ヒーリングIN答練
PART 1 人はなぜ答練で傷つくか
PART 2 答練で傷ついたときの対処法
PART 3 答練で傷つかないための添削方法
PART 1 人はなぜ答練で傷つくか
少しわけあって、
緊急企画として、
「ヒーリングIN答練」を書いてみたいと思います。
なお、ヒーリング答練といっても、
ある事例を出題し、
「この場合におけるヒーリング方法について論ぜよ」
というのを答えてもらうものではありません。
でも、これもおもしろいかも。
ただ、誰も答えないやろね。
さて、PART 1は、「なぜ答練で傷つくか」を、
徹底分析したいと思います。
まず、司法試験は年一回しかなく、
また大学受験とは違い、定期的な総合模試というものは
直前期にしかありません。
とすれば、普段の勉強の成果は、週一度(二度)の答練でのみ、
現れることになります。
そのような答練で悪い点を取ってしまうと、つい
「今までの勉強の成果は一体なんだったんだ」と
思ってしまうのです。
これが、理由の第1点です。
次に、採点、講評の言葉に傷ついてしまうことがあげられます。
人と接する機会が少ない受験生にとっては、
答練の添削は、貴重なコミュニケーションの一環をなしているといっても、
過言ではありません。
そのような添削で、『勉強不足です』とか、『ずれています』とか書かれると、
正当な意見であることはわかっているとはいえ、
やはり、傷ついてしまうでしょう。
ある意味、自分がだめだといわれているのに近いですから。
ましてや、手抜きの添削や、的外れの添削をされると
(添削者も人の子だから、このようなことは考えられなくはない)
なにいってんねん、という腹立たしさが、
湧き上がってくるものと思われます。
第三の理由として、「自分の意見を分かってもらえない」
と感じることがあげられると思います。
答案は、司法試験に合格するような答案でなければならないですが、
ある程度自分の考えを書くべきところもあります。
とすれば、もはや答案は自己表現の一環をなしているわけです。
そのような答案に対して、『全然違います』などと書かれようものなら、
自分が悪いとは思いつつ、それ以上に、
自分の意見を分かってもらえなかった、という失望と怒りが、
先にくるのではないでしょうか。
そして、傷ついてしまうのだと思います。
このような理由で、人は答練において傷つくのだと思います。
もっとも、添削がまっとうな意見であれば、それを尊重する必要があります。
しかし、まっとうな意見であっても、
人を傷つける恐れがあることは、
否定できません。
『その意見が正しいか否か』という問題と、
『その意見が人を傷つけるものであるかどうか』という問題とは、
明確に分けて考えるべきだと思います。
正しいからといって、すべて書いていいとは限らないと思うのです。
だから、正当な添削であっても、それによって傷つく可能性は
十分にあるわけです。
ゆえに、人が答練や添削に対して怒ってしまうのも、悲しんでしまうのも、
傷ついてしまうのも、
ありうることです。
決して怒ったその人が悪いとか、
勉強不足やのになにえらそうなこといってんねんとか、
そう言うわけではないと思います。
さて、ここまで分析したのですから(たいした分析ではないけど)
PART 2では、このように傷ついてしまった場合、
どうすれば少しは癒されるか、
どうすれば気持ちが少しでも楽になれるか、
それを考えて見たいと思います。
「答練なんか気にするな」といわれても、
受験生活において大きなウエイトを占めている答練の結果が
全然気にならない人は、きっと多くはないと思うしね。
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