ここではSRSV(小型球形ウイルス)による食中毒について説明しています。

はじめに

平成9年に新たに食中毒の原因物質に加えられました。 11月から3月にかけて多く発生するのが特徴で、最近注目されています。以下、厚生省の発表をもとに、詳細を示します。

 厚生省は平成9年5月31日付けで食品衛生法の一部改正を行い、食中毒原因物質として新たに小型球形ウイルスとその他のウイルスを追加した。小型球形ウイルス(Small Round Structured Virus:以下SRSVとする)は電子顕微鏡像での形態が類似する直径27〜38nmの球形ウイルスの総称で、米国オハイオ州で起きた非細菌性集団胃腸炎の患者糞便より1972年に発見されたNorwalk(ノーウォーク)ウイルスがその原型である。その後、世界各地で形態学的に類似のSnow Mountain(スノーマウンテン)因子、Hawaii(ハワイ)因子、Taunton(タウントン)因子等のウイルスが発見されている。SRSVは組織培養細胞や実験動物を使用して増殖させることが困難であったが、近年、遺伝子学的な解明が進みSRSVは直線状の(+)センスの一本鎖RNAをもつウイルスでカリシウイルス科に属することが明らかになった。我が国では遺伝子型G-1(ノーウォークウイルス群)、G-2(スノーマウンテンウイルス群)に属するウイルスが多く検出されている。

 SRSVの免疫獲得に関しては、米国で行われたボランティアによる実験結果がある。それによるとSRSVに対して非感受性者と感受性者が存在し、感受性者はウイルスに初回感染後、抗体が産生され数ヶ月の間はウイルスの再感染による発症を阻止するが、6ヶ月後には急激に免疫効果が減少することが明らかになっている。

 厚生省はSRSVを食中毒の原因物質に指定するに先立ち各都道府県あてに非細菌性食中毒についてはウイルス検査を行うように依頼した。それによると平成9年1月1日から平成9年5月31日までの6ヶ月間に全国で149件の事件が確認され、患者数は4089名に上った。糞便について電子顕微鏡またはRT−PCR法(reverse transcription-PCR法:逆転写酵素によりRNAからcDNAを合成した後PCRを行う方法)でウイルスの検査を行った結果では、検査を実施した135事件中108事件(80%)からSRSVが検出された。このことにより従来原因不明とされていた食中毒の多くはSRSVによるものと推察される。食中毒の原因と考えられた食品についてもRT−PCR法で検査が実施されているが38事件中2事件(5.3%)からSRSVが検出されたにすぎなかった。今後は、SRSVが食中毒原因物質に指定されたことにより、全国レベルでのSRSV食中毒の実体か明らかになるものと期待される。

 なお、頻度は低いもののSRSVの他に食中毒を起こすウイルスとしてはアストロウイルス、A群、B群、C群ロタウイルス、アデノウイルス(血清型40,41)がある。これらのウイルスに感染するとSRSV同様に嘔気、嘔吐、下痢、発熱等の胃腸炎症状が起こる。ウイルス検査を行う場合はこれらウイルスについても考慮する必要がある。

SRSV(小型球形ウイルス)に対する一般的知識

 菌(ウイルス)の特徴について

 電子顕微鏡で観察すると小さな球形をしていることから,小形球形ウイルスと呼ばれています。食品中では増殖できず,ヒトの腸内で増殖し,糞便として排出され,水を汚染し,食品を汚染して再びヒトに入るものと思われます。また,ヒトからヒトへの感染も報告されています。

 症状について

 主な症状は、吐き気、おう吐、腹痛、下痢、発熱(38℃以下)で、潜伏時間は24〜48(36〜40)時間です。通常、発症後3日以内で軽快し、予後は良好な疾患ですが、発症当日の症状が激しいのが特徴です。

 原因食品について

 カキ,シジミ,アサリ,ムール貝,サザエなどの貝類が考えられます。カキには厳しい成分規格が設定されていますが,大腸菌数が基準以下の場合でもSRSVによる胃腸炎が発生しています。また,調理など 食品の取扱者を介したヒトからヒトへの感染もあります。

 予防のポイント

 SRSVによる食中毒の感染経路は、汚染食品を介した経路と感染者からの汚染に分けることができます。

  1. 食品を介した感染を防ぐには、ウイルスで汚染された食品の調理は十分に加熱することが重要。
  2. 感染者からの汚染の予防としては、手洗いやうがい、マスクや手袋の着用を習慣づけ、調理中はおしゃべりをしないようにすることが重要。
  3. 調理に従事するものは下痢や風邪に似た症状がある場合には、調理に従事しないこと。

最近の事例

 ケース1:酢ガキ

<発生状況>
 199*年12月に市内の飲食店で忘年会料理を喫食した11グループ 232名中6グループ85名が、下痢、腹痛、嘔吐、発熱等の食中毒症状を呈した。

<原因食品>
 患者からSRSV(小型ウイルス)を検出した。喫食状況調査から、発症した6グループのメニューは同一ではなかったが、酢ガキと茶碗蒸しが共通食品であった。χ2検定の結果、酢ガキが原因食品と推定された。

<汚染経路>
 加熱調理用のカキを営業者が誤って酢ガキとして提供した。

<対策>

  1. カキは生食用と加熱調理用があるので、表示をよくみること。
  2. カキフライも大きなカキは加熱不十分になりやすく危険です。加熱は十分に!

 ケース2:施設内集団発生(原因食材は不明)

<発生状況>
 199@年2月に大阪市内の施設(知的障害者更生施設と特別養護老人施設が同じ建物にある)において発熱、嘔吐、下痢を主徴とする集団胃腸炎事件が発生し、患者便からSRSVが検出された。
 本施設は6階建ての建物で2〜3階が知的障害者更生施設、4〜6階が特別養護老人施設となっており、入園者定数はそれぞれ80名と102名である。両施設の食事は1階の厨房ですべて作られており、入園者は各階にある食堂でそれぞれ食事をしている。喫食者数は日々変動し、事件発生時では知的障害者更生施設で72〜94名、特別養護老人施設で103〜114名、職員が29〜57名であった。患者数は2月13日〜28日の16日間に知的障害者更生施設から47名、特別養護老人施設から44名、職員が2名の合計93名であった。

<検査結果>
 当初、2月23日に特別養護老人施設4階入園者を対象とした誕生会があり、参加者36名中20名が24日頃から胃腸炎症状を呈したため、同会での食事を原因とした食中毒の疑いがあるとして届けられた。また2月19日〜21日にかけて同一建物内の知的障害者更生施設の入園者36名が同様の症状(医療機関でインフルエンザと診断されていた)を呈しており、知的障害者更生施設の患者から感染が拡がった疑いもあった。そこで23日の誕生会の食事に限定せず、調査が実施された。本施設内のふきとり25検体、誕生会に出された食品の保存食、2月15日と17〜23日の8日間分の保存食、調理従事者便10検体、患者便47検体について食中毒菌の検索を実施したが、特定の食中毒菌は検出されなかった。
 その後、ウイルス検査が可能であった患者便10検体について培養細胞を用いたウイルス分離、電子顕微鏡(EM)によるウイルス粒子の検索、RT-PCR法によるSRSV遺伝子の検出が実施された。ウイルス検査の結果、ウイルス分離およびEMはすべて陰性であったが、RT-PCR法で10検体中4検体からSRSV遺伝子が検出された。

<診断結果>
 両施設の患者からSRSVが検出されたこと、本事例の初期(2月13日)、中期(2月17・19日)、後期(2月25日)発症の患者からそれぞれSRSVを検出し、検出したSRSVがすべて同じP2B 型であったこと、患者の臨床症状等からSRSVが病原因子として強く疑われた。また患者発生パターンから両施設における患者発生のピークが異なり、両施設共ほぼ全期間にわたって患者が発生していること、患者発生期間が長期間であることから、本事例は共通の食品を介して発生した事例ではないと考えられた。SRSVに汚染された糞便や嘔吐物がヒトの手や指を介して施設内へ感染が拡大した集団胃腸炎事件の報告もあり、本事例も同様にSRSVの感染が拡がった事例であると推察された。

<考察>
 1997(平成9)年5月に食中毒の原因物質としてSRSVが加えられたが、SRSVは食中毒様の伝播以外に施設内において人から人へ直接感染して拡がる場合もあり、本事例のように施設内で発生した集団胃腸炎には適切に対応していくことが必要である。また本事例の発生初期にインフルエンザと診断された患者からSRSVが検出されたことから、冬期に多発する下痢、発熱等の症状を呈するいわゆる“おなかにくるかぜ”の場合、インフルエンザウイルスだけでなくSRSVも病原因子として疑う必要がある