[水泡(みなわ)なす、もろき命] |
こぽり こぽり こぽり 水面に 水泡が浮かんでは 消えてゆく 水の下の蒼褪めた唇が 消え入りそうに細い吐息が 生命の灯火の消え去る時を知らせていた 敵の執拗な攻撃により破損した機関室では 漏水により膝上まで海水が浸水している 海水は沸騰寸前の熱湯へと変化し 同時に発生した熱風と有毒ガスに その時の出来うる限りの装備で挑んだ筈だったが 付け焼刃のそれでは耐え切れず 皮膚の溶け、爛れてゆく痛みと苦しみに、呻き のたうつ様にしながらも 只ひたすらに、愛する人々を思い 前へ前へと進む 意識を飛ばしてしまえば、どれほど楽だろうかという誘惑を撥ね退け 瘧の様に震える身体を、最後の気力を振り絞り、叱咤し、云う事を利かせ 如何にか目的を遂行し、自分の責務を成し遂げた安堵感と達成感に 漸っと意識を手放し、倒れ込んだ筈の身体を無意識の内に、何とか壁に凭せ掛け 辛うじて顔の中ほどから上を、水面に出した状態で 閉じた瞼の裏、男は何を見たのだろう こぽ・・・り・・・・・ 最後の吐息が 水泡(みなわ)となって 水面に浮かぶ ぱちりと 音を点てて弾ける筈の水泡の 遂に弾けた水泡の中から 空へと消えたのは 「・・・・・」 そうして 二度と再び 水泡の生まれる事は 無かった 〜プロローグ〜 |