目を閉じて、互いの体温の暖かさを感じ合い、 忘れていた季節を思い出す。 冷えた頬と頬とを摺り寄せ、遠く離れていく筈だった恋しい人の 胸の鼓動をすぐ傍で聞いている。 織田は、まるで夢を見ているような錯覚を覚えた。 暖かな気持ちのまま、閉じていた目を開き、触れ合った頬を少し離して、 変わりに唇で柳葉の暖まってきた頬に触れてみる。 柳葉も織田も、こうなってみて初めて、これからの何もかもを一時でも忘れ、 純粋に、たとえとても小さな喜びだったとしても、それを分かち合いたいと思えていた。 柳葉も、静かに閉じていた瞼を開いた。 見詰め合った二人の瞳は、どちらも優しく微笑んでいる。 柳葉を知ってから、一日、一日。 この想いは、気付いてみれば、織田の心の中の深い所に、静かに息衝いていた。 今日からまた、柳葉を想って過ぎてゆく日々が、 柔らかく何層にも積み重なっていくだろう。 一度は諦め、織田の心は、真冬の如き、冷たい闇に包まれそうになったが、 今は柳葉という、春の日差しにも似た、暖かな、 何処か懐かしささえ感じる笑顔の人が、ここにいる。 柳葉は、織田の心の中にいてくれる。 何があっても、彼を想い続けてゆく為の勇気を持たなければと心に誓う。 愛する事を教えてくれる、この人の為に・・・・・。 考えれば考える程、自分を暖かく締め付けているこの腕を、 取って良かったのかと思える。 織田の言ったとおり、同情なのかもしれない。 それでも、今はこうして織田といられる事が、こんなにも大切だった。 とにかく今は、目の前の織田の事だけを考えていようと思う。 心が落ち着いてくるまで、こうして織田に抱き締めていてもらえばいい。 いつか来るかもしれないその日を恐れているより、 二人で同じ夢をみていたい。 夢から醒めて、互いの道を歩き出すその時が来るとしても・・・・・ 今だけは。 春の足音を間近に聞いた、如月の夜。 皓々と自分達を照らす月を見上げる事も無く、 月明かりの下、二人は何時までも寄り添っていた。 そんな二人を見守る月以外には、誰も知らない奇跡。 奇跡は、こんな風に始まるのかもしれない・・・・・ 1999.09.15up 2005.04.09再up |
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