その他





クロダイ、イシダイ、グレ、スズキ、根魚、青物と
釣れる魚について私見を述べてみたが、
釣りは目的魚を釣る事だけが道ではない。
事実、釣りを愛する人のほとんどは、
釣れた魚が目的魚以外であっても、
目的魚に勝るとも劣らない何かがあれば、
それなりに満足感を味わえるものだ。
少なくとも波止釣師の方々の多くは、
臨機応変な楽しみ方を知っているようで、
こうでもなければ、波止釣りなどやってられない。
と言うより、これが手軽な波止釣りの楽しみ方なのだ。
我々が行う「名古屋釣法」とは、
クロダイを効率良く釣り上げる為のものだが、
ミャク釣りや感釣り、フカセ釣りの進化型であり、
これらの釣法で釣れない魚は無い。
ここに挙げられる魚は、本来の釣りをしていて、
釣れてしまった、あるいは釣れてしまう魚であり、
ゴンズイ、磯ベラやフグ、スズメダイのように、
必ずしも歓迎される魚ばかりでは無い。
しかし、釣り人側の想像を絶する魚も未開であり、
そんな魚が釣れる事を、胸ときめかせ待つ事も可能だ。
マダイ、コショウダイにヒラメ、マゴチ、カレイや・・・・
各々すべてが釣りたいターゲットと成りうるハズである。
「想像出来た釣りとそうで無い釣り」
どちらがときめくかを、ここで良く考えてほしい。
過去に3時間半で58枚のクロダイを釣った事がある。
平均で40cmを越えており、納竿時は腕が上がらなかった。
バラした数が3割強あるので、約1枚/3分で釣れ続け、
まさに入れ食いであった。
これはこれで楽しい釣りではあったが、
釣れてくるのは全てクロダイであり、ゲップが出たのも事実である。
この時、隣で手解きをしてあげた釣り人が3枚釣り、
その内の1枚が55cmあった。
彼は魚拓を取ると言って、そのクロダイを大切に持ち帰った。
自分は50オーバーすら釣れなく、気は焦るばかりだった。
ハッと我に返り周囲を見れば、堤防の上はクロダイだらけ!
しかも干からびて息絶えたモノもある。
ただの殺生に成り下がったこの釣りを、何がここまでさせたか?
それは60cmオーバーが出るかもと言う願いからだったが、
現実は甘く無く、結局49.5cm止まりだった。
今思えばこの時の結果は想像出来たものである。
鬼畜の如く釣り続ければ、切ない願いもただの欲!
初心に戻り、一枚一枚を大切に扱えば、
バラした中には、少なくとも50オーバーは居たかも知れない。
この時55cmを釣り上げた人は、
まさか自分にこんな大物がと思ったに違いない。
また、その時の感動は私にも覚えがある。
ここで考えて頂きたい。
何のために釣りをするのだろうか?
好きだから?暇だから?それともストレス解消?
何れにせよ、釣りは行う人の心を動かす力を持っている。
その力を自分自身に効率よく取り入れる事が肝心である。
すなわち「感動」する事で、心が活性化する。
この事は全ての趣味に対して言える事だが、
感動の無い釣りはただの殺生に等しい。
人それぞれ感動の価値観の差異こそあれ、
この心の栄養補給を怠っては、どんなに沢山釣っても、
良い釣りは出来ないと言えよう。
前例は自慢話では無く、神様が与えた教訓であった。
話はややそれたが、実は我々の釣りで
その他に登場する魚は感動を与えてくれるモノが多い。
え〜?!こんな所でこんな魚が?なんてのは、代表的な例で、
いつもワクワクドキドキしながら釣り糸を垂れている。
決して想像してはいけないと言っているのでは無い。
我々とて、イシダイを釣りに行く時には良い釣果を想像し、
それなりの結果は出すが、
次の一投で記録魚を釣ると行って釣れた試しは未だ勝手無い。
想像は欲望に変貌を遂げ、挙げ句に殺生と成り下がる。
このパラドックスから抜け出る事が出来た時、
「狙っていても狙わない?」と言う不可思議な経験をする。
こんな時に記録魚は出る。
又、真の感動が与えられるような気がする。
そう感じるのは私だけか?
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