福 岡 県
  

 ≪筑豊地域≫

     ◎直方・鞍手圏⇒直方市、宮若市、鞍手郡〔小竹町、鞍手町〕
     

住所  神社名 祭礼日 内容 備考
 ■直方・鞍手圏
 ≪直方市≫
直方701 多賀神社 10月中旬
※ 10/15に近い金土日で3年毎。前回は平成13年。
山笠4台
(かつて7台)
新町区流、多賀区流、古町中区流、古町北区流
新町区流=新町、大字山部、二宇町、門前町、尾崎、丸山町より成る。
以前は新町南区流れ、新町西区流れ、新町北区流れ、多賀区流れ、古町中区流れ、古町北区流れ、外町区流れ
直方 須賀神社 7/末 山笠4台(直方系曳山)  
植木上町 植木天満宮 9/中旬(4年毎) 山笠5台 上町、本横町、下町、中の江、光田
下新入2655 剣神社 10/2土日(5年毎。前回は平成21年) 山笠9台  直方系曳山
一番山笠須崎流、大正流、知古一流、知古二流、上新入川西、下新入長田、下新入川東、元山、?
寛永5年(1628)9月17日の夜より宝物の行列を正し十有数本山車の供奉をなし、5年目にして現在の亀丘に鎮座されたのが御神幸式大祭の始まりとある。また一説には日照り続きで当地方が飢饉、疫病、干天に苛まれた時代に村人は山車を作り太鼓や鉦をたたいて、六ヶ嶽に登り降雨と五穀豊穣を祈ったともある。
永満寺 貴船神社 10/4土日 山笠2台(直方系曳山) 畑、永満寺。平成4年復活。 
下境1244 須賀神社 10月下旬(5年毎。前回は平成23年) 御神幸
山笠6台 5年に1度
昭和61年(1986)から5年毎に行なわれ、10:00に溝堀の稲荷神社を出発。須賀神社まで約5kmを1時間15分ほどかけて歩く。
貞観3年(861)4月7日夜、境内に落ちた隕石。ちなみに目撃記録を伴う世界最古の隕石である。これの御神幸と各地区から6台の山笠が出る。

 ≪宮若市≫
  平成18年(2006)2/11、鞍手郡宮田町+若宮町が合併し誕生。
 ◎旧・宮田町
  ■宮田地区
     ⇒宮田(みやた)、磯光(いそみつ)、上大隈(かみおおくま)、長井鶴(ながいつる)
宮田3658(太蔵南) 春日神社 7/24〜26
(毎年ではない)
山笠2台 直方系曳山  
神楽 休止
東流れ(太蔵西、太蔵中、太蔵東)
南流れ(太蔵南、桐野東)…これらの地域は商店街を形成している
太蔵東区は以前氏子だったが、三所神社の氏子となり外れた。
磯光266 天照神社 10/連休土日(隔年) 神幸祭 旧・県社
山笠2台  
昭和30年代頃までは笹山。当時は4〜6基。
磯光1081 初子神社 旧・村社
上大隈438 厳島神社
長井鶴390 八所神社
 ■香井田地区
   ⇒鶴田、本城、龍徳
鶴田56 須賀神社 10/13 例祭
本城1374 生子神社 6/29 お獅子祭
お獅子祭=獅子頭に江戸後期年代の刻印がある。また明治14年(1884)7月4日付の獅子奉納之儀に関する記述もある。
本城2347 須賀神社 7/13、14 山笠1台 現在は笹山。かつては人形山
往古は博多系の人形山。戦後は笹山。昭和58年に人形山を復活させたが、資金・人手のために再び笹山へ。
龍徳1639 剣神社
 ■笠松地区
  ⇒上有木、下有木、倉久、四郎丸、芹田
上有木2965 痲神社
下有木272 熊野神社
倉久87 春日神社 10/17 山笠廃絶 昭和元年に廃絶
四郎丸351 天満神社
芹田736 龍田神社
 ◎旧・若宮町
 ■若宮地区
  ⇒水原、福丸、金生、金丸、原田
水原395 若宮八幡宮 7/3土日(祇園祭)
10/2金土日
(隔年毎)
神輿
山笠3台 最盛期は11基
大名行列
津屋崎系曳山。交互に隔年開催。西暦奇数年は7/3土日に祇園祭、偶数年は10/2金土日に放生会に山笠が出る。
大祭の無い年は“放生会"として11/2土日に山笠が1台出る
 ■金曜お下り神事(大名行列)
(20:00)発輿祭「若宮八幡宮」
(20:30)御神幸出発「若宮八幡宮」
(21:00)御神幸到着「日吉神社前」

 ■土曜:御仮屋祭
 ■日曜:お上り神事(大名行列)
(6:30〜)御仮屋発輿祭「日吉神社」⇒若宮八幡宮本殿到着
 追い山
(8:00〜)若宮八幡宮本殿到着後直ちに追い山スタート
大名行列=市指定民俗文化財。清道旗を先導者にして進む大名行列。
大名行列は30人位の2列編成で、チリン棒と呼ばれる鉄棒を持った二人が、鉄棒を引きずっては持ち上げて、落としながら先導する。
そのあとは、挟箱、台傘、立傘というように並び「トーザーイ」で出発し、「エンヤーセー ヨイトコサーサーノサ エイトコサーノサ」と声を揃え、独特の身振り・足さばきで進む。
道具を持つのは左側の列で、右側の人は袖先をつまみ両手を広げます。行列の途中に5〜6回、右側の列の人に道具を投げ渡す。
大毛・大熊毛・鹿毛を持った人の「エンヤセー」の掛声で道具を投げ、受
け取ると行列の左右が入れ替わり、「オーイ」の掛け声で終わって行列が進んで行く。
福丸294 日吉神社 7/15頃の土日 山笠1台 福丸
山笠廃絶 沼口
99/19 例祭
金生1704 白山神社 旧・9/9 例祭
金生2924 貴船神社
金丸293 天満宮 旧・9/25 例祭 旧・村社
原田1624 原田神社 10/19 例祭 旧・村社
 ■山口地区
  ⇒山口、沼口
山口1723 山口八幡宮 10/17 神幸祭、湯立神楽 旧・村社
沼口 若八幡宮 9/9 例祭
 ■中地区
  ⇒稲光、黒丸、平、高野、竹原、宮永
稲光1 宇佐八幡宮
黒丸1572 高木神社
黒丸1858 六社八幡宮 10/15 例祭 旧・村社。氏子は黒丸字平山。
平792 岡見神社 9月上旬土曜 平八月祭り
平八月祭り=江戸時代疫病が流行り、これを退治するために氏神の岡見神社に平癒の願をかけ、この願いが叶えられたため、万年願踊りを奉納したのが始まりとされている。
祭りはトウバと言われる3軒の家が担当し、当日の朝、トウバは黒丸川側に水神棚をつくりお供えを行う。19:00より岡見神社から、男の子三人の万年願踊り、杖おこしが行われ、松明の元、笛や太鼓の囃子の中、水神棚まで移動し、棚前で、万年願踊り、太鼓せりがあり、杖おこしで水神棚を倒す。そこから村奥にある薬師堂へ移動し、ここで万年願踊りと杖おこしがあり、祭りは終わる。
高野234 興玉神社 9/24 例祭
竹原699
諏訪神社
宮永628 宮永天満宮 9/25(毎年) 宮永万年踊り
宮永万年踊り=宝暦年間(1751〜64)に疫病がはやり多くの人が犠牲になったので、疫病をなくすため、万年踊りといって願をかけた。その願いが叶ったので、御礼に踊りを奉納した。
戦後一時期まで青年による歌舞伎などが行われていたが、現在は子供や婦人による踊りのみである。
 ■吉川地区
  ⇒犬鳴、乙野、小伏、三ヶ畑、下、縁山畑、湯原、脇田
乙野260 天満宮 10/25 例祭
小伏1478
多良志神社 9/23 例祭 旧・村社
三ヶ畑497 葛城神社 旧・村社
三ヶ畑1058 須賀神社
三ヶ畑1809 山祇神社 旧・村社
下1169 日吉神社 旧・村社
緑山畑6 厳島神社
湯原92 天満宮
脇田348 黒水宮 10/21 神輿 氏子は脇田村古賀、湯原字芳ヶ谷
脇田912 日原神社 9/25 例祭 氏子は元・犬鳴の人
 【犬鳴ダム(司書の湖)】
犬鳴。昭和45年着工。平成6年(1994)完成。犬鳴の大部分が水没のため28戸のうち23戸が脇田の八反田・元入寺に移転。5戸は市外へ。

 ≪鞍手郡≫  
 鞍手町
  ⇒猪倉、小牧、中山、永谷、新延、新北、長谷、室木、八尋、上木月、木月、古門
猪倉491 貴船神社
中山1588 神社 5月(5年毎) 山笠
山ヶ崎道中楽
10/21頃の日曜 湯立神楽
山ヶ崎道中楽遷宮祭のなかで山笠などの行列の中に楽を奏でる一行で、明和年間(1764〜1764)に始まったと云われる。篳篥(ひちりき)、龍笛(りゅうてき)、太鼓の三曲よりなるこの楽は山ヶ崎の氏子によって代々伝えられている。
永谷802 永谷天満神社 7/1日曜 お獅子様 五十鈴等の道具類に明治29年(1896)の銘あり
新延1998 剣神社
新延2735 天満神社
新北(にぎた)1565 熱田神社 7/3日曜 お獅子様 槍には明治20年(1887)文字あり
10/3日曜(5年毎) 神幸祭
山笠
お獅子様=地区の代表が芦屋でお汐井取りをし、砂を持ち帰る。熱田神社、熊野神社(新北447)で祭典後に、各戸を獅子、槍、幟(子供の生まれた家や、病気快癒した家などが奉納した物)を持って家々を廻ってお祓いをし、護符を配る。
長谷522 八幡神社
室木 神社 5/3、4(5年毎。前回は平成20年) 神輿 あり
山笠5台(直方系曳山) 本村、立林、上新橋、中本町、本町
4月上旬 六嶽神楽
本村=シンボルカラーは黄色。
立林
=シンボルカラーは水色。
上新橋
=シンボルカラーは桃色。
中本町
=シンボルカラーは緑色。
本町
=シンボルカラーは赤色。
八尋489 十六神社 10月 六嶽神楽
上木月705 貴船神社
木月1349 木月剱神社 10/17頃の土曜(4年毎) 御遷宮
7/4土曜 お獅子様
御遷宮は4年毎に行われ、日没とともに神事の後に神輿が神社を出立し、御神幸に従って大名行列が出る。大名行列は、御遷宮に従い、お潮井取りの神事の間は待機し、お潮井取りが終わると、行列を仕立てて、「エーイ、エーイ」の掛声とともに、木月の町筋をゆっくりと練り歩いて剣神社へと戻る。
 御神幸は応永年間(1394〜1428)に初めてられたと云われる。現在のような大名行列を模した遷宮行列が行われるようになったのは明治時代からで、宗像八所神社に習ったと云われる。
なお明治20年(1877)村内有志により神輿、行列の諸道具が寄進されている。
以前は神輿が御旅所(浮殿)で1泊し翌日剱神社に御還宮する2日間かけた御神幸であったが、現在は1日である。
昭和60年頃までは奉納相撲も行われていた。
古門1237 古物神社
古門1686 荒五郎神社
古門2153 神崎神社
 【鞍手の郷土芸能】
万年願盆綱引き慶安3年(1650)の頃、この地方は飢餓にみまわれ、悪疫が流行した。この惨状に博多の豪商白水幽心が、私財を投じて人々を救済した。幽心の死後、その恩恵を忘れず、また、先祖の菩提に供えるために万年願をかけた盆綱引きが行われるようになった。
毎年8月14日の夜には、永谷の真教寺山門前で永谷地区が上組と下組に分かれて籐かずらで作った大綱引きが盛大に行われる。
六嶽(むつがたけ)神楽=町指定文化財。直方多賀神社の神官であった青山大炊守敏文が京都に上ぼり御所に奉奏されていた御神楽を学び、各地の神官に教えたのが始まりであると云われている。

 小竹町
  ⇒勝野、南良津、新山崎、新多、赤地、御徳  
小竹(勝野) 貴船神社 7/下旬(西暦奇数年) 飾り山笠1台
山笠1台
博多系曳山 
金曜は子供山笠は17時〜。子供神輿は19時〜。
土曜
は子供山笠は17時〜。青年有志山笠は20時〜。(曳き手が違うだけで山は同じ)。
日曜
は青年有志朝山が5時〜。
小竹は上町、中町、神元町、奥屋敷、宝町、栄町、新町の各町に分れ当番で山笠を出していたが、維持出来なくなり平成初期より小竹祇園実行委員会を作り運営するようになる。その後しばらくして隔年で出すようになるが平成17年を最後に途絶えていたが、平成20年、3年ぶりに有志による小竹祇園山笠振興会がこしらえた提灯山笠により復活。これからは隔年実施で山笠が出ない年は子供山笠。
勝野2971 亀山神社 8/下旬 山笠廃絶 昭和40年代後半まで担がれた。50年代後半には飾り付けも無くなる。 
南良津2029 南良津神社 7/1日曜 南良津獅子舞
南良津獅子舞宝暦2年(1752)に8年続いた豊作を祝って獅子舞を「秋のおくんち」に奉納したのがはじまりと云われる。以来、夏の祈祷のさいに舞われ現在に至った。神社を早朝に出発した雌雄の獅子が、各家庭を廻りまわ笛や太鼓の楽に合わせて舞いを披露する。ゴール地点の公民館では2体の獅子が加わって4体となり、勇壮さが一層増す。笛、太鼓の楽にあわせて、前楽、古楽、道楽、出端の型がある。
新山崎543 須賀神社
新多309 八龍神社 獅子舞、相撲
赤池1101 天満神社
御徳1091 須賀神社 山笠廃絶 昭和30年頃まで山笠が出ていた。今も社務所の床下には舁き棒らしきものが保管されている。
小竹町各地区には昭和30年頃までは山笠があったと思われる。
他地区では奈良津では獅子舞、新多では神相撲があるので山笠が出なかったかもしれない。