【丹波】 
    

      丹波市

住所 神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪丹波市≫ 
  平成16年(2004)11/1、氷上郡柏原町、氷上町、青垣町、春日町、山南町、市島町が合併して誕生。    
 ◎旧・柏原町
 ■柏原(かいばら)地区
      ⇒旧の柏原大手町・柏原北中町・柏原北町・柏原東町・柏原竪町・柏原南町・柏原西町・柏原古市場町・柏原新町・柏原石田町・柏原本町・柏原上中町・柏原下町・東奥村・南多田村・上小倉村・下小倉村・北中村・室谷村・小南村・見長村に当たる
柏原町柏原3625
柏原八幡神社
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10/4土日
(元・14、15)
神輿3基
太鼓みこし2台 東奥、石田
舞台付き壇尻2台 現在は2台あるが休止中
東奥=入母屋屋根。江戸後期購入と思われる。

石田
=布団屋根。昭和31年購入。
柏原には江戸期には新町、古市場町、石田町、本町、上中町、下町に壇尻があり、柏原藩陣屋まで曳いて行き、そこで舞台芸を奉納していたが、明治に入り電線の架設に伴い曳くことも減り、昭和30年代ころより次第に処分されるようになった。
下町=解体保存。昭和60年代に一度組立てたのを最後に解体保存。おそらくこの時の写真が上地車新報第五号に載っている。壇尻には慶応三丁卯(1867)八月吉日と墨書きあり。

新町=保存。最後に使われたのが昭和60年頃の婦人会のカラオケ大会の舞台と伝えられる。
柏原大手町(柏原町柏原525−2)
建勲神社 5/3 子供神輿
往古は大名行列。現在は飾付けのみ。子供神輿は昭和32年創建。子供相撲は昭和48年より始める。
柏原町上小倉字字カッラ山270−1 苅野神社 11/25 例祭
柏原町太田590 白鹿神社 4/29(元・5/3) 布団太鼓 平成19年、例祭日変更 
 ■新井(にい)地区
      ⇒新井:挙田、大新屋、鴨野(かもの)、北山、田路(たじ)、母坪
柏原町大新屋514−1 新井神社 10/連休 神輿
太鼓 布団3段。明治初期に姫路方面より購入と伝わる。
柏原町鴨野字岡端142−1 加茂神社 10/17 神輿
柏原町田路12 藤代神社 10/17 神輿 神輿蔵は昭和49年12月に神社境内よりより移転
太鼓 布団3段。明治期に購入と伝わる。
柏原町母坪23 和泉神社 10/9 例祭
 ◎旧・氷上町
成松:成松、上成松、常楽、西中、黒田、犬岡
沼貫(ぬぬき):谷村、小野、朝阪(あさか)、油利、佐野、稲畑、新郷
葛野(かどの):三原、上新庄、下新庄、柿芝、中、下、三方、中野、清住、大谷、長野
幸世(北地区):沼、御油、井中、賀茂、氷上、小谷、鴨内、日比宇、伊佐口、香良、絹山、桟敷、南油良、北油良、水上
生郷:石生、北野、大崎、横田、福田(ふくた)、市辺、本郷、稲継
氷上町成松字甲賀山277−1 大護神社 10/17 神幸式
愛宕神社 8/23、24 愛宕祭
中央通=太鼓と称する。布団3段。昭和35年頃に加西市北条の黒駒より購入?。

成松上町=太鼓と称する。御輿屋根。明治期に購入。

成松東町=太鼓と称する。布団3段。

成松新町=布団と称する。布団2段。
 【ふるさと丹波ひかみの夏祭り 「愛宕祭」】
8月23、24日開催。愛宕祭実行委員会主催。成松区と常楽区の一部の計11組(宮前組、西町組、中町組、新町組、東町組、中央通り組、下町組、上町組、北町組、新田組、常楽新田組)で保存会を結成。
江戸時代に鎮火と五穀豊穣を願って京都の愛宕神社を分社したのが起源で、鎮火や五穀豊穣・家内安全を祈願する。
2日間、町中には祝儀物・金物・陶器などの日用品を使って人物や建物など世相を表現した「造り物」と呼ばれる12ヶ所で展示。盆踊りも行われる。
 24日は大正時代から続くとされる24日の花火大会(雨天中止)もある。
氷上町上成松字京尾山35−1
一ノ宮神社 10/17 頭神事
氷上町常楽字天王25 大崎社 10/17 御輿
氷上町西中字箱森7 稲荷神社 10/17 例祭
氷上町黒田字大年谷83−1
大歳神社 10/17 頭神事
氷上町犬岡字宮谷19−2
大歳神社 10/17 頭神事、子供樽みこし 昭和50年代より子供樽みこしに造り物を載せるようになる
氷上町小野字宮ノ本564 天満神社 10/連休(元・17) 神幸式
氷上町朝阪4−1 大年神社 10/9 例祭 加古川の西側
氷上町朝阪1−1 大年神社 10/9 例祭 加古川の東側
上油利油利字北山23−2 大年神社 10/連休(元・17) 手作り神輿 上油利
氷上町佐野字前山15−1 矢降神社 10/連休(元・17) 式三番叟 隔年ごと
氷上町稲畑字泉山210 奴々伎神社 10/連休(元・17) 式三番叟
氷上町新郷1860 伊尼神社 10/連休(元・17) 神輿多数
新発意踊り
氷上町三原13 内尾神社 10/連休日曜 神幸式 葛野18ヶ村の総社である。
神幸式には挟み箱の中老を先頭に、草履持ち(小学生)一人、槍持ち(中学生)、傘持ち(青年)、小鳥毛と大鳥毛が各二人(壮年)の順に並び、行列の先導として羽織袴姿の警護人二人が列の前後に付く。
中野奴行列=市指定無形民俗文化財。中野奴保存会。神輿の露払いとして先導。
法被姿姿で9:30頃に内尾神社を出発し、不動橋近くの御旅所までの間に、9回の奴振りを行う。
行列は二列で、挟み箱2人(中老)が先頭で、次に草履取(小学校)1人・草履取り・槍持ち(中学生)2人・傘持ち(青年)2人・小鳥毛(壮年)2人・大鳥毛(壮年)2人の順で、他に列の前後に羽織姿の警護2人がつく。
氷上町上新庄字森山24−2 天満神社 10/連休(元・17) 神輿 頭神事、式三番叟
氷上町上新庄字南後山40−2 高井神社 10/連休(元・17) 子供神輿 頭神事
氷上町下新庄字内山87 大歳神社 10/連休(元・17) 神輿 頭神事
三段反り屋根屋台 8:30〜14:30、地区内と成松地区の一部を巡行。昭和初期購入。
氷上町柿柴字木戸1 貴船神社 10/連休(元・17) 手作り神輿 昭和60年制作
氷上町柿柴東 磐神神社 10/連休(元・17) 子供布団みこし
氷上町中209 八幡神社 10/連休(元・17) 神輿
氷上町三方1−1 大歳神社 10/連休(元・17) 神幸式
祇園ばやし=小学生男子が頭に花輪をつけて上級生が三味線。そして順に太鼓、笛、鐘を鳴らし大歳神社から出発。神輿を先導し部落内を廻る。
氷上町中野51−1 粟鹿神社 10/連休(元・17) 神輿 中野奴行列
氷上町清住90 日間神社 10/連休(元・17) 太鼓 午前は中区へ、午後は中野・中区巡行
清住=太鼓と称する。黒の布団3段。明治期購入。
氷上町大谷字天王谷31 広嶺神社 10/連休(元・17) 樽みこし 昭和58年制作。何十年ぶりかの復活。
太鼓みこし廃絶
氷上町長野字長畑165−1 八坂神社 10/連休(元・17) 神輿 大神楽奉納
氷上町沼40−2 八柱神社 10/連休(元・17) 神幸式 頭神事
氷上町御油40−2 神野神社 10/9 頭神事、湯立、相撲
氷上町井中20 火産霊神社 10/連休(元・9) 例祭
氷上町賀茂1 賀茂神社 10/連休(元・17) 神幸式
新発意踊 獅子神楽
氷上町小谷44 須賀神社 10/連休(元・9) 頭神事
氷上町鴨内37 芹田神社 9/1 頭神事、湯立
氷上町日比字14 須賀神社 9/28 頭神事、相撲
氷上町伊佐口739 稲荷神社 10/連休(元・17) 頭神事
氷上町香良127 加和良神社 10/連休(元・17) 神幸式 頭神事、相撲
氷上町絹山683 稲荷神社 10/連休(元・17) 頭神事、相撲
氷上町桟敷50 稲荷神社 10/9 例祭
氷上町北油良229 日吉神社 10/連休(元・17) 頭神事
氷上町南油良529 貴船神社 10/連休(元・17) 神幸式
氷上町石生532 いそべ神社 10/連休(元・14) 神幸式
太鼓神輿 石生新町
太鼓みこし4基 子供みこし5基
石生新町=太鼓神輿と称する。文久元年(1861)姫路市宇佐崎で新調。
当時宇佐崎は(東・中・西)三台の屋台を出しており西の屋台?。またこの屋台を機に一本化したいう説もあり。

武田角兵衛の作。石生新町が購入したのは日清戦争の戦勝記念に明治29年と伝えられ、また次の宇佐崎の屋台は明治12年新調なので、某所経由で購入したと思われる。
氷上町北野65 熊野神社 10/14 例祭
氷上町横田100 一宮熊野神社 10/17 柴神輿あった 相撲、芝居あった
氷上町福田1 日吉神社 10/連休(元・17) 太鼓みこし
福田=太鼓みこしと称する。布団3段。昭和31年頃購入。
氷上町市辺155 二宮神社 10/14 演芸
氷上町本郷22 味耜高神社 10/17 神幸式
氷上町稲継3 富気神社 10/連休(元・17) 運動会(昭和35年頃より) 往古は青年の芝居、相撲

 ◎旧・青垣町
        佐治:佐治、小倉、沢野、奥塩久、市原
        芦田:東芦田、西芦田、田井縄、栗住野、口塩久
        神楽(しぐら):桧倉(ひのくら)、大名草(おなざ)、大稗(おおびえ)、小稗(こびえ)、惣持、文室(ふむろ)、稲土(いなづち)
        遠坂:遠坂、中佐治、山垣(やまがい)
青垣町佐治12−1 八柱神社 10/連休(元・21) 神幸式
青垣町小倉575−2 佐地神社 10/2土曜(元・8) 神幸式 式内社、旧・県社
=たいこみこしと称する。唐破風。子供4人が乗る。昭和3年頃購入。
青垣町沢野198−1
皇大神社 10/連休(元・16) 例祭 通称は大神宮
青垣町沢野1282−1 神楽神社 10/連休 布団太鼓1台 おみこしと称している。布団3段。
青垣町沢野13
八幡神社 10/2土日 だんじり休止 寺内
ねり込み 小和田
獅子舞、翁三番叟
 ■宵宮(土曜)
(20:00〜)小和田公民館から寺内公民館まで練りこみがあり、翁三番叟が披露。
 ■本宮(日曜)
(9:00〜)神楽奉納があり続いて翁三番叟が舞われる。
青垣翁三番叟(青垣翁三番叟保存会)=国指定無形民俗文化財。室町時代末期頃、村人たちが打ちそろって天下泰平を祈り、五穀豊穣を願い始められたとされ、笛・小銭・地揺をもととした翁舞。
寺内=だんじりと称する。造り物を載せる。切妻。外コマ。
青垣町奥塩久41 宇徳神社 10/連休 例祭
青垣町東芦田2291 泉瑞神社 10/連休 例祭
青垣町東芦田2283
高座神社
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10/2日曜(元・9/9) 神幸祭 神輿、山車
氏神みこし=屋根無し。昭和20年頃購入と伝えれる。
太鼓御輿=切妻1ツ屋根。昭和60年頃に購入。
布団御輿=布団3段。昭和60年頃に購入。
青垣町西芦田13 愛宕神社 10/連休 例祭
青垣町田井縄815
天神社 10/連休(元・16) 例祭
青垣町田井縄700
大神宮神社 10/連休(元・16) 柴神輿
青垣町田井縄100 稲荷神社 10/連休(元・13) 例祭
青垣町口塩久283 春日神社 10/連休 柴神輿 昭和49年、50年ぶりの復活
青垣町桧倉4 若宮神社 10/10 例祭
青垣町大名草134 鹿野間神社 10/連休 布団太鼓1台 太鼓と称している。布団5段。大正期に谷川より購入。
青垣町大稗51 皇大神社 10/7 例祭
青垣町小稗51 八阪神社 10/6 例祭
青垣町惣持78 胸腹神社 10/連休 子供みこし
青垣町文室57 産霊神社 10/7 例祭
青垣町稲土36 八幡神社 10/15 例祭
青垣町遠阪1642
熊野神社 11/3 はだか祭
裸になり腰にさらしを巻き「ヨイサ、オイサ」の掛声で、本殿と舞堂の間を足を踏み鳴らしながら七回半駆け足で往復し、続いて神宝奉還の神事の後を追い舞堂を三回めぐった後、御幣の奪い合いをし、身の守りとして持ち帰る。神事の後、引き続き「こけら御供」をやぐらの上から参拝者に撒き頒ちます。また子供相撲奉納もある。
今出=触れ太鼓。屋根無し。子供4〜5人が乗る。
青垣町中佐治169 大年神社 10/6 だんじり 昭和22、3年頃制作。切妻。内コマ。
青垣町山垣59 八幡神社 10/15 例祭
 ◎旧・春日町
        黒井:黒井、野村、平松、古河、稲塚
        春日部:多利、小多利、池尾、野上野、七日市、多田
        大路:松森、広瀬、柏野、野瀬、上三井庄、下三井庄、中山、鹿場
        国領:国領、柚津(ゆづ)、東中、棚原
        船城:朝日、石才、歌道谷(うとうだに)、坂、野山、長王、牛河内、山田、新才
春日町黒井4−1
兵主神社
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10/連休土日(元・17) 神輿1基
太鼓みこし6基 小山、芝町、新町、西町、杉ノ下、上ヶ町
子供みこし1基 横町
兵主神社の境内には各町からの太鼓みこし6台、子供みこし、宮神輿の計8台が各町(区)から集まり、制作年代の新しい順に(子供、小山、芝町、新町、西町、杉の下、上ヶ町、宮神輿)に境内を出る。
小山=太鼓御輿と称する。切妻。明治初期購入。
芝町
=だんじりと称する。切妻。
新町=太鼓みこしと称する。切妻。
西町太鼓みこしと称する。切妻。
杉ノ下=太鼓みこしと称する。切妻
上ヶ町=太鼓山車と称する。切妻。
横町=子供みこし。安政5年の大火で横町の太鼓みこしが焼失したので制作。
春日町野村810−1 春日神社 10/17 神幸式
氏子は下野村、木寺、惣山、奥野村、西野々
野村=太鼓みこしと称する。唐破風。昭和初期の作。
奥野村
=みこしと称する。唐破風。
春日町平松768 八幡神社 10/17 例祭
春日町古河字稲波518 須賀神社 10/連休 布団太鼓
古河=太鼓神輿と称する。布団3段。昭和60年創建。制作費150万円。
春日町稲塚字大野小字畑ヶ谷929 大歳神社 10/2日曜 稲塚風流神踊りザンザン踊り
稲塚風流神踊り=市指定無形民俗文化財。ザンザン踊りとも称する。
これはザンザンとはやしながら太鼓を打つのでこの名がついたという。現在は毎年は奉納しない。慶事などに随時披露。
元禄時代に京都から浪人織部某がこの地へ来て大歳社の宮守をしていたとき村人に教えたのが始まりと伝えられる。
曲目は道歌・願いの踊・雨乞踊・善悪踊・近江踊・祇園踊など13曲あったが現在では8曲だけ踊る。
春日町多利2467 阿陀岡神社 10/10(元・17) 神幸式 旧・県社
春日町池尾41 鴨神社 10/17 例祭
春日町野上野326−2
熊野神社 10/連休(元・17) 神輿
太鼓みこし 昭和48年修理復活
春日町七日市458
加茂神社 10/17 例祭
春日町多田132
加茂神社 10/17 神輿
太鼓みこし
春日町松森389−1
天満神社 10/17 例祭
春日町広瀬826 大原神社 10/17 例祭
春日町栢野319−3 一ノ宮神社 10/14 樽みこし 昭和45年製作
夜は素人名人芸大会
春日町野瀬13−1 熊野神社 10/18 だんじり
野瀬=大正期制作。切妻。外ゴマ。造り物を乗せる。
春日町上三井庄269−2 美登内神社 10/18 おみこし
上三井庄=おみこしと称する。唐破風。明治39年頃購入。明治30年代は布団みこし。
春日町下三井庄863 一ノ宮神社 10/18 例祭
春日町中山1−1 八田神社 10/17 神幸式 神輿2基
春日町鹿場106 大武神社 10/連休(元・18) ふとん
鹿場=ふとんと称する。平成16年制作。従来のみこしに台車を付け改造。布団3段。内コマ。
 従来は昭和57年制作の子供みこし。往古は子供相撲
春日町国領39−1 岩戸神社 10/17 子供みこし
春日町東中81 八幡神社 10/15 例祭
春日町棚原655 天満神社 10/中旬(元・17) 子供みこし3基 子供会、春日学園、春日育成苑
子供神輿3基が子供会鼓笛隊の先導により区内約5q程を巡幸。
午後には「棚原相撲甚句保存会」により相撲甚句が披露され、棚原に古くから伝わる昔の力士の化粧回しをつけた青年力士による土俵開きが行なわれ、続いてわんぱく相撲大会。最後は餅まき。
春日町朝日696−1 天満神社 10/17 例祭
春日町石才70−1 聖神社 10/17 例祭
春日町歌道谷551 船城神社 10/15 神輿
神輿=宝永3年(1707)調製。昭和20年代は担いだが、今は飾付けのみ。
春日町坂345 安宅神社 10/17 例祭
春日町野山字奥ノ谷539−1 熊野神社 10/17 例祭
春日町長王1−1 舟城神社 10/17 神幸式
春日町牛河内字井ノ上701 加茂神社 10/17 例祭
春日町山田547 若宮神社 10/3日曜 子供みこし(10時まで) 区民運動会
春日町新才667−2 愛宕神社 8/24 例祭

 ◎旧・山南町
         上久下(かみくげ):阿草、上滝、下滝、篠場(ささば)、青田、畑内、北太田、太田
         久下(くげ):大河(おおか)、谷川、池谷、奥野々、玉巻、岡本、金屋、山崎
         小川:奥、野坂、村森、井原、南中、岩屋
         和田:和田、北和田、小新屋、前川、梶、草部、応地、小畑、若林、富田、小野尻、西谷、坂尻、山本、五ヶ野(ごがの)
山南町阿草795 熊野神社 10/11 例祭
山南町上滝316 山口神社 10/日祝 神楽舞、子供相撲 宵宮は各家で舞い、本宮は神社で舞う
山南町下滝字ゲシキ100 大歳神社 9/1 例祭
山南町青田567 大歳神社 10/連休 神楽舞
山南町北太田40 熊野神社 10/7 大太鼓 御輿屋根。乗り子はおらず造り物。
山南町太田590 大歳神社 10/日祝 大人神輿
神楽舞 宵宮は各家で舞い、本宮は神社で舞う。白鹿神社とも称する
太田=大人神輿と称する。布団3段。嘉永元年(1848)以前の作か?。明治40年(197)高砂市宝殿より購入。
山南町大河29 大歳神社 10/23 例祭
山南町谷川3357 高座神社 10/連休日祝 神幸式 流鏑馬
大太鼓(3枚)1台 昭和後期に全区に備わる
子供太鼓11台
谷川=大工は藤本熊吉。狭間の彫師は弘化4年(1847)、嘉永元年(1848)の墨書きあり。大橋昌信(京都)。
明治12年か22年に黒田庄町喜多より購入。平成12年梶内だんじり鰍ナ修復。
江戸期には里谷川と奥谷川の二ヶ村に分かれ、これが明治期に統合され、明治42年には1区〜11区に再編成され、昭和になり「谷川区」と呼ばれるようになった。さて谷川区には2台の太鼓台があったが、大正末期に財政難のため元・里谷川の太鼓台を播州方面へ売却し、元・奥谷川の太鼓台を常勝寺に買い上げてもらった。このような事情から和太鼓と提灯4個は常勝寺に保管され、毎年祭礼時に貸し出されていた。しかし太鼓台は保管場所の関係で従来通り太鼓部屋に保管された。
山南町池谷74−4 春日神社 4/11 例祭
山南町池谷248 岩上神社 10/17 例祭
山南町奥野々427 若宮神社 10/14 例祭
山南町玉巻623 賀茂神社 10/体育の日 神楽
山南町金屋195 賀茂神社 10/12 神楽舞
山南町奥31 八柱神社 7/16? 子供太鼓 布団3段。外コマ。昭和36年購入。
神楽舞
山南町野坂41 若宮八幡神社 9/14 例祭
山南町村森99 貴布禰神社 10/17 例祭
山南町井原1 日吉神社 10/連休日祝(元・17) 神輿
大太鼓 子供屋台
神楽舞
神楽が各家庭を回り、日吉神社境内で奉納される。餅まきのあと、大太鼓、子供太鼓、神輿が村の中に出る。
井原=やや反り屋根。天保年間(1830〜44)の作か?。慶応元年(1866)高砂市曽根神社氏子より購入と伝わる。
神楽舞=山南町誌(昭和63年)によると、「今から150年ほど前、伝兵衛という者が張り子で獅子を作り、また、大工の駒蔵が旅先で獅子舞を覚えてきて、若い連中に教えたのが始まりであるといわれている。現在では、木彫りの立派な獅子舞を使用し、二、三人で吹く笛に合わせ獅子を舞っている。舞い方にもいろいろあり、毎年例祭に神前に奉納する」とある。
山南町南中1−1 一宮神社 10/連休(元・17) 子供布団太鼓
南中=子供太鼓と称する。布団5段。昭和54年制作。手作り。材料費は16万円。
以前は昭和42、3年頃までは子供だんじりがあったが老朽化で処分する。
山南町岩屋101 焼尾神社 10/17 例祭
山南町和田138 狭宮神社 10/連休(元・15) 大太鼓2台
子供太鼓2台 稚児車
和田=引き山と称する。唐破風。車付き。
太鼓山と称する。御輿屋根。昭和5年姫路市坂出新調。
山南町北和田24 八幡神社 10/11 例祭
山南町小新屋720 阿歩神社 10/14 例祭
山南町梶1647−1 伊都伎神社 10/14 例祭
前川=太鼓と称する。布団3段。この神社の氏子か?
山南町草部14−1 八幡神社 10/連休日月 神輿
太鼓1台
草部=太鼓と称する。布団3段。明治26年(1893)、加西市戸田井より購入。
山南町応地390 大年神社 10/15 例祭
山南町小畑312−2 牧山神社 10/14 神楽舞
曳山5台廃絶 小畑、西谷、山本、五ヶ野、坂尻
山南町誌(昭和63年)によると、「明治末期までは「曳山」があって、大木を輪切りした車輪の上に四畳半ぐらいの畳の間を作り、そこに造り物をしつらえたり、寸劇が奉納されたりした。この車を村役人が先頭になり、子供たちが綱で社まで運ぶ。神社の境内では各村が曳山を並べたという」とある。
山南町小野尻403−1
大歳神社 10/連休の土日(元・14) 曳山1台 若林
地番では小野尻だが、若林と富田の鎮守。
若林=明治12年(1879)10月制作。平成20年(2008)巡行復活。昭和35年(1960)頃以降休止と言うことから約50年ぶりの復活。高さ約3.5m。幅約2m。重さは約900kg。内コア。造り物を乗せる。
大工は蔵の墨書きより久下嘉七、久下伊兵衛(久下地区池谷村)。
彫師は墨書きに「丹波国氷上郡柏原新町居住 彫物師青龍軒 九世孫 中井権次橘正胤 作之」とある。
山南町小野尻1051 大歳神社 10/連休土日(元・14) 例祭 小野尻の鎮守
山南でいう大太鼓とは播州でいう屋台。共通語で言うと太鼓台となる。

 ◎旧・市島町
          竹田:中竹田、下竹田
          前山:上竹田、徳尾、鴨阪、下鴨阪、矢代
          鴨庄:南、喜多、奥、戸平(とべら)、上牧(うえまき)、岩戸、多利
          吉見:上田(かみだ)、北岡本、上垣、梶原
          美和:勅使、戸坂、白毫寺、与戸、乙河内、酒梨
市島町中竹田1203 一宮神社 10/1日曜 奴道中
神輿6基 “六社祭り”
上加茂、中加茂、一宮、伊都伎、二宮、三宮の六社の神輿が「お旅」をして一宮神社に集結、次々と「宮入」する。奴振り行列もあり。
 【宮入りの各社
上加茂神社(市島町上竹田2015)、中加茂神社(市島町中竹田116)、一宮神社(市島町中竹田1197−1)、伊都伎神社(市島町中竹田1659−1)、二宮神社(市島町下竹田2598)、三宮神社(市島町下竹田306−2)
一宮神社(中竹田)=神輿は文化元年(1804)謹製。天保2年(1831)京都の松尾大社より払い下げられる。
 2018年、214年ぶりに修復。
市島町上竹田2015 加茂神社 9/18 例祭
市島町徳尾1661 大原神社 5/3 神幸式
市島町徳尾518
折杉神社 10/体育の日 例祭
市島町南592 知乃神社 9/敬老の日 子供相撲 式内社
市島町喜多239 春日神社 10/17 例祭
市島町喜多1785 二森神社 9/15 例祭
市島町戸平516 厳島神社 7/24 例祭
市島町上牧1065 厳島神社 7/16 例祭
市島町岩戸527
熊野神社 10/18 例祭
市島町上田7−1
天満神社 10/17 神輿
市島町上垣288−1 愛宕神社 10/17 例祭
市島町梶原字鴨ノ後533−1 鴨神社 10/17 神輿 流鏑馬
梶原=屋台あり。解体して保存。切妻。外コマ。大正期まで祝い事に使用。
市島町勅使593
愛宕神社 10/17 例祭
市島町戸坂304
風森一ノ宮神社 10/連休日曜(元・17) 例祭
市島町白毫寺67
白毫寺八幡神社 10/17 例祭
市島町与戸1409
三輪神社 10/17 直会のみ 流鏑馬廃絶
氏子は与戸、乙河内、酒梨。昭和24、5年頃までは流鏑馬があったが現在は神事の後、直会のみ。
 【消滅集落】
多利(たり)=無住。詳細不詳。神社は辨天神社(多利2609)。例祭日は9/7。