君に見せてば 何をか思はむ

< 散 文 >





sakura





東京では、もう桜は散っている。




昨夜、ホテルの窓から見た夜桜に心惹かれ

翌朝すぐ桜の咲く公園へ、足を運んでみた。

ボクの宿泊している老舗ホテルは、

すぐ隣が広い公園になっていて、

深い緑が目に優しかった。




「あっ?…、桜が咲いているのですか?」

「こちらでは、これからが見ごろなのですよ。」

つい口をついて出た言葉に、

ホテルの従業員は親切に

桜の咲いている場所への道順を教えてくれた。




考えてみれば当たり前の事だ。

ここは北の街なのだから。

桜は春を呼びながら、ゆっくりと北へと歩みを進める。

東京で過ぎ去った季節が、

この街ではこれから訪れようとしているのだ。




頭ではわかっている事なのに、

それでも思いもかけず、自分の目に飛び込んできた、

夜景の中に浮かんで見えるその姿は、

ボクの内側の感傷的な箇所を、ゆるやかになでていった。




市ヶ谷ではすでに、葉桜に変っていた。

さわぐ風は初夏のそれであったし、

ボクの住む街は、汗ばむほどの季候になっていた。

それなのにここの空気は、

東京とは比べ物にならないくらい

しんと冷えていた。

歩みをとめれば、たちどころに躰が冷え切ってしまうだろう。




「上に羽織る物を、何か持ってくるのだったな…。」

そんな事を考えながら、早足で5分ほど歩くと、

見事な桜の木が見えた。



「…………! !」




他の樹々はまだ堅く蕾を閉じ、

まだ春の訪れを認めていないというのに、

この樹一本だけが、春を待ちきれないように…

春に焦がれてたまらないとでも言うように…

その枝を思いきり伸ばし、冴え冴えとした空気の中で

苛烈なまでに、美しく花を咲かせていた。




周囲のあまりの静寂さにボクは、

奥深い山の中にいるような錯覚を憶えた。

誰もいない山狭で、ただ一人桜の側に立つ自分。

そんな姿が頭に浮かんだ。

何故そんな事を思ったのだろう?




「ああ…そうか…。」




見上げた桜は、ボクの見知った桜ではなく、

深く、濃い色合いの花をつけていた。

その色の強さ・激しさが、山深くに咲く桜をイメージさせたのだ。




「この木の下には、何が眠っている?」




切腹した武士か、絶世の美女か…

咲き急ぐその姿に、何だか業の深さのようなものを感じて、

授業で聞いた文言が、頭の中を駆けていった。

ボクなら何を埋めるだろう。

チラッと浮かんだ面影をすぐさま消して

ボクはまた思考を巡らせる。




「そう、こんな歌もあったな…。」




山狭に 咲ける桜を ただひと目

君に見せてば 何をか思はむ

山と山との間に (見事に) 咲いている桜を ひと目あなたに見せてあげたら、

もう何も思うことはありません。




このあなたって、誰の事だろう?

恋人だろうか、友達だろうか?

家族のことだろうか…。

何も思うことはないって、どういう事だろう?




口に出して呟いてみると、心地よいリズムを感じる。

ボクは誰にこの桜をみせたいのだろう。

その時ボクには、なにも望む事はないのだろうか。




幹に手をつきアキラは靜かに目を閉じた。

自分の心を計るように、自分の内側を探るように。




羽音をたて、頭上を名も知らぬ鳥が飛んでいく。

遠く離れた街へと、アキラの心を運ぶかのように……。




-了-

2002.1.7





 ヒカルの碁の二次創作物としては、初めて書いた"文章系のコンテンツ"です。

『桜と塔矢アキラと万葉集』という三題噺。

 この時は絵を描いている最中に、文章が浮かんできまして、 そのまま勢いに任せて書いたのものです。
私って最初からアキラ視点なのですね。アキラしか眼に入っていないのか…(笑)

 ちなみにアキラくんが、某北の街にいたのは5月3日のこと。 この日彼は両親と一緒に、知人の結婚式に出席するため 某ホテルに宿泊しているという、勝手設定でありました。 帰京後に若獅子戦で進藤君と戦える事を思い、胸が躍っていた事でしょう。

 原作の彼らはこの一年後に『北斗杯』で中国・韓国チームと闘っています。 若獅子戦でも二人の対局が叶っています。 時間の経過に眼の眩む思いがします。

 佐為がきえたのが、5月5日。ヒカ碁を愛する人には忘れられない日です。

コメントを2003.09.15.に加筆修正。