岩 手 県

     ≪釜石地方≫

       釜石市、上閉伊郡大槌町

住所 神社名 祭礼 内容 備考
 ≪釜石市≫
 ■釜石地区
釜石9−61 八雲神社 4/18
浜町3−23−27   尾崎神社 10/3金土日 山車  
平田神楽 南部藩壽松院年行司支配大神楽、東前太神楽
鈴子町23−15 山神社 錦町虎舞、尾崎町虎舞、只越虎舞
 【釜石まつり】
昭和42年の市制施行30周年を機に尾崎神社と山神社(新日鉄住金 釜石製鉄所)の例大祭を、合同祭として行うようになった。
 中日に行われる「曳船まつり」は、尾崎半島の青出浜に鎮座する尾崎神社奥宮からご神体を神輿に移し、船で市内中心部の里宮に奉遷する行事で、お召船を中心に虎舞や神楽など郷土芸能を乗せた約20隻が大漁旗や吹流しをなびかせて海上を渡御する。
 最終日は、尾崎神社と山神社の両神輿が市内の昭和園に集まり、神事の後、両神社の神輿を中心に約2kmに及ぶ豪華絢爛な大行列が市内を渡御する。
虎舞、神楽はもとより山車、手踊り、樽みこしなどが魚市場までの約5kmをパレ―ドする。
 市内渡御が終わるとご神体を乗せた船が奥宮に還御し、祭りのフィナーレを迎える。
 ◆お通り参加団体
只越町商店街振興組合船山車手踊り、仲町青雲会樽みこし・子供樽みこし、中妻北商店街提灯みこし、大町青葉会提灯花みこし、釜石市役所躍進樽みこし・子供樽みこし手踊り、大渡町本みこし・子供みこし、場所前祭典奉賛会万燈みこし、壽松院年行司支配太神楽、八雲神楽保存会、平田神楽保存会、東前太神楽、錦町青年会、尾崎町青友会、田青虎会、只越虎舞、野田・定内神楽、山神神楽、小川鹿踊り保存会、釜石市立第一幼稚園げんきっこ虎舞、釜石市立小川幼稚園鹿踊り、細川流舞踊
 【山車廃絶】
沢村(現・浜町3丁目)=元の沢村遊郭。昭和15年頃にはきれいどころを山車に乗せた。
浜町3−23−27(尾崎神社相殿) 綿津見神社 6/2日曜 神輿
海上渡御は昭和22年より始まり、昭和37年からは市内渡御の後、夜の海上渡御も行われるようになった。
ところが昭和57年、海上保安部の通達により中止となり、さらには諸般の事情により、昭和61年市内渡御も中止となった。
しかし平成7年に有志の活動により、中断していた「みなと祭」が簡素な形態にて執行され、平成11年から市内渡御も完全復活した。
浜町1−2−136 八坂神社 4/18 例祭
浜町1−272−4 瀧祭神社 旧・4/18 例祭
浜町3−1−18 許登比良神社 6/10 例祭
東前町1−139 今瀧神社 7/18 例祭
松原町15−79 松原神社 4/27 八雲神楽
只越町3−105 菅原神社 4/25 例祭
大只越町3−45 山住神社 4/25 例祭
平田7−130 尾崎神社 11/15 平田虎舞、山車
 ■甲子地区
甲子町5−121 甲子郷日月神社 4/6&12/6 例祭
甲子町松倉 松倉神社 4/14 山車
松倉虎舞
 ■鵜住居(うのすまい)地区
鵜住居町第12地割1 麓山神社 旧・4/15 例祭
鵜住居町第12地割24 白山神社 旧・7/15 例祭
鵜住居町第13地割28 鵜住神社 旧・4/15&旧・8/15 神輿 3基あったが、1基は津波で流失。もう2基も破損した
鵜住居虎舞、日向手踊り、外山鹿踊り 神ノ沢鹿踊
子供神輿=御披露目会が平成24年(2012)9月30日、鵜住居小学校・釜石東中学校のグラウンドと日向グラウンドで行われた。
盛岡市の桜山神社の紹介で東京都中央区銀座西7丁目町会より、大太鼓、太鼓を乗せる台車も含めて贈られた。
片岸町第9地割49 稲荷神社 10/9(元・旧9/9 片岸虎舞 東日本大震災の死者と行方不明者は31人。震災前、188世帯が現在、集落に残るのは約45世帯。多くの住人は市内いくつかの仮設に散在。
山車流出
箱崎町第4地割49 三貫嶋神社 旧・4/26 例祭
箱崎町第2地割9 白浜神社 10/19 神輿(海上渡御)
白浜虎舞
箱崎町第7地割52 箱崎神社 4/初旬(元・旧3/15) 箱崎虎舞
両石町第1地割1 厳島神社 10/26(元・旧9/26) 両石虎舞
 ■栗橋地区
栗林町第13地割39 熊野神社 旧・8/15 例祭
栗林町第15地割31 沢田八幡神社 9/15(元・旧8/15) 沢田大神楽 沢田鹿踊、沢田虎舞
栗林町第19地割61 丹内神社 8/16(元・旧6/17) 砂子畑丹内神楽 砂子畑鹿踊、砂子畑道々虎舞
橋野町第7地割90 熊野神社 8/15 熊野神社神楽
 ■唐丹(とうに)地区(唐丹地区のみが旧・気仙郡で仙台藩領。他地区は南閉伊郡で盛岡藩領)
唐丹町字片岸50−2 常龍山大神宮天照御祖神社 旧・3/16 例祭
4月下旬か5月初旬((3年毎) 唐丹町天照御祖神社式年大祭 神輿三基の御供に神楽・大名行列・郷土芸能
 【唐丹町天照御祖神社式年大祭】
3年に一度(未、戌 など)。4月29日頃が多い。
神輿、大名行列、手踊り、神楽、虎舞、権現舞等、など約1、000名の参加。民俗芸能は権現舞、虎舞、神楽など約10団体前後が参加。
【往路】8:45 天照御祖神社繰り出し 9:30 小白浜入り口 10:00 唐丹公民館前 10:30 本郷入り口  11:30 本郷御旅所着
【復路】13:00 本郷御旅所繰り出し  14:30 小白浜旧岩銀支店前 15:15 唐丹小学校前 15:30 天照御祖神社着
 【釜石の民俗芸能】
 ●神楽
平田神楽(平田神楽保存会)=平田。尾崎・館山神社例祭(旧・3/16)に不定期に奉納。
 館山神社建立の際奉納しようと祭事をしたのが始まりとされる。

尾崎神社本宮神楽=平田字尾崎白浜。本宮神社例祭(11/3)奉納。山伏神楽。

佐須神楽(佐須青年会)=平田字佐須。佐須神社例祭(7/15)奉納&郷土芸能祭。
 大正か昭和初期みに八雲神社の指導により習得。

八雲神楽=上中島町。八雲・松原・尾崎・瀧沢神社例祭(10/3日曜)に不定期に奉納。

砂子畑丹内神楽
=栗林字砂子畑。丹内神社例祭に不定期に奉納&郷土芸能祭に披露。山伏神楽。
 由来書には「早池峰神楽を参考に舞を改良」と書かれているという。演目は「鶏子舞」、「恵比寿舞」 など。

丹内神楽=栗林町。市指定無形民俗文化財。郷土芸能祭に披露。
 文政年間(1818〜29)、釜石市片岸の泉寿院という人が熊野に参拝し習得したと伝わる。演目は「鶏子舞」 など。

中村熊野神社神楽=橋野町中村。熊野神社例祭(8/15)に隔年奉納。山伏神楽。
 宝暦4年(1754)熊野神社を新築した際に奉納した神楽が始まりと云われている。

常龍山御神楽=唐丹町片岸。天照御祖・西宮神社例祭に不定期に奉納。山伏神楽。
 年代は不詳なれど、大津波や凶作、疫病の流行の際に獅子頭を持ち出し舞ったのが始まりと云われている。
獅子頭には元和4年(1618)に神社に奉納と伝えられる。

荒川熊野権現御神楽=唐丹町荒川。荒川熊野神社例祭(1月中旬)、天照御祖神社例祭(3年毎。4月下旬)奉納&郷土芸能祭。
 文治3年(1187)に熊野から分霊を頂き熊野大権現として建立したのが始まりと云われる。
 ●太神楽
南部藩壽松院年行司支配大神楽=只越町。八雲・愛宕・尾崎・綿津見神社例祭に奉納。
 元禄12年(1699)尾崎大明神の遥拝所建立の時に奉納したことが起源とされている。
年行司太神楽は今日でも釜石三社といわれる釜石総鎮守八雲神社・尾崎神社・綿津見神社の祭典において、いずれも守護役として御神体が渡御するさい最前列に位置して露払いを勤めている。

演目は「通り舞」、「狂い獅子」。
  東日本大震災の津波により只越町は多数の住宅が流失した。神楽では大太鼓3基、小太鼓4基、獅子頭5頭(後日神楽衆にて捜索し4頭発見)、年行司所有祭装束全て(大人20人分、子供用約30人分)、山車は高台にあり津波被害は無かったが、地震の影響で山車腰下の柱折れ、など多数ひび割れが見られた。

平成24年(2012)12月、日本ナショナルトラスト支援決定。

東前太神楽=東前。尾崎神社例祭(10/3土日)&郷土芸能祭。
 釜石の富豪者の村井家によって、江戸期に尾崎神社大明神に奉納したのが始まりである。

野田定内神楽=野田町・定内町。荒神・尾崎・野田稲荷神社例祭に奉納&郷土芸能祭。

松倉太神楽=甲子町松倉。
江戸期に大槌町に代官所があった頃に、松倉が駅場となり、町屋敷として賑わった頃に、盛岡の七軒町(現・西仙北町1丁目)から芸能者の来訪により伝わったと云われる。

洞関太神楽=甲子町洞泉・関沢。日月神社例祭に不定期に奉納される。
 保存されている獅子頭に天保3年(1832)と銘がある。

沢田太神楽=栗林字沢田。沢田八幡神社(9/15)に奉納&郷土芸能祭。

本郷伊勢神楽=唐丹町本郷。大杉神社例祭(1/16)・弁天神社例祭(7/14)奉納。
 伊達藩政以前より伝わっていると云われる。

荒川熊野権現御神楽=唐丹。天照御祖神社例祭に不定期に奉納。

伊勢太神楽=唐丹町小白浜。各種行事に不定期に披露。
 ●田植踊
川目田植踊
唐丹町川目。三陸唯一の田植踊。
 ●鹿舞
尾崎町虎舞
(尾崎町青友会)=浜町2丁目。尾崎神社例祭(10/3日曜)奉納。

小川鹿踊
=甲子町中小川。日月千挽神社例祭(7/3日曜)奉納。
 明治15、6年に甲子村社(洞泉神社)の祭典の際、小川には芸能が無いので、下回り役ばかりさせられていることに苦慮し、以前より交流のあった遠野郷上郷村火尻(森の下)。現・遠野市上郷町板沢に3名の若者を派遣し6ヶ月農作業を手伝うかたわら鹿踊りを習得した。

一の渡鹿踊
=甲子町一の渡。
 文政年間(1818〜1829)、遠野から唄貝に来ていた遠野の住人が唄貝、大松、一の渡の人に鹿踊りを教えた。

大松鹿踊
=甲子町大松。中断中。

唄貝鹿踊
=甲子町唄貝。中断中。

神の沢鹿踊(神ノ沢鹿踊保存会)=鵜住居町神ノ沢。鵜住神社例祭(旧・4/15&旧・8/17)奉納。
 元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りが起源と伝わる。
 東日本大震災の津波により太鼓以外の衣装全て流された。

外山鹿踊=鵜住居町外山。鵜住神社例祭(旧・4/15&旧・8/17)に不定期に奉納。
 山の神の宴の際に、砂子畑の小笠原喜左衛門が外山の川崎永蔵に教えた。

田郷鹿子踊=鵜住居田郷。鵜住神社例祭(旧・4/15&旧・8/17)奉納&郷土芸能祭。
 元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りが起源と伝わる。

橋野鹿踊=橋野町沢。滝沢神社例祭に不定期に奉納&郷土芸能祭。
 江戸末期に遠野より伝わったと伝わる。

水海鹿踊=両石町水海。中断中。
 栗林村の福松が水海の若衆に教えたことに始まる。

沢田鹿踊=栗林町沢田。沢田八幡神社例祭(9/15)奉納&郷土芸能祭。
 元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りが起源と伝わる。

砂子畑鹿踊栗林町砂子畑。丹内神社例祭(8/16)奉納&郷土芸能祭。
 元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りが起源と伝わる。

荒川熊野神社恵比須舞=唐丹町荒川。

荒川鹿踊唐丹町荒川。中断中。平成4年の郷土芸能祭には出演。
 「唐丹小史」によると、中断していたものを、本郷の西村という屋号の家に遠野小友村から使用人として来ていた中村某が、当地に鹿踊りあるを聞き、この踊りの衰微するを嘆き、
今の型の踊りを再興したものといわれている。

山谷鹿踊唐丹町山谷。中断中。頭・装束は保存されている。
 ●虎舞
錦町虎舞(錦町青年会)=浜町3丁目。尾崎神社例祭(10/3日曜)奉納&郷土芸能祭。
尾崎神社略記によると、元禄12年(1669)、遥拝殿造営時に舞われたとされる。
かつては門前虎舞と呼ばれていたが、町名変更で錦町虎舞と変更した。
演目には「遊び虎(矢車)」、「跳ね虎(荒虎)」、「笹喰み」 など。


只越虎舞(只越町虎舞保存会)=只越町。尾崎神社例祭(10/3日曜)奉納・綿津見神社例祭奉納&郷土芸能祭。
 演目は「遊び虎(矢車)」、「跳虎(荒虎)」、「笹喰み」 など。

平田虎舞(平田青虎会)=平田。山車もある。尾崎神社例祭(10/3日曜)奉納・館山神社例祭(5月)奉納&郷土芸能祭。
 演目は「遊び虎(矢車)」、「跳ね虎(荒虎)」、「笹喰み」 など。
 祭事に使用する山車をはじめ、道具の一切が大津波で流されたが、平成24年に各所からの支援で備品の購入と山車新調する。

松倉虎舞=甲子町松倉。松倉神社例祭(4/14)奉納&郷土芸能祭。
山田町の大沢虎舞に起源があると云われる。
 演目には「早虎」、「のれ虎」、「笹喰み」、「刺止め」 など。


鵜住居虎舞(鵜住居青年会)=鵜住居。鵜住神社例祭奉納・旧暦十五夜の翌日。
 盛岡から釜石。さらに鵜住居に伝わったと云われる。発祥は不詳だが、現存の太鼓に明治11年(1787)と書かれている。


片岸虎舞(片岸虎舞保存会)=片岸。片岸稲荷神社例祭(10/8、9)奉納&郷土芸能祭。
 往古の太鼓に文化(1818〜29)と記されていた。笛・太鼓・手平金で拍子を取り、虎・和唐内と5人の勢子により踊る。演目は「片岸虎」、「逸(はや)虎」、「笹喰み」、「串鳥舞」、「大漁万作」、「和藤内」など 。
 東日本大震災の死者と行方不明者は31人。震災前、188世帯が現在、集落に残るのは約45世帯。多くの住人は市内いくつかの仮設に散在。
また津波は、虎舞の4セット分の虎頭に胴体部分の虎幕、虎退治の子供の着物。山車を集会場ごと流された。かろうじて傷ついたが一体の虎頭を、地区の避難所に飾った。
平成24年、虎頭は東京・浅草の「宮本卯之助商店」、着物は岩手県一関市の「京屋染物店」に新調し復活に至る。


白浜虎舞白浜虎舞好友会箱崎町白浜。白浜・仮宿神社例祭(10/19)奉納&郷土芸能祭。
 昭和55年(1980)頃、鵜住居虎舞の指導を受けて発足。
 演目は「遊び虎(矢車)」、「跳ね虎(荒虎)」、「笹喰み」 など。

箱崎虎舞(箱崎虎舞保存会)=箱崎町箱崎。箱崎神社例祭(4月初旬)&釜石まつり(10/3土日)奉納。
昭和46年(1971)頃の創始。十八番の演目は「跳ね虎(荒虎)」。
 箱崎町は大津波で高台の住宅を除いたほとんどの住宅が流失し、被災者が仮設住宅へ転居したため、地域コミュニティーの保持が困難となり、虎舞も存続の危機に直面した。そこで流された衣装や道具を揃えて虎舞を復活を図った。

両石虎舞(両石虎舞保存会)=両石町。市指定無形民俗文化財。元旦・厳島神社例祭(10/25)奉納&郷土芸能祭。
 演目は「虎繰り」、「槍突き」、「ささすり」 など。
 東日本大震災の津波により両石地区は10戸足らずしか残らず虎舞の道具や会館も全く失った。がれきの中から見つけ出した虎頭を大至急修理した。新しい虎頭は平成25年(2013)4月完成。

水海鹿踊=両石町水海。中断中。

沢田虎舞(沢田虎舞連中)=栗林町沢田。沢田八幡神社例祭(9/15)奉納&郷土芸能祭。
 古い虎頭に「明治5年(1872)向澤田川原出し」と書かれている。
 演目は「笹喰み」、「跳ね虎(荒虎)」、「早虎」、「留め虎」 など。

砂子畑道々虎舞栗林町砂子畑。丹内神社例祭(8/16)奉納&釜石まつり・郷土芸能祭。
 明治40年(1907)片岸虎舞を元に誕生。

小白浜虎舞(唐丹強友会)=唐丹町小白浜。小白浜八坂神社例祭(1/16)奉納・唐丹大祭。

大石虎舞(大石部落会)=唐丹町大石。小白浜八坂神社例祭(1/16)・唐丹大祭に奉納。
慶長年間、葛西三郎の家臣の新沼善太郎が大船渡に伝える。されがさらに大石に伝わると云われている。
  ●その他
狐剣・八尺
=甲子町松倉。松倉神社例祭(4/14)奉納。

中村さんさ踊=橋野町中村。熊野神社例祭に隔年で奉納。
 大正9年(1920)頃、橋野町鷺の滝発電所の建築工事に盛岡より働きに来ていた作山股蔵・イネ夫妻が教えたのが始まりとされる。

中村麦まき=橋野町中村。中村熊野神社例祭に不定期で奉納。
 神楽の中に畑蒔きという狂言がある。昭和21年(1946)旧正月に復活。

中村祝いの舞=橋野町中村。中村熊野神社例祭に不定期で奉納。
 大正9年(1920)、盛岡出身の金井太郎氏が鷺の滝発電所の建設工事に来た際に伝える。

花露辺海頭荒神太鼓=唐丹町花露辺。

本郷桜舞太鼓
(本郷青年会)=唐丹町本郷。唐丹町の天照御祖神社式年大祭奉納、釜石桜まつりに披露。
昭和28年に考案者である三浦徳松氏の指導で、本郷青年会により伝承されてきた。
 【釜石市郷土芸能祭】
隔年に開催。最近は平成23年(2011)に行われた。21回を数える。
会場は釜石市民文化会館大ホール。ちなみに釜石には神楽、太神楽、田植踊、鹿踊、虎舞 など約50余の民俗芸能の保存団体がある。

 ≪上閉伊郡≫
 大槌町
    ⇒大槌(おおつち)、小鎚(こづち)、吉里吉里(きりきり)、金沢(かねざわ)
大槌第13地割130 八幡神社 旧・8/15 例祭
大槌第15地割−46 駒形神社 旧・6/15 例祭
安渡2−8−1 大槌稲荷神社 9/22、23 神輿
安渡大神楽、松の下大神楽
上町2−16 小鎚神社 9/23 神輿2基(明神みこし、観音みこし)
 神輿渡御行列の町内お練りは11ヶ所の御旅所にて休みながら運行される。
順番は以下のとおり、先導祓役、先導役、先太鼓・大榊、猿田彦、社名旗、臼澤鹿子踊、御賽銭箱・虎頭・真榊、花輪田稚児社参会、境内社金幣、祭鉾、五色旗、四神旗、日月旗、巫女、境内社金幣、徳並鹿子踊、城内大神楽、権現頭・来賓、向川原虎舞、供物専用車、金沢神楽、大麻、御神刀、神輿、御神刀、神輿、宮司・祭員、中須賀大神楽、上京鹿子踊り保存会、松の下大神楽、安渡大神楽保存会、安渡虎舞保存会、陸中弁天虎舞、雁舞道七福神、城山虎舞、箱崎虎舞、新町手踊、安渡手踊り会、桜木町手踊、大ヶ口手踊、四日町手踊、大須賀青年親交会
吉里吉里第4地割舘32 天照御祖神社 8/下旬(元・17) 神輿 丑、戌など
郷土芸能 吉里吉里鹿子踊り、吉里吉里大神楽、浪板大神楽、吉里吉里虎舞
渡御は神社の旗を先頭に太鼓、鹿子踊り、大神楽、宮司、神輿、虎舞と続く。
神社出発(9:00〜)、旧漁協にて大祓(9:30〜)、戸鼻(10:00〜)、金毘羅神社(11:00〜)、上住宅通り(12:00〜)、神社 還幸祭(13:00〜)
吉里吉里8字浪板39−2 鯨山神社 5/3 浪板神楽
赤浜2−2 赤浜八幡神社 10/20 神輿大小 2013年7月、山梨県富士川町の寺から寄贈
山車1台 陸中弁天虎舞の山車
陸中弁天虎舞の山車=2013年9月15日、御披露目。遠野の宮大工の作。以前のは東日本大震災で被災。
金沢28地割1 稲荷神社 7/29 金澤鹿子踊り、子供相撲
 【大槌の民俗芸能】
 ●神楽・太神楽
大槌神楽=花輪田。大槌稲荷・丹内神社例祭。山伏神楽。
 昭和末期に釜石市の丹内神楽が伝わったのが始まりとされる。

浪板神楽=鯨山。鯨山神社例祭(5/3)奉納。山伏神楽。
 久保勉蔵により創始。戦時中に廃れるが、昭和55年復活。
 東日本大地震の津波で指導者が1名犠牲となり、衣装・道具の8割が流失。浸水した道具を洗浄して再利用。平成23年(2011)避難先の長野県や民間支援を受けて再開を図り、11月には「大船渡市郷土芸能まつり」にゲスト出演するも、運営費であるハナの収入が途絶え、道具類の保管場所も不足していると聞く。

城内大神楽=上町。小鎚神社例祭(9/23)奉納。
 寛永年間(1624〜43)に遷宮の際に始まるとも、大槌の代官が南部藩の太神楽を習わせて広まったの2説がある。

吉里吉里大神楽=吉里吉里。元旦・天照御祖神社例祭(8/3か4日曜)&八大竜王神社例祭(4/29)奉納。
 嘉永3年(1850)生まれの三浦駒吉が所有していた獅子頭を寄贈し普及に努めた。
 東日本大震災の津波により会員や家族が犠牲になり、衣装・道具も一部流失。一部支援を受け、平成23年(2011)5月に約40名で避難所となった伝承館前で復興の舞を披露し再開へ。

安渡大神楽=安渡。大槌稲荷・小鎚神社例祭(9/21〜23)奉納。
 大槌代官の命により、金崎市兵衛(鍛冶屋)、宮澤又助、阿部川子々松(鋼大棒)の3人が盛岡八幡宮付近(七軒町)において習得し町民に伝えたとされている。
 東日本大地震の津波で多くの家が半壊し、子供1名が犠牲になったが、再開している。

中須賀大神楽=中須賀。小鎚神社例祭(9/22、23)奉納。
 発祥は不詳。遅くとも江戸末期には踊られていた。

浪板大神楽=浪板。天照御祖神社例祭(8/17)奉納。
 天明年間(1881〜1888)内陸の船大工が前川善兵衛の船を建造の際に伝えたと云われる。
 東日本大震災の津波では、鹿子踊り会館が無事のため、道具類の被害は大きくなかった。

松の下大神楽=向川原字松の下。大槌稲荷・小鎚・天満宮例祭(9/3か4土日)奉納。
 大槌の代官が盛岡の芸人を招き伝わったとされる。

金澤神楽(金澤神楽愛好会)=金沢。金沢稲荷・八幡・小鎚神社例祭(9/23)奉納。山伏神楽。
 ●鹿子踊
白澤鹿子踊
=白澤。白澤鹿子踊保存会館 伝承館は小槌20−80。白澤神社・小槌神社例祭(9/3か4土日)奉納。
元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りに加え、天明年間(1781〜85)に茨城の鹿嶋神社に参拝した町民が扇州踊りを習得して故郷に伝え完成したと云われている。

金澤鹿子踊
=金澤。金澤稲荷神社・小槌神社例祭に奉納。
 新里村より嫁いだ女性が自分の里の鹿踊りを伝えたのが始まりと云われる。

上亰(かみよ)鹿子踊(上亰(かみよ)鹿子踊保存会)上亰大槌稲荷神社・小鎚神社・天満宮例祭(9/23)奉納。
 元々の念仏踊りに元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りに加えたものと云われている。
 東日本大震災の津波により、衣装などを多数流失。平成24年(2012)11/3、4ふるさと渋谷フェスティバル(東京都)に参加することになり、舞い手の身を覆う幕10着と、のぼり旗1本の新調を一関市・京屋染物店に発注。同店はさらにのぼり旗4本を無償で制作。

吉里吉里鹿子舞
=吉里吉里。天照御祖神社例祭(8/3か4日曜)奉納。
元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りに加え、天明年間(1781〜85)に茨城の鹿嶋神社に参拝した町民が扇州踊りを習得して故郷に伝え完成したと云われている。


徳並鹿子踊=徳並。大槌稲荷・小鎚神社例祭(9/3か4土日)奉納。
元禄年間(1688〜1703)に房州生まれの唯喜代治という人が伝えた踊りに加え、天明年間(1781〜85)に茨城の鹿嶋神社に参拝した町民が扇州踊りを習得して故郷に伝え完成したと云われている。
 ●虎舞
安渡虎舞(安渡虎舞保存会)=安渡。大槌稲荷・小鎚神社例祭。(9/3か4土日)。
 天保年間(1830〜43)に釜石市片岸より伝授されると伝わる。
演目は「通り舞」、「露喰み」、「散らし囃子」、「大黒舞」 など。

 東日本大震災の津波により17人の会員が犠牲となり、衣装・道具類の多くが流失。しかし助成を受けて衣装一式等を新調した。

吉里吉里虎舞(吉里吉里虎舞講中)=天照御祖神社例祭(8/3か4日曜)奉納。
 江戸中期、三陸の豪商、吉里吉里善兵衛こと三代目前川善兵衛が持つ数艘の大型廻船の船方達が、当時江戸で大流行していた近松門左衛門の浄瑠璃「国姓爺合戦」を見物し、劇中の一場面「千里ヶ竹」の和籐内虎退治の場面を舞踊化したと伝えられる。
 東日本大震災の津波により会員数名や多くの家が犠牲になり、道具類一式や衣装も流失。県内外の支援を受けて道具を揃え、頭も制作。平成23年(2011)11月には東京都千代田区のイベントで披露。以後活動中。

向川原虎舞(向川原虎舞風虎会)=末広町・新町。大槌稲荷神社・小鎚神社例祭(9/3か4土日)奉納。
 昭和23年(1948)大槌町向川原地区(現:末広町、新町)が郷土芸能を通じて青少年の健全育成を図るため、青年会活動に取り入れたのが始まり。
 東日本大震災の津波により関係者が幾人か犠牲になり、山車や虎頭も流失したが、日本財団の支援により、向川原虎舞の誇りである山車も復活し、一関市・京屋の作により半纏や、山車用の幕、のぼり等を復元新調し平成24年(2012)の祭礼は盛大に行われた。

陸中弁天虎舞(虎舞酔虎会)=赤浜。大槌稲荷神社・小鎚神社・赤浜八幡神社例祭(9/3か4土日)奉納。
 昭和49年(1974)、赤浜虎舞結成。その後、大槌湾の宝来島に祀られる弁天神社に、和藤内の大神宮のお札と吉里吉里善兵衛ゆかりの品が納められたことを契機に改称。
 東日本大震災の津波により、赤浜集落の住居約300戸の内、200戸が流出、壊滅、焼失という被害をこうむった。住民900名のうち死亡、行方不明者が100名近くになった。震災後他県へ移り住む人も増え、4ヶ月後、赤浜地区の仮設住宅には100名余の赤浜住民が移り住んだが、コミュニティの崩壊は始まっていると聞く。

城山虎舞(城山虎舞)公式HPへ=栄町・須賀町。大槌稲荷神社・小鎚神社例祭(9/3か4土日)奉納。
平成8年(1996)11月、町内の若者により組織された「城山虎舞」が釜石市の尾崎町虎舞から指導を受け誕生。
平成14年より栄町・須賀町地域を活動拠点とする。

 山車は平成9年(1997)創建。2代目は平成14年(2002)制作。
 東日本大震災の津波により、平成24年(2012)現在、 地区が被害を受け、衣装・道具など流失。頭は平成23年(2011)7月、現在3頭を発見。支援・助成を受け、順次道具類を修復・新調。9月小鎚神社例祭で奉納するも、門打ちする家が減ったためオハナが減り活動継続が困難と聞く。
 ●その他
吉里吉里鶏子舞=吉里吉里。芸能発表会に披露。山伏神楽。
 文政年間(1818〜29)山伏の泉寿院が和歌山の熊野大社に参拝した際に、習得した神楽を故郷に持ち帰ったものと云われている。
 東日本大震災の津波により、平成24年(2012)現在、衣装・道具・屋台など殆どを流失。地盤沈下もあり元の場所での再開はしない(できない)ことが決まった

雁舞道七福神=雁舞道。大槌稲荷神社・小鎚神社例祭(9/23)奉納。
 釜石に伝わる七福人を昭和28年(1953)大槌町の町民が踊りの指導を受け習得。
 東日本大震災の津波により会員35名は無事だったが元会員に犠牲者があった。虎舞会館や山車の倉庫が流失。道具や衣装も大半が流失。
震災後から様々な機会に披露するも、平成24年(2012)現在、門付けによるハナの収入が無いため、資金繰りが難しいと聞く。

浪板牛方節=浪板。不定期に披露。江戸期に製塩を遠野・江刺に運んだ牛方と呼ばれる人が旅先の宿で、余興で披露したものが始まりと云われている。
 東日本大震災の津波により、平成25年(2013)3月現在、保存会館が流失し、衣装・道具が流失。また獅子頭の製作者が行方不明のまま。その後、衣装・道具類を修理。
平成23年(2011)8月、天照御祖神社例祭で奉納するも、道具の保管場所等も不足していると聞く。
 【大槌町郷土芸能祭】
大槌町郷土芸能保存団体連合会の設立20周年記念行事として、平成25年(2013)2月9日(土)、大槌町城山公園(大槌町小鎚第32地割 )で開催。
主催は大槌町郷土芸能保存団体連合会&いわて民俗観光プロジェクト。
出演は
花輪田神楽、金澤神楽、城内大神楽、吉里吉里大神楽、臼澤鹿子踊、金澤鹿子踊、雁舞道七福神、吉里吉里虎舞、安渡虎舞、大槌虎舞(向川原虎舞・陸中弁天虎舞・城山虎舞)。