因幡万葉(1994)

@ 藍川由美=中川昌巳、野坂恵子 30CM-391,2 1995.2.1

 

正式な曲名は「因幡万葉による歌五首」。編成はソプラノにアルトフルート

と二十五絃筝という変則的なものだ。こういう編成で真っ先に思い出す曲と

いえばマーラーの「大地の歌」の最終楽章「告別」だ。マーラーのはアルト

にフルートにハープ、マンドリンという組み合わせだ。この「告別」でマー

ラーはフルートの低音部とヴァイオリンのG線を一緒に動かして尺八にも似

た音色を再現して見せている。実際マーラーが尺八の音を出そうと思ったの

かどうかは分からないが、素晴らしい効果をもたらした管弦楽法だと私は感

心している。本作品もアルトフルートという一般のオーケストラでは馴染み

の薄い楽器を使用しているが、多分尺八などでは音程がファジーなのでこう

いう編成になったのであろう。管弦楽法の権威らしい選択である。さてこの

曲は伊福部家の故郷である鳥取の福部村に近い国府に出来た因幡万葉記念館

の落成記念に作られたものであり、故に因幡にゆかりの深い大友家持の歌が

用いられているのである。以下は折口信夫の「口譯万葉集」より引用させて

いただいた。

 

 新しき 年の始の初春の 今日降る雪のいや重け吉事

 万葉集全4516首の最後に収録された歌。「今日は元旦だ。その年の初めの

 ちょうど春の初めの日なる今日、めでたく降っている雪ではないが、どん

 どんとしきりなく、あり続いてくれ。こうした聞くのもめでたい、よい取

 り沙汰ばかりが」家持が役人たちと新年のお祝いの酒宴にて歌ったもの。

 

 春の野に 霞みたなびきうら悲し この夕かげに 鶯鳴くも

 「春の野に霞みがかかっている。この夕日がさしている時分に鶯が鳴いてい

 ることだ(なんとなく悲しいこころもちがすることだ)」

 

 春の苑 紅にほふ桃の花 下照る道に 出で立つ娘子

 「春の庭、そこに紅色に咲き出した桃の花、その木陰が明らかに輝いている

 道に、家を出て立っている娘よ」

 

 さ夜ふけて 暁月に影見えて 鳴くほととぎす 聞けばなつかし

 

 わがせこが 面影山のさかゐまに 我のみ恋ひて 見ぬはねたしも