「低プリン体発泡酒」に思う
東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 山中 寿
最近、プリン体90%カットを銘打った新しい発泡酒が発表された。
キリンビールでは、プリン体が気になるためにビールを避ける男性が多いことに着目
し、プリン体をカットするために資本を投下して技術開発を行い、その結果として新製
品が誕生したという。消費者の健康指向のニーズに前向きに取り組み、技術力で成功さ
せた企業の姿勢には深く敬意を示したい。それとともに、我々にとってもプリン体の持
つ意味をもう一度考える機会が到来したと歓迎している。
プリン体の過剰摂取が血清尿酸値を上昇させることは周知の事実であるが、ビールは高
プリン食の代表のように扱われている。ところが、プリン体含有量の表を見ると、ビー
ルは5mg/100mlであるのに対して、牛ヒレ肉は100mg/100gも含んでおり、ビールよりずっ
と多く見える。ではなぜビールが問題なのか?私は、それは酒類が食品というより嗜好
品であるためであると考える。
焼き肉を毎日食べるわけではないが、ビールは毎晩飲む人が多い。週7日で牛肉200g
を2回食べたとしても摂取するプリン体は400mgであるが、ビール大瓶(633ml)を毎晩2
本飲むとプリン体は443mgになる。
実際に、痛風もちがビールを多飲することを科学的に示した論文としてはGibsonらの
もの(Ann Rheum Dis 1983 42(2):123-7)が有名である。英国の痛風患者の41%は一日
2.5リットル以上のビールを飲み、ビールから得られるプリン体は総プリン体摂取量の50
%を超える、というものであった。中世ヨーロッパの痛風もちが鉛入りワインの飲酒と
無関係でないように、現代の痛風もちはプリン体入りビールと無関係ではなさそうであ
る。
思いを巡らせば、生きるために他の生物を食さねばならぬ人類にとって、食は生存のた
めであり、健康増進のためであった。これに対して飲酒は個人の嗜好であり、趣が異な
る。生存条件である衣食住が消費の対象であった時代から、消費がより豊かな人生への
付加価値に向けられる時代とともに、嗜好品は増える。事実、わが国における酒類の消
費量は1970年からの30年間で約2倍に伸び、しかもその増加分のほとんどはビール消費
量によるものであった。
一方で、痛風は豊かな時代の疾患である。消費文明の興隆とともに増加し、貧困ともに
減少することは西洋史が証明している。酒類の消費はバブル崩壊後はやや落ち、新たな
局面に向かいつつあるが、発泡酒の誕生による新たな市場開発が歯止めとなってきた。
そこにこの低プリン体発泡酒の登場である。2003年2月に発売されると聞くが、その影
響に対して興味津々である。
かく言う私も、自分の人格の何割かはアルコールの力を得て形成されたと考えている人
種であって、飲酒は決してきらいではない。早速、いただいた見本品を試飲してみた
が、まさしく発泡酒であった。十分に堪能できた。「1杯目はうまいビールでない
と・・」とおっしゃる痛風もちのご仁には2杯目から飲むことをお勧めしたい。
ただし、飲酒の尿酸値への影響は、プリン体負荷だけでなく、アルコール自体による尿
酸値上昇作用も大きい。したがって、低プリン体発泡酒であればいくら飲んでも良い、
などの発言がのんべえの勝手なこじつけであるという真理には残念ながら変わりはな
い。
[2002年12月26日 23時24分45秒]