愛 媛 県


 ≪西条市≫

 平成16年(2004)11/1、西条市+東予市+周桑郡小松町、丹原町が合併して誕生。

住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 ◎旧・西条市
中野甲1649 伊曽乃神社 10/15、16 神輿
屋台(だんじり)78台
御輿4台
 
〔神戸地区〕中野、中野山道、中野楠、中野日明、中野藪ノ内、中野船形、中野東光、中野中ノ段、東原、安知生、洲之内、奥ノ内
〔大町地区〕福武新田、福武天皇、福武沢、福武西ノ川原、常心上組大南、常心下組中南、北の丁上組、 川原町、西町、中町小川、下小川、明神木、登道、北の丁下組、加茂町、新玉通、駅前本通り、上小川、地蔵原、北の丁中組、清水町、岸影、駅前西大通り、朝日町、南町、若葉町、錦町
〔神拝地区〕上喜多川、上神拝、古川、古屋敷、原ノ前、吉原・三本松、新町、栄町上組、栄町中組、栄町下組、下町中組、砂盛町、下町南、川沿町、喜多川中、御所通、若草町、花園町、上川原、都町、西新町、富士見町、八丁
〔玉津地区〕=玉津、横黒、市塚
〔西条地区〕北町、魚屋町、松ノ巷、大師町、常盤巷、百軒巷、新地、紺屋町、東町、新堀船元町、四軒町、中ノ町、本町
〔御輿=太鼓台〕中西、喜多浜、下喜多川、朔日市
15日は14:00〜18:00(木)伊曽乃神社境内で宮出し。
16日は17:00頃に川入り。
神輿=昭和57年制作。
 【神戸地区】
中野⇒屋台蔵は鎮守の古茂理神社境内。また祭礼期間中は中野甲1315番地1に有る「西条ミネラル(株)」の敷地内に仮設屋台蔵が出来る。
=一番。明治23年(1890)制作。黒塗り・三階。大工&彫師は菅浜吉。彫物図柄は「水滸伝」。
水引幕は赤地に金糸高縫いの六ッ割源氏車紋刺繍。
 昭和30年喧嘩で大破し休止したが昭和48年改修し17年ぶりに復活。大工は久門喬平。彫師は鈴木泉石。昭和50年塗り替え。平成13年新調に近い大改修。
 創建は天明6年(1786)以前。一番中野村の伝統を誇る。文化年間新調の記録もある。

中野山道=二番。昭和59年(1984)制作。二番屋台として復活。素木・二階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄は「武者」。
水引幕は赤地に源氏車の金色の刺繍。
 昭和3年旧・中野村の小字として独立。玉津永易より購入するが、昭和36年に北町に売却。
 二代目は子供屋台で昭和51年〜58年まで奉納。

中野楠=三番。平成2年(1990)制作。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄は「太平記」。
水引幕は紺地に源氏車の白の紋が2つ。
 昭和7年に百軒より購入し二番目に独立。この屋台は上喜多川新調⇒仲町小川⇒栄町下組⇒百軒巷⇒中野楠⇒小松町商工青年部。

中野日明=四番。昭和3年(1928)北町新調。42年洲之内より購入。素木・三階。経路は北町⇒洲之内⇒日明。素木・二階。大工は石川甚助。彫師は近藤泰山。
彫物図柄は「川中島の合戦 等」。水引幕は赤地に源氏車の金色の刺繍。

 初代は昭和8年に大久保より購入し三番目に独立。昭和41年下小川に売却。現・南町。

中野藪ノ内五番。昭和57年(1982)制作。素木・三階。大工は伊藤一直。彫師は土居工雪。彫物図柄は「賤ヶ岳の七本槍」。
水引幕は赤地に源氏車の紋が二つ金色の刺繍。
 初代は昭和8年に太師町より購入4番目に独立。この屋台は大師町新調⇒薮之内⇒新兵衛⇒東予市えびす会。
 先代は昭和28年に栄町中組より購入。昭和57年上小川へ。経路は常心大南⇒藪之内⇒上小川⇒下町南⇒丹原町今井。


中野船形=六番。昭和58年(1983)制作。二代目で37年ぶりの復活。素木・三階。大工は矢野一政。彫師は川人三郎。彫物図柄は「武者」。
水引幕は2代目(平成7年制作)。白地に宝船に乗った七福神の刺繍。
 初代は昭和16年古川より36円で購入し5番目に独立するが、昭和21年、魚屋町屋台と喧嘩のため壊れる。
この屋台は小松新味宮で安政以前に作られた唐紙だんじり(ふすまだんじり)=胴板を彫刻の代わりに襖絵で飾っていた「細見図絵巻」にも見られる古式な屋台。

中野中ノ段=七番。昭和56年(1981)制作。黒塗り・三階。大工は金森正一。彫師は植村旭峯。塗師は大沢美夫。
彫物図柄は一番屋台の図柄を踏襲し「水滸伝」。水引幕は赤地に源氏車の金色の刺繍。
 初代は昭和31年に丹原町より購入し、7番目に独立するが、地蔵原に売却。
この屋台は丹原町⇒中ノ段⇒地蔵原⇒群馬県新町第9区。

東原八番。昭和63年(1988)制作。黒塗り・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。
彫物図柄は先代屋台の図柄を踏襲し「太閤記」。
塗師穴吹悦夫。水引幕は白地に源氏車の金色の刺繍。
 初代は昭和10年に氷見西町より黒塗り二階屋台を購入するが、昭和21年に喧嘩で橋の下に落ちて大破した。
 先代は氷見宮之下(明治22年〜)⇒東原(昭和28年〜)⇒都町(昭和63年〜平成16年。その後保管)⇒旧・東予市の明理川(平成20年〜)。

安知生=九番。昭和57年(1982)制作。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄は先代屋台の図柄を踏襲し「花鳥」。
水引幕は赤地に源氏車の金色の刺繍。
 往古は船車と云われている。
 先々代は昭和20年代に魚屋町と喧嘩のため破損し御殿前で焼却処分。
 先代は昭和29年古川より購入するが、清水町に売却。

洲之内=十番。昭和56年(1981)制作。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄は「川中島の合戦 等」。
水引幕は白地に源氏車の高縫い。
 初代は昭和36年に北町より購入。43年に日明に売却。
 先代は昭和42年に西泉より購入。56年に加茂町に売却。現・西田。

奥ノ内=11番。昭和58年(1983)購入。初代。黒塗り・三階。大工は工藤千吉。彫師は観音寺の職人。彫物図柄は「武者」。破風「鳳凰」、胴板「合戦図・武者絵」、隅障子「中国君子他」。
昭和60年頃黒塗りに。
経路は大正12年横黒新調⇒上喜多川(昭和37年〜)⇒奥ノ内。
水引幕は赤地に源氏車の金色の刺繍。
 【大町地区】
 ≪福武≫=旧・福武村。現在の新田、天皇、沢、西之川原がそれである。≪福武村≫としては天明6年(1786)以前より出た。この4台で順番がローテーションする。
福武新田
昭和4年929)制作。素木・三階。大工は河野広一。彫師は近藤泰山。制作費2、000円。40年に鈴木泉石が彫かえしている。
彫物図柄は「義経弓流し」。水引幕は赤地に金糸の源氏車紋。

 創建は明治38年制作。大正4年小松町西町東組に売却。


福武天皇=昭和45年小松町中町東組より購入。昭和4年大町新町新調。大工は石川甚助。彫師は近藤泰山。昭和45年に金森正一により修復。
彫物図柄は「牛若弁慶 等」。水引幕は赤地に金糸の源氏車紋が2つ。
 初代は大正13年に横黒より購入。昭和45年に古川に売却。現・新玉通。

福武沢昭和59年制作。素木・三階。大工は小野俊和。彫師は片山乗明。彫物図柄は「太閤記」。
水引幕は平成6年新調。赤地に金糸の源氏車紋が2つ。
 明治33年創建。昭和59年に神拝上川原に売却。

福武西ノ川原=昭和59年(1984)10月10日、新調御披露目式。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄は「源平合戦・十二支」。
水引幕は白地に金糸の源氏車紋が2つ。
 創建は明治32年新調の素木・三階。昭和59年に四軒町に売却。

 
≪常心≫=大町南組と呼ばれていた。天保期に創建。現在は上組、下組に分かれている。
常心上組(大南)=大正14年制作。黒塗り・三階。大工は吉本寅吉。彫師は佐々木篁。彫物図柄は破風は「鳳凰」、胴板は「仁徳天皇 等」、隅障子は「中国君子 花鳥」。
昭和59年に町内の平井辰夫と桜井塗師により黒塗りになる。
水引幕は白地に金糸の源氏車紋が2つ。
 創建は天保13年(1842)以前で絵巻物には「常心」として描かれている。この屋台は現・下町南。
 先代は明治42年に氷見新御堂より購入し、大正15年に登道に売却。現在は市内のレストラン。

常心下組(中南)昭和35年(1960)制作。素木・三階。大工は菅太一。彫師は鈴木泉石。彫物図柄は「太平記」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車紋。集会所と屋台格納庫新調は平成15年1/26。
 この屋台購入までは氷見尾土居より16日のみ屋台を借りていた。
 初代は明治41年に氷見新御堂より購入。経路は氷見新御堂⇒常心中南⇒登道⇒市内のレストラン。
 先代は大正14年制作。昭和32年に重たいので市塚に売却。

 
≪北之町≫=大町北組と呼ばれていた。安永4年(1775)の大町村北組若者連中の記録も残る屋台組。戦前まで上組、下組、裏組の共同運営であったが、戦後上組がそれを引き継いだ。現在は上組、中組、下組の3台に分かれる。
北ノ丁上組=18番。昭和7年小松町中町西組新調。昭和32年購入。素木・三階。大工は石川甚助。彫師は松田幾助。彫物図柄は「花鳥」。
水引幕は赤地に鷲の金糸の高縫。
 先代は大正4年に氷見新兵衛より購入するが、昭和32年に常盤巷に売却。現・船元。

川原町=19番。平成2年制作。素木・三階。大工は難波江英明。彫師は井波彫刻協同組合。彫物図柄:破風は「巻龍、胴板・隅障子は「花鳥」。
水引幕は白地に金糸の源氏車紋が2つ。

 創建は天明6年以前。先々代は明治28年制作で、大正15年に明神木に売却。経路は川原町新調⇒明神木⇒喜多川中。
 先代は大正15年制作で、平成6年5月5日、お別れ運行し宇和町にある県立歴史文化博物館に寄贈。

西町
=20番。昭和63年新調。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「鵯越え逆落とし」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車紋。

 創建は明治19年。新調に伴い富士見町に売却。現・錦町。

仲町小川=21番。大正14年(1925)制作。素木・三階。大工は石川甚助。彫師は近藤泰山。彫物図柄:破風は「飛龍」、胴板は「屋島 扇の的」、隅障子は「武者絵・松」
水引幕は赤地に白の源氏車紋。
 初代は明治36年に上喜多川より購入し、翌37年より出す。経路は上喜多川新調⇒仲町小川⇒栄町下組⇒百軒巷⇒中野楠⇒小松町商工青年部。

下小川=22番。昭和62年購入し、大修復し黒塗りにする。黒塗り・三階建て。昭和10年に氷見西町新調。大工は宮本薫太郎。彫師は武田一市。彫物図柄は「甲越軍記」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車紋が2つ。
 初代は昭和42年に日明より購入。現・南町。

明神木=23番。昭和58年制作。素木・三階。大工は松井司。彫師は土居工雪。彫物図柄は「花鳥」。
水引幕は白地に朝日に鶴の高縫。
 初代は明治31年に氷見古町より購入。大正元年松之巷に売却。
 先代は大正15年に川原町より購入。新調に伴い喜多川中に売却。

登道24番。平成元年制作。素木・三階。大工は金森秀夫。彫師は川人三郎。彫物図柄は「武者」。
水引幕は白地に金糸の源氏車紋が2つ。
 初代は大正15年に大南より氷見新御堂より屋台を購入。経路は氷見新御堂⇒常心中南⇒登道⇒市内のレストラン。

北の丁下組=25番。昭和62年新調。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「太平記」。
水引幕は紫地に白の源氏車が2つ。

 創建は天明6年以前。戦後、北之町には上組は屋台だが、下組は子供屋台だった。
 昭和54年に横黒下組より購入。新調に伴い栄町中組に売却。

加茂町26番。平成3年制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「敦盛呼び戻す熊谷次郎直実」。
水引幕は白地に源氏車2つ

 初代は昭和56年に洲之内より購入。新調に伴い西田に売却。

新玉通=27番。昭和56年(1981)購入。明治26年制作。黒塗り・二階。大工&彫師は菅浜吉。
経路は横黒新調。⇒天皇(大正13年〜)⇒古川(昭和45年〜)⇒新玉通。
彫物図柄は「甲越軍記」。支輪は西条初の雲龍の二重彫り。
水引幕は赤地に「石鎚山にはばたく鷹」の高縫。

駅前本通り⇒駅前1〜3区、福森町、幸町などからなる。
=28番。昭和60年(1985)新調。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「神功皇后 等」。
水引幕は平成10年、川端正浩の作。「紺地
に金糸による龍の刺繍」。
 初代は昭和10年代に2、3年間、番外で奉納するが、長続きせず。
 先代は昭和56年制作。60年に小松町中常盤に売却。

上小川(かみこがわ)=29番。平成6年(1994)新調。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「賤ヶ岳七本槍」。
水引幕は白地に金糸の源氏車が2つ。後に馬印の瓢箪を刺繍。
 初代は昭和57年に藪之内より購入。翌57年石水建築が改造。旧彫刻に新しい屋台は下町南へ。経路は常心大南新調⇒栄町中組⇒藪之内⇒上小川⇒下町南⇒丹原町今井。骨組みが新しい屋台は東予市三津屋へ。

地蔵原=30番。昭和59年(1984)新調。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「源平合戦」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車。
 初代は昭和56年に中野中之段より購入。経路は丹原町新調⇒中之段⇒地蔵原⇒群馬県新町第9区へ。

北の丁中組=31番。平成22年(2010)10月10日10時10分、新調御披露目。会場は大町踏切南側空地。
大工は町内の白川建設(白川祐司・国男兄弟)。彫師は石水信至。彫物図柄は支輪の龍を除いて「花鳥」で統一。
水引幕は喜多浜の藤田光馬。提灯は町内の伊藤ちょうちん店。
 先代は昭和57年栄町上組より購入。明治32年楢之木新調。黒塗り・二階。大工は菅好助。彫師松田幾助。彫物図柄は「花鳥」。
水引幕は赤地に「波に鶴」。後にかつては源氏車の刺繍。

清水町=32番。平成15年(2003)10月13日、新調御披露目。大工は徳永工務店(徳永祐二)。彫師は川人三郎。彫物図柄は「花鳥」。
水引幕は臙脂色に金紋の源氏車。縫師は浮田師。
配布資料より「本屋台は、白木造り3階で総花鳥彫りである。現在、大師町所有の屋台以来、60年ぶりとなる二台目の総花鳥彫りの屋台である。
 特徴は、破風は向かい鳳凰で、中央に金箔の御所車紋を置く。屋根の中央の棟に左右に飛び向かい鳳凰で、中央に桐紋を配置している。3階手摺り部は、向かって右側が朝日に向かう雁、左側に夫婦雁の彫刻を施している。2階部四隅、隅障子は松竹梅、そして花菖蒲、胴板部が金鶏鳥、後部がおしどり、左右高欄中央に鷹を置いてある。桝組間は桐に鳳凰、向かい鳳凰を配置している。1階胴板部は前面がきじ、右側前面がやまがらす、右側後面が山鳩、後面が鵜、左側前面がコバタン(おうむ鳥)、左後面が鶏である。
四隅障子は鷹に松、鶴に梅、鶏に竹、そしてキジに牡丹を配す。垂れ部は式の鳥を配している。大輪袖障子には紋一つ、天幕は黄緑色である。水引幕はえんじ色に御神紋ひとつである。
 先代は昭和57年安知生より購入。明治期制作。経路は氷見新調⇒古川⇒安知生⇒清水町⇒東予市本町。

岸陰=33番。昭和58年(1983)創建。素木・三階。大工は難波江英明。彫師は土居工雪。彫物図柄は「武者」。
水引幕は白地に金糸の源氏車が2つ。


駅前西大通り=34番。昭和58年制作。素木・三階。大工は金森正一。彫師は土居工雪。彫物図柄は「武者」。
水引幕は濃赤地に金糸の源氏車。

 創建は昭和41年に子供屋台奉納。

朝日町=35番。昭和59年創建。素木・三階。大工は難波江英明。彫師は土居工雪。彫物図柄は「花鳥」。
水引幕は赤地に金色の源氏車が2つ。


南町=36番。昭和61年下小川より購入。安政2年(1855)制作と云われる。平成8年石水公親により三階に改造。黒塗り、三階。彫師は松勢堂二鶴。彫物図柄は「弁慶一代記」。
 経路は大町村⇒氷見山道⇒氷見大久保⇒中野日明⇒下小川⇒南町。水引幕は赤地に金色の源氏車が2つ。

若葉町=37番。昭和62年創建。素木・三階。大工は難波江英明。彫師は土居工雪。彫物図柄は「武者」。
水引幕は赤地に金色の源氏車が2つ。

錦町=38番。平成27年(2015)10月10日10時10分10秒、新調御披露目。会場はマルナカ西条店駐車場。
素木・三階。大工は難波江英明。彫師は石水信至。縫師は河端一男。錺金具は村上公一。提灯は伊予提灯工房(日野徹)。
彫物図柄は「義経一代記」。正面1階隅障子と胴板:「鵯越の逆落とし」、正面2階胴板「五条大橋 弁慶と牛若丸」、左右の隅障子「鞍馬山の烏天狗」。後面二階左右隅障子「那須与一 扇の的」、胴板「義経の八艘飛び」、支輪「平教経が見下す」。
 先代(初代)は黒塗り・二階。平成6年に富士見町より購入。大工&彫師は菅浜吉と云われている。彫物図柄は「源平合戦」。経路は明治19年、大町西町新調⇒富士見町(昭和63年〜)⇒錦町。
水引幕は赤地に白色の源氏車。
 【神拝地区】
上喜多川=39番。昭和58年(1983)制作。素木・三階。大工は金森正一。彫師は土居工雪。彫物図柄:は「巻龍」、胴板は「雄略天皇」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋が2つ。
 
創建は享和3年(1802)。2代目は明治12年制作。新屋台新調を願う部落内の力持ちが、一人で屋台を担ぎあげ、喜多川の土手から投げ捨て壊してしまったと云われる。
 3代目(先々代)は明治37年に制作するが昭和24年10/30収納していた観音堂の火災で焼失。
 先代は昭和37年に横黒より購入。昭和58年に奥の内に売却。 

上神拝=40番。昭和57年制作。素木・三階。大工は金森正一。彫師は川人三郎。彫物図柄:破風は「鷹の雌雄」、胴板は「武者」。
水引幕は「白地に金糸の鳳凰と唐獅子」。
 初代は昭和30年に紺屋町より購入。新調に伴い紺屋町に里帰り。

古川=41番。昭和56年制作。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「川中島の合戦 等」。
水引幕は「白地に波と源氏車紋1つ、後ろは鯉」。
 初代は小松町新宮よりふすま屋台を購入。昭和10年に船形に売却されたが、昭和21年に喧嘩で大破。
 先代は昭和45年に天皇より購入し、56年に新玉通に売却。

古屋敷=42番。天保11年(1840)神拝村屋台として制作。西条で最古の屋台。黒塗り・三階。大工&彫師は洲之内村宗吉、氷見大助、壬生川弥三郎、氷見熊五郎。彫物図柄:破風は「三つ花懸魚」、胴板は「富士の巻狩」。昭和61年に青野塗師(桜井)により塗り替え。
水引幕は赤地に源氏車が金糸の刺繍。
 江戸期は神拝として奉納。明治25年に原之前が下神拝と称したので上神拝と称す。その後神拝地区に屋台増加したので古屋敷と称した。

原之前=43番。明治25年制作。黒塗り・三階。大工は菅浜吉。助として吉本寅吉。下絵絵師は首藤豊慶。彩色は林濤光。平成2年塗り替え大改修。
彫物図柄:破風は「亀に波」、胴板は「太閤記」。水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋が2つ。
 明治25年新調して下神拝として独立。

吉原三本松=44番。大正12年(1923)制作。素木・三階。大工は石川甚助。彫師は村上藤吉。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「富士の巻狩り」、隅障子「曽我物語・花鳥」。。
水引幕は赤地に白色の源氏車の紋が2つ。
 吉原町として創建の大正12年(1923)以来、大切にこの屋台を運行している。三本松は吉原町西部の町名。平成18年大改修。


新町45番。神拝村、大町村にまたがる。現在は神拝地区に入るが氷見新町と区別するため大町新町と称することが多い。
 昭和12年制作。素木・三階。大工は河野広一。彫師は近藤泰山。
彫物図柄:破風は「鷲」、胴板は「神話・太平記」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋が2つ。
 御輿だんじりとして江戸期に出ていたが、あぜ道から田に落ち廃台となるが、平成10年復元し子供の国に出品。
 屋台の創建は昭和4年だが、重たすぎ昭和7年小松町西町西組に売却。現・天皇へ。


 
≪栄町≫=伊曽乃絵巻に描かれている。天保期創建で、今は上組、中組、下組に分かれ順番は交互に変わる。
栄町上組(栄町上組HPへ)昭和57年(1982)10月13日、新調御披露目。素木・三階。大工は金森正一。彫師は金森秀夫。彫物図柄:破風は「鷲と鶴」、胴板は「源平合戦」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋が2つ。
 初代は大正4年に氷見末長より購入。昭和40年人手不足のため氷見西之原に売却。現・西新町。
 
同時に子供屋台を奉納。この子供屋台は53年まで使われ、御所通り⇒古川北団地へ。
 先代は楢之木より昭和54年に購入するが、昭和57年新調に伴い北之丁中組に売却。

栄町中組=素木・三階。昭和62年(1987)購入。経路は大正13年、東町新調⇒横黒(昭和26年〜)⇒北之町下組(昭和54年〜)⇒栄町中組。
大工は石川甚助。彫師は村上藤吉 。彫物図柄:破風は「鵬の鳥」、胴板・隅障子は「花鳥」。
水引幕は紫地に白色の源氏車の紋。

 初代は昭和6年に大南より購入するが28年に藪之内に売却。現・丹原町今井。
 
その後子供屋台(喜多川中⇒東予市の喫茶店。火事で焼失)を奉納。
 先代は昭和54年に制作したが、小松町中町へ。

栄町下組=大正14年(1925)制作。素木・三階。大工は石川甚助。彫師は村上藤吉。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「神武天皇 等」、隅障子は「武者絵、花鳥」。
水引幕は白地に金糸の源氏車の紋。

 明治末に先代があり。経路は上喜多川⇒栄町下組⇒百軒巷⇒中野楠⇒小松町。

下町中組49番。昭和56年(1981)制作。素木・二階。大工は金森秀夫。彫師は石水信至。彫物図柄:破風は「雲竜」、胴板は「源平合戦」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋、

砂盛町=50番。昭和57年(1982)、坂元・北山より購入。明治9年制作。黒塗り・二階。大工・彫師は菅浜吉。下絵絵師は首藤豊慶。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「太閤記」。
平成13年伊藤文央により塗り替え。水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋。

下町南
=51番。平成11年(1999)10月11日、新調御披露目。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「太閤記」。
水引幕は「鷹の高縫い」。
 先代は昭和60年購入。素木・二階。江戸末期制作。経路は大南新調⇒栄町中組⇒藪之内⇒上小川⇒下町南⇒丹原町今井。

川沿町=52番。平成18年(2006)10月13日、新調御披露目。大工は金森秀夫。彫師は石水信至。彫物図柄は「賤ヶ岳の七本槍」。
 先代は昭和57年に氷見新出より購入。明治21年氷見新出新調。素木・二階。彫師は村上藤吉。彫物図柄は「太閤記」。水引幕は赤地に金糸の源氏車。
新調につき、旧・東予市の吉田に売却。吉田は平成19年(2007)9月30日、屋台創建御披露目。


喜多川中(喜多川中HPへ)(平成4年、喜多川住宅より改称)=53番。昭和58年明神木より購入。明治28年(1895)制作。素木・二階。経路は川原町新調⇒明神木⇒喜多川中。
大工は不詳。彫師は菅浜吉と云われている。彫物図柄:破風は「前後で阿吽の龍」、胴板は「花鳥」、支輪は「唐獅子牡丹」。
水引幕は金鱗にて平成16年新調。「紺地に金糸の源氏車紋1つ。後ろは「向い鶴と満月に清流」。
 
先代は子供屋台。昭和54年、栄町中組木より購入。現・だんじり購入につき、東予市の某喫茶店に売却されるが、火事で焼失。

御所通=54番。昭和63年(1988)制作。素木・三階。大工は金森秀夫。彫師は川人三郎。彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「戦国武将伝」。
 水引幕は白地に薄い藤色がかったもので縮緬を使用。神社紋を両横に金糸で2つづつ。後ろに牛車の刺繍
 先代は昭和58年に西之原より購入。現・西新町。
 創建は昭和54年、栄町上組より子供屋台を購入し奉納。現・北団地。

若草町=55番。昭和59年(1984)創建。素木・三階。大工は金森正一。彫師は土居工雪。彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「勧進帳 等」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車。


花園町=56番。昭和57年(1982)創建。素木・三階。大工は宮崎秀之。彫師は石川大望。彫物図柄:破風は「唐草」、胴板は「水滸伝」。
水引幕:
右は「羽を広げた孔雀と菊の花 武丈の桜」、左は「孔雀とボタンの花 加茂川の清流」、後ろは「観音堂の藤の花と源氏車紋一つ」。

上川原=57番。明治33年(1900)制作。黒塗り・三階。大工・彫師は松田幾助。
昭和59年福武沢より購入改修。翌60年、黒塗りとする。塗師は久米正信。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「太閤記」。
水引幕は赤地に源氏車が2つ金糸の刺繍。

都町(都町だんじりHPへ)58番。平成17年(2005)10月9日、新調御披露目。大工は石水公親、公文。彫師は石水信至。石水一家の作。
彫物図柄は「源氏物語」。
水引幕は「紫に源氏車」、天幕・水引幕・台輪幕は石橋商店の作。
 先代は昭和63年(1988)購入。黒塗り・二階。大工、彫師不詳。
経路は明治22年氷見宮之下で新調。⇒東原(昭和28年〜)⇒都町(昭和63年〜平成16年。その後保管)⇒旧・東予市の明理川へ。明理川の屋台創建御披露目式は平成20年(2008)7月20日。
彫物図柄は「太閤記」。水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋。

西新町=59番。平成16年(2004)新調。素木・三階。大工は金森秀夫。彫師は石水信至。
彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は二階は「源平合戦。前後に鷲の丸彫り 左右は飛龍」、三階は「花鳥」。
 水引幕は「濃い緑地に白の源氏車紋一つ」。 
 先代は昭和63年購入。素木・二階。彫師は村上藤吉。経路は明治29年氷見末長で新調⇒栄町上組⇒氷見西之原⇒御所通⇒西新町⇒東予・広江へ。
彫物図柄は「源平合戦」。水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋が2つ。

富士見町60番。平成6年(1994)制作。素木・三階。大工は瀬尾晃。彫師は川人三郎。彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「源平合戦」。
水引幕は金糸の源氏車の紋が2つ。後で赤富士の刺繍を追加。

 初代は昭和63年に西町より購入。平成6年に錦町へ売却。

八丁=61番。平成21年(2009)10月4日、新調御披露目。素木・三階。大工は石水公親、公文。彫師は石水信至。彫物図柄:破風は「飛龍」。
 先代は平成元年に氷見尾土居より購入。明治34年(1901)制作。素木。二階。彫師は村上藤吉。彫物図柄:破風は「翼龍」、胴板は「富士の巻狩り」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋2つ。

 現在八丁では子供だんじりと併せて3台を所有。

弁財天(駅前2区南、 〃 北 )=62番。平成11年(1999)購入。安政年間の作?。黒塗り・二階。大工、彫師共に不明。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「三国志と竹林の七賢人」。
 経路は氷見上之川新調⇒小松町新屋敷(昭和60年〜)⇒東予市の道前育成園(平成3年〜)⇒弁財天。
 【玉津地区】
玉津=63番。昭和2年(1927)制作。素木・三階建て。大工は石川甚助。彫師は近藤泰山。平成8年大修理。
彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「湊川の戦い」。
水引幕は赤地に白抜きで金糸の高縫の源氏車の紋が二つ。
 先代は明治28年制作。昭和3年に神戸山道へ。現・北町。

横黒=64番。昭和54年(1979)制作。素木・三階。大工は金森正一。彫師は植村旭峯(香川県志度町)。彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「牛若弁慶」。
水引幕は平成6年作の赤地に「竹に虎」の高縫。
 創建は天保期以前。
 先々代は大正11年制作。昭和37年に上喜多川へ。現・奥之内。
 先代は昭和26年に横黒下組が購入。昭和54年に北之丁下組に売却。現・栄町中組。

市塚=65番。昭和32年(1957)購入。大正15年常心下組新調。中南より購入。素木・三階。大工は石川甚助。彫師は近藤泰山。昭和53年、垂面獅子彫刻が盗難にあう。
彫物図柄:破風は「巻龍」、胴板は「宇治川合戦」、隅障子は「武者絵 松」。
水引幕は赤地に金糸の源氏車の紋。
 江戸期は獅子舞。
 【西条地区】
北町⇒屋台蔵・集会所は2012年新築。
66番。古くは明屋敷屋台と称していた。喜多町とも書く。
平成23年(2011)10月9日、新調御披露目。4代目?。大工は石水公文。彫師は石水信至。彫物図柄は「甲越軍記」。
 創建は天明6年以前。大正期までは朝鮮の役を彫った黒塗りの屋台があったが、喧嘩で壊れる。
 三先代は昭和3年制作。36年に洲之内に売却。現・日明。
 先々代は昭和35年に喧嘩で大破。経路は東町新調⇒古川⇒北町。
 先代は昭和36年神戸山道より購入。素木・三階。明治28年玉津で新調。

魚屋町(現・本町3丁目)=67番。平成5年(1993)制作。黒塗り・三階。大工は金森正一。
彫師は土居工雪・石水信至。彫物図柄は先代屋台を踏襲。破風は「鳳凰」、胴板は「花鳥・琴棋書画・唐子 等」。
塗師は輪島の職人。水引幕は赤地に金糸の紋が2つ。
 創建は天明6年以前。
 先代は文久2年(1862)制作。現在は子供の国に展示。

松ノ巷(まつのこうじ)=68番。安政5年(1858)氷見古町新調。大正元年購入。黒塗り・三階。経路は氷見古町⇒明神木⇒松ノ巷。下絵師は山本雲渓。
彫師は好道。彫物図柄:破風は「鶴」、胴板は「三韓征伐」。
水引幕は白地に源氏車の紋を黒地で金糸でふちどりの刺繍。


大師町=69番。昭和8年(1933)制作。素木・三階。大工は吉本寅吉。
彫師は佐々木篁。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「花鳥」。
水引幕は白地に源氏車の紋が2つ。
 創建は天明6年以前。
 先代は明治27年制作で現・屋台購入につき藪之内に売却。現・東予市えびす。

常盤巷(ときわこうじ)=70番。昭和57年(1982)制作。素木・三階。大工は金森正一。
彫師は土居工雪。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「賤ヶ岳七本槍」。
水引幕は濃赤地に白の源氏車紋が2つ。
 初代は昭和32年に北之丁上組より購入。新調に伴い昭和57年に船元町へ。

百軒(ひゃつけんこうじ)=71番。昭和57年(1982)制作。素木・二階。大工は小野俊和。
彫師は重岡徳和。彫物図柄:破風は「鶴」、胴板は「太平記・龍虎」。
水引幕は赤地に白の源氏車紋が2つ。
 初代は明治40年に代に氷見蛭子より購入するが、昭和7年に中野楠に売却。現在は小松町商工青年部。その後、約50年祭礼休止。
 先代は大正14年に上喜多川新調の屋台を仲町小川より購入。昭和7年に楠に売却。現・小松町へ。

新地(現・東町3丁目)=72番。明治期制作。朱塗り・三階。大工&彫師は菅 浜吉。平成9年に石水親子により修理改造し三階になる。
彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「元寇」。
水引幕は紫地に白の源氏車紋が2つ。
 創建は天保13年(1842)以前。

紺屋町=73番。江戸末期制作。黒塗り・二階大工&彫師は山本利平と云われている。
彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「三国志演義・海女」。
塗師は小山春吉。伊曽乃絵巻時代より水引幕は白地に朝日に鶴の刺繍。昭和30年上神拝に売却したが、昭和57年に同町新調につき里帰りする。
 創建は天明6年以前。

東町(旧上横町=東町1丁目と旧東町=東町2丁目が合併して復活)=74番。昭和57年(1982)制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。
彫物図柄:破風は「八岐大蛇退治」、胴板は「宇治川の先陣争い」。
水引幕は紫地に源氏車紋が2つ金糸の刺繍。
 ≪上横町=現・東町1丁目≫嘉永6年(1838)制作。昭和26年に東光へ譲渡。現・こどもの国。創建は天明6年以前。
 ≪東町=現・東町2丁目≫大正13年制作。昭和26年に横黒下組に売却。現在は栄町中組へ。創建は天明6年以前。

新堀船元町=75番。昭和57年(1982)購入。大工は村上藤吉。購入時に石水親子で黒塗り・三階建てに大改修。
彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「義経記」。
水引幕は紫地に金糸の唐獅子に牡丹の刺繍。
 経路は明治33年氷見新兵衛で新調。当時は素木・二階。大工は村上藤吉。⇒北之丁上組⇒常盤巷⇒新堀船元町。

四軒町=76番。昭和59年(1984)購入。黒塗り・三階。明治32年西之川原で新調。大工&彫師は松田幾助。彫物図柄:破風は「鳳凰」、胴板は「源平合戦・十二支」。
平成14年、改修と金具取り付け。水引幕は赤地に金糸の源氏車紋が2つ。


本町(本町1丁目)=御供屋台。嘉永3年(1850)制作。朱塗り・二階。彫物図柄:破風は「鳳凰の懸魚」、胴板は「三国志演義」。
平成14年に36年ぶりに大改修(以前は昭和43年)。木工は矢野建具店、松井建築。漆塗りは鳥安漆器(今治市)。彫金は上野彫刻所(香川県琴平町)。彫刻の彩色は平井真理子。天幕、水引幕、土台幕を新調。だんじり格納庫は平成8年建設。
宝暦11年(1762)の年番日記に「御供屋台」本町の名が出てくる。
 【御輿=太鼓台】
中西
=御輿一番。神戸地区。昭和63年(1988)制作。縫師は(有)ぬい屋(菅原壽一)。「清盛と宮島」。
 創建は天保期。
 先々代は観音寺市に行き太鼓台に改造。
 先代は昭和25年制作。現・御輿購入につき香川県大野原町石砂へ。平成12年まで使われる。

喜多浜=御輿二番。西条地区。平成2年(1990)制作。縫師は梶内近一。布団締めは「昇龍、降龍」。水引幕は「清盛と安芸の宮島」。三角布団は「九尾の狐」。
 創建は文政9年。

下喜多川
=御輿三番。神拝地区。平成10年(1998)10月制作。同時に御輿蔵も新調。長さ6.7m。幅3.1m。高さ5.4m。
彫師は石水信至。重受は「唐草」。支輪は「四神」。胴板は「草花」。腕木は「阿龍、吽龍」。
縫師は藤田刺繍店(観音寺市)。
布団締めは「昇龍、降龍」。
高欄掛:三角布団の前は「龍頭」、後ろは「唐獅子の玉遊び」。
水引幕:正面は「朱雀門」、右は「那須与一」、左は「静御前」、背面は「七福神」。
唐木は伊藤一直。房は京都の岡本啓助商店。
 創建は天明6年以前の傘鉾。
 先代は昭和35年制作。周布久枝で活躍。縫師は山下茂(観音寺市)。


朔日市
(ついたち)=御輿四番。西条地区。明治末期に飯岡半田村より太鼓台を購入して御輿に改造。平成3年改修。
龍頭や高欄幕は地元の人の手作り。
三角布団は「龍」。四角布団は「龍と鷲」。水引幕は「日光東照宮、御殿」。
 創建は天保13年(1842)以前。


新町=神拝地区。平成10年、100年ぶりに復元復活した江戸期の御輿。
 創建は天保期。現在はこどもの国に展示。
 【休止】
中野東光
=神戸地区。昭和26年中野村小字屋台として横黒町より購入し6番目に独立。嘉永6年上横町新調。朱塗り、二階。絵師は八木南渓。大工彫工は魚屋町万吉、国安丑之助、北之村庄助。

 これとは別に軽い屋台を運行するため、小松より昭和43年頃購入し2台の十二支屋台を所有していたが、人手不足のため黒塗り屋台を小松町岡村に売却。朱塗り屋台も昭和55年頃より休台となり現在はこどもの国に常設展示。
 黒塗り屋台は小松本町新調⇒東光(昭和45年休台。47年売却)⇒小松町岡村⇒小松ハイウェイオアシスで常設展示。
 朱塗り屋台は上横町新調(制作年不詳。ただし大正11年、小山春吉が塗替えのためそれ以前に制作)⇒横黒下組(昭和23年購入)⇒東光(昭和26年購入。55年まで参加。ただし53年は宮入りのみ。54年は台輪を修理し御旅所から御殿前まで運行した。55年は全行程運行。56年より休台。ただし欠番防ぐため61年に組立。現在はこどもの国に常設展示。
 【廃絶】
中ノ町
(なかんちょう。現・本町2丁目)=西条地区。
 創建は天明6年以前だったが、大正4年頃に倉庫の火災で焼失。
 先代は平成6年制作。75年ぶりの復活で保存会で運営したが、残念ながら平成13年に丹原町下町に売却。黒塗り・三階。彫物図柄は「曽我物語」。制作は片上浩。
 【御船】
宝暦11年の記録に見られるが、明治中期には廃れる。
 【狂言台】
「西条花見日記」には「14日御城下の町より狂言台を曳来り、上組、下組2車の子供狂言替る〜あり。見物の群集人の山を築く」とある。
しかし子供芝居の後継者がいないので、一時期で終わった。
氷見乙1368 石岡神社 10/14、15(毎年) 神輿 江戸中期の作。
屋台27台 土居、古町、寺の下、西町、裏組、下町、上町、西泉、上ノ川、坂元、北山、上之浦、新町、楢ノ木、末長、宮の下、新御堂、 新出、久保、新兵衛、山道、尾土居、西之原、大久保、蛭子、朝日町、西田
子供屋台2台 新御堂、西町
御輿(太鼓台)2台 竹内、野々市
屋台廃絶 山口
土居御神楽屋台。平成4年(1992)制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師石水信至。彫物図柄は「甲越軍記」。
水引幕は赤地に三つ巴の金糸の刺繍。昼隅提灯は「白地の朱の変体仮名でおかぐら」。
 創建は天明元年(1781)以前。明治27年以前は御船楽車で、明治42年頃に小松町新屋敷に売却するが、大正4年の御大典を最後の祭りとなる。
 先代の明治27年制作の素木・二階屋台は平成4年東予市三津屋御神楽会に売却。


古町=御供屋台。明治31年制作。白木・二階。大工&彫師は松田幾助(小石)。彫物図柄は「砲術伝来」。下絵師は首藤豊慶。
水引幕は赤地に白の三つ巴紋。昼隅提灯は「白地に黒字の変体仮名でふるまち」。
 創建は天明元年(1781)以前。安政5年(1855)制作の屋台は明治31年明神木に売却。現・松之巷。
寺之下=1番。安政2年再建。黒塗り・二階。制作者不詳。平成14、15年大改修塗り替え。氷見のだんじりの嚆矢と云われている。
彫物図柄は「源平合戦」。水引幕は「朱地に金糸の三つ巴紋。台輪幕は「浅葱地に白抜きで剣花角紋」。昼隅提灯は「朱地に白抜きでてら乃志た」。
 寛延年間以前の記録もあるらしい。一番屋台として屋台行列の先頭を行く。

西町=二番。昭和60年(1985)制作。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は植村旭峯。彫物図柄は「甲越軍記」。
水引幕は赤地に三つ巴紋に打出に小槌の刺繍。台輪幕は「白地に紺で波頭」。昼隅提灯は「白地に赤銅刺繍でにしまち」。
 創建は天明元年(1781)以前である。

 先代は昭和9年制作で、同60年に下小川に売却。
 先々代は明治32年制作で、昭和9年に西条東原に売却。同21年に喧嘩で川に落ちて大破して現存せず。

裏組=三番。昭和51年(1976)制作。大工は御堂年雄。62年に三階に大改造。黒塗り・三階。改造時の大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「太閤記」。
塗師は月原漆器店。水引幕は赤地に三つ巴紋が二つ。昼隅提灯は「朱地に金刺繍で裏組」。夜隅提灯は「中黄色地に朱字で三番」。
 創建は天保13年以前。
 先代は安政3年(1856)頃に作られ明治52年に大久保に売却され、現在は東予市北条西。

下町=四番。平成3年(1991)制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「太閤記」。
水引幕は金糸の高縫の水龍の刺繍。縫師は合田武史。
昼隅提灯は「朱地に金刺繍草書で志茂満ち」。夜隅提灯は「白地に黒で下町」。
 創建は天保13年以前。先代は安政2年(1855)制作で丹原町池田白金団地に譲渡。

西泉
[にしずみ]=五番(西暦奇数年。上町と交互)。平成元年制作。素木・三階。5代目。大工は高橋安幸、矢野一政。彫師は片山乗明(南国市)。彫物図柄は「敦盛 等」。
水引幕は赤地も正絹で左右に鳳凰の高縫。後は三つ巴紋の刺繍。縫師は藤野正千代。
 創建は天保13年(1842)以前で上町と同年。2代目は安政7年(1860)制作。
 三代目は明治32年新調⇒州之内⇒加茂町⇒西田。
 4代目は昭和42年新調⇒小松町旧藩。


上町=六番(西暦偶数年。西泉と交互)。安政3年(1856)制作。黒塗り・三階。大工は魚屋町萬吉。
平成5年三階に改造。改造時の大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「太閤記」。塗師は日野逸司。

水引幕は朱地に金刺繍で飛龍。夜隅提灯は「白地に黒で加美町」。
 創建は天保13年以前。

上之川=七番。昭和61年(1986)制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「武者」。
水引幕は白地に金糸の三つ巴紋が二つ。
 創建は天保13年以前。先代は安政期の作で、上之川新調⇒小松町新屋敷⇒東予市⇒弁財天。

坂元=八番の一。昭和57年(1982)10/3お披露目。素木・三階。大工は伊藤康逸。
彫師は土居工雪。彫物図柄は「太閤記」。水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が二つ。
 創建は天保13年以前。当時は坂元・北山で共有。
 先代は明治9年制作で、砂盛町へ。

北山=八番の二。昭和57年制作。素木・三階。大工は越智次一。
彫師は滝本喜数。彫物図柄は「武者」。破風は「唐獅子」。
水引幕は紫地に金糸の三つ巴紋が二つ。
 創建時は坂元と共有。

上之浦=九番。平成5年(1993)制作。素木・三階。大工は矢野一政。彫師は片山乗明。彫物図柄は「曽我物語」。
水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が左右に、後には鷹に松の刺繍。

 創建は天保13年以前。先代は明治33年制作で、東予市北条南へ譲渡。

新町=十番。江戸後期〜明治初期制作。黒塗り・二階。大工、彫師、塗師共に不明。彫物図柄は「太閤記」。
水引幕は赤地に白の三つ巴紋。
 創建は天保13年以前。


楢ノ木=十一番。昭和54年制作。素木・三階。大工は伊藤康逸。彫師は植村旭峯。彫物図柄は「花鳥」。
水引幕は赤地に波に鶴の金糸の高縫。後には三つ巴紋の刺繍。
 創建は天保13年以前で久保に譲渡。二代目は江戸期楢之木新調⇒久保⇒小松町東常盤⇒伊勢音頭連合会。
 先代は明治32年新調⇒栄町上組⇒北ノ丁中組。

末長=十二番。昭和63年制作。素木・三階。大工は近藤冨士男。彫師は大須賀紀。彫物図柄は「太閤記」。
水引幕は紫地に金糸の三つ巴紋。
 創建は天保13年以前と思われる。
 三先代は明治29年に玉津村より購入し、32年に小松町岡村に売却。
 先々代は明治32新調⇒大正4年に栄町上組へ143円で売却。⇒西之原⇒御所通⇒西新町。
 先代は大正9年制作で丹原町田野上方に売却。

宮の下=十三番。昭和60年制作。素木・三階。大工は難波江英明。彫師は土居工雪。彫物図柄は「武者」。
水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が二つ。
 創建は天保13年以前。明治30年頃までは御船を奉納。
 明治22年(1898)新調⇒東原(昭和28年〜)⇒都町(昭和63年〜平成16年。その後保管)⇒旧・東予市の明理川(平成20年〜)。

新御堂十四番。昭和57年(1982)制作。素木・三階。大工は矢野一政。彫師は川人三郎。彫物図柄は「武者」。水引幕は紺地に金糸の三つ巴紋。後には竹模様の金糸の刺繍。
 創建は天明元年(1781)以前で、下町組として(新御堂、下町、新出、久保の4組)で出していたが、明治31年に各組で出すことになった。
 先々代は明治31年新調⇒明治41年頃に西条常心下組⇒登道⇒現・西条市栄町某レストランの所有。
 
先代は明治44年新調⇒氷見朝日町⇒東予市今在家。

新出=十五番。昭和59年(1984)制作。素木・三階。大工は越智次一・近藤冨士男。彫師は滝本喜数。彫物図柄は「武者」。
水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が二つ。
 創建は明治31年で土居より購入するが、すぐに小松町本町へ。
 先代は明治32年制作するが、昭和58年に川沿町に売却。

久保十六番。平成6年(1994)制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「源平合戦」。水引幕は白地に唐獅子の刺繍。
 下町組解消のため明治32年に楢之木より購入⇒小松町東常盤町⇒伊勢音頭連合会。
 先代は昭和57年制作で、平成5年に東予市北条新田に売却。

新兵衛十七番。平成元年制作。黒塗り・三階。大工は石水公親。彫師石水信至。彫物図柄は「日本神話」。
塗師は月原進、石水公文。水引幕は波に亀の刺繍。
 初代は明治31年に宮之下より御船楽車を購入。
 三先代は明治33年新調。大正4年北之丁上組に売却。その後しばらくは西条や小松より楽車を借りた。
 先々代は昭和5年土居⇒小松町の楽車を購入。その後行方不明。

 先代は昭和28年に、薮之内より購入し、昭和63年に香川の「四国お祭り村」⇒現・東予市三津屋えびす会(北東)へ。

山道十八番。平成2年(1990)制作。黒塗り・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「武者」。
塗師は月原進。彩色は石水公文。水引幕は白地に金糸の三つ巴紋が2つ。後に鶴の刺繍。
 初代は明治33年に西条大町⇒山道⇒大久保⇒日明⇒下小川⇒南町。
 先々代は明治41年制作するが、大正3年の大火事で焼失。

 先代は大正中期制作。東予市睦会に売却。

尾土居十九番。平成元年制作。素木・三階。大工は伊藤一直。彫師は土居工雪。彫物図柄は「武者」。
水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が2つ。後に鷹の刺繍。
 創建は明治34年。西条八丁(平成元年〜)⇒旧・東予市石田(平成25年〜)へ。

西之原=二十番。昭和58年(1983)制作。素木・三階。大工は矢野一政。彫師は川人三郎。胴板下絵は石水信至。彫物図柄は「源平合戦」。
水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が2つ。

 初代は昭和41年に西条栄町上組より購入。経路は末長⇒栄町下組⇒西之原⇒御所通⇒西新町。

大久保=二十一番。平成2年(1990)制作。素木・三階。大工は金森秀夫。彫師は川人三郎。彫物図柄は「武者」。
水引幕は白地に鳳凰の刺繍。

 初代は明治41年に山道より購入。昭和8年に西条日明⇒下小川⇒南町。
 先代は昭和51年に裏組より購入。新調に伴い平成2年東予市神善会へ。

蛭子=二十二番。平成10年(1998)制作。素木・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「太平記」。水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋が1つに千鳥。後は波に千鳥の刺繍。
 創建は明治34年。しかし明治40年頃に西条百軒巷に売却。
 先々代は子供楽車。
 先代は昭和57年新調復活。素木・三階。大工は金森正一。彫師は土居工雪。現・東予市親善会へ。

朝日町二十三番。平成11年(1999)1011日、新調入魂式。朱塗り・三階。大工は石水公親。彫師は石水信至。彫物図柄は「石岡神社縁起(三韓征伐)」。
塗師&彩色は石水公水。
水引幕は赤地につ巴紋。
 初代は昭和57年に新御堂より購入⇒朝日町⇒東予市今在家。

西田=二十四番。平成3年(1991)に加茂町より購入。黒塗り・二階建て。明治32年(1898)西泉で新調。大工は菅甚九郎。助は菅好助・菅長平・吉本寅吉。彫師は松田幾助。彫物図柄は「源平合戦」。
水引幕は赤地に金糸の三つ巴紋。
 経路は西泉新調⇒西条州之内(昭和42年〜)⇒加茂町(昭和56年〜)⇒西田。
野部里=二階建てを制作中。平成19年完成予定だったが?大工の越智浩二さんを中心に自治会青年部で手作り。彫物も手作り。高さ約3.7m。
 【御輿台】
竹内=御輿一番。4代目?。平成10年金糸の掛け替え。
 創建は嘉永4年(1851)以前。支輪彫刻に墨書き。


野々市=御輿二番。平成3年10月13日、新調御披露目。飾り幕はぬい屋(菅原逞多)。図柄は布団締め「昇龍、降龍」、水引幕「平清盛の日招き」、四角布団「須佐之男命八岐大蛇退治、龍と鷲の絡み」、三角布団「阿吽の龍」。 
平成10年、布団締めの締め直し・形状変更。車軸にベアリング追加。
 創建は江戸末期で明治初期に西条喜多浜に売却。
 先代は香川県満濃町上上組へ。
 【屋台廃絶】
山口天保13年以前よりあったが、明治35年の屋台奉納届け(この年は出ていない)を最後に出ていない。

下島山甲1833 飯積神社 10/16、17 神輿 大小
太鼓台11 大谷、上組、下組、船屋、飯岡本郷、野口、八幡
新居浜市大生院岸影、〃 上本郷、下本郷、喜来
太鼓台廃絶 飯岡半田
子供太鼓台7台 新居浜市大生院岸影、〃 上本郷、下本郷、喜来 、栗林、戸屋の鼻、大生院団地
16日は16:00〜17:00 飯積神社前宮出し。新居浜市の大生院地区4台はM2大生院店前で中萩地区6台と合流してかきくらべをする。
17日は16:30〜飯積神社前の渦井川河原に勢ぞろいし、一斉にかきくらべを披露。
神輿=大は平成12年新調。小は平成7年新調。一時期は女神輿として担がれていたが、現在はまた男の担ぎ手に戻っている。
 以前の大神輿と小神輿は境内の資料館に保存されている。
 【玉津地区】
大谷=昭和58年(1983)地区の愛好者が作る。
上幕は「重層・三層御殿」が二面、「鷲と龍尾」、「阿形の龍」。
高欄幕は「重層・三層御殿」が二面、「吽形の飛龍」、「阿形の龍」。
天幕は赤青白碁盤模様。
 明治中期創建だが、明治45年の半田太鼓台との抗争のため売却する。
 先代は昭和56年に75年ぶりの復活のため下島山上組より購入し、その後土居町小林に売却され平成9年まで使われた。

下島山上組昭和56年(1981)制作。縫師は上幕・高欄幕は梶内近一。
上幕は「重層御殿」、「阿形の飛龍」、「安楽殿と華精門」、「獅子と鷲」。
高欄幕は「三層御殿」、「鷲と阿形の龍」、「重層御殿」、「二匹の獅子」。
平成8年に布団締め新調。自治会の作と伝わる。
天幕は紅白紫白碁盤模様。
 創建不詳。吉本勝氏(西条史談会)の研究によれば、明治44年の飯積神社の奉納記録に、符合する名が見受けられるらしいが、明治45年頃にケンカのため多くのけが人が出たので処分される。
 先代は昭和6年制作で、56年に大谷に売却さらに58年に土居町小林に売却され平成9年まで使われた。

下島山下組=昭和51年(1976)制作。縫師は高木一彦(観音寺市)。
上幕は「陽明門」、「重層御殿と二重塔」、「鷲」、「阿形の飛龍」。
高欄幕は「重層御殿と三重塔」、「重層御殿と獅子」、「獅子」、「吽形の龍」。
天幕は紅白碁盤模様。
 創建不詳。吉本勝氏(西条史談会)の研究によれば、明治44年の飯積神社の奉納記録に、符合する名が見受けられるらしい。
 先代の飾り類は地区で競売される。房は「子供の国」へ寄贈され展示。


船屋⇒鎮守は諏訪神社(船屋甲86)。
=平成8年(1996)制作。飾り幕は西山成之縫師(山本町)。
上幕は「平 清盛」、「弁財天」、「重層御殿」。
高欄幕は「獅子と龍」、「獅子と鷲」、「阿形の飛龍」、「重層御殿」。
房は京都・岡本。
天幕は紅白碁盤模様。
 創建不詳。吉本勝氏(西条史談会)の研究によれば、明治44年の飯積神社の奉納記録に、符合する名が見受けられるらしい。
 先代は坂出市鳥洲西へ。
 【飯岡地区】
飯岡本郷(川東)平成20年(2008)9月14日、仮組運行。10月13日、新調御披露目式。(有)金鱗(合田縫師)の作。
上幕は「須佐之男の八俣の大蛇退治」、「奇稲田姫」、「天照大神 天の岩戸」、「天宇受売命の踊り」。
高欄幕は「回廊に現れた鷹と虎」、「唐門に遊ぶ獅子」、「日光東照宮」、「阿形の龍」。
重は9段。天幕は紅白碁盤模様。
 創建不詳。先代は大正10年頃制作で観音寺市山田地区に売却され平成2年頃まで使われる。
 先代は昭和57年(1982)制作。平成20年、八幡太鼓台(同地区の亀の甲・八幡原)に売却。

野口
(川西)昭和57年(1982)制作。三代目。飾り幕は(株)梶内だんじり。
上幕は「獅子」、「龍と鷲」、「神楽殿と眠り猫」、「重層御殿」。
高欄幕は「渡辺綱の茨木童子退治」、「阿形の龍」、「三仏殿と輪蔵殿」、「華精門と安楽殿」。
重は9段。天幕は紅白碁盤模様。
 創建不詳。先代は
57年に観音寺市高木・四辻に売却。その後地区内で競売。


八幡⇒鎮守は原八幡神社(飯岡1195)。八幡原・亀の甲が中心に運営。
=平成20年(2008)9月14日、購入御披露目。
昭和57年(1982)飯岡本郷新調。縫師は高木一彦(観音寺市)。
上幕は「獅子と鷲」、「唐獅子」、「三仏殿と多宝殿」、「三仏殿」。
高欄幕は「陽明門」、「輪蔵殿と太鼓楼と獅子」、「石橋」、「阿形の龍と獅子」。
重は9段。天幕は紅白碁盤模様。
 【廃絶】
飯岡半田
=観音寺より太鼓台を購入したが、明治44年の喧嘩で売却。
 【新居浜市大生院地区
岸影=平成4年(1992)制作。縫師は大野原の(有)ぬい屋(菅原壽一)の作。平成11年修復。上幕は「陽明門」、「日光東照宮社殿」、「龍の頭部」二面。
高欄幕は「阿形の飛龍」、「虎」、「金刀比羅宮」二面。
天幕は紅白縞模様。
 創建は天保4年らしい。大正9年に他所に売却。
 先々代は大正9年制作で昭和33年に新居浜市萩生西地区へ現在は蒲団締めは土居町内の川。山本町の縫師?。高欄幕は山本町の縫師所有。

 先代は昭和34年制作で坂出市川津地区へ。

上本郷=平成5年(1993)創建。縫師は藤野正千代。
上幕は「鷲と獅子」、「安楽殿と華精殿」、「仁政殿」、「阿形の飛龍」。
高欄幕は「陽明門」、「阿形の飛龍」、「素戔嗚尊の八岐大蛇退治」、「金刀比羅宮旭殿」。
天幕は紅白碁盤模様。
※明治期に本村として太鼓台があり上本郷、下本郷、喜来は共有で奉納した。

下本郷=昭和58年(1983)制作。本体・飾り幕は自治会で作る。
上幕は「八幡殿」、「飯積殿」、「武者と唐獅子」、「龍頭部」。
高欄幕は「陽明門」、「日本武尊猪退治」、「龍頭部」、「飛龍」。
重は9段。天幕は紅白青白碁盤模様。
 創建は昭和51年。
 先代は54〜57年、中古太鼓台を使用。後に62年に観音寺市田井に売却するが現存せず。

喜来(喜来西、喜来東、高山西、高山東自治会より成る)=平成6年(1994)坂出市男意気太鼓台として新調。縫師は(有)ネットワーク(川口芳博)。平成8年(1996)購入。
上幕は「新羅城」、「新羅武者と龍」、「武内宿禰」、「神功皇后と大矢田宿禰」。
高欄幕は「重層御殿」、「三仏殿」、「阿形の飛龍」、「仁政殿」。
重は9段。天幕は紅白碁盤模様。
 【子供太鼓台】
新居浜市大生院岸影=
制作年 等不詳。天幕は「紅白の縦じま模様」。

〃上本郷=制作年 等不詳。天幕は「赤青白の市松模様」。

〃下本郷=制作年 等不詳。天幕は「赤白青白の市松模様」。

〃喜来=制作年 等不詳。天幕は「赤白の市松模様」。

〃栗林
=平成12年頃より出ていない。

〃戸屋の鼻=子供太鼓台のみである。飾り幕が立体刺繍ではなく、平面刺繍の幕を付けている。


〃大生院団地=昭和の終わりから 平成の初期にかけて子供太鼓台を出していたが 現在ではその運行は休止している。
禎瑞645 嘉母神社 10/2土日 神輿 あり
子供太鼓台6台 上組、中組、下組、八幡、高丸、難波
獅子舞廃絶 明治期は奉納していた
土曜は氏子町内をそれぞれ廻り、日曜は朝嘉母神社で6台揃って宮出しを行い、その後氏子町内5か所でかきくらべを行い、夕刻再び神社へ宮入り(かきくらべ)を行う。
禎瑞地区は天明2年(1782)西条藩の干拓事業で出来た新田で、この時に嘉母神社も同時に創建された。神幸祭が始まったのは昭和8年である。昭和45年頃より、禎瑞保育園児がダンボール箱を太鼓台の形のように積み重ね、運動会などでかきくらべをしていたが、数年後には父兄による手作りの子供太鼓台が秋祭りの渡御行列に参加するようになった。当初は発泡スチロールなどを使ったものであったが、順次、金糸刺繍による本格的なものが作られた。
上組=昭和56年(1981)制作。飾り幕は梶内近一の作。蒲団締めは「昇龍、降龍」。上幕・水引幕は「重層御殿、龍、鷲、獅子」。天幕は「赤白の市松模様」。
 創建は昭和50年。現・太鼓台購入につきオレンジハイツへ。 

中組=昭和52年(1977)制作。縫師は自治会の作。蒲団締めは「昇龍、降龍」。上幕・水引幕は「御殿、龍、夫婦鯛」。天幕は「赤白の市松模様」。
 創建は昭和45年子供御輿型。

下組
=平成6年(1994)制作。縫師は中国・蘇州の職人。蒲団締めは「昇龍、降龍」。上幕・水引幕は「御殿、龍」。天幕は「赤白の市松模様」。
 創建は昭和51年。現・丹原町久妙寺へ。

八幡
=平成元年(1989)制作。蒲団締めは「昇龍、降龍」。上幕・水引幕は「御殿、龍」。天幕は「赤白の市松模様」。
 創建は昭和50年。子供楽車だった。

高丸
=平成7年(1995)制作。縫師は高木一彦(観音寺市)。蒲団締めは「昇龍、降龍」。上幕・水引幕は「平清盛、龍」。天幕は「赤青白の市松模様」。
 創建は昭和51年。現・東予市へ。

難波=平成7年(1995)制作。縫師は中国の職人。蒲団締めは「昇龍、降龍」。上幕・水引幕は「御殿、龍、鷲」。天幕は「赤紫白の市松模様」。
 初めは子供樽神輿で、昭和52年に発砲スチロールで作った。
 【加茂地区】
旧・新居郡加茂村。荒川山(あらかわやま)、千町山(せんじょうやま)、藤野石山(ふじのいしやま)にあたる。
下分(荒川字宮ノ本乙24) 荒川八幡神社 11/3(元・10/17) 神輿 氏子は荒川2号(下分)、東宮、河ヶ平下。
獅子舞
明治34年、神輿購入に合わせ、獅子頭を購入し獅子舞を始める。獅子舞は黒瀬より伝授した。
荒川4−86 明見神社 10/17 獅子舞 獅子頭は大正初期購入。荒川下分より伝授。
土居(千町山) 近江神社 神輿
千町山 高智神社 10/1日曜 神輿 氏地は千町地区(中屋、中谷、宮之首、御代地、久保、土居、岡、晩茶)
獅子舞 獅子頭を享保14年(1729)旧暦9月に購入。
藤之石1−6 藤咲神社 10/17 例祭
藤之石5−217 天満神社 10/17 例祭
藤之石7−97 止呂神社 10/17 例祭
藤之石8−43
六十余惣神社
10/17 例祭
 【鉱山】
基安鉱山
=最盛期の昭和31年には、月産2500トンを超える銅鉱石を算出し、72戸の鉱山集落があり、500人あまりが生活していたが、昭和47年(1972)7/31に閉山となる。


新居(にい)鉱山
=大正時代に開発され、その後、昭和8年に日本鉱業の手によって操業を始め昭和27年には休山した。
加茂川最奥の集落の川来須(かわぐるす)は新居鉱山が盛況であった頃は酒屋、質屋、宿屋、簡易劇場などがある繁華なまちであった。平成17年では2戸、3人である。

千町鉱山=大正初期に開業し、大正末期に閉山した小規模銅山。
 【大保木(おおふき)地区】 
旧・新居郡大保木村。兎野山(とのやま)、黒瀬山(くろせやま)、大保木山(ほきやま)、中奥山(なかおくやま)、西野川山(にしのかわやま)、東野川山(ひがしのかわやま)である。現在では、「野」を「之」に換え、「山」を省く。(兎之山を除く)。かつて中学校1校、小学校6校、分校1校 があったが、現在では、浦山小学校のみが存続。
西条市の合併時の昭和31年9/28には、2489人が暮らし、主に林業や農業が行われていたが、林業の衰退、黒瀬ダムの完成により、平成17年(2005)では191人が住んでいるにすぎない。
兎之山239 松岡神社 10/13 例祭
黒瀬字坂中甲960 浦山神社 10/14 例祭
黒瀬字向乙208−3 森岡神社 10/14、15 獅子舞 かつては獅子舞奉納。ダムが出来て多くの人が離村のため廃絶。
 黒瀬が雄の獅子、下黒瀬が雌の獅子。獅子舞には、なぶり子、獅子使い、地太鼓打ち、獅子の着物をあおぐ人などがいて、各組総勢10名ほどが2日間をかけて一軒一軒廻っていたが、黒瀬集落がダムに水没したため現在は行われていない。
 今では、黒瀬出身者で「黒瀬獅子舞保存会」が結成され、毎年11月初旬に西条市河原津東予運動公園の特設会場で行われる「西条獅子舞フェスティバル」に参加。
大保木字松ノ木2−112 東宮神社 10/15 神輿
獅子舞
中奥字千野々1−35 大元神社 10/16 例祭 獅子舞休止。明治期に黒瀬より伝わる。
中奥字淀3−81 古長河内神社 10/16 例祭
西之川字名古瀬谷丙3 大宮神社 10/9 例祭
東之川字宮ノ平4−37 高智八幡神社 10/9 例祭
小森=西之川の字。西之川鉱山の社宅があった。神社もあり。
 【黒瀬ダム(黒瀬湖)】
昭和39年(1964)着手。昭和47年(1972)竣工。水没家屋113戸、土地取得面積126ha、 公共建物移転補償25棟、そこで黒瀬の大部分139戸、500人以上が離村した。
 ★展示場
 西条市こどもの国
西条市明屋敷131−2。рO897−56−8115。開館時間は8:30〜17:00(夏休み中は9:3018:〜00)。定休日は月曜日・祝日の翌日、年末年始。
“だんじり2台、太鼓台2台、神輿が常時展示されているほか、大型ビデオブロジェクターを備えている”
魚屋町=市指定文化財。黒塗り・二階。文久2年制作。平成5年まで使用。大工は魚屋町万吉。助は辰次。下絵師は八木南渓。彩色は林濤光。

中野東光=嘉永6年、上横町新調。朱塗り・二階。昭和26年に購入。大工・彫師は魚屋町万吉、国安丑之助、北之村庄助。彫物図柄は「十二支・魚介図」。絵師は八木南渓。高欄幕は「紺地に金刺繍で源氏車二つ」。

新町御輿だんじりとして江戸期に出ていたが、あぜ道から田に落ち廃台となるが、平成10年、100年ぶりに復元し子供の国に出品。「龍宮海女・富士の巻狩り」。
 鉄道歴史パークin SAIJO
西条市大町798−1。開館時間は8:00〜19:00。観光交流センターは年中無休だが、あと2つは水曜日が定休日。
四国鉄道文化館、十河信二記念館、観光交流センターの三つの施設からなる。四国鉄道文化館は有料。観光交流センターにだんじりを展示。
だんじり=平成2年完成。大工は金森棟梁。彫物図柄は「こどもの国」用のため「御伽噺」。
西条市が「こどもの国」に展示用に新調。その後、「観光交流センター」に移動。
 屋台資料館ていれぎの里
西条市洲之内。現存しない。国道沿いのドライブインだった。土地は借地のため姿すら無し。屋台資料館には、西条まつりのだんじりが展示されていた。この屋台は現在は足立の庄にあるらしい。