帰国 |
関西国際空港。 24時間眠らない、関西と世界を結ぶ表玄関である。 真夜中近くになって、ロサンジェルスからの便が到着した。 さすがにこの時間の便になると、到着したばかりの飛行機から降りてきた乗客と、 僅かな迎えの人間位で、到着ロビーは昼間の賑やかさが嘘のように静かだった。 時々、思い出したように控えめの小さな歓声が上がる位だ。 時間的に乗客自体が少なかった事もあり、すぐに人波は途切れた。 空港の職員が最後の乗客が出た事を確かめ、ゲートを閉めようとしていた。 「すいません」 真夜中だというのに、サングラスを掛けた男が一人、奥の方から慌てて駆けてきた。 胡散臭気に男の顔ををチラリと見て、職員はその男が手にした荷物に視線を移した。 国際線で帰ってきたにしては、肩に大きな布製のサンドバック型のバッグを掛け、 手にはノートパソコンを持っているだけだった。 ますます胡散臭そうに男を見る職員。 と、その男の顔に見覚えがあるような気がして、マジマジと顔を覗き込む。 その視線に気付いたのか気付いていないのか、男は職員に言った。 「あの、時間が・・・・・」 言われて見ると、電光掲示板の時計が、国際空港とは言え大阪の中心地から離れている為、 交通手段として大変重要とされている(特にこのような真夜中としては尚更)、 大阪市街地へのシャトルバスの最終便の出発時間を示そうとしているところだった。 「お荷物はそれだけですね?」 「ええ」 手短に尋ねて、その男の返事に頷く職員だった。 「どうぞ、お気を付けて」 閉め掛けていたゲートを開き、男を外に出してやる。 「どうも」 ペコリと頭を下げると、男はロビーの出口へ歩いていった。 その後ろ姿を見送りながら、今の男が誰だったのか一生懸命思い出そうとする職員だった。 日本を離れる時は、新番組の為という事で、 番組のスタッフ達から見送られる様を撮影して貰いながら成田を出発した。 今回は、出迎える人の一人も居ない。 帰国しようと決めてからは、バタバタと荷造りをして、発送し、 事務所には勝手に、出発直前に日本に帰国する旨をメールで送り付けた。 帰ってくる予定の日時も、何処に(まさか関空とは)降り立つのかと言う事さも 伝えていなかったので、仕様がない事ではあった。 「・・・ハァ」 長時間のフライトの後の倦怠感と、この先、東京までの移動の行程を思い、 男はため息を一つ吐いて、肩のバッグを担ぎ直す。 2ヶ月振りの日本。 確か、出掛ける時はそろそろ桜の便りが南の方から聞こえてきた頃だったと思う。 それが今は梅雨が始まっている。 離日の際持って行っていた服も殆ど全部、あちらで買い揃え直さなければならなくなった。 今も真っ白なコットンのシャツの袖を捲り上げ、下もジーンズという格好だった。 「出てく時は、コートまで着てたのにな・・・」 歩きながら呟く。 ロスは暑かったが、カラッとした暑さで過ごし易かった。 それに比べて・・・と思ったが、 何処かしら、日本のこの独特の湿気を含んだ暑さが懐かしく思えてクスリと笑う。 広い空港のメインロビーは人通りも疎らだった。 サングラスの下の少し明るめの瞳が、「それ」を見付けた瞬間、軽く見開かれたが、 すぐに優しいカーブを刻んだ。 皓々と灯りの点るロビーでは、真っ黒なサングラス越しでは、 彼の瞳がそんな風に変化しても気付く人はいないだろう。 彼が見付けたもの。 「それ」はロビーに設けられた巨大なオブジェに埋もれていた。 オブジェは白い花々だけで作られた、生花の活け込みだった。 百合やバラ、カラーや蘭、あらゆる種類の花々が、生き生きと優しく、 柔らかく、競い合って咲いている。 近づくにつれ、旅の疲れを労るように、その芳しい香りが旅人を包んでくれる。 そんな花々に埋もれるようにひっそりと立っていた。 「そんなトコに居たら、却って目立っちゃうんじゃない?」 声に笑いを含ませて、尋ねてみる。 相手は、自分も掛けていたサングラスを少しづり下げて 不満げに唇を尖らせて言った。 「いきなりそうくる・・・。 『ただいま』の挨拶もナシか?」 人一倍大きくて黒目がちの瞳が、下げられたグラス越しに見上げてくる。 「こっちは、大阪のライブすましてそのまんま。 打ち上げも行かずに直(チョク)だゾッ!!」 思いの外、声の響く、人気のないロビーにビックリして、 途中で少しだけ声を小さくして相手は不満を訴えた。 そんな彼を見るのも2ヶ月振りだった男は、嬉しくて、 そのまま黙って、じっと見詰めていた。 彼はサングラス越しに、見詰められているのが分かったのか、 面はゆそうに頬を薄く染めた。 2ヶ月ぶりに逢った彼に、相変わらず目が離せない。 グラス越しに彼を見るのに耐えられなくなって、自分の方もサングラスをずらして、 目の前の彼より頭一つ大きな身体を屈めると、目線を合わせてこう言った。 「・・・ただいま・・・」 1999.06.06 AM0:16UP |
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