☆『Demain』の画像を提供してくださった市役所の方に心よりお礼申し上げます。原田佳夏・HP管理人


Demain(ドゥマーンはフランス語で”明日”という意味です)
〜男女共同参画社会に向けて〜     [Vol.16  2005.9]

●「男女共同参画社会」物語●掲載

『桃色のスカート』

「――なあ、なんで、男がスカートはいたらいかんの?」
パソコンの画面から目を離し振向くと、小学2年になる梅太郎が涙目で私を見上げていた。
「梅の変態!」
どかどかと足音高く、追いかけてきたのが、小学5年になる桜子。
「なんね、女の子が大きい声だしち。梅も梅や。男の子やろ、泣かんの」
と、とりあえず叱ってみたが、二人は立ち去ろうとしない。私は、締め切りぎりぎりの原稿を書きかけていたのだが、あきらめて二人の話を聞くことにする。
 いさかいの原因は、私が桜子に縫ってやったスカートだった。
 キレイな薄桃色のフレアスカート。
「ぼくも、スカートはいて、回りたい」
桜子がスカートをふわっとふくらませて、くるくる回るのを見て、梅太郎はうらやましくなったらしい。
「男がスカートはくなんち、聞いたことないよ」
桜子が勝ち誇ったように言う。

梅太郎と桜子のやりとりをここまで聞いていて、私は心の中で膝を打った。
これこそ今、私が書けずに苦労している「男女共同参画社会」の具体例となるのではなかろうか。
「男女共同参画社会」について原稿依頼が来たとき、軽く「ああ、いいですよ」と引き受けたのがいけなかった。
そもそも「男女共同参画」って、なによ? 
依頼された日から、いろいろと調べてみるが、どうもいま一つ判らない。
人間には生まれついての生物学的な性別とともに、社会的・文化的に形成された性別があると考えられるようになってきたとかなんとか、モノの本には書いてある。これは、いわゆる世間一般が語る「男らしさ」、「女らしさ」のことを言うらしい。で、肝心の「男女共同参画社会」って・・・。

「・・・梅、なんで、スカートはきたかったん?」
「だって、キレイやったんやもん」
「桜子、貸しちやり」
「えー、なんで?」
「梅太郎がスカートはいたら、桜子が困るんかえ?」
「・・・困らんけど」
「桜子が男で、スカートはくのが恥ずかしいと思ったら、はかな、いいだけや。桜子は桜子で、梅太郎じゃなかろ?」
「そうやけど」
「じゃあ、いいやん」
「でも、梅がスカートはいて外に遊びにいったら、他の人から『変』ち言われて、私がいじめられるかもしれんよ」
「それは人ん意見で、桜子が真剣に考えて『本当にそうや』っち思ったことやなかろ? 『みんなが言うけん』イコール『それが正しい』っち、思い込んじょらんかえ?」

 桜子に説明すると見せかけて、自分の中で問題を整理している私。
そう。世の中には、いろんな考え方がある。100人いたら100人の考える「男らしさ」「女らしさ」がある。その人が生きてきた人生が、その見方を育てている。それを全面否定してしまったら、その人はきっと辛くなる。
 大切なのは、自分以外の考え方を受け入れようとする気持ちなんではなかろうか?  男女共同参画社会が実現するということは、他者を許容出来る社会だ。自分と違う考えや生活を受け入れられるということなんじゃ――。

「梅、キレイやなあ!」
いつの間にか、妻が仕事から帰ってきた。妻の前で、桜子にようやく貸してもらったスカートをはいて、梅太郎が心底嬉しそうな顔をして、くるくる回ってみせていた。
私は雑誌に書評などを書く仕事をしている。一日中家にいるので、家事は基本的に私の仕事。裁縫も大好きなので、スカートやエプロンぐらいは簡単に作ってしまう。
考えると、梅太郎に「男は泣くな」、桜子に「女の子が大きい声を出して恥ずかしい」といった私が、いちばん男女共同参画社会から遠いところにいたのかもしれない。

「お父さん、見て!」
気がつくと、妻と、桜子と、梅太郎が、一緒にくるくる回って笑っていた。
キレイな笑顔だ。私は、くるくると回る3人を見つめて、一緒に微笑んだ。
                                       (文:原田佳夏)