Ver.1.01 1998/06/01 Shift_JISに移行 Ver.2.01 2014/08/05
1、日 程 平成10年4月30日(木)〜5月5日(火) 6日間
2、目的地 山陰、九州の旅
3、参加者
4/30 5/1 5/2 5/3 5/4 5/5
ST−21(関西):NG(Nice Guy) ○ ○ ○ ○ ○ 南港
SD(Soft Dady) ○ ○ ○ △ × ×
SS(Super Speed) ○ ○ △ × × ×
ST−21(中部):TB(Tender Bear) ○ △ × × × ×
ST−21(関東):AB(American Bear) ○ △ × × × ×
SM(Snow Man) ○ ○ ○ ○ ○ 川崎
YMFrc :UM(Ultra Man) ○ ○ ○ ○ ○ 川崎
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参加者・合計 7名 7 7 5 4 3 −
宿泊者・合計 7名 7 5 4 3 3 −
(註 △:午前のみ半日同行)
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[参加者車種紹介]
ST−21(関西):NG : KAWASAKI ZZ-R1100
SD : KAWASAKI ZEPHYR-1100
SS : BMW K100-RS (1000cc)
ST−21(中部):TB : HONDA ST-1100 Pan Europian
ST−21(関東):AB : HONDA MAGNA-45 (750cc)
SM : BMW R1100-RS
YMFrc :UM : BMW R1100-RT
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4、実績行程表 [合流時間(集合・出発)] @ST−21(関東):東名道・海老名SA 4:30集合 4:50出発 AST−21(中部):名神道・養老SA 9:20集合 9:50出発 BST−21(関西):JR東舞鶴駅前 13:40集合 14:00出発 [約束事]集合時間厳守 ・朝早いので各自宅への電話による確認はしない。 ・万一出発時間までに到着しない者があっても待たずに計画通り出発する。 遅刻者は後から追いかけること。 各SAで時間に余裕があり、SAで追いつけるので、ここで遅れを取り戻す。 [1日目]4/30 晴 (692km) [ST-21関東&YMFrc] (計画560km) 2:30起床 東名道 4:30集合 138km <117> 262km (朝食) 自宅───横浜IC───海老名SA───富士川SA────浜名湖SA─@ 3:30 4:05 4:15 4:35 5:30 5:55 7:05 7:55 [ST-21中部] (計画340km) 自宅────最寄IC──────────┐TBさん合流 名神道 │ 北陸道 @──守山PA────小牧JCT────養老SA────米原JCT───A (PASS) 8:45 9:10--47 [ST-21関西] (計画200km) (集合) 舞鶴道 舞鶴界隈周遊 自宅────最寄IC────西宮名塩SA────舞鶴IC──┐ 9:30 10:00 │関西G合流 450km R27 <45>(昼食) R27<35> │560km A─賤ヶ岳SA────敦賀IC───三方町──舞鶴市────東舞鶴駅─── 10:20--40 10:50 12:50--13:30 13:35--14:00 R178 <100> <14> 692km ──天橋立────城崎温泉(入浴)────竹野海岸────竹野海岸・休暇村 (PASS) 16:30--17:30 (PASS) 18:00到着 [2日目]5/1 晴 (281km) 692km <13> 706km 748km <60>(ブレーキフルード漏) 竹野海岸・休暇村────余部鉄橋────鳥取砂丘────レッドバロン── 8:35 9:05-- 10:30--30 11:00--30 810km (昼食) 840km <15> 872km <4> 885km 道の駅(赤碕)────大山周遊道路───米子市───境港市←─→関の五本松 12:30--13:00 (PASS) 14:40-45 15:00--50 │ │ └───→AB氏、TB氏は名古屋へ。 └───────→B <60> 973km B──松江市(日照寺)───────国民宿舎眺爛荘(日御碕) (PASS) 17:45 [3日目]5/2 晴/曇/雨 (257km) 973km <45> 1066km(昼食) <45> 国民宿舎・眺爛荘────出雲大社────石見銀山────温泉津温泉──── 8:35 8:50--10:00 10:55--12:10 (PASS) ───石見畳が浦──┬─浜田海岸県立自然公園──────────── (PASS) │ (PASS) └────────────────→SS氏は大阪へ。 1194km 1230km ホルンフェルツ大断層(高山岬)─────シーサイドパレス萩(泊) 15:20--15:30 16:45 [4日目]5/3 雨/曇 (251km) 1230km <30> <5> 1290km 1170km シーサイドパレス萩────松陰神社────秋吉洞────美称IC──── │ 8:35 9:00--30 10:30--12:05 12:15 └───────────────────────→SD氏は奈良へ。 1360km 壇ノ浦SA────下関IC────小倉東IC─小倉(昼食)────中津市 13:10 13:20--14:00 (PASS) 1410km 1481km ────青の洞門────院内町────湯布院────国民宿舎由布山荘(泊) 15:00--15 16:50 [5日目]5/4 曇/快晴 (254km) 1481km やまなみHighWay 1528km 1547km 国民宿舎由布山荘─────牧の戸────大観峰────草千里・阿蘇山─── 8:25 9:30--10:00 10:20--11:00 12:25-- (PASS) <40> <55> <15> 1735km 高森峠────高千穂峡────延岡市────日向市───細島港──川崎へC 14:55--15:30 16:40 17:50--19:45発 │ <55> <15> <65> 1800km(起点東京) 高千穂峡────延岡市────日向市───宮崎港──大阪へD 14:40(PASS) 15:30 16:30 18:00--19:10発 [6日目]5/5 (69km) <40><55> C =======================川崎港─────大師IC フェリー 15:30着-16:10出発 16:20 横羽線 首都高 中央道 1804km ────大井IC─────永福IC──────八王子IC─────自宅 17:05 17:15 D ========大阪南港─────NGさん自宅 フェリー 7:30着 9:00頃
5、訪問先概要
4/30(木)晴
私は予定通りAM3:30に自宅を出発。
東名・海老名SAにAM4:15に到着。(集合時間:AM4:30)
既にUMさんとABさんは到着していた。
AM4:35出発(計画:AM4:50出発)。富士川SAを出ると周囲の山が栗の花の満開で強烈な匂いがする。バイクに乗っていて感じるのだから相当なものだ。
@ 関西グループは西宮名塩SAにて9:30集合。
舞鶴界隈を周遊して13:40に我々と合流する予定である。
A 名古屋グループと合流予定の名神道・養老SAに9:10(計画:9:20)に到着。TBさんはこの正確さに感心していた。初めてこの長距離ツーリングに参加したABさんはこの正確さに何度も何度も感心していた。
予定通り9:50出発。養老SAを出発すると間もなくまた強烈な栗の花の匂いの歓迎である。
米原JCTから北陸道に入ると眼前の山々が新緑に囲まれ、将に「緑の風」を体験する。ごく自然に「み〜どり〜のかぁぜ〜に〜お〜く〜れげ〜が〜〜や〜さ〜し〜く〜揺れる恋の夜・・・」という「三百六十五夜」という昔の歌を口ずさんでしまった。
賤ヶ岳SAを経て敦賀ICを下り、舞鶴へ向かう。R27を走行中、偶然、NGさんと合流。我々のバイク集団を見てST−21だと分かったのだという。
NGさんも昼食前だったので一緒に東舞鶴駅近くで昼食をとった。
B 東京、名古屋グループはJR東舞鶴駅にて関西グループと13:40予定通り合流出来た。
一路舞鶴道から天橋立を経て城崎へ。
城崎は山陰で最も人気のある温泉場故、流石の趣が感じられた。ここで入浴休憩を取った。
JR東舞鶴駅前 | 城崎温泉 |
「休暇村竹野海岸」泊 TEL:0796−47−1511
(走行距離:692km) 住 所:〒669-62 兵庫県城崎郡竹野町竹野
5/1(金)晴
今日は天気も良好で快適なツーリング日和である。途中、余部(アマルベ)鉄橋に立ち寄り記念撮影をしたりしてゆっくり休んでしまった。当初は通過するだけの予定であったが昔この日本一高い鉄橋から突風に吹かれ回送中の客車が落ちたことなどを話しながら何
時しか30分近くも休憩してしまった。
鳥取砂丘は以前2度ばかり来ており今回は砂丘の一番高いところから全体を眺めるだけにした。
日本一高い余部鉄橋 | 鳥取砂丘でのメンバー達 | 広い鳥取砂丘 |
道の駅「赤碕」では計画より1時間も遅れていたこともあり、ABさん、TBさんは「境港」でお別れの当初予定を早めて、ここ赤碕でお別れとした。
我々は赤碕より大山周遊道路(大山環状道路)を抜け(大山神社はPASS)境港市を経て関の五本松へ向かう。関の五本松は「民謡」で有名であったので、近くなので時間の許す限り行ってみたい処であった。
風の強いところ故、松が枯れてしまうらしい。明治時代の松は5本とも太く立派だったようだ。今では根本から2m位のコンクリート製のレプリカが残っている。その他に「二代目関の五本松」「三代目関の五本松」があるがいずれも苗木ほどで頼りない。
ここには、灯台風の記念碑が建っていて、説明によると大東亜戦争のとき、荒天時(嵐)の海軍の訓練で軍艦が沈没して多くの犠牲者を出したのだという。この話を聞くと日露戦争の訓練行軍で起きた青森の「八甲田山・死の彷徨」を思い出す。
431号線から出雲に向かう。松江には小泉八雲旧邸等有り、出雲大社を見学する予定であったが、時間が大幅に遅れたのと、翌日のスケジュールに余裕があることから、出雲大社見学はは翌日早朝に変更した。落日見事な日御碕(ヒノミサキ)は宿泊の「国民宿舎眺
爛荘」のすぐ前にあるので、特別な見学は不要となった。
関の五本松 |
5/2(土)晴/曇/雨
先ずは、出雲大社を参拝。大鳥居前に5台のリッターバイク(1000cc以上)を駐車しておいたら、帰りには皆がまねして大小交えて15台ものバイクで鳥居前を埋め尽くしていた。我々は早々に退散することにした。
出雲大社は以前から一度訪れたいと思ったころでなので、心おきなく参拝した。
日本の神様の大本ということもあり神々しさが感じられた。
昨年、五月に浅草駅で知り合ったハンガリーの人が東京見学後、出雲大社に行くと言っていたことを思い出し、彼らに送るための記念の写真も併せて撮った。
出雲大社の大鳥居 | 出雲大社 | 出雲大社・本堂 |
R9号線をひた走り、太田市から375号線、県道46号線を通り石見銀山へ。
石見銀山を見学することにしたが、見学するエリアが広く、実際採掘した現場などを見学する時間的な余裕がないので、資料館の見学で全体把握する事にした。
石見銀山見学後、SSさんは大阪に戻るとのことで途中まで一緒に走り、分岐点でお別れとなった。残りは4人となった。
天気がだんだん悪くなり、途中、合羽を着て走行。ホルンフェルツ大断層にたどり着いたものの駐車場からまた15分ほど歩かねばならず、雨も降っているのでこの駐車場から見学して済ますことにした。この断層は確かに見応えはある。晴れていたらゆっくり見学
したかった処ではある。
夕方、松陰神社を見学の予定であったが、雨も降り疲れてきたので宿に直行し、松陰神社の見学は翌朝ということにした。
「シーサイドパレス萩」泊。 TEL:0838−26−6141
(走行距離257km) 住 所:〒
5/3(日)雨/曇
SDさんは予定より早めて、朝一番で奈良の自宅に向かうことになり、我々バイカーは結局3人になってしまった。
松陰神社では松下村塾、松陰幽閉宅他を見学し、明治の時代にタイムスリップ。
雨にも関わらず、沢山の観光客が詰めかけていた。大型バイク3台での松陰神社入りは目立つ、常に観光客の注目の的である。
その後、萩秋芳線を通り、秋吉台へ向かう、雨も上がり曇のツーリング日和となってきた。やまなみを走っていると観光写真で見たあのカルスト台地の秋吉台が見えてきて大感激。途中景色の良い展望台で休憩しこの美しい自然美を堪能する。
そして秋芳洞へ向かう。秋芳洞はここも沢山の観光客でにぎわい、鍾乳洞内の狭い道は人で渋滞している有様。流石有名だけあって、洞内の広さでは多分日本一だと思う。ただ少しがっかりしたのは、昨日からの雨で洞内の川が増水しているのだが、水が茶色く濁っ
ているのだ。ということは外の水がそのまま流れ込んでいるということであり、鍾乳洞という厳粛な洞窟というイメージが湧かないことであった。
また、鍾乳洞でも白くなく、薄茶色であり石灰石のあの美しい自然の白い殿堂という感じはない。
白くて神秘的な鍾乳洞は沖縄の玉泉洞(7年前訪問)であり、狭くて縦に深く未知の世界を探索する気分になる高知の龍河洞(昨年の5月訪問)とは、違っていた。秋芳洞はやはりあの青天井かもしれない。青天井とは洞内があまり広いので自然の空(天)が見えた
ようだという意味だと思う。そのくらい広いので鍾乳洞では最大の広さだと思う。
中国道・美祢(ミネ)ICより一路九州へ。小倉東ICより10号線を抜け、中津市へ、福沢諭吉旧邸にて休憩の予定を変更し、耶馬渓の青の洞門へ直行。ここは3人とも見学した経験者ばかりなので小休止して、安心院草原から由布院に向かう。
当初の計画では有料道路と高速道路を乗り継いて由布院に行くつもりであったが、NGさんが九州出身で土地感があるので一般道の空いた道をうねりながら走って予定の時間より少し早く無事到着した。
青洞門・??僧正の像 |
到着時間が少し早かったので、洒落た駅で有名なJR由布院駅迄、町並みを見ながら徒歩で行くことにした。ここは、今は若者に人気のあるところらしく、九州の軽井沢といった趣である。UMさんは昔訪れて良い印象を持っていたらしく、今のような若者がごった
返す街になってしまったことを大変憂いていた。昔の由布院を知らない私はこれはこれでよいと思った。私は若者の集まる軽井沢や清里も嫌いではないし、明るく洒落たお店が並ぶ町並みもまた楽しいと思うから。
「国民宿舎由布山荘」泊 TEL:0977−84−2105/2106
(走行距離251km) 住所:〒879-51 大分県大分郡湯布院町大字川上2927-1
5/4(月)曇/快晴
朝厚い雲に覆われていた空がAM9:00には急に晴れて、快晴となった。ラッキー。
やまなみハイウェイを快走し阿蘇へ向かう。この道は、母が元気であった30年ほど前、九州一周の旅に連れてきたとこで印象深い。そのとき、レンタカーでこの素晴らしい道を走り、九重高原で休憩し土筆を摘んで喜んだ母の顔を脳裏に思い浮かべながら走った。
誰でも母の思い出を大切にするように、一人懐かしんだ。
あのときと同じコースで、最初に米塚、九重高原で小休憩を取り、阿蘇山へと向かう。途中最初の予定にない大観峰に立ち寄ることになり、阿蘇の雄大な外輪山を一望にすることが出来た。ここでは、NGさんの大学の後輩と出会い、この奇遇を誰もが驚いた。その
後、阿蘇山に近づくに従い車の渋滞に巻き込まれ道路が狭く脇を通過することもできない。いよいよ、クラッチを握る左手が痛くなってくる。対向車線の車のないことを確かめ少しずつ前進しやっとの事で草千里に到着。
ここも、雄大で沢山の牛が草をはむ光景はあまりにも有名である。ここでは、のんびり芝の上に座りこの広大な緑と沼を見ながら旅の疲れを癒した。阿蘇山の火口見学は3人とも何度か来ているとのことで見学をパスして、高千穂峡に向かう。
予定外の大観峰を見学したため、高千穂峡到着が1時間ほど遅れた。大阪に帰るNGさんは乗船するフェリーが我々よりも65km遠い宮崎港のため、高千穂峡はパス、ここで我々とお別れとなった。
高千穂峡は1時間半の予定であったが、時間が詰まり30分しか見学時間がないので、雄壮な高千穂峡を見るのはあきらめ、高千穂峡の上流のみ見学し、宮崎県日向港に向かった。
牧の戸高原 | 草千里 | 高千穂峡 |
後は、順調にほぼ計算通りに旅程は進んだが、最後の日向港にたどり着くのにやや余分に走ってしまった。なぜなら、普段、日向港といっている港はなく、本当の名前は細島港というのだ。NGさんの作ってくれた計画表でも日向港となっており、フェリーでも日向
発川崎行きとなっているので、私自身そう思い込んでいた。
そこで、国道を走っているとき、「日向港」または「フェリー乗り場」の道路標識を探しながら走っていたのだ。日向の町に入って間もなく「細島港」の標識は何度も見ていたが日向に入ったばかりなので、「日向港」とは別の港と思っていた。そうこうしているう
ち、日向の町の末端まで来てしまい、GSで聞いて2km行き過ぎ(時間にして10分)を知った。そして自分の不勉強を悔いた。
それでも、予定の10分前に港に到着。乗船の準備にかかり無事乗り込むことが出来た。そして、日向発(細島港)川崎行きののフェリーは予定通り19:45出航した。
この日は関西行きがないため、NGさんはさらに65km走り、宮崎港に向かい、宮崎港発19:10、大阪南港行きのフェリーに乗っているはずだ。
我々は、フェリーのキャビン(1室18人)に入り入浴の用意をし、早速風呂に入り、レストランに向かった。私は麦のジュース、UMさんは蜜柑のジュースで今回の長く安全なルーリングに乾杯。快い疲れと共に夢の世界に直行した。
(走行距離254km)
船内通路で酒宴をする人々 |
5/5(火) 曇
6時半起床。早速、朝風呂に入りリラックスしたところで7:30朝食。
乗船客はまちまちで、レストランで朝食を取るもの、売店で買ったパンやワンカップヌードルを食べるものなど、好みの朝食を取っている。
これから、15:30川崎港に着くまで特にすることもないので、朝寝、昼寝、散歩、読書、入浴、等して時間を過ごしている。船内で声を掛けてきた60歳位の方はハーレーで福島県から来たとのことで福島から新潟、北陸を経由した他は我々と殆ど同じ行程であ
ったことに、偶然と言うより結局考えることは同じなのかなどと何となく納得してしまう。
この方達は川崎港に着いてから、なお300kmを走らねばならない。なのに、「300km位何ともないですよ」との返事。恐れ入りました。
私も「年の割には元気ですね」等とよく言われるがこの方々はもっと元気そうな気がする。「上には上が」という如く。みなさん元気だ。
(走行距離:69km)
フェリーの煙突 | フェリーの甲板 | フェリーの航跡 |
6、費 用 月日 GAS 燃 料 高速道路 昼食飲食 宿泊料酒 土 産 その他 Litters Yen Yen Yen Yen Yen Yen 1日目 4/30 33.8 4,025 7,450 855 14,000 -- 浴1000 2日目 5/1 16.1 2,024 -- 1,070 8,000 1,600 Lft450 3日目 5/2 18.1 2,243 -- 1,070 13,000 -- -- 4日目 5/3 -- -- 2,200 800 7,000 4,000 -- 5日目 5/4 16.0 2,145 840 4,010* 26,290* -- 駐100 6日目 5/5 15.4 1,552 1,500 1,730 -- -- -- --------------------------------------------------------------------------- TOTAL:108,954 99.4 11,989 11,990 9,535 68,290 5,600 1550 ============= 註1(*)昼食飲食の中には5/4の夕食/酒 2,860円が含まれています。 註2(*)宿泊費の中には5/4フェリー代 26,290円が含まれています。 7、データ 総走行距離: 1,803.5 km (ODO=23,676 km) 総消費燃料: 99.4 Litters 燃 費: 18.1 km/Litter 7、地名などの紹介 今回、ツーリングしたところで地名などの漢字で面白いものをご紹介しましょう。
(1)文字が違うもの あきよしだい 秋吉台 あきよしどう 秋芳洞 = = くじゅうこうげん 九重高原 くじゅうさん 久住山 == == 同様なものでは (東京都) じんだいじ 深大寺 じんだいしょくぶつえん 神代植物園 (長野県) たてしなやま 蓼科山 たてしなまち 立科町 どれも同じ地区(近く)にあります。 (2)珍しい漢字 ひのみさき 日御碕 あかさき 赤碕 == = 「みさき」は「岬」が、「さき」は「崎」が一般的ですね。 尚、「ひのみさき」は和歌山県の西端にも「日ノ岬」があります。 以上