研究報告 高画質デジカメを使用した史料調査法

1.はじめに

デジタル化への試み

 本年度は1987(昭62)年公文書館法制定から10年目の年である。公文書館法は我が国の史料が散逸・消滅するのを防ぐとともに、史料は後世に正しく伝えるために保存し活用するということを目的とした法律である。
 史料保存は原史料の保存が原則であるが、筆写・印刷・フィルムなど様々なメディアを利用して後世に伝える方法が考えられ、近年ではデジタル化が急速に発達してきた。

多仁研究室においても、デジタル化2年目を迎え同研究室の学生も、漸く調査作業に慣れてきて容易に機材を扱えるようになってきた。調査してきたデータをパソコンのモニタで確認して、各自がCD-BOM化して管理してゆくことも理解できてきた。
 また、デジタル化は地域の生涯学習に結びつけることも可能である。本年度は「ふくいゆとりフェスタ」に参加する機会を得ることができ、NTTのテレビ電話「フェニックス」とパソコンの画像データを遠隔地とやりとりをするという、新しい地域の生涯学習方法を展示・公開することができた。

 本年度活動して見えてきたデジタル化以前と以後の問題を比較・検討して、今後の課題をあげてみたい。

2.多仁研究室の史料調査法  

 本年度、わたしが研究生となり多仁研究室に残り学ぶことにした理由は、将来家業である飯野八幡宮にある古文書「飯野家文書」の管理・活用のデジタル化を試みるためである。飯野文庫の管理を行ってゆくにはもっと史料保存・管理の歴史について知る必要がある。

 多仁研究室では室内はM2型マイクロカメラ、臨地ではポータブル型マイクロカメラや一眼レフなどで撮影をし、CanonNP9330レーザーコピーで紙焼きをして利用してきた。しかし、大量の紙焼きの史料やマイクロフィルムを研究室で管理・活用するには限界になった。また、同研究室では学生が史料の撮影を行うのだが、マイクロフィルム撮影はかなりの習熟度が求められる。

 それらを解決して、なおかつ今までの史料を引き続き利用することが出来る方法として、昨年度より同研究室ではマイクロフィルムからデジタルカメラに調査方法を切り替えた。他に、新たにデジタル化によって得られる利点があるのも踏み切った理由なので、現在見えている限りでそれらをあげてみよう。

 一つに現像や紙焼きが不要になったことがコストダウンに繋がり大規模な調査が可能になった点。マイクロフィルムでは平面しか撮影できないが、デジタルカメラは紙でも建造物でも人物でも音声であっても情報を取り込むことが可能である。また、紙焼きはモノクロだが、パソコンのモニタだとカラーでなおかつ高画質なので、原史料を見るのとそう変わらない程の情報を得ることが可能な点。更に、現在飛躍的に進歩している史料管理のデジタル化を学生が自ら学べる点などがあげられる。

3、アナログ史料調査法の実状  

 文書の保存は文書により全国統治を行った律令国家の時代より始まる。史料は記録から記録史料に至るまで、総合的に管理すべきであると云う見解が提議されている。だが、明治中期以来の伝統的な文書管理の考え方に不要文書廃棄の考え方が加えられ、文書管理とはいかに速やかに不要文書を廃棄するか、という文書整理の方法がとられているのが現状である。

 公文書が作成される中央官庁の各行政機関、例えば太政官では、公文書を管掌する記録編纂掛・記録課・記録局という機関で、担当者が公文書を保存すると同時に破棄処分も行っていた。国立公文書館が設置された現在でも、外務省・大蔵省・防衛庁はそれぞれ史料室を持っており、自由に破棄処分をしている。史料庫を持たないそれ以外の省庁の公文書も国立公文書館に集中化されることになっているが、実際には機能しておらず、同様に自由に破棄処分をオているのが実状である。

 地方公文書においても、定められた保存年限の過ぎた公文書は破棄処分をしてきた。公文書保存について、積極的な役割を果たしたのは一部の図書館と博物館であり、地方史編纂事業であった。しかし、戦前に図書館・博物館を設置していた自治体は限られており、殆どの自治体では公文書は破棄されていたのである。

大学の図書館や研究室で歴史史料が保存されていた場合もあるが、殆どは中世文書が主で、近世文書のように膨大な量の文書については積極的に保存されることは稀であった。ましてや公文書について自治体以外の所で保存するなどということはなかった。

 我が国の公文書でかなり保存されていたのは、司法史料であった。刑事事件・民事事件とも司法史料はのちの証拠資料として永久保存されていたからである。しかし、それでも学術研究のための歴史史料として保存されていたのではない。企業でも史料室を設けて、企業の史料を積極的に進めた住友史料室や三井文庫は、戦前の数少ない稀な企業であった。

 史料保存は作成・管理・活用に至るまでトータルに見る必要がある。公文書などは過去の原文書が裁判などに於いて最も有効な証拠資料となり得る。また、古文書は紙の形態そのものが意味を持つことも考えられる。文書中心の社会では文書を作成するのと同じように、文書の保存と活用も欠かすことの出来ない課題である。

 しかし近代においては古文書を原文書で閲覧をすることは、保存や収蔵場所などの問題により困難をきたし場合によっては不可能でさえあった。史料を学習などに使用するときも代用として筆写したものや複写した紙焼き史料を使わざるをえなかった。

4.デジタル史料調査法の特性  

 近年、史料保存のデジタル化が話題になっている。コンピュータで史料を画像として取り入れて管理をするわけだが、主に、マイクロフィルムから出力する方法と、スキャナから出力する方法と、デジタルカメラから出力する方法とがある。多仁研究室ではデジタルカメラでの史料撮影をしている。以下にデジタルカメラを使用した調査法、また、調査データの管理方法の有利さ不利さなどをあげてみたい。

・原史料の調査・管理方法     

 デジタルカメラとは、現像などをせずに撮影した画像をそのままコンピュータのモニタで見ることが出来るという物である。マイクロフィルムやカメラなどの撮影は失敗が多く、学生には扱うことが困難であった。現像を待たずに現地で撮影しているその場で失敗の有無の確認が出来る、その容易さと確実さはデジタルカメラの大きな利点である。 また、デジタルカメラは被写体・史料に直接触れることがないので、他のどの調査方法よりも史料に傷みを与えないということも利点としてあげられる。

 パソコンのモニタ画像で原史料に限りなく近い史料を閲覧することが可能になるので、原史料に触れる事を防ぐとともに展示・公開するということも少なくなる。展示室内で保管してあっても、保管庫で管理するよりも史料の傷みの進行は防げない。画像での閲覧は各々の史料に適した環境で管理・活用することができるのである。

・史料調査データの管理・活用  

 いままでの調査法では古文書の内容をカード化して目録作成をしてきたわけだが、これらは継続して活用していくことができるように構築する必要がある。カード化したものはデータベースで管理をして、年代別・ジャンル別の検索が出来るようにしていく。撮影した画像データもデータベース化して管理・活用をしていく。

 コンピュータでのキーワード検索は、ネット上で世界共通を試みていかなければいけないのであろう。しかし、多仁研究室内のような調査データが大量にあり日々増えていくところの調査データはキーワードで管理するのは困難である。また、デジタルカメラの特徴である、被写体を選ばない柔軟さもキーワード化できない原因としてあげられる。

 では、古文書だけに限定したデータベースの構築を試みるとしよう。歴史学者が計算機科学・工学を理解し、応用して現在の文書に対するテキスト処理を古文書に対してすることが可能になれば、歴史学に多くの恩恵を得られる。例えば、データーベースと単語検索、文書整形出力、文字認識・画像処理などを導入できれば、歴史研究者の手間を大きく削減できる。テキスト処理された古文書は、文書に現れる具象をデータベースから抜き出し、その個数・時代・テキスト間の関連を統計学や計算言語学などにおいて現代文書と同様に研究を行うことを可能にする。しかし、多種の異体字が現れる古文書テキストの扱いは現状では困難である。先ず、古文書に対する自然言語処理や古語に対する電子辞書作成の問題を提議し、古文書パターン認識や画像処理について研究に必須な標準文字データベースを作成することがこれからの課題である。

 古文書データベースの設計としては、コード化された情報をフルテキストデータベース、一次史料を画像処理システムとし、両方を参照し処理できるようにする。また、マイクロフィルムのアナログ技術とデジタル技術の長所短所を補い、いままで収集した古文書テキストを利用できるようにする。時代毎により良い環境上で処理できるように特定の機種に依存しないようにする。また、閲覧を考慮した多様な配布媒体に対処できるようにする。勿論、非専門家が利用することを考慮した設計も求められるだろう。

 多仁研究室では、マイクロフィルムで20.000〜30.000コマ数、史料点数ではその20分の1 1.000~1.500点の史料を研究室内で管理している。同研究室では、集められた画像の調査データは、カードと同様の項目の他に郵便番号などを使用した地区・団体ごとの分類、作成者、所蔵者、年代別目録などによって管理・分類をする。このような検索項目でもかなり限定された画像を呼び出すことができ、調査データとして役立たせることができる。地域ごとでの検索は、学生が容易にテキストとして活用できることは勿論、地域学習の発展に繋がると共に歴史に明るくない人でも過去の歴史を容易に知ることができる。

 マイクロフィルム撮影の史料は、劣化しないうちにCD-ROM化してデジタル化以降と同じ形で管理できるように変更をする。記憶媒体のCD-ROMやMOは、磁気や埃、室内の環境に弱いので管理には注意しなくてはいけない。また、20年毎にマスターCD-ROMを複写して保存することを必須とする。

5.デジタル化による史料の保存と利用の具体的な事例と問題点

・西川財団

 滋賀県近江八幡市にある財団法人西川文化財団は、近江八幡市にある”西川甚五郎本店”敷地内にあり、寝具卸業”西川産業株式会社”の西川グループを代表して設立された文化財団である。同財団の古文書は代々西川家で保存されてきたもので、それらは1566(永禄9)年に初代西川仁右衛門氏が創築した”西川甚五郎本店”から、現在に至る。

 内容は、奉公人請状・日記・勘定目録など近世の経済史上最も古い文献だといわれており、閲覧を求められる機会が次第に多くなっていった。しかし、原史料の取扱いは原則的に研究者でも公開不可能な状態であり、例外的に閲覧に応じたとしても閲覧者側の労力と歳月が必要とされる状態であった。また、原史料の保存方法も書類毎に束ねて茶箱大小20箱に入れるというものであった為に、総目録を作成することが出来なかった。

 財団を設立するにあたり、古文書の保存・管理が重要な目的であった為に、長期保存が可能で閲覧可能なシステムを検討し、古文書5万通を対象に電子ファイリングシステムを使用しての管理・閲覧を平成5年2月より導入した。

NEFILE(注1)のファイリング体系は「キャビネット」「引き出し」「文書一覧」「文書表示」となっている。財団ではそれぞれ「キャビネット」で2つの”文書別”(財団関係文書・古文書)、「引き出し」で8つの”古文書分類別”(公文書・商文書・雇文書・古文書・簿記録・商記録・日記録・故記録)、「文書一覧」で”古文書一覧”(タイトルに通しナンバー)と12種のキーワード(作成当主名や分類には選択表の表示)、「文書表示」で”古文書表示”としている。 古文書は全てモノクロのスキャナで取り込んでいるが、厚い古文書などはスキャンの際に密着せず黒くなり情報量が多くなってしまう。これを避ける為に古文書の大きさに合った型紙を使用し、文書面のみを登録できるようにしている。

 古文書の入力作業を行っている同財団事務局長 田中良三氏に因ると、手当たり次第の登録でも検索機能で指定した順の並べ替えができる、キーワードの一覧表が印字でき登録しながらの総目録作りが可能な点、検索が容易なところがNEFILEの素晴らしさであるという。また、原史料に触れることなく閲覧が可能で複写が可能な点もメリットであるという。今後の展開として、編集機能を使用した古文書の書き下しの活字化、博物館・史料館とのネットワーク化を検討中であるという。

(注1)使用機器:NEC NEFILE30 A3基本セット:本体、19インチホワイトディスプレイ、5インチ光ディスク装置、A3スキャナ、A3イメージプリンタ

・飯野文庫  

 福島県いわき市にある飯野八幡宮には国指定重要文化財指定の古文書「飯野家文書」(所蔵:飯野家 管理:飯野八幡宮)がある。それらは中世以降の東北地方の歴史や、中央の情勢に関係した政治・軍事面の推移、更に経済や風俗など、様々な研究に有効とされる貴重な史料である。

 指定された1683通のうち中世文書は209通あり、ほぼ内容によって分類されている成巻9巻と未成巻などに大別されている。近世以降の文書はいわき地域学會が行った分類整理に基づき、編年順に21項目(注2)に分類されている。

  飯野家文書は既に多方向からの紹介と目録化により、『史料編纂[古文書編]飯野八幡宮文書』など、古文書調査報告書関連が多数刊行されている。しかし、原本の激しい傷みや時代的に公開をはばからなくてはいけない文書などもあったようで、原本の閲覧の機会は容易には得られないのが現実である。

 容易に閲覧し活用することを可能にするために、飯野家は飯野八幡宮に飯野文庫を設立し、近年にでも飯野家文書を画像で一般公開に踏み切る計画をたてた。飯野文庫は西川文化財団と同様、飯野文庫(飯野家・飯野八幡宮関連)のみでのキーワード検索、施設での原本の保存・画像での閲覧、インターネット等メディアを通じた公開・提供を計画している。これによって、専門家だけでなく一般の人にでも容易に情報を引き出しての学習や遠隔地からの閲覧も可能になり、飯野家文書の発展に繋がり得るだろう。

(注2)

1)由緒・縁起 2)神事・祭礼・吉田家関係 3)家譜・系図類
4)朱印・寄進状 5)領地 6)年貢
7)御用留 8)触・達・辞令 9)口上・願書等
10)八幡宮営繕 11)諸勘定・借用・請取 12)日記
13)書状 14)冠婚葬送 15)文芸・武芸
16)社寺明細・供僧 17)寺請 18)鉄砲
19)戸口・徴兵 20)絵図 21)雑

6.おわりに  

 デジタル化の将来は歴史学者や学生など、コンピュータの非専門家である人が使用できるかが重要な課題である。機材操作なども、そのような人が理解し易いようにするために、直接操作性を活かしたシステムの構築が要求される。更に、歴史に明るくない人でも容易に活用できる検索システムの構築も要求される。本稿もそのような人に利用されるようであれば幸いである。

 史料管理のデジタル化はまだまだ実験段階である。しかしこのようなシステムを使用し、公開してゆくことによってメーカー側との協力が得られ、標準化に繋がっていくきっかけとなるだろう。今後、メーカー側との共同研究などにより技術が発展されることを期待する。

参考文献

高野修『日本の文書館』岩田書院

『特集「人文・芸術系のデータベース・今そしてこれから・」』情報処理 38巻5号/1997.5)

並木美太郎・柴山守『WWWによるマイクロフィルム画像検索システム・構想と初版の開発について』京大大計センター研究セミナー報告 Vol.52(1996)

使用機器・ソフト

デジタルカメラ  kodak EOS・DCS3
研究室の機材  Power Macintosh 8500/150,Apple Perfoma 6410,NANAO Flex Scan 68T・S (20-inch Color Data Display)
隣地での機材  Power Book 5300C
プリンタ      OKI MICROLINE 400CL,Canon BJC-600S
MO         Yano 640
CDR        Panasonic LK-RW602
画像処理ソフト  Adobe Photoshop 4.0J


福井県敦賀女子短期大学 
多仁研究室 研究生 飯野敦子

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