愛知県

     ≪知多≫
   東海市、知多市、大府市、知多郡〔東浦町〕

住所  神社 祭礼日 内容 備考

 ≪東海市≫
 ■横須賀地区
   ⇒横須賀、高横須賀、養父、加木屋、大田
横須賀町二の割113 愛宕神社 9/4土日 神輿
名古屋型山車5台 本町組、北町組、八公組、円通組、大門組
神輿=神輿蔵は北町山車蔵に併設。平成10年代より神幸祭に出さなくなり、飾付けのみ。
本町組⇒山車蔵は高横須賀町狐塚15−7。
=弘化2年(1845)制作。長さ5.7m。幅2.5m。高さ6.8m。
前山人形は「采振り」。上山人形は「瓶割り・離れからくり」。
水引幕は鴬地に金糸で「松と9羽の鶴と4羽のこうのとり」の刺繍。
大幕は猩々緋。
北町組⇒山車蔵は横須賀町四ノ割86−2。
文化11年(1814)8月制作。名古屋より購入したらしい。長さ5.65m。幅2.5m。高さ6.75m。
大工は安藤佐八、民次。木挽村瀬佐吉の墨書きあり。
からくりは5代目玉屋庄兵衛の作?。前山人形は「采振り」。上山人形は「唐子逆立ち遊び」。7代目玉屋庄兵衛が修復。
水引幕は赤地に金糸で龍虎、鳳凰、亀、鳳凰、麒麟の刺繍。
大幕は猩々緋で、正面に「北町」の黒糸縫い。
八公組⇒山車蔵は横須賀町三ノ割戌29。
文化2年(1805)制作。名古屋より購入したらしい。現在は公通組において圓通組山車と隔年ごとに祭礼に運行している。長さ5.45m。幅2.5m。高さ6.15m。
前山人形は昭和60年に「采振り」に改造、以前は「官員さん」。
上山人形は「宙返り太鼓打ち唐子」。
水引幕は「金糸の縫いつぶしに吉祥模様の西陣織」。
大幕は猩々緋。前面に「八公」の文字が縫いつけられ、吉祥模様が散在。
圓通組⇒山車蔵は横須賀町三ノ割70−2。
文政2年(1819)制作。長さ5.5m。幅2.55m。高さ6.45m。
数軒の蔵元が大勢の奉公人の娯楽のために熱田区からか?購入するが、維持管理出来ないので、大正13年に町内に移管。
上山人形は「矢を射る唐子」。平成12年、9代目玉屋庄兵衛により復元改修。約80年ぶりにからくりをした。
水引幕は「紫紺地に千鳥の乱舞」。
大幕は赤・羅紗地。
大門組⇒山車蔵は横須賀町二ノ割83−1。
=寛政年間(1789〜1801)制作。これは欄干下の彫刻に彫師の名があることより推測。
彫師は瀬川佐助藤原重貞。長さ5.2m。幅2.35m。高さ6.05m。
上山人形は「三番叟が社に変身」。
水引幕は「濃紺地、無数の鳳凰」。以前のは薄茶に金糸で斜格子の升目模様。
大幕は猩々緋で、正面に「大門」の文字が縫いつけられている。
高横須賀町北屋敷町59 諏訪神社 山車4台廃絶 明治41年に当時の祭礼役員が金が掛かると廃止となる。 
今川組=小型の山車で明治42年に知多市小根に山車蔵込みで50円で売却。

南脇組=明治42年、常滑市北条に山車蔵込みで50円で売却。

西脇組=障子張りだったらしい。明治42年解体され木材として競売される。

東脇組=御簾張りの山車だったらしい。明治42年解体され木材として競売される。
養父町宮山19 熱田神社
加木屋町宮ノ脇37 熊野神社 4/3土日 子供神輿奉納
山車3台廃絶
北組(常磐車)、中組(慶応車)、南組(本若車)の三台の山車が慶応2年(1866)に創建された。明治3年に、山車曳行の途中で、坂道にさしかかったところ、山車が突然逆行し道端で見物していた人の波に突っ込んで負傷者が多数出るという惨事となった。このために、二度と事故を起こさないために三台の山車とも解体処分されたという。
加木屋町柿畑66 熊野神社 4/3土日 神輿 本郷熊野神社(加治木町仲新田)を往復
大田町上浜田138 大宮神社 10/1土日 知多型外輪山車4台 黒口組、市場組、里組、荒古組
 大田まつりは、かつて大宮神社の祭礼に奉納されていた傘鉾がはじまり。
天明2年(1782)にまず荒古組が山車を造り、次いで里、市場、黒口の各組がこれにならって作ったと云われている。
山車は、祭礼の日に、緩急おりまぜた囃子を演奏しながら大宮神社に参集して、からくり人形の芸を奉納し、「どんでん」をした後、各組内に奉祀されている「お天王さん」を中心に曳きまわされる。
大田の山車は、知多半島に多く見られる知多型」と呼ばれるもので、知多型古式の特徴を多く残している。
黒口組⇒平成19年(2007)8/4、新・山車蔵完成。同時に旧・山車昇魂式。
=知多型。文政10年(1827)改造という記録あり。平成9年(1997)より平成の大改修行われる。
山車の長さ5.14m。幅2.32m。高さ5.88m。
彫師は瀬川治助重定。脇障子は「獅子と谷落とし」。
上山人形は竹田寿三郎作「唐子の肩車人形」。
水引幕は「朱地に桐葉と鳳凰の刺繍」。
大幕は「猩々緋の羅紗」。

 寛政年間(1789〜1801)創建か。
市場組=半田型旧式。文政9年(1826)に半田の亀崎より購入。
寛政年間(1789〜1800)創建と云われる。文政11年(1828)に改造。さらに平成7年〜9年(1995〜97)にかけて平成の大改修。
山車の長さ5.19m。幅2.4m。高さ6.14m。
上山人形は「肩車唐子神楽鈴振り」。寛政4年(1792)制作。作者は不詳。
水引幕は「白地に五羽の鶴の刺繍」。
大幕は「猩々緋」。

 道具箱の蓋に寛政4年(1792)8月とある。先代の制作年か?
里組⇒平成24年3月、山車蔵建造。
=文化13年(1816)再建。平成9年(1997)より平成の大改修行われる。
山車の長さ4.65m。幅2.26m。高さ6.1m。
彫師は瀬川治助藤原重定。壇箱は「二頭の龍」。蟇股は「獅子」。脇障子は「昇龍、降龍」。懸魚は「鳳凰」。
上山人形は文化・文政年間(1804〜30)の土井新三郎の作。「文字書き唐子」。
水引幕は昭和60年、ひのき屋の作。「焦げ茶地に三頭の龍の刺繍」。
大幕は平成2年、「猩々緋」。

 寛政年間(1789〜1801)創建。
荒古組⇒平成21年2月、山車蔵建造。
=明治13年(1880)制作。山車の長さ5.21m。幅2.33m。高さ6.3m。
彫師は瀬川治助重定。勾欄下の彫刻に刻印あり。檀箱は「富士の巻狩り」、脇障子は「昇龍、降龍」、蟇股は「麒麟」、懸魚は「鳳凰」。
上山人形は宝暦〜明和年間(1751〜72)に竹田寿三郎の作。「唐子逆立ち遊び2体」。
水引幕は平成11年復元新調。龍村美術織物の作。「バラの模様」。
大幕は「猩々緋」。

 創建は天明2年(1782)と云われる。
 ■上野地区
   ⇒名和、南柴田、荒尾、富木島
名和町船津1 船津神社 9/4土日 猩々メッタ
郷まわりは塩まきを先頭に囃子、高張提灯、猩々メッタ(大人形)が廻る。
名和町新屋敷1 八幡社 10/1土日 手作り山車1台 平成12年、廃トラックベースに村の人の力で作る。
名和町寝覚43 神明社 傘車 伊勢湾台風後に休止していたが、昭和54年の秋祭りで復活。
荒尾町御幣土21 八柱神社
荒尾町山王1 神明社
荒尾町泉6 八幡社
荒尾町蜂ヶ尻67 神明社
富木島町貴船11 七社之社
富木島町八丁ヶ根18 八幡社
冨木島町南島20 八幡社 旧・姫島地区
 ≪大府市≫
北崎町1−146 山之神社 10/2日曜 知多型後楫山車1台     
山車蔵は昭和58年建造。
 寛政12年(1800)制作。格納庫の墨書き銘より。昭和40年改造。山車の長さ3、5m。幅2m。高さ4、5m。
彫師は不詳。檀箱「力神、鶏」。蹴込「竹に虎」、持送り「竹に雀」。
前山人形は無し

水引、大幕、追幕は作者、制作年不詳で共に赤・無地。
横根町惣作20 藤井神社 10/2日曜 知多型後楫山車3台 金龍車(北組とも石丸組という)、中組、南組
子供式三番叟
金龍車(北組とも石丸組という)⇒山車蔵は昭和59年建造。
=前棚には天保3年8月(1832)名古屋現福寺裏町仏壇屋伊兵衛」の銘がある。平成元年に改造。長さ3、92m。幅2、2m。高さ5、42m。
彫師は不詳。檀箱「雲龍」、蹴込「唐獅子牡丹」、脇障子は無し、持送りは「波」、蟇股「飾つか」、懸魚は「鳳凰」。
からくりは無く、代わりに山車の前の舞台で子供による
三番叟を行う。

水引・大幕・追幕は平成元年に川島織物の作、緋羅紗。
中組(中村組)⇒山車蔵は平成6年に神社南側に建造。
=昭和45年頃に改造。長さ約4m。幅約3m。高さ6。5m。
彫師は瀬川治助重光。壇箱に安政6年(1859)と銘がある。
彫師不詳で蹴込は「孔雀」、脇障子「松に鷹、猿蟹合戦」、持送り「牡丹」、蟇股「唐獅子」、懸魚「鳳凰」。
からくりは無く、代わりに山車の前の舞台で子供による三番叟を行う。
水引は「龍」。
大幕は昭和45年頃、「羅紗地 緋色」。
南組(寺田組)⇒山車蔵は平成3年建造。
=山車部品に享保19年(1734)正月11日より大工植えの銘がある。高さ6.2m。
彫師は?。檀箱「翁と媼」、太平鰭「鳳凰」、持送り「波」、蟇股「龍」。
からくりは無く、代わりに山車の前の舞台で子供による三番叟を行う。
水引は「唐獅子に牡丹」。大幕は「赤羅紗地」。
追分町4−104 藤井神社 10/2日曜 山車1台
山車=平成3年制作。大工は大府市の早川勇男。制作費は2000万円と聞く。
追分町6 山祗社 10/2日曜
朝日町4−26 熱田神社 10/3日曜 山車3台廃絶 北島、南島、江端
北島=若衆仲間で喧嘩となったので、山車は東浦町緒川村に売却。その後に小型の山車が造られたが、それも昭和四十年頃より出なくなった。

南島=山車があったらしい。

江端=昭和初期に緒川に山車を売却したと云われる。
森岡町1丁目 八幡社 10/2日曜 子供山車  
昭和46年(1971)制作。以前は大正期に山車が出来たが廃絶したと云われている。
若草町3−59 山祗社 9/3日曜 例祭
月見町5丁目248 八幡社 10/2日曜 例祭
大東町4−106 神明社 10/1日曜 例祭
神田町6−112 神明社 10/2日曜 例祭
共和町2−11−1 神明社 10/2日曜 例祭
共栄町4丁目 神明社 10/2日曜 子供神輿
共和町子安90 子安神社 10/2日曜 例祭
長草町本郷14 長草天神社 2/25直近の日曜 どぶろくまつり
東新町5−216 山祗社 10/2日曜 例祭
宮内町4−235 熊野神社 4/1日曜 例祭
米田町3−380 神明社 10/1日曜 神輿 神楽舞
吉田町2−45 七社神社 4/1日曜 マントウ馬まつり

 ≪知多市≫
岡田字中谷35 岡田神明社 4/3土日(元・16) 知多型外輪山車3台 日車(里組)、雨車(中組)、風車(奥組)
日車(里組)=4代目。制作は嘉永5年(1852)とも文久3年(1863)とも云われる。大工は藤田佐右門、藤原雅房。全長5、82m。台輪長3、79m。幅2、6m。高さ5、8m。
彫物は文久3年で彫師は瀬川治助重光。檀箱「虎に龍」、蹴込「黄石公が張良に兵書を授ける」、持送り「龍」、太平鰭「狛犬」。
前山人形は
「三番叟(男)、巫女踊り、いっこんしゃ」。上山人形は「悪源太兵冶合戦」。

水引は平成14年、「龍・虎・鳳凰の刺繍」。
大幕は「羅紗地 緋色」。下幕「赤地絹地に牡丹透かし模様入り」。追幕「緋色羅紗地に牛若丸と天狗の刺繍」。

 創建は元禄2年(1689)。正徳4年(1714)。延享2年(1745)も作られる。
雨車(中組)=制作は文久元年(1861)とも文化11年(1814)とも云われる。全長5、82m。台輪長さ4、15m。幅2、61m。高さ6、75m。
彫物は文化11年に瀬川治助等の瀬川一門。檀箱「鬼、狛犬、菊花、波濤」。
塗師は文化11年に大野弥兵衛。
からくりは上山が「綾渡り」。前棚人形が「三番叟、弥津志、おやま」。
水引幕は「茄子紺地に火炎龍の刺繍」。大幕は「羅紗地 緋色」。下幕「木綿綾織 茄子紺と白地 縦幅25cmの縞模様」。
風車(奥組)=制作は文久元年(1861)とも天保10年(1839)とも云われる。全長5、5m。台輪長さ3、76m。幅2、47m。高さ5、55m。
彫師は福田吉佐ェ門、藤原宗雅。屋根部には鶴と松、前棚部には七福神の彫刻。
塗師は当所与三右ェ門二男与助。文久元年。
前山人形は「舌出し三番叟」、「春駒」。上山人形は「文字書き幸福人形」。
水引幕は「茄子紺朱子地に黄金龍のラメ張り」

大幕は「羅紗地 紺色」。下幕は「赤地絹地に牡丹透かし模様入り」。
北粕谷(金沢字郷中33) 八社神社 4/2土日(元・13) 知多型山車1台
花王車(北粕谷)=白木づくりの知多型。昭和2年(1927)購入。文化年間(1804〜1814)半田市亀崎西組建造。山車蔵には、文政6年(1826)・文政8年(1828)西組」と墨書された箱が今も保存されている。
 元・半田市亀崎西組建造⇒半田市板山(大湯組)=弘化5年(1848)購入。⇒当地区へ。山車の長さ6.1m?。幅1.86m。高さ6.1m。

平成25年(2015)、56年ぶりに町内曳行復活。それ以前に平成10年に境内での曳行復活。
彫師は6代目早瀬長兵衛吉政。四本柱は「巻龍」。壇箱は「近江八景」。
南粕谷字森西94 貴船神社 4/2土日 例祭
森里(日長字森下4) 日長神社 4/2土日 山車廃絶 戦前に廃絶
中小根(八幡字小根14) 神明社 旧・6/16 山車2台廃絶 浜小根、中小根
松原(新舞子字北屋敷7) 白山神社 7/4土曜 名古屋型山車1台 飾付け
重箱車とも花車とも呼ばれる。台輪に弘化4丁(1847) 6月上旬造立。藤原工師鍛冶屋村中井助重棟梁造之者也」と墨書きあり。
大興寺字落田57 八幡社 4/15 知多型山車1台 休止中
昭和初期に岡崎より購入と云われている。昭和34年頃まで曳かれた。
寺本 中嶋八幡宮 10/中旬  山車3台(廃絶) 祭礼絵図に3台の名古屋型山車が描かれている。
デコトラ山車13台
上平井・荒井・荒古・杉山・寺本新町・寺本台・中小根・中島 西平井・狭間・浜小根・堀之内・八幡新町の 13字があり、各字(町内)おもいおもいにデコトラを出す。
大草字東屋敷37 天王社   山車廃絶     
八幡字中島97 天白社
八幡字荒古後87 八幡神社
八幡字堀之内78 津島神社
八幡新町3丁目5−14 神功皇后社
佐布里字井洞脇前51 多度神社
佐布里字森下41 諏訪神社
原1丁目2−18 神明社
新知字東屋敷2 牟山神社 10/1日曜 梯子獅子 慶長年間から奉納と伝わる
新知字椿1 神明社
 ※獅子館は寺本、中島、中小根、西平井、杉山にある。

 ≪知多郡≫
  東浦町
藤江字須賀66 藤江神社 10/2日曜 だんつく獅子舞 町指定無形民俗文化財
だんつく獅子舞は大府市の藤井神社より寛文6年(1668)に受継いだとされる。享保7年(1722)の修理銘の獅子面あり。
6頭の子獅子と牡獅子、 牝獅子が登場することから「八ツ頭の舞い」とも呼ばれている。
緒川字屋敷一区46 入海神社 10/2土日 車輪付き獅子館3台 神市場、下切、新町
駆け馬行事
神市場詳細不祥。

下切=内部に文政10年(1827)作で、当時の大府村北島の若連の連名が記されている。

新町=
詳細不祥。
生路字森腰76 伊久智神社 9/3土日 獅子館2台 チャラポコ屋台2台
駆け馬行事
獅子館とチャラポコ屋台が並んで曳かれる。太鼓を地面に立てて叩く。
森岡字天王西27 村木神社 9/4土日 車輪付き獅子館2台 村木(朱雀)、八剣(青龍)
駆け馬行事
森岡字取手30 八劔社 9/下旬 駆け馬行事
石浜字下庚申坊8 稲荷神社 10/4土日 獅子館2台 チャラポコ屋台2台
駆け馬行事
土曜はチャラポコ屋台、日曜は獅子館が出る。叩き方が三河のチャラポコ風。
 【おまんと(駆け馬)】
町内各地区の祭礼で行われる。鈴を背に付け舘のあとにしたがって氏神の境内に入り、順次、駆け馬柵に入れて、若衆が「ハイヨー」の掛け声とともに馬にとまって駆ける。