今日みたいな綺麗な夕暮れ時は、とっくに過ぎてたと思う。 あの日は確か・・・・・。 戦い済んで、日が暮れて。 アタシ達だけでは手が足りず、お隣の刑事課の助けも借りての捕り物の後、 草臥れ果てたアタシとその刑事課の同僚は、滅多には無い事なんだけど、 お礼がてらコーヒーでも奢ったげると言った私の申し出で、 飲み物や煙草の自販機の有るコーナーに来ていた。 たったこれっぽっちがお礼かと言う事無かれ!! アタシにしては、本ッ当に滅多に無い程の感謝の意の表し方なんだから。 で、御要望にお答えして、同僚には缶コーヒーを、 アタシは(今更という気がしたけれど)美容の事を気にして、 ビタミンタップリの(筈の)100%果汁入りのジュースを手に、 二人して其処に設置されている幾つかのソファーの一つに腰掛けていた時、 突然、唐突にその言葉を聞かされたのだ。 吃驚した・・・・・。 私は、あまりと言えばあまりの事に、 「エッ!?ウソッ!?マジッ!?」とも、「へぇ〜〜〜」とすらも言えず、 同僚の続く言葉を待ち続けた。 けれども待てど暮らせどその後、彼の言葉が続く事は無く、 時間だけが過ぎて行くばかり。 捕り物は終わっても、それで仕事が終了と言う訳じゃないのがアタシ達。 仕事は山済み、足踏みしながらアタシ達が刑事部屋に帰ってくるのを 今や遅しと待っている筈だ。 つまり、休憩時間は無限って訳じゃないって事。 それでもまだ、同僚は目の前の自販機を見詰めるばかり。 (そろそろ先を促さねばなるまい!!) アタシは決心して口を開こうとした・・・・・まさにその時だった。 遂に同僚が口にした続きの言葉に、 アタシは[恋]を知ったばかりの頃の自分を思い出し、重ねながら、 (上手い具合に日が落ちて薄暗くなった室内のお陰で、 同僚には気付かれなかったらしいが) 柄にもなく薄っすらと染まってしまった頬で聞き入ったのだった。 「もっと、一緒に居たいんだ」 同僚は、普段の仕事の時以外には見せた事もない様な真剣な表情で続けた。 「俺はほら、こんな風に忙しくしてるし、休みだって不規則だし・・・・・」 「ちょ、ちょっと待ってよ。 ねぇ、相手は? 相手とはお互いに、気持ちは伝え合えてんの?」 「え?」 同僚は、「何を当たり前の事を今更、決まってんでしょ!?」って顔をする。 「あ、そう。 分かった、お互い好き合ってるわけね」 「ハイハイ、了解」「皆まで言うな」と頷いて、私は先を促した。 気を削がれた感が有ったのか、直ぐには続きを話し始めない同僚に、 アタシは尚も意地悪して、これ見よがしに腕時計で時間を確認してやった。 「さっさと話さないと、アタシもう行くわよ」 「エッ!?」 相手は狼狽する。 それを見て、アタシは尚も畳み掛ける様に続けた。 「相手だって、青島君の職業知ってんでしょ? お巡りさんだって、刑事だって知ってて付き合ってんでしょ? 何よ、『こんな筈じゃなかった〜!!』とか、 『アタシと仕事とどっちが大事なの!?』とか言われたの?」 内心でアタシは(そんなくっだらない話で貴重な休憩時間を無駄にしてんの?!) とか思いつつ、本気で勿体無い事をしてしまった気がしてきて同僚を問い詰める。 と同時に、そんな娘を選んだ同僚に対して 「刑事のクセに、人を見る目の無い人」なんて、 酷い事を考えたりしてしまった。 (大捕り物で疲れていたとは言え、随分と失礼な事を考えていたと、 今は大いに反省してるわ) それが視線にでも出てしまっていたのだろうか? 「違うッ!!違うよ、すみれさんッ!!」 同僚が慌てて、自分の前で大きく手を振った。 「向こうからそんな事、一言だって言われた事無いよ。 寧ろ、俺なんかよりもずっと・ずっと忙しい人だしッ!!」 「?」 (同僚よりも忙しい?? 現場で働く刑事よりも?? 随分とバリバリ働く人なのね?? ビジネスの第一線で働く、役付きクラスのキャリアウーマンか何か??) 「俺の仕事の事、よく分かってくれてる人なんだ。 俺は・・・あの人の仕事の大変さの、何分の一、 いや、何十分の一を分かってあげられてるのかなって いつも思ってるくらいだよ」 「・・・・・ご馳走様・・・・・・」 コレも、アタシは心の中で呟いた。 「だから・・・だからさ、もっと頻繁に会いたいとか、 我が儘言えないのは分かってる。 どうにか時間を遣り繰りして逢えたって、 お互いに、電話の一本で仕事に呼び戻されたりする事よくあるし」 (電話で呼び出し・・・・・弁護士?いやいやそれとも女医さん?? 一体、何処で知り合ったのよ!?) アタシの頭の中で、同僚のお相手が目まぐるしく入れ替わる。 「へぇ・・・・・そりゃ大変ね」 「だろっ?!だろっ?!」 同意を求める同僚に、素直に一つ頷いてやる。 「我が儘言って、困らせたい訳じゃないんだよ。 我が儘を如何にかしてきいてくれようとするのも、 無理してくれてるって分かる。 我が儘を我が儘って分かってて、それでもそれをきいてやれないって 済まなそうにするんだよね。 我が儘言ってるのは俺の方だっていうのに・・・・・」 「大人なんだ・・・・・相手の人」 ポツリと呟けば、聞こえていたのだろう、同僚が言った。 「言わなかったっけ? 俺よか年上だよ」 また驚いた。 普段から人懐こく、その分他人からも慕われ、懐かれる同僚だったが、 年下からは今更言うまでも無く、同年代にもそこそこに、 年上に対してはお爺ちゃんお婆ちゃん、おばさま方受けもすこぶるいい、 上司やおじ様方受けは少々・・・・・否、かなり悪かったが、 それでも基本的に人には好かれるという性質の男だった。 けれどどういう訳か、アタシの頭の中に年上の女性というのは選択肢に無くて、 彼の相手といえば、勝手に年下か同い年止まりと、 決め付けていたものだから、年上と言われて本当に驚いた。 アタシの中の同僚の『彼女像』が、段々と具体的になってゆく。 恋人との逢瀬も儘ならない程忙しく働く、 年下の恋人の我が儘を出来るだけきいてやろうと努力する大人の女性。 (うへぇ・・・青島君には勿体無いかも) 再度、アタシは同僚に対して失礼な事を頭の中で考えた。 「片想いでさ・・・」 同僚が言った。 「ずっと長い事、片想いでさ。 やっとなんだ。 想いが通じ合ったのは」 とろりと、これ以上無いって位に幸せそうに同僚が微笑む。 「幸せでね、それだけでもう幸せでね。 だけど・・・・・」 その微笑が、見る間に萎んだ。 「今度は少しでもいいから逢いたいって、 少しでも長く一緒に居たいって思っちゃって、 居ても立っても居られなくなるんだ。 明日も仕事があるって分かってんのに、 帰したくなくなっちゃったり・・・・・」 困った風にアタシを見遣る同僚が、妙に可愛く見えた。 「だから・・・・・我が儘言っちゃうんだよね」 実家の弟みたいだ。 だからおネェさんの口振りで言ってあげる。 「それが恋ってもんでしょ」 同僚の、ワン公みたいな目がパチリと一つ瞬いた。 「無理な我が儘言うのも、無理な我が儘叶えてみせるのも、 お互い、相手を想えばこそだもの」 パチパチと瞬く同僚に、アタシはニッコリ笑って言った。 「恋愛真っ只中だねぇ、青島君♪」 同僚の顔が、また幸せそうに輝いた。 「ところでさ、すみれさん?」 「何?」 「で、結局どうしたら良いんだろうね、俺?」 「さぁ・・・」 肩をちょこっと竦めて応えれば、同僚がカクンと首を傾げた。 「ナニそれ?」 「恋愛とはそういうものだよ、青島君。 せいぜい悩め、悩め、悩むのだ〜♪」 「すみれさ〜ん、面白がってるでしょ?」 「違うよ〜♪」 それだけ言うと、アタシは徐に立ち上がった。 「さ、そろそろホントにヤバイから行かないと」 「ええっ!?そんな!?」 慌てる同僚を無視して、アタシは尋ねる。 「青島君は?これからどうするの?」 「あ、俺?」 同僚は、これ以上、アタシに取り縋っても無駄だと察したらしい。 「俺はもうこの後は帰るだけだから、 もうちょっとココで休んでから帰るよ」 諦め顔で返してくる。 「そ・・・」 私は同僚に手を差し出した。 同僚はそれをじっと見詰めていたかと思うと、ギュウッと握ってきた。 「な、何すんのよ!!」 ビックリして振りほどくと、キョトンとした顔で返す。 「何って・・・・・応援してくれるんでしょ? 激励の握手なんでしょ?」 「はぁ?」 「ち、違うの?」 「アタシは、その空き缶捨ててやるから渡せってつもりだっただけよッ!!」 「そう・・・・・そうだったんだ・・・・・」 はははと乾いた笑いと共に、同僚が空き缶を寄越したのを 掻っ攫うみたいに受け取り、アタシは空き缶専用のゴミ箱の方へと歩き出す。 コンコンと二人分の空き缶がゴミ箱の底に落ちる音を聞いてから振り返れば、 同僚は、また目の前の自販機をじぃっと見詰めていた。 その眼差しが、酷く真剣で切ないものに思えて、 アタシはその場を後にしながら言ってしまったのだ。 「そんなに一緒に居たいんなら、同棲でもすればぁ?」 何の気無しに言った言葉だったのだ。 「・・・・・一緒に・・・・・暮らす?」 アタシの何気無い言葉を受け止めた同僚の声に、只ならぬ物を感じたアタシは、 去りかけていた足を思わず止めた。 恐る恐る同僚を見れば、相変わらず自販機を見詰めていた同僚が、 バッとアタシの方を振り見た。 その勢いに押されたアタシは言った。 「ど、同棲でダメなら・・・いっそ結婚とか?」 「け、結婚?! や、それはチョット問題が・・・・・」 「そうなの?」 「う、いやその・・・・・」 「ならもう少し気軽に考えて、同居生活してみるとかさ?」 「・・・・・」 同僚は、また視線を目の前の自販機に据えると、 何やら一心に考え始めたらしい。 「お〜い、青島く〜ん。 アタシ、部屋に帰っちゃうからね〜? いいのね〜?帰っちゃうよ〜?」 返事は無い。 既にその頭の中からアタシの事など綺麗さっぱり消えてしまった様なので、 今度こそアタシもその場を後にする事にした。 その後、アタシは同僚がどうしたのかなんて確認する事も無く、 そのまま部署に戻って、溜まりに溜まった調書作成を書きこなしていった。 肩の凝る、書類書きの合間に何度も浮んだのは、 自販機を見詰め続ける同僚の横顔で、 何だってあの自販機にそうまで拘っているのかと考えたアタシは、 或る考えに思い至ったのだったが、 その時は直ぐに「まさかね」とそれ以上を考えない様にして、 書類の続きに取り掛かり、後はそれきりになったのだった。 /NEXT |