あなたと歩こう |
あなたと歩こう 手をつないで歩こう あなたのいる場所 そこは、私がいつか帰る場所 その腕の中へ・・・・・ 「副総監誘拐事件」解決から約半年が過ぎようとしていた。 降格処分となった室井であったが、上層部の中でも、彼の将来性を買い、 能力を惜しんだ者が少なからず居たということか、思いの他の処分が下されていた。 現在の室井のポストは「警備局警備課課長」である。 さすがに、このまま室井を甘やかすわけにはいかないと、 室井排除派が考えた「お仕置き」がコレだった。 今まで色々なポストを歴任してきた室井だったが、 その中で正直、このポストがある意味一番堪えたポストだった。 事件とは無縁の場所で、まるで飾り物の人形のように、部下の立てたプランに目を通し、 書類に判を押すだけのデスクワークの日々。 警備に同行とは言っても自分自身は車から一歩たりとも出ずに済んでしまうことさえある。 何もかもが、部下任せで恐ろしく単調だった。 もう二度と帰って来る筈の無い、二度と帰りたくないポストだったのだ。 彼らの思惑どおり、これほど室井を落ち込ませる「お仕置き」はなかった。 キャリアの室井にとって、 「降格処分」とはイクオール「進退伺いを立てて警察庁を去る」事の筈だった。 現に室井と同期の中でも、ミスの責任を取って(取らされて)去っていった者達がいる。 しかし、室井は去るわけにはいかなかった。 今回の事件で、自分の信念さえ貫けない歯がゆさを、辛さを、虚しさを、 そして哀しさをこれまで以上に、イヤと言う程味わったのだ。 なんと言われようとも、室井は決心したのだ。 何が何でも、上に行くのだと。 たとえ一人でも、信じてくれる者がいる限り、ここを去るわけにはいかなかった。 (彼は、自分の「命」さえも賭けてくれたのだ) この道は一寸先さえ見えないような霧に包まれている。 手探りで進もうにも、その手を捕まれ引きずり込まれそうになる。 踏み出した足下は、待ち構える奈落の底への入り口かもしれない。 耳を澄ましても、聞こえてくるのは、ザワザワと耳障りな音だけ。 いい加減なゴシップや、キャリア同士の足の引っ張り合いの様な噂話の数々。 呼びかけの声さえも、深く暗い霧に吸い込まれるばかりだ。 そんな、何一つ確かなものの無く、果てのない道を歩いて行くと決めたのだ。 室井にとって、上を目指すというのは至極当たり前の事だった。 その当たり前の事に、疑問を感じ始めたのはいつだったかと考える。 今までの自分の行動や考えを、間違いだとは思わなかった。 それなのに青島の前に立つと、室井は居たたまれないような気にさせられた。 室井にとって、他人から視線を逸らす事など初めてだった。 室井は、一人で歩んでいかねばならない。 自分で決めた事なのだと、悲壮な決意で歯を食いしばる。 弱みは見せられない。 気取られた途端に、そこにつけ込まれ、取り返しのつかないことになってしまうのだ。 背筋を伸ばし、上だけを目指し、出来うる限りの早さで駆け登ってゆく。 そして頂点に立った時・・・。 (果たして、頂点に辿り着けるのか?辿り着いてどうなる?) 青島に会って以来、室井の頭の中では同じ疑問が繰り返し浮かんでくる。 「弱さ」は、キャリアがトップを目指す為には持っていてはならないものなのだ。 キャリアとなったと同時に一時でも早く捨てさらなければならないもの、 命取りにもなりかねないものだった。 長身を少し屈めて覗き込んでくる、青島の少し明るめの瞳に、 室井は自分の持っていてはならないはずの「弱さ」を肯定されているようで、 会う度に困惑してしまう。 彼の存在が自分の「弱さ」となってゆくようだった。 「弱さ」を持つ事で挫けそうになっても、「弱さ」の為に後戻りをしてもいいのだと、 青島ははその瞳で語るのだ。 自分が隣に居るからと、必ず側に居るからと。 だから室井の「弱さ」を、自分だけには見せて欲しいとねだるのだ。 「降格処分」を受けた今、室井に後悔は無かった。 室井が自分の「弱さ」を見せた時、青島は何も言わずに大きなその腕でそっと抱きしめた。 男性としては小柄な室井の身体は、すっぽりと青島の腕の中に収まった。 室井は青島の胸で、暖かいと思う。 (身体ごと心までもが凍えきってしまいそうな毎日だったから?) 室井の気持ちが安らいでくる。 (キリキリと神経が音がしそうな程の緊張を重ねてきたから?) このまま眠ってしまいたいと、室井は心から思った。 (「キャリア」としての自分に限界を見たような気がしたから?) これまでの、身を、心を削るような生活に、室井の全てが悲鳴を上げていた。 「誰か、私を・・・!!」 そんな室井にただ一人、気付いたのは青島だった。 しかし、室井は心に決めていた。 この道は、やはり一人で歩いて行かねばならないと。 「弱さ」から目を逸らさず、「弱さ」をもその身の内に抱えつつ。 同じ道を、青島と二人で歩ければどんなに心強いだろうと思う。 心安らかに、立ち止まること無く行けるに違いないと思う。 だからこそ、室井は一人で行かねばならなかった。 道は細く、厳しく、険しかった。 青島を道連れにするわけには行かない。 一人でしか、歩めない道なのだ。 だがしかし。 きっとそこに青島は居るのだ。 室井の側に。 それはすぐ隣の道かもしれない。 それこそ肩が、頬さえ触れ合うほどの近くを、 彼も同じ方向に向かって歩いているに違いない。 二人には「約束」がある。 二人だけで静かに誓い合った、あの「約束」が。 「一緒に歩きましょうよ、室井さん」 戸惑う室井に差し出す手。 「俺は貴方と歩きたい。」 そう言って、室井の手をしっかりと握った。 「こうやって、手をつないで歩きましょうよ。」 青島の人柄そのままに暖かな、その手の感触にホッと息を吐く。 「ねっ、室井さん。」 「・・・・・。」 室井は答えなかった。 ただ黙って返事の代わりに、キュッと青島に握らせていた手を握り返した。 青島にはそれだけでも充分だったらしく、 ニッコリと笑うと室井をその腕の中に抱きしめた。 口には出さずに、室井は想う。 あなたと歩こう 〜あなたとならばきっと行ける〜 手をつないで歩こう 〜同じ道は歩けなくとも〜 あなたがいる場所 〜必ず私は辿り着く〜 いつか帰る場所 〜そこにはあなたが居るから〜 その腕の中へ 〜私はきっとそこへ行く〜 あなたと歩こう・・・・・ 1999.5.16UP(2005.01.16再UP) |