毎年、O157の感染は見られ、今年もすでに死亡例が出ています。病原性大腸菌が検出されたと聞くと、まずO157が頭に浮かびますが、それ以外の大腸菌もあるので、気をつけてください。実は私の娘も今年の2月に毒素原性大腸菌による胃腸炎で入院しました(感染経路は不明)。
通常の大腸菌は家畜や健康な人の腸内にも存在し、ほとんどのものは無害ですが、一部に人の腸管に感染して下痢などを起こすものがあり、これらを総称して病原性大腸菌と呼ばれています。病原性大腸菌は病気の起こし方によってさらに4つに分類されています。
分類 | 菌名 | 病原性 |
通常の大腸菌 | 常在菌 | 病原性はない。 |
病原性大腸菌 | 病原血清型大腸菌 | 腸管に定着して、下痢を主症状とした急性胃腸炎を引き起こす。 |
組織侵入性大腸菌 | 大腸粘膜に侵入して、血便、腹痛、発熱等赤痢のような症状を引き起こす。 | |
毒素原性大腸菌 | 腸管内で産生される毒素により、水様性の下痢を引き起こす。 | |
腸管出血性大腸菌 | ベロ毒素を産生して、腹痛、血便などの出血性大腸炎を引き起こす。小児や高齢者は、溶血性尿毒症症候群を併発することがあり、重症となる場合がある。O157はここに分類される。 |
便や食肉によるニ次汚染によりあらゆる食品が原因となる可能性がありますが、特に集団発生例では、給食や飲用水によるものが多く見られます。
@食品の加熱調理を十分に行うこと(食品の中心温度が75℃、1分以上)。
A加熱調理済の食品がニ次汚染を受けないよう、調理器具や手指は十分に洗浄・消毒すること。
B水道管直結以外の水を飲用あるいは調理に使用する場合は、必ず年1回以上の水質検査を受け、飲用に適しているか否かを確認すること。
Cビルなどの貯水槽の清掃・点検を定期的に行うこと。
O157は血便を伴う激しい下痢を伴うことから正式には「腸管出血性大腸菌O157」と呼ばれています。
大腸菌は、細胞壁の「O(オー)」抗原と鞭毛の「H」抗原により分類されています。「O157:H7」とは、157番目に発見されたO抗原と7番目に発見されたH抗原を持つ大腸菌という意味です。現在O抗原は173種類、H抗原は56種類見つかっています。
O157が世界的に注目されたのは、1982年2月と5月にアメリカのオレゴン州とミシガン州で、いずれもファーストフードチェーン店のビーフハンバーガーを食べた住民47名が罹患した集団下痢症からです。この下痢症は、子供や成人に関係なく強い腹痛と大量の新鮮血の混ざった水様性下痢(血性下痢)を呈しましたが、患者からO157が分離されました。わが国では、アメリカの集団発生を契機として症例の有無の検索が行われ1985年1月に保存していた下痢患者糞便をさかのぼって調査したところ、1984年8月22日発病の兄弟の事例からO157:H7を検出したのが最初です。
わが国のO157による集団発生は1990年9月に埼玉県浦和市の幼稚園でのものが最初です。この事例では268名が発症し、園児2名が死亡しています。原因は未殺菌の飲用井戸水であることが明らかにされています。
翌1991年4月には大阪市の保育園で161名、1992年4月佐賀県唐津市の保育園で11名の患者数の集団発生があり、以後1994年9月、奈良県三宅町の小学校、患者数250名の発生まで10例が報告されています。
ところが1996年5月、岡山県邑久町の小学校と幼稚園の給食などによる合計468名の集団発生以来、日本全国で爆発的に発生し、1996年は、散発発生も含め有症者10123名、死者12名におよびました。1997年は、散発発生を含め有症者1576名、死者3名でした。
1.発症菌数が非常に少ない
腸管出血性大腸菌O157は食中毒菌の中でも感染力が特に強いのが特徴です。腸炎ビブリオやサルモネラなどの食中毒菌の場合、通常10万〜100万個以上の細菌を摂取しなければ食中毒は発症しませんが、O157の場合はわずか数100個程度の非常に少ない菌数で発症すると考えられています。
2.潜伏期間が4〜8日と長い
一般的な食中毒菌であるサルモネラの潜伏期間は8〜48時間、腸炎ビブリオの潜伏期間は8〜24時間、黄色ブドウ球菌の潜伏期間は30分〜6時間なのに対し、O157の潜伏期間は4〜8日と非常に長く、このため、原因食品・感染源の特定が大変難しいのが特徴です。
3.感染力が非常に強く人から人へ二次感染を起こす
普通の食中毒菌は人から人へ感染することはありませんが、O157の場合はわずか数100個程度の非常に少ない菌数で発症すると考えられています。このため、この菌の場合は糞便等を介して、感染する可能性があるので十分な注意が必要です。
4.熱や一般的な消毒剤に弱い
O157は他の食中毒菌と同様熱に弱く、加熱により死滅します。また逆性石けんやアルコールなどの一般的な消毒剤でも容易に死滅します。したがって、手をよく洗う、肉類は十分に加熱するなど通常の食中毒対策で予防が可能です。
5.O157の毒素
O157が産生する毒素は、アフリカミドリザルの腎細胞由来のベロ細胞に壊死性の変化をおこす毒素で、ベロ毒素(VT)と呼ばれています。 また、O157は、ベロ毒素を産生する大腸菌ということで、ベロ毒素産生性大腸菌(VTEC)と呼ばれることもあります。ベロ毒素には数種類のものが明らかにされていますが、ヒトにはおもにVT−1とVT−2型が関係しています。
6.毒素の特徴
ベロ毒素は、人体に対して志賀赤痢菌の毒素に匹敵する毒性をもっています。細胞のタンパク質合成を阻害することにより壊死作用を示す壊死活性、マウスに接種すると3〜4日ぐらいで後肢のマヒがみられ、痙攣の後、死亡させる神経毒活性、そしてウサギの腸管を使った試験で、腸管内に液体の貯留がみられる下痢毒活性などがあります。
7.O157食中毒はいつ発生しやすいか?
O157の感染者は年間を通じて発生していますが、他の食中毒と同様に6月〜10月の気温の高い季節に多発する傾向があります。ただし、冬季でも発生がみられるので注意が必要です。
8.発症年齢について
発症者の年齢は5カ月から85才まで確認されていますが、全体的には小児に多いといわれています。
O157感染症で、最も問題になるのが、HUSの発生と考えられます。死亡例の直接の原因ですが、早期診断と適切な治療で、大部分は救命可能な病態です。以下、ポイントを整理してみましょう。
早期診断:極めて重要である。とくに乳幼児は年長児よりHUSに進展しやすい。HUSは約3〜6%。 発症は発病から4〜34日
。
HUSの発症パターンは2通りある。
1)消化器症状から引き続いて発症するパターン。
下痢や血便などの症状が続くために入院中の患者が多い。従って検査を行っており、比較的発見されやすい。
2)一時消化器症状が軽快したのち、数日して発症するパターン。
これは発見が困難である。少しでも腎機能障害、貧血などによる症候を疑い、検査によって初めて発見される。
診断の手がかり:血便の有無やバイタルサインは関係ない!
1)溶血性貧血の診断
・貧血、末梢血塗沫標本で破砕赤血球の確認、LDH高値、高(間接型)ビリルビン血症、ハプトグロビン値低下、血尿(ヘモグロビン尿)
2)血小板減少
・10万/mm3以下は要注意。
3)急性腎不全の診断
・肉眼的血尿の出現例は高率にHUSに移行するので、流行性の感染例では、全例で検尿を実施することが重要。
・脱水症の補正後も続く乏尿、高窒素血症(目安はBUN>30mg/dl、Cr>0.8mg/dl、年齢により異なる)に注意。
治療
1)大腸菌感染症に対する殺菌的抗生物質の投与
・抗生剤の投与は賛否両論あるが、私個人の意見は、基本的には必要と考えている。
・セフェム系抗生物質の経口投与を数日間(困難なら静注)、その他ホスミシン系、ニューキノロン系
・生菌剤(Lac Bおよびビフィズス菌)を使用して、止痢剤は使用しない。
2)水電解質の補正、管理
・尿量、便量の厳格な管理、体重測定、心胸比(CTR)の評価。
・下痢、下血による脱水の補正(乏尿例に対する過剰補正に注意)。
・低Na血症の補正。
3)貧血、血小板減少症の治療
・重症例(Ht<25%, 血小板<3〜5万/mm3)に対しては輸血(目標Ht30%)、血小板補充を行う。
4)高血圧の管理
・血圧測定は必須。
・Ca拮抗剤を基本とし130/90mmHg以下を維持。
・水分貯留を伴う高血圧は透析療法を要する。
5)脳症の治療
・出血性脳症を起こさぬよう、高血圧、血小板減少に留意しつつ対処する。
・経過中のけいれん発作、脳症はHUSの合併症のひとつ。
・けいれん重積例には抗けいれん薬、脳圧降下剤を使用。
6)透析導入の基準
・乳幼児の急性腎不全には腹膜透析が簡易で安全。
・透析療法は、尿毒症の改善のみならず、輸液療法と十分なカロリー補給を目的とするため、乏尿例では不可欠。
<透析導入の基準>
a)急激なクレアチニン値の上昇(異常を認めたら2回/日の採血を実施)
b)持続する乏尿、うっ血性心不全、重症高血圧
c)乏尿に伴う電解質異常(>6.5mEq/l,
pH<7.2, HCO3-<10mEq/lなど)
・ただし、上記基準は目安であり、進行性の腎機能障害例に対しては、より早期の透析導入が安全。
・腎機能の回復(利尿開始)は、通常10日〜2週間以内に得られる。
・利尿が得られるまでの間、感染症、高血圧、脳症、消化管合併症(腸重積、腸穿孔)などの合併症予防に努める。
7)その他
特殊な治療法として、非感染性のHUS・遺伝性のHUS・再発性のHUSに対しては、新鮮血漿輸注、血漿交換療法などの有用性が報告されているが、一般に感染性のHUS に対しては、その他の治療も含めて、これらの治療は必要とされない(血漿輸注に伴う危険性も懸念)。
ただし、著しい中枢神経症状を呈する例には、新鮮血漿輸注、血漿交換療法などを考慮する
発生状況 | 平成@年5月〜6月にかけて富山県、東京都、千葉県、大阪府、神奈川県、山梨県、茨城県において合計49名に下痢、腹痛、発熱、嘔吐などの食中毒症状があらわれ、そのうち28名に血便がみられた。患者全員がA製造所のイクラ醤油漬を使用したイクラ寿司を食べていた。 |
原因食品 | 患者全員がA製造所のイクラ醤油漬(平成9年9月☆日製造)を食べていること、イクラ醤油漬(平成9年9月☆日製造)からO157が検出されたことなどから、原因食品はイクラ醤油漬(平成9年9月☆日製造)と特定された。 |
原因 | 不衛生な製造施設 |
汚染経路 | 鮭魚卵は、ほぼ無菌的な状態であるにもかかわらず、未開封のイクラ醤油漬からO157が検出されたことより、製造工程で汚染されたものと考えられた。平成9年9月☆日製造のイクラ醤油漬以外の製品からも一般生菌や大腸菌群が高い値で検出されており、製造施設の細菌汚染が考えられた。また、この製造施設では製造や衛生管理の記録がなく、作業手順書が明確でないこと、従業員の衛生教育が十分でないことなど基本的な衛生管理に欠陥があった。汚染経路としては、廃棄物コンテナ、従業員の長靴、作業用車両などがO157を製造施設に持ち込んだものと推測された。 |
発生状況 | 平成@年2月5日、病院から、患者1名からO157が検出された旨の届出があり、喫食調査の結果、ある焼肉店で牛のレバー刺し等を食べている事が判明した。調査したところ同じグループの3名と調理従事者の検便、参考品のレバ刺しからO157が検出された。 |
原因食品 | 牛生レバー等 |
原因 | 「衛生基準」に適合した食肉のみ生食として提供できることを知りながら、基準に適合しているか否かの確認を怠り生食用として提供していた。 |
ポイント | 新鮮なレバーでも危険です。鮮度は安全の保証にはなりません。国は平成10年9月に「生食用食肉の衛生基準」を策定し、この基準にあったものしか提供できなくなりました。しかし、今のところこの基準をクリアし生食用食肉を出荷している「と畜場」の情報はありません。 |
発生状況 | ある予備校寮の寮生のうち20名が平成@年6月26日の朝から下痢・発熱等の症状を呈し、病院で治療を受けた。その後の調べで、検便から毒素原性大腸菌が検出され、毒素原性大腸菌食中毒と判明した。 |
原因食品 | 寮で出されたカレー(推定) |
原因 | カレーのウォーマーでの保管中に二次汚染があり、保管温度が低かったために菌が死滅しなかった。(推定) |
ポイント |
・調理中・調理後の食品の温度管理の徹底(ウォーマー・湯煎は60℃以上、再加熱は中心温度70℃・1分以上) |