福 岡 県
  

  ≪京築≫

  行橋市、豊前市
  京都郡〔苅田町、みやこ町〕、築上郡〔
築上町、吉富町、上毛町〕

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪行橋市≫
元永1299 須佐神社 4/下旬 神幸祭 神輿2基
7/15〜8/初旬 山車2台 “今井祇園祭”  
かつて山は祓川を川渡りして、6基の山(曳山は今井東町、今井西町、今井中須町、金屋。舁山は元永、真菰)
今井西町=今井祇園祭りを1台で支えた。

元永(元永山笠復興会)=平成20年飾付けで復活。昭和16年(1941)以来67年ぶりに組み立てられた。
今井東町=昭和62年、車輪老朽化のため廃車となる。しかし戦後は出ていないことが多いようである。

金屋=鎮守の春日神社の拝殿に破風が飾られている。

今井中須町=曳山だった。

真菰=舁山であった。
行事7−17−1 正ノ宮正八幡宮 5/3、4 神輿 子供みこし
ちょうちん山
10/中旬 秋まつり 神楽(宇原神楽、天神神楽)
3日 渡御祭 神輿と各町内から趣向を凝らした山車や子供神輿が出て、正ノ宮から各町内を巡り貴船神社(行事5丁目)へ
4日 還御祭 神輿は貴船神社から各町内を巡り正ノ宮へ
延永 恒富神社 5/2、3 川渡り神幸祭 神輿3基
大橋 大橋神社 5/1日曜 提灯山15台  
長江字宮園2135 八雷神社
下稗田685 大分八幡神社

 ≪豊前市≫
四郎丸(八屋) 大富神社 4/29〜5/1 神輿3基
お山2台 本町、上町
踊り車3台 前川、下町、八幡町
舟山車2台 住吉,明神
傘鉾3台 川内、大村、鳥越
大村神楽 大村神楽講
前川詳細不詳。

下町
=昭和51年制作。町の数人の大工を中心に区民総出で制作。
 先代(初代)は明治24年頃に大分県中津市の片端町の祇園車を購入。


八幡町
=平成6年(1994)制作。制作費用は約1000万円。
 往古は宇島祇園より祇園車を借りたと云われる。
 大正初期に大分県中津祇園より祇園車購入。
宇島 宇島神社 /3〜5 神輿
踊り車5台 神明元町、魚町、恵比須町、千代町、八千代町
舟山車1台 宝来町
傘鉾 長者町
多い時では祇園車は12基出たと云われている(元町は彫刻が宇島神社拝殿に保管。若町が2台。祝町と魚町が東西で1台ずつあったと云われている)。
現在では6町6基の祇園車が出て、総代会と文政会という組織の下に毎年行われている。
神幸式は社名旗、高幣、鉾面、神輿、傘鉾(長者町)、船車(天祥丸=宝来町)、踊り車5台(神明元町、魚町、恵比須町、千代町、八千代町)。
中村 角田八幡神社 5/3土日(元・21) 神輿3基 馬場、畠中、西角田
祗園車1台 西町
傘鉾2台 中村
中村神楽 中村神楽保存会
かつて3台(東町2台、西町1台)の祗園車が出たが、西町は西暦の奇数年に飾付けだが、傷みが激しい。
東町は大正期と昭和48年の巡幸が最後で、現在は松江の恵比須に台輪と数点の部材を残すのみ。
現在の神幸祭は角田、松江の氏子により行われ、楽打ちも二年に一度、神楽と交代で行われ、神幸行列は太刀(二人)、鉾(二人)、旗、傘鉾、傘鉾、神輿で構成される。
かつて春の神幸祭は角田、松江、西角田の三地区で盛大に執り行われ、楽打ちの他に3台の山車(西町七社神社、恵比須神社)3基の神輿(馬場、畠中、西角田)2台の傘鉾(中村)が参加していた。行列は角田八幡神社を出発し馬場、中村、畠中を巡行して、西回りの年は松江の七社神社に、東回りの年は恵比須神社を御旅所として一泊し、翌日には再び角田八幡神社へ帰るルートをたどった。
山内 嘯吹八幡神社 4/2土日 神幸式
4/2土日&10月 山内神楽 山内神楽講
神幸式は塩桶、高幣、鉾面、幣台、傘鉾、神輿、傘鉾、神輿、傘鉾、神輿。
山内神楽=式神楽15番、奉納神楽15番、湯立神楽3番の33番で構成され、豊前岩戸神楽33番と称している。
久路土 岩清水八幡神社 5/3 神幸式
10月 黒土神楽 黒土神楽講
神幸式は社名旗、傘鉾(鬼木)、高幣、神輿、傘鉾(宮小路)、高幣、宮神輿、傘鉾(岸井)、高幣、子供神輿、賽銭箱。
赤熊 足切神社 4/16 神幸式
神幸式は鉾面(青・赤)、社名旗(高幣)、幣台、傘鉾、神輿(車)、笠鉾、神輿(担ぎ)。
水神社 4/4日曜 神幸式 笠鉾
神幸式は高幣、幟、傘鉾、御幣(幣台、鉾面)、神輿。
沓川 沓川神社 5/5、6 神幸式 笠鉾3台
神幸式は賽銭箱、高幣、神輿、傘鉾(東組、西組、中組)。
三毛門 春日神社 4/4日曜 神幸式 氏子は三毛門、森久、六郎
三毛門神楽 三毛門神楽講
神幸式は御幣、賽銭箱、傘鉾、神輿3基。
永久 貴船神社 4/22 神幸式
神幸式は賽銭箱、子供神輿、囃子、提灯山。
鳥越 須佐神社 9/3 神幸式
神幸式は賽銭箱、旗、傘鉾、神輿。
薬師寺 宗像神社 5/14 神幸式
神幸式は提灯、囃子、神輿、樽みこし。
挟間 貴船神社 5/12、13 神幸式 神輿
神幸式は神輿のみ。以前は御幣、鉾面、賽銭箱、傘鉾、神輿(大小)。
前川 菅原神社 神輿 25年毎の大祭に出る
氏子は前川、本町、上町、下町。毎年4地区の子供会の樽神輿が出る。子供が多い時は2台の樽みこしを出す地区もあった。

 ≪京都郡≫     
 苅田町
馬場411 宇原神社 10/1土日 山笠14台 独自系
雨窪=最も北部。平成17年新調予定。

西町(幸友会)=平成15年、岩山笠に復活。

本町(立志会)=平成14年、岩山笠に復活。

中町(中町中央会HP)


上町=平成13年、岩山笠に復活。

堤区・長畑区
(光國会)=2区協同。JR苅田駅前に祭り期間中展示。

浜町区
(白道会)

港区
=最後の小山。

馬場区
=宮本にあたる。平成16年、岩山笠に復活。

南原
(浮殿会)

集区(一心会)

尾倉区
(貴船会)=平成19年(2007)9/16、新調入魂式。お披露目。

与原上区(明神会)=最も南部。

与原下区(白庭会)

 みやこ町
  
平成18年(2006)3/20、犀川町+勝山町+豊津町が合併して誕生。
 ◎旧・犀川町
犀川生立20 生立八幡宮 5/2日曜 親車2台 親車=曳山[続命院、山鹿]
担ぎ山6台 柳瀬、古川、本庄、大熊、谷口、木山
木山=文久2年(1862)創建。以前は田町楽を奉じる。
上高屋 橘八幡神社 4/28&9/20 上高屋神楽 上屋神楽保存会
横瀬 若宮八幡神社 5/3 横瀬神楽 横瀬神楽保存会
下伊良原 高木神社 5/4、5 神幸式
下伊良原神楽 下伊良原神楽保存会
延享4年(1747)、木山村が小倉祇園に奉納される田町楽を習得し、同村の生立八幡宮に奉納したことが始まりとされる。文久2年(1862)、この楽が山笠に変更されたため、これを知った下伊良原村が楽を譲り受け、以後高木神社に奉納されるようになった。
上伊良原 高木神社 5/4 上伊良原神楽 上伊良原神楽保存会
扇谷 大山祗神社 5/4 扇谷神楽 扇谷神楽講
犀川大坂字宮山772 飯嶽神社
 ◎旧・勝山町
上久保 大原八幡神社 4/1土日(元・3) 獅子舞
山笠2台 上久保、新町
 ◎旧・豊津町
豊津1115 小笠原神社
光冨 徳矢神社 5/4、5 神楽 光冨神楽保存会

 ≪築上郡≫     
 築上町
  平成18年(2006)1/10、築上郡築城町+椎田町が合併し誕生。
 ◎旧・築城町
 ■築城地区
   ⇒築城、小山田、上別府、下別府、広末、船迫、弓の師
築城1501 大野八幡神社 5/2土日(元・19) 神幸祭
山車3台  
築城神幸祭=築上町の広報誌によると、「上・下・東築城3地区合同の神幸祭。この祭りは、大字築城にある大野神社を奉り行われた。先頭は神輿を載せた車にその年選ばれた氏子が乗り、3地区からの宮総代13人と各自治会長がそれを引き、笛や太鼓に合せ巡行し、各地域の山車が続く。
 神輿の歴史は古く戦前から続き、当初は宮柱が神幸行列の先頭を進み、ジガンは神輿を警護するようにその左右を進んでいた。ジガンは世襲で同姓の子と親戚に伝えることができた。戦後ジガンを廃止して神輿を車に載せて引く現在の形になった。 
一日目の夜は神輿を御旅所(築城公民館)に置いて、当番が一晩中守る。
 戦前、旧県道椎田勝山線を挟んで南側が山車、北側が踊り車を引いていた。踊り車は昭和30年頃に新たに山車として作り直し、上築城の山車として現在に至っている。また、山車に巻いている幕は戦前からのものを大切に引き継ぎ使用している。下築城の山車は昭和30年頃に新たに製作、東築城は戦後に祇園太鼓の型で製作した山車を引いている。
 山車の車輪は毎年組み立てては解体して使用し、大切に取り扱われている。その車輪は松の木で出来ていて、腐らせないために各自治会とも水に沈めて保管する等、先人達の知恵が今もなお引き継がれている。開催日は、5月18・19日と決められていたが、時代の流れで、現在の5月の第2土・日となった。
小山田宮山1708 廣峯神社
上別府487−1 日吉神社
広末中尾931 貴船神社
広末宮山638 日吉神社
船迫1133 高木神社
 ■上城井地区
    ⇒櫟原、寒田、伝法寺、本庄、松丸 
櫟原1502 貴船神社 10/連休 神幸祭 神幸祭は檪原、上本庄、下本庄、伝法寺、松丸が5年に1度の持ち回りである
櫟原 貴船神社 5/3 櫟原神楽 櫟原神楽講
寒田634 山霊神社 5/2日曜 寒田神楽 寒田神楽講
伝法寺1339 岩戸見神社 5/5 神幸祭
伝法寺神楽 岩戸神楽伝法寺保存会
檪原神楽講=昭和29年に鬼の衣装と神楽面の寄贈を受けたのを契機に神楽舞の機運が持ち上がり、扇谷神楽講(犀川町)から伝授を受けた。
演目は、式神楽10演目、特殊神楽6演目(盆神楽、綱御先など)が継承されている。
神楽の奉納は、檪原地区の貴船神社と隣接する安武地区の満田神社に、隔年ごとに春の例祭時に奉納されている。
寒田神楽=県指定無形民俗文化財。寛文5年(1665)、山霊神社火災の時に神職の岡田平治が火災を鎮めるため呪文をとなえたことから秋祭の鎮火祭で湯立神楽を奉納するようになったと伝えられる。
湯立神楽は舞庭に、上部を幣で飾った約10mの孟宗竹を立て、33把の薪木を燃やして湯をたぎらせ、その湯を振って祓い清め、猿田彦神が探湯(くがたち)をする。祝詞奏上で火を鎮め、3名が火床の上を渡る。その後、湯鉾によじ登り、湯鉾の上に取り付けた御幣を切り落とし、逆様になって滑り下る。これを幣切りといい、御神霊の降臨を意味するという。
湯立神楽は伊勢系神楽とされるが、「竹に登る」、「弊切り」などの演目があるところから、修験道の影響を大きく受けていると思われる。

山霊神社に奉納。寛文4年(1664)の手力雄命、元禄10年(1697)の天鈿目女命の面が保管されている。
伝法寺岩戸神楽=明治初期までは社家神楽として旧築城郡の神官に伝承し、小笠原藩主の氏神八坂神社の祭礼や各神社の祭礼に奉納されていた。
明治維新後、社家神楽の維持が困難となり、岩戸見神社宮司熊谷房重ほか2〜3名の神官が神楽の中断を憂いて氏子に伝授された。明治7年(1874)、伝法寺氏子有志が伝授した。
 ■下城井地区
   ⇒赤幡、上香楽、下香楽、上深野、袈裟丸、東築城
赤幡325−1 赤幡八幡神社 5/3 神幸式
赤幡神楽 赤幡神楽保存会
赤幡神楽=県指定無形民俗文化財。出雲神楽の系統に属する豊前岩戸神楽。
江戸期に旧築城郡16社家(神職)に伝承され、小倉小笠原藩の氏神八坂神社で日乞い、雨乞いの神楽を奉納された。明治維新後は社家から地元の平塚弥一、杉野良太郎、神多郎右衛門らに伝授された。
12の演目からなる式神楽(散米神楽、折居神楽、御福神楽、手草神楽、地割神楽、神宣の舞上、御先神楽、花神楽、四方鬼神楽、戸前神楽、大祓祝詞)と、10の演目からなる特殊神楽(湯立神楽、神迎神楽、綱御先神楽、三神神楽、美須伝神楽、四角手神楽、盆神楽、大蛇神楽、一人舞神楽)で構成されている。
他であまり舞う事がない神楽では三神神楽、神迎神楽がある。三神神楽は農、山、海の神が豊作を喜ぶ舞で、途中で餅、菓子などを撒く。
上香楽197 淡島神社
下香楽323 清池神社
上深野411 貴船神社
下深野13 八幡神社
下深野520−2
貴船神社
袈裟丸90 若宮神社
安武562 満田神社
安武926
須佐神社
 ◎旧・椎田町
 ■椎田地区
   ⇒椎田、臼田、湊、高塚、山本
臼田744 鏑宅神社
湊392−2 金富神社 5/上旬(元・18) 山車1台
踊り車1台 往古は2台。もう1台の台輪が金富八幡宮の倉庫にある。 
湊金富神楽
7/下旬か8/上旬
(大潮の日)
神輿(大小) 神輿の海上渡御
湊金富神楽=明治19年の「築城郡内神社兼神楽方名簿」には「湊神楽」が記載されているが、昭和8年の同記録には無いので、途絶えていたと思われる。また赤幡神楽と協力して神楽を続けていたと言われることから、赤幡神楽から伝承されたと思われる。
平成元年に若者が中心となり神楽講の先輩より継承し現在に至る。式神楽のほか湯立神楽など特殊神楽の演目がある。
高塚794−2 綱敷天満宮 5/5 神輿
山車1台
踊り車1台
 
山本17 貴船神社
 ■葛城地区
   ⇒岩丸、越路、極楽寺、坂本、奈古、 日奈古、水原
越路248 日吉神社
極楽寺39
馬見神社
極楽寺474 五社神社
坂本564 菓實神社
奈古112−1 葛城神社妙見宮
(公式HPへ)
5/5 神幸祭 子供神輿3基
不定期 岩丸神楽 氏子は奈古、岩丸、水原
日奈古丸尾103 若宮八幡神社
岩丸神楽=永保2年(1082)岩丸地区に大旱魃があり、葛城神社の神主が、天降(天合)の頂きにある社殿で雨乞いをしたところ大雨が降った。その際、神への感謝の意を込め神楽を舞ったのが、岩丸神楽の始まりだと云われている。
明治元年(1868)神仏分離令が発令された際の混乱により、中断した。社家神楽の形態は廃絶し、明治19年(1886)頃に一時復興した折、現在の神楽の形態が出来たといわれるが定かではない。その後講員不足などにより神楽を行うことが出来ず、継続が危ぶまれる状態となった。昭和21年、地元青年10名程で岩丸神楽講として再興し現在に至る。
平成元年までは葛城神社による元旦の夜神楽が行われていたが、現在は綱敷天満宮での神楽のみ行われている。演目は「八岐大蛇」。
 ■西角田地区
   ⇒上り松、有安、石堂、上ノ河内、小原、真如寺
有安104 綿津見神社
石堂178 豊受神社
上ノ河内485 六社神社
上ノ河内2008−1 海神社
小原981 正八幡宮 4/29 神幸祭
小原神楽 小原神楽講
小原神楽=町指定無形民俗文化財。明治10年頃、伝法寺村岩戸見神社の内尾宮司から伝授された。
演目は通常、式神楽で「奠撒き」、「手草」、「小神楽」、「地割(返閇)、」「御先」、「岩戸開き」の順に舞う。
代表的な演目は強面の面を着けての御先神楽で、瓊瓊杵尊が天孫降臨の際、猿田彦が御先に立って道案内をしたという神話に基づいた神楽で、神主と鬼が出る二人舞である。式神楽の他に「乱れ御先」「綱御先」「一人剣」「盆神楽」があるが、これらは式神楽の間に舞う。
真如寺1119 菓實神社 神幸祭廃絶 昭和16年まで
 ■八津田地区
   ⇒宇留津、 西八田、東八田
西八田50(東築城) 正八幡宮 不定期 岩丸神楽
宇留津1401 須佐神社
 吉冨町
小犬丸353 古表神社 8/上旬(4年毎) 放生会
元は宇佐放生会に平安時代から上毛郡と下毛郡の古表社が、宇佐の和間の浮殿の前の海上で、傀儡子舞を奉納していた。
江戸時代になると、古表社は独自でこの祭を行なうようになった。現在は乾衣祭(おいろかし)と一緒に行われる。山国川を海上一里(約4km)にかけて上下して、放生儀式と細男舞が執行され、蜷などの魚介類が放される。古表神社境内では細男舞・神相撲・神楽などが奉納される。
土屋 壷神社 10/14 土屋神楽 土屋神楽保存会
 上毛町(こうげまち)
  平成17年(2005)10/11、築上郡新吉富村+大平村が合併し誕生。
 ◎旧・新吉富村
   安雲、緒方、尻高、大ノ瀬、成恒、矢方、八ツ並、宇野、垂水、中村、吉岡
成恒666 吉富神社 10/17 神楽 成恒神楽保存会
中村241 若八幡神社
吉岡246 吉岡貴船神社 11/中旬 神楽 友枝神楽講を招く
成恒神楽=明治の中頃、成恒神楽組が平井恒蔵氏を中心に結成され、明治23年8月25日の文書に謂儀、演目が写されている。
その後後継者が不足で、黒土神楽と合同合併し、昭和初期までその姿を残しましたが、やがて自然消滅した。神楽は矢幡社家の流れをくむとか、大村神楽に属するとか、松尾山修験の神楽と言われますが、資料に乏しく定かでは無い。
その後、約45年間の空白をおいて後、昭和55年に黒土神楽の協力も得て十数名の若者が神楽愛好会を結成。昭和58年4月には成恒神楽保存会として発足した。
演目は式神楽12番と奉納神楽併せて33番。
 ◎旧・大平村
   
上唐原、下唐原、原井、百留、土佐井、西友枝、東上、東下
唐原 八坂神社 7月 神楽 唐原神楽講
上唐原1063 貴船神社
下唐原652 貴船神社 11月下旬か12月 神楽 唐原神楽講
原井823 七社神社 12/初旬 神楽 友枝神楽講を招く
原井1740 大歳神社
百留3311−2 八幡神社
百留3352−2 貴船神社
土佐井402−1 土佐井貴船神社 11/中旬 神楽 友枝神楽講を招く
西友枝2319 八社神社 1/1・5/上旬 神楽 友枝神楽講
西友枝3264 三社神社
友枝 貴船神社 10月 神楽 友枝神楽講
東上3327 八社神社 11月下旬 神楽 友枝神楽講を招く
 【こうげ子供神楽祭】
3月下旬。ふるさと手づくり村広場(上毛町唐原1685−33)。雨天時は上毛町健康増進施設」(上毛町東下1243−2)で開催。入場無料。
上毛町・吉富町の子ども神楽5団体が競演する。
唐原(とうばる)神楽講=明治30年代後半に広沢渡氏を師匠として貴船神社氏子の若者たちによって唐原組が組織された。第二次大戦中から昭和30年代にかけて、人も演目も少なくなったが、近隣の組の協力により神楽が守られてきた。この後相原神楽と合同で神楽を行った時期があったが、相原神楽が途絶えたため、再び唐原神楽として行われるようになる。
唐原子供神楽もある。