先客万来2 〜某所の主催さんへ〜 |
最初にお断りを・・・・・ 今回のお話は、かなりなベタベタモードとなっております。 そんな二人が「許せない!!」「こんなの室井さんじゃない!!」等々 とおっしゃる貴女さまは、このままお帰りになるのが 心の平安を保つ、唯一の道だと思います。 ここにもバックボタンを用意しますので、どうぞご遠慮なくお使い下さい。 |
〜都内某所〜 このところ町内は騒然です。
なぜって「施設に入って、ノンビリと暮らすから」と、
あまり涙涙とはいかず、むしろ朗らかに笑いながら
新たな地へと旅立っていった吉田のおばあちゃんの家に、
以前この町内の交番勤務だった『熱血爽やかお巡りさん』が、
(引っ越し作業の真っ最中に、たまたま通りがかってチラと見掛けた町内の住人が言うには)
「あんなん見たことない!!」って程な『別嬪さん』を連れて帰ってきちゃったから。
その噂の『別嬪さん』を「見た!」「見てない!!」で、住民一同寄ると触ると大騒ぎ。
青島君と室井さんがこの町内に引っ越しをして間もない、これはそんなある日のお話です。
ボーン、ボーン、ボーン・・・・・
居間で年代物の大きな柱時計が時を告げる。
流しで生野菜を洗っていた手を止めた室井は、台所に掛けられた電池式の、
時を刻む音さえも聞こえない味気も素っ気もない、極々ありふれた掛け時計を振り仰いだ。
「6時・・・か。そろそろだな」
さっき帰路の途中からだけどと、電話してきた青島の事を思う。
もうそろそろ帰り着く頃だと、その電話を受けた時間から逆算して
今夜の料理の、最後の仕上げに取り掛かる。
洗ったばかりの新鮮な生野菜は、サラダにしよう。
そう思って、手際よくレタスを手で千切る。
セロリのスライスしたのやピーマンの輪ッか。
エトセトラ・・・・・
新鮮な野菜達が、あまりに美味しそうで、調度小腹の空いてきた室井は、ボールに入りきれず、
水切りの中に残っていたレタスの葉を横目で見ると、チョイと一枚つまみ上げサクリと一口、
大きなままの葉を口にしてみた。
新鮮な野菜ならではの香りと独特の甘味が、何の調味も施していないのに口中に広がって、
「ウメェ」と自然にイントネーションにお国訛りの混じった一言が出た。
残りを口に銜え直すと、手は使わずに、端からパリパリ・サクサクいわせつつ、
出来上がったグリーンサラダのボールを冷やしに冷蔵庫へと向かう。
コトリ・・・
冷蔵庫のドアを閉めて、濡れたままでいた手でエプロンを持ち上げ、
布巾代わりにして拭いかけていた室井は、ハッとその音に反応して振り向いた。
口には、まだアトほんの少し食べかけのレタスを銜えたまま。
「チ・・・・・チワ〜。・・・・・み、『三河屋』です」
振り向いた台所の隅の勝手口の戸の外には、
近所の酒屋『三河屋鯨井』の前掛けを掛けた男が一人立っていた。
これが『三河屋』の若旦那である。
通称『三河屋』。
本当は『鯨井酒店』と言うのが本当の店名なのだが、
「やっぱ、酒屋と言えば『三河屋』だろ(どこにそんな根拠が?)」
と言うご先祖の曾祖父の一言で全く関係はないのだけれど、屋号は『三河屋』になってしまい、
以来、この近辺では『鯨井酒店』と言うより『三河屋』でとおっている。
その『三河屋』は引っ越し前に、吉田のおばあちゃんからこの近所のお店のアレコレを
青島が詳しくリサーチしていてくれて、お酒や味噌・醤油の類はココがいいらしいと
聞いていた室井は、さっき配達の電話を掛けていたのだ。
口にピラッとパセリの葉を銜えて振り向いた室井が、彼にはどう映ったのか?
ナゼか引きつった片頬で笑顔を無理矢理作って、挨拶してきた。
室井は?と言えば、彼も何をどう思ったのか、大急ぎで小さく口だけを動かし、
何処かうさぎを彷彿とさせるように、シャクシャクシャクと音を立ててレタスを口に仕舞うと
コクリと飲み込んだ。
そうして何事もなかったかのように、挨拶を返す。
「夕飯時に配達を頼んだりして、すみません。
そちらも、この時間は(配達)忙しいんじゃ?」
「え?や、大丈夫です。大丈夫」
「アチラコチラから、配達の注文が沢山来るんじゃありませんか?」
「ウチ、オヤジもまだ現役バリバでね。配達は俺とそのオヤジでやってんですよ。
店番はお袋やねーちゃん居るし、大丈夫っすよ」 「そうですか・・・あ、お幾らですか?」
さっき冷蔵庫を覗いたら、青島がいつも風呂上がりの楽しみにと冷やしてあるはずの缶ビールが
一本も無いことに気付いて、大急ぎで冷えたのを少しと冷えてないのを1ケース、
持ってきてくれるよう頼んでいたのだ。
「えっと・・・チョイと待って下さいね。領収書も書いてきてますから」
肩に担いでいたケースを台所の床に降ろし、片手にぶら下げていた
缶ビールが6本入ったビニールの袋は室井に手渡しながら、若旦那はガサゴソと前掛けの
大きなポケットから、御用聞きの必須アイテムの、小冊子になった領収書の綴りを取り出した。
「・・・あった!5,000円ですね」
「じゃあ、コレ」
踵を返して食器棚の引き出しから、年代物の男物の大きな黒い蝦蟇口を取り出した室井は
ヨイショと一枚、その中から札を抜き取って、若旦那に言われたままに差し出した。
蝦蟇口の脇に下げられた鈴が、「リン」と小さな音を立てる。
その音を合図にして、男の人にしては小柄な『噂の(そうッ!!コレが噂のッッ!!)別嬪さん』の、
エプロンを付けた後ろ姿から、そのお財布からお金を取り出す様などの何処かしらに
可愛らしさ(?)の滲む仕草全てにホエ〜ッと目を奪われていた若旦那は、我に返った。
「(ハッ!!)はい、調度いただきます。ハイ、コレ。領収書です」
「ありがとう」
受け取った室井は、何気なくその領収書を見て言った。
「?・・・なんか・・・安くありませんか??第一、この冷えたビールの分は?」
領収書の但し書きの所には、ビール1ケースとしか書かれていなかったのだ。
「ああ、コレね。なんかオヤジが持ってけって。挨拶代わりだって」
「それは・・・気持ちはありがたいんですが・・・コレは、困ります」
「まぁまぁ、そんな固いコト言わないで。そんじゃ俺はコレで」
軽く言って帰ろうとした若旦那を、室井はガッシと掴まえた。
「本当に、困るんです」
今までの柔らかな雰囲気をガラリと変えて、厳しい表情で室井は尚も言う。
「たかが缶ビール何本かで・・・」
そんな室井を見て、若旦那は狼狽えた。
「・・・・・」
室井はジッと若旦那を見つめているだけだ。
「でも・・・オヤジから俺が怒られッから。
『テメェなんで、置いてこなかった!!』って。だから、ね?」
ここまできて、若旦那はなんだか少々意地になってきはじめた。
自分を見つめている室井に対して、子供の頃のいじめっ子みたいな気分もがホンの少ぅし
湧いてきてしまったものだから。
「ダメなモノは、ダメなんだ」
室井は勿論、引き下がらない。
二人の間で、6本パック缶ビールが袋に入れられたままの状態で行ったり来たりしている。
「いい加減、あんたもしつッこいなぁ!!置いてくッッたら置いてく!!」
若旦那はとうとう小さな癇癪を起こして(どさくさ紛れに)室井の手を取ると袋を抱えさせて、
グイグイと押し付けた。
普段からビールや酒瓶のケースを運んで、体力的に随分と室井に勝っていた若旦那に
結構本気で押された室井は、思い掛けない程の強い力に押されて、ヨロリとよろめいた。
「アッ!」
室井と若旦那が同時に叫ぶ。
若旦那のトコの商売モノのビールを落とすわけにはいかないと思った室井はビールを抱えたまま、
ユックリと後ろに倒れてゆき、若旦那はその室井を助けようと手を伸ばす。
室井の腕を、男としては驚くほどの細腰を目標に。
「アブナイッ!!(もらったぁっ♪)」
だが、若旦那の腕が室井に届くことは永遠になかった。
「アダッ−☆」
アッパーカット気味の鋭さで入ってきた手の平で、顎をグキリと音がするほど後ろの方に押されて、
思わず若旦那が声をあげた。
「な〜にやってんのかな?お久しぶり、若旦那」
「イデデデ・・・って、ヒデェや青島ちゃん」
非常に見づらい体勢ながら、若旦那は顎をあげたまま必死で目線だけを、
こんな無体なコトをしている張本人に向けて言った。
「俺ゃ、そちらさんを助けようとしただけだぜェ」
「あ、そ。そりゃドーモあんがとさん。
でも、もう俺が帰って来たからには、このとおり大丈夫」
見ると、青島のもう片方の手にはシッカリと室井が抱えられて、キョトンとしていた。
「だから帰れば?配達、溜まってンじゃないの?」
久しぶりに会った知人に、非道い言いようだった。
若旦那の視線で今の自分の状況に気付いた室井は、大慌てでソコから抜け出した。
そしてまた、青島に無体なことをされ続けている若旦那に、ビールが入った袋を持たせようとする。
「コレは、やっぱりいただくワケにはいきませんから。お返しします」
ところが今度は青島が、室井が若旦那に押し付けていたビールを、ヒョイと取り上げてしまう。
「あ〜あ、せっかく若旦那が冷え冷えのヤツ来てくれてるのに〜。コレ、コッチにもらいます」
「青島ッ!ダメだっ!!返せッ!!」
慌てて室井が取り返そうとするのを、まぁまぁと諫めて、やっと若旦那の顎からも手を離す。
「さっき帰ってきて玄関先から、大体は聞こえてたんですけど。
コレ、俺が店に付いていってオヤジさんにちゃんと説明してきますから。
それならいいでしょ、室井さん?」
「・・・・・」
何処か不審気な室井が黙っている間に、青島は若旦那にもこう言った。
「若旦那もさ、俺が行ってせつめいすりゃオヤジさんに怒られずに済むンじゃない?」
「アイデデデ・・・・・うん、まぁ青島さんが来てくれるんならね。
でも、ヒデェや・・・・・」
若旦那は痛む首をさすりながら頷いた。
「アレ?痛かった??ゴメン、ゴメン」
まるで気持ちの籠もっていない青島の謝罪の言葉に、
「ホントに悪いって思ってンの?」とブツブツ言いながら若旦那は勝手口を出てゆく。
「ンじゃ、ドーモ。毎度ありがとうございました。またよろしくお願いしま〜す」
室井に対しての挨拶を忘れずに。
「室井さん。そんじゃ〜俺も、行ってきますね♪」
出ていった若旦那を「あ・・・こちらこそ、またよろしく」と見送っていた室井に、
列んで立っていた青島が声を掛ける。
「ああ。気を付けて」
「はい♪」
ニッコリと室井に笑顔を見せて、青島が玄関に向かう。
つい先程脱いで、玄関の上がり口の脇に揃えて置いた自分の靴を履いていると、
後ろの方からパタパタとスリッパの音が近づいてきた。
振り返ると、室井が立っている。
「コレ持ってってくれ」
手にはさっきの黒い蝦蟇口が握られていて、それを青島に差し出す。
「その・・・さっきまで、気付かなくってな。
今、冷蔵庫に冷えてるのが一本もないんだ。
いつも、風呂上がりに楽しみにしてるのに・・・すまない。
だから、オヤジさんに話を付けて、その後コレで買ってきてくれないか?
疲れてるのに、すまないんだが・・・・・なんなら、私が行って・・・」
心底すまなそうにそこまで言う室井を、それ以上を慌てて青島が遮る。
「大丈夫ですよ、室井さん。
こうして、ちゃ〜んと気付いてくれてるじゃないですか。
俺、それだけでスッゴイ嬉しいです。
『三河屋』のオヤジさんには、ココの派出所勤務の時から、
何かと世話になってるから・・・って、大丈夫ですよ!
室井さんの考えてるようなコト、やって貰ったりしてません!誓えます!!ハイ!!
なんか俺が行った方が、話がスムーズにいきそうだし」
ウインクしながら、蝦蟇口を受け取る青島。
「コレ、預かっていきますネ」
「頼むな」
室井も、さっきの若旦那と自分とのやり取りを思い返し、
自分が行っても青島の言うとおり、長引きそうだなと思い苦笑しながら見送ることにした。
無意識に、両手をエプロンの下に差し込んで青島が残りの靴紐を結んで立ち上がるのを待つ。
用意が調い、サッと立ち上がって室井を見た青島は、
「・・・返しに行くの、あとにしちゃおっかな・・・・・」
と、かなり本気で考えてしまった。
立ち上がって、自分の方を振り返ったまま複雑な顔をして固まってしまった青島に、
室井は怪訝そうな顔をして、チョイと小首を傾げた。
「青島さん達、御二人とも男の方だから、こんなのは使って貰えないわよねぇ?」
以前、青島が非番の日にココの家主の老婦人の身の回りの整理の手伝いに来たおり、
老婦人が引っぱり出してきたモノの中に、かなり若い女性向きの洋風のサロンエプロンが何枚かあった。
「気分が華やぐようにって、先方も気を使って下さったみたいなんだけど、このとおりのおばあちゃんだし、
私ホラ、いつも着物だったでしょう?付けるチャンス無くってネェ」
言われてみれば、この老婦人の洋装姿は見たことが無かった。
「貰っちゃって、いいんですか?」
「貰ってくれる?助かるわぁ♪
でも・・・本当にいいの?恥ずかしくなぁい?」
クスクスと老婦人が笑いながら尋ねる。
「え?う〜ん・・・大丈夫でショ。
コレ付けて外を歩き回ったりするワケじゃないし。
俺もそうだけど、あの人も普段から多分、エプロンわざわざ付けて
アレコレやったりしなかっただろうから。コレあると、助かります。きっと」
「ほほほ・・・さすがに、コレを付けて青島さん達が表を歩いたらネェ。
サーモンピンクのお花が散った、このフリフリのエプロン付けてる御二人・・・
チョット見てみたい気もするけど。ほほほ・・・・」
あの時、確かこのエプロンを付けた自分を想像した青島はかなりゲンナリした。
しかし・・・・・この小首を傾げ、黒目勝ちの瞳で見つめてくる同居人の、
同じエプロンを付けた姿はどうだろう。
今までだって、この家に越してきてからずっと見てきたはずだのに?
どうしたことだろう??
なんだか、ただただ『今の青島の幸せ』を体現してくれているようで、
知らず知らずのうちに「やっぱあとで行きマ〜ス♪」と言いそうになってしまった。
そんな青島の『至らん考え』が、神さまに伝わってしまったのか、
その言葉を口に出さないうちに、表の方から青島を呼ぶ若旦那の声がする。
「おい・・・呼んでるぞ。どうかしたのか?」
「(チッ−☆)あ、じゃ、じゃ行ってきます!」
やっとの事で室井のエプロン姿から目を離すと、バタバタと青島は引き戸を開けて表へ出ていった。
後には、片方の手を顎に添えて『?』マークを飛ばしながら相変わらず小首を傾げ
閉まった玄関の戸を、暫し見つめる室井が残された。
「なんだ??」
「青島さん、置いてくよ〜」
やっと格子戸から姿を現した青島を、ライトバンの運転席から若旦那が大声で呼ぶ。
「ゴメン、ゴメン。財布探してたもんで・・・」
ニヤニヤと笑う若旦那に、「何?その不気味な笑いは??」と
青島が尋ねるとますますニヤニヤ笑いを強めて、若旦那はエンジンを掛けた。
「だから何よ?」
もう一度青島が尋ねると、若旦那は言った。
「アレが『噂』の青島さんの同居人なんだ?」
「それが??」
「いや〜町内中の噂でさ、一度拝ませて貰いたいなぁと思ってたんだけど・・・」
「だけど?」
「アレ(エプロン)、青島さんの趣味?」
「え?!チガッ!!」
「まぁまぁ・・・」
「何が『まぁまぁ』だよッ!!違うんだって!!聞けよ!!」
「いいから、いいから」
「だから〜!!」
若葉の、エアコン不要の一番いい季節。
町内を隈無く走る細い道を走るライトバンの全開の窓から、ゲラゲラ笑う若旦那の声と、
必死にそれに取りすがるが如き青島君の声が、擦れ違う町内の人々にまで聞こえたとか聞こえなかったとか。
明日の町内の話題は、コレで決まったようなモノ。
さあ、アタシもこれからご近所さんに教えに行かなきゃ!
それじゃ、今回はこの辺で・・・・・
あ!!チョット、お隣の奥様ッ!!
御存知ッ?!さっきネ〜〜〜・・・・・
某所の主催さん こんな風になっちまいましたけど・・・どんなもんでしょう? コレに懲りずに、またネタ振ってね(^^) |