365日の日常



『室井さんへ
 
 仕事、お疲れさまです
 室井さんが帰ってくる前に、出掛けなきゃならないんで
 これ、書いてます
 
 これから、しばらく帰れません
 捜査本部に泊まり込みです
 この数日が山場らしいんで・・・
 すいません
 
 そうそう、[寒波]が来るそうです
 さっきニュースで言ってました
 風邪引かないように気を付けて下さい
 じゃ、行ってきます
 
                        青島
 
 追伸
  もう少し待ってれば、会えましたか?
  今ね、午後7時になるところです
  夕飯の準備はしておきました
  一緒に夕飯食べてから、出掛けたかったなぁ・・・』
 
 
2月のある日。
「ただいま」
玄関の上がり口から、家の中に向かって声を掛けてみる。
その声に返事は無かったけれど、青島が点けていってくれていた玄関の灯りの、
小さいながらも、ホッとするような明るさに出迎えられた私が家に上がると、
台所のテーブルの上には、既に食べるだけに整えられた夕飯と、
いつもの伝言用のメモ挟みに一枚の便せんが挟んで乗せてあった。
足元に、愛用の大きな厚みのある鞄を置き、
片手には、これまた愛用の黒いカシミヤのロングコートを掛けたまま、
そうしてもう片方の手にはメモ挟みから外したメモを持って、
立ったまま私はそのメッセージを読んだ。
今度の事件は長引きそうだからと気力・体力の回復・温存を兼ねて、
今日は非番だったはずの青島だったが
事件に大きな進展があったのだろう、急な呼び出しを受け大慌てで出掛ける事になったらしい。
「・・・そっか、帰れないのか」
聞く者とて私の他に誰も居ない台所で、誰にともなく呟いた私は、
折らないように気を付けながら、青島のメモをソッともう片方の手に持ち替え、
足元の鞄を取り上げ自室に向かった。
 
 
自室で鞄をいつもの場所の机の横に置き、青島のメモを机の上に置いた私は、
少し空気を入れようと
机の前の窓を小さく開け、部屋の入り口近くのコート掛けに歩み寄る。
サッとコートをハンガーに通し、コート掛けに掛ける。
そのまま上着を脱いでベットの足元に投げると次にはベスト、ネクタイを外し
次々に脱いでゆく。
途中で家でくつろぐ時に着る服をタンスから取り出しておいた。
服を着替え、脱いだばかりのスーツを整え、洗濯物のワイシャツを手に、
部屋を出てゆこうとした私の頬を一瞬の寒風が撫でてゆく。
風の方を見遣った私の目の内に、今の風に飛ばされ、
床に向かってヒラヒラと落ちてゆく便せんが映った。
無事、床に着地した便せんを急いで拾い上げた私は、
それ程付いているはずのない埃を軽く払う仕草をして、
机の脇に置いておいた通勤用の鞄の中から、メモを仕舞おうと
妹に貰った鍵付きの手文庫の鍵を取り出した。
 
 
我ながら、なんとも女々しく少女趣味な事だと、
実家の妹の少女時代を思い出しながら、その姿に自分を重ね、
時々失笑を禁じ得ないのだけれど、私はいつもこうして青島からの手紙を
この手文庫の中に仕舞っている。
例えそれがたわいもない、こんなメモのような物でも。
私には・・・私にだけは十分に大切な物だったから。
こんな私を、一体誰が想像するだろう。
自分でも驚いているくらいだから、きっと誰も思いつきもしないだろう。
・・・こんな私は。
そう思うと、またほろ苦い笑いが込み上げる。
 
 
手文庫に便せんを仕舞い終わった私は、もう一度汚れ物のワイシャツを手に取って
洗面所に向かった。
洗面所には洗濯機も置いてあり、その横には洗濯物を入れる籠も置いてある。
2つ用意されている籠には、自宅で洗うものとクリーニングに出すものがあり
私は手に持っていたワイシャツをクリーニング用の籠へと放り込んだ。
先に入っていた青島のワイシャツの上に、私のワイシャツがパサリと音を立てて重なる。
捜査一課の時代の私は、泊まり込みの続く日は汚れたワイシャツを
警視庁に出入りするクリーニング業者に任せるおかげで、例え事件の捜査中であろうと、
いつもパリッとアイロンの効いた、真っ白で清潔なワイシャツに袖をとおせていた。
 
 
洗濯籠の互いのワイシャツを見ていて、ふっと青島のことを思った。
湾岸署で度々会っていた彼は、私と正反対。
いつもヨレヨレでアイロンの掛かっていない(本人曰く「これは俺のポリシーなんです!!」)
ワイシャツを着ていた。
キチンとボタンは付いているものの、袖口の所も開けっ放し
所々皺の目立つシャツ姿の彼が私を迎えてくれていたっけ。
2人で暮らし始めて、今はどうかというと、
やはり基本は相変わらずのシワシワで、ヨレヨレのシャツ姿が彼のトレードマークだ。
だけれど、私がたまに迷惑を承知で、私の物と間違った振りをしてクリーニングに出したワイシャツも
なんだかんだ言いながら、シッカリと着ていったり、
取り替え用に署のロッカーに持っていって置いていたりしているらしい。
 
 
もう一度、洗濯籠の方を見る。
私の分だけなら、そうは溜まっていないはずのクリーニングに出す洗濯物が
籠の縁近くまで、顔を覗かせている。
逡巡した後、私は脱衣場の片側の壁に作りつけてある戸棚の引き戸を開け
中からクリーニング用の袋を取り出すと、目の前の籠から汚れ物を移し入れた。
「これから数日は泊まり込みだって書いていたしな。
 私のついでもあるし」
台所同様、再び誰に聞かれているでもない言い訳を、自分だけに言い聞かせながら
青島が作っていってくれた夕飯を急いでとり、それから先程の袋を持つと
普段の通勤用のコートとは別の、軽いカジュアルタイプのコートをはおり、
夜の散歩代わりに駅近くに在る、ここに越してきて以来馴染みになったばかりの
夜も遅くまで開いているクリーニング屋へ出掛けた。
 
 
「じゃぁ、よろしくお願いします」
「毎度、ありがとうございました。
 お帰り、お気を付けて」
軽くお辞儀をして店を後にする私を、店番の女性の明るい声が送ってくれる。
店を一歩出ると、青島の書いていた[寒波]の影響だろうか?
北国育ちの私でさえ首を竦めたくなる程の寒さが、足元からヒシヒシと昇ってきて私を包み込む。
さっき家を出てくる時より、寒さが増したようだ。
その寒さの中を一人、足音だけを道連れにして歩いていたら
唐突に、理由もなくせつなくなった。
住宅街の私道は人影も無く、立ち止まった私の足元を
枯れ葉が音を立て、転がりながら追い抜いてゆく。
この寒さの中、現場で働いている彼はどうしているだろう?
張り込みの最中、凍えてはいないだろうか?
 
 
2人で暮らし始めて分かったことは、より一層、
離れている間の彼の面影が、私の中で鮮やかになったこと。
より以上に、些細な事にさえときめくことが増えたこと。
それらについて私が思うのは、確かに以前より一緒に居られる時間は増えた。
けれどもその分、会えない『一人の時間』の寂しさを知ってしまった。
それが原因なのだと思う。
穏やかな日々の暮らしの一つ一つに、心がときめき、
自分は一人ではないのだと思えるだけで、ガチガチの心がほどけてゆく。
交わす何気ない笑顔や言葉、そうして先程青島が残していったような
手紙やメモの類までもが、私にとっては何よりも掛けがえなく大切な物になってゆく。
 
 
誰かに、呼ばれた気がして慌てて振り向いた。
視線の先には腕を組み、仲良さ気に歩く若いカップルの姿。
その姿も、直ぐに横道に折れ見えなくなった。
また、道には私が一人立ち尽くすばかりになる。
続くせつなさに、細く長く流れる、寒さで白い息の中に溜め息が混じる。
「青島に、会いでぇなぁ・・・」
二人の時間を知ったからこその寂しさを胸に、
それでも青島に会えて、本当によかったと思いながら、
私はまた、自分の聞き慣れた足音だけを供に歩き出した。
 
 
歩きだして数分もしただろうか?
「室井さん」
また、呼ばれた気がして立ち止まる。
さっきの今なので、思わず苦笑が漏れてしまう。
青島の筈はない。
そうは思いながらも、やはり振り向いてしまう私。
果たして、そこには見慣れたモスグリーンのコート姿の彼が立っていた。
「やっぱり、室井さんだ♪
 よかったぁ〜普段見慣れてないコート姿だったから、人違いかも?とか思って、
 ドキドキしながら声掛けたんスよ」
「青島・・・・・」
私は呆然と青島の名を口にする。
「ハイ♪」
言っている間に、トコトコと私の所まで歩いてきた青島は
ニコニコ笑いながら私を見下ろしている。
「な・・・なぜ、ココに居るんだ?
 事件は?呼び出されたんだろう??」
目の前の青島に、ビックリしたまま大急ぎで尋ねる。
ニコニコ笑いをニ〜ッコリ笑いに代えて青島は、こう言った。
「途中で携帯にすみれさんから連絡有りまして。
 急転直下、事件は解決です。
 で、明日からまた裏付けだなんだって忙しくなるから、
 今夜は、いいって」
「事件解決?」
「解決です」
何だか拍子抜けした私だったが、こうして会いたいと思っていた所に
タイミングよく帰ってきた青島の姿に笑みが浮かぶ。
「何?何笑ってンすか??
 俺、ナンか変??変なこと言いました??」
「違う」
「え?じゃ、じゃぁナンで?
 何でなんですか?!」
「会いたいなぁと思っていたから・・・」
「へ?」
「会いたいなぁと思っていたら、本当に帰ってきたから、ビックリして笑ったんだ」
「エッ?!エッ?!俺に、会いたいって?
 ホントにッ!!」
「ああ」
「うっわ、どうしよう!!
 ワッ、ワッ!!何か俺、赤くなってません??
 室井さんにそんなこと言ってもらえるなんて!!
 どうしよう!!」
青島は、私に赤くなっているか?と聞いた頬を隠すためか、
大袈裟にも両手を自分の頬に持ってゆき、
ジタバタと足踏みを始めた。
「『どうしよう!!』って、何をどうする気だ」
心の中で思ったが口には出さなかった。
その代わりに踵を返すと、私は青島をその場に残して家への路を
一人で先に帰ることにして歩きだした。
 
 
「先に帰る」
その一言を置いて、私はサッサと歩いてゆく。
青島はまださっきの場所で一人でジタバタしているようだ。
二人の距離は5メートル、10メートル・・・そうしてとうとう100メートルは離れてしまった。
それでもまだ青島の足音は、私を追っては来ない。
先程の『一人の時間』の寂しさがぶり返す。
一人で帰らず、彼を待っていれば良かったと思ったり、
今更だが立ち止まって、彼が追い付いてくるのを待とうかと思ったり、
思案に夢中になっていた私は、注意力が散漫になっていたらしい。
いきなり腕を掴まれたと思ったら、勢いを付けて身体ごと振り向かされた。
その勢いはかなりなもので、私は勢いのままいつの間にか追い付いてきていた青島の
見た目よりは広く厚い胸に倒れ込んだ。
青島は、そんな私をしっかりと抱き留める。
私を抱く、青島の腕に段々と力が込められる。
「置いてかないで下さい・・・」
私の肩口に、青島は顔を隠すように押し付けながら呟いた。
「・・・青島?」
「今、室井さんの後ろ姿見てたら・・・俺すごく不安になっちゃいました・・・・・」
「・・・・・」
「何だかこのまんま、室井さんと離れ離れになっちゃいそうな気がして・・・・・」
私は青島の腕の中で、身じろぎもせず青島の言葉を聞いていた。
 
 
いつかは、そんな日が来るだろう。
青島の言うような、私たちが離れ離れに歩いていかなければならなくなる日が。
私たちが離れ離れになっても、互いへの気持ちを持ち続けていけば、
距離も時間も恐れることなどないのだろうけれど、周りがそれを、
私たちのそんな健気に想い合うことも、黙って許し、見ているわけはないだろう。
きっと私たちは有りとあらゆる手段で、『想い』を試されるに違いない。
それでも尚、互いの胸の中に『想い』という尊いものがある限り、
それがどんな形になろうとも、私たちは進んで行けるはずだ。
例え会えない日々が続こうと、その辛さも寂しさも越えて、私たちは進んでゆけるはずだ。
 
 
私たちが試される、『その日』はいつやって来るのだろう・・・・・
 
 
青島の胸に凭れるように思案していた私を、彼が先程私を引き寄せた勢いとは反対に、
ゆっくりと引き離した。
「な〜んてね、ハイ、お終い」
そう言って笑顔で私を見つめる青島の顔を、私は呆けたように見返した。
「ど・・・どうした?」
青島に問い掛けながらハッとした。
もしかして青島は私が今考えていた事を、聡い男だ、気付いたのかもしれないと。
けれど青島の次の言葉はこんな言葉だった。
「え?いや〜これ以上抱き締めてたら、そろそろ室井さんから投げ飛ばされちゃうかな?なんて
 思っちゃったもんですから。
 『いつまでやってる気だッ!!ここを何処だと思ってるんだッ!!』って」
私の考え過ぎだったようだ。
「・・・・・」
無言で、青島の言うことを聞いた。
(なんて彼らしい)と思う。
だが一方で、こうは言っていてもひょっとすると青島は気付いていて、
わざと気付かぬ振りをしてくれているだけかもしれないとも考えた。
実のところはどうなのかわからないし。
けれどもこうして二人、道ばたでこんな風に話しているだけで
私の心は満たされてくるのだから、今はこの暖かな気持ちを大切にしながら
この気持ちだけを見つめてみることにする。
「む・・・室井さん?や、やっぱ怒っちゃいました??」
無言のままの私に、青島がオロオロと顔を覗き込んできながら尋ねてくる。
その様子が、また私を和ませる。
私がクスリと笑いを漏らすと、青島の不安そうな表情を浮かべた顔も
一瞬で笑顔に戻る。
「室井さ〜ん!怒らしたかと思ったじゃないですかぁ!!
 あ〜、ビックリしたぁ」
「もう何秒かあのままだったら、投げ飛ばしてたかもな」
「エエッ!!ホントにッ?ああ〜よかったぁ♪
 室井さん怒らせちゃう前に、止めといて」
「またやったら、今度はぶん投げるかもしれない(ボソリ)」
「わぁ!!すいませんっ!!今度はせめて、玄関に入ってからにしますからっ!!」
「・・・・・(何か違わないか、青島)」
笑顔に、苦笑を滲ませながら提案してみる。
「このまま帰るのもなんだな。
 どうだ、少し散歩がてらに暖かいものでも一杯、飲んで帰らないか?」
「いいっスね♪(ワ〜イ、デートだ!デートだ!!)」
「寒くはないか?」
「ハイッ!防寒準備は万端っスよ!!
 室井さんは?」
「北国育ちを嘗めるな」
「そうでした♪」
「こんなモン、どうって事ない。
 じゃ、行こうか」
「ハ〜イ♪」
私たちはたった今帰ってきた道を、一杯の暖かい飲み物を求めて駅の方へと引き返した。
道すがら、話すことは絶えなくて、次から次へと二人で話ながら歩いた。
二人で住んではいても、話したいこと、話したかったことは山ほどあるし
一人の時間を互いがどう過ごしていたのか・・・話したいこと、聞きたいことが
尽きることはなかったから。
 
 
生憎と、こんな時間に営業している個人の店は無く、
私たちは24時間営業のセルフサービスのコーヒーショップに入ることになった。
「よく考えればそうですよね。
 もうすごく遅い時間ですもんね」
自動ドアを潜りながら、青島が腕の時計を見て言った。
そんな時間でも店内には結構な人が入っている。
空いた席を探して店内を見渡していた私に、青島が声を掛ける。
「俺、買ってきますから。
 室井さん、先に席に行ってて下さい」
「わかった」
「ん〜と、何にします?」
「任せる」
「は〜い♪暖かいの買ってきますね」
コートのポケットに両手を突っ込んだまま、私にヘラッと笑って見せた青島は
クルリと背を向け、レジに向かった。
私は私で入り口近くの風の入り込んでくる場所は避け、もっと店の中程か奥の方の席の空きを探して
テーブルの間を縫って歩いていった。
 
 
席について青島の姿を探す。
レジの所の彼の前には、先客が一人。
自分の順番を待つ間、青島がキョロキョロと店内を見渡す。
私を探しているのかと思って、「ここだ」と手を挙げそうになったが
彼の視線が別の場所で止まり、その上、暫くジッと眺めはじめたので
私もつい、そっちに注意を向けてみた。
だが、残念ながら店内に置かれた観葉植物の影で見えない。
肝心の物が見えない分、私の視線はしょうがないので青島の方に戻す。
小首を傾げて、何かに一心に見入っている彼だったが、
「あっ!!」という形に口が開き、「そっか!!」という風に動くと
今度こそ私を見つけ、笑い掛けてきた。
「?」
私は訳が解らず、いつもの皺を眉間に刻みつつ、彼が来るのを待った。
数分後、青島が帰ってきた。
心なしか頬が赤いような気がするが、気のせいだろうか?
「お待たせしました、ハイ♪」
「あ、すまない」
二人分の発砲スチロールのカップが乗ったトレーを受け取りながら、
私の前の席に座る青島のコートが起こす風に煽られたカップから立ちのぼる
白い湯気と暖かな香りを吸い込んだ。
と、香りが違う事に気付く。
目を上げ、青島の方を尋ねるように窺う。
「ふふふ♪中身、何だと思います?」
「これは・・・」
もう一度、クンと香りを嗅いでみる。
「コーヒー・・・の香りではないな」
私は、てっきり青島はコーヒーを買ってきてくれるものと思っていたのだ。
「そう♪コーヒーじゃありませんよ。
 何だと思います?」
「・・・チョコ?」
「何ですって?もう一回言ってみて♪」
「チョ・・・!!『ホットショコラ』か?」
「ピンポ〜ン♪」
「?????」
「ちなみに、俺のもそうで〜す♪」
何故か、トレーに載った中身は同じ物な筈のカップの、
私の側のカップを指差して青島が笑う。
私は、近い方のカップを持ち上げると、そのまま口を付けようとした。
が、「アアーッ!!」という青島の絶叫に固まった。
「・・・何なんだ」
少し不機嫌な声色で青島に問い掛ける。
「それ、俺に下さい!!」
「お前の前にも同じ物があるじゃないか!!
 それとも何か?
 そっちに入っているのがコーヒーなのか?
 なら、取り替えてやる!!寄こせ!!」
「そ・・・そんな言い方しなくっても」
ジロリと睨む。
「こ、こっちのも同じ。
 『ホットショコラ』です」
「なら、それ飲めばいいじゃないか」
「そんなぁ☆室井さんから貰うからこそ意味があるんですよぅ!!」
「何なんだ、さっきっから!!
 謎掛けばっかやってっと・・・帰ッぞ!!」
「あっ!あっ!待って!!」
「・・・・・」
先を促すように無言で青島を見つめる。
「え〜と・・・さっきね、あそこの席の・・・あれ、こっからじゃ見えないや」
言いながら、先程青島はレジの所で眺めていた席の辺りを振り返るが
私と同じように障害物に遮られて見えないらしい。
決まり悪そうにポリポリと鼻の頭を掻きながら、上目使いに私の方を見遣ってくる。
「あの席でね、見ちゃったんですよ」
「何を」
「室井さ〜ん!!」
私の取り付くしまもない言い方に青島が情けない声を挙げるが無視する。
「だからね、カップルが居たんスよ。
 で、彼女らしい女の子がね、彼氏らしい男の子にね、チョコをねあげてたんです。
 ほら、今日はカップルにとっては年に数回の大イベントの日じゃないですか〜☆」
「?何だった??」
「ははは・・・やっぱ室井さんだ」
涙目で「しょうがない」と笑う青島が、ニュッと私の方に差し出した彼の腕の時計の文字盤を指差す。
「今か?11時・・・」
「違いますよぅ!!
 そこじゃなくって、日付の方!!」
よく見ると、文字盤の横の小さな小窓の数字は『14』とあった。
「14日?」
「そう、14日です!!
 2月14日と言えばぁ?」
「2月14日と言えば・・・」
「『聖・バレンタインデー』じゃ、ないっスか!!」
私が答えるより先に、焦れた青島が答えを叫んだ。
「・・・あ、そっか」
「『・・・あ、そっか』ってね、室井さん。
 俺達もカップルじゃないっスか〜!!
 一大イベントに参加しましょうよぅ!!
 いや、したいっス!!参加させて下さい!!」
「私たちがか?」
「いいじゃないですか!!
 俺達、愛し合ってるンでしょう?!
 なら、いいじゃないですかぁ!!」
溜め息が出た。
眉間の皺を揉みながら、どうしたものかと考える。
この大きなナリした『大人子供』を。
「青島・・・」
暫しの沈黙の後、彼の名を呼んだ。
「ハイッ!!」
飼い主に呼ばれたワンコよろしく、元気な返事が返ってくる。
「さっきっから、声が大きい」
「すいません」
「なら、こうすれば気が済むんだな」
私は目の前のホットショコラの入ったカップを両手で持ち上げると、青島に手渡してやった。
「ハイ、これッ!!
 私のキ・モ・チッ♪」
声色を作り、やり過ぎかとも思ったがウインクまで一つおまけに付けて。
(これ以上、妙なことを言い出さないようにとの『牽制』も込めて)
見る間に、青島が真っ赤になってゆく。
「あ・・・青島?」
恐る恐る声を掛ける私に、青島がハッと我に返って飛び付かんばかりの勢いで私の手をカップ毎握り締める。
「室井さ〜ん♪嬉しいっス〜!!
 も一回、もう一回だけやって下さい。
 今の〜〜〜!!」
「・・・帰る」
「アアッ!!そんな!!室井さ〜ん!!
 んじゃ、俺からのもッ!!せめて俺からのも受け取って下さいよぅ!!」
「一人でやっててくれ。
 私は先に帰る。
 何だったら、ここに一晩中居たらどうだ?
 24時間営業だから」
「ひどい〜〜〜!!待って下さいよぅ!!」
 
 
先に店を出た私の後を、ホットショコラの入ったカップを2つ手に持って、
青島が駆け足でついてくる。
 
 
帰宅直後に見た、彼からのメモ。
二人の時間を知ったからこそ突然込み上げてくる切なさ。
思い掛けなく叶った願い。
凍えていた、身体も心も一瞬にして溶かしてしまう暖かな彼の笑顔。
私を、いつもいつも案じてくれる彼の言葉の一つ一つ、
さり気ない気遣いの全て。
先程までの沈んだ気分が、今はこんなに浮き立っている。
 
 
2月14日、『聖・バレンタインデー』。
愛する人に気持ちを伝える日。
けれど、今の私たちには必要ないのではないだろうか。
何故なら、日々私は彼からその気持ちを出来る限りの『言葉』で『態度』で伝えて貰っているし、
日々私も私なりに思い付く限りの『言葉』と『態度』で伝えているつもりだから。
(たとえ私の精一杯が、彼が私に示してくれている全ての何分の一にも満たないものだとしても)
 
 
一年に一度だけの『聖・バレンタインデー』よりも、365日の日常。
 
 
2001.02.14UP



〜そして言い訳〜

え〜っと・・・(^^;
今回も、何が書きたいんだか途中から分からなくなっちゃったという。
本当に、情けない限りです(;;)
書きたい!頑張ろう!!と思えば思うほど空回り・・・ハァ・・・・・
最初は結構シリアスでいってたのに、書き終わってみれば「コ、コメディ??」

ホント、毎度すいませんです☆



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