岐 阜 県


≪西濃地方≫                                                                                                  

大垣市、海津市、安八郡[神戸町、輪之内町、安八町]、揖斐郡[揖斐川町、大野町、池田町]、不破郡[関ヶ原町、垂井町]、養老郡[養老町]
                                  
                                                                                                         
住所   神社名 祭礼日 内容 備考
 ≪大垣市≫
  平成18年(2006)3/27、大垣市+安八郡墨俣町+養老郡上石津町が合併。
西外側町 八幡神社 5/15までの15日に近い土日 神輿3基
山車13輌 神楽車山、大黒車山、恵比寿車山、相生車山、布袋車山、菅原車山、鯰車山、榊車山、玉の井車山、松竹車山、愛宕車山、猩々山、浦島車山、
神楽車山(本町、中町、新町の三町が毎年交代で祭礼する)=御払車山とも市車山ともいう。藩主戸田氏西公より下賜されたもので、常に行列の先頭を行く。高さ4.2m。幅2.19m。長さ5.06m。
 からくりは巫女と山伏のニ体からなっており、舞台の下から人が直接棒で操る。巫女は鈴を鳴らしながら、静香に祈祷や清めの舞を行い、山伏が両手に熊笹を持ち、湯桶の湯ノ花を撒き散らして、湯立ての清めを行う。このときに湯ノ花を撒き散らす紙ふぶきは清めや病魔退散の意味があるとされている。
大黒車山(魚屋町、竹島町、俵町の三町が毎年交代で祭礼する)=藩主戸田氏西公より下賜されたもの。高さ3.9m。幅1.7m。長さ3.84m。
 上部には、米俵2俵を置き、その上には、右手に小槌をもち、左肩に稲袋をにない、ふくよかな笑みをたたえ、大黒天を乗せている。
 水引幕は戸田家家紋の九曜の紋。
恵比寿車山(船町、伝馬町、岐阜町、宮町の四町が毎年交代で祭礼する)=藩主戸田氏西公より下賜されたもの。高さ3.9m。幅1.7m。長さ3.84m。
相生車山(本町)高砂車山ともいう。平成8年再建。51年ぶりの復活。平成25年3月、完全復元。高さ5.66m。幅2.75m。長さ5.98m。
 屋形人形は尉と姥。本車山人形は住吉明神。前車山人形は神主友成。この4体の人形の作者は後藤秀美。
 彫師は高山の東勝廣。図柄は十二支、手長足長、昇龍降龍 など。
 江戸末期に創建するも、明治20年の大火で焼失。
 先代は昭和20年7月に空襲で焼失。
布袋車山(中町)=平成24年、67年ぶりに白木で復元。高さ5.22m。幅2.5m。長さ5.71m。
 型態は車山上に3mの勾欄を設け、第一層の規亭には布袋の像を置いた。第二層では、唐子人形が右手に扇を持って舞いつつ車山上に向かって、右先の隅にあ
る台に近づく。それから、台上に左手をつき、片手で逆立ちをし、右手の扇を開いて転舞する仕掛けだった。第三層には唐子人形が囃子にのって舞をした。

 初代?は明治24年の濃尾地震で焼失。
 先代は明治35年再建するも 昭和20年の空襲で焼失。 
菅原車山(新町)天神車山ともいう。大正3年(1914)白木で再建。5年で引き出す。高さ5.15m。幅2.55m。長さ3.54m。
 大工は新町の「竹長」こと青木銕次。塗装は大正13年に桑名の“ぬし与”で完成。
 からくりは「菅原道真の文字書き」。人形は塩振り、文字書き、額持ちの3体。
 水引幕は大橋翠石画伯の水墨画では珍しい「龍」。
 見送り幕は平成13年復元。川島織物の作。大橋翠石画伯の「虎」。
 先代は舟山車で明治24年の濃尾地震で焼失。 
車山(魚屋町)=道外坊車山ともいう。慶安元年(1648)制作。高さ5.03m。幅2.45m。長さ4.91m。
 からくりは「鯰押え」。どういうものかと言うと、赤い頭巾を冠り、金色の瓢箪を振りかざした老人が、鐘と太鼓の賑やかなお囃子につられて、水上で踊り狂う大鯰を抑えようとするもので、これは、室町時代の高僧が「泥水の中に住むヌルヌルした鱗のない鯰を底の低い丸い瓢箪で押えることができるか」と問い、この問題を画僧の如拙が絵に描いたのが国宝「瓢鮎図」で、これをもとにして造られたのが、鯰車山の鯰押えである。

 水引幕の正面は「有慮十二証」(古代天子の衣装模様)・側面に「阿吽の双竜」。
 彫物は瓢鮎図と禅問。
車山(竹島町)=高さ4.95m。幅2.43m。長さ5.83m。
水引幕は「群雀」。下絵は戸田氏貞夫人。
 からくりは、屋形に榊と神鏡が飾られており、天鈿女命が榊と鈴を持って静かに神楽を舞う。
 見送りは王仁・阿直岐の刺繍。下絵は武光一六、詩文は江馬元齢。

 最初は輿の乗物に山車の大将官人形を飾っていた。
さらに江戸中期より三輪の御所車様式の車山となり、文化5年(1808)には四輪様式の山車に改造された。
 練り物は朝鮮通信使を模した仮装行列でだった。京都西陣に発注した美しい金襴の朝鮮服を着て赤地に金糸の刺繍を施した帯を締め、先頭に「清道」と書いた幟2本、先払い2人、大笛2人、大太鼓2人、鉦1人、中笛1人、鞨鼓1人、小笛2人、胡弓2人と楽隊が続いた。
 廃仏毀釈運動の一環として、神道に関係ない祭りの排斥も進められ、竹島町の人々は何とか朝鮮山車を残そうとして、「朝鮮王 竹島町」の幟を「猿田彦大神」と変えたが、明治7年(1874)遂に神仏分離令により廃止となる。
玉の井車山(船町)=芸山。高さ5.03m。幅2.45m。長さ5.43m。
初めは大垣城の石垣を積むおり、赤坂の金生山で採取した石を運ぶ車を改造した“石曳車山”だった。次に江戸中期にはカラクリ山だったが、文化12年の洪水で大破し、後に改造され、現在は芸車山である。 
松竹車山(伝馬町)弁天車山ともいう。高さ5.04m。幅2.48m。長さ5.58m。
 山車の前部は踊り舞台となっており、からくりと舞踊を併用した唯一の山車。
 からくりは、弁財天の前に童女を配し、からくりによって舞う中に人形の胴が割れて白兎に変じ、餅つきを始めて餅をまき祭り客にふるまう。
 見送り幕は「石公より兵法書巻を張良に授ける図」。
 水引幕:「大山水引」と呼ばれ狩野派の中国的な絵模様に「瀬田の夕照」など近江八景の詩を飾る綴錦。
愛宕車山(岐阜町)=正徳2年(1712)制作。別名は八幡車山。高さ5.21m。幅2.41m。長さ5.34m。
 昭和50年、福井神仏具製造所により大屋根復元。
からくりは後で付け足され、“武内宿禰の早変わり”。玉屋庄兵衛の作。
上段屋形内に、神功皇后を祀り軍扇、太刀を持ち男装でお座りになり、神功皇后が身重ながら朝鮮半島に渡り帰国後、応神天皇を無事出産した話しが有名で安産の神様としても信仰されている。
中段左に武内宿祢、右に狂言師、下段には、采払い、道を清め道先案内をする、麾振り人形を置く。謡曲「弓八幡」を題材として武内宿祢が高良の神に変身し神舞を舞う、狂言師(神官)が箱を開けると二羽の鳩が現われ、豆を拾う。
 正保5年(1648)吉野車山という練物があったが、延宝5年(1679)愛宕大権現の小祠を乗せ祭りに曳きまわしたのが始まり。その後、宝暦年間に修復、改造の際、小祠を降ろし現在の愛宕車山の原型が誕生。
猩々車山(宮町)=平成13年3月、56年ぶりに再建し復活。名は、謡曲「猩猩」から取った。
高さ5.34m。幅2.7m。長さ5.42m。
 見送りは和田能玉画の「白沢怪」と揖斐川町の書家窪田華堂の筆になる賛で、手刺繍で縫っている。
 からくりは、二層の山車上に大床板を突き出し先端に大酒壷を置き、狸々の人形が壷に顔を突っ込み鯨飲すれば酔って紅顔となる。狸々はたちまち獅子に変り、大酒壷は割れて大輪の牡丹の花が咲き乱れ、獅子はこれにたわむれ舞い狂う。

 先代は昭和20年7月に戦災で焼失。
浦嶋車山(俵町)=平成24年再建。高さ5.04m。幅2.5m。長さ5.84m。
 屋形の中に浦島太郎、その前に乙姫、龍神、亀、前車山は唐子を配置。謡曲は龍神に関するものを使い、 龍神が舞い・亀が泳いでその背上の玉手箱を開くと蓬莱山が現れる仕組み。
 下幕は試楽は白毛氈。本楽は紅羅紗に大波濤の刺繍。さらに後やまには幟を左右に配置。
 先代は昭和20年7月に戦災で焼失。
大垣祭りの車山は慶安元年(1648)に始まる。9輌のうち6輌がからくりが奉納。
綾野 白髪神社 10/2土日 山車5輌 神楽車山(東瀬古)、猩々車山、鯰車山、獅子車山(横丁瀬古)、小獅子車山
神楽車山(東瀬古)=帳面箱に文政7年(1824)と書かれているのでこの頃造られた。

猩々車山
=ねこに文政5年(1822)7月下旬と記されている。当初は芸山。昭和20年の戦災で房、水引などが焼失したので昭和26年に修復した。からくりは“幣振(さいふり)人形”。

鯰車山
=水引の裏地に宝暦9年(1759)8月5日とある。

獅子車山(横丁瀬古)=宝暦7年(1757)大垣市伝馬町制作。弘化4年(1847)8月吉日に購入。

小獅子車山=
袖板に「不破郡綾野村堅町 嘉永6年(1853)8月4日 大工喜重郎」と書かれている。
久瀬川町 久瀬川神社 10/2土日 山車1輌 愛宕車山
山車廃絶 稲荷車山
愛宕車山(西組)=大垣型。明治13年制作。明治41年、地元の大工の藤田由之助により修復。見送り幕は「胡蝶の夢」。
十六町 山車廃絶 豊年の年に出た
豊年踊り
山車=豊年の年に出た。昭和3年の御大典が最後で今は無い。唐子からくり人形、前水引あり。この収納箱には文久2年と墨書きあり。
赤坂 金生山神社 4/2日曜 神輿
山車1輌(休止) 明治初期は5輌あった
飛龍閣(子安町)=長浜型。明治4年制作。大工は清水幸右衛門。彫師は牡丹が瀬川治助重光。鳳凰は長浜早瀬門人平野一色村彫師泰助。
 ◎旧・養老郡上石津町
一之瀬殿垣外 八幡神社 10/1日曜 山車1輌 桃源閣
桃源閣=長浜型芸山。明治5年8月制作。名古屋幅下町の浅草屋が請負、大工吉田八右ェ門。高さ約4m。
上石津にはかつて山車が4輌あった。
一之瀬 長彦神社 4月初旬 子供みこし 浦安の舞
津島神社 10月中旬 元禄獅子舞

 ≪海津市≫ 
  平成17年(2005)3/28、海津郡海津町、平田町、南濃町が合併。
 ◎旧・海津町
油島 治水神社 4/25(毎年)
毎年4月25日には、神式で春季大祭が挙行され、10月25日には仏式で秋季大祭が挙行される。
 午前9時半頃から、地元大江地区の住民が仕立てた酒樽やもちを載せた神輿が境内に登場した後、式典が行われる。
 式典後には、米俵を載せた舟みこしが、千本松原を南から北へ向かって練り歩き、長良川の土手から川に入り、水で清め、治水神社に奉納する。
海津町松木285−1 御霊神社 10/8 例祭
海津町瀬古字村内320−6 御霊神社
海津町神桐560 八幡神社 10/8 例祭
海津町成戸516 御霊神社 10/8 例祭
海津町福一色189 八幡神社 10/8 例祭
海津町田中字江東499−1 御霊神社 10/8 例祭
海津町鹿野字村前956 諏訪神社 10/連休 獅子舞、剣の舞
海津町秋江2142−1 八幡神社 10/10 例祭
海津町大和田字宮北87 春日神社 10/連休 子供神輿
海津町駒ヶ江266−1 駒ヶ江神社 10/10 例祭
海津町駒ヶ江585 三輪神社 10/10 例祭
海津町長瀬142−1 白山神社 10/10 例祭
海津町日原字宮前553 八剣神社 10/10 例祭
海津町長久保字竹原79−2 八幡神社 10/10 例祭
海津町立野字1番縄1 八幡神社 10/10 例祭
海津町草場38 若宮八幡神社 10/10 例祭
海津町外浜字宮西307 八幡神社 10/10 例祭
海津町森下22 神明神社 10/10 例祭
海津町古中島5−1 八幡神社 10/10 例祭
海津町金廻2694 神明神社 10/10 例祭
海津町油島16 八幡神社 10/10 例祭
海津町油島466 八幡神社 10/10 例祭
海津町万寿新田堤塘占用地 神明神社 10/2日曜 例祭
海津町七右衛門新田字七右衛門新田1788−2 八幡神社 10/2日曜 例祭
海津町福江2474 北野神社 10/10 例祭
海津町石亀1−4 神明神社 10/10 例祭
海津町稲山字一の割434 八幡神社 10/2日曜 例祭
海津町本阿弥新田字村内159 神明神社 10/2日曜 例祭
海津町沼新田527 神明神社 10/体育の日 例祭
海津町帆引新田字二番割482 北野神社 10/2日曜 例祭
海津町安田字村中105−3 神明神社 10/10 例祭
海津町安田新田35−1 八幡神社 10/2日曜 例祭
海津町内記2206 神明神社 10/10 例祭
海津町札野261 八幡神社 10/10 例祭
海津町深浜字中52 八幡神社 10/連休土曜 例祭
海津町五町字五町106 八幡神社 10/2日曜 例祭
海津町萱野2028 八幡神社 10/9 例祭
海津町東小島1459 八幡神社 10/9 例祭
海津町西小島字宮前1 八幡神社 10/10 例祭
海津町平原3973 八幡神社 10/9 例祭
海津町馬目字通上1100 八幡神社 12/9 例祭
海津町高須町874 秋葉神社 9/23 石取祭車1台 明治13年7/9に桑名に注文。
海津町高須町354 稲荷神社 10/連休 曳山2台 本町、末広町…めったに出ない
山車廃絶 上町
本町=明治36年頃の制作。大工は牧野與兵衛の作。長さ5.82m、幅2.97m。高さ5.77m。

末広町=明治36年頃の制作。大工は牧野與兵衛の作。長さ4.05m、幅2.97m。高さ6.64m。
上町=平成17年に海津青年クラブが引き取ったが、保存状態が悪く、雨ざらし状態で放置され、その後個人が引き取ったが、損傷が激しく廃棄された。
海津町高須町431 神明神社 10/9 例祭
海津町福岡字八幡下3−2 八幡神社 10/10 例祭
 ◎旧・南濃町
南濃町徳田字大原399−2 若宮八幡神社 9/15 例祭
南濃町津屋1728−1 諏訪神社 10/9 例祭
南濃町津屋2299−1 白山神社 10/連休土日 太鼓
南濃町津屋2555 八幡神社 10/9 例祭
南濃町志津511 八幡神社 10/9 例祭
南濃町志津920−1 御霊神社 10/9 例祭
南濃町志津1731−1 住吉神社 10/9 例祭
南濃町志津1872 小谷神社 10/9 例祭
南濃町志津1888−1 十二相神社 10/9 例祭
南濃町志津新田500 神明神社 11/9 例祭
南濃町駒野奥条入会字天満社98 東天神社 10/連休土日 石取祭車廃絶
南濃町駒野新田字六反地241 神明神社 10/9 例祭
南濃町戸田字山825−1 天満神社 10/10 例祭
南濃町庭田古畑629−1 厳崎神社 10/10 例祭
南濃町庭田南山1121 宇都宮神社 10/12 例祭
南濃町羽沢北条300−1 北野神社 10/9 例祭
南濃町羽沢春日北333−1−1 春日神社 10/9 例祭
南濃町羽沢北之会1535 熊野神社 10/9 例祭
南濃町上野河戸字元湯屋町224−1 白髭神社 10/2日曜 例祭
南濃町山崎字南条畑1735−1 八幡神社 10/2日曜 例祭
南濃町安江字木戸1222 津島神社 10/2日曜 例祭
南濃町太田大里357 杉生神社 10/連休土日 石取祭車1台 太田西山・太田弥生
南濃町境山ノ手2827−1 八幡神社 10/2日曜 例祭
南濃町松山松ヶ平1833−1 諏訪神社 10/2日曜 例祭
南濃町吉田内新田1054 天白神社 10/2日曜 例祭
 ◎旧・平田町
平田町今尾3055−8 今尾神社 10/祝日(元・18) 石取祭車1台 山車の上に恵比須神を乗せて曳く
かつて山車4輛、船山2輛、獅子車1輛 等があったが、今尾大火で焼失。
石取祭車=山車は今尾の米商人の発願で大正元年(1912)に購入その後恵比須神の人形を購入。
平田町須賀91 八幡神社 10/8 例祭
平田町勝賀無番地 神明神社 10/8 例祭
平田町野寺1201 神明神社 10/8 例祭
平田町幡長49 神明神社 10/8 例祭
平田町者結151 御霊神社 10/8 例祭
平田町蛇池116 神明神社 10/10 例祭
平田町蛇池2011 白山神社 10/8 例祭
平田町岡291 八剣神社 平田町土倉1037 例祭
平田町仏師川59−1 白髭神社 10/10 例祭
平田町三郷57−13 白髭神社 10/10 例祭
平田町三郷1499−1 白髭神社 10/10 例祭
平田町三郷1979 神明神社 10/10 例祭
平田町高田1345 八幡神社 10/2日曜 例祭
平田町西島2146 八幡神社 10/10 例祭
平田町土倉1037 須賀神社 10/10 例祭
平田町脇野43−6 白山神社 10/10 例祭
 【今尾の佐義長】
別名「どんどん焼き」といわれ、毎年2月11日に行われる火祭り。周囲7m、重さ2トンの竹みこしを若者がかつぎ、そこに火をつけ、轟々と燃え上がる。

 ≪安八郡≫
 神戸町
神戸 日吉神社 5/3、4 神輿7社 県重要文化財
神輿は七社あり、一番先頭は、牛尾宮で、唯一八角形。2番目は樹下宮。3番目は日吉大宮。4番目は、二宮。5番目は、宇佐宮。6番目は客人宮。7番目は三宮。
 輪之内町
山車、神輿等の出る祭りは特に見当たらないようだ。

 ≪不破郡≫  
 垂井町
宮町 八重垣神社 5/2〜4 曳山3台(長浜型) 鳳凰山(東町)、攀鱗閣(西町)、紫雲閣(中町)
鳳凰山(東町)=寛政10年(1798)秋制作。大工は喜助。文政4年(1821)4月大垣の楠屋十太夫自光により塗装。
攀鱗閣(西町)=文化5年(1808)関ヶ原の藤井太兵衛の作。19年後の文政10年(1827)大垣の楠屋十太夫自光と次男久光により塗装。彫師は養老の佐竹民弥義済が6年でつくる。
昭和54年(1979)解体修理。
見送り幕は「蓬莱のつづれ織」。
紫雲閣(中町)=古文書によると、安永4年(1775)に歌舞伎を奉納。昭和52年修復。高さ9,1m。
昭和53年より龍村美術織物により復元新調。胴幕、見送りは「賢人図」。
大滝662 雷公神社 4/5 例祭
敷原字西屋敷14 熊野神社 4/5 例祭
梅谷字平桃谷789 津島神社 4/5 例祭
市之尾字親ヶ谷671 天神神社 4/5 例祭
新井429 神明神社 4/ 例祭
伊吹1484−1 伊富岐神社 4/2日曜 神楽
伊富岐神楽=天明7年(1787)に始まったとされる。演目は11ある。
岩手1046 八幡神社 3/16 例祭
岩手3193 白山神社 4/1日曜 例祭
大石2042 津島神社 10/2日曜 例祭
平尾1320 平尾神社 4/5 例祭
綾戸268 六社神社 10/2 例祭
府中2506 南宮御旅神社 4/5 例祭
表佐字五番屋敷1836 若宮八幡神社 10/2 例祭
栗原1868 八幡神社 4/15 例祭
9/15 栗原踊り
宮代字峯1734−1 南宮大社 5/4、5 神輿3基
置山、楽車
置山=蛇山神事に使われる。コンクリート製三層形式。

楽車
=平成2年再建。
 関ケ原町
関ケ原御所街道310 若宮八幡神社 10/2 例祭
玉291 玉神社 10/2 例祭
松尾井上389 井上神社 10/2 例祭
松尾大木戸156 戸佐々神明神社 10/2 例祭
今須3519−1 青阪神社 10/3 例祭
今須3799−1 御鍬神社 4/2 例祭

 ≪揖斐郡≫      
 揖斐川町
  平成17年(2005)1/31、揖斐川町+谷汲村、春日村、久瀬村、藤橋村、坂内村が合併。
三輪1322 三輪神社公式HPへ 5/3〜5 神輿 大神輿3基、町内子供神輿10基、青年神輿1基
山車5台 住吉山(中町)、高砂山(上町)、鳳凰山(下新町)、竜宮山(上新町)、市山(横町)
 ■5月3日
(13:00〜)稚児役者練込み〔揖斐川町地域交流センター はなもも〕
(14:00〜)子供歌舞伎特別披露〔揖斐川町地域交流センター はなもも〕
 ※山は出ません
 ■5月4日
(9:30〜)例大祭神事執行〔三輪神社本殿・拝殿〕
(12:00〜)山曳き入れ開始〔三輪神社境内〕
(12:30〜)子供歌舞伎奉納〔三輪神社鳥居前〕
(16:00〜&19:30〜)子供歌舞伎披露〔三輪神社境内〕
(21:00〜)帰り山〔本町通りで曳き揃え〕

 ■5月5日
(8:30〜)神楽出発〔三輪神社〕
(9:00〜)山曳き入れ開始〔三輪神社境内〕
(12:00〜)稚児役者練込み
(12:30〜)巫女舞奉納〔三輪神社舞殿〕
(13:00〜)神輿発御式〔三輪神社神輿蔵前〕
(13:30〜)神輿出発
(14:00〜&16:00〜&19:30〜)子供歌舞伎披露〔三輪神社境内〕
(19:00〜)神輿還御式〔三輪神社舞殿〕
(21:00〜)帰り山
住吉山(中町)=安永年間の制作と思われるが、明治4年の大改造にて現在の形となる。彫師は国枝桂輔。
彫刻は「手長足長」など。

高砂山(上町)=文化11年(1814)の三輪明神祭絵巻に亭を付けた高砂山が描かれていることから、これ以前に造られたと分かる。cv

龍宮山(上新町)=「安永四年山出来候」の棟札あり。

鳳凰山(下新町)

市山(横町)
東横山・西横山 八幡神社 神輿
 大野町
大野町 黒野八幡神社 4/2、3 神輿
巫女の舞
稲富字白山2586 来振神社 4/1日曜 来振ばやし
牛洞 牛洞権現五社 9/1日曜 牛洞雨乞踊り
 ■川合地区
   ⇒ 加納、五之里、下南方、郡家、上磯、下磯、本荘、下座倉
 池田町
 ■池田地区
   ⇒池野、下東野、上田、砂畑、六之井、杉野、白鳥
下東野364 東野(天王)神社 9/15直前の日曜 山車1台 固定式の置き山でからくりを行う。   
 元は東野神社にて7/15に、市山という名前の置き山の上で、奴、湯とり市、おやま市と呼ばれる3体のからくり人形と仕掛花火とを、交互に演じていた。
現在は神明神社(下東野21)に場所を移し9/15直前の日曜に市山からくりを行っているが、近年では消防署の許可が下りなくなったため、仕掛け花火は一部の花火のみである。

なお市山からくりは神明神社の境内で行われるが、神明神社の祭礼でなく、東野神社の祭礼である。
六之井862−1 六之井神社 4/18
白鳥536 白鳥神社 4/11、12&9/15 白鳥神楽
 ■八幡地区
   ⇒八幡、片山、市橋
八幡字村中918 八幡神社 4/17 例祭
片山1740 八幡神社 4/2日曜 山車1台 固定式の置き山 
市橋1565 稲荷神社 4/12 例祭
 ■宮地地区
   ⇒宮地、舟子、段、般若畑、願成寺、小牛
宮地865−1−1 熊野神社 4/17 例祭
舟子萩ヶ谷257 神明神社 12/16 例祭
舟子村之内404
神明神社 12/16 例祭
段村之内546 神明神社 9/16 例祭
願成寺内山684 住吉神社 9/10 例祭
小牛村前704−1 神明神社 4/18 例祭
 ■養基(やぎ)地区
   ⇒田中、粕河原、沓井
田中野中80 養基神社 3/15 例祭
沓井上村北85−1 菅原神社 3/25 例祭
沓井権現489 熊野神社 9/17 例祭

 ≪養老郡≫     
 養老町
 ■高田地区
   ⇒高田、烏江、押越
高田180 愛宕神社 5/3土日
(元・20
山車4輌
 猩々車山(西町)、からくり林和靖車山(東町・中町) 、神楽獅子車山(下河原町)
山車廃絶 照麟閣(常盤町)
西町車山(猩々車山)=文政5年(1822)に再建を始め、天保3年(1832)に完成。長さ3.9m。幅2.9m。高さ6.37m。蔵は押越字南813、810−2にある。
彫師は地元の早瀬忠兵衛(上層部の雲龍)と諏訪の立川富重、富種兄弟(下層部)。からくりは「猩々と采振り人形」。
 先代は宝暦12年(1762)に建造されるが、寛政6年(1794)11月の高田町の大火で焼失した。


東町車山(林和靖車山)
=宝暦12年(1762)より曳かれる。名古屋市伝馬町より購入と伝えられる。長さ4.1m。幅2.9m。高さ6.5m。蔵は高田425−3。
彫師不詳。からくり人形は「中国の仙人林和靖と鶴」。弘化2年(1845)に隅田仁兵衛真守の作。


下河原町車山(神楽獅子車山)
=天保元年(1830)に岐阜・長柄北町より9両1分で購入。長さ3.6m。幅2.96m。高さ6.15m。蔵は高田389。
 往古は獅子にわか。
 先代は宝暦12年(1762)に獅子車山を買うが寛政6年(1794)の大火で焼失した。
車山(照麟閣)=歌舞伎舞台曳山。老朽化、資金不足等で昭和49年(1974)に廃止となり、平成25年(2013)、曳山蔵ごと解体処分。
烏江1060−1 八幡神社 10/1〜20の間の土日 例祭
 ■養老地区
   ⇒押越、明徳、上方、五日市、石畑、竜泉寺、白石、勢至、柏尾
押越468 神明神社 11/3 例祭
明徳108 船着神社 10/2日曜 曳山休止
曳山休止=境内の倉に解体保存。制作年は江戸後期と思われる。大工は牧田の大工と伝わる。昭和25年頃までは曳山が出されていたが、曳山より小さな鳥居が立ったことにより境内から出すことが出来なくなったため、それ以降は出して組み立てることが無くなる。昭和53年の正遷宮に組立られたのが最後。
上方407−1 白鳥神社 10/1 山車廃絶 2014年現在、境内に車輪が残っている
五日市530 八幡神社 10/7 例祭 昭和30年代は4/10が例祭日
石畑851 大桑神社 10/10 例祭
石畑1001 若宮神社 10/15 例祭
竜泉寺182 六社神社 10/9 例祭
柏尾 神明神社 10/10 子供神輿 昭和末期より手作りの神輿を出す
 ■広幡地区
   ⇒口ヶ島、飯之木、大跡、西岩道、岩道
口ヶ島22 八幡神社 10/1 例祭
大跡162−2 六社神社 10/1直前の日曜 太鼓を曳く
 ■上多度地区
   ⇒鷲巣、小倉、大跡新田、田村、横屋、有尾
鷲巣1612−25 養老神明神社 3/牛の日 例祭
鷲巣1300−1 白山神社 10/祝日 子供神輿2基 提灯行列
小倉868 八幡神社 10/10 例祭
 ■池辺地区
   ⇒大巻、釜段、大場、根古地、根古地新田
大巻 大巻神明神社 10/2日曜 例祭
根古地 八幡神社 10/2日曜 例祭
 ■笠郷地区
   ⇒笠、船着、栗笠、上之郷
下笠上市場291 八剣神社 10/5 例祭 旧・郷社
下笠三ツ屋2223−1 八幡神社 10/5 大神楽廃絶
獅子舞は明治末期までは7月の土曜に行っていたが昭和初期より行われなくなり、さらに獅子頭が二体も昭和34年の伊勢湾台風で流されてしまった。
船附字宮辺653 船附八幡神社 10/1日曜(元・4) 子供神輿 昭和61年購入。以前は段ボール。
栗笠26−1 福地神社 10/5 例祭
上之郷中ノ切334 隼人神社 10/5 例祭
 ■小畑地区
  ⇒ 蛇持、飯田、祖父江、江月、大坪
江月611−1 隼人神社 10/1日曜 例祭
 ■多芸地区
   ⇒多岐、北大墳、直江、飯積、金屋
三神町406−1 多岐神社 4/2日曜 神幸祭
直江 向野神社 10/2日曜 例祭
飯積162 八幡神社 10/10 山車廃絶
山車の幕や人形浄瑠璃に使われた人形の頭や衣装、花火の調剤道具が残っている。現在は多芸公民館にて保管されている。
 ■日吉地区
    ⇒宇田、橋爪、中、豊、安久
宇田121 八幡神社 1/15 例祭
宇田1026−1 五社神社 7/中旬 例祭
宇田1100 厳島神社 4/15 例祭
橋爪1121−1 篠塚神社 10/5 例祭
1/中旬 武佐祭り
武佐祭りは元々「歩射祭(ぶしゃまつり)」と表現され、悪霊退散を目的としていましたが、次第に豊作を祈願する祭りに変化した。祭りの中心的役割を果たす男神と女神の統元は、くじ引きにより決定され、1/14〜20の祭りの間、両統元は神様の称号を与えられ、7日間、村人全員を自宅に招き、酒宴の世話をしなければなりませんでした。「統を受けるか、分家を建てるか、嫁娶るか」といわれ、人生の三大行事に数えるほど莫大な費用がかった。
日露戦争を行っていた明治38年、「国が命運をかけた戦いをしている時に、酒宴を続ける祭りを行っていて良いのか」という議論がなされ、その結果、統元制度は廃止された。
武佐祭りはその後、小祭りとなり、現在では神事のみを執行している。
橋爪1375−1 八幡神社 10/6 例祭
橋爪1515−2 神明神社 10/6 例祭
中175−1 熊野神社 10/5 例祭
安久110−1
須賀神社 7/中旬 例祭
 ■室原地区
室原 熊野神社 10/1土日(元・5) 山車3輌 臥龍閣(色目)、万歳閣(井畑)、鳳凰山(東向)
色目車山(臥龍閣)安政元年(1854)頃に車山を制作。
大工は、江州の蔵之助が3年間、蓮沢寺前に住み込み、蓮沢寺の改築・山車倉の新築と三つの大仕事をしたと伝えられている。
彫師は上方の佐竹民蔵。安政3年(1856年)に完成。平成2年(1990年)に大修理。
長さ6.5m。幅3.8m。高さ6m。
 初代は文化5年(1808)に垂井宿の西町より購入か?

井畑車山(万歳閣)=文政9年(1826)9月に購入。これは墨書きによる。垂井宿の中町の山車を購入と思われる。
山車の4枚折りの襖絵は、高田の絵師の日比野鶴翁(弘化4年没)の作で、「松に黒い鳥、裏に菊」。
昭和62年(1987年)に大修理。長さ6.5m。幅4.1m。高さ6.5m。
 先代は宝暦3年(1753)に大破した。

東向車山(鳳凰山)=大正12年(1923)4月に赤坂町東町の車山を300円で購入。障子の絵は、大垣市の十六町の画家藍涯の筆。長さ6.2m。幅3.63m。高さ7.2m。
 先代は天保10年(1839)頃に江州の醒ヶ井より購入するが、大正10年(1921)9月27日の台風で車山蔵が倒壊し車山ごと壊れた。但し上部の亭は無事のため購入した車山に合わせ組み立てた。
栗笠 栗笠福地神社 10/1日曜 獅子舞 県指定無形民俗文化財
 ★展示場
 【養老町山口会館】
養老町高田18−1。рO584−34−3311。9:00〜17:00。休館日:月曜(祝日の場合は翌日)、年末年始。
山□俊郎の生い立ちとその功績をゆかりの品々とともに紹介。数々の遺品の中から、レコード、愛用品、昭和のスターとの写真などを展示。
山□俊郎氏出身の今は無き常盤町の山車の写真や彫物も飾られているらしい。