愛知県

 ≪名古屋市北部≫

     北区、守山区

 ≪名古屋市
住所  神社 祭礼日 内容 備考

 ≪北区≫
清水2−15−20 八王子神社 6/15 山車廃絶  
石橋車=戦災で社殿と共に焼失。

牛頭天王車=杉出町が天保7年(1836)制作するが、慶応元年(1865)に26円50銭で中川区牛立に売却。
上飯田南町3−97−2 上飯田六所神社 10/17 例祭
下飯田町1−1 六所社 7月 例祭
如意2−1 大井神社 10/連休 神楽
辻町5−26 羊神社
会所町2 大我麻神社
中味鋺1−203 西八龍社
福徳町3−8 八龍社
安井1−7−33 白龍神社
安井4−14−14 別小江神社公式HPへ 10/1土曜 神輿
中杉町1−18 杉ノ宮神社
中切町2−21 中切神明社
中切町4−26 天神社
志賀町1−65 児子八幡社
柳原2−3−19 深島神社
山田町3−25 山田天満宮公式HPへ 10/24、25 例祭
金城町4−13−16 多奈波太神社 7/7 七夕祭 式内社
金城町4−27 六所神社 10/連休 神楽 文久年間
楠味鋺2−736 味鋺神社 10/連休 神輿
楠町喜惣治新田官有堤防 神明社
元志賀町2−53−1 綿神社 10/連休 例祭 式内社、郷社

 ≪守山区≫
大森2−1721 八剱神社 8/1日曜 山車1台 大森天王車
棒の手
大森天王車=明治中期に東之切(東区古出来町)より購入。平成9年、屋根新調。前山人形は「三番叟」。
大森の棒の手=検藤流で、本田遊無が、岩崎城主丹羽勘助氏次の領内にその技を伝えたのが始まりという。その後永禄11年(1568)柴田勝家の家臣、毛受勝助(庄助)家照に伝承され、家照は仏道の精神を生かし、守りから入る独特の型を編み出し現在の“検藤流”を確立したといわれている。
市場16−35 白山神社 旧・郷社
幸心1−901−1 間黒神社
上志段味中屋敷1463 勝手社
中志段味宮前1174 諏訪神社
下志段味石米1247 八幡神社
小幡中1−13−8 白山神社 10/17 例祭
小幡中1−13−44 生玉稲荷神社 2/11 神輿3基
昭和54年2月11日 「第1回 厄除祭と左義長」が斎行され、以後毎年 2月11日(祝)を恒例日として催される。
厄除祈願祭を始め、厄男による3基の神輿渡御、餅投げ などが行われる。
瀬古東1 高牟神社
廿軒家14−55 廿軒家神明社公式HPへ 10/中旬 子供獅子18町 子供神輿
氏子18町は廿軒家[第1-南、第1-北・第2・第3・第4]、町南(有志)、長栄[第1・第2・第3・第4・第5]、八反[西・東-第1・東-第2]、長栄住宅、更屋敷[第1・第2]、小六[第1-東・第1-西]
森孝3−203 八剱神社 餅まき
川村町281 川島神社 10/15頃の日曜 神楽 弘化3年(1846)製作。
棒の手 旧・式内社
川村の棒の手は源氏天流と検藤流がある。三河吉良家に伝わる流れといわれ、享保8年(1723)、守山区瀬古の永田幸左衛門良輝、中村藤蔵義貞に伝え、更に享和元年(1801)に川村の谷口周八豊春に伝授された。
西城2−10−189 白山神社
大永寺町237 熊野神社
金屋1−26−18 神明社
 【大森郷祭り】
市指定無形民俗文化財。江戸期は5/18、明治期は旧・9/18とされていて昭和34年までは豊作の年を選び10年に一度の大祭として実施されてきた。現在は5年に1度で10/18頃の日曜である。
往古は「大森合宿」と呼ばれ、大森が近在10ヶ村を召集し5000人と言われた行列で龍泉寺へ豊作祈願の奉納をしたのが始まり。
近隣では吉根・志段味・水野(現・瀬戸市)など14ヶ村から成る吉根合宿。庄内川対岸の篠木地区(現・春日井市)の篠木合宿もあったが廃れている。
村印の幟旗、馬簾を先頭に鉄砲隊、棒の手隊などが加わり「エイサ ホイサ」の掛声で旧・大森村(西島・中島・東島・新田島・向島)、を巡り途中公園や矢田川河川敷などで鉄砲隊の実演を行い天子田地区で折り返し午後に八剱神社に到着。神社前の路上では、70人の鉄砲隊が二隊に分かれて、一斉に火縄銃の空砲を放つ行事もあり、その後に神事が行われる。