このページでは、最近のインフルエンザに関するトピックスをかなり詳しく説明しています。
インフルエンザは高齢者などのハイリスク群にとって大きな脅威ですが、誰がインフルエンザウイルスの感染を受けやすいかというと別の問題となります。感染経験の少ない学童生徒が最もインフルエンザに罹りやすく、彼らが集団生活をする学校がウイルスの主な増幅場所であり、従ってインフルエンザは学童生徒によって学校から社会へと広がっていくという考えがあります。
この考えに基づいて、1962年にわが国では、社会全体のインフルエンザを制圧する目的で、全ての学童生徒を対象としたワクチンの集団接種が開始されました。
その後、ワクチン製造に用いる発育鶏卵の品質管理や精製技術の改良が行われ、1972年にエーテル処理によるウイルス脂質成分の除去法が導入されて現行のHAワクチンが実用化されました。これによって、局所反応や発熱、ショック、神経系の後遺症等の重篤な副反応・副作用の出現は減少し、現行ワクチンは世界的に見ても安全性の面ではほぼ満足のいくものと評価されています。
一方、我が国における学童生徒の集団接種方式を巡って、科学的ないし社会的な面から様々な議論がありました。社会全体のインフルエンザ流行を防ぐために学童生徒全員にワクチン接種を強制するのは人権問題であるとの批判、また学童生徒全員にワクチン接種しても社会におけるインフルエンザの流行は制圧されていないとの批判など、ワクチンの接種目的、接種対象、接種方式に対する様々な批判が起こってきました。また必ずしも科学的評価に耐えられない多くの野外試験の成績と誤った解釈によるワクチン無効論が唱えられ、まれに起こる重篤な副作用に対する行政対応が必ずしも適切ではなかったことが強調され、更にそれらに基づく様々な誤解から生じたインフルエンザワクチン全体に対する不信感がマスメディア等によって増幅されました。その結果、1980年代後半からワクチン摂取率が急激に低下していきました。
これらの批判とは別に、80年代後半には、インフルエンザなどの感染症は本人の責任で防止に努めるべきであるという個人防衛の考え方が起こってきました。1994年の予防接種法の改正に際しては基本的にこの考え方が導入され、インフルエンザワクチンは法律に基づく臨時の定期接種からはずされて任意接種になりました。この結論に至った経緯や議論に関する説明が報道等で十分なされなかったためハイリスク群に対するワクチン接種の意義などの情報も少なく、「国がインフルエンザワクチンは無効であることを認めたので、従来の強制集団接種方式を廃止した」との誤解が生じました。そのためワクチン接種を受ける人は極端に減ってきていました。これは、WHOをはじめ世界各国のワクチン政策とは完全に逆行するものであり、近く出現が予想される新型インフルエンザ大流行への対策を検討する上でも大きな問題となっています。
アメリカ予防接種諮問委員会のインフルエンザワクチンの勧告(要約)
1)インフルエンザ関連の合併症にハイリスクな者
65才以上の者
慢性疾患を持つ療養施設の入所者
肺及び心血管系の慢性疾患を有する成人ならび小児(気管支喘息の小児も含む)
慢性代謝疾患(糖尿病など)など免疫抑制状態にあるもの
2)ハイリスク患者にインフルエンザを移す可能性のあるグループ
医師、看護婦、医療施設関係者、ボランテイアなどハイリスクな者に接する人
小児を含むハイリスク群の人のいる家族
3)一般の人
地域にとってなくてはならない仕事に従事する人
寮生活のような共同生活をする人
4)妊婦
インフルエンザワクチンは妊娠期間のどの時期に接種しても安全である。それ ゆえハイリスク条件を持つか、妊娠3ヵ月未満でインフルエンザの流行が始まるときには躊躇なく接種すべきである。
5)HIV感染者
6)海外旅行者
現行のインフルエンザワクチンは、ウイルスに対する感染防御や発症阻止の効果は完全ではありません。従ってワクチンを接種してもインフルエンザに罹患する場合があります。
ここで注意すべきことは、一般にはインフルエンザと「かぜ」が区別されずに混同されていることです。インフルエンザワクチンはインフルエンザウイルスにしか効果を示しませんが、「かぜ」の原因となるウイルスは100種類以上もあります。ほとんどの人は冬季には「かぜ」に罹患しますので、これらのインフルエンザウイルス以外の「かぜ」ウイルスの感染をうけて「かぜ」をひいた場合でも、「ワクチンを接種したのにかぜをひいてしまったので、ワクチンは効かない」との誤解が生じることとなります。
インフルエンザワクチンの効果に関しては、ワクチン接種をしなかった場合におこる危険性をワクチン接種によってどのくらい減らすことが出来るかという相対危険で表わすことが合理的であるとされています。しばしば「有効率75%」などの言葉が使われていますが、これは、「ワクチン接種者100人のうち75人が発症しない」ということではなく、「ワクチン接種を受けずに発症した人の75%は、接種を受けていれば発症を免れた」ということを意味しています。このことが理解されていないことも、インフルエンザワクチンの効果に対する不信感を助長してきた一因であると考えられます。
また、インフルエンザワクチンの有効性を評価する際には、どのような環境で生活するどのような人を対象として、何をもって効果判定の指標とするかを明確にしておくことが大切です。これがあいまいですと、ワクチン効果についての討論も噛み合わなくなってしまいます。
これまでわが国では、ハイリスク群に対するインフルエンザワクチン接種を積極的には行ってこなかったので、ハイリスク群におけるワクチンの効果についての詳しい研究成績はほとんどありません。
一方、アメリカでは毎年のようにワクチンの効果を調べて公表しています。これによると、
・ワクチン接種によって、65歳未満の健常者についてはインフルエンザの発症を70〜90%減らすことができる。
・65歳以上の一般高齢者では肺炎やインフルエンザによる入院を30〜70%減らすことができる。
・老人施設の入居者については、インフルエンザの発症を30〜40%、肺炎やインフルエンザによる入院を50〜60%、死亡する危険を80%、それぞれ減少させることができる。
このように、インフルエンザワクチンの効果は100%ではありませんが、高齢者を中心としたハイリスク群において、肺炎などの合併症の発生や入院、死亡といった重篤な健康被害を明らかに減少させる効果が示されています。これはWHOをはじめ世界各国でも広く認められており、この事実に基づいてハイリスク群を主な対象としたワクチン接種が勧告され、その実施が積極的に進められています。
従って、わが国でも、ハイリスク群の健康被害を防ぐことを第1の目標として、インフルエンザワクチン接種を積極的に奨める必要があるものと考えられます。
アメリカでは積極的に接種を行うように勧奨されていますが、日本では違っています。
「日本のワクチンの注意書き(能書)には、安全性は確立されていないので、接種しないことを原則にすると記載あり。妊婦に対する接種に関して、十分なデーターはありません(接種数が少なく、全体を述べることは出来ない)。 理屈の上からは不活化ワクチンですから、一般的な副反応以外は問題がないように思われます。従ってきちんとした説明があれば、接種可能であると思います。また授乳者に対しては、問題ないと思います。」(専門家の意見)
高齢者へのワクチン接種は一応のコンセンサスは得られてきたように思いますが、小児・乳幼児への接種はまだ確立されたものではありません。だからといって、このまま手をこまねいて、見ている訳にはいきません。そこで、いろいろな専門家の意見を参考に、一つの基準を示したいと思います。
適応ランク | 適応患者 |
ランク1 | 川崎病や若年性関節リウマチなどアスピリンを継続的に服用しているケース |
ランク2 | 慢性呼吸器疾患(喘息も含めて)や先天性心疾患の患者および酸素吸入を必要とする者 |
ランク3 | 1歳〜5歳の健常児 |
ランク4 | 小学生および0歳児 |
これはもちろん一つの基準であって、日本全国どこでもというわけではありません。
脳炎脳症は、1-5歳の範囲がもっとも多く、0歳児は小学生と同じ程度の発症数です。0歳児については、脳炎脳症の他にも合併症の発生の度合いが少ない、比較的軽症に終わることが多い、抗体の上昇があまり良くいない、などからは、0歳児に対する適応は比較的低い、考えられます。1歳以上幼稚園年令までは、むしろ小学生より適応が高いと思います。 小さい子どもへの脳炎脳症は心配だ、さりとてワクチンも心配だ、どうしたらよいか分からない・・・という親御さんも結構多いと思います。
これまでに報告されている脳炎脳症の患者さんの多くは、家族ことに両親からの感染(外からの持ち込み)です。ことに集団生活をしていない小さい子ども(保育園などの通っている子はそこでかかることが多い)の感染源は両親です。あるいは集団生活をしている兄弟達です。
小学生以上の接種経験はこれまでに多数集積されており、重症合併症は10-100万に1といわれています。「ならば小さい子に接種はやめて、痛い思いはお父さんとお母さん、あなたがやったら一石二鳥」というのもオプションかと思います。
今年から、厚生省は成人は1回でも可と発表しました。これを受けて、当院では一つの基準を作成しました。
年齢 | 接種回数 | |
65歳以上 | 原則2回、ただし75歳までの健常者で、毎年受けている場合は1回でも可 | |
成人 | 慢性疾患あり(*1) | 2回 |
健康(*2) | 1回でも可 | |
小学生 | 原則2回、ただし毎年受けている場合は1回でも可 | |
0歳〜5歳児 | 2回 |
(*1)慢性呼吸器疾患(喘息、慢性気管支炎、肺気腫など)や糖尿病、心臓病などの者。
(*2)高血圧や高脂血症などで内服のみで無症状の者はここに含める。
A型インフルエンザはヒト以外にトリ、ブタ、ウマなどを自然宿主とする人獣共通感染症ですので、天然痘やポリオなどのようにヒトにワクチン接種をすることによってインフルエンザウイルスを根絶することは不可能です。
現行ワクチンの感染防御効果や発症阻止効果は完全ではありませんので、ワクチン接種を受けてもインフルエンザに罹患する場合があり、この場合には患者はウイルスを外部に排泄し、感染源となります。従って、集団接種を行っても社会全体のインフルエンザ流行を完全に阻止することは難しいと考えられます。
インフルエンザウイルスの表面にある赤血球凝集素(HA)という糖蛋白が感染防御免疫に関る主要なウイルス抗原であり、HA蛋白に対する免疫が感染防御に中心的な役割を果たしています。しかし、HA蛋白をコードするHA遺伝子には頻繁に突然変異が起こるために、HA蛋白の抗原構造が次々と変化します。その結果、これまでに感染やワクチン接種をうけて獲得された免疫では十分に対応できないような抗原変異ウイルスが生じます。このような以前の免疫から逃れた変異ウイルスが次々に出現して新たに流行を起こすことになります。従って、インフルエンザでは1回のワクチン接種で終生免疫を付与することは出来ません。
また、ワクチンによる感染防御免疫は抗原性が大きく異なるウイルスには働きません。従って、流行ウイルスとは大きく抗原性がずれたウイルスから作られたワクチンを接種しても、流行ウイルスに対するワクチンの効果は期待できないことになります
従って、インフルエンザワクチンにおいては、常に次のシーズンの流行ウイルスの抗原性を的確に予想し、この流行予測に基づいて適切な抗原性を持つウイルスをワクチン株として選択していかねばなりません。最近では、WHOを中心とした地球レベルでのウイルス監視活動に基づいて、南半球と北半球それぞれに予想される流行株に対応したワクチン株の選定が各シーズン毎に検討されています。そのために、「抗原性が不一致であるのでワクチンが効かなかった」という事態はほとんど起こっていません。
一般に不活化ワクチンによって賦与される免疫は時間とともに低下していきます。インフルエンザワクチンによる有効な防御免疫の持続期間は3カ月程度と短いので、毎年シーズン前に接種を繰り返す必要があります。わが国ではインフルエンザシーズンの1カ月前くらいである11月頃を中心に接種することが薦められています。
現行のHAワクチンは、精製したウイルス粒子をエーテルによって部分分解し、副反応の原因と考えられる脂質成分の大部分を除去したワクチンです。最近は欧米でも、安全性の面からエーテルや界面活性剤処理による部分分解ワクチンが広く使用されるようになってきました。これらは全粒子ワクチンに比べると免疫原性は若干低い(ワクチンの効果が若干低い)と評価されていますが、欧米における成績を見ると実際上はワクチン効果に大きく影響するものではありません。
従って、「わが国のインフルエンザHAワクチンは欧米のワクチンに比べて力価が低いので、ワクチンの効果に関する欧米の成績はわが国のワクチンには適用できない」との批判は現在では根拠が無くなっています。
現行のインフルエンザワクチンは皮下接種されています。しかし、不活化ワクチンの皮下接種では、インフルエンザウイルスの感染防御に中心的役割を果たすと考えられる気道の粘膜免疫や、回復過程に重要であると考えられる細胞性免疫がほとんど誘導されません。これは、インフルエンザウイルスの感染そのものを防御すると言う面では大きな短所であると考えられています。
しかし、この様な欠点を持ちながらも、先に述べたように、ハイリスク群に対する現行インフルエンザワクチンの効果は明らかに認められています。また、ワクチンの皮下接種でも血中の抗体産生は十分に刺激できるので、インフルエンザに続発する肺炎などの合併症や最近問題となっているインフルエンザ脳炎・脳症の発生を抑えることには期待出来ると考えられています。
現在、吸入用ワクチンも開発中です。近い将来実用化されるかもしれません。
現行のインフルエンザワクチンの副作用に関しては、発育鶏卵の品質管理、精製技術の改良やエーテル処理による発熱物質の除去などの技術的な進歩によって、1971年以前の全粒子ワクチン時代に問題となった発熱や神経系の副作用は大幅に減少しています。
しかし、約100万人に一人の割合で重篤な神経系の健康障害が生じ、後遺症を残す例も報告されています。ワクチンは健康被害を防ぐ目的で接種されるのであり、これによって健康障害が生じることは大変残念なことです。これらの原因については良く解っていませんが、被害者の救済・補償が十分に行われる体制を整備するようにしていく必要があります。
(この副作用発現頻度は、他のワクチンと比べてもかなり低く、安全なワクチンの部類に入ります。)
一方、まれに起こる健康障害が強調され過ぎて、ワクチンの有用性に対する一般の理解が後退し、ワクチンの恩恵を受けられなくなることも逆に残念なことです。ワクチン接種の際には、問診表に体調などを正しく記入し、発熱など体調が悪い時にはワクチン接種を避けるなど、医師と十分に相談して接種することが必要です。
また、インフルエンザワクチンには微量ながら卵由来の成分が残存していますので、これらによって発赤やじん麻疹などの局所反応やアナフィラキシー・ショックが出現する可能性があります。卵アレルギーの人はワクチン接種を避けるか、注意して接種する必要がありますので、これも医師と相談してください。
インフルエンザ脳炎・脳症に関する厚生省の調査では、1999年1月から3月までに全国で217例のインフルエンザ脳炎・脳症と考えられる症例があり、男女比に差はあありませんでしたが、別の報告では男性の方が多い傾向にあります。ただ、実際にはもっと多く、推計では、脳炎発症が600〜800人、死亡が100〜200人といわれています。
発症年齢は、5歳までに全体の82.5%が含まれ、中央値は3歳でした。217例のうち、完全に回復したものが86例、後遺症の残ったものが56例、死亡したものが58例で、インフルエンザの発症から脳炎・脳症の発症までの期間は平均1.4日でした。このなかにインフルエンザワクチンの接種例はありませんでした。
なお、高齢者のインフルエンザによる死亡はほとんどが肺炎によるものであり、これは従来より広く知られていた事実で、ここ数年変化したわけではなく、高齢者と乳幼児を同列に論じるのは意味がありません。
臨床経過からは、脳炎・脳症の発症の可能性を予測することは出来ません。症状は、意識障害がほぼ全例に認められ、けいれん、麻痺、嘔吐、精神症状(興奮など)があげられます。しかし、熱が高いときにうわごとを言ったり様子が変だったりすることはインフルエンザではよくみられることであり、また、熱性けいれんはインフルエンザで引き起こされやすく、けいれんをもって脳炎・脳症を予測することは出来ません。ただし、けいれんが長引いたり意識障害がある場合には脳症を疑う必要があります。
インフルエンザの診断は、従来は症状と流行状況からなされていましたが、今シーズンからA型インフルエンザの迅速診断キットが使えるようになり確定診断に役立つと考えられます。ただし、流行期には検査の必要はなく、またB型インフルエンザは検出できません。
現在、脳炎・脳症が引き起こされる明らかな原因はわかっていませんが、調べられたほとんどの例がA香港型だったことがわかっています。1997-1998年はA香港型が流行して患者数は過去10年間で最高になり、脳炎・脳症も多発しました。1998-1999年は同じ型が流行したため、乳幼児や高齢者では重症化した例が目立ちましたが年長児では大きな流行にはなりませんでした。1999−2000年はA香港型とAソ連型の両者が流行したため、ここ2年間でインフルエンザに罹患したのにまた罹っている子が多くなりました。重症化した例はA香港型に初めて感染して発症したものと推察されます。
先日、日本で初めてインフルエンザ脳炎・脳症を報告して警告を発した市立札幌病院の富樫先生の講演を聞く機会がありました。脳炎・脳症を発症した時点で、血液の凝固異常があった例では予後が悪く、死亡例では全身の臓器に血栓などが認められることなどから、ウイルスが全身の血液にまわり(ウイルス血症)、血管の内皮細胞を障害して血液の凝固障害を引き起こし、脳やその他の臓器の血栓や血管の破綻を来すのが本態ではないかという説を述べていました。その他にもいくつかの説がとなえられており、遺伝的因子や人種などの要因も考えられていますが、詳しくはわかっていません。
欧米におけるライ症候群とアスピリンの関係から、インフルエンザ脳炎・脳症についても、解熱剤が関与しているのではないかという懸念があり、ジクロフェナクナトリウム(商品名ボルタレン)、メフェナム酸(商品名ポンタール)、アセトアミノフェン(商品名アンヒバ、カロナール)、その他の解熱剤の使用について検討されました。その結果、ジクロフェナクナトリウムまたはメフェナム酸が使用された症例では死亡率が高かったものの、これらの薬は熱が高くなる重症例に使用される傾向があり、統計的に解析してこれらの解熱剤と死亡についてわずかながらも関係が疑われる結果が得られました。
アセトアミノフェンについては解熱剤を使用しない例と死亡率に差はありませんでした。
この結果は、科学的な判断を下すには十分な情報とは言えず、脳炎・脳症を発症した症例の中で死亡例と生存例の比較をしても本当の危険性は証明できないだろうという意見が多いのですが、従来よりこれらの薬は低体温やショックなどの副作用も指摘されていました。世界的にみてもアセトアミノフェンおよびイブプロフェン(商品名ユニプロン)が第一選択とされており小児のインフルエンザ患者に使用されていますが、欧米では脳炎・脳症の多発はみられておらず、脳炎・脳症の発症に関連はないというのがコンセンサスになっています。当院でもこの調査結果も踏まえて、インフルエンザ流行時はポンタールをカロナール細粒・錠に変更していきます。
ここでポイントになるのは「熱さましを使用したのに熱が下がらないから心配」と考えないことで、熱を下げないと悪くなるのではなくて、悪化するときは熱も下がらないということです。これは表現上の微妙な違いにみえるかもしれませんが、大きな違いがあります。
インフルエンザそのものの治療として、アマンタジン(商品名シンメトレル)はA型のみに有効で、使用すれば熱の下がりも良いのですが、耐性ウイルスが出現しやすいことなどにより全員に投与するわけにはいきません。
実際、脳炎・脳症に対しては確立した治療法はなく、脳保護療法、抗脳浮腫療法が主体で、最近低体温療法が小児にも試みられています。
アマンタジンも脳炎・脳症の治療に試みられていますが、有効性について結論は出ていません。アマンタジンを早期に服用させていれば脳炎・脳症に進展しないというデータもありません。脳炎・脳症を疑ってどの時点でアマンタジンの投与を開始するかについては一致した意見はなく、特に1歳未満の乳児に対する使用には反対意見もあります。
インフルエンザワクチンは、乳幼児にも他のワクチンと同程度の安全性で接種することができますが、その有効性は学童に比べると低くなり、特にB型インフルエンザでは効果が落ちるようです。また、世界的にみて1歳未満の乳児にワクチンが大規模に接種された経験がないことから、その適応にはまだ議論が残るのが現状です。
脳炎・脳症を発症した例にワクチンの接種例がなかったことが、脳炎・脳症の予防効果を持つことの証明にはなりませんが、A香港型インフルエンザに伴うウイルス血症が発症に関与しているとすれば、血液中の抗体を高めるワクチン接種に予防効果があると推測するのが妥当であり、脳炎・脳症の発症まで平均1.4日と短時間であることから、治療は非常に困難であり、インフルエンザそのものの発症予防としてワクチン接種が重要であるという意見が大きくなっています。
抗A型インフルエンザ薬であるアマンタジンは、A型ウイルスの表面にあるM2蛋白に作用してインフルエンザウイルスの細胞への侵入を阻止し、抗ウイルス作用を発揮します。B型インフルエンザに対しては無効です。
我が国では、アマンタジンは臨床的に評価された精神活動改善作用から、抗パーキンソン剤あるいは脳梗塞に伴う意欲・自発性低下の改善を目的としてこれまで使用されてきましたが、1998年12月抗A型インフルエンザ薬として認可されました。
1997年に発見された新型インフルエンザH5N1が日本で流行したら、大変とばかりに厚生省は急いで認可し、ついでに一般のA型インフルエンザに拡大適応されたというのが実際のところのようです。
ところが、厚生省も認可したのはいいけれど、一部の専門家から、使いすぎると耐性株が出現するので使わない方がいいなどという意見が出たためか、具体的な対応策を示しませんでした。実際どのように投与すればいいのか、現場は混乱し、欧米の方法を真似るしかありませんでした。
また、この薬はA型にしか効かないわけですが、診察だけでAかBか判断することは当然できず、さりとて迅速診断キットは保険適応されていないとなれば、なかなか思い切って投与に踏み切れないのが現状でした。当院でも、医療関係者に限定し、十分説明した上で、2例だけ投与しました。
本年から、診断キットが保険適応され、約10分で診断可能となりましたし、日本での使用例もかなり見られてきて、少しデータも集まってきているようなので、ケースによって使用していこうと考えています。
1964年にDaviesらにより米国で開発されたアマンタジンは、A型インフルエンザに対する予防内服・治療薬として米国では広く使用されており、老人ホーム入居者を中心に、毎年のインフルエンザ流行期には、約100万人が内服しているといわれています。A型インフルエンザの予防率は50〜90%と言われています。
アマンタジンはインフルエンザウイルスに対する特異的療法として、インフルエンザウイルスの脱殻、侵入を阻止し、抗ウイルス作用を示すと考えられており、感染防止の効果はやや低いが、発病を防止する臨床効果は70〜90%と報告されています。
治療効果に関しても、有熱期間の短縮が認められ、全身症状や呼吸器症状に対しても効果が見られています。
アマンタジン100mg経口1日2回(1日200mg)は,インフルエンザAに対して予防的に用いられうる。インフルエンザAの流行中,家族の構成員および患者の他の親密な接触者そしてインフルエンザによって罹病が高まる危険性のある人に投与されるべきである。アマンタジンの投与中,以前に予防接種を受けていない人はワクチンを受けるべきである。そして,アマンタジンは,2〜3週間で中止する。
もしワクチンが与えられなければ,流行が持続する間,通常は6〜8週間続けなければならない。アマンタジンは,神経質症,不眠症,あるいは他の副作用を約7%の人々に起こす。これらの副作用は,高齢者や中枢神経疾患または,腎機能障害を持つ人でより顕著である。よって,これらの患者では減量が必要である。
リマンタジン(米国で認可を受けつつある新薬)は,アマンタジンのアナログであるが,別の薬物動態を持ち,同等の用量で副作用はより少ない。それはほぼ同等の効力で,アマンタジンの代替として使用しうる。
【個人的意見】
要するに、ワクチンの効果が現れる2〜3週間の間を、このアマンタジンで埋めるという感じでしょう。逆にいえば流行前に、ワクチンをきっちりすませておけば必要ないということになります。個人的に言えば、副作用の問題もあるので、あまり予防的には服用したくないというのが本音です。
診療に当たっての投与量は、通常1日200mgを2回に分けて内服(副作用の1つに不眠があげられているので、朝、夕の2回に投与)、小児では適宜減量する。
投与はなるべく早くから(発病後48時間以内)開始し、症状軽快後48時間まで続ける。最近ではアマンタジン耐性の問題が浮上しており耐性ウイルス株出現の可能性を警戒して、アマンタジンの投与は一般的には3-5日間あるいは所見、症状消失後24-48時間までとされている。
また、アマンタジンは体内で変化を受けず腎から排泄されるので、腎機能低下が見られる症例では投与量を減ずる必要がある。
副作用としては不眠、興奮、集中力低下などの中枢神経系の症状と悪心、食欲不振などの消化器症状があげられているが、これらの副作用は通常軽度で投与を中止すれば消失する。しかし時には腎不全患者、高齢者で重篤な副作用が見られることがあるとされている。
また、高齢者(65歳以上) では一般的に腎機能が低下する傾向にあり、その投与には、慎重を要する。
【個人的意見】
日本での使用経験のデータを見てみると、確かに臨床症状を軽減する効果は十分認められますが、発熱してすぐに投与を開始しないと意味がないようなので、外来ではなかなか難しいかもしれません。その意味でも、熱が出たらすぐに受診した方がいいでしょう。
あと投与量ですが、1日200mgは少し多いような印象があります。とくに高齢者は100mgで十分のようです。成人の場合も100〜150mgぐらいが妥当ではないでしょうか。
パーキンソン病治療薬として、高齢者には長年の使用経験がありますし、また高齢者のワクチン接種が普及しづらい現状(依然、公費補助はない)では、やはりアマンタジン投与の中心は高齢者になると考えられます。
とくに、施設入所者はよい適応になるのではないでしょうか。施設の嘱託医もしている関係上、今年から積極的に投与を開始しようと考えています。昨年度は、一昨年に比べて患者が少なかったので使う機会がありませんでした。
小児への投与はまだまだデータが少なく、実際問題として外来で投与するのは難しいと考えます(とくに乳幼児)。脳炎・脳症を発症した場合は、必要になると考えられますが、現時点ではっきりした有効性は示されていません。
唯一外来で考えられるケースとしては、数日後に受験をひかえている受験生などで、場合によって投与を考慮してもいいかもしれません。
日本でのアマンタジンの位置付けを厚生省ははっきり示すべきでしょう。投与量や投与期間、小児への使用法など不明な点が多すぎます。
あとは、乱用による耐性株の出現がやはり気になるところです。A型インフルエンザ以外のかぜなどに、むやみに投与されると必ず耐性株が出現するでしょう。
ノイラミニダーゼはインフルエンザウイルスの表面に存在する酵素で、気道内でのウイルスの複製に深く関与しています。ザナミビルは強力で選択性の高いノイラミニダーゼ阻害薬であり、インフルエンザA型、B型両方に有効です。また、ウイルスの表面蛋白質は毎年変異しますが、この薬剤はウイルスの変異に影響されることなく有効性を発揮するといわれています。また耐性が出現しなのが、大きな特徴といえるでしょう。
昨年度中に、日本で認可される予定でしたが、結局見送られました。今年も今のところ、認可されたという話は聞きません。また、吸入薬以外に、内服薬がでるのかどうかも不明です。
オーストラリアやニュージーランドではすでに発売されています。
理論的には、非常にいい薬だと思います。日本での認可が待たれます。ただ吸入だと、副作用が少なくていいのですが、乳幼児や高齢者が使いにくいのではという不安が残ります。
インフルエンザウイルスはウイルス粒子内の核蛋白複合体の抗原性の違いから、A・B・Cの3型に分けられ、このうち流行的な広がりを見せるのはA型とB型です。A型ウイルス粒子表面には赤血球凝集素(HA)とノイラミニデース(NA)という糖蛋白があり、HAには15の亜型が、NAには9つの亜型があります。
これらは様々な組み合わせをして、ヒト以外にもブタやトリなどその他の宿主に広く分布しているので、A型インフルエンザウイルスは人畜共通感染症としてとらえられます。そして最近では、渡り鳥がインフルエンザウイルスの運び屋として注目を浴びています。
A型は数年から数10年単位で流行が見られが、突然別の亜型に取って代わることがあります。これを不連続抗原変異または大変異と言います。
1918年に始まったスペインかぜ(H1N1)は39年間続き、1957年からはアジアかぜ(H2N2)の流行が11年続きました。その後、1968年には香港かぜ(H3N2/HongKong)
が現われ、ついで1977年ソ連かぜ(H1N1/USSR)が加わり、現在はA型であるH3N2とH1N1、およびB型の3種のインフルエンザウイルスが世界中で共通した流行株となっています。
HAとNAは、同一の亜型内でわずかな抗原性をさらに変化させるため、A型インフルエンザは巧みにヒトの免疫機構から逃れ、流行し続けます。これを連続抗原変異または小変異と言います。連続抗原変異によるウイルスの抗原性の変化が強くなれば、A型インフルエンザ感染を以前に受け免疫があった人であっても、再び別のA型インフルエンザの感染を受けることになり、その抗原性に差があるほど、感染を受けたときの症状も強くなると言えます。
1997年には、香港でトリ型のインフルエンザA/H5N1が初めて人から分離され、新型インフルエンザウイルスの出現の可能性として世界中の注目を浴びました。香港でニワトリが大量に処分されたのは、記憶に新しいところです。
しかし、幸いにも人から人への感染はなく、その後H5N1の人での感染は見出されていません。しかしすでにH3N2が30年、H1N1が20年連続している状況は、いつ新型に置き換わってもおかしくない状況であり、警戒が必要です。