To Live and Die in Tokyo : Part 3 of 3 影なき狙撃者 ちょうど去年の今ごろ。土曜の朝から(といっても13時ごろのことだからもう立派な昼だが、そういう細かいことを言う人間は嫌いだ!表に出ろ!オレは中にいます)ハリー・ポッターが訪ねてきた。 と言えば皆さんは「はあ?」とおっしゃるだろう。実際オレも言いましたよ。「はあ?」 とにかくドアベルがピンポンピンポンピンポンピンポンうるさいので何だよ!とドアを開けたらハリー・ポッターが立っていたのだ。何がどうハリー・ポッターなのかはよく判りませんが、要はまァ何かそのへんで購入したとおぼしき何か変なガウンみたいな服を着て、変な眼鏡をかけて額に変な模様を描いた変なガキが立っていたのであります。 ああわかった、これはハリー・ポッターだ。とオレは思った。だがハリポが土曜の朝から、いやもう昼だが、うるさいなあ!オレは仕事に行かなきゃいけないんだよ!ハリポが何の用だね。オレは聞いた。猫がニャーとか言いながら出てきたのでお前は下がってなさいと居間に押し込んで、で何の用だよ!ハリポ!と聞けばハリポは「お菓子ください」と言う。 「はあ?」オレは答えた。「なんで」 ハリポは黙って下を向いていた。オレは腕組みをしたまま奴を見下ろしていた。煙草の灰が玄関にぽとりと落ちた。何となくイラッと来たので「なんだお菓子くださいって。おい!お前いくつだ!」と怒鳴ると「10歳です……」と言う。「なんで10歳でお菓子貰いに来てんだよ!おかしいじゃねえか!」思わず駄洒落を言ってしまいました。もうだめだ!と思っていたらハリポ(10歳)が「今日は……ハロウィーンだから……」と呟いた。 ああー……なるほど!確かに今日は10/31でございますよ。何かアメリカのガキが街中をお菓子貰って歩く日だ。オレも『E.T.』を見たからね、それぐらいは知ってますよ。だが待て、いま何時だ。13時だ。お菓子貰って歩くにはちょっと早いんじゃないのか、と聞けば「お母さんが行ってこいって言ったから……」ハリポは消え入るような声でそう答えるのであった。 オレは何か急に気の毒になりまして。だってどこかの狂った母親が手前の息子に変な服着せて、何か無理矢理アメリカのお祭りをやらせてるわけですよ。ひとりで!それも昼日中に!狂っとる!ガキはいまにもオシッコ漏らしそうな顔してますよ!そりゃそうだ、昼下がりのマンション、温和なオバハンでも出てくるかと思ったらパンツ一丁に「スイサイダル・テンデンシーズ」と書かれたTシャツを着た30男が煙草を噛みながら出てきたんだから。 というわけでオレは下を向いているハリポに「……ちょっと待ってろ」と言い残し、とりあえず冷蔵庫を開けた。猫がニャーとか言いながら近寄ってきたが、ご飯はさっき食べたじゃないのと諭したらフンと言って去っていった。冷蔵庫には何も入っていなかった。戸棚を探るとボンカレーを2つ見つけたので、それを玄関口のハリポにくれてやった。ハリポはピンサロで自分の母親と同い年ぐらいのガリガリのババアが出てきた時のような顔をして「……ありがとうございます」と言った。その顔は16年ほど昔、夜中の3時に友人の坪川君を起こして「お前にいいものをやろう。これでも食え」とイワシの油漬けの缶詰をあげたら「ありがとう、明日食べるよ」と言うので「バカ野郎!いま食え!」と缶切りを渡して無理矢理イワシの油漬けを食べさせた時をオレに思い出させた。あの時の坪川君も、オレの目の前でボンカレーを2つ持ったこのハリポのような顔をしていたっけ。 そんなわけでハリポを追い返し、オレは仕事に出かけたのでした。 コラム不毛地帯にもどる やつらか俺たちか本部にもどる |