福 岡 県
  
   

博多山笠 博多山笠(飾り山笠)
住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪福岡市≫
 ■博多山笠
博多区上川端町1−41 櫛田神社 7/1〜15 山笠7台 恵比須流、土居流、大黒流、東流、西流、中洲流、千代流
子供山笠3台 博多流、千代流、新天町
飾り山笠12台 千代流、東流、中州流、上川端通、川端中央街、新天町、渡辺通1丁目、博多駅商店連合会、キャメルシテイ博多、ソラリア、博多リバレイン、福岡ドーム
 【主な行事】
1日  飾り山笠公開  
      15日の未明まで。
1日  当番町お汐井とり
      夕刻、舁き山笠七流の当番町の男衆や子供たちが今年初の水法被姿で箱崎宮本宮の海岸「箱崎浜」に清めの砂を取りに行く。
      お汐井てぼにお汐井(海砂)を入れ、その後、箱崎宮と櫛田神社に参拝、山笠の無事奉納を祈る神事。
9日  お汐井とり
      全流お汐井取り。舁き山笠七流の全男衆や子供たちが箱崎宮本宮の海岸「箱崎浜」に清めの砂を取りに行く神事。
      石堂橋付近に集合して一番山笠から流ごとに整列し、17:30から5分毎に箱崎浜に向ってスタート。
      流ごとにお汐井を取った後は、歩いて筥崎宮に参拝。お神酒、するめ、昆布などを頂き、一番山笠から流ごとに整列し帰路へ。

      お汐井は山笠期間中、舁き手が体や山笠台にかけて清めるために使われる。
10日 流舁き  夕方
      この日から山笠が動く。それぞれの流の区域内を隅々まで一時間ほど舁いて廻る。午後4時から6時ごろに舁き出す流が多い。
11日 朝山(祝儀山) 午前5時頃
      各流が午前5時から6時にかけて舁く。
      七流の舁き山が午前5時から6時までに舁き出し、長老に台上がりをしてもらう。
      子供たちに山の楽しさを体感させるために台上がりをさせる。

    他流舁き(山見せ) 夕方
      千代、大黒、東、中洲各流は、他の流区域内に舁き入れる「他流舁き」をする。
12日 追い山ならし     午後3時59分櫛田入り
       15日の本番「追い山」の肩慣らし。上川端町の櫛田神社で午後3時59分、一番山笠が清道を回る「櫛田入り」を披露。5分刻み(最初だけ6分)で七流の舁き山が出走する。山は博多区奈良屋町までの約4kmを走る。
13日 集団山見せ
      午後3時半、明治通の呉服町交差点を出発、那珂川を渡って中央区天神の福岡市役所までの約1、3kmを舁く。
     この集団山見せは昭和37年、福岡市の要請で始められた行事で、商人町・博多で生まれた博多祇園山笠の舁き山が城下町・福岡に乗り入れる唯一の行事。
     毎年、この日の台上がりは、福博の知名人が務めることになっている。
     帰路で「櫛田入り」する山もある。

14日 流舁き
       10日と同じ。ただし、千代、東の二流は舁かない。午後4時から6時にかけ行われる。
15日 追い山
      午前4時59分、櫓の上で打たれる大太鼓の合図で今年の一番山が櫛田入り。清道旗を廻ったところでいったん止まり、手ぬぐいをとって一番山だけに許されている「祝いめでた」を見物衆と一緒に歌い上げ、博多区須崎町の「廻り止め」までの約5kmで速さを競う。他の流も5分おき(最初だけ6分)に次々スタートする。 
     鎮めの能  午前6時
      荒ぶる神を鎮める神事。全部の山笠が櫛田入りを済ました後、神社境内の能舞台で行われる。  
 【山笠】
恵比須流=石堂川(御笠川)西岸の町々を中心にした流。旧町の綱場町・中間町、上金屋町・下金屋町・横町、上竪町・中石堂町・官内町、中竪町、下竪町、蓮池町の6ブロック、11ヶ町で構成。6ブロックの流れ委員と11ヶ町の町代表で当番町を決める。
加勢町は小金町、大博町、西門町、中小路町。

土居流=「土居通り」に沿った@上新川端町、A中ブロック(大乗寺前町、上土居町、中土居町、下土居町、片土居町、川口町)、B浜三ヶ町(行町、浜小路、西方寺前町)の10ヶ町で構成し、3年に1回の割りで当番町を務めていたが、昔に倣い1町当番制に戻すが、上土居町は人口減のため、実質9町で運営。

大黒流
=古くは州崎流と呼ばれた。博多川東岸の町々で構成。
下新川端町、須崎町1区(すノ一)、対馬小路1区(つノ一)、麹屋町、古門戸町1区、須崎町2区(すノ二)、川端中央街(川中)、川端町、須崎町3区(すノ三)、寿通、古門戸町2区(古ノ二)、対馬小路2区(つノ二)の12ヶ町。博多リバレインの地区内である。各町が1年ごとに当番町になる。 

東流=大博通りの東側。東町流の時は御供所町、金屋小路、北船町、上東町、下東町、上浜口町、中浜口町、下浜口町、鏡町。
昭和41年2月の博多地区町界町名整理を機に東町流を中心に大博通りの拡幅で解散した呉服町流、櫛田流の一部が合流して発足。
新町名の上呉服町、中呉服町、下呉服町、御供所町で構成。
流れ当番で総務を指名。
加勢町は堅粕町。


西流=大博通りの西側。西町流の時は万行寺前町、竹若町、箔屋町、上西町、下西町、蔵本町、奈良屋町、古渓町、芥屋町、釜屋町。
昭和41年2月の
博多地区町界町名整理を機に西町流を中心に岡流、櫛田流、福神流、恵比須流、呉服町流、沖浜流の一部が合流して発足。
新町名の冷泉町上、冷泉町下、店屋町、綱場町、奈良屋町が構成し、5年ごとに当番町を勤める。


中州流=中洲1丁目〜5丁目の五ヶ町で構成。昭和24年に正式参加。各町が1年ごとに当番町になる。
加勢町は警固若、翁若、松津若。


千代流=昭和25年に正式に加入。千代1丁目〜6丁目からなり、この新町単位で運営。ブロック委員会で当番町を決める。
福神流(ふくじんながれ)=古くは魚町流と呼ばれた。西門町、中小路町、上魚町、中魚町、下魚町、上店屋町、下店屋町、古小路町。現在の町名は上呉服町、店屋町に当る。
山笠は明治38年に雷鳴を太鼓の音と間違えて出発し追い山を混乱させ、その責任をとってそれ以来不参加となる。
大正2年からは山笠神事の結びにあたる「鎮めの能」の能当番を担っていたが、それも昭和38年で中止。
町名町界整理の際に他の流に編入した町もあり、また他流の加勢町として参加している町もある。
  【今は無き山笠】
昭和41年2月の博多地区町界町名整理を機に流れが整理された。

南流(1丁目流)=舁き山としては昭和27年のみ。昭和44年まで役員出していた。

呉服町流=昭和27年復活するも、大博通り拡幅で、民家が減り流運営も苦しくなるため、東西に分離して東側は東町流と合流し東流。西側は西町流と合流し西流となり、昭和40年を最後に解散。
⇒東長寺前町、東長寺前新道、上小山町、下小山町、上呉服町、下呉服町、上市小路、中市小路、下市小路、廿屋町、萱堂町、奥小路。

沖浜流=昭和34年まで山笠を奉納。
⇒大浜町、小金町、柳町。

築港流=昭和34年まで山笠を奉納。その後能当番になるが昭和40年を最後に解散。
⇒海岸通一帯(
千歳町、冷泉町、石城町、海岸通、西浜町、幾夜町、恵比須町、北浜町)。

岡流=昭和27年〜昭和34年まで山笠を奉納。その後能当番になるが昭和41年を最後に解散。
⇒祇園町一帯(瓦町、社家町、下祇園町、上祇園町、矢倉門、馬場新町、上辻堂町、下辻堂町、出来町、停車場町)。

櫛田流=昭和26年発足。37年まで山笠奉納。その後能当番になるが昭和40年を最後に解散。
⇒今熊町、櫛田前町、上厨子町、下厨子町、上奥堂町、中奥堂町、下奥堂町、上赤間町、下赤間町、上桶屋町、下桶屋町、寺中町、上普賢堂町、下普賢堂町。
 【飾り山笠】
東流=博多区上呉服町、呉服町交差点南東角の歩道上に建てられる。昭和57年、40年ぶりに復活。

中州流
=博多区中洲4丁目、旧・エヌ・パサール前に建てられる。昭和24年に初参加した中州流は、当時より現在まで山笠と飾り山笠を奉納。

千代流=博多区千代1丁目、パピヨン24前に建てられる。飾り山笠は昭和38年で中断していたが、平成2年、千代地区市街地再開発ビル(パピヨン24)の完成を機に復活する。

上川端通
=博多区上川端町、上川端商店街内に建てられる。上川端通商店街が運営。この飾り山笠のみ、12日の追い山ならし、15日の追い山で“櫛田入り”を披露する。
山笠終了後にぜんざい広場に展示。

新天町=中央区天神2丁目、新天町・メルヘン広場み建てられる。昭和24年、福岡地区で初めての“飾り山笠”として登場。平成6年心無い者に放火され全焼するが、翌7年に復活。

川端中央街=大黒流の川端中央街が独自に建てる。昭和46年より始まる。
川端商店街のアーケード内に建設されるため、雨の日でも飾り山を堪能できる。

渡辺通1丁目=中央区渡辺通1丁目、サンセルコ広場に建てられる。昭和54年、市街地開発ビル完成後、復活した。またかつては「一丁目流」「南流」という名称で飾り山笠を建て、昭和27年のみ、舁き山笠に参加した。

博多駅商店連合会=博多区博多駅中央街、平成23年(2011)より博多阪急前の駅前広場に建てられる。以前はJR博多駅前広場に建てられた。
昭和39年に奉納が始まりだが、1年のみ。昭和47年から毎年奉納。

ソラリア
=中央区天神2丁目。西鉄が福岡スポーツセンター跡地に再開発したソラリアプラザ(専門店街)吹抜け部分に平成4年から建てられている。

キャナルシテイ博多=博多区住吉1丁目、キャメルシティ博多サンプラザステージに建てられる。平成8年春にオープンした複合商業施設。施設の吹き抜け部分に建てられる。

博多リバレイン
=博多区下川端町。下川端地区市街地再開発事業が平成11年春に完成。この年から飾り山笠を奉納する。同地区は大黒流れに属する。再開発以前は「新下川端町」、「寿通」の2本の飾り山笠があり、それが合併する形で生まれた。隣接する博多座と連携しており、表、見送りのどちらかに歌舞伎を取材したものを展示する。

福岡ドーム
=平成12年より始まる。ダイエ―香椎駅前店が店舗閉店につき、移転継承となる。
福岡ドーム横だけあって、毎年、見送りの飾りは福岡ソフトバンクホークスの人気選手の人形が飾られる。博多から最も離れた場所にある飾り山。

天神1丁目=平成17年より始まる。エルガ―ラ・パサージュ広場に建てられる。西日本新聞グループと博多大丸が運営。

櫛田神社=番外山笠。本殿向って左奥裏手側。観光客用に唯一、年間を通じて展示している。
永らくKBCと博商会で奉納していたが、平成17年(2005)よりKBCと博多祇園山笠振興会が奉納となる。
 ≪廃止≫
唐人町=昭和40年まで出していたが、アーケード工事を理由に中断。結局これで廃止となる。

ダイエー香椎駅前店=東区香椎駅前2丁目。昭和50年にアピロス香椎店として建てられたが、平成11年にダイエー香椎駅前店が店舗閉店。

アピロス野間 =昭和52年〜昭和61年まで出していた。

下川端通、寿通=現在の博多リバレインにつながる。
 【子供山笠
博多流=昭和46年(1971)、当時の大黒流内の寿通に子供山笠が誕生。奈良屋小の児童を中心に商店街をかきまわった。その後博多地区4小学校(奈良屋小、大浜小、御供所小、冷泉小)の統合で博多小学校が誕生し、「子供山笠博多流」と改称した。平成19年(2007)同小創立10周年を記念して、舁き棒や山台を新調した。
 子供達の手で舁き山の人形飾りを作りあげ、山笠期間中に実物の3分の2のサイズの舁き山笠を担いで校区を回る。
また、子供山笠の中で、唯一櫛田入りを行う子供山笠であり、櫛田神社の太鼓台下から清道を廻り太鼓台下までの櫛田入りのタイムを計る。

千代流=昭和62年、千代流運営委員会が千代小学校百周年記念に山笠一式を寄贈し始まる。

新天町=寿通から古い台、棒を借りて始まる。

 ■博多区
上川端町1−41 櫛田神社 10/23、24 博多おくんち
博多おくんち=牛車にひかれた神輿を先頭に、稚児行列や獅子頭、ブラスバンド、九州各地のミスやミス日本などが博多の街を廻る。
 境内では奉納相撲なども行われる。
11月23日に行われていた新嘗祭を名称と日程を変更して昭和28年(1953)より始まった。
博多山笠は博多山笠の項で。
住吉3丁目1−51 住吉神社 10/12〜14 神幸祭 旧・官幣小社
神功皇后が三韓遠征から帰国した際、住吉大神の御神徳により無事御帰還されたことに対し感謝され、「相撲」と「流鏑馬」を奉納したことに因むという祭り。中洲、春吉、住吉、美野島、東住吉、春住地区を練り歩く。
12日=世渡祭(稚児行列)、13日=本殿祭(流鏑馬)・少年相撲、14日=納祭。
月隈3丁目11 下月隈八幡宮 旧・郷社
博多駅前1−29−47 若八幡宮
中洲 5−6−28 國廣稲荷神社 11/1木金土 中州まつり
 【中洲まつり】
10月第一木曜〜土曜開催。中洲まつり実行委員会主催。
昭和51年(1976)11月4日に、1年間の中洲の飲食店利用客への謝恩の意味を込めて開催した。
主なイベントとして、ふくこい総踊り、中洲國廣女みこし、はしご酒大会、ミス中洲コンテスト、カラオケ大会、ニューハーフショー などがある。
中洲國廣女みこしは昭和62年(1987)に女性だけの名物神輿として國廣神社の名称を授かり、創設したもので、総勢約500人の女性が神輿を担ぎ、中洲界隈を練り歩く。

 ■中央区
天神2丁目2−20 警固神社 7/23 夏越祭
天神1丁目15−4 水鏡天満宮 7/24、25 夏祭り 旧・県社
10/中旬土曜(元・25) 子供神輿
秋の天神さままつり=2000年より天神地区の14の大型商業施設・商店街で構成される「都心界」によって「秋の天神様まつり」として盛り上げられており、祈願成就という言葉が転化したものといわれる「ぎゃんぞい」の掛声を出しながら、子供たちが神輿を担いで天神の繁華街を練り歩く。
今川2丁目1−17 鳥飼八幡宮 7/連休日曜 夏祭り お獅子回し
10/19 例祭
お獅子回し=獅子頭を台に乗せてかつぐ。子供みこしとも言う。14:00より約1時間で、鳥飼八幡宮の表参道である唐津街道を歩く練り歩く。
西公園13−1 光雲神社 4/20&10/4 例祭 筑前黒田藩の藩祖・黒田如水と初代藩主・長政の親子を祀る神社。
 【警固校区ふれあい夏まつり】
7月中旬日曜、17:00〜、警固小学校の運動場で開催。
先触れとして手作り子供みこしが、警固小学校まで沿道の住民から力水をもらいいながら練り歩く。
17時より、本舞台として第1部が警固小学校の生徒達を中心とする舞台。第2部は公民館サークルで活動する大人の舞台。最後は、和太鼓の演舞で終了した。
警固校区自治協議会の各種団体の方々による夜店コーナー、ゲームコーナーの開店した。
 【南当仁校区夏祭り】
8月下旬土曜、18:00〜21:00。南当仁小学校の運動場で開催。
17:00〜、先触れとして子供会が参加した手作り子供みこしが、鳥飼神社から南当仁小学校まで沿道の住民から力水をもらいいながら、「ヨイショ ヨイショ」の掛声で練り歩く。
18時より、南当仁校区自治協議会の各種団体の方々による夜店コーナー、おやじの会によるザリガニすくいコーナーやゲームコーナーの開店。
19時、開会式。当仁太鼓の演舞披露しました。盆踊り。
最後は、大抽選会。

 ■東区
箱崎1−22−1 筥崎宮(箱崎宮) 旧6/16〜19 山笠廃絶 明治32年頃に廃絶らしい?
9/12〜14(西暦奇数年) 放生会 御神幸。筑前一ノ宮。旧・官幣大社
1/3 玉取祭(玉せせり) 裸男が直径30cmの雄雌2個の玉を奪い合い、豊凶を占う。
御神幸=市指定無形民俗文化財。白の衣や黒の衣装を付けた神職や氏子ら約500人が神輿3基を中心に鐘や太鼓を打ち鳴らしながら町を練り歩く。渡御列は錦旗、清道旗、火王水王、八ツ旗、絹傘などを持って神輿を守る。
 御下り(渡御)=12日、18:00〜。神社から九大病院の方に行き、馬出・吉塚地区を進み4時間かけて箱崎の頓宮へ到る。距離は約8kmのコース。
 御上り=14日に行われる。「お下り」の逆。19:00〜。頓宮から箱崎の街を進んで神社へ還る。距離は約2km、時間は約1時間のコース。

御下りも御上りも最後の100mばかりを、それぞれの道具を持ったまま全力で走り込む。
香椎4−16−1 香椎宮 10/29 香椎宮獅子楽 旧・官幣大社
三苫6丁目21−19 綿津見神社 10/17 例祭 女の子による浦安の舞
奈多1236−2 志式神社 7/19、20(毎年) 祇園祭
11/19、20(元・旧10/19) おくんち はやま行事
祇園祭=志式神社境内の常設舞台「志式座」(市指定有形文化財)おいて行われる。以前は組立式の仮設舞台であったが、久山町猪野の伊野大神宮にあった能舞台を、69円で購入し志式神社に移築し、両側面の楽屋を拡大し、太夫座・花道を設けるなどの改造をした。福岡市内にはこうした農村舞台は小呂島(西区)、西浦(西区)、唐泊(西区)、姪浜(西区)、箱崎(東区)にもあったが、現存するのはここのみである。
 天明4年(1784)、疫病と飢饉退散の祈願成就の御礼に芦屋の大蔵組を呼んで「おどり」(芝居)が奉納され、以後、「万年願」として一度も欠くことなく続けられている。
早魚(はやま)行事=県指定無形民俗文化財。19日夕方より志式座にて神楽が深夜まで奉納され、そこで早魚(はやま)行事が行われる。集落は4地区あり、西方と前方、牟田方と高浜が1年交代で対戦する。出場出来るのは24歳と25歳の青年である。2組の若者が1尺6寸(約60cm)の鯛をさばく速さを競うもので速さで勝った方の地区は、豊漁になるという行事である。
 19日の午後、対象者が公民館に集められ、籤引きで包丁をさばく「料理人」、座元に鯛のひれを差し出す「ひれさし」、鯛の身などを入れる「すり鉢持ち」の3人が選ばれる。それから夜中まで鯛を扱う作法から、包丁さばきまで稽古を繰り返す。
 神事は23:30からで24:00近くに早魚行事があり、約30秒の勝負である。
なお鯛は昭和3年までは地元の海で調達したが、現在は中央卸売市場で冷凍ものを予約している。
 神功皇后が三韓征伐の際に大鯛の活けずくり料理を差し上げたとが始まりと云われているが、実際は奈多の海の漁場をめぐっての競い合いとも言われる。
塩浜1−37−16 四社神社 神輿 昭和55年(1980)の御遷宮に併せ創建
西戸崎4−8−31 西戸崎神社 7/20 山笠1台、子供山4台
正式な神社の創建は昭和29年に博多櫛田神社から祇園神を分霊して始まるが、山笠は大正時代に始まる。これは津屋崎より大きな今で言う飾り山を借りてきた。また昭和30年代の石炭景気の最盛期(西戸崎は積出港)には飾り山1本、舁山4本が出ていた。
 ■志賀島(しかのしま)
面積は5.82km2。周囲は11.0km。人口は1682人(平成21年)。志賀島橋で陸続きになっている。
志賀島877 志賀海神社 10/2日曜(西暦奇数年) 神幸祭 旧・官幣小社。神輿3基。

 ■南区
高宮4−9−34 高宮八幡宮 10/3日曜(元・15) 例祭 高宮・平尾・野間の氏神
7/4土曜 獅子祭り 18:00〜。子供たちが獅子頭を担いで家を廻る
若久1−20−28 若久住吉神社 10/16 例祭
大楠1 大楠天満宮
日佐1 日佐住吉神社
柏原1 羽黒神社
柏原4 埴安(はにやす)神社
塩原1 熊野神社
塩原3−2−32 地禄神社
井尻4 平原天満宮
井尻5 地禄神社
清水4 日吉神社
檜原2−24−20 檜原五社神社 9/23 例祭
野多目4 照天神社
屋形原4 老松神社
三宅2 八幡宮 10/29 流鏑馬廃絶
和田3 宝満宮 10/26 例祭
大橋4 地禄神社 11/13 子供みこし 氏子は東大橋、西大橋、天神前
警固郷3−6−20 警固神社 7/23 神賑
横手3 宝満宮
老松2 老司地禄天神社
老松4 老松神社 4/3日曜 例祭
 【長住まつり】
元々、当地は戦前は陸軍の練兵場で、昭和36年に住宅公団によりニュータウン建設が始められ、40年より入居が始まった。
昭和52年(1977)有志により始まり、2日にわたって市道「長住大通り」約1kmを歩行者天国にして子どもみこしやパレードなどを行った。
 平成20年(2008)からは開催を7月下旬土曜の1日となったが、15:30〜21:00まで大通り約800mを交通規制し、通り沿いには露店が出店。近くの中央公園などにも会場を設け、長住校区のみならず近隣の子供会からの参加も合わせて手作り子供みこし21基(2010)、地元ダンス団体による踊りやパレード、巨大こいのぼりの通り抜けなどがあり盛況である。
 【野多目校区子供みこし】
 野多目校区のまちおこし運動の柱として、平成11年から開催。8月第一日曜に野多目小学校グランドに集合。
各町内の子供会育成連合会が自分たちで制作した様々な形をした子どもみこし11基と校区の特別な記念行事のときだけに担ぐ通称
本御輿2基が、(平成22年現在)照天神社の神主の安全祈願のおいとお守りを受け、それぞれの町内に繰り出して練り歩く。なお本御輿はそのまま格納庫に保管される。
 【五十川の夏まつり】
7月下旬に子供会を中心に開催。昭和末期より始まる。子供みこしが練り歩き沿道の人に水を掛けてもらう。
 【柳瀬まつり】
8月20日前後に開催。柳瀬町内連合会(柳瀬4町内会)主催。昭和56年より始まる。
子供育成会中心で子供みこし3基製作し2時間練り歩く。夜は演芸会。
 【横4納涼祭】
横手4丁目の町内会行事。8月開催。子供みこしが出る。

 ■西区
今津1571 登志宮 1/成人の日 山笠、神輿 氏子は上町・寺小路・東町の岡三町
今津 四所宮 氏子は本町
今津の十一日祭り=各町内ごと山笠と神輿をつくり、町内を練り歩き、家々を訪れる無礼講の祭り。
前日に山笠・神輿を用意する。祭り当日は、青年たちの担ぐ神輿を浜辺で清めた後、お潮井採りを行う。この後、お宮に参拝し、町内各戸をお潮井を配りながら、「祝うた、祝うた」のあいさつとともに無礼講で家々に年始回りを行う。また子供たちの曳く山笠は「若い年のならわしごとに山笠出して 社前に 奉戴だ 奉戴だに出る子 矢櫓に矢射かけて 的矢の矢」と山笠曳きの歌を囃し立てながら歌い町内を練り歩く。子供たちも「祝うた」の掛声とともに各戸を訪ね、お菓子などをもらって廻る。このほかに仮装隊も芸を披露し、博多どんたくのようである。
山笠には現在、舞台風の作りにきらびやかな人形が飾り付けられているが、かつて貿易港であった今津に荷揚げされた貢物が太宰府の役人に検閲された後、山笠に乗せ今津中を引き回し披露したと、地元では伝えられている。
今宿 二宮神社  7/29 山笠2台 横町、松原流
西浦岡・浜   旧6/14、15 笹山 山笠廃絶
周船寺 伊覩神社  7月初旬 山笠  
元岡2641 八坂神社  7/14、15 山笠廃絶 博多系舁山
元岡獅子舞 元岡獅子舞保存会
山笠廃絶=明治初期に始まる。明治30年、田尻小学校(現・元岡小学校)の上棟式に下の谷の有志が奉納。明治40年は坂の谷、下の谷の2基を出すが、翌41年には元岡として一本化。
昭和10年までは奉納するが日中戦争のため休止し、昭和40年に囃子のみ復活。
元岡獅子舞=明治10年(1877)、田尻小学校(現・元岡小学校)の上棟式の際に有志の人々が、隣村の泊区の高江氏の指導を受けて習得した。昭和35年頃一度休止するが復活。
福重1 若八幡宮 7/19&10/19 例祭
姪浜3−5−5 姪浜住吉神社 10/下旬土日 神幸祭
下大門1−9−3 壱岐神社 10/15 例祭
宮浦1157 三所神社 10/29“新嘗祭” 神輿
新嘗祭=宵宮の28日に神社から仮殿まで神輿渡御あり。子供は獅子頭を担ぐ。この神輿は寛永3年(1850)に黒田貴之公から寄贈のものである。
飯盛609 飯盛神社 10/9 流鏑馬 市指定無形民俗文化財
愛宕2−7−1 鷲尾愛宕神社 4/24 浦安の舞
 ■能古島(のこのしま)
面積は3.95km2。周囲は9km。最高地点は195m。人口は735人(2013年)。
能古732 白髭神社 10/9 おくんち 幼児の御幣持を先頭に供物を神社に運び祭典を行う。
 ■玄海島(げんかいじま)
面積は1.14km2。周囲は4.4km。最高標高は217.9m(遠見山)。人口は558人(平成22年)。
玄海島 小鷹神社
 ■小呂島(おろのしま)
面積は0.43km2。周囲は3.3km。最高地点は109m。人口は210人(2013年)。
小呂島 七社神社 7/14、15 山笠2台 大人、子供
10/21 秋祭り
11/ おくんち
大人=早朝と夕方の2回島内を舁いて廻る。途中6ヶ所で「祝いめでた」を唄う。掛け声は「よんじょい、よんじょい」。
子供
=小中学生が曳く。昼に出す。
秋祭り=夜明け前に出港し、三号船は小呂島の沖合を、左回りを3回勢いよく旋回し港に帰る。
おくんち=鎮守の七社神社を手始めに獄宮神社、住吉神社、金比羅神社、吉岡稲荷、恵比寿神社、地主明神以上島内にある七つの神々をめぐる祈りを終えると、公民館に全員移動し直会を始める。

 ■城南区
田島4−7−7 田島八幡神社 7月 田島神楽 市指定無形民俗文化財
田島神楽(たしまかぐら)=昔、田島の樋井川沿いに「薦ヶ渕」という深い渕があったそうです。村では旱魃になっても水が枯れないように、毎年、人身御供を捧げていたと言われます。このことを憂いた人々は、話合いの結果、人身御供をやめる代わりに踊りを神様に奉納し祈願したのが、田島神楽のはじまりだと云われている。
東油山字黒ノ原506 海神社 7/17、18 提灯とぼし 宵宮に神輿を担ぐ
樋井川3−43−17 御子神社 10/20 例祭 上長尾地区の氏神
荒江1−13−13 櫛田神社 獅子廻し
片江2−22−2 阿蘇神社
片江字天神1192 天神社
神松寺1−4−9 老松神社
別府1−9−39 天満宮
堤1−20−11 八幡神社
長尾5−1−32 八幡神社
七隈7−10 菊池神社 4/13 例祭 旧・県社

 ■早良区
高取1丁目26−55 紅葉八幡宮 7/10、11(毎年) 夏祭り 境内にて茅の輪くぐりや、朝顔市、神楽など
7/24 子供神輿2基、獅子
10/11 校区対抗少年剣道大会 旧・県社
次郎丸5丁目4−41 埴安(はにやす)神社 7/25 手作り子供神輿6基
獅子舞 平成20年(2008)、30年ぶりに復活
飯倉2−16−3 飯倉神社
有田2−20−15 寶満神社

 展示場     
博多歴史館 博多区上川端町1−41(櫛田神社内)  092−291−2951 祇園山笠のビデオや資料を展示。また境内に飾り山笠が奉納されている
川端ぜんざい広場 博多区上川端町10−254  п@092−281−6223 1100〜1700。営業は金土日、イベントの日。
1985年までぜんざい屋。1994年4/29一般公開。上川端通の飾り山(高さ10mのレプリカ)と昔のかき棒を展示”
市立博多小学校 博多区奈良屋町1?38 092−291−2001 大博通りに面した学校のショーウインドウには、今までの子供山笠で使用した舁き山の人形が飾られており、通りからその人形や舁き山をいつでも見ることができる。
九州国立博物館 太宰府市石坂4−7−2 092−918−2807 9:30〜17:00(入館は16:30まで)。休館は月曜日。
博多祗園山笠が終わった約1ヶ月後から、エントランスホールにて飾り山が半年間ほど限定展示される。
展示されるのは、山笠期間中に飾られた「十五番山笠・天神1丁目」の飾り山である。
この九州国立博物館に建てられる飾り山は、表・見送り(前方・後方)の飾りだけでなく、両側の面にも飾りを加えた360度全体を飾った特別な飾り山である。
また平成22年(2010)からは山大工が飾り山を作る模様もを公開している。
福岡空港 博多区大字下臼井778−1
国内線ターミナル(準備中)、国際線ターミナルビル1階ロビーに舁き山が飾られいる(舁き棒は取り外してある)。