拍手御礼

一倉さんが・・・ヒドイ人になってます。
ファンの方、スイマセン★






目的地に向かい、赤信号さえ振り切りそうな勢いで、
やっと変わった青い信号にアクセルを踏み込む。


勤務明けを待ち侘び、終業と同時に同僚の一人を捕まえ、
無理を言って貸して貰った車を駆って、
署から飛び出した頃には、夜もすっかり更けていた。
晴海通りを霞ヶ関方面へと直走る。
目的の建物への最後の直線を奔り切って、
俺は地下の駐車場の入り口に車を乗り入れようとハンドルを切ろうとした。
「!!」
今まさに曲がろうとした車の目の前の脇道から、
真っ黒な影が突っ込んできた。
コチラの車と、真っ黒な影。
咄嗟に切ったハンドルに、軽くスピンして互いの鼻面をつき合わせる格好で
如何にか止まる事が出来た。
漸く、黒い影が車だと気付く。
行く先を塞ぐ格好のまま、相手の車が移動する気配は無いが、
相手が動いてくれない限り、コチラの車は目当ての建物に入れないのだ。
俺はイライラと相手を睨み付ける。



今にも焼き切れそうな俺の精神。
とうに我慢は限界だった。
その場に車を乗り捨て、俺は徒歩で向かう事にする。
もう、完全に目の前の事しか見えなくなっていた。



相手の車の横を過ぎようとした時、いきなり後部座席のドアが開き、
また俺の行く手を遮った。
一瞬立ち竦んだ俺は、次の瞬間には殺意さえ覚える。
「また・・・アンタですか・・・・・」
口から出たのは、自分自身でも信じられない程闇い声音だった。
返事の代わりに、ヌッと大柄な身体が車外へと押し出してきた。



一倉正和。



「所轄の狗は、さっさと自分の縄張りに帰れ」
どうせ言われるだろうと思っていた言葉。
俺は言葉を返すつもりも無く、無視して脇を通り過ぎようとした。
相手の手が動く。
俺の片方の腕が掴まれた。
振り切ろうとしたが、万力で締め付けられた様にビクともしない。
焦りと怒りで、俺はソレこそ[狗]は[狗]でも野犬のそれの相貌で
相手を真正面から睨み付けた。
けれど、それ位で怯み手の力を緩める相手ではなく・・・・・。



「アイツの所には・・・・・行かせねぇぞ」
「・・・・・」
「テメェ・・・自分の立場、解かってんのか?
 アイツの周りでテメェがチョロチョロしだしてからのアイツの立場、
 見る間に危なくなってきてるってのに・・・・・。
 まさか気付いてないってんじゃねぇだろうな?」
「俺は・・・!!」
「黙れ!!
 誰が口利いて良いっつった。
 所轄の分際で、勝手すんじゃねぇ!!」
一息置いて、吐き捨てるように投げ付けられた。
「この身の程知らずの、疫病神が!!」
俺は拳を握り締める。
「今テメェがアイツの所に行ってどーするよ?
 あん?何か考えが有るってのか?
 有るんだったら聞かせて貰おうか?」
ギリギリと噛み締めた奥歯が音を発てる。
「テメェなんかがしゃしゃり出て来たって、
 今のアイツにゃプラスにはならねぇ。
 むしろマイナスになるだろうよ。
 何せテメェは警視庁一の[トラブルメーカー]だからな」
目の前が赤く染まる。
「いいか、アイツの所へは行くな。
 アイツの事を少しでも思って、助けるつもりなら行くな。
 テメェなんざが行ったって無駄なんだ。
 いいな?」



言う事だけ言うと、一倉は踵を返し、
再び後部座席へと体を乗り入れドアを閉めた。
パワーウインドウが微かな振動音と共に下降する。
駄目押しの一言に、俺は力なくその場で項垂れるしかなかった。



「アイツはテメェにゃ会わねぇだろうよ。
 テメェにだきゃ・・・アイツは会わねぇ!!」



夜に溶けて消えてゆく、闇の色の公用車の真っ赤なテールランプ。
見送る事も出来ず、俺は項垂れ立ち尽くす。
見るとも無しに見る足元のアスファルトに、一粒、二粒落ちてきた雨粒は
直ぐに本降りとなって俺を頭の先から爪先までずぶ濡れにした。



この雨は、この先暫く止む事はなかった。