千 葉 県 

     【館山市】

住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 館山地区 
   ⇒館山町、上真倉、下真倉、沼、宮城、笠名、大賀
館山252 館山神社 8/1、2(毎年) 神輿1基 上須賀
人形山車4台 上町、仲町、下町、楠見
お船『明神丸』 新井
館山神社は大正12年の関東大震災で倒壊した町内の神社を合祀して、昭和5年(1930)に新たに創建された神社。
 もとは新井と下町の鎮守であった諏訪神社と中町・上町の鎮守であった諏訪神社、上須賀の稲荷神社・八坂神社、楠見の厳島神社、御屋敷の稲荷神社として崇敬されていた。
上須賀=明治29年制作。彫師は後藤義光。平成20年修復。以前には昭和11年と52年にも修復されたと云われる。
上町=明治期制作。彫師は後藤喜三郎橘義信。人形は国常立尊(くにたちのみこと)。

仲町
明治期制作。彫師は後藤喜三郎橘義信。人形は伊邪那岐命(いざなぎのみこと)。

下町明治24年(1891)11月7日制作。彫師は後藤喜三郎橘義信。人形は伊邪那岐命(いざなみのみこと)。
上幕:「龍」。大幕:「牡丹に獅子」。泥幕:「波に千鳥」。

楠見=彫師は後藤喜三郎橘義光。人形は仁徳天皇。
明神丸(新井)=平成5年(1993)制作。大工は鈴木建設(鈴木正一)。彫物は先代のを利用。彫師は後藤義光。
 先代は江戸期の作で
地元の船大工が作る。
上真倉1819 神明神社 8/1、2 神輿(大小)
神輿は平成17年新調。彫師は初代後藤利兵衛橘義光
下真倉1(青柳) 日枝神社 8/1、2 神輿1基 彫師は初代後藤利兵衛橘義光
羯鼓舞 獅子舞のこと
沼931(柏崎) 国司神社 8/1、2 お船『国司丸』
お船『国司丸=制作年は不祥だが、文政7年(1824)6月15日絵師、勝山調「引舟の図」に描かれている。また艦板、左舷支柱との合わせの所に、文化14年(1817)の墨書きあり。彫師は後藤福太郎橘義道。
沼1160(岡方) 天満神社 8/1、2 神輿1基 昭和55年、17年ぶりに復活
大神輿=岡沼、西の浜、西原の3地区により維持。大正8年制作。平成23年、23年ぶりに修復。5月29日、神輿修復記念祭。彫師は三代目後藤義光。
宮城172 熊野神社 8/1、2 神輿1基
神輿=大正12年制作。地区の山口政右衛門家又吉の作。彫師は後藤源義定。
笠名47 神明神社 8/1、2 神輿1基 彫師は三代目後藤義光。
大賀389 御滝神社 8/1、2 神輿1基
神輿=平成25年(2013)1月21日、御披露目。(有)中台製作所の作。
 先代は昭和31年に地元の宮大工によって造られ奉納された。
 【館山地区合同祭礼】
大正3年に旧・館山村(現在の青柳、上真倉、新井、下町、上町、楠見、上須賀地区)と旧・豊津村(現在の沼、柏崎、宮城、笠名、大賀地区) が合併し、館山町となったのをきっかけとし、大正7年より13地区11社が8/1、2の祭礼を合同で行うようになった。
しかし、大正12年の関東大震災により、新井、下町の祀る諏訪神社(下)、仲町、上町を祀る諏訪神社(上)、楠見の厳島神社、 上須賀の八坂神社の4社が倒壊したため、4社が合祀を決め、昭和5年に館山神社として、創建することとなり、 昭和7年にその神殿が完成した。 それ以降、館山地区では、13地区8社の合同祭礼として行われ、神輿7基、曳舟2基、山車4基がそれぞれの地区から出祭している。
 北条地区
   ⇒北条町・新宿町、長須賀、八幡、湊、高井、上野原
八幡68 鶴ヶ谷八幡宮 9/連休土日 やわたんまちの神社 旧・県社
南町(北条1001) 蛭子神社 人形山車1台
神明町(北条1119) 神明神社 人形山車4台
三軒町(北条2094−1) 稲荷神社 人形山車1台
六軒町(北条1980) 諏訪神社 人形山車1台
新宿51 神明神社 お船 『神明丸』
湊189 子安神社 神輿
高井175 高皇産霊神社 神輿
上野原70 天神社 例祭
 【安房国司祭(やわたんまち)】
県指定無形民俗文化財。鶴谷八幡宮の秋祭りは、千年余りの伝統を誇る安房地方で一番大きいお祭りで、「やわたんまち」と呼ばれている。この神社は昔、安房国の総社で、国司自らお祭りを催したことから、「安房国司祭」の名がつけられ、宵宮は、順次10社の神輿が着御し、もみ・さしを繰り返す「神輿振」の勇姿を後仮宮に納める。
本宮(日曜)は山車4台と御船1隻と出祭10社の神輿が還御。八幡宮の神輿は昔の名残の放生会を執り行うため、八幡の浜に神幸される。
神明町(旧・仲町)⇒旧・北条仲町と旧・北町が合併して誕生。北町の山車は現・三軒町へ。
=大正6年(1917)制作。北条町仲町の山車を利用。人形は神功皇后。
 以前に三段目の高欄をつけた山車があったという言い伝えがある。

南町
=明治29年(1896)制作。人形は神武天皇。彫師は後藤利兵衛橘義光。
扁額:「南街」。上幕:「龍」。大幕:「獅子に牡丹」。泥幕:「波に千鳥」。

六軒町
⇒8つの町内会から成る。山車蔵は平成8年、諏訪神社境内に移転新築。
=明治20年代後半制作。大工は地元の三木屋二代目・吉野伝蔵の作。人形は楠木正成公。彫物は明治30年頃完成。彫師は後藤喜三郎橘義信。
上幕:「松に鷹」。大幕:「龍虎」。泥幕:「波に千鳥」。

三軒町(旧・北町)=明治32年制作。大工は石井熊次郎。平成8年改修。人形は武内宿禰。 

元は北町の山車。旧・北条仲町と旧・北町が合併して神明町となる。この北町の山車を有志が借りてお祭りをしていたが、昭和32年に有志が旧・北町の山車を譲りうける。
新宿=神明丸。3代目。昭和54年(1979)制作。大工は(有)市川建設(館山)。
 先代は大正初期の作。
 ≪神輿の各神社≫
9/連休土日に以下の神社の神輿が鶴ヶ谷八幡宮例祭に参加する。
八幡〔八幡神社〕、大神宮〔安房神社〕、洲宮〔洲宮神社〕、白浜町滝の口〔下立松原神社〕、大井〔手力雄神社〕、山荻〔山荻神社〕、東長田〔山宮神社〕、湊〔子安神社〕、高井〔高皇産霊神社〕、山本〔木幡神社〕、莫越山神社〔南房総市(旧・丸山町)沓見〕
湊〔子安神社〕=昭和2年、八幡の宮大工、小川仁三郎「屋号 孫平」の作。彫物は富浦多田良の彫刻師の作。

高井
=明治25年制作。丸山町の神輿職人の作。平成23年、大改修。
長須賀406 熊野神社 7/14以降の土日 神輿(大小)
踊り屋台1台 昭和30年制作。彫師は後藤義孝。
長須賀⇒8つの町内からなる。
=昭和30年制作。青柳日枝神社の御神木が材料。大工は石井五郎。彫師は後藤義孝。平成17年改修。
神輿=明治26年制作。彫師は後藤利兵衛橘義光。平成4年改修。24年、神輿蔵建造。
 ■那古(なご)地区
   ⇒那古、正木、亀ヶ原、小原
那古 那古観音 7/18以降の土日 人形山車5台 東藤組、大芝組、芝崎組、浜組、寺赤組
人形屋台1台 宿組
千葉県内では、成田新勝寺とここだけが、山車祭りではお寺を中心とした祭礼をしている。初日は各町内廻り。2日目は合同曳行で、夜の那古寺前は歩行者天国になり、多くの人で賑う。
 往古は各町独自に祭礼を行っていたが、明治30年(1897)より那古観音の縁日に合わせ東藤、大芝、芝崎、浜の4町合同の祭礼となり、その後明治42年に、寺赤。大正12年に宿が加入して今日に至る。
東藤組⇒山車蔵は平成22年5月建造
=5代目。昭和11年制作。大工は『東藤』・加藤佐一郎。彫師は初代後藤義徳。
人形は「豊臣秀吉と千成瓢箪」。人形師は東京・浪花屋七郎兵衛。
扁額は「豊国」。
上幕:「〆縄」。
大幕:平成14年に叶島織物の作。「加藤清正 虎退治」。
泥幕:「藤の花葉に不如帰」。平成12年、館山嶋屋の作と、「波に千鳥」。平成24年、館山嶋屋の作。
 初代は花車に太鼓を乗せ、その上に鶴(鶏説もあり)の作り物が立っており、これを曳いて鶴ヶ谷八幡神社に参拝したのが始まり。最初は当組と芝崎組のみであった。を乗せた花車。 
 二代目は豊臣秀吉で焼失。
 三代目は売却。
 四代目は屋台で焼失。

大芝組=明治30年代以前の作。大工不詳。彫師は後藤喜三郎橘義信。人形は神武天皇。人形師・制作年不詳。

芝崎組
=明治30年代以前の作。大工不詳。彫師は後藤喜三郎橘義信、後藤実義房。人形は天照大神。今のは幕と同じく昭和61年新調。

浜組
=2代目。明治43年制作。大工は浜町・山口仙太郎。弁財天。平成16年、山車修復。 
 初代は船形の川名区より購入。新調になり市内国分に明治45年売却。

寺赤組
⇒那古1125。
=市有形民俗文化財。明治32年(1899)制作と伝えられる。地元の大工の作。彫師は後藤利兵衛橘義光。これは「元北朝夷 後藤利兵衛 橘義光作 八十五翁」の銘より。
人形は後醍醐天皇。人形師は不詳だが、幕とともに明治43年制作。

扁額:「建む中興」。上幕:「〆縄・御幣」。下幕:「楠木正行 辞世の句を詠む」。幕は明治43年制作で、平成13年、女子美術大学により修復。
宿組=大正4年制作。大工は宿町・中村仙之助。彫師は後藤喜三郎橘義信。
 先代は前舞台で踊った踊屋台で、新調時の彫師の地元、市内国分に売却。
正木2872 八幡神社 9/4土日
川崎(正木4294) 諏訪神社 9/4土日 神輿 上、下、向、岡
川崎(正木1378−1 八雲神社 7/7頃の土日 神輿 昭和7年1月25日制作。彫師は後藤滝司義光。台輪寸法は3尺6寸。
屋台1台

正木組=明治25年(1892)7月制作。彫師は後藤喜三郎橘義信。人形は佐久間の人形師の作。扁額は「八雲神社」。泥幕:「八に雲の図柄、波に千鳥」。向拝幕:「赤地に金の鶴」。
平成23年(2011)5月改修。その時の彫師は2代目後藤義徳。長さ4.8m。高さ4.2m。幅3.4m。 

亀ヶ原53 八幡神社 10/連休(元・12) 神輿 莫越山神社の神輿が新調した際に旧神輿を寄進して頂く平成14年、修復。
人形屋台1台 彫師は後藤義孝。 
亀ヶ原⇒根方・横峰・蔵敷・川間・下台・五丁分・昭和の7つの集落よりなる。
=人形屋台。2代目で昭和30年制作。大工は伊藤常次郎・高井の大工渡辺師・加藤師。彫刻は後藤義孝。人形は平群の人形師。
 先代は踊り屋台で明治24年創建。南房総市丸山本郷地区に譲渡。
松岡 八幡宮 8/10 屋台 休止中
小原496 若一神社 9/26 例祭
 
 ■船形(ふなかた)地区
   ⇒船形、川名
船形833 諏訪神社 7/4土日 人形山車2台 堂ノ下、大塚
人形屋台2台 柳塚、根岸
お船 浜三…『明神丸』
金毘羅神社 人形山車1台 川名
川名753
堂ノ下明治32年制作。人形は仁徳天皇。彫師は後藤喜三郎橘義信。扁額は「宮本」。
上幕:「金の鳳凰」。大幕:「浦島太郎と乙姫」。泥幕:「波に千鳥」。
平成5年、大改修。

大塚=江戸末期作。対岸の浦賀で新調するが、大型すぎるので維持困難で明治20年に大塚に売却。明治23年彫刻完成。人形は神武天皇。彫師は後藤義孝。
胴幕は平成20年(2008)5
/10、復元新調御披露目。三代目に当る。「迦陵瀕3体が楽器の鐃鉢、鞨鼓、笙を鳴らしている」。

柳塚=人形屋台。人形は祭りのたびに借りる。


根岸
人形屋台。大正8年制作。大工は青木友次郎。人形師は平久里の人。彫師は後藤義光、後藤喜三郎。
 先代(初代)もあった。

川名=人形山車。昭和11年制作。人形は神功皇后。彫師は千倉町の後藤隆。
扁額は木更津海軍航空指令田中龍造の書。飾り幕は平成20年7月、女子美術大学により修復。
浜三(浜の三部落の共有⇒東・西・仲宿)=お船。『明神丸』昭和7年制作。10年彫物完成。彫師は館野の後藤義信。
 先代は関東大震災で焼失。当時は屋根が無く、またお浜出の時に海に入れるように、下まわりがはずせるようになっていた。
柳塚の獅子神楽=中断した時期は不詳。弘化4年の年号の入った獅子頭が館山市立博物館に保管。
 ■西岬(にしざき)地区
   ⇒香、塩見、浜田、早物、見物、加賀名、波左間、坂田、洲崎、川名、伊戸、坂足、小沼、坂井
香(こうやつ)983 浅間神社 7/15 神輿1基 彫師は初代後藤利兵衛橘義光
塩見365 御獄神社 7/15 神輿1基
浜田376 船越鉈切神社 7/3土日 神輿1基、かっこ舞
早物80 金山神社 7/15 例祭
見物788 海南刀切神社 7/15 神輿1基、かっこ舞
加賀名 熊野神社 7/15 例祭
波左間639 諏訪神社 7/15 神輿(大小)
坂田298 熊野神社 8/20〜22 神輿1基
洲崎1697 洲崎神社 8/20〜22 神輿3基 洲崎踊り
川名422 日枝神社 7/26、27 獅子神楽
西川名1315 厳島神社 8/20 屋台1台 市のHPではお船になっているが、あれは間違い。
伊戸1239(字伊戸=海手) 八坂神社 7/13 神輿1基
伊戸2659(字根本=山手) 御嶽神社 7/13 例祭
坂足(さかだる)5 蛭子神社 8/20 例祭
小沼621 諏訪神社 8/20 例祭
坂井196 諏訪神社 7/27 例祭
坂井字小原 吾妻神社
 ■神戸(かんべ)地区
   ⇒大神宮、中里、竜岡(松岡・南竜・北竜)、犬石、佐野、藤原、洲宮、茂名、布沼
大神宮462 神明神社 8/9、10 例祭
大神宮589 安房神社 8/9、10 神輿、子供みこし
かっこ舞廃絶 中断した時期は不詳
 宵宮の9日に子供神輿、本宮の10日に安房神社神輿が出御し、2日間に亘って境内は大いに賑わう。
 かつてはこの例祭時に近郷の九社(洲宮神社、下立松原神社、布良崎神社、日吉神社、相浜神社、犬石神社、八坂神社、熊野神社、白浜神社)からの神輿が安房神社に入祭していたが、各神社とも神輿の担ぎ手である青年団の人手不足のため、残念ながら現在では行なわれいない。
中里117 八坂神社 8/9、10 神輿
竜岡字南竜 子野神社 8/9、10
竜岡208(字松岡) 松岡八幡宮 8/9、10 屋台1台 北竜以前に制作
竜岡611(字北竜) 熊野神社 8/9、10 囃子屋台1台 休止中
台車付きの神楽太鼓
犬石142−1 犬石神社 8/9、10 神輿
佐野1826 熊野神社 8/9、10 神輿
藤原905 藤原神社 8/9、10 獅子神楽
田舎歌舞伎廃絶
洲宮(すのみや)921 洲宮神社 8/9、10 神輿
茂名238 十二所神社 2/20 里芋祭
布沼(めぬま)1226 厳島神社 8/9、10 神輿

 ■豊崎(とみさき)地区
   ⇒相浜、布良
相浜42 相浜神社 3/28前の土日 お船『浪除丸』 長さ8m。幅1、5m。6輪。 
お船『浪除丸』=相浜。お船は朱塗りで他の地区とは異なり水押の角度が緩い川遊び船である。その水押には緋毛氈が掛けられ、先端には鳳凰の金カンザシが付いている。明治30年代に改修が加えられ、名工後藤喜三郎橘義信の手による龍の彫刻が船尾に飾られている。
布良379 布良崎神社 7/20過ぎの土日 神輿3基
 ■豊房(とよふさ)地区
   ⇒東長田、西長田、出野尾、岡田、大戸、南条、飯沼、古茂口、山荻[山萩・永代]、作名、畑、神余
豊房地区の12の内8集落の神輿2基、屋台3台はJA安房豊房支店脇に15時に集合する。
東長田1061 山宮神社 10/17か2土曜 例祭
西長田278 諏訪神社 10/17か2土曜 例祭
出野尾(いでのお)475 十二社神社 10/17か2土曜 神輿1基
岡田164 八幡神社    10/17か2土曜 例祭
大戸202 白幡神社 10/17か2土曜 屋台1台 明治8年、南条より独立
南条515 八幡神社 10/17か2土曜 屋台1台
子供神輿1基 
飯沼39 熊野神社 10/17か2土曜 例祭
古茂口(こもぐち)726 日枝神社 10/17か2土曜 屋台1台
神楽、子供神輿1基
村歌舞伎廃絶
山荻273 山荻神社 10/17か2土曜 神楽、神輿、子供神輿1基あり。 ※八幡の祭りに出祭
2/26(毎年) 筒粥神事
筒粥神事=市無形民俗文化財。この神事は、毎年2月26日に、その年の農作物の豊凶を占うために行われる。始まった時期は不詳なれど、神社の言い伝えに、景行天皇が諸国巡幸の折、ここで五穀豊穣を占ったとあり、古くからの神事と考えられる。
神事は、祈念式の後に始まる。前日につくった粥に葦筒19本を入れて炊き上げ、神前に供える。祈祷が終わった後、宮司により筒粥が1〜19まで並べられ、順次2つに縦割りされます。
筒の中の粥の量により、米など18品目の農作物の作柄と世情が判定され、結果が木版刷の紙札に記されて配られる。かつては、農家がこの結果を作付けの目安にしたといい、重要な神事であったことが分かる。
作名615 諏訪神社 10/17か2土曜 子供神輿1基 明治8年、南条より独立
畑71−1 長尾三神社 10/2土日 神輿1基
50余戸での維持が困難のため、大正9年(1920)に長尾神社・八幡神社・八雲神社の三社の合祀が決まり、翌10年、長尾神社の地に新社殿を造営し長尾三神社と名づけられた。
神余(かなまり)932 日吉神社 7/20 神輿1基
 ■館野(たての)地区
   ⇒大網、安布里、山本[山本・大作・滝川]、国分、稲[稲・加戸]、腰越、広瀬
安布里(あぶり)634 八坂山神社 10/1か2土日 例祭 大網も氏子
山本808(字山本) 御嶽神社 10/2土日 人形屋台1台 平成14年新調。
山本2238(字大作) 白幡神社 10/2土日 例祭
山本2418(瀧川) 木幡神社 10/2土日 神輿1基
国分965 諏訪神社 10/2土日 人形山車1台 江戸型二層鉾台。老朽化のため人形(天照大神)飾らず 
稲115(字稲) 貴船神社 10/1か2土日 屋台1台 休止中
稲1310(字加戸) 愛宕神社 10/1か2土日 例祭
腰越447 御嶽神社 10/1か2土日 競馬廃絶
広瀬525 八幡神社 10/1か2土日 例祭
 ■九重地区
   ⇒宝貝、安東、二子、薗、水玉、大井、竹原、江田、水岡
宝貝79 熊野神社 10/2土日 例祭
安東564 熊野神社 10/2土日 例祭
二子351 白幡神社 10/2土日 例祭
薗322−1 三島神社 10/2土日(元・7) 神輿1基
屋台1台
水玉160 伊豆箱根両所神社 10/2土日 例祭
大井1129 手力雄神社 10/2土日(元・9) 神輿1基
竹原850(田邊) 日枝神社 10/2土日 神輿1基 彫師は後藤喜三郎橘義信。
囃子屋台1台
竹原は(田村・相賀・滝ノ谷・横枕・田邊)より成る。往古は競馬をした。
江田226 問子神社 10/2土日 人形屋台1台 昭和天皇の御大典記念に作られた先代の屋台は屋台小屋内に解体保存
水岡134(南片岡) 日森神社 10/2土日 例祭
水岡461(北片岡) 片岡神社 10/2土日 屋台1台 竹原より購入し、数年は曳くが、農道から転落破損してから休止中。
水岡884(清水) 天満神社 1/25 例祭
 【南総里見まつり】
『南総里見まつり』(主催・南総里見まつり実行委員会)は、昭和57年に城山公園にそびえる館山城(館山市立博物館分館)の開館を記念し始まったお祭りです。このまつりは、初代里見義実公が安房を平定してから500余年、九代義康公が館山城を築城して以来400年余、また江戸時代の物語、「曲亭(滝沢)馬琴」が描いたロマン溢れる歴史小説『南総里見八犬伝』の舞台となった館山の歴史・文化に親しみ、それを次の世代に伝承し、また、生きがいや楽しみを持ち、豊かな文化を創造する意義ある機会として、毎年10月の第3日曜日に、市民ぐるみで実施しています。
里見義実公一行に扮した里見水軍武者行列が、市内各地区から参加する山車、神輿などを従えパレードを行います。この武者行列に交じり勇壮に行進する里見少年・少女隊が身につけているダンボールなどを活用して作った手作り甲冑も必見です。また、歴史小説『南総里見八犬伝』による出身地より参加する八犬士も参加します。城山公園(里見本陣隊)、八幡神社(八幡大明神隊)に別れ、戦国合戦絵巻と称し、当時の合戦の様子が再現されるなど、約5万人の人出でにぎわいます。(市公式HPより)