熊 本 県

≪中央&阿蘇地区≫

■上益城地域上益城郡〔嘉島町、甲佐町、益城町、御船町、山都町〕

■宇城地域宇土市、宇城市、下益城郡〔美里町〕

阿蘇地域⇒阿蘇市、阿蘇郡〔小国町、小国町、南小国町、高森町、産山村、西原村、南阿蘇村〕

住所 神社名 祭礼日 内容 備考
 上益城地域
 ≪上益城郡≫
 嘉島町
犬渕 十五神社 7/18 山車4台 馬まつりドラ太鼓1台
上六嘉2243 甲斐神社(足手荒神) 2/15(毎年) 例祭 手足の神として近郷近在の人々の信仰が厚い
甲斐神社(足手荒神)=御船城城主甲斐親英公(宗立公)御墓所の側に殿を造営して、その神霊を御奉祀する神社で、「手足の神」として世の崇敬を集めている。
 宗立公は天正15年(1587)に起きた肥後国衆一揆で隈本城に攻め入るが、あともう一歩という所で味方の裏切りにより、手足に重傷を負い、居城御船に向かったが、追討の厳しさに落ち延びてきた先、嘉島のこの地にて地元住民の手厚い看護にいたく感動し、「霊はこの地にとどまって、手足の病に悩むものあればこれをなおし、民草の守り神となろう」と言い残して御生涯を終えられた。
現斎主の祖先が、この遺言によって宗立の霊を祭りあわせて父宗運を祭ったのが現在の甲斐神社の起こりという。
下六嘉3321 六嘉神社 10/17 獅子舞 県指定重要無形民俗文化財
鯰1985 鯰三神社 10月 子供相撲
上島2696 上島四所神社 10/9 子供相撲
上仲間1 上仲間高田八幡宮 10/15 獅子舞
 甲佐町
上揚876 甲佐神社
山出 山出神社 10/9 獅子舞
早川762 早川厳島神社 10/9 獅子舞
坂谷 太鼓舞 ボシドラとも花棒踊りとも言われる
田口226 田口菅原神社
津志田1892 津志田八幡宮 10/15 例祭
 【あゆ祭り】
7月下旬開催。会場は甲佐町総合保健福祉センターおよび市街地。
9:00    開会開会セレモニー
10:30〜 子どもみこし=地域の子供会11団体が、手作りのみこしを担ぎ市街地を練り歩く。
11:30〜 ソーメン流し、大道芸ショー
15:00〜 アユのつかみ取り大会(対象は小学生以下)
18:00〜 町民総盆踊り大会
20:40〜 花火大会
 益城町
赤井 木崎荒帆神社 10/17 獅子舞 六嘉(嘉島町)より伝えられたと伝えられる
砥川字宮ノ本2027 砥川阿蘇神社 10/17 獅子舞 阿蘇宮末社で、正式には十二宮大明神社と呼ばれる。
獅子舞砥川を三区分し三年に一度当番が当る。六嘉(嘉島町)より伝えられたと伝えられる
広崎 神楽社
広崎 府内古閑権現社
福富 妙見神社
馬水 馬水権現神社
木山281 木山神宮 10/17 獅子舞
寺中706 津森神宮 10/30、31 お法使祭 神輿を受け渡しの途中で道や田畑に投げ落とす
神楽 津森宮所蔵の文書には、元和元年(1615)には神楽が行われていたと記されている。
お法使祭益城町指定文化財。益城町平田上・平田下・田原・小谷・杉堂、西原村瓜生迫・灰床・秋田・(土林・星田・田中3村で一年)菊陽町戸次・馬場楠・曲手・辛川の順に、御神体を1年間祀り12年で一巡する。
木崎 木崎荒帆宮 10/17 獅子舞
明覚寺(観音さん) 8/17 獅子舞
 御船町
七滝 七滝神社 5/15  
辺田見492 辺田見若宮神社 10/9(毎年) 通しもん  
通しもん=御船川の大洪水で若宮神社が流され、氏子たちが行列をつくって御神体を迎えに行ったのが始まりと言われている。
着飾った稚児たちが、太鼓と三味線の音に合わせて古謡「田の茂のうた」を合唱しながら、町じゅうを練り歩きます。また、子供達の神輿担ぎも行われる。
木倉6545 北木倉四宮神社 10/9 例祭
水越2575 水越神社
田代4428 中原神社
 【第●回御船があーっぱ祭り】
8月中旬開催。御船川に住みついていたと伝えられる伝説の河童に因んで催されるイベント。
があっーぱや恐竜の山車が練り歩き、大人も子供も思い思いの衣装で踊る総踊り大会がある。花火は20:30〜より御船川河川敷で打上げられる。雨天時は次の日曜に花火のみ打上げ(20:00〜)。
 【御船の郷土芸能】
節頭まわし=12月7日、滝尾の玉虫地区で行われる。江戸時代から続く伝統行事で、神田で収穫した米を奉納し、豊作を感謝して酒を造ったり、村人たちがごちそうを食べたりしたのが始まり。大杯につがれた一升三合三勺(約2、4L )を飲み干す祭り。現在は同地区の上・中・下組が毎年交代で座元を務めており、各組最後の一人が残りを飲み干し大杯を頭にかざすと、その豪快な飲みっぷりに盛んな拍手がおくられる。
 山都町
 平成16年(2004)11/1、上益城郡矢部町、清和村+阿蘇郡蘇陽町の合併で成立。
 ◎旧・上益城郡矢部町
 【八朔祭】
9/1土日に開催。会場は浜町商店街一帯。主催は山都町八朔祭実行委員会。
宝暦8年(1758)に旧暦8/1(八朔)の日に始まる。現在は9/1土日に変更している。動物などをかたどった大造り物が町を練り歩く。
大造り物は高さ3〜4m、長さ7〜8mで各町内の連合組等がそれぞれ製作し、順位が付けられるため、各町内は作品のテーマや形にアイデアを競う。
大体約10台出る。平成22年(2010)は下市連合組、仲町下連合組、新町中連合組、・水道町・城見町・新町上連合組、浦川連合組・大川町・下大川連合組、仲町上連合組、下馬尾連合組、矢部高校、矢部小学校、山都町役場 より11台出た。

祭り期間中は、他にも神輿や踊り、太鼓やブラスバンドの演奏など多彩な催しものが各所で行われ、町内外から訪れる見物客で賑わう。そして最終日、通潤橋の放水と同時に行われる花火大会が祭りのフィナーレを飾る。
浜町251 小一領神社
男成519 男成神社 4/3 少女神楽 元来男によって行われてきたが、戦時中舞い手の成人男子がいなくなったことから少女が踊るようになった。
 ◎旧・上益城郡清和村
鶴ヶ田 御釜神社 9/29 神輿 奉納芝居
大平120 大川阿蘇神社 9/19 神輿 午後は野舞台で余興。
 ◎旧・阿蘇郡蘇陽町
 【馬見原(まみはら)の火伏地蔵祭】
8/4土日に開催。会場は馬見原商店街周辺。
各組より奉納される造り物、勇壮な裸みこし。子供みこし、商工会女性部手踊り、お遊戯パレードなど がある。

勇壮な裸みこしは、町内各所で火伏地蔵に水がかけられながら町内を練り歩き、神輿を担いだまま五ヶ瀬川へ飛び込み、幾度となく地蔵を川につけ、水を掛け合う。
 起源は永禄6年(1563)、藤原之八田越後氏(八田家初代)が馬見原の竜専寺より現在地の地蔵堂へ移し、火伏祈願を行ったことに由来する。。
当地は日向街道の宿場町として栄えた往来には、日用品を扱う問屋が軒を連ね、熊本、宮崎、大分から集まる行商人で賑わっていた。
名物の「造り物」も商家ごとに奉納され、その店で扱う商品が材料になった。その多くは茶碗などの日用品。解体した後も売り物にできるように、釘やノリを使わずに造られ、その方法は今でも受け継がれている。

土曜:お昼前に龍泉寺の住職により、火伏地蔵堂で法要。
 午後になると、大太鼓1基、小太鼓4基、銅拍子1人による火伏太鼓が奉納。太鼓は「行列太鼓」、火の勢いを表す「前打ち」、火を鎮める「本打ち」、そして祭りの盛り上がりを表す「乱れ打ち」の4曲で構成されている。これが済むと、町内7カ所で太鼓が披露される。19:00頃から馬見原の各町内(新町上組、新町中組、新町下組、仲町、古町、田町)がヨド参りと言って高張り提灯を掲げ、提灯で飾り付けた屋台に太鼓を乗せて、太鼓、三味線、鉦、シャモジで囃子ながら地蔵堂へ参拝。この後に、花火大会(最近は日曜に変更)や火伏音頭総踊りなどがある。
0:00に爆竹がならされ、若者たちが地蔵堂に集まり、太鼓やドラム缶をたたきながら夜中の2:;00頃まで町内を廻る。

日曜:朝から地蔵堂で法要が営まれた後、園児によるお遊戯パレード。10:00より各組および各団体により目覚まし行列とよばれる仮装行列が行われる。
午後再び地蔵堂で法要が営まれた後、石の地蔵さんを乗せた御輿が町内を練り歩く。見かけた町の人たちは「火伏の水かけ」と言って、担ぎ手の若者にバケツで水をかける。御輿は町内を廻った後、五ヶ瀬川に飛び込み、地蔵を水につけ、若者同士が水を掛け合い、再び町内を練り歩く。
続いて造り物が登場します。造り物は以前は各町内で作っていたが、今は4町内に減少。4つの町内がお椀や茶碗など日用雑貨で時勢を風刺したような作品を造る。各町内が2台の造り物をつくり、1台はリヤカーに乗せて曳き、1台は担いで町内を練り歩く。この後に、子供みこし、商工会女性部手踊りがある。

17:15より造り物・目覚まし表彰式がある。
20:00より花火大会と合わせてステージではバンド演奏があり終わりをつげる。

二瀬本1536 二瀬本神社 1/24 夜渡神楽
今村 神楽
宮崎県東臼杵郡諸塚村七ツ山の七ツ山神楽が伝えられたもので、神楽宿を11軒でまわし、神楽が舞われている。
滝上 生目神社 春秋 例祭
相撲 戦前には行われていた
大野712 幣立神宮 11/23 例祭
 【文楽の里まつり】
9/2日曜開催。文楽の里をアピールするための一大イベントとして、昭和58年から開催されるようになった。熊本県の重要無形文化財「清和文楽人形芝居」の1日3回公演をはじめ、高原野菜や特産品の展示即売会もある。
 【豊野の郷土芸能】
椛山団七踊り=特に期日を決めて踊るものではなく、依頼があれば踊る。椛山は、日向国との国境で、江戸時代には関所が作られ、交通の要所なので、仙台で起こったことが日向に伝わり、この椛山に伝わったと思われる。
 諸説あるが、「伊達政宗の家臣、片倉小十郎重長の剣術の師に、志賀団七という男がいた。
この男、無道で知られた人物で、寛永13年のある日、農民が娘二人を連れ、田で作業している所に通りかかり、その際、娘が投げ捨てた草が袴に当たったと、烈火のごとく怒り狂って、娘を切り捨てようとした。
父親が驚き、土下座して詫びるが聞き入れず、志賀はこの父を切った。父は田の中を逃げたが力尽き、死んでしまった。子供達も家に逃げ帰ったが、病気で臥せっていた母はこれを聞いて、やがてショックもあったのか、後を追うように死んでしまう。
姉妹は親の恨みを晴らすため、形見となった土地を売り、江戸に出て剣術家、由井正雪を尋ねる。最初は相手にしなかった正雪だが、姉妹の熱心さと孝心にうたれ、3年の間に仇討ちをさせることを約束。姉に宮城野(みやぎの)、妹に信夫(しのぶ)と名をつけ、姉には鎖鎌と手裏剣、妹には長刀を指導。また、正雪の妻が二人に女としてのたしなみを教えるなどし、ついに三年で器量・立ち居振る舞いとも門弟一となった。
門弟三人に付き添われて白石に戻った姉妹は、片倉小十郎重長に事の次第を説明。曰く、「父母ともに亡き今、生きるすべもないので、親子もろとも、団七様のお手にかかって死にたい」と。
願われた重長は、志賀の無道を知っていたので、伊達家を通して幕府に伺いを立て、幕府から孝女であると特別に許しを貰った。
寛永17年(1640)2月、白石川六本松河原にて、片倉の侍150人と見物客1000人ほどに見守られ、姉妹は正雪の妻から送られた着物と鉢巻、一方の志賀は2尺5寸の大刀を持って、煌びやかないでたちで登場。戦いが始まると、姉妹は奮戦し、姉が鎖鎌で志賀の腕をからめ取り、妹が長刀で腕を切り落とし、「父母の無念を晴らしたまえ」と叫ぶや、志賀の首を切り落とした。
仇討ちが終わった後、姉妹は武士を殺した罪を償うためにとその場で自害しようとしたが、周りにいた人々に止められて思い留まり、姉妹揃って髪を切り、生涯仏に仕えて暮らしたという。
当時としては大ニュースだったようで、人形浄瑠璃や歌舞伎の題材にもなり、死後は八枚田孝子堂に父とともに祀られ、後年、姉妹を讃え、荒城の月で有名な土井晩翠の歌碑が立てられている。
郷の生める宮城野信夫かんばしき孝女の誉千代に朽ちせず 」とある。
 踊りにすると、前で踊るのが姉の宮城野役、はさまれて踊るのが団七役、後ろで踊るのが妹の忍役になり、三人一組で踊ります。団七は刀(木刀)、姉はくさりがま、妹がなぎなたを持ち、互いに採り物を打ち合ってリズミカルに踊る。太鼓はドンドン、鉦はチキチンドンチキチンとならし音をとり、踊るリズムを取る。
 ★展示場
清和文楽館公式HPへ 山都町大平152 рO967−82−3001 休館日:火曜日、年末年始。
9:00〜16:30。入館料: 高校生以上420円、小中学生210円。

 ■宇城地域
 ≪宇土市≫
網津町 牧神社
下網田町564 網田神社 10/19 神輿
神馬町577 西岡神社 10/19 獅子舞 旧・郷社
三宮の御神輿にて隋兵行列。流鏑馬、獅子舞など奉納。
松山町2398 松山神社 10/20 例祭
住吉町2065 住吉神社
椿原 椿原八幡宮 7/最終土日(3年に1度) 雨乞い太鼓奉納
花園町 佐野山王神社 旧・11月の申の日 山王さん祭り(甘酒祭り)
山王さん祭り(甘酒祭り)=例祭日は月に3回申の日がある年は中の申、月に2回申の日がある年は最初の申の日となる。
猿に扮した若者達が山王神社に集い「ホーライ,ホーライ」の掛声をあげつつ甘酒の徳利を奪い合い、甘酒を振りかけ合いながら集落内を巡行し、最後に山上で空の徳利を投げ捨てるという祭礼で、甘酒が振りかかった者は1年間無病息災で過ごせると言われている。
 【宇土大太鼓フェスティバル】
8/1土曜。大太鼓が10地区ほど出る。
昭和61年より開催。始めは3団体ほどしかなかったが、「ふるさと創生事業」で26基(25地区)全ての大太鼓の復興がされてからは、参加団体も増えた。開始は16時と遅く大太鼓が市内をパレードすることから始まり、宇土市運動公園グランドまでパレードされる。
 【うと地蔵まつり】
8/23、24(毎年)開催。会場は善道寺町一帯。うと地蔵まつり実行委員会催。
宇土市内の各町内にあるお地蔵さんが開帳される子供が主役のお祭りで、肥後の三大夏まつりの一つと言われる。
大通りが歩行者天国となり、名物の各町内自慢の造り物が展示される。またパレード・花火大会・郷土芸能大会などのイベントがある。

 ≪宇城市≫
  平成17年(2005)1/15、宇土郡三角町、不知火町+下益城郡松橋町、小川町、豊野町の合併により成立。
 ◎旧宇土郡三角町
三角町郡浦2666 郡浦神社 10/9 馬場子供会神輿、芝居劇
東港区 金刀比羅神社 11/10 神輿
三角町大字波多2427−1 波多神社 10/25 例祭
三角町大字波多 金刀比羅神社 11/10 波多子供会神輿 相撲大会
三角町戸馳内潟 稲荷神社 10/15 雨乞い太鼓、鬼舞い
 ■戸馳島(とばせじま)
面積は6、94km2。周囲は16、5km。人口は約1200人。戸馳大橋(300m)で本土と結ばれている。
 【みすみ港祭り】
7月下旬、三角港新岸壁で開催。主催は三角みなと祭り実行委員会。
自衛艦・巡視艇等の体験航海を始め、町民総踊り、ペーロン船大会、海上花火大会 等がある。
◎旧宇土郡不知火町
不知火町永尾615 永尾神社 旧・8/1 相撲大会
不知火町松合744 松合年神社 11/15 雅楽
不知火町大見1038 大見神社
不知火町御領 御領神社 8/25 例祭 相撲廃絶
かつて例祭日は9月25日が夏祭りで、境内で相撲を奉納していた。大正・昭和初めの頃は関取が遠くから集まり盛大だったが、子供相撲に変わり、今ではこれも終わり、例祭日も8月25日に変わった。
不知火町亀尾 龍神社 10/13 子供神輿
不知火町高良 八幡神社 10/15 子供神輿
 【不知火の郷土芸能】
塚原の神楽=十五社宮の氏子塚原向組によって代々伝えられている神楽です。明治32年(1899)に城山神社(熊本市城山町)の社司園田光雄氏の指導で塚原向組の有志によって始められた。
現在は向組神楽保存会によって子供神楽として伝承され、近郷の神社に奉納されている。
 ◎旧下益城郡松橋町
松橋町松橋1218 松橋神社 10/8、9(毎年) 神輿、子供神輿3基、
獅子舞 栄町
松橋町豊福503 豊福阿蘇神社 10/15 例祭 旧・郷社
松橋町古保山1074 古保山菅原神社 10/15 稚児神楽
稚児神楽=小学生の児童7人で、舞子2人、太鼓2人、ジャグワリン(手拍子)3人から構成され、例大祭では、御夜と翌日の本祭で33回の神楽を奉納する。
 ◎旧下益城郡小川町
上町 小川阿蘇神社 10/15(毎年) 亀蛇舞1台() 出来町。明治14年制作
奴舞 寺町
獅子舞 上町、中町、新町
亀蛇舞=出来町。明治14年制作。蛇を頭に体を亀に作り、そこで亀蛇と言われている。
十数人の若者が曳く亀蛇の暴れようは見ごたえがある。
奴舞=寺町が掛声よりトコセイ(大名行列の奴)を演じる。奴長(やっこちょう)と呼ばれる寺町地区の青年を先頭に、小川小学校の1年生から6年生まで約20人と保育園児数人で大名行列を演じる。
始まりは不祥だが、寛政6年(1794)の文献に獅子舞と共に登場している。


獅子舞=上町・中町・新町地区の青年、子供により演じられる文禄元年(1592)熊本城主加藤清正公が朝鮮半島へ出兵した際、陣中に毎晩、大虎が現れ、番兵を次々と襲ったため、一家臣が大木を切り見事な獅子を刻んで陣中に置いたところ、その晩から大虎が襲わなくなった。清正公は大いに喜び、帰還して熊本市藤崎八幡宮で御礼大祭を開いたとき、これにあやかって魔よけに獅子舞を奉納し、その後、小川の阿蘇神社で奉納されるようになったといわれている。
 太鼓、ドラ、チャルメラや服装などに中国情緒があふれており、子供の玉にじゃれ遊ぶ獅子の動きに見るものがある。
小川町西海東1294 海東阿蘇神社 7/15&10/15 例祭
小川町南部田1108 守山八幡宮
 【小川の郷土芸能】
太鼓踊=南小川。江戸初期が起源だとされ、長太鼓・笛にあわせて6尺棒で舞うのが特徴の雨乞い踊である。

長太鼓踊り=南新田に伝わる笛と三味線に合わせて、大ばち、小ばちで太鼓を叩きながら勇壮・奔放に舞い踊る雨乞い太鼓である。

棒踊り
=東海東、舞鴫地区。江戸末期、薩摩からの伝承で、雨乞い奉納で行われている。

オロロンベー=北小野。子守唄踊りで、溜池の築造、浚渫、雨乞い等に奉納され、また、参勤交代のころ、薩摩街道(現国道3号線)の三軒家関所開きの際、相撲興業に合わせて、仮装行列としてが奉納されたと伝えられている。昭和初期までは青年たちが女装して踊っていたが、時局のため途絶えていたが、昭和43年、旧小川町合併10周年記念行事で、民芸披露の要請があり、北小野婦人会が立ち上がり、現在は婦人会が中心で継承している。
 ◎旧下益城郡豊野町
豊野町上郷1859 豊野神社
豊野町糸石 白木阿蘇神社 肥後神楽 江戸時代末に、富合町の木原六殿宮、城南町小木阿蘇神社から伝わったと云われる。
 【豊野の郷土芸能】
宮川虎舞=異常な旱魃が続き、雨乞いに虎舞をしたのが、起こりだと伝えられる。戦後、中断していた虎舞を昭和50年頃、豊野村青年団が復活し、その後、保存会が継承している。

 ≪下益城郡≫
 美里町
   平成16年(2004)、11/1、砥用町+中央町が合併して誕生。
 ◎旧・砥用町
豊富1132 竹迫阿蘇神社
大井早3897 勢井阿蘇神社
三和10 穂積阿蘇神社 10/29 例祭 旧・郷社
佐俣548 佐俣阿蘇神社 10/29 例祭 旧・郷社
 【やまびこ祭り】
8月中旬開催。砥用市街地が会場。多くの造りものが沿道に並び、見る人の目を楽しませる。夕方には様々な団体による総踊りやみこしの列が続く。フィナーレは花火大会。
 【砥用の郷土芸能】
大蛇おどり=町指定無形文化財。古閑。雨乞い行事としてこの地区の人々が踊った。大蛇の長さは30mあり、胴体は布で作り、この中に多くの人が入ってうねうねとくねり歩く。そうした前後には、多くの人が逃げる格好で踊り進むものである。

亀おどり=町指定無形文化財。名越谷。雨乞い行事としてこの地区の人々が踊る。亀は、甲羅が直径5mもあり、その上には浦島のいでたちをした人が乗り、30人くらいの若者が中に入り、首を長くしたりして、のそりのそり歩く。その前後に村人たちが手を振り可笑しく踊る。
 【緑川ダム(肥後みどりかわ湖)】
昭和39年(1964)着工。昭和46年(1970)竣工。
 ◎旧・中央町
馬場605 若宮神社
 【美里町ふるさと祭り】
7月下旬開催。中央市街地一帯、球技場が会場。総踊りをはじめ、子供神輿(18:00〜)、地区対抗の綱引き大会、演芸大会、かくし芸大会などがある。
 ★展示場     
大太鼓収蔵館(公式HPへ 宇土市宮庄町406−2 0964−22−1930 休館日:月曜日、月曜日が祝日の場合は翌日・年末年始。
平成3年11月建設。宇土市に現存する26基の大太鼓の保管・展示することを目的として,「ふるさと創生事業」の資金を活用して建設。歴史的価値の高い26基の大太鼓に触れることができ、雨乞いに関する貴重な民俗資料やビデオ等も見学することが出来る。9:00〜16:30(入館は16:00まで) 入館料: 大人100円、子供50円。

 ■阿蘇地域
 ≪阿蘇市≫
   平成17年(2005)、2/11、阿蘇郡一の宮町+阿蘇町+波野村が合併して誕生。
 ◎旧・一の宮町
一の宮町宮地3083−1 阿蘇神社 7/28、29 神幸行列
おんだ祭り=白装束姿の宇那利行列が、神にささげる食膳を頭に載せて進み、青々とした田畑に格調高い田歌が流れる。
神幸行列は28日で、阿蘇神社出発(11:30)→一の行宮着(13:00)【御田植え神幸式】→二の行宮着(14:00)【御田植え神幸式】→旧高森病院→阿蘇神社着(17:00)。
一の宮町手野 国造神社 7/26 御田祭
御田祭神輿1基に飯櫃を頭にのせた白装束の宇奈利の行列がお仮屋へ神幸、早苗を神輿に投げあげたあと、田歌を歌いながら還御する。
一の宮町坂梨1379 馬場八幡宮 9/28 神輿
 ◎旧・阿蘇町
役犬原1005 霜神社 10/18、19 18日は夜渡祭り
内牧416 内牧菅原神社 10/2日曜 神幸行列 稚子、かざり馬奉納〈馬追い〉
 ◎旧・波野村
中江 荻神社 4/20&9/30 岩戸神楽
中江の岩戸神楽国選択無形民俗文化財・県指定重要無形民俗文化財。日本の神話「天の岩戸」の神事を主体に、明和時代宮神楽に里神楽及び宮中神楽と日本の久米舞の新しい色彩を持つ衣装をつけた舞楽を織りまぜたもので、五方礼始に始まり大神に終る33番の1つの芸能として構成されている。
横堀 菅原神社 11/3 岩戸神楽
横堀の岩戸神楽市指定無形民俗文化財。文政6年(1823)の神楽面があるのでこの頃には成立していたと思われる。明治から大正時代にかけて盛んになり、五穀豊穣・家内安全・出陣の武運祈願等で奉納されていました。戦争などのため衰退した時期もあったが、地域の人々の熱意により復活し、現在は深山流13番の演目が継承されている。
 ≪阿蘇郡≫
 小国町
宮原1670 小国両神社 10/14〜18 神幸式
神幸行列は、小国両神社の主神である高橋大神と火宮大神の御神体を神輿にのせ、五穀豊穣や家内安全などを願う伝統行事。2日間に渡って、2基の神輿が小国町と南小国町の2つのお仮屋を巡る。社殿では、南小国町に伝わる吉原岩戸神楽と中原神楽が奉納される。
 【杖立温泉どんどや火祭り】
温泉神社が出発地。その年の年男を先頭にした30人あまりが、会場の杖立温泉河川敷に組まれた大きな「どんどや」まで御神火を持ち点火します。神火を全身に受けて一年の無病息災を祈った後は、ぜんざいやかっぽ酒が無料でふるまわれる。
12:00〜 お風呂一般開放
17:00〜 お風呂開放終了
18:00〜 点灯式
18:30〜 たいまつ出発
19:00〜 たいまつ到着 祭典開始、湯かけ神事、玉串奉納、餅つき、ぜんざい、かっぽ酒等
20:30〜 終了
 南小国町
市原 市原天満宮 7/22、23 獅子舞 町指定無形民俗文化財
中原 熊野座神社 9/18 中原楽 県指定無形民俗文化財
中原楽=県指定無形民俗文化財。山鹿方面から伝わったと云われる。
吉原 吉原神社 9/20(毎年) 吉原岩戸神楽 国指定無形民俗文化財
吉原岩戸神楽=江戸時代後期に豊後地方から伝わり、いったん途絶えたが、明治27年に復活した。
満願寺 満山神社 11/25 子供相撲
湯田 湯田天神 12/5 直会
 【黒川温泉感謝祭】
10/第一土曜開催。参勤交代を模倣した大名行列、子供神輿が温泉街を練り歩く。ふれあい広場では子供じゃんけん大会、餅まきなどで賑わう。
 高森町
高森409 高森阿蘇神社 7/30(毎年) 神幸式 神楽
8/17、18(風鎮祭) 16台(平成15年) 昭和町、上町、天神、下町、横町、旭通
夏祭り=神事、古伝神楽の奉納の後、御幸行列が町を練り歩く。古来より歌い継がれてきた独特の祭り唄と共に、神輿2基を中心に行列は続く。現在は、少女神楽も奉納されている。
風鎮祭=宝暦2年(1752)の記録あり、その頃より始まったと思われる。子供手踊りにわか、日用雑貨を使った造り物を軽トラックに乗せて町内を廻る。かつては造り物20数基を山引きと称して引き廻した。花火大会もある。
高森2551 村山祖母神社 7/22 例祭
色見 熊野座神社 5/22 神楽
上色見 熊野座神社 7/18 神楽
草部2175 草部吉見神社 7/31(毎年) 神輿(大小) 神楽
10/17 神楽、子供相撲大会、神賑 草部吉見神社は、社殿が鳥居より下にある下り宮という配置で、鵜戸神宮、貫前神社とともに日本三大下り宮と呼ばれている。
=午後より地引原の御仮屋まで大小2基神輿、手作り子供みこしの御幸があるほか、社殿前の神楽殿で岩戸系の神楽三十三座が奉納される。

=社殿横の広場で大神御手相撲が奉納される。
尾下3843 尾下菅原神社 9/25 獅子舞 県指定重要無形文化財
 産山村
産山883 嵯峨神社 9/8 神輿 獅子舞
田尻340 田尻神社
片俣368 片俣阿蘇神社 9/21 禰疑野神楽
山鹿1312 平川阿蘇神社
大利863 山中日吉神社 9/4 神楽
 【ヒゴタイ祭り】
8/1土曜、うぶやま牧場敷地で開催。産山村の村花「ヒゴダイ」の名をとって開催される村の夏祭り。
産山ヒゴタイ太鼓や、ひょっとこのマネをして踊り歩く産山ひょっとこ踊りなどの郷土伝統芸能が催され、その他にもイベントやお楽しみ抽選会がある。フィナーレは花火大会。
 西原村
河原字門出750 白山姫神社 11/15 例祭
小森386 小森神社 11/23 例祭 二の宮
鳥子2608 鳥子三之宮神社 11/23 例祭 三の宮
小群 阿蘇四宮神社 例祭 四の宮
宮山439 宮山神社 11/23 例祭
小森3337 新所菅原神社 11/23 例祭
 南阿蘇村
一関671 八坂神社 7/15(毎年) 神輿2基 神楽
10/14(毎年) 夜神楽
長野 長野阿蘇神社 10月 長野岩戸神楽
西宮神社 7/20 神輿3基
卯添神社 神輿2基
原尻神社 7/25&10/25 例祭
河陰1126 久木野神社 7/18&10/15 相撲
上久木野 上久木野神社
吉田 群塚神社 7/27 例祭
両併1911 市下神社
久石145−3 妙見神社