こんなにもささやかな幸福



「室井さーん、何処ですかー?」
今日も俺は家の中を歩きながら、彼の名を呼ばわる。
 
築数十年。
こぢんまりとした、純和風の、しかも平屋の家。
部屋数は全部で4部屋。
まずは室井さんが自室として使っている洋間。
家主さんの亡くなったご主人の書斎だった所だ。
この部屋が廊下の際奥で、その隣の部屋が俺のプライベートルーム。
プライベートルーム・・・と言うにはチョット違和感があるかな?
 
この部屋はそのまんま。
つまり純和風って事。
洋間育ちの俺だけど、暮らしてみて実は結構気に入ってる。
仕事が忙しくて、殆ど寝るだけに帰ってくるような毎日だけど、
畳張りのこの部屋だとグロッキー気味の俺がやっとの事で帰り着いて、
ヨロヨロと転がり込むように部屋に入り、そのままの状態で気を失ったように眠ってしまっても
「OK!」ってとこが、特に気に入っていたりするんだ。
畳だと、休みの日だってボケーッと寝転がって、ゴロゴロと転がっててもいいしね。
カーペットやフローリングの感触もそれなりによかったんだけど、やっぱりね。
気持ちいいし、何より落ち着くんだよね。
「俺って日本人だな〜」とつくづく思っちゃったよ。
 
で、あとは客用寝室としても使っているお座敷と居間。
居間もモチロン畳敷き。
あと案内してないのは、『台所』かな?
ここも『キッチン』ってゆうより『台所』。
家主さんがかなりなご老体だったので、使い勝手をよくしようとリフォームしたんだそうだけど、
やっぱり何処か和風でね『台所』って言葉のがよく似合うんだ。
ただね、この台所。
少々広めにとってあるので妙にスペースが余っちゃった。
俺も室井さんも独り暮らし同志だったからさ、あんまり余計な荷物とかなかったんだ。
じゃあってことで2人用のテーブルを置いてみた。
けどさ、2人揃ってこのテーブルで朝食なんかが取れる事、滅多にないんだけどね。
夕飯だってそう。
だけどたまに一緒の時は、お互いに相手に少しでも喜んでもらいたいから、
ついつい頑張っちゃって品数多くなっちゃうんだよね。
男の手料理だからさ、そう込み入ったものだとかは出来ないんだけど・・・。
そうなると、ただでさえ小さな台の上では乗りきらずに、
居間の大きな机の方で食事をする事になっちゃうんだよね。
 
そうそう忘れてた。
脱衣場や浴室、トイレも同じくリフォーム済み。
老人の一人暮らしを出来るだけ快適に過ごしたい、
少しでも長く亡くなったご主人との想い出がそこここに残っているこの家で暮らしたいという、
家主さんの精一杯。
「『家』っていうのはね、青島さん。人が『生活』していないとダメなの。
いくら中や周りに気を付けて、手を入れていても『暮らしを営む』ってことを置いといちゃダメなのね。
だから、あなた達お2人で暮らして下さったら、私本当に安心してここを離れられるわ。
ふふふ・・・それに、青島さんだったら気楽に寄らせてもらえそうだし」
そう言って、愛おしそうに住み慣れた我が家を後にした家主の老婦人。
その家を使わせてもらってる俺達。
出来るだけ大切に、不用意な傷を付けたりしないよう十分に気を配りつつ、使わせてもらおうと思ってるんだ。
まあね、気を付けなくっちゃいけないのは俺なんだけど。
室井さんはほら、ああいう人だから。
この点は大丈夫・・・だと思う。
やっぱり気を付けなきゃなんないのは、ね?
俺でしょ?
俺。
 
二人ッきりでの暮らしだから、俺はそれを最大限に楽しんでる。
本当は今だって、何処に室井さんが居るかもチャ〜ンと解ってる。
だけどこうして、解ってない振りして室井さんの名前を呼ぶんだ。
「室井さん」って、名前を誰に憚ることなく、何度も何度も口に出来るんだから。
大切な人の名前をさ。
なんかイイでしょ?こういうの。
 
さぁ!
室井さんが、いつものように庭に居るのはわかってるんだ。
そろそろ「なんだ〜、ココに居たんスか〜」とか言いながら、迎えに行かないと。
折角二人揃っての、久々の夕飯が冷めちゃうよ。
 
「あ、居た居た♪室井さ〜ん、ココに居たんスか〜」
予想通り、室井さんは庭にいた。
俺の姿を認めると小さく微笑んで、こちらに向かって歩いてきた。
「待ってたぞ、料理当番。今日の出来は?」
「もね、バッッッチリっす!!」
「そっか、腹空かして待ってた甲斐がありそだな」
「へへへ・・・」
「で、今日は何食べさせてもらえるんだ?」
「え〜っと、まずは・・・」
 
こんなにもささやかな晩餐。
こんなにもささやかな日常。
こんなにもささやかな幸福。
 
俺達の営み。
 
                                                   2000.6.13UP