2. 貧富の社名判断リンク-3. メール
日本人のドイツ音楽
姓名判断での因縁
今日はインネンというお話です。先祖の因縁とは、これなのです。
これが青色のヌクレオチドという大工さんですが、別に落ち度は有りません。
ヌクレオチド棟梁はコンビニ仕事で赤い色の遺伝子という材木を精巧に刻んで組み立ててくれます。
しかし、時に放射線などから害を受けますと、外国が騒ぐように、このように難儀な棟梁になるにのです。
因縁、すなわちsinカーブとは、同じことが必ず繰り返すという意味なのです。
また因縁とは本来は仏教用語であって、あらゆる物事が生じる直接の源である「因」と、それを助ける間接の条件である「縁」の、すなわち原因があれば結果があるのを「因縁」といいます。
すべての物事は「因」と「縁」の二つの働きによって起こると仏教では教えています。
また、因縁とは音域学でいえば「in・nen」であって、それは「in・en(いんえん)」であったし、それを連声といい、すなわち「いんえん」が「いんねん」になったのです。
人間は野生動物とは遺伝による似方が少し違いますが家系により姓名判断の上では同じような姓名の方が生まれそれぞれの人により、運勢や、顔つきや、しぐさや、性格までもが、よく似てきますこれを因縁といいます。
姓名判断での因縁の目次
因縁
繰り返す因縁と波動波の形
波動波と伝播
sinカーブ
性格遺伝子
は鑑定においては、あるご先祖の直系を38代前までも鑑定いたしました。
そこには易学で感じた因縁という遺伝子がくっきりと現れました。
さて、sinカーブとは何でしょう ?
sin(サイン)というのは、中学校の数学で皆さんが習ったお好きな?三角関数です。
そうです。sin,cos,tan・・・サイン、コサイン、タンゼントです。
そうです、sinカーブとは物事の繰り返しなのです。
すなわち、避けられない先天運での因縁なのです。
このsinカーブというのは宇宙の物体のすべてを作り上げている根元でもあるのです。
目次にもどります。
地球上では波動波と難しくいいますが、要は何かが伝わるには物体が波を作り、その伝わるのは光も波ですから伝播といい、それにより全宇宙は形成されているのです。
あらゆる生物の動きと命、音の波、海の波、地震の波、風の波、熱の伝わり方、あらゆる光の波、電気の波、惑星や恒星(太陽や星)や、星雲の形成などなど、すべてのこの世での森羅万象からの波の伝わりにより物事の因縁を司っています。
このような自然現象を伝播(でんぱ)運動と申します。
すなわち、波によりあらゆる同じものが伝わることの因縁すなわち事実です。
それは、私達が住む宇宙全体は、波のおかげで躍動が有って、存在するのです。
現に私達が体内に持っています心臓の鼓動により、血管に血が流れるのも波動波なのです。
けれども、sinカーブというのは仏教用語で申せば、嫌な言葉の「因縁(インネ~ン)」なのです。
要はsinカーブとは、必ず繰り返すという意味なのです。
それを打破したり、悪い方向を是正しようとしたのが、宗教に反する易学の根源だったのです。
それは、大昔から宗教は「祈りだけの瞬時の癒しのもの」でしかないという現実を直視した、その反動みたいな物が、易学の誕生だったのです。            
目次にもどります。
それは、もしかしたら易学はその反作用の正にsinカーブで同時に生まれたかも知れません。
ドイツ語なら、インネンは der Inne(デァ インネ) とか das Innen(ダス インネン) とかになってカッコいいですし、
それは英語では「in」で、
イタリア語でも、英語の「in」は「in」であり、
スペイン語では、英語の「in」が「en」であり、
ポルトガル語では、英語の「in」が「em」であるのです。
ドイツ語でも「内部に、内で、内部に、屋(室)内、心の中で、本国で・・・」で意味はやっぱり一緒です。
どうも因縁というのは世界の共通言語のようです。
この言葉を聞いただけで、自分の家も葬式、隣も葬式、親戚も葬式みたな感じになります。
聞いただけでも、誰でも吐き気がします。
私は「因縁」とか「因果応報」という言葉が嫌いなものですから、「データ」でも「sinカーブ」と言葉で濃い霧をかけています。
これは私が嫌いですから、私が勝手に作った言葉です。
ごめんなさいね。
けれども、sinカーブというのは有ってこそ、子孫が続いているのも確かなことは、現在の遺伝子工学では、さらに明白にさせてきます。                    
目次にもどります。
このごろの遺伝子工学では、身体遺伝子もさることながら、性格遺伝子というのが確実に明白になり、私だけでも例にとりますと、自分ながらに思いますのは「本当に父親に似てきた。
母親はどこに隠れている。? はぁ~ん、こんな所に居た」となってきています。
これももちろん因縁なのです。
 + 2 + 2 + 2 + ・・・・・ +229+230=約946億人(匹)?
両親 + 祖父母 + 祖々父母 + 祖々々父母 +・・・・・
2人 + 4人  + 8人  + 16人 ・・・・・ これらが、あなたの遺伝子です。
これは皆さんも年をとると共に顕著に表れてきますでしょう。
叔父さんに似ていたり、従兄弟がそっくりだったり、ご先祖のおばあさんのキツーイ性格因縁をまともに被爆させられていたり、隣のオジサンに似ていたらたいへんですが、なんやかんやで、結局はまったく違う人間なのに似ているのですよね。
このごろは私などはくしゃみをしても、亡くなった父親とまったく同じく、私が同じしゃみをしてしまって、びっくりするのです。
さて、易学ではどうしても見える壁があるのです。
壁の名は「因縁壁」であり「sinカーブ壁」です。
これらを一般の言葉で表すならば、筋(すじ)とか、血統とか、家系とか、因縁になります。
この因縁壁の向こう側は易学で覗いて見れます。
なぜなら、易学上のデータがご先祖から伝わっているのが、はっきりと見えるのです。
ここで、実際に存在する嫌な言葉を並べます。
事故死の因縁、病気の因縁、果敢な因縁、闘争因縁、痴呆因縁、いじめられる因縁、出火因縁、盗癖因縁、詐欺因縁、犯罪者因縁、男が育たない因縁の家、亡くなる日が皆同じなどなど
これらの因縁をあげていれば切りがなく、まだまだ私の永い易学歴では膨大な筋や因縁や家系があります。
これが正に肉体的遺伝子と、性格遺伝子です。
これは西洋や東洋に区別はありません。
いいえ、もっと正確に事実をもうしますと、私はご両親の赤ちゃんの命名の時に「またか!なぜだ!」と本当にどうしようもない憤りを感じる事実があるのです。
なぜ!男が育たない因縁の家で、若死にする家系で、息子の短命の命名をするかです。
私は鑑定依頼も頼まれないと、そんなことを言えば、人権蹂躙で訴えられます。
けれども、名づけた両親も 「今度こそは~ !」 の意気込みが、実は、大変な逆効果になっているのも確かです。
その証拠はこの因縁です。
人の過剰の意気込みは、時として、大いに不自然さを醸し出します。
世の中の大概のもめごとの元凶は、そのつまらない義務感などで、多くの人々を困惑に陥れます。
その意気込みの昭和40年代の不自然さの結果を、ここにも確実に記載しています。
結局は、誰も勇気を持って注意するものがなく、義務感の自惚れが営々と続いてしまうのです。
本当に嫌ですね。
これらには親の教育も躾もあるでしょうが、そのような起因を親が持っているから、思考も性格も体力もすべてが似ていて、遺伝子工学の分野では、いずれはそれらが全部が解明されるでしょう。
もはやアメリカでの遺伝子工学の位置を現在としたら、日本の場合はちょうど応仁の乱ぐらいの時期であると専門家にお聞きします。
すなわち、その期間の遅れは絶対に取り戻せない、時間的落差でもあるのです。
なぜか!アメリカ人は内在には、未だに無意識に開拓者精神が残っているはずです。
それは全ての学術に最先端を行く、良くも悪くも、ガッツさと、努力と、諦めない気風です。
ただ、アメリカ人の欲しいものは只一つだけあります。
それはアメリカ国家の自慢できる東洋の国々の永い永い千年単位の歴史です。
その証拠は有名な西部劇映画でも、年代背景は明治から大正時代ぐらいだからです。
ですから、アメリカでも田舎に行くほど、年寄りが適材適所にカナメになって、社会の秩序と統制の役目を、年寄りが無言で果たしているのは、それは中国もインドもアフリカ諸国も中近東もヨーロッパも酷似しています。
その理由は、大陸になるほど、物事の経験が豊富な年寄りを大事にしないと国家の収集がつかなくなるという、とんでもない事態になるのです。
日本では、それらがほとんど消えてしまったのです。
しかし、この若いアメリカにも、この頃は日常会話の中には諺が生れました。
それは、「リメンバー・パール・ハーバー」=(相手を油断してはいけない)です。
おわかりになられましたでしょうか?
それにしても、日本は無情ですね。
一生懸命に働いて、年を取って定年をされたご主人などは、奥さんが丸で粗大ゴミ扱いです。
そこには大陸とは違う何かの社会的な、また家庭的な大きなひずみを生じています。
そのひずみの根源は「父母を敬え」という当たり前のことすらも、半端共産主義の日教組の圧力で学校でも教えないからです。
少なくとも戦前は「教育勅語(ちょくご)」というのがあって、それを基本的な儒教精神として教えていたのです。
国家もsinカーブを与えられると、良くも悪くも、大きく様変わりします。
さて、どっちが良いのやらは、両方とも味わってきたご年配の日本人にはお分かりのはずです。
なぜか?日本ではsinカーブに変化がきたら、cosカーブになったり、tanカーブに加工してしまうのかは、私にも合点がいきません。
宗教までも、仏教は本来はお釈迦様の教え一つなのに、日本では始めから乱立合戦ですね。 国原寛親 謹書
目次にもどります。

トップページに戻ります