熊 本 県

≪天草地方≫

上天草市、天草市、天草郡[苓北町

住所 神社名 祭礼日 内容 備考

 ≪上天草市≫ 
  平成16年(2004)3/31、天草郡大矢野町、松島町、姫戸町、龍ヶ岳町の合併により成立。
 ◎旧・大矢野町
 ■大矢野島(おおやのじま)
面積は29、88km2。周囲は55、4km。天草パールラインで本土と結ばれている。
大矢野町上1358 上八幡宮 10/2土日 神幸祭 奴行列、獅子舞
笠鉾17基
 【笠鉾】
17地区が担ぐ笠鉾の上には、中の丸(大石良雄)、賎の女(豊臣秀吉)、南野釜(加藤清正)、西江樋戸(児嶋高徳)、古野(菊池武光)、豊後谷(楠木正成)、鳩の釜(新田義貞)、谷(常忠)、馬場(大矢野十郎)、田端(源義経)、野釜(梶原景時)、女鹿串(源為義)、串(平影清)、新田(日本武尊)、七つ割(小野道風)、大手原(大黒)、恵樋戸(恵比寿)の人形が載っている。
神幸には獅子、笠鉾17基、奴踊り(江樋戸地区)、万作踊り(新田地区の子供)、マイコ、神輿、大太鼓などの行列が練り歩く。
 宵宮は14:30にお下りの神幸行列が出発、馬場・新田・江樋戸を通り16:30、江樋戸の御旅所のお仮屋に到着し一泊する。夜は、演芸大会等を催す。
 本宮は14:30にお上りの神幸行列が出発、江樋戸・谷・中の丸・馬場を通り16:30、本殿に還御、獅子舞等の奉納があって神幸祭を終了する。
大矢野町登立14256 登立八幡宮 7/24 うそかえ祭り
 ■野釜島(のがまじま)
面積は0、32km2。周囲は3、8km。人口は約300人。昭和55年に完成した野釜大橋(295m)で大矢野島と結ばれている。
 ■湯島(ゆしま)
面積は0、5km2。周囲は6、5km。人口は419人(平成17年)。別名は談合島。島原の乱の折天草の切支丹信者と島原の切支丹信者がこの島で談合し戦いの決起や戦いの作戦等を話し合った歴史の島。島内には武器を製造した鍛冶水盤等も残っている。
大矢野町湯島336 諏訪神社
 ■維和島(いわじま)
面積は6、4km2。周囲は17、2km。人口は約1700人。大矢野島と橋で繋がっている。
大矢野町維和1429 菅原神社
大矢野町維和5078 十五柱神社
 ■野牛島(やぎゅうじま)
面積は0、12km2。周囲は?。大矢野島とは西大維橋(238m)、維和島とは東大維橋(380m)で結ばれている。昭和30年代には数人の住人がいたが、昭和43年には無人島になった。
しかし現在では宿が出来ている。
 ■和田島(わだじま)
面積は0、01km2。昭和42年に無人島へ。
 ◎旧・松島町
松島町阿村1011 金比羅宮 4/1 演芸奉納
松島町阿村 住吉神社 旧・8/1 例祭 神楽、露店、演芸など
松島町村 十五社宮 10/3日曜 神輿 稚児行列
松島町会津 会津神社 10/3土日 獅子舞4頭
松島町合津3820 合津神社(十五社宮) 10/3日曜 神輿 獅子舞、演芸奉納、終夜太鼓
神輿、子供神輿、薙刀等の行列が行われ、午後には松島獅子舞が行われる。
松島町合津 天満宮 旧・8/15 演芸奉納、子供相撲
松島町合津 金比羅宮 11/3 演芸奉納、終夜太鼓、子供相撲
松島町今泉777 今泉諏訪神社 9/15 演芸奉納、子供相撲
松島町教良木2871 教良木菅原神社 10/3日曜 神輿 神楽舞、トコセイ踊、太鼓踊
 ■永浦島(ながうらじま)
面積は0、79km2。周囲は8、4km。人口は約200人。天草五橋の2号橋(大矢野橋)と3号橋(中の橋)の間にある。
 ■樋合島(ひあいじま)
面積は0、79km2。周囲は5、0km。人口は約300人。永浦島と橋で結ばれている。神社は十五社宮。
 ■前島(まえじま)
0、43km2。周囲は3、8km。人口は約150人。天草五橋で本土と結ばれている。
 ■中島(なかじま)
面積は0、21km2。周囲は2、4km。人口は約5人。
 ■瀬島(せしま)
面積は0、32km2。周囲は2、4km。昭和30年代は15人ほどの住人がいたが現在は無人島。
 【松島の郷土芸能】
阿村のがた切り踊り=阿村がた切り踊り保存会。文政年間、細川藩では八代海沿岸に大規模な新地造成(干拓工事)が進められており、特に文政4年(1821)の「七百町新地(おざや新地)」(現八代市鏡町)の干拓は、総面積700haにも及ぶ大工事で、その干拓事業には阿村からも300人もの人が工事人夫として出かけた。その中に「お菊」という娘もいた。「阿村お菊を 花壇にすえて 花と見比べて見とござる」と歌われるほどの器量よしで気だてがよく、その上働き者だったそうで、いつしか工事監督ダイバどん(利兵衛)と人目をしのぶ仲となりました。この二人のロマンが土砂かつぎの労働歌にはやし立てられ、がたきり節として残り、「新地節」とも「おざや節」とも言われています。海辺の潟を鍬で切り入れる男衆、そろいの絣に紺の前垂れ、手甲(てこう)脚絆(きゃはん)でブリ(がたを運ぶ道具)をかつぐ踊りは、天草を代表とする郷土芸能となっていった。
 しかしお菊は後に阿村に帰り、村の若者と結婚して子宝にも恵まれ、明治12年(1879)年6歳でこの世を去った。現在は五橋祭が披露の場である。
 ◎旧・姫戸町
姫戸町姫浦2347 姫浦神社
姫戸町二間戸273 二間戸諏訪神社
 【姫戸の郷土芸能】
つわ岳棒踊り=姫戸町牟田で元日に披露。薩摩で生まれた棒踊りを明治時代の中頃に、薩摩の小次郎という人がこの地に伝えたということで、次郎踊りとも呼ばれている。
 ◎旧・龍ヶ岳町
龍ヶ岳町高戸1424 高戸神社 10/3土日 神幸式 神楽、獅子舞、太鼓踊り
5地区持回りで当番で、毛振り、獅子舞・行列・太鼓踊り・神輿・子供神輿・神楽舞が出る。
神楽舞=脇浦が奉納。大正2年始まる。
獅子舞
=小屋河内が奉納。大正9年に倉岳町宮田より伝わる。
龍ヶ岳町大道986 赤崎神社
 ■樋島(ひのしま)
面積は3、46km2。周囲は12、2km。人口は約1500人。昭和47年9月に樋島大橋(全長174m。車一台分と歩道だけの幅の狭い橋)が開通し道続きになる。
下桶川 不動神社 旧・6/28(毎年) 相撲、子泣き相撲、海上パレード
奉納相撲=大人から子供までの相撲と、通称『赤ちゃん(泣き)相撲』がある。赤ちゃんに化粧回しをつけて土俵に上げるが、土俵上は、まわし着用者、世話役以外は立ち入り禁止の為、赤ちゃんを抱く方は、父親もしくは祖父、親戚及び知人の方(男性に限る)になりこの人もまわし着用せねばならない。
 ■楠森島(くすもりじま)
面積は0、19km2。昭和45年頃に無人島化。13人在住していた。

 ≪天草市≫ 
  平成18年(2006)3/27、本渡市+牛深市+天草郡有明町、倉岳町、栖本町、御所浦町、五和町、新和町、天草町、河浦町の合併により誕生。
 ◎旧・本渡市
諏訪町8−3 本渡諏訪神社(飛地境内社八坂神社) 7/20過ぎの土日 神幸式 獅子舞、鳥毛行列
本渡諏訪神社 11/1、2 神幸式 1日はお下り。2日はお上り。
天草太鼓、婦人手踊、花笠稚子御神輿奉曳、樽御神輿、十二基供養が町を練り歩く。
船之尾町 八坂神社 7/22 神幸式
八幡町6−30(本戸馬場) 本戸馬場八幡宮 10/19 神幸式 子供みこし(本渡北各区、牛の首区)
土曜:前夜祭(19:00〜)
日曜:式典(11:30〜)、発輿祭(12:30〜)、還輿祭(19:00〜)
下浦町619 下浦神社 10/3土日 神幸式 毛振り、獅子舞
下浦獅子舞=2人で一頭の獅子を操り(一人が獅子頭を、もう一人が胴体役を操る)、青獅子と赤獅子の一対となり、玉振り(子供)に操られるものです。眠り獅子から狂い獅子に変化する獅子舞の源流とも言われている。昭和46年10月1日、獅子舞保存会結成。
佐伊津町2436 佐伊津神社 10/19頃の土日 神幸式 太鼓、獅子舞
楠浦町3513 楠浦神社 10/19頃の土日 神幸式 毛振り、獅子舞
青獅子は上ノ原、久保、寺中地区など、赤獅子は新田地区が奉納。
枦宇土町1723 櫨宇土神社
宮地岳町2716 屋形菅原神社
宮地岳町5316 宮地岳神社
亀場町食場53 食場神社
亀場町亀川2410 亀川熊野座神社
志柿町3576 志柿八幡宮
広瀬754 広瀬神社
 ◎旧・牛深市
魚貫町 魚貫住吉神社 10/4土日
(元・旧・9/23
獅子舞 太鼓踊り、塩振り踊り
牛深町3198 牛深八幡宮 10/2土曜(元・旧・9/15) 神幸祭 獅子舞
久玉町 久玉八幡宮 10月中旬(元・旧・9/19) 神幸祭 獅子舞
神幸列は塩振りを先頭に挟み箱、提灯、大傘、立傘、鳥毛行列、神輿の順で神幸行列が出立し久玉町本郷を一巡する。
獅子は雄雌の2頭で、奉納はお下り時は久玉八幡宮境内・明石区・吉田区(御仮屋)。お上り時は・大脇区・上揚区・久玉八幡宮境内である。
 ■法ヶ島(ほうがしま)
面積は0、26km2。昭和30年頃に無人島化。4人在住していた。
 ■戸島(としま)
面積は0、47km2。昭和33年に無人島化。12人在住していた。
 ■大島(おおしま)
面積は0、47km2。昭和49年に無人島化。最大389人在住していた。
 ◎旧・有明町
有明町上津浦1193−7 上津浦諏訪神社 10/3土日(元・17) 行列、太鼓踊り
例祭日は元来は8月6日、その後大正10年頃までは、10月6日。やがて10月17日。現在は10/3土日。
有明町下津浦3323 下津浦諏訪神社 10/2土日(元・16) 神幸式 太鼓踊り
有明町須子329 須子諏訪神社 10/3土日 神幸式 太鼓、獅子舞、子供神輿2基、神楽 
宵宮:神社神楽殿で奉納演芸会が開催。青年団、子供会や有志の方による獅子舞、太鼓踊り、舞踊などの披露。
本宮:子供会が神輿や神楽太鼓、青年団は獅子舞を披露しながら地区内を練り歩く。
有明町楠甫758 楠甫神社 10/19 例祭  
有明町赤崎320 赤崎神社 10/19 例祭  
有明町大島子1891 大島子諏訪神社 10/3土日(元・18) 太鼓踊り
有明町小島子667 小島子神社 10/20 例祭
有明町大浦1072 大浦阿蘇神社 10/3土日(元・18・19) 獅子舞
獅子舞=栖本組大庄屋小崎家に残る系図に、「第8代当主重雄の頃、明和6年(1769)9月、阿蘇宮例祭に供奉の行列を始む」とある。
また栖本組大庄屋小崎家は、唐津出身であり、獅子舞が唐津から伝わったとも云われている。
 ◎旧・倉岳町
倉岳町棚底2677 棚底諏訪神社 10/15以降の日曜 神幸祭 獅子舞、神楽舞、太鼓舞、行列
倉岳町宮田242 十五社・宮田八幡神社 10/15以降の日曜(元・旧9/19) 神幸祭 獅子舞、太鼓舞、行列
祭礼は宮田十五社神社と宮田八幡神社の合同祭のため、神輿、太鼓、獅子とそれぞれ2組が奉納する。
阿蘇宮・天王宮 10/15以降の日曜 神幸祭 獅子舞、太鼓舞、行列
 【第●回えびす祭り】
1月初旬、倉岳えびす公園一帯(倉岳町宮田)で開催。えびす太鼓で幕が開き、綱引き大会、福引き付き餅投げ などが行われる。またえびすマラソン大会(3km、5km、10km)も同時に行われる。
主催は倉岳えびす祭り実行委員会(天草市倉岳支所産業建設課内)。
内容は平成23年(2011)を記載。
  8:30〜  神事
  9:00〜  子供えびす太鼓、海上パレード
  12:15〜 芸能ステージ披露(えびす太鼓、天草ハイヤ、雅太鼓などが披露)
  13:30〜 綱引き大会
  14:00〜 福引き付餅投げ 
 ◎旧・栖本町
栖本町馬場141 馬場菅原神社 9/27 例祭  
栖本町河内4767 河内神社 10/20 例祭  
栖本町古江728 古江菅原神社
栖本町打田371 栖本神社
栖本町湯船原997 湯船原諏訪神社 11/2土日 獅子舞、栖本太鼓踊り、たて笠たい笠踊り
神幸祭は樽神輿、鳥毛行列(約70本)、獅子舞、稚児行列、神輿、太鼓踊り、約300名の行列で、約5kmkの距離で約3時間にわたる。
獅子舞は浜区、栖本太鼓踊りは太鼓保存会、たて笠たい笠踊りは柳田組が奉納。
 ◎旧・御所浦町
 ■御所浦島(ごしょうらじま)
面積は12、36km2。周囲は25、7km。人口は2331人(平成17年)。島内は6集落。
本郷(御所浦町御所浦3568)
御所浦菅原神社 旧・9/25〜27 神幸祭 獅子舞、太鼓、行列海上パレード 
 1日目は小学生女子の神楽舞、小中学生及び青年団による奉納太鼓、獅子舞、船神輿、大人神輿、子供神輿をはじめとする行列、漁船による海上パレードが行われる。催物としてぺーロン大会、魚のつかみ取り大会も行われる。
 2日目は、ミニバレーボール大会等がおこなわれ夜は「演芸の夕べ」(カラオケ、隠し芸、抽選会等)が行われる。
嵐口(御所浦町御所浦2894) 嵐口春日神社 旧・9/29 神幸祭 行列、神輿(子供神輿、船神輿)、大人太鼓、子供太鼓、獅子舞
以前は神社が無人島の前島にあったため対岸より神事が行われ、その後は直会だった。昭和38年に地元有志が宮田獅子を習って神輿の行列をしたのが本格的な祭りの始まりである。
 ■牧島(まきしま)
面積は12、36km2。周囲は24、8km。人口は393人、165世帯(平成21年)。昭和61年完成の中瀬戸大橋(452m)で御所浦島と結ばれている。
 ■横浦島(よこうらじま)
面積は1.09km2。周囲は5.3km。人口は752人(平成22年)。平成17年は903人。集落は与一ヶ浦と横浦。
与一ヶ浦 11/15 獅子舞
横浦 横浦神社 11/15 神輿 北保育所、小学生、中学生、一般の部がそれぞれ神輿を担ぐ
 ■竹島(たけしま)
面積は0.04km2。昭和49年に無人島化。22人在住していた。
 ◎旧・五和町
五和町御領6846 御領神社 10/3日曜 神幸祭 獅子舞
初日に御領神社から御仮家までを笛、太鼓、獅子舞、挟み箱、大傘、立傘、鳥毛、等の行列で練り歩き(お下り)御仮家で一夜を過す。
2日目正午より御仮家から御領神社まで練り歩き(お上り)辻々めぐりてもとの神社にもどる。
御領大島 大島神社 10/3日曜 神輿
桜木場 桜木場神社 10/3日曜 神輿
荒河内(五和町城河原三丁目416) 荒河内神社 10/3日曜 神輿
五和町城河原753 城木場神社 10/3土日 神幸祭
初日に城木場神社から御仮家までを笛、太鼓、獅子舞、挟み箱、大傘、立傘、鳥毛、等の行列で練り歩き御仮家で一夜を過ごす。
2日目正午より御仮家から城木場神社まで練り歩き神社に戻る。
上野原 上野原神社 10/3日曜 神輿
五和町手野1−526 井出神社 10/3日曜(元・16) 神輿、獅子舞
下内野(五和町手野2−1479) 下内野神社 10/3日曜 神輿
五和町二江2750
二江神社 10/15頃の土日 神幸祭 行列、鉄砲隊、獅子舞
五和町鬼池2089 鬼池神社 10/祝日 神幸祭  
 ■通詞島(つうじしま)
面積は0、6km2。周囲は3、9km。人口は656人(平成12年)。昭和50年完成の通詞大橋(184m)で天草下島と結ばれている。
 ◎旧・新和町
新和町大宮地4458 大宮地八幡宮 4/1日曜&10/3日曜 神幸祭 獅子舞
御夜に大宮地八幡宮で神事が行われた後、大宮地天満宮に神幸行列の一行が登り一泊する。
祭日は天満宮で神事が行われた後、塩振りを先頭に神主・獅子2頭・大太鼓・小太鼓・とんぼ柿2本・平柿2本・羽熊2本・鳥毛18本・神輿3基で、大宮地天満宮から大宮地八幡宮までの約1kmの道程の神幸行列が行われる。
新和町中田940 碇石神社 12/1日曜 相撲奉納
往古は旧暦10月29日の“かんまち”の日(神様を迎える日)に山の神様の行事を、次の「丑の日」に奉納相撲を行っていた。昭和35年頃に一度途絶えるが、昭和51年に復活した。
新和町中田1092 中田菅原神社
新和町大多尾2815 大多尾神社
 ◎旧・天草町
天草町福連木3477 福連木神社 10/20頃の土日 神幸祭 太鼓、獅子舞
土曜は「お下り」の神幸式があり、獅子舞を奉納し、太鼓、笛の音に合わせ挾み箱、鳥毛、神輿と進み、その後御仮屋に到着して一泊。
翌日「お上り」の際、獅子舞、太鼓踊り、御神楽が奉納される。
天草町下田1174 下津深江神社 10/9 神輿
天草町下田南2514 小田床菅原神社 旧・9/25 神輿 獅子舞
天草町高浜775 高浜八幡宮 4/初旬&秋 神輿 太鼓、獅子舞
天草町大江7212 大江八幡宮 3/4日曜&10/4日曜 神輿 太鼓、獅子舞
神幸式を春秋2回行い、春は一日祭り(元は旧2/15→3/4日曜)、秋は三日祭り(旧8/15→旧9/15→10/4日曜)で秋の祭典では、御仮宮を海岸と里の川床の二箇所に設営し共に御宿し、3日間に亘る神幸式であったが、戦後は一日祭典となる。神幸列は大神輿、道中鳥毛振り、太鼓踊り、獅子舞 などで約5kmの道中を練り歩き16:00頃に八幡宮に宮入りする。大江八幡宮では、太鼓踊りや獅子舞踊りが奉納され、その後餅投げがあり神輿が拝殿に納められる。
 また例祭日の翌日には奉納相撲を行っていたが、現在は中止。
天草町軍ヶ浦 軍ヶ浦十五柱神社 旧・2/18頃の日曜 神輿、獅子舞
往古は2日祭を行っていたが、戦後からは1日祭となっている。警護長、警護役が行列の指揮を取りながら、区内を練り歩き、太鼓踊り、獅子舞などが披露される。当社の太鼓踊りは、市指定無形民俗文化財である。
 【くまもと天草 下田温泉祭】
5月中旬開催。会場は下田温泉 温泉広場。主催は下田温泉祭実行委員会・下田北地区振興会。
粋な衣装に身を包んだ女性たちが、沿道から勢いよく掛けられるお湯を浴びながら、元気に神輿を担いでねり歩くお湯かけ女神輿、ステージショー、ぶりのつかみどり大会(要予約)、餅まきなどのイベントがある。
 ◎旧・河浦町
一町田(河浦町河浦5015) 一町田八幡宮 11/2土曜(元・15) 神幸祭 行列、太鼓踊り、獅子舞、樽神輿
7月 虫追い祭り 子供の持つ虫追い旗12本
上平(河浦町宮野河内2208) 産島八幡宮 10/4土日 神幸祭 行列、太鼓踊り、獅子舞、海上パレード
海を渡る祭礼=上平の神社での獅子舞、男女それぞれの太鼓踊りに始まり、鳥毛振り、太鼓踊りを踊りながら港までの道中を行列が進む。港で御神体を乗せた神輿をそのまま船に乗せ、十数隻の船による海上の神幸行列が行われます。産島に着くまで大漁旗を掲げた10数隻もの船上では、色とりどりの着物を着た子供たちの踊りが延々と続けられる。
河浦町崎津505 崎津諏訪神社 11/23(元・15) 神幸祭 行列、太鼓踊り、獅子舞
河浦町今田2937 今村神社 11/2日曜 神幸祭 行列、太鼓踊り、獅子舞
河浦町立原1317 立原神社 11/3 神幸祭 太鼓踊り、獅子舞
河浦町新合241 津留神社 11/2日曜(元・15) 神幸祭 行列、太鼓踊り、肥後神楽、獅子舞
河浦町白木河内414 白木諏訪神社
 ■産島(うぶしま)
面積は1、94km2。昭和37年に無人島化。3人在住していた。

 ≪天草郡≫
 苓北町
富岡2240 富岡稲荷神社 3/初旬
(旧暦2月最初の午の日)
コッコデショ1台 四丁目保存会
川舟1台 一丁目・元袋青年部
蛇踊り 出来町保存会 
富岡シャギリ 出来町・三丁目青年シャギリ保存会
ホックリ飴 二丁目、尾越
 戦前は、一丁目・元袋は「川船」、二丁目・尾越は「ほっくり飴」、三丁目は「潮吹き鯨」、四丁目は「コッコデショ」、五丁目は「鍾馗大神(しょうぎだいじん)」、新町は「忠臣蔵(四十七士)」、出来町は「蛇踊り」、「歌舞伎(段もん)」と町ごとに奉納の出し物も決まっており、一日中町内を練り歩き、町を挙げての祭りだった。
 戦後は、過疎化などの影響もあって途絶えがちとなり、毎年2〜3の出し物が奉納される程度になっていたが、平成6年に35年ぶりに「忠臣蔵」が、平成9年には88年ぶりに「川舟」が復活し奉納され、徐々に盛り上がりが感じられる。
コッコデショ=四丁目保存会が奉納。大阪での布団太鼓に相当。難破した堺の商人を助けた際、御礼にその商人が富岡の漁師達を接待。命の助かったことを喜び、担いだ台ごとほうり上げたのがおこりで「コッコデショ」という。掛声が名前の由来。
川舟=1丁目&元袋青年部が奉納。平成9年に明治42年以来88年ぶりに復活。長崎くんちを参考に再現。漁師にふんした子供らが、舟の上から投網で魚をすくい上げる出し物。また「アーヨイヤセー、アーヨイヤセー」の掛声に合わせて、船体を大きく回転させる引き回しも豪快で見もの。
蛇踊り=出来町保存会が奉納、昭和32年より奉納。金の玉は太陽を現し、ドラの音は、風を呼び、太鼓の音は、稲妻を現し、パラパラの竹の音は、降り注ぐ雨音を現し、大蛇が太陽を追う姿が、蛇踊りの演技と言われている。
以前は段もの(歌舞伎)。
ほっくり飴=二丁目・尾越が奉納。江戸末期、二丁目の保次郎という若者が江戸の菓子屋に修行に行き、嫁を伴い帰郷したがうまくいかず、思いついたのがちんどん屋スタイルの行商。妻の三味線、歌に合わせて飴箱をばちでたたいて踊り回り評判を得た。   
これにヒントを得て、二丁目、尾越の人たちがにわか風に歌や踊りを脚色、初午祭りに奉納したのが始まり。
富岡3164 富岡神社 獅子舞 太鼓踊り
上津深江599 八坂神社 1/20(大寒の日) 朱塗りの神輿
上津深江地区に悪病が流行した際、山伏が海でみそぎをして病魔を退散させたのが始まりとされている。神事の後、ほら貝の合図で上津深江青年会の20代から40代の若者30人が朱塗りの神輿を担いだまま冷たい海に飛び込みます。さらしをまいた青壮年たちは、波をかぶりながらも、威勢良く「ヨイヤ、ヨイヤ」とかけ声を上げ、ほら貝を吹き鳴らしながら、海岸沿いを約300メートル泳ぎます。海から上がった一行は、氏子の家々を土足のまま駆け上がり玄関や縁側、座敷で神輿になますをのせて御神酒をかけ1年間の無病息災を祈り、家の中は日没まで掃除をしないという習わしがある。
志岐 志岐八幡宮 3/2日曜 神幸祭
獅子舞 氏子獅子舞保存会。大正6年より始まる
10/3日曜 神幸祭 神輿が志岐十一区をくまなく巡り、各区において初穂が献じられ獅子舞・太鼓踊りの奉納がある。
都呂々888 都呂々神社 10/3日曜 神幸祭 慶応年間に始まったと云われる
獅子舞 太鼓踊り
神幸祭の行列は獅子、塩振り、猿田彦、鉄砲、槍、弓、熊毛、鳥毛、台傘、挟み箱、太鼓、笛、榊台等
都呂々太鼓踊りは太鼓踊りと獅子舞は一体となって演じられる。
坂瀬川2696 坂瀬川神社 獅子舞 太鼓踊り
白木尾651 白木尾大神宮
年柄86 年柄神社
内田289 内田神社