妄想夜語り3.5



ん?俺がどうしたって?

う〜ん、そりゃそうだ。
こんな夜中に、しかも黒尽くめの神父服で歩く奴なんて珍しいものな。
でも、これが仕事着なんでな。

俺の仕事?吸血鬼狩りだよ。
あんたらも良く知ってるように、人間社会に潜伏してる死徒を狩るのさ。
ここの街をずっと内偵してたんだけど、ようやく敵が尻尾を出しやがった。
今夜は、そのターゲット本体を仕留める!
…おっと、奴さんだ。お喋りはここまで。さて、仕事、仕事。

奴を見る。狼狽してる。
それもそうかな。奴が折角作り上げたショバを、短時間で潰されたものな。
俺だって、不気味がるだろう。
互いに無言…殺し合うだけの俺らに、言葉は必要ないって所か。
俺の親父のように、ペラペラ喋る殺人鬼の方が珍しい。

奴は、凍りついたように固まってやがる。
自惚れで言ってるのでは無いが、奴と俺とでは、実力が違いすぎる。正直、話にならない。
奴も、圧倒的な実力の差を悟ってるのだろう。
沈黙に耐えられなくなった奴は、絶望的勇気を振り絞って飛びかかってきた。
俺は、手元に長剣を具現化させる。『黒鍵』だ。
手に現れたそれを、奴に振りかざす。
急所の集中する体の中央。
そこに、この釘のような剣を打ちつければ、一発でケリがつく筈だ。

…チッ!剣は急所を反れた。奴はヨロヨロと近づく。
ハハハ、こんなヘマをするとは、俺も『埋葬者』としては半人前だな。
使いたくは無かったが、奥の手で一気に決着をつけるか。

瞑目し、深呼吸3回。俺は目を開けた。
視界に広がるのは、万物の死線。当然、奴の線も点も見える。
俺は、懐からナイフを出し、奴の点にナイフを突き刺した。
奴は断末魔を上げる事も無く、絶命した。

元は死徒であった、舞い散る灰を一瞥し、俺はその場を去った。
日本に帰ってみたらいきなり、これだよ…
でも、大昔のロア以来じゃないか?まともな死徒が、日本に出るなんて。
この国には、マトモなエクソシストは俺と母さんぐらいしか居ない。
って事は、汚染地帯の浄化があるから、当分は日本に居られるな。
懐かしい故郷、人々を思い出し、俺の足取りは自然と軽くなった。

おっと、自己紹介を忘れてたな。
俺の名は、遠野志輝。エクソシスト稼業でメシ食ってる。
立ち話も何だな、ちょっと座るか。



「いらっしゃい!…お、ボウズじゃないか。久し振りだな」
良く知ってる居酒屋。久し振りに来るけど、何も変わってない。
「お久しぶりです。今日、日本に帰ってきたんスよ」
「そりゃ大変だったな。ガハハ!まっ、ゆっくりして行きな」

俺は、店の奥の席に座った。
あのオヤジ?父さんの親友の乾さんだ。
オレンジ髪にピアスで厨房に立つ姿は、はっきり言って異様だけど、
出す料理は、掛け値無しで美味かったりする。
世の中ってのは分からないな。

さて、何から話そうか?
とりあえず、俺の出生からが良いかな。
俺は、遠野志貴を父に、シエルを母に、三咲町で生まれた。
この2人は、あんたらも良く知ってるだろう。

実家は町の小さなパン屋だ。それなりに、親子3人が食べて行ける分には繁盛してる。
母さんは、父さんや俺をいつも愛してくれていて、
いつも暖かな笑みを絶やさない…まるで太陽みたいな人だ。
父さんは病弱気味だけど、良く働く。母さんを愛してるし、俺にも愛情を注いでくれる。
俺は、この家庭にそれなりの…違うな。最高の幸せを感じている。

で、俺が何で、エクソシストなんてヤクザな商売をしてるのか?だ。
ぶっちゃげた事言うと、この『目』だな。
見たろ?アレはまぎれも無く、父さんと同じ『直死の魔眼』だ。
俺が、この厄介な代物を受け継いでしまった事から、全てが始まったんだな、これが。



俺が12歳になろうかという頃だ。
小学校最後の夏休みのある日、俺は、高い熱を出して寝込んでしまった。
熱は三日三晩続き、もう死んでしまうんじゃないかと思った程だ。

熱が下がって元気になったは良いが、変わって奇妙な事が起きた。
俺の目の前に、奇妙な落書きのような線が、ぼんやりと浮かび出たんだ。
始めは、目のゴミだと思って気にしなかったんだが、
夏が終わる頃には、その線がはっきりと見えるようになった。

ある日の事だ。空き地で遊んでた俺は、ふと、足元に落ちていた釘で、
空き地に捨ててあった廃材に浮かんでる、線を突いてみた。
すると、どうだ?俺の体よりも大きい廃材が、バラバラに崩れてしまったじゃないか。

俺は怖くなったね。余りにも過ぎた力を手にしてしまった恐怖に、俺は怯えた。
もし、人の線を突いたら…考えるだけで、ゾっとする。
そして、俺はこの「線」の事を黙っておこうと決心した。
恐ろしいこの力を使ってはいけない!俺の胸の中に封印しなきゃいけない!
幼心にそう思ったからだ。
第一、こんな漫画みたいな事を、誰が信じるかよ?当の俺でさえ、信じられないものをさ。

以後、目の前の『線』を無視し、何事も無かったかのように装う俺。
だけど、しばらくするとズキズキと頭が痛くなった。
頭痛は日を追うごとに、酷くなっていく。
でも、大好きな両親に心配させるなど、以ての外だ。
俺なりになんとか我慢してたんだけど、やっぱりバレてね。
その時には、風邪と偽って何日か寝て、その後は何事も無かったかのように振舞う。
これの繰り返しが続いた。

さすがに我慢も限界にきてね、ある日を境に、本格的に寝こんでしまったんだ。
流石に、『線』の事は内緒にしてたけどね。
そんな何日目かの晩の事だ。真夜中にふと目が覚めた俺は、何となく外に出たくなった。
今となっては、何故そう思ったかは分からない。
でも、外に出ないと気が済まなかった俺は、両親が寝静まってるを幸いに、家を抜け出した。

「何て―――綺麗な―――月――――」
思わず呟いた。
夜空には、とても大きな月が出ていた。
俺には、この月が世の物とは思えないほど美しく思えた。
頭の痛みも忘れ、俺は月を眺めた。

「――――こんばんは」
声のする方を向くと、女の人が立っていた。
夜空の月のように、白くて綺麗な、それでいて、とても不思議な感じの人だ。

「こ…こんばんは」
俺も挨拶を返す。
「えへへ〜貴方、志輝でしょ」
女の人は、お気楽に言葉を返した。
見かけよりも軽い人らしい…って、何で俺の名前を知ってるんだ?!

「知ってるも何も、わたし、貴方のお父さんとお母さんの事は、良く知ってるもん。
貴方の両親も、わたしの事は良く知ってる筈よ」
「父さんと母さんを?!…お姉さん…誰?」
「きゃ〜お姉さんだって。お上手ね♪わたしはアルクェイド…アルクェイド・ブリュンスタッド。
長いからアルクェイドで良いわよ。よろしくね、志輝」
「よ…よろしく」
この、自称・両親の知り合いことアルクェイドは勝手に自己紹介し、強引に握手を求めた。
ま、断る理由も無かったから、応じはしたけどね。

「ねえ、志輝?貴方、悩んでない?」
「え?い、いや…別に」
当然、悩みはあったけど、『線』の事を言っても仕方ないしね。

「ウソね。わたしが当てようか?」
アルクェイドは俺の目を見ながら言った。
「志輝。貴方、モノに変な線が見えてない?そして、その線を切ると、モノが壊れてしまう…」
「…………」
俺は思わず言葉を失った。図星だもの。

「大当たり〜〜☆ね。…志輝。それはね、『直死の魔眼』って言ってね。
その線は、モノの命の終わりを指し示してるのよ。
だから、その線を切ると、そのモノは即座に死んでしまう」
アルクェイドは、笑顔で、とんでもない事を言い出した。
モノの命?そんなバカな!…いや、待てよ…
それなら、あの時、大きな廃材がバラバラになった事も説明できるような…気が…

「実はね、あなたのお父さん、遠野志貴も、その魔眼を持ってるのよ」
アルクェイドは、更にとんでもない事を言い出した。
「父さんもだって……痛ッ!!」
問い質そうかと思った矢先、また、件の頭痛が激しくなった。

「なるほどね…志貴と同じ。モノの死を見つめすぎると、並の神経じゃ持たない。って事ね」
頭を抱えて苦しむ俺を見つつ、アルクェイドは何かブツブツを呟いていた。
「ねぇ、志輝?志貴とシエルには、『魔眼』の事は言った?」
「…言って…な……痛ッ!…っていうか…言えな…い……痛ッ!!」
頭痛で苦しんでるのを知ってか知らずか、アルクェイドはお気楽そうに俺に聞いた。

「よ〜し、わたしが、貴方の頭痛を何とかしてあげよう☆」
「ほ、本当に?!」
アルクェイドが、思いがけない提案をした。渡りに船、2つ返事でその提案に乗る事にした。

「何日か時間があれば、方法が分かると思うわ…とりあえず、今の頭痛を楽にしてあげる」
アルクェイドはそう言うと、俺の額に、そっと手を当てた。
アルクェイドの手は、真っ白で、綺麗で…まるで美しい彫刻を見てるようだ。
彼女の手が離れると、今までのがウソのように、頭痛が引いていた。

「へへへ〜どう?すごいでしょ〜♪でも、これは応急処置。
脳回路の活性化を一時的に制御しただけだから、半日も経ったら効果は切れるわ」
「あ…ありがとう」
何にしても、久し振りに頭がスッキリした心地よさは嬉しい。

「また明日の晩、会いましょ。あ、志貴とシエルには内緒にね☆」
そう言うとアルクェイドは、消えるように去ってしまった。



次の日の晩、同じ場所で待ってると、同じ時間にアルクェイドが来た。
その次の日も、また次の日も、来てくれた。
俺は、アルクェイドから色々な話を聞いた。
アルクェイドがしてくれる話を、毎晩楽しみにしていた。

アルクェイドが、実は吸血鬼である事。
真祖と死徒の違い。
アルクェイドが死徒狩りを行ってる事。
ロアという吸血鬼を追っていた事。

とにかく、色々話してくれた。
俺は、特に父さんと母さんの事を聞きまくった。

父さんが殺しの達人でありながらも、殺しを嫌ってた事。
母さんの悲しい過去と、負ってしまった罪。
父さんと母さんが知り合ったきっかけ。
ロアの所為で、母さんが父さんを殺さないといけなくなった事。
母さんに殺される直前でも、父さんは母さんを愛していた事。
父さんがその魔眼で、ロアを滅ぼし、母さんを守り通した事。

一連の話を聞いて、父さんと母さんが仲が良い理由が分かった。
父さんは命を賭して母さんを愛し、
母さんは父さんの想いで罪の呪縛から解放され、その愛に応えた。
話を聞き、俺は両親がますます好きになった。尊敬と言っても良いかな。

それはそうと、魔眼の事はどうなったのだろう?
アルクェイドの応急処置は、徐々に効き目が薄くなって、
昨日は3時間ぐらいしか効かなくなった。

「結論が出たわ。貴方を治すには、コレしかないわね」
ある日の晩、アルクェイドは、ようやく魔眼の件で切り出した。
「良いかしら?志輝。貴方の魔眼は、本来、人間の手に余るモノなの。
このままでは、脳の回路が耐えられなくなって、廃人になってしまうわ」
アルクェイドは、珍しく真剣な表情で語る。
聞いてる俺も、自然とマジになった。

「簡単に言うと、貴方の魔眼は、志輝と言う器よりも大き過ぎるの。
このままでは、貴方と言う器が壊れてしまうわ。
だから、器その物を大きく丈夫にして、魔眼を自由に制御できるようにしようってワケ」
何となく分かったけど、キツネにつままれたような感じの俺。
「理屈は何となく分かったけど…そんな事、出来るの?」
「できるわ。志輝、ちょっと目を閉じて頂戴」

俺は、言われるがままに、目を閉じた。
暗闇の中、いきなり唇から、柔らかくて暖かい感触が伝わった。
これって………キス?!
突然の事に困惑する俺。だけど、ハハハ……この心地よい感触に屈してしまったよ。
い、いいだろ?!俺だって男だ。思春期の野郎にとって、
アルクェイドみたいな美人のキスなんて、下手な麻薬よりよっぽど甘美なんだよ!

本能に忠実にキスの感触に酔ってると、――舌だろうか?――何かに俺の唇がこじ開けられ、
そこから、火傷しそうな程熱い流れが、俺の口の中に入っていった。
……ごくり。
俺は、思わずそれを飲みこんでしまった。

「フフフ…終わったわ」
唇の感触が離れた。ちょっと残念…
「目を開けてみて。大丈夫な筈よ」

言われるがままに、目を開けた。
「うわぁ―――」
さっきまで、俺の視界を支配してた『線』は、跡形も無く消えていた。頭痛も…無い!
「えへへ〜治ったでしょ〜♪」
俺が喜んでると、アルクェイドも一緒に喜んでくれた。

「それと、『魔眼』は貴方の使いたい時に出せるから。試してみて?」
俺としては、それは気は進まないけど、
試しに『線』が見えるように念じながら、正面を凝視した。
すると、どうだろう。頭痛と共に、視界に『線』が浮き出してた。
込上げてきた頭痛に、慌てて気を緩めると、線は消えて、頭痛も止んだ。

どうやら…俺は、この『直死の魔眼』とやらを、完全に制御してのけたようだ。

「わ〜おめでと〜〜♪」
ぱちぱちと拍手するアルクェイド。この人の行動は、正直、頭痛くなる…
「ちょっとした薬で、あなたの能力を上昇させたの。
脳の回路も飛躍的に発達してると思うから、魔眼の制御も可能ってワケね。
でも、思ったよりも好調なようで良かったわ。シエルの力も遺伝してるのかもね」
『薬』でちょっとゾッとしたけど、まぁ良くなったからいいや。

「余談だけど、志貴――貴方のお父さん――はね、
普段は、魔眼殺しの魔術品でつくった眼鏡で、魔眼が見えなくしてるのよ」
「えっ?父さんの眼鏡には、そんな秘密があったの?」
「そういう事☆別に、目が悪いって事じゃないのよ」
これは意外。道理で、父さんは自分の眼鏡が他人が触るのを、嫌がってたワケだ。

「…さて、貴方とは、これでお別れね」
「えっ?」
アルクェイドが突然言い出した。
「わたしが出来る事は、ここまで。後は、貴方が自分の力で頑張る番よ。
その『魔眼』は、自分が正しいと信じる目的の為に、使いなさい。
貴方のお父さんは、その力で、愛する人と幸せを手に入れた…
大丈夫。貴方ならきっと、立派な男の子になれるわ」
アルクェイドは、お姉さんのように、優しい表情で、俺に語った。
当の俺は、アルクェイドと別れるという事実が、ひたすら悲しかった。

「えへへ〜☆わたし、貴方の事が気に入っちゃった。だから、またきっと会えるわよ」
感情が顔にも出てたのだろう。俺の心理を読み取ったのか、
アルクェイドは、いきなりニッコリと笑って言った。
その言葉の真偽はともかく、俺は、その笑顔で立ち直った。

そう――笑顔には、笑顔で応えることにしよう。

「…うん。アルクェイド、今までありがとう。また会える日まで元気でね」
俺は、俺が出来る精一杯の笑顔で、アルクェイドに別れを告げた。

「うん。またね、志輝」
言うが早いか、アルクェイドは、いきなり俺を抱き寄せた。
「…わたしね、志貴が大好きだったの…貴方も、志貴みたいな…いいえ、
いっそ、それ以上の、素敵な男の子になってね」
俺は…アルクェイドのほのかに甘い香りと、胸から伝わる柔らかな感触にドキドキしていた。

「またね…ばいばい」
最後に、俺をぎゅっと抱きしめたアルクェイド。
一刹那の後、彼女は、夜風とともに消えた。



――と、まぁ、これが、俺の『魔眼』との付き合い始めってワケだ。
じゃ、次は「志輝、エクソシストを目指す、の巻」だが…

「いらっしゃい!おっ、秋葉ちゃんじゃないか」
げっ!秋葉叔母さん?!こりゃヤバイぞ…

「あ〜ら、志輝じゃないの〜お久しぶりねぇぇぇ〜〜〜〜」
が、既に遅し。秋葉叔母さんは、目立たないように縮こまってた俺を、確実にロックオンしてた。
「は…はぁ、叔母さんもお元気そうで、何より…です」

観念した俺は、秋葉叔母さんの方を向く。案の定、その顔は
「私、既に数軒は回りましたのよぉ〜」と、極太マジックで書かれてるが如し、だった。
やれやれ…秋葉叔母さんといえば、酒の席では、下手な死徒よりも厄介な相手。
どうやって対処するべきか?魔眼を行使してないにも関わらず、俺の頭は激しく痛む。

「あら〜しばらく見ない間に、男前になったわね〜昔の兄さんそっくり〜〜♪」
秋葉叔母さんと言えば、周りの目など気にせずに、突然俺に抱きついてきた。
先述のアルクェイドとは全く別の、柔らかい感触が欠けた、むしろゴツゴツとした…
「むっ!私、とても屈辱的な想像をされたような気がしますわ!」
「わっ、そ、そんな事無いっスよ。
い、いや…秋葉叔母さんみたいな美人に抱きつかれて光栄だな〜って、ハハハ…」
誰か助けて…

「可愛い妹を見捨てて、さっさと結婚しやがった薄情な兄さんと違って、
私の可愛い甥っ子は、一緒に飲んでくれますわよね?」
嫌です。嫌です。嫌です。嫌です。
貴方の酒に付き合ってたら、俺の肝臓が持ちません。

「へい、お待ちっ」
乾さんが酒を持ってきた。当然、「とりあえずのビール」なんて半端なものじゃない。
俺と秋葉叔母さんの席は、たちまち一升ビンやら洋酒のボトルやらが林立した。
…飲むんだよ、叔母さんは。マジでこれぐらい平気で飲みやがる。
乾さんも心得てるらしく、酒瓶を運ぶのに、非常に手際が良い。
あちらさんは、儲けるから良いんだろうけど、俺にとっては悪夢だ。

「ふ〜ん。昨日、日本に帰ってきたの」
「そうなんですよ。…叔母さん、ここに来るまでに何軒回ったんです?」
「フフフ〜3軒目から忘れちゃった〜〜♪」
豪快に酒瓶を空ける秋葉叔母さんを、ただ呆然と見送る俺。
この人、酒が入ると敵無しだもんな。

「今夜はどうするつもり?」
「家に帰りますが」
「あらダメよ〜遅いんだから、兄さんも義姉さんも寝てるわよ」
嫌です。俺を早く帰してください。

この時点で、俺の方は既にグロッキー。
しかし、叔母さんのペースは一向に落ちない。
って言うか、ペースが上がってる…

「起しちゃ悪いでしょ?いや、起きてても『邪魔』しちゃ悪いし☆」
あの〜この人、お嬢様育ちと聞いてるんだけど…
やっぱ、父さんが影で言ってるように、実はネコ被ってる、ってのはマジなのだろう。
「私の家に泊まって行きなさい。部屋は一杯あるんだから、ねっ☆」
「は…はぁ……」
「決まりね。じゃ、心置きなく、私と飲み明かせるって訳ね〜」
嫌です。嫌です。嫌です。嫌です。嫌です。嫌です。

それだけは、絶っっ対に、嫌なんですが―――



ズッキ〜〜〜〜ン!!!と、頭の痛みで目を覚ました。
ここは…?ああ、そうだ。
この時代がかった部屋は、父さんの実家、遠野の屋敷だ。

俺は、いつまで秋葉叔母さんの、酒盛り百鬼夜行に付き合ってたのだろうか?
純米大吟醸「歌月千夜一夜」と、ブランデー「ヴェドゴニア」を空けた所までは、覚えてる。
素面の叔母さんは、若社長らしく、しっかりと淑女然としてる。
でも、一度酒が入ると、ご覧の通り、無敵のバケモノになっちまう。非常に難儀だ…

部屋のドアが開いた。
「志輝さま、おはようございます。お久しぶりでございますね」
「ああ、翡翠さん。おはよう」
翡翠さんだ。父さんが居た頃から、ずっとこの屋敷で働いてる。
父さんが屋敷を出てからも、姉の琥珀さんとずっと、この屋敷を切り盛りしてる。
この姉妹、父さん達が言うには、昔と全然変わってないとか。
ま、こんな美人に起してもらうのは、悪い気はしないから良いけどね。

「叔母さんは?」
「秋葉さまなら、いつものお時間に、お仕事に向かわれました。ええ、何事も無かったように」
ひえぇ…あれだけ飲んでても次の日に残さないんだから、秋葉叔母さんは凄いや。

「昼近いですが、お食事のご用意が出来てます。食堂へどうぞ」
二日酔いでも、とりあえずは腹が減る。
俺は、翡翠さんの申し出に応じ、ベッドから立ち上がる。
…??翡翠さんが、俺の顔をジロジロ見てる。

「翡翠さん?俺の顔に何か付いてる?」
「い、いいえ…志輝さまが、お屋敷におられた頃の志貴さまに、似てらしたので…」
翡翠さんが顔を真っ赤にして答えた。
「俺が?昔の父さんに似てる?」
「ええ、志貴さまにそっくりです。眼鏡をしてらしたら、瓜二つです」
翡翠さんは、ニッコリと答えた。
やっぱ翡翠さんは、無表情よりも、笑顔の方が可愛いよ。うん。

「ふ〜ん…じゃ、翡翠さん、父さんが好きなんだ☆」
「い、い、いえ…そ、そ…その……」
ちょっといぢわるしたら、翡翠さん、顔を真っ赤にして固まってしまった。



「翡翠ちゃんがそんな事を…ええ、確かに志輝さんは、昔の志貴さんにそっくりですよ」
食堂で、琥珀さんも、翡翠さんと同じ事を言った。

そういえば、秋葉叔母さんも同じ事を言ってたな。
アルクェイドも、この前の墺国での仕事で一緒に組んだ時に。
どうやら、父さんはモテモテだったらしい。
これらの周囲の女性の中から、結局、志貴父さんはシエル母さんを選んだのだけど、
残された女性達は俺に、彼女達が恋した、在りし日の遠野志貴の面影を見てるのかもしれない。

「あはは〜お代わりですか?良いですよ。どんどんどうぞ♪
これだけ食べてくれると、作り甲斐がありますね」
俺は、琥珀さんから差し出された3杯目を軽く、平らげた。
父さんはともかく、生まれてからずっと、大食らいの母さんの食事に付き合わされてる俺だ。
知らず知らずの内に、俺も負けないぐらいの大食らいになってしまっていた。
ま、美味しい物を食べれば、元気も出るから良いかな。

食事ついでに、昨夜の話の続きをしようか?
俺がエクソシストを志した理由についてだ。
アルクェイドのおかげで、魔眼を制御できるようになった俺。
これで、普通の生活に戻ったワケだけど、俺の心の底に、ちょっと引っかかる事があった。
父さんと母さんの事だ。
母さんは悲しい運命に翻弄されつつ、やっと幸せを得た。
父さんも、母さんをしっかりと抱きとめて、互いを幸せにした。

そんな母さんも、『埋葬者』とよばれる異端狩りが、何だかんだ言っても本職。
仕事とあれば、家庭を放ってでも、行かないといけないワケだ。
…道理で、何故母さんが、時折不自然に長い間留守にするのかが、分かったよ。
母さんが留守の時、父さんは悲しい顔をしてた。
以前の俺は、単純に寂しいからだと思ってたけど、
全てを知ってしまった今となっては、父さんの気持ちが痛いほどよく分かる。

母さんには、父さんの元にずっと居て欲しい!
それにはどうすれば良いのか、ずっと考えた。
何度考えても、結論は一つしか出なかった。
それは、母さんの代わりに、俺が異端狩りの仕事を肩代わりするって事。
幸い、俺には『直死の魔眼』がある。
父さんも魔眼で、ネロ・カオスやロアといった、強力な吸血鬼を倒したと聞いている。
父さんに出来て、俺に出来ない事は無い筈だ!

ようやく決心がついた、小学校の卒業式の前の晩。
ついに、父さんと母さんに俺の意志を打ち明けた。

「母さん、異端狩りは俺がやる。だから、ずっと父さんの傍に居てあげて!」
理屈は無用。俺は、単刀直入で言った。
やっぱり、母さんは「何言ってるんですか」って感じで、とぼけようとする。
が、俺は、テーブルにあったハサミで、テーブルの『線』を切った。
テーブルが粉々に崩れた。
魔眼を見せつけられては、父さんも母さんも、ごまかし様が無い。
俺の話をマジで聞き始めた。

「母さんはよくやったと思う。
後は、母さんには自分の人生を、父さんと一緒に楽しんで欲しいんだ。
だって、折角幸せになれたのに、教会の都合で邪魔が入るのは悲しいじゃない?」
俺は、俺の正直な気持ちを、ひたすら訴えた。

「志輝。これは、母さんと父さんの問題です。貴方には関係無い事ですよ」
母さんは、ニッコリと笑顔で、しかし、はっきりと拒絶した。
まぁ、大体予想がついた解答だ。そこで、俺は奥の手を出す事にした。

「…父さんの『線』見てるけど、どんどん線が弱くなってる。…死が近いんじゃないかな?
魔眼のような大きすぎる力は、人の命を縮めるんだろうね」
母さんの顔が真っ青になった。そして、今度は父さんの顔に、あからさまに動揺の色。
やっぱり…気づいてたんだろう。

「父さんと母さんが、残された人生を楽しむ為――
多分、俺が『魔眼』なんて、物騒な力を持って生まれたのは、その為だと思う。
俺は、父さんも母さんも大好きだ。だから、幸せになって欲しい。
それが俺の夢だし、俺の望みでもあるんだ。だから…だから……」
ここで、懸命に訴える。話してるうちに、俺は目頭が熱くなった。

「志輝、ちょっといいか?」
さっきからずっと黙ってた父さんが、口を開いた。
「そこの壁を見てみろ。線しか見えないか?」
「線?いや、点も見えるけど…」
父さんの意図する所がよく分からなかったけど、とりあえず見えたままを答えた。
「やれやれ…俺と同じか」
俺の返事を聞いた父さんは、肩をすぼめるジェスチャーを取り、深いため息をついた。

「お前、アルクェイドに会っただろ」
今度は、俺が仰天した。
「う、うん…昔の事を色々話してくれた」
いや、薄々気づいてたかもしれないが、ここまでキッパリと言われると焦る。

「本当ですか?!志輝、正直に言いなさい!!
あのあーぱーに、一体何を吹き込まれたんですかっっ?!!」
アルクェイドの名を聞くや、母さんの表情が一変。俺に激しく追及してきた。
「い、いや…大した事は聞いて…ない」
「本当ですね?やれやれ…油断も隙も無いですね、あの吸血鬼。
私の志貴くんだけじゃ飽き足らず、息子の志輝まで、その毒牙にかけるのですからねぇ…」
大袈裟な事を言う母さん。
母さんは、話以上にアルクェイドが嫌いなようだ。

「志輝。その魔眼はな、変わった奴らを引き寄せる。さっきのアルクェイドもそうだな。
俺も、魔眼を持ってしまったばかりに、無数の不思議な事や、
ワケのわかんない連中に出くわす羽目になった。
何度も戦いにに巻きこまれ、死にそうな目にあったさ…
ま、その所為でシエルと出会ったから、結果的に悪くは無かったと思う。
志輝。お前が魔眼を手にしてしまった以上、仕方無い。
もうお前に、真っ当な人生は期待できないな…」
父さんは、ちょっと悲しそうな笑顔で語る。

「その魔眼、お前の好きなように使うと良いさ。
善悪は、特に考えなくて良い。俺だって、そんな事を考えた事は無い。
お前が思ったように、その力を行使したらいい。俺も、そのようにしてきた。
お前が、魔眼を俺達の為に使いたいって思うのなら、それでも良い。俺は止めない。
良く考えて、自分が正しいと思う道を行け。その時、お前の魔眼はきっと役に立つ」
父さんはそう言ってくれた。事実上の賛成と見ていいか。

父さんとのやり取りを聞いていた母さんの目が、急に真剣になる。
「試したい事があります」と言うと、いつの間に持ったのか、母さんの手には剣が。
その剣を、突然俺に投げつけた!
避ける間もなく、剣は俺の肩に深深と突き刺さった。
「……!!!」
傷口から血が涌き出る。今までで始めての苦痛に言葉も無い。
が、次の瞬間に、俺は信じられない光景を目にする事になった。

傷口が塞がっていく。
いや、ビデオの逆戻しを見てるように、と言った方が合ってるだろうか。
到底信じられない光景に、呆然となった。
いや、俺だって転んで、擦り傷ぐらい作ったことはある。
と言っても、他の友達より治るのが早いぐらいの認識しかなかった。
こんな常識外れな傷の治り方なんて、見た事は無い。

いや、見た事は無いけど聞いたことはある。
アルクェイドが言ってたっけ。母さんはロアに憑かれた影響で、
死に難い体――少なくとも即死以外なら死を免れる――になってしまった。
それの矛盾ってのは、母さんの体に後天的に発生したものであって、
遺伝なんかしないんじゃなかったのか?

「ロアも罪な事をしてくれたものですね…私の子供にまで、その禍を引きずるなんて」
母さんが悲しそうに呟いた。
いや、遺伝しないって言っても、『ロアの息子』と呼ばれるロアの転生体は、
ほぼ全員アルクェイドに殺されたんだよな。
その例外が、最終的にロアの息の根を止めた父さんと、そして、
殺されはしたけど、何故か生きてしまった母さん。
遺伝するか否かを定義するにも、何しろ前例が無い。
ロアの転生体同士の交配による、例外中の例外かも知れない。
何にしても、母さんの能力を受け継いでしまった事実には変わりない。

しかし、それはオイシイのではなかろうか?
不死身って事は、狩りにとって有利になる。内心、ラッキーと思った。

「仕方ないですね…志貴さんが言うように、志輝は人外の騒動に巻きこまれるでしょうね。
分かりました。貴方に、異端狩りの仕事をお任せします。
…ただし、今のままではダメです。貴方の殺しの実力は、お父さんに遠く及びません。
魔眼で線が見えても、自分で相手の線を切れないと意味が無いですからね。
今のままで狩りに行くのは、吸血鬼の為に献血しに行くようなモノですよ」
シャレにならないことを、笑顔で言ってのける。

「貴方には、私が知ってる事を全部教えます。
私の力を遺伝したのなら、魔術の素質もあるでしょうからね。
ああ、さっきの剣も――『黒鍵』っていうのですけど――私の魔術の1つですよ。
貴方には、吸血鬼狩りの基礎を、しっかりと覚えてもらいます。
それが終われば、埋葬機関に貴方を紹介します。それで貴方はエクソシスト業界にデビュー。
そして私は、埋葬機関を晴れて引退。って事になりますね」
そういう母さんの表情は、先程とは明かに変わった。
晴れやかでもあり、決心を決めたようにも見えた。

「よかったな、志輝。異端狩りの英才教育を受けられるんだぞ。
俺どころか…もしかしたら、アルクェイドよりも強くなるかもな。ハハハ」
父さんは俺の肩をポンポンと叩いて、俺を激励してくれた。

「だけど、これだけは覚えて欲しい。
俺は、お前の母さんを愛してる。俺としても命を賭して守ってきたつもりだ。
母さんは、俺にとって世界で一番大事な人だ。
で、その子の志輝、お前も同じぐらい大事だって思ってる。
…いや、死ぬなって言ってるんじゃない。
所詮はお前の命だ。どのように生きようが、お前の勝手。
だが、俺達…志貴とシエルにとって、志輝は大事な奴だって事を忘れるな。
俺が言いたい事はそれだけだ。ま、頑張れ」
父さんが握手を求める。
俺も握手で答えた。そして、母さんも手を添える。

翌日の卒業式。
それは、とても感慨深いものとなった。
俺にとって、真っ当な人生との、永遠の卒業を意味していたからだ。



次の日、早速シエル先生の授業が始まった。
俺は母さんに連れられ、見た事もない地下室に着いた。

「では、授業1日目を始めましょうか」
母さんは、いつもの笑顔で言い出した。
が、次の瞬間、剣を出したと思うや、その剣を俺の影に突き刺した。
……?!動けない。
どうした事だろうか?俺は、そこから一歩も動けなくなった。

「これは『影縫い』と言ってですね、剣が刺さってる間、動けなくなるんです。
あ、その剣は、刺した本人しか抜けませんから」
母さんは笑顔のままだ。

「志輝。貴方、死なない体を喜んでませんか?」
「そりゃあ、まぁ…戦いには有利になるでしょ?」
母さんは、急に真剣になった。

「そうですか。まぁ、まだまだ若いですからね。そう考えるのも当然でしょうね。
でも、私としては、『死なないこと』を、軽々しく考えてもらうのは、すっごく迷惑なんです」
そう言うと、母さんは剣を数本出した。
ま、まさか?
母さんは俺に考える暇も与えず、その剣を、俺の胸に打ちつけた。

昆虫標本のように突き刺さった剣。
ほとばしる激痛。
溢れ出る鮮血。
普通なら死は免れない所だが、俺は死なない。
早くも、傷が塞がろうとしている。
いや、そんな事はどうでも良い。何故、母さんがこんな事をするんだ?!

「死なないって事は、苦痛が何時までも終わらないのと同じです。
終わらない苦痛は…死よりも苦しいんですよっ!」
母さんが…泣いてる?!こんな母さん、今まで見た事が無い。

「口で言っても分かるモノではないですからね。
貴方には、それを身を持って体験してもらいます!!」
母さんは、無数の剣を俺に打ちつけた。

何度も何度も何度も何度も―――



―――どれだけ時間が過ぎたのだろうか?

剣が刺さり、血が流れる。
激痛に悶える俺。
程なく傷が塞がったところで、再び剣が飛んでくる。

この繰り返しが、無限とも思えるほど続いた。
無限に続く苦痛――母さんの言う通りだ。
何度「殺してくれ!」と口走ったことか。
その度に、母さんの、
「無駄ですよ。貴方は死なないのですからね」の一言と同時に、剣が飛んできた。
無限の苦痛…か。不死なんて楽しくも何ともないや。

そういえば、母さんも…
「そういえば…母さんも同じ苦しみを体験したんだよね。アルクェイドが言ってた」
母さんの手が止まった。
「あのあーぱー、そんな事も喋ったんですか…ええ、あの時は苦しかったですよ」

俺は、アルクェイドが言っていた事を回想していた。
母さんの苦しみを知らずに、不死を軽々しく考えていた。なんて愚かな…
俺への怒りと、悲しさで、胸が痛くなった。剣を刺されるよりもずっと、痛い。

「ごめんね…俺がバカなばかりに、母さんに痛い思いをさせて。
俺なんかよりも、母さんの方が一番苦しいはず。
だって、俺が嫌いでこんな事やってるんじゃないんだろ?
母さんの顔見てよく分かるよ。ずっと悲しそうだ。ごめんね…」
俺は、母さんに自身の愚かさを詫びた。自然と涙が出てきた。

「これだけ自分が苦しんでるのに、それでも尚、苦しませてる相手に同情しますか…
…やっぱり親子ですね。ずるいところは、あの人そっくりです。
そんな事を言われたら、これ以上、何も出来ないじゃないですか」
母さんは、次の剣の洗礼の変わりに、俺の影に刺さった剣を引きぬいてくれた。
動かなかった体が、ウソのように自由になった。

「はい、最初の授業はおしまいです。
貴方なら、この力を使いこなす事ができるで…しょ……」
「か、母さん!大丈夫?!」
ニッコリと微笑んだ母さんが、次の瞬間、突然崩れ落ちた。
俺は、慌てて抱きとめる。

「…お腹が空きすぎて、もうクラクラです」
あらあら〜?心配して損した。

「ごめんなさい。私、もう立てそうに無いです…このまま、家まで連れて行ってくれませんか?」
「はいはい。俺の肩に掴まってね…じゃ、早く帰ろう。帰って、お腹一杯カレー食べような」
「はい☆」
俺は母さんに肩を貸して、家路に就いた。
この件で、あの人の、まるで別人みたいな冷徹な一面を見てしまった。
でも、お腹が空いてヘロヘロになるあたり、やっぱ俺の知ってるシエル母さんだった。
俺は、母さんの肩を担ぎながら、心の底からほっと安心していた。



それからの3年間、俺は、ひたすらに埋葬者としての修行に没頭した。

最初は、母さんの十八番、『黒鍵』の習得から始まった。
半年ほどで、ある程度使いこなせるようになると、
『火葬典礼』『鉄甲作用』『影縫い』といった付加的な魔術を教わった。
魔術の訓練と同時に、吸血鬼の習性や歴史。欧州における主要言語。
カトリックの典礼や作法と言った座学も教わる。

2年目になると、埋葬者としての高度な戦闘技術を、実践を交えて教えてくれた。
更に突っ込んだ知識のレクチャーもあった。
中には、ネクロマンシー(屍術)といった、扱いに困ってしまうものや、
ヨーロッパ主要都市の美味しいカレーの店一覧といった、完全にどうでも良いものまで色々だ。

その頃に、特に熱心に教えてくれたのが、死徒の捜索術。
知っての通り、死徒は、人の目を巧妙に欺きつつ人間社会に寄生し、
生きるための血を確保している。
如何にして、死徒の潜伏先を洗い出すか。
奴の末端である『死者』を処理しつつ、如何にして、本体を効率良く燻り出すか。
埋葬機関のエースである母さんの、経験に基づいたノウハウの数々が、徹底的に叩きこまれた。
死徒の捜索が遅れれば、その分だけ犠牲者が増えるって事になる。
当然、俺も真剣になった。

3年目。デビューに向けての最終調整で、あっと言う間に過ぎ去った。
ここで、(一応)カトリックとして正式な洗礼を受けた。
洗礼名は、ずっと前から考えていた。
空――シエル――つまり、母さんと同じ。
俺は神様は信じてなんか無いけど、大好きな母さんと同じ名を使いたかった。
俺は、2代目シエルとして、異端狩りをする事になるのだろう。
そして吸血鬼の本場、欧州に母さんと一緒に行き、吸血鬼狩りの実践授業を受けた。
そこまでやって、俺は法王庁に連れられ、埋葬機関に紹介された。
埋葬機関としては、一応、俺を受け入れてくれるようだ。
今後は、結果次第って所だろうな。

「もう、私から教える事はありません。あとは経験を積むだけですよ。
さて、私は引退ですね。フフフ…これで、ゆっくりとカレーが食べられます。
貴方は2代目シエルとして、どうか頑張って下さいね」
俺は、表の世界での中学卒業と同時に、欧州に飛んだ。
表向きは、海外留学って事になってる。
が、実際は、埋葬機関の見習いとして異端狩り稼業に就く事となった。
エクソシスト・シエル2世志輝の誕生…って言うのは大袈裟かな。

俺の見習いとしての期間は、あっという間に終わった。
着任直後、いきなり死徒を始末。これを皮切りに、半年で5体を血祭りに上げた。
欧州で再会したアルクェイドと組むことが多くなってからは、飛躍的にスコアが上がった。
埋葬機関には、次第に認められるようになったのか、
徐々に大事な仕事を任されるようになった。

俺にとって、欧州での生活は悪くは無い。
仕事が終わった後、アルクェイドと遊びに行くのが何よりも楽しみだ。
母さんは毛嫌いしてるけど、彼女は実に陽気で、一緒に居て楽しい人だ。
パリのシャンゼリゼ通りは何度も一緒に歩いたし、ローマでは休日ごっこもやった。
欧州の至るところを遊び回ったが、まだまだ飽きないな。
ところで、エクソシストである俺が、
真祖の姫君とはいっても、吸血鬼と付き合いがあって大丈夫なのだろうか?
と考えない事も無いが、埋葬機関としては、逆に真祖の姫君とのパイプを買ってるらしい。
ま、そういう事なので、気にしないことにした。



――――ま、これが、俺のエクソシスト稼業への至る経歴の概要ってワケだ。
「ごちそうさま。琥珀さん」
「はい、おそまつさまでした☆志輝さん、今からご実家に?」
「うん。そのつもりだよ」
「行ってらっしゃい。志貴さんによろしくお伝えくださいね」
さて、琥珀さんの料理で腹いっぱいになった事だし、実家に顔出すか。

住宅街の真ん中。そこに実家のパン屋がある。
店では、パンとケーキを売っている。
夜明け前。絶望的に朝が弱い母さんを放っておいて、父さんがパンを焼く。
開店直前に、店自慢のカレーパンを揚げる。その匂いで、ようやく母さんが目を覚ます。
揚げたてのカレーパンで、じっくりと朝食を食べた母さんが、今度はケーキを焼き始める。
こんな感じで、この店の1日が進行していく。
あ、ケーキと言っても、同人誌でよくあるような、カレー味のそれでは無いから、安心して欲しい。

窓から店を覗く。
店内は閑散とし、中には両親のみ。
昼下がり。昼食の客とおやつ客の、ちょうど狭間の時間になる。
あと30分もしたら、ケーキを求めるお客が、ゾロゾロとやって来るだろう。
この僅かな時間、両親は憩いの時間を満喫している。

父さんを見る。
どことなく弱々しい雰囲気は相変わらず。
メガネの奥に光る、恐ろしい力を秘めた、禍禍しい宝石のような目。
でも、傍らの母さんを見つめるそれは、優しい。

母さんも見る。
春の日溜りのような、暖かな笑顔。
父さんを見つめる、幸せそうな表情。

ロアの忌々しい呪縛に振り回された、辛いというには生易しい半生。
志貴父さんは自らの力で、自身も、そして愛するシエル母さんも、その呪縛から解き放った。
そう、命を賭して、愛する者の悲しい運命を、その魔眼で殺した。
父さんと母さんは、俺の想像もつかないような試練を乗り越えて、幸せを勝ち取ったんだ。
その幸せが長く続くように、俺は、裏世界に生きる道を選んだ。
日溜りに身を寄せ合う、父さんと母さん。
その幸せそうな姿を見てると、やっぱり、俺の選択は間違ってなかったって―――

「志輝。入ってきたらどうだ?」
「そうですよ」
ハハハ…バレてた?



「―――それで?」
「うん。そいつが余りにも無防備でねぇ。簡単にシッポを出しやがるものだから、
『ああ、奴は俺が無名なものだから、素人と思って罠を張ったんだろう』って思ったね」
「その若いエクソシストが、第7の埋葬者シエルと、
アルクェイドを殺しアカシャの白蛇を滅ぼした、遠野志貴との子と知らなかったのが、
彼の運の尽き。ですね」
母さんがお茶を出してくれて、再会を祝うお茶会となった。

「そう言う事☆でも、奴と対峙した時は、流石に黒鍵じゃ分が悪いと思ってね。
久々に魔眼を使ったよ。奴は、直死の魔眼が出るなんて夢想だにしなかったんだろうね。
あっという間に決着がついたよ」
「最初は何者かは知らなかったけど、倒してみたら、これが大金星でしたのよね」
「そうそう、法王庁から呼び出しを食らってね。何事かと思ったら、
その倒した死徒が、27祖の一人の何とか、って奴だったんだよ。驚いたよ…マジで」
「これを期に、無名だった志輝ことシエル2世の名が、埋葬者と吸血鬼の世界で、
一躍有名になったのよね〜」
「そうなんです。初代としても、鼻が高…って、ちょっとアルクェイド?
何で貴方が、ここに居るんですか!」
何時の間にか、アルクェイドもお茶会に乱入していた。

「別にいいじゃない♪あ、志貴。お茶おかわりね〜」
「…って、志貴さんも何で、そこで注ぐんですかっ!!!」
「別に良いじゃないか。なぁ、志輝?」
「うん」
家中におけるアルクェイド肯定派たる、父さんと俺は、何事も無く答えた。

「良くありません!アルクェイド?
私の目の届かないからって、ヨーロッパで私の息子をたぶらかすのは止めてください!!」
「人聞きがわるいわね〜志輝の後見人、って呼んで欲しいわね」
「どこがですかっ!第一、貴方は『人』じゃないでしょっ!!」
「まあまあ…俺もアルクェイドには世話になってるんだから、あんまり悪く言わないでよ」
アルクェイド否定派の母さんは、怒鳴りっぱなし。
流石に見かねた俺が止めに入った。

「ちょっと志輝?貴方、アルクェイドに頼ってばかりじゃないですか?
あんなあーぱー風情に頼ってるから、腕が鈍るんですよ!」
腕が?それ、どう言う事?

「はぁ…自覚が無いのですね…良いですか?昨夜、貴方が倒した死徒の事です。
あの程度の死徒を捜索するのに、ど・れ・だ・け時間をかければ気が済むのですか?」
「え?そ、それって…第一、あの死徒はレベルが低かったから、死者の数も少なかったし…」
「違います。貴方が余りにも手間取るものですから、私とお父さんとで、
あらかたの死者を始末したんですよ」
嘘?!そんな…何てことだ!!俺は愕然となった。
『1日遅れると10人死ぬ』と教えられ、俺も一刻も早く探し出さねば!と、
常に気を配ってたつもりだった。それが、この体たらく…情けない。

「ごめんなさい…ちょっとチヤホヤされて、浮かれてた。俺が悪かった。本当にごめん…」
おれは謝った。でも、もしかすると、俺の不手際の所為で死んだ人がいるかもしれない…
そう思うと、情けなさと悔しさで胸が痛くなる。
「分かってくれましたか?その悪い事を素直に謝る、その謙虚な気持ちは良いですよ。
よろしい♪その気持ちを大事に、次から頑張りなさいね」
母さんが、俺の肩をポンと叩いて励ましてくれた。

「とりあえず、後の浄化はきちんとやりなさいね。
貴方、狩るだけがメインで、浄化業務はあまりやってないのでしょう?
良い機会ですから、復習も兼ねて、浄化の方法をもう一度教えましょう」
母さんの笑顔に、ちょっとだけ救われた。

「って事は、志輝は当分、日本にいるんだ。ねぇ、志貴?今度、志輝と3人で遊びに行こうね〜」
「このあーぱーがぁぁ!!!!!!
いい加減、私の家族に手を出すのは止めてくださいっっ!!!!!!」
「酷い事いうわねぇ。志貴たちが、いつからシエルの所有物になったのよ〜?」
「貴方のモノでもないでしょうが!!」
顔を合わすたびに、お決まりのように喧嘩する、母さんとアルクェイド。
父さんを見ると、この事にはすっかり慣れてるらしく、
肩をすぼめて『ダメだこりゃ』のジェスチャーを取っていた。




「あははは〜相変わらず、仲がよろしいのですね〜」

「冗談じゃないわ!誰があんなバカと?」
「そうですよ!あんなあーぱーと仲が良いわけないじゃないですか!!」
「「…って琥珀さん?」」
声のする方を、一斉に向く俺ら。そこには琥珀さんの姿が。

「今夜、秋葉さまが、志輝さんの帰国パーティをするとおっしゃってます。
お店が上がりましたら、皆さんでお屋敷にお越し下さいね」
「妹が?OK。行く行く〜」
「貴方はいいんです!貴方は無関係でしょうが!」
「あははは〜私、お買い物がありますから、失礼しますね。ではお待ちしてます〜♪」
琥珀さんは、ケンカを無視し、早々と去って行った。

パーティー…か、楽しそうだな。
母さんとアルクェイド。ああ見えて、琥珀さんの言う通り、仲は悪くないと思う。
それに秋葉叔母さんが加わるんだ。今宵は楽しい宴になりそうだ。
只、叔母さんの酒に付き合うのは難儀だけど。

「よーし、今日は早めに店を上げるか。志輝、奥にエプロンがある。店を手伝ってくれ」
「えへへ〜わたしも手伝うよ〜」
空想具現化させたのか、アルクェイドはエプロン姿になっていた。
「貴方は消えてなさい!!」
「裸エプロンの方が良かったかしら?志貴?」
「バカぁぁぁぁぁぁ!!!!」
微笑ましいケンカを繰り広げる人達。
エプロンを着ながら、この光景を眺めて、思わず笑みを浮かべている俺がいる。
俺の身の回りの、そして俺が大好きな人達は、皆、相変わらず幸せなようだ。
この人達の幸せが、俺にとって、何よりも幸せだ。
その為なら、どんな代償も惜しくは無い。

ま、俺の選んだ道は、間違ってなかった。そう信じて良いだろう。

俺は母さん同様、別に神様は信じては無いけど、
もし神様がいるなら、心の底から願いたい気分だ。

この人達の幸せが、何時までも続きますように―――


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