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いわなの詩 目次

日々
メルヘン
カレンダー
異国
シスター・メリー
Nya the Cat
サボテン
さよなら
小学校
パイプオルガン
落ち葉
スープ
ルート・ビア
お前はひたるな
夕焼け

アオスジアゲハ
水餃子



日々

いつも電話の音が気になっていた
鳴るたびにドキリとした

鳴らなくても
電話の側から動けなくて

何もせずに
うずくまっていた

思い出すとつらくなる

そうやって
老いていく日もあった
と思うと



メルヘン

人を見る時
その人の肩書きや職業、
年齢、性別、出身などではなく
その人が人として
どんな人であるかだけで
判断できる力を持ちたい。

そうすれば
日本人だから仲良くできる
ということもなく
外国人だから仲良くできない
ということもないだろう。

それは単なる理想であり
ひとつのメルヘンだと
言う人もあるかもしれないが
私はずっとそのひとつのメルヘンを
追いかけていきたい。



カレンダー

    T
忘れてしまいたいのに
忘れてしまえないほど
悲しいできごとがあった時は
カレンダーをめくらないで下さい

カレンダーをめくらないでおくと
カレンダーは そっと
数字を隠します

白紙のページは 忘れるための月

白いページは増えていきます

あなたの悲しみが
せみの抜け殻のように
からからに乾くまで

    U
カレンダーの中では
奇妙な逆転が起きます

悲しい思い出は
色のきれいな貝殻になるし
楽しい思い出は
きめの粗い貝殻になります

潮の満ち干きは逆になるし
上弦の月と 下弦の月の
順番も変わります

だから驚かないで下さい
全てはカレンダーのせいなのですから

そして
あなたの悲しみが
遠くから聞こえるバイオリンのように
澄んだ音色だけになる頃

カレンダーは そっと
もとの数字にもどっています



異国

この国で この場所で暮らして
ちがう ちがう ちがう ちがう
と叫びたい衝動にかられる時

わたしのアイデンティティは
いきいきと作動し始める

いるかのように
激しく水面に 浮上する

ちがう ちがう ちがう ちがう

ちがう国で ちがう場所で暮らしても
なじめない

どこにいても
なじめないのが わたし

わたしの前に 広がる海

黒々とした海の上を
ひれを光らせて
いるかが 飛ぶ

いるかのように 泳ぐ
いるかのように 走る
いるかのように 跳ねる
いるかのように 水をはじく

ちがう ちがう ちがう ちがう

どこまでも異国の海を
力をこめて たたく



シスター・メリー

50年間の日本での暮らしを終えて
シスター・メリーはアメリカに帰国した

シスターという呼称にもかかわらず
外見から 判断して
勝手にシスターは男性だと
思い込んでいた

日本で暮らしているのに
シスター・メリーは日本語を使わなかった
いつも英語で授業していた

教室でのシスター・メリーは
容赦なかった
ほんの少しの言いよどみも
ささいな発音ミスも
見逃さず
及第点はもらえなかかった

シスター・メリーの口癖は
「ネクスト!(次の人!)」


「ネクスト!」と言われる度
生徒たちは 震え上がった

シスター・メリーの厳格な物差しに
日本はどう 測られただろう
シスター・メリーは
日本と日本人を 愛せただろうか
イエス・キリストの説く愛のように

廊下ですれ違うシスター・メリーは
微笑んで目礼をする 礼儀正しい人だった

シスター・メリーの
眼鏡の奥の眼はやさしい
生徒たちは そう
思いたがっていた

シスター・メリーの
伝説ができあがった

伝説は守られ 語り継がれた
50年間ずっと

グッバイ、シスター・メリー
私たちのshe、her、her は
永遠にこだまする



Nya the Cat

Nya is a good cat.
His eyes sparke as blue as a sapphire.
His ears point out as sharp as a triangle.
His whiskers stretch spearlike, straight as an arrow, slightly smelling like catfood.

His fur is as soft as a feather futon, sweet as a spring flower,
Shining like a silver stream, basking warm in the sunlight shower.
The pattern on his back is a striking stripe, colored by brilliant brown
to the tip of the long tail.

Most of the daytime, he is in a sound sleep.
His tail swings in a slow and subtle rhythm.
Nya wouldn't wake up,
However loud I call his name.

Nya is a quick-learning smart cat.
How to use a little box, how to say hello to the dog next door,
How to sharpen his claws, how to hide them
Swift as a lightning-speed.

In the middle of the night, out for a moonlight ramble
Through the window he opens himself, using his front paws.
How many times I tell him not to go, Nya is defiant of any laws.
He does what he wants to do. Nya is free from every frustration.

Nya is an early bird, up since predawn.
He urges me to get out of bed, meowing repeatedly so adorable.
It's time for a tummy rub.
He 's really irresistible.

にゃあは とても いい猫
お目目 キラキラ 青いろ
お耳 しゃきっと 三角
おひげ ピピンと 真っ直ぐ

背中 ふかふか 銀色
お日様当ると ぽかぽか
模様 くっきり しましま

昼は いつも お昼寝
寝ても しっぽを 振り振り
にゃあと 呼んでも 返事ない 

にゃあは とても賢い猫
トイレのしつけ 完璧
隣りの犬にも あいさつ
爪を研ぐのも 愛嬌

夜は 外へ お散歩
窓を開けて 出て行く
ダメと言っても 出て行く
にゃあは いつも 自由さ

にゃあは とても早起き
早く起きよと にゃにゃにゃにゃ
お腹なでてと 催促
にゃあは みんなの あこがれ



サボテン

わたしはサボテン
一ヵ月に一度
水浴びをすればいい

ふだんはサボテンなので
臭覚がない
自分の匂いにも気がつかない

日当たりのよい窓辺で
日がな一日 ひなたぼっこするのが
わたしの夢

臭覚が回復すると
自分の匂いに気づく

あわててお風呂に入り 
ぐったり しおれる

わたしはサボテン
お風呂に入れば 
それだけで死ぬ思い



さよなら

また明日 会えるから
今日、さよならは言わない

そう思って別れる
じゃあ、と言って別れる

明日また 会えるけど
とりあえず さよならを言う

その時の さよならは
ほのかに あまい

言わなくてもいいはずの
さよならを言ってしまう

その時のさよならは
おろかに あまい

会うのはこれで さいご
そう思うと さよならが言えない

言えなかった さよならが
耳の奥で ゆれている

さよならばかり コレクションして

ふり返らずに
人と人の間を すり抜け
すべる電車の後を追う  

さよなら さよなら

ゆれている さよならを
耳たぶに留める



小学校

廃校になった小学校が 繁華街の真ん中にある

創立百二十周年を祝って その二年後に廃校になった

人通りの多い商店街の 少し奥まったところに
そのまま

廃校になった小学校に 人が入っていく

木でできた階段の手すりを 撫でてみたり
ぎしぎし鳴る廊下を 歩いてみたり
水の入っていない プ−ルを
教室から ながめたりする

ソフトクリ−ムをなめている 若者も
仕事の途中らしい サラリ−マンも
所在無げな お年寄りも
みな 小学校に足を向ける

ひとまわりして
ひと風呂浴びたような
さっぱりした顔になって
門から出てくる



パイプオルガン

秋が深まってくると
落ち葉の数が増える
落ち葉をよけては歩けないほど
歩く道が落ち葉に染まる

落ち葉に埋もれた
石畳の上を歩く

かすかに聞こえる
パイプオルガンの音の
する方へ する方へと
木立の中を進む

小さな教会が現れ
教会の中から出てきた人が
「入れ」という仕種をする

誘われるままに教会に入り
パイプオルガンの演奏を聞く
弾いているのは 女子学生のよう

軽く会釈を交わした後は
また一心に演奏にもどる

終わりのないような
長い曲が続く

太陽の光に透かされた
それぞれの落ち葉も
パイプオルガンを聞いている

壁には
すでに眠りに落ちたような
おだやかな
羊の群れ



落ち葉


落ち葉の積もった階段を掃除する

掃いた後から 落ち葉が降ってくる

階段を掃き終えて 部屋で休んでいると
ドアをコンコンと 誰かノックする

ドアを開けたら
落ち葉が 一枚

 こんにちは
と落ち葉が言う

上の階に住んでいた女の子が
うっかり落として
そのまま ひと夏
わたしの枝で ひっかかっていた
片方だけの靴下

赤 黄 茶色
色とりどりの落ち葉を集めて
テトラポットのような防壁を築いて
中に籠もるのが好きな女の子でした

この靴下をあずかってくれますか

そう言って
茶色く変色した背中から
靴下を取り出す

あずかります
と約束する

あの女の子
素足で歩くのが好きだった

覚えています

階段を掃いてから
急に 気温が二度 下がった



 ス−プ

スプ−ンを差し入れる

煮込んだ野菜のかけらが
お皿の底から 浮上する

ミンチボ−ルの島のまわりに
幾重もの 円を描く

溶けたトマトに付着するのは
過去から はがれ落ちた
未来の夜景

ぼんやりとした輪郭のまま
浮遊する

スプ−ンですくう

デフォルメされた
未来はみな 愉快に見える

不透明な 湯気から
たちのぼる 詳細

明日は どこまでも 甘い

あついス−プが入っていく



 ル−ト・ビア

沖縄出身の歌手 南沙織の
大ファンだという友人がいる

 南沙織の歌は 他の歌手の歌とはちがう
 南沙織の歌詞の中では 主語はいつも「私」
 それが 子どもの時から
 ずっと 気になっていた

南沙織は「私のこと」しか歌わない
 「私はこう思う」「私はこうしたい」
 「私はこうする」「私はこうして欲しい」
 わがままで 自分勝手で
 決して友達には なれないだろうけど
 気になって 気になって
 歌を聞くたびに 心が騒いだ
 聞かずには いられなかった

彼女の夢は 沖縄に行って
南沙織の好物という
ル−トビアを飲むことだった

そこで ルートビアを飲むために
彼女と一緒に 沖縄に行った

はじめて飲んだル−トビアは
気の抜けたビ−ルの味

彼女は飲んだ

 南沙織と 私とは ちがう
 私は 南沙織には なれない
 それは当たり前のことで
 これが私の出発点
 でもいつも ここにもどるの

自分のことしか考えていないはずの南沙織は
とっくに引退し 結婚し 出産し テレビにも復帰
親思いであるはずの彼女は
結婚できるかどうかもわからない
(どうしたいの?)
 とりあえず このまま
 しばらく このまま

自己批判も 自己反省も お説教もなしね

暗黙の了解ができたところで
あとは静かに ソ−キソバを食べる



お前はひたるな

お前はひたるな
作り物のまやかしのラブソングに

お前はひたるな
花鳥風月のワンパターンなテーマに

お前はひたるな
定型のリズムの空虚な心地よさに

ことばは じわじわと
少し あとから
お前についてくる

お前は
お前自身の中から湧いた
お前自身のことを歌え



夕焼け

りっぱな ことばも
くだらない ことばも
同じくらいに
無意味な時

ことばでは 解決できない
ことば以上のものと
格闘する時

ことばに頼るのをやめ
夕焼けを見に行こう

茜色にそまった 西の空の方角へ
黙々とまっすぐ 進んで行こう

夕焼けは ことばを持たない
夕焼けは ことばで埋めてくれない

でも あなたは
夕焼けの色に溶け込む

そこから ゆっくりと
あなた自身が回復する





恋のエネルギーほど
こわいものはない

くつろいでいる こたつの中
もじもじと 告白したいそぶりのミサちゃん

いやな予感 的中

 今
 恋をしてるの

おお

ミサちゃんのエネルギー
ハート型に盛り上がって
グリコのポッキー 何百本分

泣いてんの ミサちゃん

ミサちゃんの目から こぼれ落ちる
歓喜の液体

色とりどりの幻影となって
みるみる ふくらむ

 きゃああっ 言っちゃった

ミサちゃん
走る 走る

何百個もの風船
灰色のカーテンにからみつく
くもの巣状態

膨張し 暴走する
妄想の 真空パック
飛んでいるには 
あでやかな アゲハチョウか
過剰なる 自意識か

御しがたきもの
汝の名は 恋



アオスジアゲハ

アオスジアゲハが舞っている

青い筋を光らせて
乾いたアスファルトの上

トタン屋根には まだら模様
路地裏には 逃げ道

おいでおいで アオスジアゲハ
息をひそめて 近づいていく

舞い上がる アオスジアゲハ
小刻みに震え 激しく羽ばたく 

アスファルトは 洗われたよう
雨でもないのに 

青い筋を くねくねさせて
アオスジアゲハは遠ざかっていく

塀にはおびただしい数のオミナエシ
いっせいに吐息をもらす



水餃子

スイギョウザは
水面から つるっと現れて
えさを飲み込んで 沈んでいく 
ヒレまで透明な サメ

泡だったお湯の中を
つるっと泳いでいく

スイギョウザは 腰が強くて
やわらかめ
重たいまぶたをした サメの匂いがする