その後のふたり



このお話は、私が[よからぬ部屋]にUPしておりました
[愛するよりも、愛されたい]にて立ち去った2人が、
その後、どうしたのか?を書いてみました。
もしも、まだ未読の方がいらっしゃいましたら、そちらをお先に。

ええ・・・[バレンタイン]の[バ]の字も、[チョコレート]の[チ]の字も出てきません。
その点、お詫びします(涙)



坂口と別れ、2人きりになった途端、柳葉は強烈な咽喉の渇きを感じて
廊下に備え付けのミネラルウォーターの20リットル入りのスタンドから紙コップへと水を注ぐ。
その後姿を見ながら、ボソリと織田が呟いた。
「随分、大きな子供に懐かれちゃってるみたいだね?」
大きな音をたてて水を飲み干していた後姿が、心もち強張る。
「まるで保父さんみたいじゃない。
 ね?敏郎センセ?」
振り向いた柳葉の目には、近くの窓から差し込む陽光に
ニンマリと笑う織田の瞳が、トパーズが光を弾くようにキラリと光って見えた。
たった今飲み干して空になったばかりの紙コップにもう一度水を注ぐと、
柳葉は今度もゴクリと大きな音をたてて一口水を飲んだ。
「あ〜あ、俺も咽喉が渇いちゃったな〜」
聞こえよがしに織田が言った。
「あ、気が利かねぇですまねぇ。今、お前の分も・・・・・」
「いい」
慌てて織田の分も注ごうとした柳葉を、言下に織田が制止する。
「え?」
「水なんか飲みたくない。
 水飲んだくらいじゃ収まんないよ」
柳葉は困惑しつつ、必死に考え、自分の控え室に誘ってはどうかと思い告げてみた。
「ウチで何か飲むか?
 ・・・でもなぁ、何か有ったっけ?」
上目遣いになって自分の控え室の冷蔵庫の中を思い返す。
「いいよ、貴方んトコなんか行かなくたって」
「え??」
「俺の欲しいものは、ココに有るから」
ますます判らない。
「ねぇ、知ってる?[甘露]って?」
「[カンロ]?」
「そう」
一生懸命考えるのに没頭している柳葉の手から紙コップを取り上げ、
織田は重みだけで中身が無くなっているのを確信した。
それから視線は柳葉に注いだまま、空の紙コップを傍の屑篭へ放り投げる。
狙いは違わず、紙コップは放物線を描いて屑篭の中へ。
その様を、投げた織田同様、柳葉も見る事はなかった。
何故なら、その時柳葉の視界一杯には目前まで近付いた織田だけが映っていたから。
柳葉の耳に、紙コップが屑篭に落ちた音がパサリと届いた。


ゆっくりと。
殊更ゆっくりとした動作で織田の唇が柳葉のそれへと落ちてきた。


「・・・ダメだ、人が来る・・・・・」
「来やしない」
「・・・何で、分かる」
「大丈夫だって」
「・・・ダメだって、ホント。人に見られでもしたら・・・・・」
「誰?さっきのあの坊や?」
「・・・違ッ・・・・・?!」
「煩いよ、ちょっと黙って・・・・・」


やがて咽喉を伝う銀の糸。
頬を上気させて、俯いたまま、それを拭おうとするが
その手をやんわりと、けれど抗いがたい力で止められる。
そうしておいて、織田が代わりにザラリと銀の糸を舐め取った。
ヒクと小さく柳葉が息を付く。
追い詰めるように、低く織田が耳元で囁いた。
「これが[甘露]」
もう一度、ザラリと舐め上げる。
「俺にとって、何より甘くて美味しい」
「・・・ッか野郎ッ・・・・・」
それだけ悪態を付くのがやっとだった。
「これじゃなきゃ、俺の咽喉の渇きは癒されない」
織田は柳葉の一回り小さな身体を包み込む様に抱いている。
「ねぇ・・・憶えてて。
 貴方と会えない間中、俺の咽喉は渇きッぱなしだって。
 カラカラで、時にはヒリヒリと痛む事だってあるんだから」
返事の代わりに、柳葉は織田の背中に廻した腕に力を込めた。

「なぁ?」
織田の胸の中で、柳葉が言った。
「ん?」
抱いた腕はそのままで、織田が応える。
「もう、いいのか?」
「何が?」
「お互いの撮影開始まで、もう何分も無いぜ」
身じろいで、柳葉は抱かれていた胸の中から僅かに身を離し顔を上げた。
「お前の咽喉の渇きは治まったのか?」
「柳葉さん・・・・・」
濡れて潤んだ、真っ黒な大きな瞳が誘うように織田を見詰める。
「俺はまだだ・・・・・俺の咽喉は、まだカラカラ・・・・・」
「俺だって・・・・・」
柳葉の声と織田の声が重なり途絶え、
差し込む窓の光に浮かぶ二人の影もまた、
残り僅かな時間を惜しみながら、静かに重なっていった。

20050110UP