田辺の日記・青い鳥序曲


3月4日
確かに、私みたいなドジな女は生きていてもしょうがない…
歩兵になって、誰にも迷惑をかけずに、早く楽になりたい。
その前に…生きてる間に、しておきたい事が有るの。

その為に、ここ5121小隊に来た。
と言っても、前にいた尚敬学園に間借りしてる部隊だけど。
授業の前に、自己紹介があった。
上がってしまって、上手く話せなかった。
私ってやっぱりダメ…

昼休み、遂に目的を成し遂げた。
遠坂さんとお話をしたの。
先週の雨の日、彼はズブ濡れになってた私を助けてくれた。
ドジばっかりやってて、怒られてばかりだった私。
私に始めて優しく接してくれた人、それも男の人で…素敵な人で…
死ぬ前に…一度で良いから、遠坂さんとお話がしたい。助けてくれたお礼が言いたい!
だから、彼がくれた白紙の命令書で、彼がいる5121小隊に来たの。
どうせ死ぬなら、好きになった人を見て死にたい。

近くで見る彼は、やっぱり素敵な男の人だった。
遠坂さんは、上手く話せなかった私に、優しく話しかけてくれた。
嬉しかった。涙がこぼれそうだった。

直ぐに、スカウト異動を申請しに行った。
…もう思い残すことは無いわ。
遠坂さん…私なんかに、素敵な思い出をくれてありがとう。
誰にも迷惑をかけないで、消えます。



3月5日
私がスカウトに異動した事で、ちょっとした騒ぎになった。
スカウトを志願したのが、みんな信じられないらしい。

「誰かに嫌われた覚えはありますか?」と善行司令が私に尋ねた。
気に食わない人をスカウト送りにする、という事が多々あるらしい。
自分で志願したと言ったら、司令は「信じられない」という表情をした。

放課後、先任下士官の若宮さんが、スカウトのイロハを教えてくれた。
それはもう、遅くなるまで熱心に教えてくれたの。
何で、私なんかにそこまでしてくれるのか?って尋ねたら、
「好き好んでスカウトになる奴は珍しいからな、熱心に教育してやらないとな。ガハハ」
ですって☆

ちょっと嬉しかった…



3月6日
放課後、若宮さんがつきっきりでの基礎訓練を受ける。
今日は、武器の手入れと射撃の基本を教わった。
7時になった。若宮さんは「帰っていいぞ」って言ったけど、
夜半まで、体力トレーニングをした。

どうせ死ぬなら、一匹でも多くの幻獣を倒してウーンズライオン勲章を貰いたい。
英霊となれば、周りは褒めてくれるし、少しは恩給も出る。
そうなれば、お父さんとお母さんも、少しは楽になる…



3月7日
今日は日曜日。
折角の休みに迷惑じゃないかと思ったんだけど、若宮さんに訓練をお願いした。
ところが、快くOKしてくれた。
白兵戦の訓練、更にウォードレスを着ての実戦訓練と、徹底的に叩き込まれた。
とにかく、ついて行くだけで必死だった。
「お前には死なれては困るからな。もっとビシビシいくぞ!」と若宮さんは言う。
…言えない。死に場所を求めてるなんて…言えない。

お昼になった頃、急に爆音が!
武器の暴発?!と思ったら、若宮さんのお腹の虫だった。厳しいけど、楽しい人だ。
「1330時まで昼休み。解散!」
若宮さんはそう言うと、お昼ご飯を食べにすっ飛んで行った。

私もお弁当を、と思ったら…嘘?!
遠坂さんが差し入れを持って来てくれた!
信じられない事に、遠坂さんと一緒にお昼ご飯を食べる事になった。
私の目の前に、遠坂さんの笑顔が…
遠坂さんが、私に優しく語りかけてくれる…
死を直前にして、やっと良いことに回り逢えた。
嬉しい…もう、いつ幻獣に嬲り殺されたっていい!

楽しい時間もあっと言う間に過ぎ、訓練再開。
あの時の遠坂さんの笑顔を思い浮かべ、必死に訓練に耐えた。
私は直に、あの笑顔を持って、あの世に旅立つ…



3月8日
朝のHRで、出撃が近いと善行司令が言った。
いよいよね…

昼休み。
お話なんて勿体無い、せめて遠くからでも、
遠坂さんの顔だけでも見たいので、2組教室の窓を覗いた。
「あ、マッキーじゃん。今、みんなで一緒にお昼ご飯食べる相談してた所。マッキーもどう?」
新井木さんがお昼ご飯に誘ってくれた。遠坂さんも一緒。またも嬉しい事になった。

みんなでお昼ご飯を食べてる内に思った。
そういえば、ここの部隊に来て、
たくさんの人と仲良く(友達と言うのはおこがましいが)なった。

やたらと元気な新井木さん。
陽気でスタイル抜群のヨーコさん。
これぞ大人の色気、な原さん。
理屈抜きで楽しい岩田くん。
内気だけど、神秘的な雰囲気の石津さん。
ウソっぽい関西弁の明るい加藤さん。
ぽややんとしてて、優しそうな速水くん。
お子様なヒーロー志願の滝川くん。
普段は高圧的だけど、何故か私には優しい芝村さん。
元気印の、ののみちゃん。

数え上げたらきりが無い。
そして遠坂さんも、友達のように接してくれる。
彼は私の事、どう思ってるのだろう?…
ダメ。そんなハズはない!
遠坂さんは、私なんか…



3月9日
いよいよ出撃命令が下った。
今までの辛かった事も、今日でもう終わり。
一匹でも多くの幻獣を道連れにするわ!

輸送車で移動、戦場近くで下車。
車から出る時、遠坂さんが「死なないで下さいね」と言ってくれた。
胸が張り裂けそうなほど、嬉しかった。
遠坂さんは、私のことを…
いや、違う!社交辞令よ、きっとそうよ!
私なんかじゃ、釣り合わないもの…

そんなことを考えてると、1匹のゴブリンが飛びかかってきた。
体が勝手に、銃のトリガーを引く。
ゴブリンが粉々に砕け散った。
…殺しって、思ったよりも簡単に出来るのね。

銃を持って、夢中になって走った。
視界に幻獣が入ると、銃弾を叩き込んでまた走った。
走った。
走った。
死に場所を求めて、ひたすら走った。

目の前にキメラが。
流石にアサルトライフルの一斉射では、致命傷にはならない。
レーザーを撃ってきた。
ドレスが焼け焦げる臭いが、鼻を刺す。
ドレスはまだ動く!
ダメージに構う事無く、銃を撃ち続ける。
何回かレーザーの直撃を食らった後、キメラは力尽きて倒れた。
ここで、完全に弾が切れた。
もう予備マガジンも無い。

全身を衝撃が貫く!
ゴルゴーンが体当たりをしかけて来た。
私の体が宙を舞い、ビルの廃墟に叩きつけられた。
ドレスと私の体とが限界に達し、ぴくりとも動かない。

私の人生も、もう終わりなんだろう…
辛いことばっかりだったけど、最後の数日間だけは楽しかった。
大好きな遠坂さんと、お話ができただけでも…私は満足よ。
あなたの事、好きでした…

最期の時を予期して目を閉じた時、
ふと、遠坂さんの「死なないで下さいね」の言葉が脳裏をよぎった。

私はまだ死んじゃいけない!!

奇跡?さっきまで石のように硬く硬直してたドレスが、再び動いた!
私は、ゴルゴーンの突撃を間一髪でかわした。
そして、腰のカトラスを抜いて、ゴルゴーンに突撃して行った。
…それから数分後の事はあまり覚えていない。
気付いたときには、私は、息絶えたゴルゴーンの背に乗ってて、
カトラスをめった刺しにしていた。
体中がゴルゴーンの鮮血まみれだった。

「善行です。戦闘は終わりました。我々の勝利です、ご苦労様でした」
通信が入る。
どうやら、私は生き残ったらしい。
ゴブリン3、ヒトウバン2、キメラ1、ゴルゴーン1
これが初陣の戦果となった。

輸送車に帰ると、みんなが私の戦果を絶賛してくれた。
「おめでとうございます。初陣とは思えない凄い戦果ですね。
でも、僕はあなたが無事で帰ってきてくれた事が嬉しいのですが…」
遠坂さんがこんな事を言ってくれた。

生きてて良かった…

戦場での私は、思いの他頑張れた。
もしかしたら、この戦争、生き残れるかもしれない。
生きていれば、遠坂さんを振り向かせる事ができるかもしれない。



3月10日
訓練の合間を縫って、味のれんでアルバイトを始めた。
お目当ては、学校の売店に売ってたネクタイ。
遠坂さんに似合いそうだけど、2万円もする。
頑張ってお金をためて、遠坂さんにプレゼントするの!

勿論、訓練も頑張るつもり。
先ずは生き残らなきゃいけないからね☆


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