踝(くるぶし)に聴け! ――ハラダ、足裏マッサージをちょっとだけ学ぶ――
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Vol.1「忘れた頃に連絡は来る」

去年まで、会社員だった私は、毎月お給料というあり難いものを頂いていた。朝から晩まで会社に拘束されて、仕事を請け負う結果としてのものだから、あり難がることもないのかもしれないが、フリーランスの大変さを傍で見ていて身にしみて感じている私にとっては、やはり「固定」や「安定」と名のつくものはあり難いに違いなかった。

昼間は会社勤め、土日はシナリオ書き、夜は、人付き合いで暴飲暴食か、一人でひたすら飲み食いしながら本を読み続けるか(どちらにしろ、食べて飲んでいることに変わりはない)。移動が嫌いで、歩くのが苦手。椅子にフジツボのように張り付いてじっとしているのが好き。平日は不眠症のくせに、土日は20時間近く惰眠を貪る。寝返りをうつのも、面倒臭い・・・。そんな私に、「健康」という二文字が微笑むはずもなく、いつも、「体調不良」「病弱」「軟弱」「根性ナシ」というフレーズを冠に、原稿が進まない言い訳ばかりを考える日々。
もちろん、いわずもがなで、運動するぐらいなら、寝てるほうがマシという発想の持ち主だった私が、唯一健康のために通った場所――それは、マッサージだった。

鍼にお灸、リフレクソロジー、クイックマッサージ、整体、タイ式マッサージ、モンゴル式マッサージ、オステオパシー、若石健康法、ちょっと違うけど岩盤浴・・・試したものは数知れず、投資したお金もこれまた考えたくない。会社員のときは、身体がきついなと思ったらすぐにマッサージに駆け込んでいた。社内で「マッサージ屋はハラダに聞け」と言われるぐらい、会社が移転するたび、その近所のマッサージ屋のチェックはいち早く行なっていた。身を呈して、会社の近所のマッサージ屋の情報を、会社の人々に提供していた、のであった。

しかし。私は、諸事情あって、会社を辞め、一足のワラジをはく身となってしまった。
いわゆるフリーランスである。フリーランスを名乗るのもオコガマシイ状態の日々が続き、固定給のない毎日のスリルとサスペンスに満ちた日々を送ることになった。
当然、会社員の時のようにマッサージに、頻繁に通えない。仕方がないので、あんなに嫌いなウォーキングを、万歩計片手に始めた。そうしたら、歩き慣れないせいか、足が筋肉痛に・・・。なんて、ことでしょう。

通いなれたリフレクソロジー【reflexology】( 足裏をマッサージして、血行をよくしたりストレスを和らげたりする療法。反射法)のお店は、以前の会社からは近かったが、部屋から通うのには、ちと遠すぎる。全身マッサージは、横たわっている間は気持ちいいのだが、一日も経たないうちにカチンコチンに戻ってしまう我が特殊体質(いや単に身体が固すぎるだけ)に、投資するのは勿体無い。
そのとき、近所に足裏マッサージの看板が出ていたことを思い出した。初回はなんと通常の半額以下。これは、懐にも優しいではないか! 私はさっそく予約の電話を、お店の下から入れて、30分後の施術予約を完了。

そして、久々のマッサージ。私の足裏は、どこを押されても、うめくほどに痛い。眉間によった皺が深くなるのではないかというくらい、痛い。「老廃物、たまりまくりですね」とは、施術してくださった方はおっしゃらなかったが、「かなり、お疲れですね」の一言に万感の思いが込められていたような・・・。

施術を終え、一回り小さくなった足(これは本当である。むくみが取れると、こんなに小さかったかと思うくらい、足がすっきりする。靴を履くと必ず実感出来る)に満足しながら、出された白湯を啜りながら、手元にあったチラシをみた。そこには「NPO 地球足もみ 講座」の募集の文字が・・・。聞けば、一時間半、4回の講座で、4800円だという。自分で足裏マッサージが出来たら・・・こんなお得なことはないぞ・・・。私の中で、取らぬ狸と河馬さんが相談を始める(注:「取らぬ狸の皮算用」を「取らぬ狸と河馬さんよう」と聞き間違えてから、狸と河馬が相談するようになった・・・)。しかし、この講座は、3人以上の申し込みがないと開催されないという。私のように日中動ける友人はそんなにいない。でも、せっかくだからと、申し込みだけ済ませた。
申し込みは去年の暮れだった。
正月が過ぎ、体調のすぐれない1月と2月を悶々とした思いで過ごしていた或る日、私の携帯がなった。「NPO 地球足もみ講座を開催します」という連絡だった。参加者が3名に達したというのだ。申し込んだことすら、すっかり忘れていた私だが、二つ返事で参加を表明した。体調を好転させるきっかけになるかもしれない。藁をもすがる気持ちも、私の背中を後押しした。

しかし、私はそのとき、すっかり忘れていた。
五木寛之さんの「養生の実技」に「足裏を揉むこと」とあって、チャレンジしたのだが、足裏を太ももの上にのっけて、揉む姿勢が苦しくてすぐに断念したことを。どうにか足裏を揉もうとしたのだが、あまりの痛さに力をすぐに加減してしまったことを。

そんな私が無事、己の足裏を自分で揉めるようになるのだろうか・・・。物事を揉めさせる能力は確かに充分過ぎるほど持つ私だが・・・。自信のないまま、足もみ講座の初日を迎える私であった・・・。


Vol.2 「生徒三人三様」

毎週火曜日、夕方18時半から一時間半、4回の講座の第一回目。
生徒が三人集まった。そのうち一人はもちろん私。残りの二人は友人同士なのかなあ、付き合い易い人たちだといいなあ、などと不安を覚えながら、教室に向かう。
厚顔無恥、傍若無人を地で行くと思われがちなハラダであるが、こう見えても実は人見知りなんである。もっとも、ハラダをよく知る人は、誰一人として肯定はしてくれないが。

ともかくも、教室に入る。
私は人見知りであるが、冠に「初対面に強い」がつく。「初対面に強い人見知りは、人見知りとは言わない」と、ハラダをよく知る人は、言下に否定するが。
三人で先生を待つ。妙に静かなので、ハラダ勇気を振り絞り、二人に話しかけてみる。
教室が寒いですねとかなんとか。お二人は知り合いなんですかとも。
どうやら、別々に申し込んだらしい。二人とも、足裏マッサージを受けにきて、申し込み用紙を目にして参加を決めたようだ。

一人は、とても素直な感じのするお嬢さん。真っ直ぐな視線で、話を聞く様子がとても好感が持てる。OLと音楽関係の副業をしている頑張りやさん。頑張り過ぎのせいか、自律神経がおかしいんだと話してくれる。つぶらな瞳でひしと見つめられる。可愛い。
もう一人は、気品ある美人。とっつきにくい人かなと思ったが、話してみると、思いの他、あっけからんとしていて、楽しい感じ。冷え性がひどいらしい。

先生がいらっしゃる。私よりは年配とは思うが、元気のオーラが出ている小柄な女性。

そして、第一回目の講座が始まった。
先ず、みんなで足を出して、自分の足と他人の足を眺めてみる。
「足の指の筋と踝(くるぶし)を見てください。これがくっきり出ていることが大切です」
先生の言葉に踝を見る。
――な、ない! 踝がない! 呆然として、先生を見詰めてしまう私。
「あ、ハラダさん、踝がないですね」
・・・ど、どうして。
「細胞は栄養ではなく、新鮮な酸素を欲しがってます。血行が悪いと、老廃物が滞ります。これがむくみになります」
むくみ過ぎで、踝がないのか・・・。太り過ぎで、踝がないとは、先生はおっしゃらなかった・・・。少し(いやかなり)ほっとする。

先生の言葉に従って、自分の足を改めてまじまじと見つめてみる。どことなく元気がない。靴下のゴムの跡がくっきりと食い込むようについている。親指はタプタプしている。親指がタプタプしているのは、眠りが浅いのではと指摘を受ける。確かに。そのとおりかもしれない。
次に土踏まずがあるかどうか。これは、あった。しかし、可愛い子ちゃんと美人ちゃんは、どちらかというとへんぺい足らしい。
色も見る。足の色が黄色いのは疲れが出ている証拠だという。
私の足は・・・なんだか、気のせいか青ざめて見える。
「目標は赤ちゃんの足です。ピンク色で、柔らかい足にしていきましょう!」
先生の言葉が空しく響くほど、私の足は、疲れきっている。
「足もみは、健康法であって、治療ではないです。でも、改善を目指して、毎日継続して行なってください」
先生が、にっこり微笑みながらおっしゃるが、この「毎日足を揉む」ということが如何に困難か、私は既に身を以って体験済みである。果たして、先生のおっしゃるとおり、毎日足を揉めるようになるのだろうか・・・。

先生が笑顔で、私の足裏を見てからお手本代わりに揉んでくれた。そのあまりの痛さに「ふええええ」と情けない声を出してしまう私。
「長い時間かけて、固い足裏になっているんですから、時間をかけてほぐしていきましょうね。そうですね、ハラダさんの状態は、換気扇の掃除を一年以上ほったらかしにしていた状態ですね。汚れが頑固でしょ? 老廃物がドロドロ状態。ま、簡単にはよくなりませんから、地道にね」
涙目で頷く私。
ちなみに、一番若者と思われる可愛い子ちゃんは、汚れが一日分だから、すぐに血行がよくなるわよ、と先生。冷え性と訴える美人ちゃんは、一ヶ月ぐらいの汚れ相当と判断される。

先生のご指導どおり、足裏を揉んでみる。うう。痛い。
「ハラダさん、息を吐きながら、揉んでね」
は、はい・・・。息を吐きながら揉んでも・・・痛いのに変わりはない・・・。
「みなさん、真面目で、一生懸命だから、やりがいがあるわ」と先生の声が遠くに聞こえる。
ハラダの涙目と関係なく、足もみの歴史、むくみについて、先生の講義は続く。
そのお話は次回ということで。


Vol.3「一週間の成果」

前回は、HP管理人さんにピンチヒッターをお願いしてしまいました。このまま書き続けて欲しいナ・・・というハラダの淡い希望を断ち切る最後の文面。さすがハラダをよく判ってらっしゃる。しかしながら、二日遅れの更新となってしまいましたこと、重ね重ね、お詫び申し上げます。
エイプリールフールに、「今年から文筆を止めて、女優になるのぉ。女優一本で食べていくのぉ」と嘘こきましたら、何故か本気にする人が続出してしまいまして、後で打ち消すのに躍起になってしまいました。ハラダには、役者さんをやる体力、気力、そして美貌はございません・・・。

さて、そんなアホなお話はどうでもよく。本題をば。

1回目の講習で、先生から聞いたお話。
今から約4500年前の古代エジプトで、すでに足もみがあったとのこと。
アンクマホールの遺跡から発掘された壁画に、足もみの様子が描かれているらしい。
トリビアなお話に、生徒3人「ヘエヘエ」状態が続く。それも、足うらを揉みながら聞いているので、痛みに顔を歪めながらなのだが。

講座で用意された資料の最後のページに、足の図解が載っていて、そこに自分の足の様子を書き込む。色、皮膚の状態、痛みが走ったところ、形状など。
ちなみにワタシは、親指のひとさし指側に、たぷたぷとした部分があり、それが締まりなくだらんとしている。二の腕の振袖部分(贅肉がたるんで垂れた部分)を見るようである。そして、何故かそいつが不健康そうな顔つきなのである。
あとは、踝が見えないこと。踵が角質一歩手前。足裏にかすかな皮むけがところどころ。
踝が見えないのは、老廃物を溜め込んでいる証拠。角質が出来るのは血行がよくないせい。皮むけはストレスかも。といったように先生から教えてもらう。

足の裏には、反射区と呼ばれる64か所の部位があり、そこが身体の機能と対応しているという。フットマッサージ屋さんに行くと、足裏にいろんな色分けがされていて、番号がふられてあるあれである。例えば親指の付け根部分は、首の部分であるとか。
足裏を揉むことによって、全身を整えるというのが、足もみマッサージの目的なのだそうだ。老廃物は下半身に溜まり易いらしい。それは地球の引力の関係だそうだ。足に老廃物が溜まると、下半身の循環が悪くなる。本来は、腎臓にて血液を濾過して、老廃物や不用な有害物を尿としてこしとって、膀胱へ流すのだが、血行が悪いとこれが上手くいかず、踝と対面出来ない、ハラダのような足になってしまうという訳である。
数箇所、ポイントになる反射区を教えてもらい、来週の講座まで毎日揉むことを先生と約束した。

帰った晩から毎晩足もみをする。
翌日お風呂の中で揉んでみたのだが、これは一回で止めた。寝る前に必ず足を揉んだ。
一回習っただけだったので、正しい反射区を揉んでいるか不安だったが、とにかく痛いところも、極力逃げずに、揉んでみた。
特に親指、指は丁寧に揉んだ。最初、足の指の間に手の指を入れてみると、これが固くてなかなか入らない。指と指の間が開きづらいのである。それを一本一本緩めるようにして行くと、最後には、手の指がするっと入るようになる。心なしか、親指のたぷたぷがかすかに引き締まってきたような気がする。睡眠の質に関係していると言われたが、眠りは深い気はしないので、少し戸惑う。

そして、一週間が過ぎた。二回目の講座である。
講座に向かう途中で、コーヒー屋さんにより、毎日つけろと言われていた足もみ健康日誌をつけていたら、同じ生徒である可愛い子ちゃんも入ってきた。一緒の席に座ってお互いの状況を報告しながら日誌をつける。

気のせいか、可愛い子ちゃんの肌が綺麗だ。透けるように白い。透明感のある肌と言ったほうが判りやすいか。そのことを言うと、可愛い子ちゃんはぽっと頬を赤らめた。「凄く調子がいいんですよ!私!」

そして、教室に辿り着いて、先に来ていた美人ちゃんに挨拶。と、ここでも変化が。美人ちゃんの表情が明るいのだ。前回はどちらかというと冷たい印象を受けたのだが、美人ちゃんも肌に透明感が出て、顔全体が明るく見える。そのことを伝えると「自分じゃ判らないんですけど・・・」といいつつも「確かに久しぶりに会った弟から変わったって言われました」と、にっこり微笑む。うーむ、美しい。そして、彼女はいつも悩まされている生理痛がほとんどなかったと言う。

先生がいらっしゃって、みんなの話を聞いて、とても嬉しそうにしてくださる。みんなといっても可愛い子ちゃんと美人ちゃんの話、であるが。
「ハラダさんは?」と聞かれたか、自分から告白したか定かではないが、私は或る出来事をみんなに告白しなければならなかった。
ハラダだけ、あまり著しい結果が出なかった、その理由とは――


Vol.4「磨けば光る、揉めば変わる」

前回お休みを頂いてしまいました。申し訳ありませんでした。たった一週間に一回の更新なのに・・・。気合で乗り切れるものじゃないらしく、まだまだへたれることの多いハラダですが、どうぞお許しくださいまし。

さて。
可愛い子ちゃん、美人ちゃんが、着実に成果を上げているにも関わらず、私だけが著しい結果を出せなかった理由とは――。

「お風呂に入って、石鹸の力を借りて、揉むといいですよ」先生がおっしゃった。部屋で揉むときは、ローションかクリームをたっぷり塗って、滑りをよくする必要がある。しかし、お風呂に入ったときは、それが石鹸で代用出来るのである。ほほお、と思った私は、さっそくお風呂場で試してみた。確かに石鹸をつけてもむと、すべりがよくていい。早く出て来い踝ちゃん、と口ずさみながら、踵の部分をマッサージしていた私であった。そのとき、ふと軽石が目に入った。普段使わない軽石。私は踵のマッサージを兼ねて軽石で擦ってみた。悪くない。で、次に、内側のくるぶしとかかとの中間地点を軽石で擦ってみた。それから丁寧に丁寧に軽石で、力をこめて擦った。
痛い。気がつくと血がにじんでいる。風呂から上がっても、血がじくじくと出てとまらない。そして・・・やっぱり痛い。いつも大雑把なくせに、こういうときだけ、几帳面に左右とも軽石で擦っているのはどういうわけか・・・。友人に事の顛末を話したら、「ハラダさん自身が一番イタイです・・・」と言われてしまった。

ということを、先生と足もみ仲間の二人に告白したら、とても悲しそうな目で見つめられてしまった。先生が「軽石で擦っちゃダメって言えばよかったですね」とフォローしてくださるが、こんなオバカなことをするのは、後にも先にも私だけだと思う。オバカな生徒の一例として使っていただけたらとは思うが・・・。

そんなこんなで三週目。
足もみ仲間の二人は目に見えて、元気になっている。私も一部もめない部位はあるにせよ、負傷していない部位は一生懸命もんでいるので、段々足裏が柔らかくなってきたことが実感出来ている。そのことを先生に伝えるととても喜んでくださる。

講座を受講するとき、座布団の上に座ってあぐらをかくような姿勢で、揉む足を反対の太ももの上にのせて、その足裏をもむ。
この姿勢が結構つらい。講座に通う前、何度か自己流でチャレンジしたとき、挫折した理由のひとつにこの姿勢があった。股関節が固いため、この姿勢で長いこといるととても疲れるのだ。可愛い子ちゃんは若いせいか、ほとんど気にならないと言ったが、私と美人ちゃんは、講習を受けている途中で何度か姿勢を崩させてほしいとお願いした。それを聞いた先生、いろいろ考えて、椅子を用意してくださった。椅子に腰掛けて、太ももに足を置くと、じかに座って足をのせるより楽だということを発見。
「いままでの生徒さんで、姿勢がつらいといった人がいらっしゃらなかったんですよ」先生の言葉に、私と美人ちゃんは、いかに己の股関節が固いかを実感する。
「股関節もやわらかくしていけばいいですし、何より、いろんな人のいろんな意見を取り入れてやっていけることが大切です」と、先生は前向きに話を持って言ってくださった。

「他の人の足裏をもんであげてくださいね。勉強にもなるし、喜ばれるし、悪いことはないんです」
ふくらはぎのマッサージの仕方を習い、それを実行する。膝の裏には老廃物が溜まり易い。老廃物を流すように、流れるように心でお願いしながら指を動かす。
膝小僧にも実は老廃物は溜まっているらしい。膝小僧をさすっているうちに、なんとなく膝小僧の表情が変わってきたように思える。美人ちゃんは痩せているのに、膝小僧の老廃物を指摘されて、一生懸命さすっている。やはり流れがよくないらしい。
太っている自分だけが、状態が悪いと思っていたが、人それぞれいろんな事情で身体の症状があるのだとつくづく思う。

多少の講義はあるものの、勉強をするというより、ひたすら自分の足を触って、実践するという感じであっという間に3回の講座が終わってしまった。最後に白湯をいただきながら、後一回の講座で、先生や可愛い子ちゃん、美人ちゃんともお別れかと思うと、ちと寂しいなあと思う。

とにもかくにも、せめて講座に通っている間は、毎晩足裏をもむことを続けよう。どんなに素晴らしい才能を持っていても、磨かなければ光らない。足裏だって同じだ。揉めば変わる。そう信じて。でも、軽石で擦ることだけはしないように。そう、心に誓う私であった。


Vol.5「感動のご対面!」

病に倒れてから、健康に向けてどんなに努力をしても、目に見えるような結果を出せずにいた。なんせ、体力増強の第一歩と思って、散歩に出かけると翌日寝込むような状態だったわけで・・・。
それでも、去年は地元でのお仕事で、飛行機に乗って移動しなくてはならず、もちろん、パソコンの前にも長時間座り続けて、執筆もせねばならなかった。そのときは、気力でどうにか乗り切るのだが、その後の疲れ方が尋常でなく、また回復に大変な時間がかかってしまっていた。
今年になって、元気になるつもりが、去年よりもへたることが増えてしまった。

とにかく、元気になりたい。

その私にたらされた一筋のクモの糸が、足もみの講習会だったと言っても過言ではなかったと思う。
決して、悪いことをしたつもりはないのだが、これまでの出不精人生がここにきて、筋力貯金をゼロにしてしまっていた。物語を書くためには、どんな努力でも惜しまない。そう口にして憚らないのに、書くための体力をつけることだけは、どんなに頑張っても出来なかった・・・。

その、私がである。ほぼ毎日、足をもみ続けた。本職の方から施術してもらえば、それなりに痛い(効いている! という痛さという意味である)。しかし、自分でやっても、痛い部分は痛い。自分でやっているとあまりの痛さに腰が引けるのが判る。手加減したいな、回数減らしたいな、そんなことを思いながらも、「足をもむだけで健康になれるなら、こんなに美味しい話はないぞ」と、自分に言い聞かせて、ひたすらもみ続けた。

そして。
その日がやってきた。
講習会4回目。今日が最終日というその日。
靴下を脱ぎ、足の裏を拭いて、クリームをつけて揉み始める。大体の流れを復習する。
先生のお話を聞きながら、今日のメインの作業「他人の足を揉む」にチャレンジする。
先生の足を揉ませてもらうのだ。
先生の足を自分の太ももの上に預り、背筋を伸ばして、足の裏に指と手を当てる。
大きく息を吐きながら、ゆっくりと先生の足を揉む。
心なしか、力が自然に入る気がする。
褒め上手の先生は、「いいですね、きちんと入ってますよ。姿勢も大丈夫!」と言ってくださる。
嬉しい。やはり、褒められると嬉しいものだ。普段、脚本を作る段階で罵倒されることが多いせいか、こういう小さなことが本当に嬉しく感じる。

「反射区を揉むというのは、ツボを押さえるわけではないので、大体で大丈夫です。痛いところを丁寧に揉んでいれば、そこが流れ始めます。ただ、もんだあとに、お白湯を飲むことを忘れないように」
可愛い子ちゃんも、美人ちゃんも、先生の足を揉む。二人とも真剣だ。先生と会話しながら、姿勢や角度の微調整をかけながら、丁寧に揉んでいる。

今日で講座も終わりかと思うと名残惜しい。互いの足を揉み合いながら、どれだけ体質が改善されたかを会話する。私も4週目に入り、傷も癒え(←前回のエッセイ参照)、足裏だけでなく、足全体を揉むことが出来たと報告する。
可愛い子ちゃんと美人ちゃんが、私を見て「顔色良くなりましたね」と言ってくれた。これもまたとても嬉しい。そして、その時、私は発見した。自分の踝がうっすらと見えていることに!
「先生! く、踝が出てきました!」
「おお、ハラダさん! 良かったですね!」

夢にまで見た(うそ)、踝が、うっすらとであったが、そこにあった。心なしか、足全体が元気そうに見える。

そうして、4週間に渡る足もみ講座は終了した。
足もみを真面目に続けることが出来たのは、一週間に一回でも、先生と仲間と一緒に学ぶことが出来たためだと思う。
たった一時間半、ご一緒するだけの間柄だったが、みんながいたおかげで、「みんな頑張って揉んでいるんだろうな。私も頑張らなくちゃ」と思えた。

さて、講座が終了した報告をしたことで、今日で、この話を終えることも出来るのだが、来週で4月も終わりということも考えて、最終回は来週としたいと思う。
来週は、足もみの効能、足もみ講座開催とその意義について、簡単にまとめたいと思う。


最終回 「踝から聴いたこと」

本当は4月末日で、最終回とするつもりだった。
ところが。こともあろうに、シックハウス症候群を再発してしまったのである。
実家から大分空港に行くまで、車で送ってもらった。それが新車だった。匂いはあったが、窓をあければ誤魔化せるぐらいの匂いで、降りてからも全く頭痛も吐き気もなかったので、気にすら留めていなかった。
東京に戻ってきて、夜になるにつれ、腕に湿疹というか蕁麻疹のようなものが噴出すように出てきた。見ているだけで気持ち悪くなる。
翌日から頑張って働くべ! と思っていたのだが、勇気を出して、あらゆる約束を反古にしてもらう。延ばせる予定や締め切りは延ばしてもらった。
無理は出来る。だが、ここで無理をして、この症状が長引くのと、ごめんなさいをして、早い回復を志すのとどちらかいいか。私は天秤にかけて後者を取った。
いろんな方にいろんな迷惑をかけたと思うが、自分の取った行動は正しかったと思う。ご迷惑おかけした方々には、改めてご恩返しをしたいと思う。以上、一日遅れの最終回になったのは、というわけである。

「現在の風潮の一つに、自分の体は健康である、と思いこんで、無理を重ね、そのあげく病気になったら、治すのは医者の仕事だという思い込みがあります。
しかし、これは間違いです。
あなたの主治医は、他ならぬあなた自身であり、毎日の『足もみ』によって自らの体調を知り、施術によって、予防医学が確立できると信じます」

足もみ講座を実施しているのは、NPO法人 地球足もみ健康法実践普及協会(協会ホームページhttp://www.npo-ashi.net)である。講座の正式名称は「NPO地球足もみ講座」で、正直なところ「地球足もみ」と来た時には、少々引いてしまった。なんだか、胡散臭い新興宗教の匂いがしそうだなあと勝手に想像したためである。
しかし、私がこのNPOの足もみ講座を知ったのは、「若石(じゃくせき)足療」といういわゆる普通のフットマッサージ屋さん。あとで気づくのだが、予約カードには「自分の健康は自分で守る」と書かれてあった。

自分で自分の健康を守る。この当たり前なのに、なかなか出来ないことをたった4回の講座だったが、その講座を通じて多くのことを学んだように思う。
上記に掲げた抜粋は、参考書として購入した「若石 若石健康法の入門書」からである。抜粋文中の『足もみ』は、私がわかりやすく勝手に置き換えた。本当はその個所には『新観趾法(しんかんしほう)』と書かれてあった。
「観趾法」とは中国古代の有名な医学書「黄帝内経(こうていだいけい)」に記述がみられる、「足のツボに刺激を与え、その刺激に身体が反応する原理を利用して治療効果を得ようとする方法」だという。不勉強にして、「新」がつくとどうなるかまでは説明が出来ないが、「観趾法」をより進化させたものが「新観趾法」なのだろうと勝手に解釈をしている。

私がこの講座を通じて、とても感銘を受けたのは、料金の安さである。1回1時間半の講座が4回で、4800円(2006年3月現在)!
通常、フットマッサージでも全身マッサージでも、プロの施術を受けると10分1,000円が相場である。しっかり施術してもらおうと思うと60分はお願いしたい。しかし、どんなに身体がしんどいとはいえ、一回6000円の支出は痛い。足をもまれるのと同じぐらい、懐が痛い。それが、4800円で、プロ仕様とは行かないが、自分の足の状態を判るくらいまでにはしてもらえるのだ。再び、若石の入門書から抜粋をする。
「治癒や援助が、たとえば高価なものとなれば、それは豊かな人々のためだけのものになってしまいます。この健康法は、費用のかからないものとしてお金をかけずに普及させるべきもので、それこそが多くの人々の健康と幸福に貢献するものと信じます」
講座の先生は、最初の講座からおっしゃっていた。
「家族やお友達の足を揉んであげてください。そこから得るものも沢山あるはずです」と。

自分が得たものを人に渡して行く。その精神に、私は深く賛同する。

私の踝は、まだまだちょこっと顔を覗かせてくれたぐらいで、足裏自体も、どこがどう悪いとキチンと私に伝えてくれるまでには至ってない。それでも、自分で自分の足を眺めながら、「顔色(足色?)悪そうだなあ」とか「ここがゴリゴリしているのは、老廃物がたまっているからかなあ」などと足と話すことはできるようになった。もちろん、声に出しては言わない。心の中で呟くに留めているが。

足もみをするということは、自分の身体を見つめ直すということだと今更ながらに感じている。自分の弱いところはどこか。自分のつらいところはどこか。それを見つけ出してしまえば、対応は可能だ。
私の身体はまだまだ万全ではない。それでも、どうにかやっていく自信は出来た。足もみに感謝である。過信しないように、でも、必要以上に落ち込むことのないように、日々精進していきたいと思う。
なんだかんだで、とびとびのエッセイ連載となってしまったが、最後までお付き合いいただいてありがとうございました。


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