還らじの夏 |
離さない 離れない
離さないで 離れないで
そんなこと 出来っこない
忘れない 忘れさせない
忘れないで 忘れさせないで
そんなこと 許さない
二度と離れることのないようにと
きつく絡み合わせたこの指が
握り締めることに力尽きても・・・・・
来るのはわかってた。
だってあの人、いつもそうだから。
この世界に入って以来、とんとご無沙汰だった『縁日』。
ガキの頃は、家族と行ったっけ。
お袋や兄貴も一緒で、親父に肩車してもらい出掛けた。
それなりの年齢になってからは悪友達と繰り出した。
最近じゃ仕事のロケ先や移動の途中、ライブ先で見掛けることはあったけれど通り過ぎるだけ。
そんな『縁日』に、今日は何年ぶりだろう・・・出掛けている。
「ナ〜ァ?今日ココ来る時にさ『縁日』出てたんだぁ」
暑かった夏の終わり。
特にどうってコトはなかったけれど、あの人がどうしても行きたいって。
大人のクセに駄々を捏ねるから。
俺があの人の我が侭に「NO」と言えないと知っているから、あの人はいつも強気の我が侭を言う。
だけど俺にしてみれば、あの人のどんな酷い我が侭だって、言ってもらえるってだけで幸せだって
思っちゃってるから、それを充分に熟知しているあの人はますます付け上がってく。
「終わってるよなァ」と時には声に出して呟いてみるけど、
やっぱりその後一人照れてしまう俺は、やっぱりあの人にいわせりゃ「ベタ惚れ」らしい。
夜だからサングラスするわけにもいかなかったんで、
俺は内心、ハラハラ・ヒヤヒヤしながら参道を歩いていた。
『縁日』にいい年した男2人が連れ立って歩いてるってのは、ただでさえ目立つと思ったんだ。
けど、人混みのせいか周りはまるで俺達に気付かない。
少し緊張が解けた俺は、そっと傍らを歩く柳葉さんを見やる。
黒いポロシャツ姿の柳葉さんは、このところの忙しさのせいで、また少し細くなったように思えた。
「仕事、キツイ?」
つい聞いてしまう。
俺を振り仰いで彼は笑った。
「なんだ、急に?」
「や、チョットまた痩せたみたいだから・・・」
「んにゃ、なんも。大丈夫だって」
そう言って彼はまた、笑った。
彼の笑顔が、こうして俺だけに向けられるだけで、ただもうそれだけで俺の胸は一杯になる。
「・・・そう」
後はもうそれだけ言うのがやっとで、そのまま黙ってしまった俺の側を柳葉さんも黙って歩く。
今年の縁日ももう最後らしい。
参道は、両側を沢山の露店が賑わしていた。
俺の横を歩きながら、柳葉さんは嬉しそうにそれを眺めている。
まるで子供のように、その大きな瞳をキラキラと輝かせながら。
その様に、俺は浮かんでくる微笑みを押さえることが出来なかった。
「ギクリ」と俺の心臓が竦み掛けたのは、参道の中程まで来た時だった。
ジーンズに着慣れた白いシャツの俺の腰の辺り。
チラリと見ると、いつの間にか柳葉さんがオレのシャツをギュッと握っている。
何かを凝視するように、一点を見つめている柳葉さんの視線を追い掛けると
俺の心臓が今度は「キリキリ」と音を立てた。
やっと一人で歩き回れるようになったという感じの小さな女の子が、
浴衣姿ではしゃいで前の方から危なっかしく走ってくる。
今はまだこの子よりもっと小さな、彼の愛娘を重ねているのかもしれない。
確か今日は、実家の方へ奥さんが連れて行っているとか言っていた柳葉さん。
「今日は・・・だから・・・・・」
玄関先で、俺の方をまともに見れないのか俯き加減に言ったっけ。
彼のそんな仕草や態度が、反って切なかった。
わかってたんだから、俺には。
あなたが来るだろうって事。
あなた、気付いてる?
TVやラジオなんかのメディアで、奥さんや子供の話した後は、
必ず数日中に俺のところに顔出すんだって事。
と、いきなりその女の子が俺達の10メートルほど先で、躓いて転んでしまった。
「あっ」
この賑やかさの中では、気を付けないと聞こえるか聞こえないかの小さな叫び声が
前方の女の子と、自分の傍らから上がったのを、俺は聞き逃さなかった。
声を上げたのと同時に、柳葉さんが思わずそちらに駆けだそうとする気配を察した俺は、
俺のシャツを掴んでいた彼の手が離れないうちに握り締めた。
一瞬、「なぜ?」という風に俺の方を振り返った柳葉さんだったが、
直ぐにまた女の子の方に注意がいく。
女の子は転んだことにビックリして、泣くことを忘れていたようだった。
だけど直ぐに転んだ姿勢のまま泣き出した。
その様子を見た柳葉さんが、無意識に彼を行かせまいと掴んでいる俺の手を解こうと
女の子の方に視線は向けたままで、掴まれていないもう片方の手を伸ばしてきた。
俺に手を解かせようと躍起な柳葉さんと、そうはさせまいと一層手に力を込めて、
彼の細く華奢に見える手を握り締める俺。
人混みの中で、俺達は人知れず争った。
「泣いてる」
柳葉さんが争いながらも、相変わらず子供から目を逸らさずに言う。
「直ぐに母親か・・・家族が来るよ」
『母親』という言葉の後の、一拍の間。
言おうとして言えなかった言葉。
『父親』
・・・俺には言えなかった。
「離せって!!」
焦れた柳葉さんは、とうとう俺の手に爪をたてた。
無意識だったらしく、直ぐにパッと手を引っ込めて俺の方を見た。
俺は「痛い」と口にする事もなく、痛みに顔を顰めるでもなく、
ようやっと俺の方を見た柳葉さんの視線を捕らえて言った。
「離さない」
心中に渦巻く、諸々の感情の全てを押し殺したような・・・・・
或いは反対に全てを込めたような、我ながら不思議な声色だった。
柳葉さんは、やっと抗うのを止めてくれた。
人混みの中から声がした。
よく通る、男性の声だった。
声の方を見やると、女の子は父親らしい男性に抱き上げられていた。
そして、その傍らには母親らしい女性も居る。
一言二言話していると思ったら、見る間に3人は仲良さげに人混みの中へと消えていった。
その後ろ姿を黙って見送った俺達。
俺達にとっては長く思えていた時間は、実際はホンの瞬きの時間。
周りは何事もなかったかのように縁日を楽しむ人たちが流れてゆく。
「柳葉さん・・・」
親子連れを見送る形のまま立ち尽くしている彼に声を掛けると、
柳葉さんの身体が、小さくピクリと動いた。
ああ、まただ。
そう思わずにはいられない。
この人は、後悔してる。
自分がとった行動で、俺が傷付いたと思い込んで。
実際、傷付いていないわけじゃない俺は、
そんな柳葉さんを思いやる言葉の一つも掛けてやれなかった。
我ながら、なんて度量の狭い男だと情けなくなる。
2人は漸く、二度人混みの中を流れに逆らうことなく歩きだした。
相変わらず、人々は俺達に何の関心も示さず流れてゆく。
露店の軒先に吊された電球の明かりに照らされる笑顔と、
そこここで聞こえる歓声。
綿アメや金魚すくい、それから・・・
どれもが懐かしく、何処かしらに僅かな寂しさを漂わせていた。
ブラブラと歩いて来たが、参道の終点はもうすぐ目の前で、
俺達の目にも神社のお社が見えた。
ふいにピカッと何かが光った。
俺は職業柄、カメラのストロボかフラッシュだと思い、慌てて辺りを見回した。
柳葉さんも同じコトを考えたみたいで、キョロキョロと辺りの様子を窺っている。
どうする?
そう真っ先に思った。
ゴシップ専門のカメラマンかも?
どうしても普段から疚しいと思っている気持ちがあるせいか、
そんな風に考えてしまい様々な言い訳が頭の中一杯に浮かんでくる。
だけど、そのどれもが不自然に思えて、身体から血の気が引く。
見ると、夜目に柳葉さんも青ざめていった。
「大丈夫」
柳葉さんだけでなく自分にも言い聞かせるように、俺は彼に言った。
不安げな瞳で俺を見上げてくる柳葉さんの顔が、もう一度瞬いた光で一瞬見えなくなった。
俺は天を振り仰いだ。
柳葉さんに視線を戻すと、2人は同じ言葉を呟いた。
「雷?」
2人して見上げた空は、先程迄瞬いていた星々も月も今はすっかり影を潜め、
ぶ厚い雲に覆われていた。
露店の軒先の電球の眩しいほどの光が、天候の変化に気付くのを遅れさせた。
耳を澄ませば、発電器の廻る音と人々の話し声に紛れるようにしながらも
確かに雷の音も聞こえていた。
「気付かなかった」
何よりも避けなければならないと思っていたことが
とうとう起こってしまったのかと極度に緊張してた俺達だったが、
ホッとして気の抜けたような口調で、柳葉さんが言った。
俺は、ソレ(雷)と気付いた途端に、地面から湧き上がってくる、
ムッと息苦しささえ憶えるほどの、真昼の熱気を残したままの
重く濃厚な土の匂いを感じていた。
その言葉が終わるか終わらないかのうちだった。
思いの他の速さで、雷雲が近づいていたらしい。
かなり大きな音で、雷のゴロゴロと言う音が響いた。
誰かが「こりゃ、一雨来るぞ」と呟く言葉が聞こえた。
それまでも騒がしかった参道が、一層騒がしさを増す。
軒先からはみ出していた品物を、奥の方に動かす露天商達。
大急ぎで連れていた子供をおぶったり、肩車して来た道を引き返す親子連れ。
離れ離れになるまいとするカップル。
参道の大混雑の中、俺も一瞬躊躇したが柳葉さんの手を掴んだ。
柳葉さんは驚いた顔で俺を見た。
「この調子なら、誰も気付かないよ」」
周りは既にそれどころではなくなっていた。
男同士が手を繋いでいようが、そんなことにかまっている人などいないだろう。
これだけ大勢の人々の中で、俺達はしっかりと手を握り合う。
最初の一粒が、それを待っていたかのように降ってきた。
ビニール張りの露店の屋根や側面に当たって、バタバタバタと音がする。
人の波が一際大きく動いた。
アッという間もなく、しっかりと繋いでいたはずの俺と柳葉さんの手が離れ、
見る間に柳葉さんが俺とは反対の方へ流されてゆく。
もう、一目を気にしてなどいなかった。
彼の名を呼びこそしなかったが、人の流れに逆らい、
非難の眼差しを向けられ、中には俺に気付いた人もいたようだったが
俺は必死で柳葉さんを追った。
頭の中では、人波に揉まれた時の柳葉さんを思い出しながら。
彼を何があっても離すまいと握り締めていた俺の手を、
柳葉さんが自分から解いて、流れに身を任せていったように思えた。
なんとか俺は人混みの中から、柳葉さんを掴まえることに成功した。
今度はもう、彼が自分から手を離せないように、手ではなく、
彼の二の腕の辺りを掴んで、そのまま濡れながら
俺のマンションまで2人で走った。
ずぶ濡れで、荒い息のままマンションのエレベーターを降り、
玄関のドアを潜った。
閉じたドアに2人で列んで凭れ掛かった。
一人暮らしには十二分に広いマンションに似合いの、
大きめの玄関に、2人の荒い息が響く。
見やった柳葉さんの横顔を、瞼を伝って、
雨とも涙ともつかないものが流れ落ちていった。
俺は、掴んだままだった彼の腕から、ゆっくりと自分の手を離そうとした。
その手が離れてしまう寸前、柳葉さんが叫んだ。
「離すな!!」
空の一点を見つめた瞳からは、先程のまま、
ずぶ濡れの髪からの雨とも涙とも付かない水滴が絶え間なく零れ落ちてゆく。
荒れた息も、聞きようによってはしゃくり上げているようにも聞こえる。
「・・・柳葉さん?」
「・・・さっき・・・」
柳葉さんが途切れ途切れに話し始めた。
「・・・お前が、俺の手を離した時・・・・・自分でも、愕然とした。
すげぇショックで。お前の手を失くす事が、あんな・・・あんな・・・」
ギュッと柳葉さんが目を閉じた。
これ以上は悲鳴でもあげかねないとでもいうように、
柳葉さんは俺に掴まれていない方の手で自分の口元を覆った。
さっき、俺が柳葉さんの方から離したと思い込んでいた手を、
柳葉さんは俺の方が離したのだと思っていた。
互いに想い合っているのだ、俺達は。
なのに・・・・・
切なくて・・・
柳葉さんを見ていられなくて、今度は俺が目を閉じた。
やがて濡れた身体も気にせずに、滴る水滴もそのまま抱き合いながら、
俺達はいつまでも祈るように呟き続けた。
「離すな・・・」
「離さない・・・」
「離さないでくれ・・・」
「離れないで・・・」
この時を抱き締めたまま
「忘れない・・・」
「忘れさせない・・・」
「忘れるな・・・」
「忘れさせないで・・・」
何があっても憶えていて
離さない 離れない
離さないで 離れないで
そんなこと 出来っこない
忘れない 忘れさせない
忘れないで 忘れさせないで
そんなこと 許さない
二度と離れることのないようにと
きつく絡み合わせたこの指が
握り締めることに力尽きても・・・・・
2000・08・27UP |
え〜いかがでしたでしょうか?久々の新作ですが・・・(^^; 書きかけのものも放って置いて、勢いのまま書いてしまいました。 ですから、なんとなく辻褄が合っているような合っていないような。 例の「庭」のシリーズの後っぽいですけど・・・ 「これはこれで別の話だと思っちゃうのも、それはそれでいいかもね?」 なんゾと、お気楽なことを言ってみて現実から逃避したりしております。 勢いのままというのは、例の「いいとも」見た勢いです。 嬉しいような哀しいような・・・チョット色々と考えることもあったので その気持ちのまま書いてしまいましたから、ますますブルーな2人になっておりますね。 よろしければ、ご感想などいただけると次の励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします(^‐^) |