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二人の過去 −マキシマスとルッシラー

 (「グラディエーター」の映画がまったくと言っていいほど教えてくれない、二人の昔の恋とはいったいどんなものだったのでしょうか?
 さまざまなお話が、各国の人の手によって作られていると思いますが、私の考えたのはこれ。映画の中の二人の表情や態度と重ねあわせて、どこも矛盾はないはず、というのが、工夫したところです。
 私の他のあらゆる小説は、皆、この筋書きをもとにしていて、これまた矛盾はどこにもないようにしているつもりなのですが…。)





二人の過去

 
「よく、笑ってた」
 考えて見ると、名作の誉れ高いPrequelのあらすじを見てしまったら影響されるかビビルかに決まってるので、早いとこ書いてしまおう。でも、マキシマスがローマに来てないとすると、こういう話はどこで起こってるのかよくわからんのですが、ま、軍が駐屯しているローマ近郊の町とでもしときます。コモも含めて三人の年齢が十代前半から二十代初めの期間。
 十代初めのルッシラは才気があってしっかり者で、デリケートで弱気な少年(筋肉美にあこがれて剣闘士オタクになるのはまだ先の話)コモドゥスは、彼女をべったり慕っている。姉もそんな弟をメロメロに可愛がっているとしましょう。
 アウレリウスはコモドゥスも大事にしているが、ルッシラの方がお気に入りで、男の子相手のようにいろんな相談をする。ちょうど、軍にいた少年マキシマスの才能に注目して英才教育を始めたところだったので、彼のこともいろいろ話す。
 自分の庇護者である弟など、ルッシラにはライバルではない。父の一番のお気に入りは自分と思ってるから、「ふーん、どんな子なんだろ」と気になって、父について軍に行ってマキシマスに会い、ライバルを見る目で観察し、ちくちくいやみを言って突っついていた。

 マキシマスは、よく言えばおっとり、悪く言えばぼーっとしてるから、あんまり何を言われてもカリカリしない。「意外とバカじゃん」と思ったルッシラは、いつも彼をからかっておもちゃにしては、笑い転げて喜んでいた。が、度が過ぎると思いがけなく的確にぴしっと切り返されたり、とぼけた感じでキツイ皮肉を言われたりするので、「あれ?思ったより、やるわね」と面白くなり、次第にそうやって彼と議論したり、ふざけあったり、森や川に遊びに行ったりするのが、楽しくてたまらないようになってきた。


「あなたといると、孤独でなかった」
 父にはそうそう話せないから、ルッシラはつい弟をつかまえてはマキシマスの話ばかりして聞かせるようになった。彼の目の色、髪の色、笑い顔、馬に乗る姿、泳ぎ方、スペイン訛り、など、など、など。
 彼女はもともと他人への影響力が強烈な人だし、愛する姉から日夜聞かされ続けるので、コモドゥスまでが、まだ見たことのないマキシマスのファンになり、どんどん頭の中で偶像化し、とうとう自分も会いに行った。その目は既にルッシラの話でモヤがかかっている上に、若い少年や青年の兵士たちに囲まれて信頼されているマキシマスの姿が、友達のいないコモ君にはまぶしいくらい立派に見えた。マキシマスもコモ君を尊敬をこめた中にもとても可愛がってくれたので、コモ君はすごく満足して帰り、夜遅くまで姉とマキシマスの話をした。

 ところが、それから三人で会って遊んだりすることも多くなると、コモ君は姉が別の人に奪われるという実感が次第にわいて来て、パニックを感じはじめた。しかも一方でマキシマスが姉にとられるのも嫌な気がして(「男どうしだから」みたいな感じでマキシマスが、自分を一人前の大人扱いしてくれて、姉みたいに保護者顔しないのが、とても好きだったし)、すごく混乱してしまい、不機嫌に二人にあたりちらすこともあった。
 ルッシラは気にしなかったが、マキシマスはもう、コモ君の孤独感や姉への執着が痛いほどよくわかっていたので、「この子は今、姉さんを失ったと感じたらどうなるかわからない」と思って、ちょっとルッシラから遠ざかるようにした。
 でも、実はルッシラも弟の前ではカリスマだった分、弟以上に孤独だった。だからマキシマスの存在は大きく、彼が遠ざかると追っかけた。追っかけられると逃げたくなるのは恋愛の方程式だし、マキシマスはもともとちょっと、ややこしい人間関係はうっとうしがるところがある。だからますます彼女を避けた。
 何回かそれが続くとルッシラも「馬鹿にしないで!」という気になった。(彼女の性格からすると、もっと早くそうならなかったのが不思議なくらいである。)で、一気にマキシマスから遠ざかり、他の軍人や貴族たちと派手に遊びまわり始めた。


「昔から嘘が下手ね」
 それを見たマキシマスが今度は突然動揺した。もちろん、自分で気づいてなかっただけで、ルッシラのことは彼も相当好きだったのだ。コモ君は、姉は異常に明るいし、マキシマスは何だか暗いし、あせって現状打開しようと、マキシマスに「姉上のこと好きだったんじゃないの?」と聞いた。そう言われたってマキシマスとしては、「そんなことないです」としか言いようはなかったし、「君の立場じゃ逆らえないから相手してただけってことか?」と、だめ押しをされたら「そうですね」とうなずくしかなかった。

 コモ君はそのことをうっかり(姉を独占するために、彼が二人の仲をさくことにしたいなら、わざとでも可)姉に話してしまった。本来のルッシラなら「まあ、生意気言って」と笑い飛ばす余裕ぐらいあるのだが、何しろ他の男たちと遊びまくっていても、頭にはマキシマスのことしかなくて、毎日カリカリ消耗していたので、息がつまるほどのショックをうけて、すぐ輿を飛ばしてマキシマスの所に行って彼を呼び出し、「私が皇女だから逆らえないで、いやいや相手してたって本当?」と問い詰めた。
 マキシマスも普段ならもっと冷静な判断もできるのだが、彼もルッシラの最近の行動に傷つきまくって疲れ果ててたし、もう多分、彼女は自分以外の男が好きなんだろうとしか思えず、腹立たしいのと傷つきたくないのとで、ついめちゃくちゃな意地悪をしてしまった。つまり、彼女を正面から見て「そんなことはございません。初めてお目にかかりました時から、命に代えてもと思うほどにお慕い申し上げておりました」と、誰が聞いても、どう見ても、「あなたがそう言ってほしいのだから、臣下の私としてはお望みどおりのことを言うしかありません」としか聞こえない口調と表情で言った。(その言葉、彼の本心なのですが、絶対に信じてもらえない言い方で言ったわけです。)ルッシラは顔から血の気がひくほど怒って、(彼をひっぱたいたかどうかは知りませんが)そのまま出て行った。


「生きのびるすべをお持ちだ」
 彼女を傷つけてしまったことと、自分がそこまで手の込んだ、いやらしい意地悪ができてしまったことにマキシマスはショックをうけた。まあ、恋する人間はえてして弱い面をさらけ出すというだけのことだったのだが、マキシマスは「もう、この姉弟とつきあっていたら自分はどんどん嫌な人間になる」というようにとらえて、以後、完全に二人から遠ざかってしまう。まもなく二人は、それぞれ別の人と結婚し、ルッシラの夫はアウレリウスと共に皇帝となった(んでしたよね?)。
 
 だが、このことによってルッシラの、弟に対する感情も微妙に変わった。彼のせいでマキシマスを失ったことを漠然とだが察知した彼女は、弟に対して前より冷淡になってゆく。夫のことはむろん愛していなかったから、もう何も失うものはない孤独の中で、恐いものなしの面白半分、彼女は政治的かけひきを大胆におこなって、夫や他の廷臣をあやつり、時には父のアウレリウスをもあきれさせる。

 アウレリウスは二人の恋にはほとんど気づいていなかったし、マキシマスのことはますます信頼するようになっていたから、家族のことも政治のこともしょっちゅう彼に話していた。
 ルッシラの性格や、人を操る方法を熟知しているマキシマスは、アウレリウスが何気なく話している話の背後に、ルッシラが宮廷でどんな画策をしているかが読めて、慄然とすることがあった。特に気になるのは、ルッシラが機会をとらえてはさりげなく、父がコモドゥスを嫌うようにしむけているのではないかということだった。(ええ、アウレリウスがコモドゥスに不信感を持つようになったのは、ルッシラの洗脳なんですねえ。)アウレリウスにそのことを注意しようかと思ったりもしたが、推測にすぎなかったし、ルッシラがそうやって弟に意地悪をするのも、自分との愛を実らせなかった弟への深い怒りと恨みのせいかもしれないと思うと、自分は何も言えない気がした。


「コモドゥスさまは?」
 コモドゥスは、姉が何となく冷たくなったことは感じていたし、姉の夫という人は、有能だがまじめで厳しい、あまり甘やかしてもくれない人だったので、マキシマスがいたらいいなあとよく思った。二人がくっつくのはいやだったが、三人でいて二人がそれぞれ自分を一番大切にしてくれたらベストなんだがなあと考えるのだった。(こいつはそういう、ある種ハッピーな奴である。)姉の夫が死んで、父が老いて、次期皇帝の話が出始めた時に彼は、自分が皇帝になって二人が補佐してくれたら、それは実現するんだと気づいて、相当幸福になっていた。

 アウレリウスが「コモドゥスは皇帝に向かぬ」と言った時、マキシマスは「ルッシラさまに影響されておられませんか」と喉まで出かかったのだが、言えなかった。その後ルッシラと会って「弟が皇帝になったら協力を」と言われた時、彼は、ルッシラは弟を思いのままに操る手助けを自分にさせる気だと察知した。自分がかつて逃げたり傷つけたりしたために、この親子三人の関係は修復不可能になったのだと責任を感じた彼は、自分が皇位を継承するしか、彼らを救う道はないと判断した。

アウレリウスの死を知った時、マキシマスが微妙に判断を誤ったのは、こんな事態を招いたもともとの責任は、昔、自分がとった行動にあるという、悔恨と動揺のせいだった。今まで慎重でありすぎたことへの反省が、逆に性急すぎる行動に彼を走らせたのである。

 以上です!長々、ほんとに申し訳ありません。笑ってやって下さいませ。
00/08/25(金) 21:23