青 森 県

≪下北地方≫

むつ市、下北郡(大間町、風間浦村、佐井村、東通村)

住所 神社 祭礼日 内容 備考
 ≪むつ市≫
  平成17年(2005)3/14、むつ市+下北郡大畑町、川内町、脇野沢町が合併。
 ◎旧・むつ市
田名部町 田名部神社 8/18〜20 神輿 あり
山車5台 稲荷山、猩々山、大黒山、蛭子山、香爐峰
稲荷山(横迎町)=豪川組。昭和52年(1977)制作。大工は渡辺善冶。長さ4、56m。幅2、82m。高さ5、48m。
御神体は稲荷様と白狐一対。
見送りは黄鶴に乗った仙人の図。昭和30年制作。以前のは箱書きより嘉永4年作と書かれている。
 先々代は明治40年 4/19の火事で焼失。
 先代の山車は明治40年制作。

猩々山(小川町)
=義勇組。昭和58年(1983)制作。御神体は猩々。
見送りは鳳凰が仙人を乗せて飛ぶ図。

大黒山(柳町)
=共進組。御神体は大黒天。
見送りは義光が秘曲を授ける図。

蛭子山(本町)
=明盛組。御神体は蛭子様。
見送りは大亀が仙人を乗せて泳ぐ図。

香爐峰(新町)=新盛組。平成14年(2002)7/14、曳き初め。御神体は清少納言。
見送りは人が鯉に乗っている図。前のは渡辺別当宅に保管。中国製。
 【田名部子供ネブタ】
子供のためのネブタ祭りで8/1金土日に町内会や子供会で作成された小型ネブタ(人形、扇、金魚ねぶたなど)約50台が運行される。なお田名部地区は古くから子供だけで金魚ネブタや扇ネブタをつくる風習があった。
白百合保育園は7/1土曜、並木・緑保育園は7/2土曜にすることが多い
大湊上町28−1 兵主神社 9/1土日 神輿 あり
船山車4台 大神丸、稲荷丸、弁天丸、八幡丸
以前は例祭日は旧暦8/7であった。その後9/6、7となる。平成4年(1992)、下町の青年団「一心組」の解散により山車の運行が出来なくなり下町のみ9/1土日に行ったのが契機となり、翌平成5年から全てこの日程に変更した。
大神丸(大湊上町)=明治7年(1874)制作。かつては二階建て。
人形は先頭に矢矧川の出会い(蜂須賀小六と日吉丸)。上に恵比寿様。
車輪は 平成6年よりタイヤへ。

稲荷丸(大湊下町)=制作年は不詳だが、帆が嘉永4年(1851)に新調されているので、これ以前と分かる。人形は和藤内。
車輪は 平成6年以前にタイヤへ。
 以前は船山車で無く、屋台型の山車があったと伝わる。

弁天丸(川守町)=昭和24年(1949)にみんなで制作。


八幡丸(宇太町)
=平成5年頃に購入。
 【大湊ネブタまつり】
8/1金土日に大湊ネブタ合同運行委員会主催で人形型約15台が出る。
金曜:出陣式(18:00〜)大平岸壁[(むつ市克雪ドーム前]
■土曜:合同運行(18:00〜)丹内土木椛O 出発
■日曜ネブタ審査発表・場内展示・輪踊り(16:30〜18:20)むつ運動公園
      むつ運動公園 出発(18:30〜)
 【町内会】
2012年参加⇒城ヶ崎町、川守町、大湊浜町、旭町、桜木町、宇田町、大湊上町、大湊新町、大平町、山田町
文京町町内会=2006年は参加。
 【各種団体】
2012年参加⇒海上自衛隊ネブタ祭り実行委員会、むつ市職員互助会
かつて参加⇒日本原子力研究所ネブタ実行委員会。
 ■平成24年[2012]の演題
旭町町内会=鐘巻き。
山田町町内会=東方の守護神 持国天。
大平町町内会=武田信玄。
むつ市職員互助会=洪進と魔王。
大湊新町町内会=船弁慶。
大湊浜町町内会=赤倉山の鬼神。
大湊上町町内会=三貴子。
川守町町内会=金剛力士。
宇田町町内会=閻魔大王 裁きを下す。
海上自衛隊ネブタ祭り実行委員会=清盛 福原の怪。
桜木町町内会=空海。
城ヶ沢倭武多実行委員会=不動と龍。

金谷沢子供ねぶたは8/14。

赤川地区ねぶた
は8/2〜4


北・南関根地区合同こどもねぶたは8/13。
 ◎旧・大畑町
大畑町(南町) 大畑八幡宮 9/14〜16 神輿
山車5台 八幡山(本町)、鞍馬山(東町)、大新町(放生会)、中島山(中島)、豊栄会(湯坂下)
舟山2台 天女丸(上野)、明神丸(湊)
神楽 関根橋神楽
神輿=宝暦4年(1754)制作。
八幡山(本町)=平成11年(1999)制作。大工は本町の道地則之。
人形は「雁の列を眺めている八幡太郎義家」。
見送り幕は尾形光琳下絵。京都・松尾清右衛門の作。「琴高仙人乗鯉の図」。
見送り額は「清和源氏所録の武者絵」。
 享保3年(1718)より出す。これは神輿渡御が始まった年。初めは宝珠、倉鍵、巻物、小槌、珊瑚樹などをつるした傘鉢の山車であったが、明治になってから現在の屋台飾りとなる。
 先代は昭和37年9月制作。
鞍馬山(東町)=昭和61年(1986)制作。設計は馬場辰吉。大工は本町の道地則之。
人形は「牛若丸 鞍馬山での修行」。
見送り幕も新調時に作る。飛騨高山より購入。
見送り額は「牛若丸 鞍馬山での修行」。
 享保6年(1721)より出す。八幡山に遅れること3年後である。
放生会(大新町)=大新町とは新町と湯坂下、中島の3町の総称であり、湯坂下、中島が分かれた後も大新町の名称を残している。
昭和62年(1987)制作。設計は馬場辰吉。大工は本町の道地則之。
人形は「頼朝 放生会」。
見送り幕は「浦島太郎」。
見送り額は源氏関連を年毎に出す。
 享保6年(1721)、大名の儀杖行列を出したが、寛保元年(1741)の火事で儀杖の装束一切を焼失したので、寛保3年(1743)より屋台飾りに変更。
 先代は昭和17年新調。
中島山(中島)⇒昭和28年例大祭後、大新町「放生會」から独立。
=平成4年(1992)制作。
大工は本町の道地則之。人形は「武田信玄」。制作は八戸市の類家山車組。
見送り幕は「風林火山」。
見送り額は「疾如風徐如林侵椋如火不動如山」。
 昭和29年に大新町の放生会に樽神輿で参加したのが始まり。
 昭和31年に祭り運行の露払いとして認められる。
 昭和39年に西方卯之吉氏が山車を寄進されて、人形は八戸市類家町から借りて祭りに参加するようになった。
 昭和50年は大湊から船山(現・天女丸)を借りて運行。
豊栄会(湯坂下) ⇒昭和33年祭礼後、大新町(放生會)より独立。
=平成11年(1999)新調。
人形は「朝日将軍 木曽義仲」。
見送り幕は「富士山に大黒様」。
見送り額は「袴垂保輔・鬼童丸の術較べ」。
 昭和34年〜61年までは八戸市下大工町の祭り組から「稲荷丸」などの山車を持ってきて八戸の囃子を用いていた。

 先代は昭和63年(1988)に新町の旧・山車を譲り受け囃子を大畑のものに変える。
天女丸(上野)=大工は烏沢の大工の吉井氏。昭和51年大湊の畑中旅館の所有する船山「天女丸」を譲りうけ「上野天女丸」として祭礼に参加。
人形は七面大明神。
見送り幕・見送り額は「しょうき様」。
 祭りの始まりは昭和50年正津川祭典の山車を借りて始まる。
明神丸(湊)=平成元年(1989)8月制作。久本武雄が棟梁になり山田正博が制作にあたった。
屋台飾りは槍、鉾、長刀などの武具、帆柱、纏、紅白の吹流しなど。
見送り幕は無く、槍や鉾、薙刀などの武具を飾る。
見送り額は「張子の虎」。
 享保6年(1721)より出す。
 先代は昭和9年8月に制作。現・正津川下か?
南町享保6年(1721)より山神台を出したが延享3年(1746)に山神台を廃して神輿を担ぐようになった。
関根橋神楽=「風土年表」の文化14年(1817)大畑八幡宮大祭の記述に、小目名神楽と共に参加したとある。
大畑町湊村158 春日神社
神輿=文化6年(1809)江戸で買い求め船で運んできた。その神輿は二重の玉垣がめぐらされ、仙人の彫物などもあり、豪華で華麗なものだった。そのため、文化11年、殿様にお見せするということで差し出したところ、そのまま戻ってこなかった。三戸のどこかの神社にあるという噂であったが、昭和55年(1980)、三戸の三戸大神宮(神明宮)という事が分かった。
 【大畑子供ねぶた】
8/1日曜に扇子供ねぶた14台出る。掛声はラッセラ―。
大畑町正津川字高待10−2 光主神社 7/祝日(元・15) 神輿
神楽 あり
山車2台 上、下
昭和30年代より始まる。下は湊の船山を購入と云われる。
神幸祭には神楽の先導、 神輿、 山車が町内を巡り、 また海上運行もある。
大畑町二枚橋41 西宮神社 10/18、19(固定) 山車
 ◎旧・下北郡川内町
川内町川内324  川内八幡宮 9/連休土日 神輿
山車4台 弁天山(上町)、蛭子山(中浦町)、大黒山(新町)、布袋山(浜町) 
舟山1台 松竹山(仲崎町)
神楽 谷地町
  ≪行事予定≫
 ■宵宮(土曜)
(17:15〜)八幡宮に5台の山車が集結
(18:00〜)八幡宮社殿にて宵宮神事(豊栄の舞・巫女舞奉納)
(19:00〜21:00)境内舞台芸能

 ■祭典(日曜)
(9:00〜)八幡宮に5台の山車が集結
(9:20〜)八幡宮社殿にて神幸祭(出発式)の神事
(10:30〜)神輿・神楽・山車が八幡宮を出発し、町内を練り歩く
(19:30〜)
川内町観光協会により奉納花火〔川内橋近辺〕
弁天山(上町)=若者組は共心会。
 宝暦年間(1751〜64)に火災で焼失したが、文政10年(1827)に京都から弁天像をはじめ諸道具を購入して復興した。
 見送り幕は明治29年(1896)に盛岡の古着商より購入。「牡丹に唐獅子」。復興時の見送り幕は「二見ヶ浦 日の出」。

蛭子山(中浦町=中町・浦町合同=若者組は有終会。
 元は中町の蛭子山だったが、文久年間(1861〜64)に浦町が合流した。
 蛭子像は京都の人形師野村五兵衛の作品を文政6年(1823)に当町の岡田杢右衛門が補修した。
 見送り幕は文政12年(1829)5月に京都・松屋清兵衛より購入。「司馬温公図」。

大黒山(新町)=若者組は新盛会。
 安政2年(1855)の浜町布袋山との喧嘩は有名である。
 大黒像は二体あり。古いのは江戸期の作。新しいのは明治26年(1893)購入。
 見送り幕は「養老の滝図」。明治6年、大阪・河内屋與三兵衛より購入。
 大黒天の衣装、腹掛けなどは大正9年に菊池與太郎氏の世話で京都高島屋より購入。

布袋山(浜町)=若者組は共正会。
 上町弁天山の復興以前は上町も布袋山に加入していた。
 布袋像は明和年間(1764〜72)、是休の作。京都の人形師と思われる。 
松竹山(仲崎町)=若者組は壮和会。
 松竹丸。仲崎町は船持ちや船乗りが多かったので船山を持った。

 大正期に旧家より坂上田村麿像が寄進された。
谷地町=若者組は共和会。
※正徳元年(1711)に八幡宮の御神輿に山車がお供して歩いたという記録がある。
 【川内ねぶた】
8/14、15に行われる。人形ねぶたで町内会や漁業団体・厄年の人たちの集まりなどで、その年によって参加団体が違う。
中浦町町内会などは伝統的な八角台座の立ちネブタだが、大湊から買ってくるネブタもある。掛声は無し。
八幡宮前を17時に出発する。
戸沢 8/15 神楽
田野沢275 西宮神社 8/7 神楽
桧川字川代225 桧川八幡宮 8/15 神楽
宿野部字後田21 金七五三神社 8/17 神楽
蛎崎字蛎崎90 蛎崎八幡宮 8/16 神輿
釜谷85−1(上小倉平) 猿田彦神社 神楽 獅子舞
下小倉平24 稲荷神社 10/10 神楽
銀杏木27 少彦名神社 8/7 神楽
神楽
湯野川 稲荷神社 8/15 神楽
 【川内ダム(かわうち湖)】
昭和50年(1975)着手。平成5年(1993)5月9日、竣工式。
当地は川内町の11戸は水没者のため損失補償で移転し、8戸は過疎地域集落再編事業により、残る佐井村の17戸は少数残存者損失補償で移転した。昭和56年7月15日離村式が行われ、36戸全戸は野平の地を去った。離村式に「留魂の碑」が建立された。
それによると、戦前に満州や樺太に移住した満蒙開拓青少年義勇隊5戸、元満州開拓団山形団体61戸、元樺太開拓者12戸は敗戦により昭和24年に原生林の野平入植したが、国の離農政策によりやむなく42戸が離農、残る36戸も川内ダム建設により移転せざるを得なかったという。
 ◎旧・下北郡脇野沢町
脇野沢18−1 脇野沢八幡宮 8/15〜17 神輿
神楽3台 新井田・瀬野、源藤城、片貝・滝山神楽、
人形・扇ねぶた 夏祭りの一環として行われる。掛声はラッセラ―。
山車2台 鳳凰山、蛭子山
寛政年間に神輿や神具一式が能登出身の商人からもたらされ、神輿渡御による祭礼が始められた。その後海運による経済的発展でもたらされた山車神楽などが加わり、船山、蛭子山の山車、新井田・瀬野からは道中神楽、滝山神楽、源藤城神楽。また九艘泊・寄浪からの神輿担ぎが町内を練り歩く。
神輿=寛政年間(1789〜1800)に神輿や神具一式が能登出身の商人からもたらされ、神輿渡御による祭礼が始められた。九艘泊・蛸田・寄波地区の若者が神輿を担ぎ、練り歩いている。
鳳凰山(本村=上町・浜町・湊町・渡向・弥生)
=船山車。文政年間(1816〜26)制作と云われている。
人形は文化7年(1810)に、南部藩の御用商人の佐藤六郎が松前福山港より「童子丸」をもたらした。
当初は恵比須山と船山の間で台車に乗せ、曳いて引いていた。この「菊童子」を船山に乗せるようになったのは、昭和35年以降である。

蛭子山(本村=下町・本町・谷地町・清水町・緑町)
=人形は蛭子人形。文化10年(1813)に能登出身の商人の剱地五郎右衛門が京都よりもたらした。
脇野沢字九艘泊42 市杵島神社 7/14 神輿 元・脇野沢八幡宮の神輿
神楽
九艘泊の獅子舞=発祥の年代は不祥。大正から昭和にかけて一時衰退し伝承できなくなり、終戦後に滝山から師匠を招いて滝山の獅子舞が伝授され現在に至っている。
脇野沢字黒岩259 市杵島神社 10/6 例祭
脇野沢字源藤城25 大山祇神社 6/12 例祭
小沢字小沢ノ内下林1 小沢八幡宮 8/14〜16
(元・旧暦7月)
神楽
山車1台 恵比須山
小沢の獅子舞=奉神会。獅子は2人使いであり、獅子の左右には笹振りが一人ずつ付く。

 ≪下北郡≫
 大間町
大間字大間91 大間稲荷神社 8/8〜11 神輿 寛政9年(1797)渡御始まる
山車4台、御神酒山1台 仁和賀山、大正山、弁天丸 、 稲荷丸
稲荷丸(常盤町、日和町、第二町)=御神体として恵比須様を載せている。

仁和賀山(細間道町、浜町、カツトシ町、割石)

大正山
(上町、第一根田内、第二根田内)

弁天丸(美島町、汐見町、朝日町)
8/12・15に人形、扇ねぶたが出る。よつば子供会など、子供会主体の運行。15日は子供会の町内合同運行。
奥っ戸焼畑41 春日神社 8/16〜18 山車3台 布袋山〔浜町]、春日山[向町]弁天山[上仏町]
布袋山〔浜町]=人形は布袋様。
春日山[向町]=人形は浦島太郎。
弁天山[上仏町]=人形は七福神。
 “子供ネブタ祭り
8/15に扇ねぶた4台が出る。掛声は無い
向町
=四つ葉子供会。大きい町なので2台。
上町
=竹の子子供会
浜町
=若草浜の子子供会。
 風間浦村
易国間家ノ上13 大石神社 9/17、18 神輿 あり
神楽 易国間神楽会
舟山1台 明神丸 

「ヤレヤレヤレヤレー」等と掛声をかけながら、初日は易国間地区を、2日目は大川目や新町地区を練り歩く。易国間漁港では海上安全祈願の神楽を行う。最後は大石神社鳥居前で行われる神楽演舞。

渡御列は先払い、幟、和幣、猿田彦、榊、御供神楽、弓、台傘、長刀、鉄砲、挟箱、神輿付御供幟、神馬、御幣、神鏡、白装、神輿警固、斎主、神官、神輿、宮守、高張、榊山、初穂料係、会計、祭典顧問、祭典委員長、祭典委員、祭典執行神事長、神輿神事、神楽、神楽神事、船山神事、子供会神事、祭典執行副神事長、神事手付、氏子一同、神楽警固、神楽連中、船山顧問、船山世話役、明神丸、明神丸船頭、明神丸副船頭、迫追船頭、副迫追船頭、拍子方、学校子供会警固、挺子付、祭典会計
明神丸=舟山車。三代目。慶応元年に作られた記録あり。
 【易国間のねぶた】
8/14、15に子供会主体で人形、扇ねぶた約3台出る。掛声はラッセラ―。
桑畑 桑畑八幡宮 8/14、15
(元・10/14、15)
神楽 神楽会
舟山1台 明神丸 
以前は例祭日は10/14、15であったが、昭和45年より8/14、15となる。
明神丸=船山車。昭和32年(1957)創建。平成3年大型化。平成4年に飾り物、幕新調。山車蔵新築。 
蛇浦赤平24 折戸神社 8/14〜16 神輿
山車1台 恵比須山 
子供神楽
扇ねぶた 子供たちによる
神楽渡御や子供ねぶたの運行だけでなく、漁港にステージを設け盆踊りや灯篭流し、カラオケ大会を行う。
神輿=嘉永4年(1851)京都より渡来。
恵比須山=平成2年(1990)制作。佐井で作られる。
 大正10年(1921)頃に創建。
下風呂 若宮稲荷神社 10/10、11
(元・9/10、11)
神輿
子供みこし(樽みこし) 昭和34年(1959)より始まる
舟山1台 若宮丸 
渡御列は先払い、榊、猿田彦、神楽、巫女2名、別当、大麻、御幣持ち、傘持ち、神輿、山車(若宮丸)、樽みこし
神輿=寛政6年(1794)に越中より海路運ばれ神輿の渡御始まる。
若宮丸=昭和23年制作。二代目。車輪は木にゴムタイヤをかけている。

 佐井村
佐井字八幡堂37  箭根森八幡宮公式HPへ 9/14〜16(毎年) 神輿2基 八幡宮神輿、月山宮神輿
山車4台 谷地町山、浜町山、川原町山、大佐井山
 山車は、「大山」、「仁和賀山(俄山)」の二種類。古佐井、大佐井ともにこの2台を持つ。
行列は太神楽、先導、榊・猿田彦、旗持ち、八幡宮神輿、月山宮神輿、お供、古佐井大山、大祭大山、古佐井俄山、大佐井俄山の順。
 元禄9年(1696)に始まったとされる。その年の行列は
御榊、太神楽、谷地町山、浜町船、川原町山、大佐井山、大町大名、御神輿、御神旗、御鉾、踊りの順で行列した。
長後字牛滝11 神明宮 4/16 例祭
佐井字磯谷202 八幡宮 8/15 例祭
佐井字原田18 八幡宮 8/15 例祭
 【子供ネブタ祭り】
8/13に子供会で大佐井・古佐井地区で運行する。扇ねぶた6台掛声は無い。
 【佐井の民俗芸能】
福浦の歌舞伎(福浦芸能保存会)=県指定無形民俗文化財。3月上旬(有料)、4月10日(無料)に福浦地区生活改善センターで披露。
明治23年(1890)上方歌舞伎役者中村菊五郎夫妻が一座を離れて訪れ、2年間歌舞伎を教えた。これを集落の全戸で、配役や道具方を分担し伝えてきた。演目は仮名手本忠臣蔵五段目・一ノ谷嫩軍記・義経千本桜など。舞台の上手に浄瑠璃語りの座があり、語り手は台本を見ながら拍子木で台板を叩き、調子をとって語る。続いて並ぶはやし方は三味線・大太鼓・小太鼓・笛・ガンカラ(石油 のあき缶)。役者は一ノ谷では、熊谷の黒のよろいに槍、敦盛は赤色よろい、玉織姫 の女装と長刀など、役向きのかつらに扮装し化粧をこらす。浄瑠璃に合わせ、せりふをまじえて演ずる。

 東通村
蒲野沢鹿橋道72−10 蒲野沢八幡宮 9/連休の日曜 山車1台
山車=平成18年(2008)約100年ぶりに新調し復活。蒲野沢八幡宮は、八幡様と大黒様を合祀しており、例祭の宵宮では大黒様を山車に乗せて地区を練り歩いていたが、約100年前に山車の曳行は途絶えた。平成17年(2007)、大黒様の衣装を新調したことをきっかけに、大黒様にぜひ地区を歩いてもらわなければと、新たな山車の制作と曳行が決まった。
蒲野沢石持道1 袰部神社 9/15 獅子舞
白糠5 赤池神社 6/18 例祭
砂子又字桑原山1 稲荷神社 4/17 例祭
野牛字水ノ上92 稲荷神社 10/16 例祭
猿ヶ森字家ノ上32−1 稲荷神社 9/22 例祭
小田野沢字畑浦55 鍵懸神社 10/13 例祭
田屋字ハサバ95 熊野神社 9/17 前夜祭で子供による能舞、 手踊りの奉納
大利字井戸尻19 白山神社 9/20 敬神団による能舞
蒲野沢字鹿橋道72−10 八幡宮 10/15 例祭
老部児童館は7/18。
白糠幼稚園
は園児たちが描いた扇ねぶたを運行する。7/2土曜にすることが多い。

岩屋子供育成会ねぶたは7/海の日。
 【東通の民俗芸能】
東通神楽東通村郷土芸能保存連合会)=東通村の目名、上田代、下田屋、小田野沢、老部の5集落で、神楽会、青年会、敬神会などの組織で伝承。県指定無形民俗文化財。1/1か2日曜に村体育館で披露。
 江戸初期に山伏修験者が、目名の不動院を中心に各地に伝えた伊勢大神宮系の大神楽。
正月元日(小田野沢と老部は元日から5日まで)に、集落の青年会や神楽会の若者たちが、獅子頭を納めた神楽御堂を担ぎ、各家に門打ちをする。また正月15日に各集会場等で、午後から夜まで神楽を演ずる。
 平獅子は門打ちや舞台でも最初に演じ、踊獅子は観客への見せ場で演ずる。ささら振りが誘導し、獅子振りは獅子頭をかぶり、幕のあと取りと呼吸を合わせて舞う。抜刀し八方を切って悪魔を払い、次に神力万歳・つきあげ三番叟(祝舞)になり、その間に春駒・追分などの手踊も入る。
 囃子は、笛、太鼓、手平鉦、拍子木、法螺貝などである。


東通のもちつき踊
東通村郷土芸能保存連合会)=旧暦正月15日の小正月から3日間、東通村の22集落で婦人会員による一団が各家を訪れ、その家の台所や座敷で踊る。また集落内の祝い事でも演ずる。
門付けした家の入ロの土間で、その年の豊作を予祝する田植歌を歌い、田の代かきの所作をする。終わって頼まれると台所や座敷にあがり、もちつき踊をする。  
 赤じゅばんに浅黄色のたすきをかけ、黒い帯、赤い腰巻姿の4人の踊り手が円陣をつくり、手に小さな杵を持ち、真中に置いた小さな臼の周りを、囃子に合わせ踊りながら回る。終わると別な踊り手が余興の南部追分など踊る。囃子は小太鼓、手平鉦。