あの世の旅

第2部 六道輪廻編

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31番台の天界と言っても、やっていることは33番台とあまり変わりが無い。ただ、33番台は、まだ天界に慣れていないところが目立つように思った。たとえば、修行でもそうだ。33番台は、仲間と集まって、あーだこーだと話し合いというか、言い合うというか、ちょっとふざけた所が有るように感じた。まあ、本人たちは真剣なのだろうが、どうもその真剣さが伝わってこないのだ。もっとも、その姿がウルトラマンやセブン、ギリシャ彫刻やゲームキャラなどのコスプレでは、ふざけているように見えても仕方がないのだが……。
ここ31番台は、まず姿形が様になっている、と感じた。修行僧の格好した者もいれば、天女や巫女の姿の者もいる。修行も神通力系の修行は、主に瞑想を中心としているようで、仲間内でギャーギャー騒いだりはしない。話し合っている人もいるが、その話の内容は佛教の教えの解釈についてのことだ。

「33番台は、やっぱり落ち着かないというか、せかせかしているというか、なんだか子供っぽいように感じますね」
「そうね、ほんの2段階しか違わないのに、ここは真剣さが漂っているよね」
「2段階上がるだけでこんなに違うって、何があるんでしょうか?」
「彼らにはね、20番台の……う〜ん、そうね、なんて言ったらいいかしら……そう、匂いを感じるのよ」
「20番台の匂い?」
「そう、彼らは、早く20番台に上がりたいのよ。なぜなら、20番台の感触というか、匂いというか、そういうものをみんな感じているの。で、憧れがあるのよ」
「あぁ、なるほど。早く出世したいと願うサラリーマンのようですね」
「まぁ、似たようなものね。聞新君も出世したかった?」
「そりゃまあ。編集長に早くなりたい、とは思いましたよ」
「そう思うと、真面目に仕事をするでしょ。ここの天界人も、できれば30番を飛ばして、20番台にいけたら、と願っているの」
「それで真剣になっているんですね。でも、神通力の修行って、瞑想で得られるものなんですか?」
「ここでは、もうほとんどの人が飛ぶ修行は終えているわ。あとは、分身の神通力とか、宇宙を見渡す神通力とか、天界を自由に行き来する神通力だから、瞑想のほうが効率がいいし、瞑想でしか得られないものが多いのよ」
「ぶ、分身の術って……ここの人たちって肉体が無いから……」
「聞新君も肉体無いけど、できるのかな?」
もちろん、できない。自分を分けるって……忍者かい?
「もちろん、肉体を分けるっていうイメージじゃ無いわよ」
天女はそう言うと、俺を少しバカにしたようにニヤニヤした。
「魂を分けるのよ。自分の魂をいくつかに……初めは二つだけどね……わけて、それぞれ自由に動かすのよ」
それって忍者系の漫画にでてくる分身の術と変わらないじゃないですかぁ〜、と俺は心の中で訴えた。どうせ、俺の心を読んでいるのだし、そこは夜叉さんと同じなのだろう。その事が伝わったのか、天女は、ほう〜とした顔をして、俺を見てきた。で、「ま、いいわ」と小声で言ったのを俺はしっかり聞いたのだった。

「分けた魂を使って、下界……人間界ね……の子孫に会いに行きたいのよ。そうすることができれば、子孫を守ることもできるようになる。いわゆる守護霊ね。これは、天界人が本来しなきゃいけないこと……まあ、仕事みたいなものね」
「天界人の仕事?ですか?」
「そう、一応、天界人にも仕事があるのよ。それは、上の天界にあがること、子孫を守ること、その二つね」
「上の天界に上がる為には、修行が必要。だから、修行も仕事言えば仕事か……。で,もう一つが子孫の守護霊になること。これは、結構重要な仕事ですよね」
「そうね。神通力が弱ければ、子孫を守ることができない。また、子孫も先祖に守って欲しければ、先祖にエネルギーを与えることをしなければならない。つまり、先祖供養ね」
「先祖供養をしっかりすれば、早く先祖も神通力を身につけて、子孫を守ることができる、ということですね」
天女は、笑顔でうんうんとうなずいた。天女だけあって、その笑顔は、人間界のどんな美人の笑顔よりも美しかった。
「そりゃ、天女だからね。人間界と比べられるのは、癪だわ。でもね、弁天様の世界は、私たちよりもっと美しいのよねぇ。あぁ、憧れるわ〜」
「そんなに憧れるなら、弁天様の世界へ生まれ変われるように願えばいいじゃないですか」
と俺が軽くそう言うと、天女はキッと俺を睨んだが、すぐに大きなため息を吐き
「そんなに簡単じゃないのよぇ。私たち天女にも大きな仕事があるのよ」
と肩を落として、そう言ったのだった。

「そういえば、このあたりでは、天女はそんなに見かけませんよね。あぁ、そうだ。そういえば、天女さんがやってきたとか、言ってましたよね」
「天女はね、1番台〜10番台までにしかいないのよ。11番台以下の天界には、天女はいないの」
そうなんだ!、と俺は驚いた。天女がいる世界も決まっているんだ。
「そうよ。それくらいの神通力が使えないと天女にはなれないわよ」
うん?、どういうことだ? 天女になるって?
「私たちも、元々は、ここの住人だったのよ。まあ、天女も天界の住人ではあるけど。私たち天女も、ここの人たちと同じように修行をして、いろいろな神通力を身につけて、少しずつ天界を駆け上り、ようやく10番台に至って、天女になることができるの」
「じゃあ、天女さんも……なんて呼べばいいのか、天女さんでいいんですよね、名前とかあるのかしらん?」
「そんなのないわ。天女でいいのよ。あるいは、好きな名前で呼んでくれてもいいけど」
「あぁ、じゃあ、天女さんで。ということは、天女さんも初めは下の方の天界にいたのを修行で神通力をたくさん身につけ天女になった、のですね?」
「そうよう。私、一生懸命に修行をしたの。天女になりたくってね。下の天界に時々姿を見せるのは、私と同じように天女を目指すようにと願ってのことなのよ。まあ、これも私たち天女の仕事の一つだけどね」
「天女さんも仕事があるんだ」
「もちろん! ふらふらと遊んでいるわけじゃないのよ」
「そうなんですか。えっと、じゃあほかにはどんな仕事があるんですか?」
「まずは佛教の修行ね。お釈迦様の教えをしっかり学び、理解すること。これが一番の修行よ。次が、下の天界を時々見回り、修行の励ましをすること。ヒントを与えたりもするわ。次が……ちょっとやっかいなのよねぇ」
そういうと天女は、その美しい顔をゆがめたのだった。

「私たちの仕事で一番やっかいなのは、下界……人間界ね……で有望な人間を探し、その人間の手伝いをすることなのよ」
えっ? 何? どういうこと? と思ったのが精一杯だった。いったい何のことなのか?
「わかんないわよねぇ。う〜ん、どう説明したらいいのか?」
そういうと、天女は腕を組んで、考え込んだ。しばらくすると
「人間界で、成功している人っているわよね」
と言った。
「そりゃまあ、結構な人が成功していると思いますが」
「その成功している人たちって、守護霊の応援のほかに、私たち天女が力を貸している事が多いのよ」
なんだって? 天女が力を貸している? そんなことがあるのか?
「私たち天女は、自分の力量、位ね、に合わせて有望な人間を応援することがあるのよ。もちろん、誰でもいいってわけではないのよ。条件があるの」
「応援する対象に人間に、条件があるんですね」
「そう。まず第一に、信仰心がなければいけないの。でも、厳格じゃないのよ。現在、信仰心があって、一生懸命に先祖供養やお寺参りなどをやっている、という人だけじゃないの。今は信仰はしていないけど、その種を持っている人も応援できるのよね」
「なるほど、信仰心ね。現在、その信仰に目ざめていなくても、その種を持っていれば、いいわけですね」
「そう、何かのきっかけ……まあ、私たちの応援ね……で、その信仰の種が芽吹くことになるの。だから、仏教の信仰を持っている人、これから持てる可能性のある人、それだが第一条件ね」
「それは、男女問わずですか?」
「もちろんよ。性差は無いわ。男でも女でも、オカマでもオナベでも、誰でもOKよ。身体的な特徴、障害、そうしたことも関係ないわ。ともかく、信仰心があるか、そうした種を持っているか、よね」
「でも、ほとんどの人が、仏心……信仰の種……を持っているんじゃないですか」
「それは、究極的な意見ね。その通りなんだけど、芽吹かない人もいるでしょ」

その通りである。全く信仰を持たない人もいる。
「また、間違った信仰を持つ人もいるじゃない。そういう人は、対象外ね。正しい信仰、というのが条件に入るのよ」
「正しい信仰……ちゃんと仏様の話を聞き、佛教の教えを守ろうと生きる、そうしたことですよね」
「そう。新興宗教なんかに嵌まって、お金で幸せ買おう、お布施を出せば幸せになれる、なんて勘違いをしている人は対象外ね」
確かに壺や本を買って幸せになれるわけがない。そうした誘惑……壺を買えば幸せになれますよ的な……に負けてしまうのは、安易な考えから起きるものだ。金を出せば幸せになれる、なんてことはあり得ない。そんなことは、少し考えれば分かることだ。楽に安易に幸せを手に入れられる、という時点で、嘘だと気がつかないといけない。そうした考えのない人、安易に金で幸せを買おうとする人は、対象外なのだ。
「やっぱり、一生懸命に努力している人が選ばれるんですね」
「そう、第一条件は、信仰心があり(それが芽吹く可能性がある種があればよい)、一生懸命に努力している人、ということね」
「第一条件がある、ということは、第2条件もあるんですね」
「そうよ。それはね、天女に好かれるような人、なのよ」
な?、なんじゃそれは? それは不平等じゃないか? 驚いた俺の顔を見て天女は、「うふふふ」と怪しげに笑ったのだった。


「天女に好かれるって、それはどういうことですか?」
「そのままよ。私たち天女に好かれないといけないの」
「しかし、それは……人間のほうは、どうすれば好かれるのか、分からないですよ」
「そうね、でもそれでいいの。天女に好かれる人は、自然にそういう振る舞いをするし、そういう性格だったりするから」
そういうと、天女は怪しげに微笑んだ。
「そうね、天女に好かれる人は、まず第一に清潔だわ」
「清潔?」
「そう、きれい好きね。自分自身も清潔に気を遣い、清潔感を出している」
そういえば、人間界では、サラリーマンも清潔に気を使い始めていると聞いた。エステに通ったりして、肌を綺麗にするとか、全身脱毛するとか、口臭に注意をするとか、見た目に気を遣うサラリーマンが増えているそうだ。
「それはいい事ね。その中で信仰心があるか、その種を持っていれば、天女に好かれるわね」
「まずは、見た目……ですか」
「そう。そういう所に気を遣える人は、見込みがあるの。なぜなら、どうすれば自分は伸びることができるか、ということを考えているからよ」
なるほど、サラリーマンとしてうまくやって行くには、身だしなみは大事だろう。そういう所に気がつく、気が回る、というのは、自分を生かすことを考えている証でもある。

「次に大事なのは、明るさね。明るい人じゃなきゃダメ。いくら身だしなみに気を使っても、陰気くさいのはNGよ」
「とは言っても、それは生まれつきの差もありますし」
「そうね、だから会社内とか、人前とか、社交的な場所とかで、明るい人を演じることができればいいのよ。そして上品さがなきゃダメね」
「演じる……ですか?」
「そう。社交的な場や会社内で、明るく、嫌み無く、上品で、怒ることもなく、穏やかな態度で振る舞うことができればいいの。本当の自分は、そうではなく陰気で暗くても、嫉妬深いとか、恨みがましいとか、そういうマイナス面があってもいいの。ともかくお芝居ができればいいのよ。だって、それも戦略のひとつでしょ?。それにそういう人は、ストレスにも強いか、その解消法を知っているよね」
確かに、そんな芝居ができれば強みだろう。いや待てよ、そんなやついるか?
「そうね、なかなかいないわね。だからこそ、天女が応援するんでしょ。さらにもう一つあるのよ。それはね、時間を守れる、時間に正確な人ね」
おいおい、清潔好きで、身だしなみがよく、明るく振る舞えて、穏やかで上品で、しかも時間に正確って……そんなヤツ、俺は会ったことがないぞ。今まで会った人物で、まあ、清潔好きはいたな。身だしなみに注意しているヤツはいた。特に若い連中だ。だが、あいつらは、軒並み軽かったぞ。チャラいというか、中身の薄い連中だった。あぁ、そうか、だから次の条件が出てくるわけだ。いくら清潔に気を遣っても中身が空っぽじゃあどうしようもないから。

「そういうこと。私たち天女は、そうした有望な人材を支援するのが仕事なのよね。そういう人物は、天女から好かれ、天女が応援し、成功するのよ。で、大抵そうした人物は、その成功が自分自身の力ではなく、何かしら外部からの応援があったのではないか、という気持ちを持つの。で、信仰に目ざめるのよねぇ」
「なるほど、だから支援するのですね」
「そう、それと、人々の発展の為よ。そうした有望な人材が埋もれないで成功すれば、日本も発展していくよね。そうした発展があれば、人々は、神々を敬うことも増えてくるのよ。気持ちに余裕ができ、観光などに目が向くの。そうすると、日本人は、たいてい寺社仏閣を巡るわ。それがきっかけとなり、信仰心を持つこともあるし、来世に信仰心を持つこともある。また、そうした種を宿すこともあるの。成功した人物のみだけでなく、多くの人に信仰心が目ざめるきっかけを作ることができるの。つまり、仏教を広めることができるわ。だから、私たちは、そうした仕事をしているのよ」
なるほど。確かに大きく成功を収めた人物は、何かしら寄付行為を行う。信仰とは異なるかも知れないが、おそらくは、自分の成功を自分自身の力だけ、実力だけとは思っていないのだろう。だから、感謝の気持ちを込めて大きな寄付行為をするのだと思う。また、中には、神社やお寺の改修工事に寄付をする人もいるし、行事に寄付をする人もいる。新しく堂宇を建立するときも寄付が集まる。そうした中に会社経営者の名はよく見る。自分の会社の成功や安定に、神仏の力があるのではないか、あるのだろう、と思ってお参りする人もあるのだろう。なるほど、人生の成功者は、信仰心を持つ確率が高いのだ。それが、天女たちの狙いなのである。

「そういうことよ。これが大きな私たちの仕事ね。あとは、佛様や菩薩様、神々の手伝いよね。これは、日常的なことだから、まあ、現世には関係ない事ね。あぁ、でも、一部関係しているか」
「どういうことですか?」
「うん、そうね。優秀なまともな、ちゃんと修行している僧侶を神々ものとや菩薩様のもとに案内するとか、神々や菩薩様の言葉を届けるとか、そういう仕事もあるわ。少ないけどね。そこまで、神々や菩薩様に認められる僧侶がいないからね」
「僧侶に伝言を伝えるって、それはお告げって事ですか?」
「そうね、そう思ってくれていいわ。そのお告げも僧侶本人のためのものと、僧侶を通じて、参拝者に届けてもらう伝言の二通りがあるわ」
「わかりました。じゃあ、案内というのは……」
「そうね、滅多にないんだけど、超有能な僧侶の場合、特別に天界や菩薩界などに連れて行くことがあるの。もちろん、神々や菩薩様の指示でね。で、その案内役を天女がするの」
「そんな僧侶、いるのですか?」
「まあ、いないわね。今では、日本に2〜3人くらいかな?」
「そんなものですよね……ちなみに」
「あなたの先輩は、その中の一人よ。最近、よく天界に来ることがあるわ。まあ、お大師様のところには、よく呼ばれているけど。で、叱られているからウケるわ」
そういうと、天女は口を手でかくし「ほほほ」と笑った。「あ、笑っちゃいけないんだけどね」と小声で言っていた。
「えっ、あの先輩、お大師様に呼ばれて怒られているんですか」
「うん、時々ね。最近は少なくなったけど。そうね人間界の時間でいうと、6〜7年前には、よく叱られていたわね。ま、若かったからねぇ。修行をしっかり仕込まれていたみたい」
「へぇ〜」
「優秀な僧侶になれる種を元々持っていたようよ。でもね、もともと欲がないっていうか、生きることに執着がないって言うか、その能力を生かし切ってなかったのよ。で、お大師様が直々に指導したの」
なんとも、あの先輩、そんなにすごかったんだ。
「稀な才能を持っているんだよ。僧侶としては、最高かな。まあ、前世も長かったようだし。そろそろ、輪廻解脱もあるかもね」
そうなんだ。あの先輩は、そこまで行っていたんだ。だから、夜叉さんを見ても平気だったのだ。そういう僧侶が、今の日本には2〜3人しかいないのだ。それはとても残念なことではないか?
「うん、そうね。でも、来世には有能な僧侶になれるような僧侶もいるから。ま、来世に期待かな。うまくいけば、有能な僧侶、本物の僧侶が増えるわよね。そういう支援も、たまに天女はするんだけど、なかなか気付いてもらえないのよね。気付いてくれれば、来世への道が開くのに」
天女は、ちょっと肩を落として、いかにも残念そうにそう言った。そりゃ、確かに残念だろう。本物の僧侶が極端に少ないことは、本当に残念なことだ。本当の仏教の話を聞けないし、導きもないのだ。本物の僧侶に出会うことは難しいことなのだ。その予備軍に会うことがあっても……。でも、それでもいいのか。ダメダメなクソ坊主に会うよりは……。
そうか、そう思うと、俺は幸運だったのだ。本物の僧侶に出会っているのだから。そう思っていると、天女は、横目で俺を見て「その通り、感謝しなさい」と言ったのだった。

「例えば、現世には、僧侶でないものが、神のお告げとか言っていることが多くあるのですが、あれは本当に神お告げなんですか?」
「あぁ、アレはね、地元の神、地主神がお告げをすることがあるわね。これが一つ。この場合は、まあ、その地元民にとって有効なことが多いわね。次が、魔性の者……妖怪や不良の霊や憑きもの系の霊、動物霊などが、人間を混乱させるためにお告げをすることがあるわね。こうした者は、憑きものとして、人間に取り憑いて、悪さをするの。拝み屋とか霊感占い師、偽坊主に多いわね。で、もう一つあって、これがやっかいで、自分は神だと思い込んで、妄想の世界にいる人ね。そういう人は、自分の脳で勝手に作ったお告げを人々に伝えるんで、困っているのよ。一番やっかいな人物よ」
「例えばどんな人なんですか?」
「そうね、『私には竜神がついている』なんて平気で言える人。よくいるでしょ現世には。怪しい本を出版したりしてね」
あぁ、いるいる。私にはは○○の神がついているとか、神仏がついているとか豪語している者は、いつの時代にもいる。で、その多くが、よくわからない本を出版している。それを手にする者も,少なからずいるのがやっかいだ。中身はくだらない内容なんだけど。出版業界にいたから、その手の本の怪しさ、軽さはよく分かるのだ。
「やっかいなのは、そうした自称神がついている系の妄想人間は、そのまま進むと、憑きもの系……二番目に説明した連中ね……に変化していくのよ」
「動物霊とか、低級な霊とかに狙われるんですか?」
「そうなの。で、だんだんと正常でなくなっていくの。あぁいう憑きもの系や妄想系の末路は、哀れなのよ」
「でも、結構多いですよね、日本って」
「日本人って、仏教の行事……お葬式とか先祖供養とか法事などを疑ったり、嫌ったりする割には、オカルト系を簡単に信じるのよね。矛盾していることに気付かないのよ。くだらない低級霊や地縛霊の話はすんなり受け入れるのに、先祖とかの話になると、耳を塞ぐ傾向にあるわ。愚かしい事よね」
「まあ、それはTVの影響もあるんでしょう。それと、やっぱり坊さんが説明しないことも原因でしょうね」
「そこは大きいところよ。勉強不足の僧侶、修行不足の僧侶がいかに多いか……。如来も菩薩も神々も嘆いているわ」
結局、行き着くところは、坊主なのだ。坊さんがサボっているのがいけないのだ。俺は、大きなため息をついた。
「まあ、それも仕方がないのかな。ダメ僧侶が増え、そのダメ僧侶が次の世代を指導するのだから、ダメ僧侶がさらに増えても仕方がないのよね」
「そのうちに、正しい僧侶がSNS等の画像で正しい教えを説くかも知れません」
「YouTubeとか?」
「知っているんですね」
「当たり前でしょ。それはそうと、いつまで31番台をうろつくの?。形式は変わらないよ。そこかしこで、皆修行に励んでいる。問答をする者や、瞑想をする者。まあ、中には雑談で盛り上がっている人もいるけど、それは少数派ね。多くは、森林に入り、静かに修行しているわね。ここは、結構真面目に修行する人が多いわ」
確かに目に映る光景は、修行に励む姿が多い。ほとんどの天界人が、修行に励んでいるのだ。そうだろう、ここまで来れば、20番台を目指したくなるのだ。
俺はふと思った。ギリシャさんは、むしろこうした環境のほうがあっているのではないかと。本来、ギリシャさんは、あのウルトラマンさんやセブンさんのようにちょっとふざけた気分はなく、真面目なのではないかと俺は思うのだ。本当は、真面目に静かに修行をしたいのではないだろうか、と思うのだ。
「たぶん、あなたの思っていおることは正解よ。だから、この世界は、彼にはあっていると思うわよ」
天女は、そう言って微笑んだのだった。
「ですよね。じゃあ、早速、ギリシャさんのところに戻って、報告しましょうか。そして、31番台に行くことを勧めましょう」
そう言うと、天女はにっこりと笑って親指を立てた。グッドと言うことだろう。
こうして、我々は、33番台に戻ることになったのだった。


33番台に戻った俺と天女は、すぐにギリシャさんに会いに行くことにした。彼は、天界に生まれてくる人が乗る蓮が流れ着く池の畔に座っていた。
「ギリシャさん、どうしたんですか? 何か悩みでも?」
俺は、そう声をかけてみた。
「う〜ん、いや〜、まあ、例の誘いの件なんですが……」
「いいところでしたよ。ギリシャさんにあっていると思います」
「えっ、そうなんですか?」
「ギリシャさん、真面目じゃないですか。こうして池の番もしっかりしているし、何かあったらすぐに駆けつけるし、修行も真面目に行っている。31番台を見てきて、こうして改めてギリシャさんを見ていると、むしろ31番台のほうがあっていると思うんですよ。ギリシャさん自身も楽に過ごせるんじゃないかと、そう思うんですよね」
俺は、31段台のゆったりとした状況や、修行に真面目なこと、コスプレなんぞしなくていいこと、戒名で呼び合っている事などを伝えた。
「そ、そうなんですか? そんな環境なんですね」
ギリシャさんは、顔を上にし、う〜ん、唸った。

「私もそう思うよ。いいじゃん、31番台に行っちゃえ。折角の誘いなんだし」
天女もそう応援したのだった。
「う〜ん、しかし、私の場合、こちらで過ごすエネルギーの心配が……」
「それは大丈夫なようですよ。31番台は、役に就けば、結構多くの量のエネルギーがもらえるようです。で、さらに修行を積めば、効率も良くなりますしね」
「えっ? そうなんですか? ここよりもエネルギーが多いんですか?」
「そうなんです。で今、31番台では、池の管理者がいません。代理で勤めている方がいますが、これはイヤイヤ引き受けた状態です。できれば、誰か変わって欲しい、池の管理者が欲しい、という状態なんですよ」
「そ、そうなんですか……。きっと、今がチャンスなんだろうな。いっそのこと、決意するかな……。そうなると、皆さんに挨拶しなきゃ」
そう言うとギリシャさんは、ようやく立ち上がったのだった。

「え〜、すごいじゃないですか。31番台に上がれるなんて!」
そう言ったのは、ウルトラマンだ。ギリシャさんは、33番台の人々、すべてに挨拶をしたのだった。33番台の人々が、ギリシャさんの所に集まってきた。皆誰もが「よかったね」と言ってくれた。中には、「寂しくなるねぇ」と言う人もいた。妬む者など、誰もいなかったのだ。みんなが、ギリシャさんの31番台への昇進を喜んでくれたのだった。
「で、私の後任なんですが、どなたがよろしいかと……」
ギリシャさんは、自分の後任のことを心配していたのだった。
「ギリシャさんの仕事を一番知っているのは、ウルトラマンでしょ」
そんな声が、人々の中から上がった。ウルトラマン自身は
「え〜、そんな大役を? いや〜、私のようないい加減な者が、無理ですよ」
と言っていたが、結局、皆に推され、ギリシャさんの後を継ぐことになった。
「あ〜、これで思い残すことはありません。安心して、31番台へいけます。皆さん、お世話になりました。ありがとうございました」
そう言って、ギリシャさんは、皆に頭を下げたのだった。

「さ、行こうか」
天女がそう言うと、あっという間にギリシャさんと俺は筋斗雲に乗っていたのだった。そして、あの穴をくぐり、31番台の天界に到着したのだった。
「ほう、君が帝釈天様に推薦されて33番台から来た人なんだ」
ジャケットオジサンが、蓮池のほとりでそう叫んだ。その時には、31番台の人々が、すでに蓮池を取り囲んでいた。
ギリシャさんは、ギリシャ彫刻男の姿を改めていた。今は、お坊さんが着ている作務衣を着て、30歳くらいの姿をしていた。髪の毛は剃ってはいなかったが、短髪にしていた。きっと、これが彼の理想の姿なのだろう。
「33番台からやってきた、行雲と申します。よろしくお願いいたします」
彼は、そう言って頭を下げたのだった。
「いや〜、助かった。いやね、蓮池の番をみんなに押し付けられちゃって。え〜っと、蓮池の番の前任者がさ、突如、消えちゃってね。まあ、自分の意思で餓鬼界へ行っちゃったんだよねぇ。でさ、俺が代役って感じになっちゃったんだよね。でも、これで助かるよ。いいよな、みんな」
ジャケットオジサンは、皆にそう言ったのだった。
周囲からは、
「33番台で番人をしていたんでしょ。なら、なれているから、いいんじゃない」
という声が多く上がった。そうした声に反対する者はいなかった。もともと、池の番人をする条件で、31番台に昇進できたのだ。だから、行雲さん……もとギリシャ彫刻男……が、池の番人になるのは当然のことなのだ。
「ありがとうございます。謹んで池の管理者をいたします。皆さん、よろしくお願いいたします」
行雲さんは、再び頭を下げたのだった。こうして、行雲さんは、31番台の住人になったのである。

「じゃあ、私は、ちょっと天界を去ろうと思います。ちょっと知りたいことがあって、先輩の寺へ行こうかと思いまして」
俺は、行雲……もとギリシャ彫刻男……さんに、そう挨拶をしたのだった。
「あぁ、そうですか? じゃあ、この天界を降りて、現実世界へ行くんですね」「そうです。この世界のことを話したくてね。行雲さんも、すっかり慣れたようで」
「えぇ、まあ、やることは33番台と同じですから。しかも、ここは真面目な方が多いですし、修行の時間も多いのがいいですね。私もようやく、スイスイ飛べるようになりましたよ」
「そうなんですか、それはよかったですね」
「えぇ、ここへ来てよかったです。私の背中を押してくれてありがとうございました」
そんな話をしている時に、天女が割り込んできた。
「あのさ、思ったんだけど、私もついていくわ」
「な? 何だって? 先輩の寺へ君も行くっての?」
「そ、行くわ。と言うことで、行雲さん、頑張ってね!」
そう言うと、あっという間に俺たちは、天界を離れたのだった。

あっという間だ。俺と天女は、先輩の寺の本堂に立っていた。
「おや、珍しい。天女さんが何の用かな?」
先輩は、すぐに気付いたらしい。座敷から本堂に声をかけた。
「まあ、こちらにどうぞ。まあ、君たちは座っていても立っていても変わらないけどね。俺が疲れるから」
そう先輩は言うと、さっさと座敷のなかに入って、椅子に座ったのだった。
「椅子になったんですね」
前は、椅子など無かったのだ。
「今の時代はね、地べたに座るのが嫌なようだな。椅子生活が主流だからね」
なるほど、相談に来られる方のために椅子にしたのだろう。よく見れば、本堂も椅子が置いてある。みんな正座が苦手になったのだ。まあ、これも時代の流れなのだろう。
「そういう事だ。時代とともにいろいろなことが変わっていく。それに抵抗しても仕方がないことだ。時代の流れに身を任せた方が、楽なんだよ」
先輩の言葉を聞きながら、一応、俺と天女は椅子に座った。まあ、あまり意味は無いのだが、そのほうが話しやすいのだ。
「で、何の用だ?」
「私は、遊びに来ただけよ〜。お大師様もやってくる僧侶が、どんな人か見たかっただけ」
「あれ? 天女さん、先輩と初対面なの?」
「そうよ、噂は聞いていたけどね。だって、結構上位の天女さんたちが来ているんでしょ、ここ?」
「上位かどうか、そんなことはどうでもいいが、うるさいのは叶わない。静かにして欲しいな。どうして、天女はいつもハイテンションなのかねぇ。少しは、静かにできないのかね」
「う〜ん、天女が静かになったら、天女じゃなくなるのよ。天女は、いつもハイテンションじゃないと、やっていけないのよ」
「ふ〜ん、そんなものか。で、お前は? 話があるんだろ?」
そう言われて、俺は天界での経験を語った。

「ふ〜ん、そうか、まあ、いい経験だったな。だがな、天界は広い。もう少し上も見ていくといいと思うぞ」
「いや、しかし、上に行く方法が……」
「あるさ。そうそう、お前、現世に来たついでに、家に帰らないのか?」
あぁ、そういえば……すっかり忘れていた。俺もとんだ薄情者だ。女房や子供たちのことをすっかり忘れていたのだ。
「まあな、いろいろ激しい経験をしているからな、忘れることもあるだろう」
その時、えっと俺は思ったのだ。いつもの先輩じゃない。いつもなら、「お前もとんだ薄情者だな。俺のことは言えないぞ。いや、俺よりも薄情者だ。たまには、家のことが心配にならないか? なんてヤツだ、最低だな!」と貶してくるはずなのだが、妙に優しいのだ。しかも、何だか、妙に疲れているような気がする。
「お察しの通り、俺は疲れているんだ。今、回復中なんだよ」
「回復中? ですか?」
「ちょっとね、個人的修行をしてね、疲れているの。ま、お前には関係ないことだ」
「へ〜、天界か仏界か選択を迫られたんだ」
天女が、先輩を見てそう言った。神通力で、先輩の過去を見たらしい。
「余計なことは言わなくていい。これは、俺個人のことだから」
「でも、すごいわ。天界を選ばず、苦行付の仏界を選んだとは」
「いいんだよ。天界はうるさいんだ。俺は静かなところがいいんだよ」
「そうね、天界はうるさいわよね。特に中間層はね」
「えっ、そうなんですか? 天界って結構のんびりしていると思ったんですが」
「それは、下層階だからだ。上に行くほどうるさい。まあ、トウリ天も一桁台になると静かだけどな。でも、なんと言っても天界だ。菩薩界や仏界のような、あの静かさは得られない」
「まあね、そうね。仏界のあの静かさは無いわね」
「そこへは……」
「お前はいけないよ。修行者じゃないし、修行もしてないしな。過酷な修行をしなきゃ、行けない世界だ。もっとも、もっと真面目に若い頃から修行をしていれば、苦行なんぞしなくていいんだけどな。俺はサボっていたからな。まあ、そんなことはどうでもいい。お前はさっさと家に帰れ」
「はぁ、わかりました」
俺は、何となく追い出されるような気分で、寺を出ることになったのだった。
「先輩も疲れているのよ。結構、過酷な修行だったみたいよ。不眠不休くらいの修行だったみたい」
「へぇ〜そうなんだ。で、その結果、仏界へ行けるようになるんですか?」
「うん、このまま死ぬまで罪を犯さなければね。仏界と言っても、一番下だけどね。声聞界ね。ひょっとしたら、弘法大師様のお使い、パシリね、になるかも」
へぇ〜そうなんだ、先輩はどこへ行ってしまうのだろか、というのが、俺の率直な感想だった。
「まあ、実感は湧かないよね。凡夫にはわからないことよ」
天女は、そう言って遠くを見るような目をしたのだった。

「着いた。これが俺の家。狭いけど……あぁ、関係ないか。まあ、どうぞ」
家には、女房も子供もいた。そうか、もう学校から帰って来る時間なのだ。子供たちは、これから塾に行くらしい。女房は、食事の支度だ。
「おい、久しぶりだの」
そう声をかけてきたのは、女房の守護霊のジイサンだ。
「あぁ、お久しぶりです」
「ふん、女房を放っておいて、そんな綺麗な天女とデートか? おい、どうなんだ?」
いきなりすごまれた。ジイサン、思いっきり俺を睨んでいる。
「いや、誤解ですよ。天女さんは、勝手に着いてきただけで。何の関係もありませんよ」
と俺があわてて言うと、
「あっははははは、冗談だよ。天女がお前何ぞを相手にするわけがないし、お前のことは、もう聞いている。33番台と31番台をうろうろしていたらしいじゃないか」
「なんだ、そうなんですか。いやはや、ビビりましたよ」
「ふふ〜ん、まあでもな、女房をほったらかして仕事ばかりってのも、どうかと思うがな」
それには、俺も何も言えなかった。なので「すみません」と素直に謝ったのだ。
「ところで、どうだった天界は?」
ジイサンにそう聞かれたので、俺は、自分が見聞きしたことを話し、さすが天界ですね、のんびりしています、と言った。言った後に、「先輩は中間層はそうじゃないよ」と言ってましたけど、と付け加えた。
「そうだな、わしがいる20番台は、そんなにのんびりしていないな。むしろ、ハイテンション気味だな。わしは、好きじゃ無いけどな」
うん? ハイテンション? まさか天女のような?
「そうだな、下層に比べれば賑やかだな。うん、まあ、見た方がいいだろうな。よし、ちょっと待ってな。天女さんなら瞬間だが、まあ、わしも修行中なんでな」
というと、ジイサンは座禅を組んだ。しばらくして「ふん」と気合いを入れると、そこにはもう一人ジイサンが現れたのだった。
「ふん、成功したな。二人目の分身じゃ。こいつにわしのいる天界に連れて行ってもらおうと思ってな。さ、26番台のわしの元へ行け」
ジイサンは、そう言って、もう一人のジイサンに俺たちを託したのだった。


分身のジイサンは
「さぁ、行くべぇか」
と言って、にやりとした。その瞬間、我々は移動したのだった。
「ほい、着いたべ」
ほんの一瞬だった。我々は、26番台のジイサンが住んでいる天界に着いていたのだ。
「さ、あとは本体に任せるべ。んだで、わしは消えるかんな」
そう言ったとたん、分身のジイサンは、消えたのだった。
「さぁ、中に入んねぇ」
そう言われて、俺は我に返った。やっと、周囲を見回す余裕ができたのだ。

目の前には門があった。昔ながらの茅葺きの門だ。結構立派な門だった。周囲を見渡すと、長閑な田園風景だった。天界にもこんな所があったのだ、と俺は驚いた。
「わざわざ、こういう場所を探したんだ」
中からジイサンの声が聞こえてきた。
「わしゃ、うるさいのが苦手でな。この26番台をうろうろして、やっとの思いで、ここを見つけたんだ」
門をくぐると、縁側にジイサンがあぐらをかいていた。右手には、大きな湯飲みが置かれたいた。
建物は、純和風だ。というか、昔ながらの和の住宅だ。
「まあ、あがんなさい」
広い縁側だった。俺は、縁側に腰掛けた。
「ここは静かでいい。ここはな、中心地から随分はなれておる」
「天界に中心地とかあるんですね」
「おお、あるよ。このトウリ天はな、外から見ると巻き貝のように見えるのだそうだ。まあ、わしは、外から見たことがないから、わからんのだがな」
「外から見るって……それは、宇宙に行って、外から見るって事ですか?」
「う〜ん、どうなんだろうね、なぁ、天女さん」
縁側に座らず(座る必要が無いからね)、ぼうーと立っていた天女は
「そうね……ここは、宇宙とは違う精神世界だから。オジイサンもこのトウリ天を外から見ようと思えば、まあ、見れるよ。でも、相当な神通力が必要となるわね。まあ、参考に、このトウリ天を外から見ると、確かに巨大な巻き貝に見えるわね」
「ふむ、やはりそうか。だから、街に中心地が生まれるのだな。つまり、この26番台の地面は、円状になっているわけだ。だから、中心が生まれる」
「そうか、今まで考えてもみなかったけど、この台地って四角じゃないんですね。円状だったんだ。で、ジイサンは、その中心地が嫌いなんだ」
「あぁ、うるさいからな。あぁいうのは疲れる」
「それにしても、ジイサンは変身しないんですか? その姿って、生きていた時の姿でしょ」
「あぁ、そうじゃ。いいんだよ、自然で。わしの死ぬ前の姿が最も自然じゃ。この方が、余分なエネルギーも使わんし、楽なんじゃ」
まあ、確かに気楽なのだろう。何も着飾ることはないし、見栄を張る必要も無い。ごくごく自然に生きられるという点では、むしろ変身などしない方がいいのだろう。
「まあ、見てくるがいい。この台地の中心をな。これが、天界だってわかると思う。20番台や10番台後半は、こんなものだと知るといいよ。だから、天界は『快楽の世界』と言われる理由が分かるさ」
ジイサンは、そう言うと、天女さんに案内してもらうといい、と付け加えたのだった。

俺は、天女とともにジイサンの家を出た。とりあえず、飛ばずに歩くことにした。もっとも俺は飛べないので、天女に頼るしかないのだが。
「天界は『快楽の世界』なんですか?」
俺は、ジイサン言った、この一言が気になっていた。今まで、天界を見てきたが、こんな言葉は一度も聞かなかった。皆、真面目に修行に励んでいた。まあ、時には酒を飲んだりもしていたが、大騒ぎするような光景は見られなかった。せいぜい、小さな宴会程度だ。とても『快楽の世界』とは言えない。俺の質問に天女は
「まあ、そう言われてもいるわね。一応、天界は楽園であり、快楽の世界であることは間違いないわね。その理由は、見れば分かるわ」
やはり、快楽の世界なのだ、天界は。

「うん? なんだこの音は?」
遠くから、なんだか賑やかな音が聞こえてきた。昔懐かしい祭りの音だ。どこかで祭りでもやっているのだろうか?
「賑やかですね? 祭りの囃子でしょ? こんな天界で昔ながらの祭りって……」
「それがね、ちゃんとやっているのよ、祭り。ま、見れば分かるわ」
祭り囃子の音がだんだん近付いてくる。みると、霧がかかったような所があり、どうやら祭り囃子の音はそこから聞こえているようだ。
「中に入るわよ」
天女はそう言うと、さっさと霧の中に入っていった。俺も慌ててその後に続いて霧の中に入っていった。ちょっと怖かったが、まあこの世界ではよくあることだ。
霧の中に入ると、そこはお祀りの夜店そのものだった。天界には、夜はない。いつも明るい空だ。もちろん、青空ではない。白っぽい空だ。太陽はない。白っぽい空がいつまでも続いているのだ。なので、朝も昼も夜もない。だが、寝るのは自由だし寝る必要も無い。人間の時と同じような暮らしをしてもいいし、一日中起きているのもいい。それが天界だ。なのに、ここには夜があった。

「これ、祭りの夜店でしょ? なんで夜があるんですか? 天界って、夜が無いはずですよね」
俺の目の前には、祭りでよく見る夜店があったのだ。そこをここの住民が楽しそうにして歩いている。中には、浴衣姿の住民も結構いた。出店は、綿飴やたこ焼き、焼きそば、焼きリンゴなどよく見る店だ。なんと、金魚すくいまであった。皆、夜店を楽しんでいた。中には、腕を組んで歩いている若いカップルもいた。いや、若者だけでは無く、中年のカップルもいた。年齢も自由にできる天界で、あえて中年のカップルというのも……。しかし、見事な夜店である。どうやってこんな世界を……。
「これはね、作っているの。祭りをやりたい人たちでね」
「どういうことですか?」
「天界ってさ、はっきり言って退屈な世界なのよね。一日の区切りはないし、いつも昼間。で、やることは修行なんだけど、この20番台くらいになると、神通力も結構ついているしね。ジイサンのように、ある程度は分身ができるし、守護霊もできる。階層の違う天界を自由に飛ぶこともできる。神通力も多彩に使えるようにもなるのよ。だから、夜を作ることもできるの」
「こんなに広範囲に渡って作れるんですか?」
「一人では無理ね。きっと、26番台の住民で夜店がやりたい!って人たちが集まって、神通力を出し合って作っているのよ」
なるほど、同じ意見の者同士が集まり、少しずつ神通力をだしあい、大きな力にしているのだろう。で、こんな祭りの夜店ができるのだ。
奥へ進んでいく。すれ違う人たちは皆、楽しそうだ。誰もが、俺たちに声をかけていった。
「おや、天女さん、珍しいね。あっ、あんた聞新さん? あぁ、天女さん、案内役か!」
すれ違う人たちは、皆同じよう言ったのだった。それにイチイチ応えるのには、まいった。うわー面倒くさい、と思ったが、協力してもらうには、拒否はできない。愛想は大事だ。
愛想を振りまきながら奥へ進んでいくと、なんとそこにはちゃんとお社があった。お祭りを楽しいながらも、ちゃんとお社まであるとは。凝っているというか、そこには、信仰心があるのだろう。夜店は神社で行うもの、という意識があるのだ。
「いいですね。ちゃんとお社まである」
「日本人の心でしょ、これが」
「はぁ、そうですね。でも、これっていつまで続いているんですかねぇ」
「さぁねぇ。神通力が尽きるときか、飽きるときか……」
「それもどうなのでしょうね。祭りとか夜店って、短い時間だから楽しいってのもありますからね。そういえば、カップルが何人かいましたが、あれって……」
「まあ、人間界でカップル行うことをやるんでしょうね」
「えっ? 確か天界は生殖機能も無いし、生殖器もないと聞いてますが」
「そう、天界の住民は、そんなものはないわ。その気になって触れあうだけで快楽が得られるの。そういう話はしたよね」
「はい、聞きました。だから、ああやって腕を組んで歩いているだけで、快楽を味わっているってことになりますよね」
「そうなんだけど、やっぱり神通力でコントロールはできるのよ。だから、ああいうカップルは、人間界の時と同じような気持ちで腕を組んでいるのよ。じゃないと、大変なことになるわ」
なるほど、神通力で快楽をセーブしているのだ。やはり、人間界での習慣が大きく残っているのだ。
「ちなみにね、天界での快楽は、人間界の数倍らしいわよ。私は、人間界での快楽がどの程度か知らないからよく分からないけど、天界の住民に聞くと、人間界での快楽より何倍も気持ちいい、という答えが返ってくるわ」
「う、え、あぁ、そうですか。まあ、俺も関係は無いですが」
なんと答えていいのやら。まあ、天界はそういう所らしい。

なるほど、天界が快楽の世界と言われる理由が少し分かった。確かに、快楽の世界なのだろう。神通力で自由に楽しめるのだから。
しかし、天界の住民は、修行をしなければならないはずだ。いつも遊んでいるわけでは無いはずなのだが、そこはどうなっているのだろうか?
「もちろん、修行の時間はあるわよ。この階層だと、かなりの高僧か、菩薩様が法話をしに来るはず。内容も高度なものになっていると思うわ」
「じゃあ、その時は」
「みな修行場に集まって、法話に耳を傾け、教えの内容を反芻し、議論をすることもあるわよ」
「ちゃんと修行はしているんですね」
「そりゃそうよ。じゃないと、天界から落ちてしまうでしょ」
そうなのだ。修行を怠れば、天界追放ということもある。33番台の大ちゃんがその危機にあった。
「修行は修行、楽しみは楽しみ、うまく使い分けができるのよ、このくらいのレベルになると」
なるほど、使い分けなのだ。

夜店を出ると、元の明るい天界になった。
ちょっと歩くと、先の方からロックの音色が聞こえてくる。もう驚かない。きっと、ここの住民がロックフェスティバルでもやっているのだろう。それにしても、賑やかだ。というか、うるさい、とも思える。あちこちで、いろいろな音が響いている。アイドルの歌声まで聞こえてきた。
「あぁ、結構、うるさいですね。みんな好き放題だ。なるほど、ここには、いろいろな楽しみがあふれてる。そこかしこで、カップルが腕を組んで歩いているし、ひと目を気にせずイチャイチャしているカップルもいる。
「これが本来の展開の世界よ。快楽の世界なの。あなたの知り合いのオジイサンは、こういう世界が嫌ななんでしょ。だから、あえてオジイサンの姿をしているんでしょうねぇ」
そうだと思う。あの人は、静かな田舎がいいのだ。
「ちなみに、みんながみんな、快楽を貪っているわけじゃ無いわ。オジイサンのように、郊外に住み、静かな時を過ごしている人たちも結構いるわよ。ああやって快楽を味わっているのは、半分くらいかな。残り半分は、静かに過ごしているわね。快楽を味わっているのは、人間界で楽しめなかった人たちかもね」
天女は、ちょっと冷たい目をカップルたちに向けながら、そう言った。

天界のよさは、人間界でできなかったことができる、と言うことであろう。ギリシャさんたちも、人間界でできなかった姿を選んでいた。きっとどの階層へ行っても、そこは同じなのだろう。人間時代にできなかったことをやりたいのだ。
「前世の記憶があるって言うのもやっかいね」
天女はそう言ってニヤリとしたのだった。

つづく。

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