まだ数日だ・・・・・。
織田から手紙を貰って何日と経っていないって事に、カレンダーを見る事でやっと気付く程、
俺には時間の感覚が無くなっている。
勿論、家庭生活はあいつが勝手に望んだ通り、何事もなく平穏に営まれているし、
仕事も滞りなくこなしている。
本来ならば、これが本来の俺の生活だった筈なんだ。
あいつを知り、あいつと出会い、あいつに圧倒され、あいつにだけは負けたくないと歯噛みし、
あいつを恐れ、あいつに憧れ、あいつを慕い、あいつに焦がれ、あいつを欲し、あいつを手に入れ
・・・・・そして、失った。
かみさんに言われて、つかの間の休日を使って、
娘の誕生祝いの数々を整理するのを手伝った。
慣れない、始めての育児に手の放せないかみさんの為に。
みんな、よくもまぁって程いろんなモンを贈ってくれているのには驚いた。
聞くと、ちゃんと友だちや知り合いのみんなからかみさんのトコに
リクエストを尋ねる電話やらが入ってたらしい。
「そっか・・・それにしても、まぁスンゴイ種類だな」
「ふふふ・・・」
「これじゃ、この後俺ら親は、なんも買ってやるモンね〜んじゃネェの?」
「そ〜んなコトないわよぉ♪女の子なんだから、お金掛かるわよぉ。
が〜んばってネね♪おと〜うさん♪♪」
「お〜〜〜☆」
その贈り物の山の中に入っていた、一冊の本。
こんな小さなうちからか?と不思議に思っていると、
かみさん曰く、「アッという間よ。子供が大きくなるのは」だそうだ。
そんなもんかと、パラパラと中を繰ってみる。
内容は絵本で、子供には絵を見るだけでも十分に楽しめそうな本だった。
主人公は、小さな可愛らしい魔女のたまご。
呪文唱えるため、一生懸命アイテムやらグッズ、パスワードを集めるって話だった。
「アイテム、
グッズ、
パスワード」
「何か言った?」
「い〜や、別に〜」
俺にも、呪文を唱える事が出来れば
取り戻せるのか?
・・・・・あいつを。
約1年間という、短い時間。
けれど、俺の生きてきた時間の中で、あれ程に濃密で、
忘れようにも忘れられない一年間があっただろうか?
『あなたを忘れるから。
あなたを知らなかった頃の俺に戻るんだ』
あいつは俺に宛てた手紙に書いていたっけ。
例えあいつはそうできたとしても、俺には出来ない。
あいつを忘れるなんて。
最初の・・・・・あいつを知らなかった頃の俺になんて、戻れるもんか!!
俺に・・・俺にお前が忘れられないように、
俺の身体の隅々の、細胞の一つ一つにまで、お前を憶えさせたクセに!!
お前が、最初に俺を欲しがったんだ!!
元はと言えば、お前が始めたコトじゃないか!!
俺を掴まえて『好きだ』と詰め寄って、抱き締めたのはお前じゃないか!!
一度でも抱き締めたら、二度と離せなくなるって言いながら、
それでも俺のコト抱き締めたクセに!!
なのに・・・
なのにお前は・・・俺を、忘れちゃうって?
忘れるどころか、最初ッから知らなかったってコトにしちゃうって?
ふざけんな!!
絶対に、俺はお前を離さないからな。
俺から離れるなんて。
俺を忘れるなんて。
そんなの・・・絶対に許さない・・・・・!!
俺の心の中に、ドロドロと暗く淀んだものが沸き上がってくる。
俺を、こんな風にしておいて、自分だけサッサと終わらせるなんて許さない。
キリキリと、銜えた指に歯を立てる。
直ぐにジワリと錆びた鐵の味のが口腔内を満たす。
俺は、こんなに一つのモノに執着する男だったろうか?
思い返し、振り返ってみても思い当たるものはない。
あいつだからだ。
『織田裕二』だから。
だから俺は、あいつに執着し続ける。
「ギバにぃ!」
ハッと気付くと、心配そうにかみさんが覗き込んでいた。
「大丈夫?指、切ったの?」
絆創膏を手に、聞いてきた。
俺は慌てて、彼女の思い込みに乗った。
「あ、うん。
紙の端っこの方で、チョットな」
「もう、そそっかしいんだから。
はい、手ぇ出して」
彼女は、俺の心の内も知らずに、
俺が差しだした指にそっと絆創膏を貼ってくれて、
終わるとまた、調度泣き出した娘の所へ駆けだしていった。
俺とあいつがこんな風になったのは、一年前の今日。
花冷えのホテルの屋上で、胸が苦しくなった。
俺に背を向けて、帰って行くあいつの後ろ姿を見つめていた。
このまま消してしまおうとしていた想いに、春の夜風がけしかける。
〜今しかない
今を逃せば
この手に彼は
二度とは墜ちては来ない
彼を手に入れたければ
今しかない〜
夜風に飛ばされた雲から、月の光が降り注ぎ、重なる俺達を照らし出した。
今も忘れない。
あの日々。
二度と戻れない。
あのかけがえのない日々。
海外から帰って来るという彼を、ライブの後、俺の為の打ち上げもいい加減な理由を作って断って
深夜の空港で、始めての恋をしてた時のように、胸を高鳴らせて待った。
2度目の逢瀬では、些細なコトで嫉妬に歪む彼の素顔にふれた。
微細なきっかけを見つけ、適当な用件を作っては、なんとか互いに逢う約束を交わした。
やっと取りつけた約束の、その何分の一が叶えられただろう。
それでも、会えた時の・・・互いの姿を認めた瞬間の喜び。
ただもう、会えただけで充分だった日々。
そんな日々が、俺にとってはどれ程幸せだったか。
だから・・・言えなかった。
今まででさえ、あいつと俺の間には『かみさん』という、
取り除こうにも取り除けない影が色濃く影を落としていた。 そして今度は、『子供』だ。
男同士ということだけでも重い枷と、
何に代えても守らなきゃなんない人がいる俺との付き合いは、 あいつにどれほどの負担を強いていたか。
幾ら俺を愛しいと想っていてくれているとは言っても、時には、何もかもを投げ出し、
それこそ、全てを無かったことにしたいとさえ思っていたんじゃないだろうか。
「・・・もしも、そうだとしても、そんなこと許さなかったけどな」
小さく、独り言が洩れる。
何度も、何度も、何度も言おうとしたのに。
胸に、言わなきゃならない言葉が詰まって、何も言えなくなって立ち竦む。
声が震えそうで。
震える声から、彼が去った後に俺に向かって、一気に押し寄せて来るであろう淋しさと、
恐ろしさを思って、その不安に押し潰されそうな自分が、洩れだしてしまわないように。 あいつを失いたくないと見苦しいほどに醜く足掻く自分自身を隠し通す自信が無くて、
ついには、現実から背を向けてしまった。
『かみさんが、妊娠した』
言えなかった一言。
俺は・・・あいつに話せないまま、その日を迎えた。
最後まで、言わなきゃならないのに言えなかった一言。
もしも俺があいつに、この一言を伝えていたら・・・。
どうなっていたんだろう。
「なぁ?
俺達、どうなってた?」
これ以上の重荷に、あいつは耐えられなくなったんじゃないだろうか?
あいつに言わないでおくことが、あいつの為だと思ったんだ。
いつも、俺のことばかり考えていてくれたあいつのために、
俺が返せることは、少しでも長く、
平穏で幸せな二人の時間を過ごせるようにって事位だと思っていたから。 何もかも全て、あいつのためだと思って・・・
違う!!違う!!違う!!
あいつの為だなんて、全部ウソだ!!
俺の為!!
自分の為の卑怯な言い訳だ!!
重荷に耐え切れなくなりそうだったのは俺だ!!
俺に向けられる、いつも変わらないかみさんの笑顔とあいつの俺に向ける淋しげな背中。
それらを見る度に、どちらも欲しいと自分の欲だけを満足させてきた。
だから、あいつに言えなかった。
言わなかった。
話すチャンスは、幾らもあったのに。
もしも言っていたら、結局はあれが最後になったけど、
織田の『ベストコーディネーター』の授賞式後のホテルでの偶然の再会もなかっただろう。
多分、会えたとしても、あんな風に二人きりで逢ったりは出来なかったはずだ。
今のこの状況のように、あいつは俺のことを忘れ、目の前に俺が立とうとも
きっと無表情な目で、壁でも見てるかのように何の反応も示してはくれなかっただろう。
そんな事が出来る男だ。
映画のクランクイン前の、思い掛けないチャンス。
この時を逃せば、次に会えるのは3月。
かみさんの予定日も3月だった。
結局は2月18日に娘が生まれたが、その時は3月のクランクアップ直後に逢う約束を
交わしていたし、その時こそが、話す最後のチャンスだと思っていたんだ。
だから、その絶好のチャンスも、おれは見て見ぬ振りをした。
もう一度、もう一度だけ・・・・・
そうして俺は今、あの時の事だけを思い出にして生きている。
忘れない、戻れない、少しだけ現実に目隠しをした、
二人の他に誰もいない日々。
風は薫り、緑は萌え、花は咲競い、蝶や鳥の遊ぶ、
二人だけの幻の園(その)での日々。
たとえ全てが、儚く、脆い、砂の上に作られたような幻の園での出来事だとしても。
取り戻したい。
二人だけの、幻の園。
「これでいいのか?」
心の中で、もう一人の俺が問い掛ける。
「今なら、間に合うかもしれない」
『確信』というには、余りに頼りない。
それでいて、妙に自信にも似た思いが俺に囁きかける。
「あいつを逃がしたくないんだろう?
今なら、間に合うさ」
今なら・・・
俺の裏切りで、その外見からは想像出来ないかもしれないが、
思い掛けずナイーブなあいつの心は間違いなく、粉々に砕けているだろう。 その欠片の一欠けを、そっとしまい込んで、あいつの心を、どこか不完全なままにしておけば、
そうすれば、あいつの言うように
「5年前の俺に戻るんだ。あなたを知らなかった頃の俺に」 とはいかないだろう。 完全に元に戻るための、最後の一欠を俺が持っている事で、
あいつは元のまんまのあいつには戻れない。
完璧主義のあいつが、自分の心の最後の欠片を探し求めるって事は
=(イクオール)俺を忘れずにいるって事じゃないかと俺は思った。
何故なら俺は知ってる。
あいつが俺を忘れる事なんて、出来ないって事。
あいつから告げる『別れ』ではなく、俺から『別れ』を告げない限り、
あいつが俺を忘れる事なんて出来るわけない。
別れを告げる手紙を、あいつは置いていったけれど、
今もあいつは俺のことを吹っ切れてはいないはずだ。
忘れてなんか、いるもんか。
これは、さっきの『確信』とか妙な『自信』じゃなくて
俺の『希望』であり『願望』。
俺は・・・忘れられない・・・・・
だからこそ、俺はどんなに残酷にもなろう。
あいつを掴まえておく為になら。
たとえ憎まれることになっても構わない。
さぁ、行こう。
あいつをこのまま行かせたくないと、何よりも欲しいと願う心を胸に。
あいつが砕けた心を、元通りにする前に。
飛び散った欠片の、たった一欠けを手に入れるだけでいい。
そうしてそれを、俺の身の内に取り込んでしまおう。
後は、自分の心の欠けた部分を探すあいつに告げればいい。
この一言を口にすれば、あいつは必ず戻ってくる。
もう一度、俺の元へ。
かみさんの手伝いを終え、色とりどりのリボンや、華やかな包装紙を片付けながら、
贈り物の山の頂上に置いたさっきの本を見遣る。
〜アイテム・
グッズ・
キーワード〜
俺があいつを呼び戻す為の全ての物は揃ってる。
アイテムは「あいつが欲しい」って正直な俺の気持ち
グッズはメモリーの中に「LastNumber300」が入った携帯
最後に唱えるキーワードは・・・
「お前を、愛してる」
魔法が効き、あいつが俺の元に返ってくれば、
俺達はまたあの幻の庭園で、
二人だけで・・・・・
二人だけの・・・・・
2001.02.25UP
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